第012話 護るべき者のために ◆SzP3LHozsw
鼓動が早鐘のように鳴っており、
瀬戸一貴は自分の胸に手を当ててみた。
心臓が胸に当てた手を振り払おうと激しく叩いているのを感じ、一貴は自分がどれほど脅えているのかを知る。
深呼吸をすることで緊張をほぐそうと試みるが、バクバクとうるさいほどに脈打つ心臓はまったく一貴の言うことを聞き入れようとはしない。
背後の樹に背を預け、それでも一貴は気持ちが落ち着くのをじっと待った。
(伊織ちゃん、大丈夫かな……)
大好きな
葦月伊織の顔が目の前をチラつく。
その顔が不安に慄いているように見え、一貴の心配は倍加した。
(なんでこんなことに……)
いくら考えたところで理由などわかるはずもなく、余計、歯がゆさと腹立たしさが増すばかりだった。
(そうだ……伊織ちゃんだけじゃないんだよな)
慌てて名簿を引っ張り出すと、それを月光に透かし、その中に知っている名はないものかとたどっていく。
(泉ちゃん……それに寺谷もか……)
自分と伊織を入れて4人――。
知っている人間の多さに深い絶望を覚える反面、根拠の無い心強さも感じ、一貴の気持ちはようやく落ち着きを取り戻しつつあった。
とりあえず気心の知れた者同士固まっていればひとまず安心、そんな構図が一貴の脳裏に描かれる。早く伊織に逢いたかった。
さしあたっての問題は、如何に早く安全にみんなと合流できるか、この一点に絞られる。
(できればこんなモノ使いたくないけど)
ポケットに手を入れ、中にあったものを掴み出した。嫌悪するようにそれを見る。
――1本のナイフ。
ブレードが月の明かりを反射して鋭く光っていた。
(もしも誰かが危険な目に遭っていたら……)
使わざるを得ないかもしれないと、一貴は覚悟を決めた。
「あら、随分と物騒なものを持ってるのね」
突然の呼び掛けに、せっかく規則正しいリズムを刻みだしていた一貴の心臓が、また異様な速さで暴れはじめる。
全身の筋肉が瞬時にこわばり、思わず握っていたナイフに力が入った。
「気をつけなさい、素人が扱っていい武器ではないわ」
見る方が恥ずかしくなってしまうほどボディーラインを強調した紺色のスーツに身を包んだ女性が、音も無く一貴の前に現れた。
ほんの数メートルほどの距離だ。
一貴は驚くよりも先に妖艶な魅力を振りまく女の身体に目を奪われ、それから思い出したように震える手でナイフを突き出した。
自衛のためとはいえ、覚悟を決めたそばからナイフが必要な事態になるとは考えてもみなかった。
「だ、誰……っすか……?」
ナイフを向けたまま、あからさまな疑いの眼をして女に問いかける。
そうしながらも一貴は(綺麗な人だ)と、女の大人の色気に少しだけ惹かれていることに自分で気付いていなかった。
「そんな恐い顔しないで。別に怪しい者じゃないわ」
芸術的な造りをした形の良い唇を歪め、女は知的な笑みを一貴に投げた。
さっきまでとは違った理由で胸が高鳴るのを、一貴は抑えきれなかった。
「こんな状況ですし、いきなり現れれば十分怪しいと思いますけどね……」
女の笑顔に顔を赤くしながら、ようやくそれだけのことを言う。
「それもそうね。――私は
野上冴子、警視庁特捜科の刑事よ」
「刑事……?」
騙されては堪らないと思いつつも、悲しいかな男の性でざっくりと開いた冴子の胸元やスラリと伸びた太腿に眼が行く。
一貴の小鼻が好色そうにヒクヒクと動いた。
冴子はそれに気付いているのかいないのか、挑発的な笑みを浮かべた顔で真っ直ぐ一貴を見ていた。
何かを推し測っているようにも取れる顔だった。
「……何か証拠になるものはありますか?」
眼に入ってくる冴子の身体を無理やり視界の外に追いやって、一貴は真剣な表情を作って訊ねてみた。
