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子どもたちの日々

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匿名ユーザー

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子どもたちの日々


旅は一人に限る。

こんな言葉を誰が言ったか知らないが、誰彼に気兼ねすることなく、自分の時間で自分の興味のあるところへ
うろちょろと歩き回ることが出来るのは素晴らしい。羽を伸ばすという言葉がぴったり当てはまる一人旅は周りに人が居なければいないほど、
心地がよいものである。連れ立つ者の居ないという身軽さを言い換える言葉が見つからない。

「母さん、行ってくるから…日帰りだよ」
「リオ、何かあったら電話するんだよ。帰りは父さんが駅まで迎えに来るからね」
休みを利用して、ちょっとした旅行を企ててみた。荷物はそんなにいらない。着る物も余り気を使わなくていいかな。
普段愛用しているメタルフレームのメガネを早朝の陽に光らせながら、父の運転する車で駅に向かった。
旅の始まりはこの駅。見送りはここでいいよ、と駅入り口で別れて改札口へと歩道を鳴らす。

わたしの住む街から郊外電車に揺られておよそ3時間、穏やかな海が広がる片田舎の駅で電車を降り、まず目指すのは島への渡船場。
青い海と空に小島がポツリと浮かぶのが見え、線路沿いの岸にはのどかな漁村の風景が広がっている。
その海風の薫る町の一角に渡船場はあった。台風のひとつでも来たら吹き飛ばされそうな小屋と、ミシっと音を立てながら浮かぶ桟橋。
そしてクラス全員が乗ったら沈んでしまいそうな小さな船。恐らく島に向かうのはわたしだけ。
知らない世界に放り込まれたという、非日常的感覚に陥る自分の周りで広がる日常は淡々と過ぎてゆく。
小屋に掲げられた筆で描かれた看板は色あせても、自分の役目を果たそうとしていた。
『宇佐乃島へはこちら』その下の行には『注意・この島にはイ…は……ん』
文字は消えていていくら頑張っても読むことが出来ない。

小屋の窓口を覗き込むと、ウサギの老婆が舟を漕いでいる。
「高校生、一人…すいませーん」
ガラスの窓を軽く小突いて老婆を起すと、眠そうな目を擦りながら船の切符をわたしに捌いてくれた。

―――先日、学校で嫌なことがあった。
「委員長の因幡さんがしっかりしなきゃダメじゃない」
「そうだよ、因幡。しゃきっとしろ」
どこの誰かが当たり前の言葉でわたしを責める。
正しく正論だ、わたしがしっかりしなきゃいけないのだ。でも、ついつい弱音を吐いてしまい、
その隙を狙って見えもしないガラスの破片がわたしの胸にぐさりと突き刺さる。刺した本人たちは知らん顔を通している。
自分ひとり痛いのは耐えられない。ガラスのナイフを抜こうと握ると、自らの手を傷付けてしまった。
「そうね、校則は校則ですから!」
「因幡さんはそればっかりだ」
ケモノの中でも一際大きいわたしの耳は幾ら塞いで嫌な言葉を拾ってゆく。ウサギの耳が恨めしい。

真面目が真面目に損をする。よい子のウサギですいません。でも、悪い子にだってなってみたいんです。
学校に行くのをやめよっかなあ、と影から黒いウサギがささやく。でも、委員長だからそんなこと出来るわけが無い。
誰でもいいから(除く、ヨハン)弱音を聞いて欲しいと職員室にふらりと寄ると、地理を教えるクマの山野先生が話し相手になってくれた。

「旅に出なさい。一人旅に」
山野先生はリュックひとつでふらりと国内外問わず、旅に出かけるという行動派。
対して、わたし因幡リオは余り出かけることが無く、出かけるといったらコミケのイベントぐらいというインドア派。
いくら、旅に出ろといわれても手がかりが掴めないわたしに、山野先生は旅のことなら何でもと言わんばかりに、
とある島をわたしの旅行先に勧めてくれた。初めての一人旅は初めての大きな寄り道だ。
寄り道は誰にも内緒でするのが一番楽しい。家族と山野先生だけとの秘密だぞ。
行き先だけ決めて、時間も予定も決めていない『ゆるい』旅に、休みの日に行くことにした。

―――その島は今、わたしの目の前に浮かんでいる。
内海なので穏やかな鏡のような海面を船は進む。船の客はわたし一人、ウサギの船長が慣れた手つきで舵を取り
目的の島の桟橋にゆっくりと船を着ける。船と桟橋の間で水音がしている。
「それじゃ、お昼2時にまた来るからな」
「はい、お願いします」
チケットを渡し、古びた桟橋を伝って島に上陸するも、未だ船の上のように揺れる感覚が続いていた。

