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その瞬間を、忘れろと言われても無理な話だ。
仲間を守ろうとして戦い、ちょっとした油断をして――首をやられた。
痛みのようなものは不思議となかったけれど、人生で間違いなく最大級の恐怖を覚えた。
あの時、自分は死んだ筈だ。
首を喰われてしまえば、死なない生物なんているわけがない。
なのにこうして生き返っている理由は、一体どこにあるのか。
巴マミという中学三年生の少女には、そんなこと分かる筈もなかった。

分からないけれど、マミの中に蔓延る強い恐怖は未だ消える素振りを見せない。
当然と言えば当然だ。一度死んで生き返った、その事実をすんなりと受け入れられるほど彼女は強くない。
どうにか最大限の理性で、暴れて取り乱すような真似だけはせずにいたが。
それでも、かつてのように凛々しく戦うなんて、暫くはとてもじゃないが出来なそうだ。
自分が願いと引き換えに手に入れた『力』の証、ソウルジェムを見やる。
これがあればまだ戦える――いや、戦わなくてはならない。
願いを叶えた代償は、魔法少女として戦いの日々に身を投じることなのだから。

茫然自失としたままで、恐怖を紛らわすように参加者名簿を取り出し、眺める。
――その行動は、巴マミにとってプラスの意味を生み出した。
そこに記載された『仲間』と『知り合い』の名前を見て、彼女の顔色が変わる。

「鹿目さん、美樹さん………!」

それは、彼女が先輩魔法少女として可愛がっていた二人の後輩だった。
魔法少女の自分が招かれている以上まさかとは思ったが、実際にそうなるとやはり心配だ。

――助けないと。
マミは恐怖以上に、自分の怖いものを取り除いてくれた二人を守ることに胸の内の正義感を昂らせる。
ここで燻っていては、あの優しい少女たちが永遠に失われてしまうかもしれない。
そんなことがあってはいけない。いい筈がない。
そう考えると手足の震えは消えて、顔には自信ありげな笑顔さえ浮かべられるようになっていた。

これなら戦える。
正義の魔法少女としての志を見失わないで、誰かを守ることができる。
マミは、いよいよ完全に恐怖から立ち直ろうとしていた。
後輩を守りたいという想いが、死の絶対的な恐怖さえも凌駕し、マミに元の強さを取り戻させる。
空っぽになった胸に再び満ちていく熱いもの。

「……やれる。私はまだやれるわ」

ジェイル・スカリエッティ。
何の罪もない人々を結集させて殺し合わせるなんて、魔女よりもずっと質の悪い害悪だ。
魔法少女の本来の仕事とは違うけれど、あれは倒さなきゃいけない敵だ、とマミは判断する。
それはきっとあの二人も同じだろう。
そして――恐らく、名簿にて見付けたあと二人の魔法少女も、同じであることを祈りたい。

佐倉杏子と、暁美ほむら。
どちらもマミと同じ魔法少女だ。
この二人は誰かに守られなくても、自分の力だけで戦えるだろう。
しかし、杏子はともかくとして、暁美ほむらについては少々疑念がない訳でもなかった。

暁美ほむらの素性が分からない。
マミの友達、キュゥべえに乱暴をしていた魔法少女。
『お菓子の魔女』と戦い、結果として命を散らしてしまうことになった時にも、彼女は姿を見せた。
あの時は拘束しておいたが、もし共同戦線を張れていたなら、結果はもう少し違っただろう。
彼女の目的が分からない以上、すぐに信用してしまうのはあまりにも危険だ。
けれど、ほむらもまた魔法少女――。
進んで殺し合いに乗るような人物ではないと、信じたい自分も確かに存在していた。

「駄目ね。思考がごちゃごちゃしてきたわ」

やはり、慣れない。
魔女との戦いで大分非現実的な光景を見てきたが、殺し合いなんてことに経験はない。
それも、この『実験』とやらは魔法少女だけの問題ではないのだ。
一般人も合わせて参加者を選別し、武器を支給して『平等な条件』を整える。


