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関係詞:3 \ 16:
seren:
klel \ [
vetyolom ] \ 関係詞節中の動詞の時制は主節の動詞との比較で行われる。主節と同じなら
i、主節より過去なら
a、未来なら
oを使う \ 関係詞節中の関係詞節中の動詞の時制はひとつ上の階層、つまり関係詞節中の動詞の時制との比較で行われる。主説との比較ではない。これは従属節の動詞はその従属節を直接支配している節の時制と最も関わりが深いためである \ たとえば
an in-a fan un baos-a fin un set-a oma e fan(私は自分の犬を殺した男を殴った女を見た。(自分=女))では、主節の見たは過去であるが、女が男を殴ったのは見たときより前である。そして殴られた男が女の犬を殺したのは殴られるより前の話である。もし
set-iだと男が殺してすぐ女に殴られたことになる。殺したのは私が見た時点と同じなのではなく、殴られた時点と同じである。また、
set-oだと男が犬を殺すのは殴られた後になるので、殴られた腹いせに犬を殺したと判断できる。つまり、解釈が変わるので注意すべきである。この場合、殺すのは殴られた後であり、私が見た後ではない。もうひとつ注意がある。殺すのは殴られた後であるが、そもそも殴ったのは私が見るより前である。言い換えれば私が見たのは殴った後である。同時に殺したのも殴った後である。ということは私が見たのと男が犬を殺したのはどちらが先なのか分からないということである \ 関係詞節中の関係詞節中の動詞は主節か関係詞節中の動詞の時制のどちらか一方としか比較できない。一方しか比較できないのでこのように残ったほうと比較できないことがある。つまり、殺すのと見るののどちらが先か分からないことがある。しかしだからこそ主節とは比較しないのである。もし関係詞節中の関係詞節中の動詞が関わりのより低い主節と比較されたら、関わりの深い関係詞節中の動詞と比較できなくなり、より関わりの深い節と時間の前後が比較できなくなる。いずれにせよ片方の時制と比較できないのならその節と関わりの薄い節を捨てるべきである。そのほうが情報伝達として合理的である。ゆえに関係詞節中の動詞の時制は主節の動詞との比較で行われる \
最終更新:2007年09月08日 17:14