人気のないことを確認し診療所に入り込んだLは、ぐるりと室内を見渡してひっそりと眉をしかめた。
開けっ放しの引き出に薬品棚の扉。そして不自然に散らされた埃。
すでに、誰かに物色された後がある。
「…………」
再度室内を見渡すがやはり人のいる気配はない。
ここにいた人物はもうこの場にいないと考えるのが妥当だろう。
そう判断し、Lは端から診療所内を調べ始める。
そして数10分後。
診療台に腰掛けるLの手元には。
はさみ。ボールペン。包帯。聴診器。注射器。水銀体温計。
それから目薬や軟膏といった薬や、いくつかの薬品が発見された。
それらを目の前にしてLは考える。
これらを持っていかなかったということは、ここにいた人物は医療の知識のない人間ということだ。
乱雑に痕跡を残していっているあたり、このような状況に慣れた人物ではないということもうかがえる。
もっとも、自分だってこのような状況は初体験なのだが。
「……さて……どうしますか」
できるかぎり手に入れられるものは手に入れた。
ここに長居する必要はない。だが……。
「そこに隠れいている人。そろそろ出てきたらどうですか?」
薄くなった月明かりが差し込む窓に向かって声をかけてみる。
自分がここに入ってから10分程後にやって来た人物は、窓の外から一歩も動かないままだ。
窓に影がしっかり映っているにもかかわらず自分は隠れているつもりらしい。
初めは自分を狙撃しようとしているのかと思ったが銃口がこちらを向く気配はなく、それどころか彼の人物が動く気配すらない。
その人物が襲ってきたら、様子を見て戦うかもしくは開けておいた窓から逃走しようと考えていたのだが、状況は変わらないまま目的は果たしてしまった。
「できれば話を聞きたいのですが……」
できる限り情報は集めておきたい。
ここまで自分を襲ってこないとなると、おそらく殺し合いには乗っていない人物なのだろうが……。
Lの再度の呼びかけにも返事はない。
恐怖から人前には現れたくないのだろうか。
それならそれで仕方ない。
捕まえて力づくで情報を聞き出すのは自分の主義に反する。
「残念ですが、時間が惜しい。私はもう行きます」
「ま……待って……」
「…………」
窓越しに聞こえた声の方へ視線を向けたLは、思わず息を止めその目を見開いてしまった。。
なにがあったのかはわからないが、頭からズブ濡れになり、中途半端に長い黒髪をべったりと顔に張り付かせている男が窓にへばりついていたのだ。
しかも鼻水をたらしながら号泣している。
先日観た日本の恐怖映画がふと思い出されて、Lの背筋に軽い悪寒が走った。
名探偵でなかったら「幽霊怖い」と言って逃げ出してもいい場面だろう。
「一人にしないでくれぇぇぇぇぇ……」
えぐ、えぐ、としゃくりあげながら男は窓を濡らしていく。
「やっかいなことになった……」
ひっそりと呟いて、Lは仕方なしに彼に手招きをして見せた。
窓から離れた男が転がるようにドアから室内に入り込んでくる。
「こ、殺さないで……」
そう言いながら自分に縋りついてくる矛盾にすら気が回らないらしい。
自分が殺し合いに乗った人間だったなら彼はどうするつもりなのか。
掴まれた手を鬱陶しそうに振り払いながら、Lは男を観察し……すぐに止めた。
推理するまでもない。彼がただの気の弱いオタク少年であるのは明らかだ。
大方、人に会えたことに安心して緊張の糸を切らせてしまったのだろう。
それにしてもこの、人の気力を奪うような泣き顔はどうにかならないのだろうか。汚すぎる。
「落ち着いてください。私のほかに誰か人に会いましたか?」
「死にたくないよぉぉぉぉぉ」
「……質問に答えてください」
「うわあああああん!僕のカメラがないいいいいいい」