「あの時私達を拘束していたのは、確かに魔法のようだった――だとしたら、主催に魔法少女が……?」

それに、スカリエッティもまた魔法少女の存在を知っていると考えられる。
そうでなければ、魔法少女を三人も偶然選び出せる訳がないからだ。
当然だが、魔法少女になれるのは女性だけ。
男性であるジェイル・スカリエッティに『契約』を行うことは不可能だ。
なら、どうして魔法少女の存在を知れたのか。
考えられるのは、やはり主催側に魔法少女がいること。
そして、こう考えるのは心苦しいが、契約獣――キュゥべえが関わっている、くらいしか可能性はない。

「優勝の景品のこともあるし、やっぱりちょっと疑った方がいいのかもしれないわね……場合が場合なんだから」

聖杯、という言葉に心当たりはなかった。
だけど、酷似した力のことは知っている。
かく言うマミも、その力を使って願いを叶えているのだから。

キュゥべえとの契約で魔法少女になる。
それは魔女と戦う使命を帯びるということでもあるが、ただ一方的に押し付けられるのではない。
契約の際には、自分の抱える願いを一つ叶えることができるのだ。
どういう原理だとかは知らないが、スカリエッティの語った聖杯と非常に似ている、とマミは思う。

ただ、問題はキュゥべえがスカリエッティに力を貸す理由が分からないことだ。
理由もないのにあんな悪鬼に力を貸す、キュゥべえはそんな存在ではないと思えた。
やはり、分からない。
この悪夢のような実験の根幹に、一切近付けてすら貰えない。
渦中にあるのに蚊帳の外という感覚はどうにも居心地が悪く――同時に、腹立たしくもあった。


――――と、その時だった。


「……誰かしら?」

息を潜める何者かの気配を察知して、マミは確認するように声をあげる。
敵に対しての脅迫の意味合いではなく、これは『いるのは分かっている』という意思表示の意味合いが大きい。
殺し合いに乗っている相手なら戦う。
しかし、殺し合いに放り込まれてどうすればいいのか分からずにいる一般人なら、守らなければいけない。

だが。返ってきた声は、マミにとって予想外のものだった。

「流石ね、巴マミ」

冷たい声。その声を、マミは聞いたことがある。
先程も例に挙げた、素性の知れない謎多き魔法少女――暁美ほむらの声だった。
敵意があるかないかを確認しなければ、とマミはすぐに判断を下す。
マミが確認をするより早く、ほむらの方から口を開いた。

「私は乗っていないわ。貴女が乗っているかどうか――確認したかっただけよ」
「……そう。暁美さんも乗っていないのね?」

ええ、とほむらは短く答える。
確かに、魔法少女といえど簡単に信用してしまうのは危険だ。
逆に、もしも魔法少女が殺し合いに乗っていた場合――道理外の力を振るってくる、非常に厄介な相手になる。
彼女らしい考えだな、とマミは思った。

「暁美さん、貴女の方で心当たりはあるかしら? この『実験』の主催者に」
「……残念だけど、スカリエッティなんて男は聞いたことがないわ。ただし、関わっていそうな奴になら心当たりはある。――巴マミ。貴女もよく知っている、白い獣よ」

キュゥべえ。ほむらがかつて襲撃していた、巴マミの友達。
が、ほむらの言うことも一概に間違っているとは言えないだろう。
願いを叶える、という言葉でどうしても連想するのは彼のことなのだから。
それに、ほむらがかつてキュゥべえを襲撃していたことがここに来て、急に脳裏に引っ掛かる。
まるでキュゥべえがスカリエッティと同じような悪の存在なのではないかと――疑念が生まれる。


「貴女はキュゥべえ――いいえ、インキュベーターの本性を知らないでしょう」

インキュベーター。聞き覚えのない言葉だ。
インキュベーターとキュゥべえ。語感がどこか似ている。
ほむらの顔色は真剣そのものだ。
瞳にはどこか嫌悪めいた色さえ宿っている。
その様子が、ほむらの語ることが只の戯言ではないとマミに信用させる何よりの根拠となっていた。
ここから先を聞いてはいけない。
ここから先を聞けば、取り返しのつかないことになる――本能が警告している。