本物の刑事なら助けてもらえるかもしれないと思ったのだ。
「ごめんなさいね、どうやら警察手帳なんかは取り上げられてしまったらしいの。残念だけど、身分を証明できるようなものは持ってないのよ。
――ねえ、それより、いい加減その危ないのしまってくれる? そんなの突きつけられてたら、落ち着いて話もできないわ」
「…………」
冴子の言葉をまるっきり信じたわけではなかった。
しかし、やはりどうしても人を傷つけることは躊躇われたし、心理的にも、心細い中で最初に出会った人間を冷たくあしらうことはできなかった。
美貌も手伝ってか冴子がどうしても悪い人間には見えなかったので、一貴は言われた通り、両手で包みこむように握っていたナイフをズボンのポケットにねじ込んだ。
「よかった。これで落ち着いて話せるわね」
「……別に信用したわけじゃないですから」
猜疑とテレが相俟って、ぶっきらぼうな口調になる。素直になれない性格は一貴の悪いところだ。
「いいのよ、それで。いきなり信じろという方が無理があるわ。とにかく何処かでゆっくり話さない? 誰かに見つかったら厄介よ」
一貴の返事を聞かずに、冴子が先に立って促す。
別に話したい気分でもなかったけれど、冴子がどんどん行ってしまうので仕方なく一貴もそのあとに続いた。
少し移動すると、神社があった。『菅原神社』と書いてある。
注意深く周囲を警戒しながら、二人は境内に足を踏み入れた。
夜中の神社は閑散としていた。もっとも、他に誰かが居たりでもしたらそれはそれで厄介なのだが。
さすがに刑事らしい用心深さで一回りし、安全を確認し終えると、冴子は境内のお堂の階段に腰を下ろした。
ちょうどお堂を覆うように木の枝が伸びており、日中はちょっとした屋根代わりになって陽射しを防いでくれそうだ。
一貴はさすがにまだ冴子が信用できず、仲良く隣に座ることは憚られた。冴子と向き合う形で立っていることにした。
「座ったら?」
気を利かせた冴子が横にずれて、一貴が十分座れる場所を開けてくれた。
「いえ、結構です」
それをきっぱり断る。
「そう……」
冴子はちょっと気を悪くしたのか、長いまつげを伏せた。
微妙な間が空き、気まずい雰囲気となる。一貴は何か喋らなくてはと思い、とりあえず口を開いた。
「オレ、瀬戸一貴っていいます」
「そう、瀬戸君っていうのね」
長いまつげを持ち上げて冴子が優しく微笑む。
クラクラするほどに冴子が綺麗で、一貴はいつものように頭の中で淫らな妄想に耽った。
だがすぐに邪念を振り払う。今がそういうことを考えている場合ではないのは十分承知していた。
「話って、何ですか?」
また妄想しないよう、本題を切り出した。
「――あなた、本当に殺し合いが行われていると思う?」
唐突な問いだった。しかし、これは一貴も感じていた疑問だ。
こんなことに巻き込まれなければならない覚えもないし、なにより殺し合いとは非現実的過ぎる。
今このときも誰かが何処かで殺し合ってるとは考え難いものがあった。
「わかりません、オレには……。でも、あの体育館で見た死体は本物のように見えた……」
いつきが習っていた造形のような作り物には見えなかった。素人目にも、あれが本物の死体であることくらい一貴にもわかる。
だが、一貴の希望の如きものがそれを否定していた。
だから警察の人間である冴子の口から「あれは死体ではない」と言われれば、きっと一貴は狂喜したに違いない。
しかし――。
「そうね、あれはきっと本物でしょう」
冴子の答えは一貴が望んだものではなかった。
冴子は一体どれくらいの事件を担当してきたのだろう? どれくらいの死体を見てきたのだろう?
