き(助動詞)

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日本国語大辞典 助動詞 (活用は「せ・◯・き・し・しか・◯」。用言および助動詞の連用形に付く。ただし、カ変には「こ‐し、こ‐しか、き‐し、き‐しか」の両様の付き方があり、サ変には「せ‐し、せ‐しか、し‐き」のように付く) 過去の助動詞。
① 話している時点からみて、その出来事が現在から切り離された過去の事実であることを表わす。和歌や会話文に用いられ、話し手の直接に見聞したことを表わす。
※古事記(712)中・歌謡「さねさし 相模(さがむ)の小野に 燃ゆる火の 火中に立ちて 問ひ斯(シ)君はも」
※万葉(8C後)一・一四「香具山と耳梨山とあひ之(シ)時立ちて見に来之(シ)印南国原(いなみくにはら)」
② 物語の現段階からみて、ある出来事がそれより以前に起こったことを表わす。物語・日記・随筆などの地の文に用いられ、語り手が直接見聞した以外のことも表わす。 ※土左(935頃)承平五年二月九日「かく上る人々の中に、京より下りし時に、みな人、子どもなかりき」
※今昔(1120頃か)二四「其より返て三日許有て、共に彼の槁にて月を見し人の許に」
[語誌](1)存在態の「あり」を含む「けり」に対して、「あり」を含まない「き」は、出来事が時間的にへだたって存在し、目の前にないことを表わす。
(2)「き」の活用は、カ行系の活用とサ行系の活用の取り合わせである。そのうち、少なくとも「し」は、次の例に見られるように古くは変化の結果の状態(口語の「…している」の意味)を表わした。「古事記‐中・歌謡」の「みつみつし 久米の子らが 垣下に 植ゑ志(シ)椒(はじかみ) 口ひひく 吾は忘れじ 撃ちてし止まむ」など。なお、後世にも、「我がそのの咲きし桜を見渡せばさながら春の錦はへけり」〔為忠集〕のように、変化の結果の状態の意味を表わす例が存在するが、これは口語の「た」の用法に引かれこうした用法が生じたものである。
(3)未然形「せ」は、常に接続助詞「ば」に連なって「…せば」の形をとり、多くは「まし」と対応して、現実には存在しない事柄を仮想する条件句を作る。上代語、および中古の和歌に主として用いられる。「古事記‐中・歌謡」の「一つ松 人にあり勢(セ)ば 太刀(たち)佩(は)けましを」、「万葉‐三二一四」の「十月(かむなづき)雨間(あまま)もおかず降りに西(セ)ばいづれの里の宿か借らまし」、「古今‐春上」の「世中にたえてさくらのなかりせば春の心はのどけからまし〈在原業平〉」などがある。なお、この「せ」は、古代日本語においてサ変動詞と関係があったとする説がある。
(4)上代には、「常陸風土記‐香島・歌謡」の「あらさかの 神の御酒を たげと 言ひ祁(ケ)ばかもよ 我が酔ひにけむ」、「古事記‐下・歌謡」の「根白の 白腕(しろただむき) 枕(ま)かず祁(ケ)ばこそ 知らずとも言はめ」の「け」を、仮想的意味になるので、「き」の未然形とする説がある。→助動詞「けむ」。
(5)連体形「し」が、係結びの場合でなくて文の終わりに用いられることがある。「源氏‐夕顔」の「君は、御直衣姿にて、御随身(みずゐじん)どももありし」などは、「連体止」による詠嘆的表現、「徒然草‐三二」の「その人、ほどなく失せにけりと聞き侍りし」や「浮・西鶴織留‐三」の「貧者は我と身を引て、わづか成乱銭(みだけぜに)のそばへも寄かね、心にやるせなかりし」などのような中世以降の例は、口語動詞の連体形が終止形にとって代わったのと相応じて、単なる終止用法へと変化したものと考えられる。
(6)中世以降は文語の和歌や軍記では用いられていたが、その用法は限られており、軍記では、次のように待遇表現をともなう丁重な会話文に用いられるのみであった。「太平記‐七」の「城中の搆を推し出して、水を留て候しに依て、敵程なく降参仕候き」など。
(7)近世以降、サ行四段活用の動詞に付く場合、「…しし」とならないで「…せし」となる場合が多くなる。「仮・恨の介‐上」の「なかにもくずの恨の介と申せし人は」、「読・雨月物語‐白峯」の「これ経をかへせし諛言(おもねり)の罪を治めしなり」など。明治三八年(一九〇五)の「文法上許容すべき事項」には「佐行四段活用の動詞を助動詞の『し・しか』に連ねて『暮しし時』『過ししかば』などいふべき場合を『暮せし時』『過せしかば』などとするも妨なし」とある。
広辞苑 助動詞 (活用は特殊型。[活用]せ/○/き/し/しか/○)活用語の連用形に付く。ただしカ変動詞には「こし」「こしか」「きし」「きしか」、サ変動詞には「せし」「せしか」「しき」のように付く。今から、過去にあった事を思い起こす(回想する)意を表す。室町時代以降は「た」と同じ意味で用いた。
①過去を回想する意を表す。多くの場合、今ではもう取り返せない事という意がこもる。…た。…だった。
古事記上「わがゐ寝し妹は忘れじ世のことごとに」。
万葉集3「吾妹子が植ゑし梅の樹見るごとに心むせつつ涙し流る」
②(未来を含めて)ある時点で確実に起こったと認められる事態を表す。(「た」に通じる用法)…た。 百二十句本平家「切られたりと聞えしかば」
③未然形「せ」に助詞「ば」が続き、過去の仮定を表す。もし…だったならば。多く助動詞「まし」と呼応する。現実とは反対のことを望む発想が多い。(なお「せ」はサ変の未然形とする説もある) 万葉集2「高光るわが日の皇子のいましせば島の御門は荒れざらましを」
大言海 助動詞 過去ノ意ヲ云フ助動詞、動詞ノ連用形ニ接ス。 「行キき」受ケし恩」落チしかバ」アリき」

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最終更新:2024年05月10日 19:32