けれど、人間というものは。
聞いてはいけないと思えば思うほど、気になってしまうものなのだ。
ましてほむらは正体不明の魔法少女。
自分の知らないことを知っていると思えば尚のこと。

「結論から言うわ。魔法少女なんて仕組みは全部、インキュベーターの目的の為の口実に過ぎないのよ」
「……なんですって?」

インキュベーター、というのがキュゥべえのことであるのはマミにも分かった。
彼の正式な名前なのだろう。マミは知らなかったが、ほむらはどうしてそれを知っているのか。
疑問は尽きなかったが、そんな疑問を遥か彼方へ吹き飛ばすようなことをほむらは言ったのだ。

「どういうこと……? キュゥべえが私達を騙していたっていうの?」
「その通りよ。魔法少女の契約は確かに願いを叶えられる。そこに偽りはないわ。でも、魔法少女システムの本来の目的は魔女との戦闘なんかじゃない。インキュベーターという生命体の、エネルギー収集を効率的に行う為の手段」

エネルギー収集。魔法少女システム。
マミは目眩さえ催しそうになった。
普段なら虚言と笑い飛ばしていたかもしれないが、現在は違った。
状況が状況なのと、暁美ほむらという人物がようやく明かした真実であるかもしれないということが――信憑性を増させて、マミの心へと容赦なく入り込んでくる。
友達だと思っていた存在に騙されていた、というショックも当然大きい。

「エネルギー収集の手段はもっと悪質ね。私達が想像もしないようなものをエネルギーとしているんだもの」
「想像もしないようなもの? 魔女と戦って生まれたエネルギーを回収するとかじゃないの……?」
「――魔法少女の絶望よ。思春期の少女の絶望が、最も良いエネルギーになるそうでね」

がつーん、と頭をぶん殴られたような衝撃だった。
しかしほむらは喋ることを止めない。
マミは分からない。ほむらがどうして今こんなことを語るのか。
それを知るには――ほむらと同じ、時間遡行者でなければならなかったろう。

「その為の道具が、このソウルジェム。貴女は知らないでしょうね。ソウルジェムの穢れが頂点に達する意味を」

ソウルジェム。それは、魔法少女の契約が完了したことを意味する大切なものだ。
一見宝石のような姿をしているそれは、魔力を使うと少しずつ濁っていく。
この濁りを、マミ達魔法少女は『穢れ』と呼んでいた。
しかし、マミはほむらの語る『インキュベーターの目的』について何も知らない。
だから、ソウルジェムの穢れが頂点に達する意味なんて知る訳がない。
ほむらはそれを知っている。
知った上で――彼女に絶望の銃口を突き付ける。

「ソウルジェムは――――」

ほむらは死神のように冷俐な微笑を浮かべて、悪魔のように言った。
真実を――それを巴マミに告げる意味を承知の上で。

「――――魔女を生むのよ」


 ◆ ◆

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ――――!」

巴マミは走っていた。
先程までの凛々しい決意などかなぐり捨てて、顔を青ざめて走っていた。
信じたくなかった。けれど、信じずにはいられなかった。
彼女の語ることが嘘ではないと信じてしまった。
一度信じてしまったことを嘘だと振り払おうとしても、どうしても絶望となってそれは付きまとう。

(みんな……死ぬしかないじゃないっ!)

暁美ほむらに聞かされた真実が、マミの心を少しずつ、少しずつ汚染していく。
まるで床に溢したジュースのように、緩やかだが確実に広がっていく。
ほむらの語った真実は、巴マミの思っていた魔法少女の仕組みとはまるで異なるものだった。
魔法少女という存在は、キュゥべえことインキュベーターのエネルギー回収手段に過ぎない。
魔法少女の絶望でインキュベーターの目的たるエネルギーは回収される。
そして、限界まで穢れを蓄えたソウルジェムは魔女を生む。
そのからくりを聞かされて冷静でいられるほど、マミは強い少女ではなかった。

