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「何故――この期に及んで、私が選ばれる」

木原加群は曇天の真下で、解せない、といった調子で漏らした。
引き締まった肉体を覆っているのはライダースーツ。頭部は銀のヘルメットに覆われている。

「もう、全て終わったと云うのにな……」

加群の佇まいには、まるで『生きること』への意識が感じられない。
生きているのに死んでいる。死人の心臓を強引に動かしたような、そういう雰囲気を醸していた。
加群は自らの醸す雰囲気に違わず、生きることに別段期待していない。

何故か――それは、彼の人生の到達点たる復讐を果たしたからだ。
自分一人を陥れる為だけに、一人の少年の命を終わらせた女。
同族にして決して相容れぬ宿敵たるその女を殺すために、加群は科学の道から外れた。
魔術の道へ進み、科学では到達できない『魔術』の力を手に入れた。
相討ちという形ではあったものの、ようやく復讐を成し遂げたのだから、悔いはなかった筈だった。
一度決まった死を覆されたところで、ありがたいとはとても思えない。
殺し合いの駒などにされて嬉しいと思う筈もないし、そうでなくとももう生きる意味はないのだ。

勝手なことをしてくれる――と、加群は重い声で呟く。
そういえばスカリエッティと名乗った研究者の演説を聞いている最中に、一人の見知った顔を見付けた。
木原円周という少女だ。
彼女は『木原』の姓を持つとはいえ、あの女――木原病理に比べれば随分と劣る。
加群は己を過信するタイプの人間ではないが、円周ならば敵ではないと確信さえしていた。

望まずして得た二度目の生。
ならば、精々スカリエッティの実験を挫くことに尽力するしかないだろう。
元より加群は、科学の発展の裏に必ず生まれ落ちる科学の魔物『木原』の姓を持ちながら、命を軽視する存在になってしまうことを恐れて、それで教師なんて職業を志した半端者だ。
とてもじゃないが、全ての参加者を殺すような真似はできない。
実力でどうかは知らない。しかし、加群の心がきっと殺戮の重圧に耐えられないだろう。
ただ、自分の利益のみを求めて他人を虐げる外道については話が別である。
加群は正義の味方ではない。
過去に宿敵・病理がけしかけた刺客の時だって、生徒を守るためにそれを殺害した。
限りなく完璧な殺し方で。
異常にして異様な『木原』の名に相応しい惨劇を、自らの手で敷いた。
だから躊躇いはない。それで善良な人々が死なない為にも、必要な殺人なのだから。
それにどうせ――この身は一度死に、それでいて罪に穢れた身。

「せめて、一人でも多くを守れれば良いが」

とりあえずは、単独で殺人者の排除だ。
首輪を外すのは後々でいい。それまで生き延びていれば、の話だが。
もしも全ての殺人者が殲滅されたなら、最後に主催者――ジェイル・スカリエッティを殺害する。
その後は知らない。最善は、バトルロワイアルの破壊を果たした上で朽ち果てることなのだろう。

感慨深げな表情で空を見上げる加群は気付いていなかった。
いや、気付ける筈もなかった。
襲撃者の男は暗殺に限りなく特化した者――『しのび』と呼ばれる存在『だった』のだから。

「――不生(いかさず)」

闇夜を切り裂いて、殺意が空を疾った。
放たれた弾丸は木原加群の背中に直撃し、心臓の位置を的確に射抜いていた。
加群の元居た『学園都市』の暗部にだって、これほどの腕前を誇る暗殺者はそうはいない。
仮面の男――左右田右衛門左衛門の銃撃は、加群に察知すら許さずに彼を撃ち抜いたのだ。

加群の肉体が崩れ落ち、地面へと俯せに倒れるのを確認すると、右衛門左衛門はふっ、と小さく微笑った。
両手には二対の双銃を持ち、暗殺を完遂したことにさして感慨も抱かず、彼は加群を離れた位置から観察する。
だが、確実な急所を撃ち抜いた手応えは誰より明確に理解していた。
あれで死なないようなら、相手は人間ならざる化け物と言う他ない。
全身から漂う気迫は、単なる奇抜な風貌の男ではない確かな強さを顕していたが――杞憂だったようだ。
右衛門左衛門は双銃――否、『炎刀・銃』をくるりと回して、死体へと接近する。
炎刀。かの刀鍛治・四季崎記紀が製作した十二本の完成形変体刀、その一本。
見た目こそ二挺の拳銃だが、分類はあくまで刀に入る。
――そう。この左右田右衛門左衛門は、炎刀『銃』の所有者。
支給品扱いとされ、おかげで手持ちの道具の枠を一つ使ってしまっているが、何も問題はない。
他の支給品にどんな物があれど、これは間違いなく上位に位置するだろう逸品なのだから。