歩いて周っても一周、数時間の小さな島。右手に鬱蒼と木の生い茂る丘、左手に申し訳程度に整備された浜辺、
わたしはまだまだ土を固めた舗装をされただけの細道を道なりに歩く。
なぜ、この島を山野先生が勧めたかはいずれ分ってくると思う。そう、山野先生は言っていた。
目的の無い旅なんだから、ここにたどり着くまでが目的のようなものだ。帰りの時間だけ気にして、何もかも忘れる。
潮の香りがよそ行きブーツを鳴らすわたしの鼻腔をくすぐる。短いわたしの髪がなびかれて口に入った。

しばらく歩くと、右手に広場が開けてきて、大きな何か古びた建物が姿を現す。
しかし、建物といってもそれは外郭だけ残した言わば『廃墟』だ。立ち入り禁止のバリケードが頑なに侵入者を拒んでいた。
「何かの工場なのかな…。真っ黒だ」
わたしの学校の校舎ほどの大きさのその建物は役目を終えて、ただそこに存在するということしか出来ない。
高くなったお日様と重なり、逆光となった建物がわたしのメガネに写っている。

「もっとおっきく掘れよ!」
「この間、大きいの掘ったじゃないか」
建物の向こう側で子供の声がしてきた。島の住人なのだろうか、急に興味が湧いてきたわたしは声の方へ走る。
そこでは小学生くらいのウサギたちが、地面に座り込んで穴を掘っていた。
丁度、腰を浮かせて正座した形になり、脚の間から後方に向けて両手で土を掻き出す姿は正しくケモノの本能。
茶色の子はざっざと穴を掘り、黒い子は鼻をひくひく鳴らせて見守っている。
白と茶色の子は穴掘りに飽きたのか、彼らが掘った穴に草を敷き詰めて入り込み、ごろ寝をしていた。

「あ、女の人だ」
「お姉さんだ」
「都会の人かな」
わたしに気付いた小学生ウサギ三人はそれぞれの行動をやめて、わたしに注目を浴びせる
土だらけの手をぱんぱんっとはたくと、三人揃って前歯を見せて笑った。随分と興味深くわたしを見るんだな、
わたしなんかそんなに見つめてもしょうがない、ただのしがない『女子高生のウサギ』なのにな。
バッグをスカートの前にまわして、お辞儀をするとわたしを「都会っ子だあ!」と彼らは歓声を上げた。

「初めまして。この島に初めて来たんです」
「へえ、とりあえずようこそ。ここさ、何にもないでしょ」
茶色の子は土の付いた手で鼻を擦っていた。隣の黒い子は黙ってわたしを見つめていた。
白と黒の子は穴ぼこから起き出して、物珍しそうにわたしのスカートを見ている。
「やっぱ、都会っ子は違うね。ウチの島の女子とは大違いだ」
彼は何のことは無いただの古着を大層な持ち上げ方をする。モエやハルカの方がもっとお洒落なのだけどな、
とクラスのみんなを思い浮かべる。そう言えば、この島にはわたしを知るものは一人も居ない。
「ここって、ホントに…」
「うん。ウサギばっかだよ」
踵を返した茶色の子は再び穴を掘り始める。島が彼らに穴を掘るように仕向けているようにも見える。

彼らは穴ぼこだらけの地面を自慢げに見せてくれた。
「これ、ぼくが掘ったんだ」
「うそつけ、これはおれだよ!にんじん十万億本かけるか?」
「クロ太、見たよな!」
「……」
自分たちが掘った穴の自慢を始める三人の子供のウサギ。時の流れを止めたままのこの島はウサギ本来の姿がよく似合う。
都会ではまず聞けない会話を楽しんでいると、茶色の子はわたしに近づき、ウサギ穴の審査をわたしに委ねてきた。
「うーん…そうだな。あの穴がいいと思うよ」
バリケード近くの一番大きくて深い穴をわたしが指差すと、白と黒の子がガッツポーズを取った。
「ちくしょー!パン太郎のヤツが一番かよ!お姉ちゃん、ぼくの穴もすごいだろ!」
「すごいすごい」
茶色の子の頭を優しく撫でながら、三人と時間を共有。仲間に入ろうと、波の音が聞こえてきた。

そう言えば、弟のマオが公園の砂場でウサギ穴を掘っていたが、さすがに幼稚園に上がる前までのこと。
都会のウサギは小学生になったウサギがウサギ穴を掘ることはまずない。
「一番の穴を掘ったんだから、ぼくが一番偉いんだからね!!」
「うるせー!パン太郎のバカ!うんこ!」