冴子の言葉には、キャリアが裏打ちする自信さえ覗いていた。
一貴に、急に実感が湧いてくる。背筋に寒気が走った。殺し合いというのもが現実味を帯びてくる。
「――野上さんは刑事なんでしょ? なんとかならないんですか?」
縋るように言った。
「……残念だけど、無理ね。こんなテロまがいのことをしでかす連中だから、応援を呼ぼうにも外界との接触手段は断たれているだろうし……。
連中と戦おうにも、肝心の居場所がわからないもの。今のところはお手上げ状態だわ」
「でも……!!」
冴子の後ろ向きな発言に腹が立った。
警察なら何とかするのが当然だろという無責任な感情が鎌首をもたげ、反抗的に冴子を睨みつける。
「落ち着きなさい。今は何もできないと言っただけで、何も手を打たないとは言ってないわ」
「え……?」
「いい、瀬戸君、さっき受けた説明を思い出して。私達はこの首輪で動きを制限されているらしいの。だからまず、この首輪を外すのが先決ね」
「首輪ですか……」
自分の首に手を伸ばそうとして、一貴はその手を止めた。体育館で説明されたことをしっかり思い出したのだ。
『爆弾入り』
確かそう言っていたはずだった。
「これを外さない限り、迂闊に動けないわ」
冴子はコツコツと爪で首輪を弾いてみせる。
「うわ!?」
衝撃で爆発するのではないかと思って一貴は頭を抱えてしゃがみ込む。
「ふふふ。あなた、何してるの?」
「へ……?」
頭を覆った腕の隙間から冴子を見上げた。
「大丈夫よ、これくらいなら。この程度で爆発されたら、それこそ何もできないでしょ?」
冴子の言う通りだ。こんなことで爆発していたら殺し合いだって難しくなる。
一貴は、大袈裟にビビッた自分が恥ずかしかった。
「なんにしろ、この首輪が邪魔であることに違いはないわ。まずはこれをなんとかしなくちゃ」
「……要するに、その手伝いをオレにしろってことですか?」
立ち上がりながら言った。
「あら、意外と察しがいいのね」
「わかりますよ、そのくらい。……でも、爆弾なんて外せませんよ、オレ」
「あなたにそんなことしてもらおうとは思ってないわ。外せるかもしれない人を一緒に捜して欲しいのよ」
「人を捜す……ですか? 心当たりあるんですか?」
「ええ。彼ならこういうことは得意だろうから。できないのなら、彼にテログループの殲滅を手伝ってもらう」
「…………」
一貴は迷う。
人を捜すくらいなら自分にも手伝えそうではあった。一緒に捜してるうちに、伊織達を見つけることもできるかもしれない。
だが一緒に行くということは、当然、危険もつきものということだ。
大人しく隠れていれば助けが来る可能性だってあるのに、わざわざ危険を犯すことになる。
仮に冴子が信用できる人物だとして、果たして自分がついて行くべきなのか――。手伝う価値はあるのか――。
しかし、一貴には恐怖に震える伊織の姿が見えていた。
刑事である冴子を手伝うことは、延いては伊織を助けることに繋がるかもしれないと思った。
なんとか冴子が首輪を処理し、その捜している人とテロの首謀者を倒してくれれば全てにケリがつくはずだった。
(伊織ちゃんだけは泣かせたくない。守らなければならない。そのためなら何だって……!)
「……いいよ、オレ、手伝いますよ」
「先に言っておくけど、危ないこともあるかもしれないわよ?」
「承知の上です。それでもオレは……」
力強く言った。
冴子は頷いてそれに応えた。
「ありがとう。助かるわ」
「ただ……条件があります」
「何かしら?」
冴子が細い首を傾げてみせる。
「オレも捜したい人達が居ます。その人たちを捜すのを手伝ってください」
「友達?」
「はい。それと……オレの大事な人です」
「へぇ……。まぁいいわ、それで」
一貴の『大事な人』発言に興味を示したようだったが、冴子は深く突っ込んでくることはなかった。
これでお互いの利害が一致したことになる。お互い、探し出さねばならない人間が居るのだ。
これからどうなるかはわからないが、一貴はひとまずは冴子と行動を共にすることに決めた。
「じゃあ、そろそろ行きましょう。のんびりしている暇はないわ。急いでリョウを見つけなきゃ」
それぞれ荷物を抱えると、二人は夜の神社をあとにした。
【E-02/菅原神社/一日目・午前1時ごろ】
【女子10番 野上冴子@CITY HUNTER】
[状態]:正常
[装備]:メリケンサック@ろくでなしBLUES
[道具]:支給品一式
[思考]:1.
冴羽リョウ、及び知り合いとの合流
2.首輪の解除
3.首謀者達の逮捕、或いは殲滅
【男子20番 瀬戸一貴@I''s(アイズ)】
[状態]:正常
[装備]:スペツナズナイフ
[道具]:支給品一式
[思考]:1.葦月伊織、及び知り合いとの合流
2.冴子に協力
3.伊織達に何かあれば……
最終更新:2008年02月13日 13:16