第011話 フライデー中島の憂鬱 ◆SzP3LHozsw
「ヘル…ビジョン……?」
夜空に浮かぶ青白い月の明かりを頼りに、
中島淳一はデイパックに入っていた支給品の説明書に目を通していた。
寄せては引いていく波の音がする以外は静かなもので、辺りに人がいる気配は無い。
しかしそれでも不安で仕方がない中島は、何十秒か置きにキョロキョロと周りを見回して危険の有無を確かめるものだから、
簡単な説明書を読むだけなのにけっこうな時間が掛かっていた。
「ひ、ひぃぃぃ!…な、なんてアブないものが入ってるんだ……」
やっとのことで説明書を読み終えて『ヘル・ビジョン』の効能を知った中島は、そのあまりに危険な内容に驚き、
恐ろしさに任せてヘル・ビジョンの入った小さなポリエチレンの袋を放り投げていた。
ふわりと飛んだポリエチレンの袋は波打ち際に落ちて、押し寄せてくる波に乗って砂浜の上を行ったり来たりと繰り返している。
――ヘル・ビジョン。3粒までは精神興奮剤だが、4粒以上は痛みを取り払い強力な肉体を与えてくれる植物の種。
飲めば飲むほど肉体に驚異的な力をもたらしてくれるが、反面、身体への負担は大きくなり、場合によっては心身ともに破綻をきたす恐れもある代物。
説明書に書かれていることを要約すると、こんなところだった。
それは植物の種ではあるが、ありていに言ってしまえばドラッグとか薬物といわれるもので、中島のような目立たず地味で根暗な高校生にとって
決して手にしてはならない禁忌と教えられてきたものなのだ。
「ううぅぅ……。僕は…僕にはプロのカメラマンになるという夢があるというのに……何故、こんなことに巻き込まれなければならないんだ……」
状況が状況だ。この非常事態に、中島の頭はひどく混乱している。
その上ドラッグなどという危険なものを手にしてしまい、中島の思考回路はメチャクチャになっていた。
中島は誰に憚ることなく泣いた。泣いてどうなるものでもないが、とにかく泣いた。
そして泣いて泣いて一頻り泣き終わったあと、急に何かを思い出したようにガバッと顔を上げた。表情に微かな希望が見てとれた。
中島は急いでデイパックを漁り始める。欠かすことのできない、自分の持ち物が入っているのではないかと信じて。
「無い!無い!無い!僕のカメラが何処にも無い!!」
中島の希望に反して、デイパックをひっくり返してみても求めるモノは入っていなかった。
ポケットも確かめるが、無論、探し物はそんなところに入る大きさではない。
中島はガックリと肩を落とした。中島が探していた物は大切なカメラだった。
愛用のα7700iやα8800iなら言うことは無いが、この際、贅沢は言ってられない。とにかく、なんでもいいからカメラが欲しかった。
あったところで意味のないことぐらいわかっていたが、せめて大事なカメラさえあれば気持ちの一つも紛れると思った中島に、現実は厳しかった。
「そ、そんな……」
なかば放心状態で呟いた。
「僕はこれからどうしたら……」
唯一の心の拠り所さえ奪われてしまった。一瞬、目の前が真っ暗になったのは、何も夜の闇の所為ばかりではないだろう。
ふと、中島の虚ろに彷徨う眼が、なんとはなしに波打ち際にたゆたうヘル・ビジョンを捉えた。
膝をついて悲観に暮れていた中島は、吸い寄せられるようにゆっくりと立ち上がると、海水に浸されていた小袋を拾い上げた。
大丈夫、中身は濡れていない、無事だ。
「……い、いざとなったら…これを――」
中島は、震える手でヘル・ビジョンを制服のポケットにねじ込んだ。
【J-07/浜辺/一日目・午前1時ごろ】
【男子25番 中島淳一@ろくでなしBLUES】
[状態]:精神的に不安定
[装備]:なし
[道具]:支給品一式・ヘルビジョン(10粒)@BOY
[思考]:1、死にたくない
2、太尊や千秋を探す
最終更新:2008年02月11日 22:41