「ちょっとー。男子たち、何やってんのよお」
背後から彼らと同い年位の声がする。振り向くと、二人の女の子ウサギがわたしと三人を遠くから見つめていた。
一人はグレー、もう一人はメガネの白の女の子。彼女らは髪の毛を揺らしながらこちらに走ってくる。
メガネの子は男子三人につっかかる。まるで、学校での自分を見ているようで恥ずかしい。
「六年にもなってまだ穴堀りしてるの?」
「立派な穴を掘れるヤツがすごいんだぞ。島の英雄になれるんだぞ」
「子供だ!まったく、男子ったら」
メガネの子はポンと足で地面を叩いた。それに歯向かうように、男子もポンと足で地面を叩く。
大人しそうにしていたグレーの女の子はわたしにぼそっと話しかける。

「あの…都会の人ですか…。このスカート、かわいい」
「そ、そう?たいしたものじゃないんだよねえ。お友達の方がもっとお洒落だし」
携帯の写メを子供たちに見せてあげると、またも歓声が沸き起こる。
彼らは本物の携帯を見たことがないらしい。
「あー、イヌの女の人だ!美人だ!」
「リボンのネコの人のブラウス、いいなあ。かわいい」
この島で生まれ育った子供たちは今まで、ウサギ以外の人たちに会ったことがないと言う。
「このメガネのイヌの子、お姉ちゃんのクラスの人?」
「それ…数学の先生」
都会に思いを馳せる子も居れば、田舎の島に誇りを持つ子もいる。
まだまだ、彼らもガキなんだからどんなウサギになるかは誰も知らない。
きっと、わたしたちの横でそびえる廃墟になった工場も、朽ちた果てた生きるしかばねに自分がなるとは思っていなかったのだろう。
そういうものかもしれない。きっと。

携帯の画面を元に戻すと男子が待ち受け画面を見て、静かな池に小石を投げ込んだようにざわつき出した。
「それ、もしかして『若頭』?すげえ!」
「かっちょいいな!!『おれたちは世間さまから外れていることなんて、わかりきっているさ』」
男子のセリフに反応してしまい、思わず続きのセリフを言ってしまう。
「『ひっそりと世間さまの隅っこで暮らしていく。そんなこと、もう心得ているよ』だよね?確か」
「お姉ちゃん!すごい!!」
「すごい!さすが都会っ子だ!そうだ、パン太郎。この間貸した『コミック・モッフ』返せよ!」
まさか、『若頭は12才(幼女)』のセリフで彼らと会話するとは思わなかった。

いつも持ち歩いている『布教用』の『若頭』最新刊をバッグから取り出すわたしはまるで、初めて鉄砲を伝えた異国の者の気分だ。
インクの匂いが新鮮なビニールのかかったままの単行本をじっと羨望の眼差しで眺める男子たち。
本屋に行きたくてもなかなか行けない事情なのか。いわんや、ネット通販をや。
折角の布教用なので、彼らに一冊差し上げることにした。「いいのいいの」と、わたしは本を手渡す。
わたしは一向に構わないのだが、彼らは深々とお辞儀をした。

気が付くと迎えの船が来る時間を携帯の時計は示していた。彼らとの別れを惜しみ、もと来た道を引き戻そうとすると、
グレーの女の子がわたしのスカートを摘んでポツリと目を潤ませているではないか。
「こ、こんどは電話の写真のお姉さんたちを…連れてきてくださいね」
「クウ子。この島はね、ウサギ以外は入っちゃだめなんだよ。知らなかったの?」
「ハル子、そうなんだ」
わたしに似たハル子と言うメガネっ子がクウ子の肩を叩くと、彼女の耳が元気なさげに垂れた。
静かに頷くクウ子を慰めようと、今度は街においでね、と再会をわたしは約束した。
「そうだ、まだ自己紹介してなかったね。因幡リオだよ」
「リオ姉ちゃん!」
「じゃあ、またいつか会おうね」
「リオ姉ちゃん、バイバーイ!」
遠くから手を振るお子たちが小さくなり、声だけが耳に響いた。
今頃、お子たちは子供らしいけんかをしているんだろう。
「バカ」だの「ブス」だの「うんこ」だの。
そんな会話が思い浮かんでは消え、船の待つ桟橋にわたしは向かう。

山野先生は行こうと思っても、けっして行くことのできない『うさぎの島』。こんな島があるなんて、
先生から教わるまでわたしは知らなかったし、そしてあの子らにも会うことはなかったのだろう。
旅のお土産はないけれど、むしろそれがない方が一人旅の締めくくりとしては幸せかもしれない。
だいいち、この旅のことは家族と山野先生しか知らないし、旅の間はクラスの子のことを半分忘れかけていたから。

お礼のメールを送ろうと、再び携帯を取り出す。『若頭』の待ち受けと共に浮かび上がる文字を見ると、重要なことを思い出した。
「圏外かあ」
とりあえず、明日学校でお礼を言おうかな。学校に行くのが楽しみになった。


おしまい。

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