――呆然となったマミに、ほむらは言った。

『ごめんなさい。私は嘘を吐いていたわ。私は殺し合いに乗るつもりよ――優勝して、全ての魔法少女を救うために。そうすれば、願いを叶えられる。魔法少女は救われる』

それに異を唱えるなんて、マミにはとてもじゃないが出来なかった。
間違っていると、思えなかったからだ。
魔法少女を救うにはそれしかない。
そうでもしないと――自分達は、いずれ絶望を撒き散らすのだから。

『貴女も、しなければならないことは分かるでしょう?』

そう言ったほむらの言葉は、刃となってずぶずぶとマミに突き刺さっていく。

「もう、嫌よ……っ!!」

少女は走る。
見えざる恐怖から逃れたい一心で走る。
ソウルジェムが黒く濁っていくことにさえ、気付かずに。


【一日目/深夜/G-7 森】


【巴マミ@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]精神恐慌、疲労(小)、ソウルジェムの穢れ二割
[装備]巴マミのソウルジェム@魔法少女まどか☆マギカ
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品×2
[思考・行動]
0:???
※三話にて死亡した直後からの参加です
※暁美ほむらに、魔法少女の真実を聞かされました


◆ ◆


巴マミが走り去った後も、黒髪の魔法少女――暁美ほむらはその場所で変わらず佇んでいた。
罪悪感を感じている様子はこれっぽっちもなく、現に彼女はマミに真実を伝えたことを、一切悪いと思っていない。
何故なら、あれはこの実験を加速させるための『火種』だったのだから。

「巴マミがどこまで参加者を減らせるか。まあ、期待はしないでおくのが良いでしょうね」

暁美ほむらは時間遡行者だ。
魔法少女となって手に入れた力を使い、一人の少女を救うまで何度も出会いと別れを繰り返している。
その旅路の最中で、巴マミが魔法少女の真実を知ったらどうなるかは既に見た。
暴走して仲間を殺害する。巴マミでは、その絶望的な真実に耐えきることができない。
それを知っているからこそ、ほむらは彼女を参加者を減らす道具として活用することにした。
マミの実力は高い。少なくとも、一般人では手も足も出ないだろう。
おまけに、魔法少女全てを救済できるかもしれないなんて希望を渡されたのだ。
彼女はきっと乗るだろう。
魔法少女を救うために、他の全てを殺そうとするだろう。
深く考えることもせず、暴走のままに動くだろう。
それでいい。
それでこそ、役に立つ。

「……まどか。貴女は、こんなやり方で救われても喜ばないでしょうね」

暁美ほむらは殺し合いに乗っている。
鹿目まどかを、幾度のループを経ても救えぬ少女を救うために。
その為になら、この手を血で染めることに躊躇いはない。
それでまどかが哀しむとしても、止まることは出来ない。
巴マミは良いとして、同じ魔法少女の美樹さやかや佐倉杏子が当面の課題ではあった。
美樹さやかはマミと同じく暴走する可能性が高い。
だが、どちらも魔法少女としては弱小な力しか有さないほむらには、真っ向からは戦いたくない相手だった。
しかし、それも不意討ちでなら話は別だ。
時間停止という能力は暗殺や隠密行動にとても適している。
真っ向からの戦闘を避けて不意討ちに徹すれば、彼女たちを殺すことは可能だろう。

「貴女とだけは、会わないことを祈っているわ」

ほむらは止まれない。
仮にまどかが喪われても、聖杯さえ勝ち取れば最悪構わないのだ。
だから――本当に最悪の場合、まどかをこの手にかけることもあるかもしれない。
それでも止まれない。
少女不相応な覚悟を胸に、時間遡行者・暁美ほむらは修羅の道を往く――――。


【暁美ほむら@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]健康
[装備]ほむらのソウルジェム@魔法少女まどか☆マギカ
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品×2
[思考・行動]
0:まどかを救うために、聖杯を獲る
1:基本は不意討ち。危険は侵さないようにする
2:美樹さやか、佐倉杏子には警戒。巴マミも頃合を見計らって排除する
※十一話、ワルプルギスの夜戦前からの参加です
※時間停止は数秒しか出来ません、また、時間を遡ることは不可能です



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実験開始 暁美ほむら Next:いいわけ
実験開始 巴マミ [[]]

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最終更新:2013年02月09日 13:54