「不問題。一度死んで蘇ったこの身だが、一切の衰えは無いようだ」

木原加群の死体に近付くと、そのディパックを見やる。
左右田右衛門左衛門の目的は、決して自身の優勝ではない。
仕えるべき『姫さま』と一早く合流し、彼女を優勝まで導くことこそが行動の大前提。
その為にも、姫さまを丸腰にしておくことはできない。
万一があった時の為にも、手持ちの物品は多いに越したことはない――。
姫さまといえば、本来左右田右衛門左衛門は死んだ筈だった。
虚刀流七代目当主・鑢七花との血戦の末に敗北し、最期まで後悔することなく命を喪った筈。
スカリエッティと名乗る異国の男がどんな術を使ったのかは分からないが、それは問題ではない。
問題は――この場に姫さまがいること。
面倒なことをしてくれたものだ、とぼやきながらディパックに手を掛けようとし――――


――――瞬間、右衛門左衛門は飛び退いた。
しかし遅い。心臓を撃ち抜いたという確信が、不忍の暗殺者の判断を一瞬遅らせた。
胸を浅く冷たい刃が切り裂いて、致命傷にはならないが傷を負う。


「ぐぅ……ッ!?」
「見事な腕だ。全く気付かなかったよ――だが、相手が悪かったな」


心臓を撃ち抜かれて死んだ筈の男は事も無さげに立ち上がり、呻く暗殺者へ冷たく言い放つ。
その手には、一振りのナイフ。ギザギザの獰猛なフォルムは、コンバットナイフと呼ばれるそれだった。
隠し持っていたそれを、油断した右衛門左衛門の隙に叩き込んだ。
浅い切り傷程度で止められたのは、ひとえに彼の技量ゆえだろう。
並の手合いならば、袈裟斬りにされて終わりだった。

「不分。確かに、心の臓を破壊した筈」

真庭鳳凰の毒刀によって手傷を負った時と、この状況は非常によく似ていた。
違うのは、右衛門左衛門の時代からすれば奇抜なこと極まりない容貌をしたこの男。
この男が用いた術が、まるで理解できないことだ。
帷子の類を着込んでいたのならまだしも、男の身なりはとてもそんな重装備をしているようには見えない。

「言っても分からない。そして、理解する必要もない」

加群は両手にコンバットナイフを持つと、ヘルメット越しに殺意を込めた視線を送った。
ヘルメットを隔てていても分かる冷たく鋭い殺気。
久しく感じていなかったそれに、右衛門左衛門は思った。
"――不味いな"と。相手のカラクリが分からない以上、どう打って出ればいいのかも当然分からない。
ただ、それでも相手は待ってくれない。
当然だ。いつだって、殺し合いというものはそういうものなのだから――!

仮面の暗殺者が消える。
消えたように見えるほどの速度で、ヘルメットの鬼神の間合いへと踏み込んだ。
コンバットナイフの斬撃が銀の軌跡を描くが、それは右衛門左衛門を捉えるには些か遅すぎる。
新たな傷を刻むことなくナイフは振り切られ、結果として加群には隙が生じることになる。
そこを突いての、至近距離からの攻撃。
今度は頭部を狙われて放たれたそれは、加群のヘルメットを砕き、内側の脳髄へ容赦なく襲い掛かる――。

「懲りない奴だな」

しかし、加群の頭にはまたも傷一つとしてない。
ヘルメットは衝撃でずり落ち、結果、加群の素顔を視認することはできた。
だがそれだけだ。木原加群という男を殺すためには、何の道筋すら産み出してはくれない。
不覚によって負った切り傷の痛みを感じながら、右衛門左衛門は忌々しげに口元を歪める。

(不分――、忍法のようなものを使っているのは間違いないようだが、まるでカラクリが分からん)