切れそうになる心を落ち着かせるために、Lはバッグから角砂糖を取り出し口に放り込む。
一瞬、彼を殴り倒して気絶させ放り出していこうかとも考えたが今は話を聞きたい。
グッと我慢し、Lは淡々と少年に話しかけた。
「あなたのお名前は?」
「なっ……えぐっ……なな中島……」
「では七中島君。君はここに来る前に誰かに会いましたか?」
「中島、です……えぐっ……」
少しずつ落ち着きを取り戻し始める中島に、簡単ないくつかの質問をする。
彼が目覚めたのは浜辺。
波打ち際で転んでしまったために濡れてしまったらしい。
じっとしているのが怖くてあてもなく歩き始め、この村に辿りついたそうだ。
その間、誰一人として見かけていないというのが彼の話であった。
自分の話を交えつつ、Lは更に彼から彼の知り合いについての情報を聞き出す。
男子7番・
大場浩人。男子26番・
中田小平次。男子33番・
前田太尊。女子8番・
七瀬千秋。
七瀬千秋という少女以外は、中島曰くとんでもない不良だそうだ。
あの体育館でも思ったことだが……この犯罪には学生が多く巻き込まれている。
恐らく、未発達の精神に発達した腕力を持つ彼らがこの企画に適していると判断してのことだろう。
では何故、探偵として名の知られている自分やこの中島のようなひ弱な人間まで選出されたのか。
そこまで考え、Lはもう一度中島を見つめる。
無駄に長い髪。細い体。お世辞にも整っているとは言えない顔。
そして知能のほうも見た目どおりにあまり役には立ちそうにない。
一体彼の様な人間まで巻き込むとはどういう意図なのだろう。
見せしめ……殺され役?
今はまだ、どれだけ考えようとも答えはでない。
Lはひとつため息をつき、戸惑った顔をする中島に更に質問を続けていく。
彼の出身。この犯罪についての心当たり。
そして、話が支給品の事に及んだときに初めて中島という少年が激しい動揺を見せた。
散々迷った末に、しぶしぶといった感じで小袋に入った錠剤をLに差し出す。
「ヘルビジョン……地獄を見せる薬、と言ったところですか……。初めて聞く名ですが悪趣味な……」
独特の手つきで説明書を摘み上げたLは表情の読めない瞳でその文を一瞥する。
「飲みたいですか?」
Lの問いに中島はブンブンと勢いよく首を振る。
どうやら飲みたくないのは本心のようだ。
とすると、これを出し渋ったのは自分をまだ完全には信用していないということか。
まぁ、それはお互い様なのでいいとして問題はこの麻薬をどう処分するかだ。
「これは危険ですね……どこかに埋めるか海に流すか……燃やすにしても有毒ガスが発生したらやっかいですし……困りましたね」
「やっぱ……処分するんですか……?」
「飲みたいですか?ご希望であれば麻薬の後遺症について納得いくまで説明しますが」
中島の問いを切って捨てる。
このような状況下で、何かに縋りたい気持ちはわからないでもないがこれは危険すぎる。
余計な希望は持たせないに限る。
Lの言葉に、中島は再度激しく首を横に振って見せた。
「なのであれば私が預かりますが……構いませんか?」
「の、飲むんですか?」
「まさか」
でも、あの、と意味のない言葉を繰り返した後に、ようやく中島は頷いてLにヘルビジョンを託すことに合意した。
ほ、と息をついたところを見ると、やはり自分でもこの薬を所持しているのが恐ろしかったのであろう。
さて、聞き出せるだけの情報は得た。
自分としてはもうこの少年に用はないのだが、放り出していくわけには……。
「やっぱりいきませんよね……」
「な、なにが?」
おどおどとこちらを見る中島を一瞥し、Lは小さくため息をついた。
正直に言うと、彼を連れて行きたくない。
足手まといなのは明らかであるし、できるだけひっそりと移動して情報を集めたいからだ。
しかしここで彼を置いていくのは……。