右衛門左衛門はとある縁で、『真庭忍軍』なるしのびの集団のことをある程度知っている。
彼らもまた様々な術を講じるが、これはそれとはまた別種のものであるらしい。
自身が全貌を解き明かすのが先か、それともあの刃が自身に引導を渡すのが先か。

胸の傷は浅いが、念のため処置をしておきたくもある。
これ以上戦いを長引かせるのは得策ではない。

そう判断した右衛門左衛門は、一切の名残惜しさを感じぬままに、撤退を決意した。
彼は剣士ではない。元はしのびで、今は不忍を誓った姫さまの腹心だ。
必要なのは確実な目的の達成。
そこまでの過程で要らぬ感情を持ち込むなど、右衛門左衛門からしたらただただ愚かしい限りだった。
そして幸運なことに、目の前の男は速度で自分に勝るわけではない。
珍妙な術こそ用いれど、しのびに匹敵する動きはしない。
ならば――逃げるのは容易だ。

「逃げるのか」
「ああ。生憎、ここで深手を負う訳にはいかない身だ」
「そうか。なら私に追えはしないようだな」

加群は戦士でこそないが、病理への復讐を果たすために戦闘の手段を身に付けている。
その彼は、自分には左右田右衛門左衛門の速度に匹敵する速さは出せないと理解できていた。
逃げる野兎を、雀ごときに捕らえられる筈がない。
余計な追跡を図って傷を負うくらいなら、ここで大人しく見逃した方が利口だとも理解していた。
右衛門左衛門が罪のない一般人を手にかける可能性は勿論ある。
しかし、こんな序盤も序盤で犬死にするのはいくら何でも得策ではない。
本来――この手の手合いは、木原加群にとっては相性が悪いのだ。

「不解(げせず)。随分と物分かりが良いのだな」
「逃げるなら早く逃げればいい。あまり長々と話し込めば、此方の気が変わるかもしれん」

ふっ、と右衛門左衛門は口元に小さく苦笑を浮かべると、次の瞬間には加群の視界から消えていた。
まるで忍者だな、と加群は漏らす。
ただし、それは正しい認識だ。正しくもあり間違いでもある――忍と不忍の差だったが。

「幸先が良いとは言えないか」

自嘲するように呟くと、加群は地面に生まれた赤い染みをふと見下ろす。
左右田右衛門左衛門を切りつけた際に流された血液。
完全な不意討ちで通ったあの攻撃で、せめてあと数センチ深く切れていれば、展開はまだ違ったろう。

――――あの時。右衛門左衛門がもしも一撃必殺を狙われなければ、最初の狙撃の時点で加群は詰んでいた。

木原加群。またの名を、ベルシ。
科学の魔物たる名字を持ちながら魔術へと居場所を変えた彼の魔術は、ひどく使い道が乏しい。
それは、自分を死に至らしめる攻撃のみを延々と無力化する魔術。
だから右衛門左衛門の心臓への攻撃は効果を生まず、頭を狙ったところでベルシの魔術が立ちはだかった。
もしも手足を狙われでもしていたら、散っていたのは間違いなく自分だった。


「ああ、本当に――」

そういえば、残してきた者たちがいた。
それは生きて帰らねばならないという理由にはならないが、木原加群にとっては特別な意味を持つ。
同時に――ベルシにとっても、特別な意味を持つ。
二人の少女の顔が脳裏に浮かび、それを珍しく苦笑を浮かべて払拭し、加群は一言呟いた。
それは自嘲のようで、しかし思い出を掘り返して感慨に浸るようでもあった。

「――無駄な力だな」


【一日目/深夜/F-3 森】


【左右田右衛門左衛門@刀語】
[状態]胸に切り傷(浅い)
[装備]炎刀『銃』@刀語
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品×2
[思考・行動]
0:姫さまを優勝へと導く。
1:そのために参加者を殺害しつつ、姫さまを探す
2:鑢七花、真庭鳳凰には警戒。七花とは無理に争わず、消耗したところを狙いたい
※死亡後からの参戦です

【木原加群@とある魔術の禁書目録】
[状態]疲労(小)
[装備]コンバットナイフ@ひぐらしのなく頃に
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品×2
[思考・行動]
0:危険人物を排除し、実験の打倒に貢献する
1:あまりに強大な敵が居た場合は、相討ち覚悟で仕留める
※死亡後からの参戦です
※魔術に制限はありません。


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最終更新:2013年02月09日 13:59