最速兄貴は走る。
「日本最北のトドーフケンの北海道! その中でも最北端のこの場所が、つまり日本最北端の地ということであり、俺は今日本で最も北にいる男だ!」
最速の日本観光という目標を掲げた最速兄貴。
そんな彼が、この宗谷岬を見る事なく北海道を離れるなど、あり得ない。
「おぉ! 広い大地! そしてその先に広がる大海!
暗くて何も見えん!!」
どうやら早く来すぎたようである。
未だこのミニ日本には太陽も昇っておらず、何も見えないうえに寒い。
こうなってはせっかくの名所も台無しだ。
「ノォォォォォォォウ! 俺の日本一週計画が早くも暗礁に乗り上げてしまった!
……ん? あれは?!」
宗谷岬には「日本最北端の地」と書かれた石碑と、その後ろに大きな三角形のモニュメントが設置されている。
最速兄貴はそのモニュメントの隣に、ジッと動かず佇んでいる人影を見つけた。
「すいませーん、そこのお方! すっいませーーーーん!!!!」
「…………」
人影は最速兄貴の呼びかけに応じることもなければ、彼のほうを振り返る事もしない。
(もしかして、耳を患っていらっしゃるのでは……)
自分の声に一切反応しないのは耳が聞こえないせいなのでは、と考えた最速兄貴は、その人物の元へ駆け寄る事にする。
近づくにつれて、夜闇に隠されていたその姿が露わになっていく。
白い肌。
人形のような顔。
そして、銀色の髪の毛。
(おやぁ? あの顔には見覚えが……あれは……確か……)
彼はこの女性の顔に見覚えがあった。
彼が○ロワの他に書き手として参加しているロワ、もしくは参加していたロワにいたキャラクターであったはず。
だが、「クーガーの外見をしている彼」は○ロワの書き手であり、他ロワで書き手をしていた「彼」は「別の参加者」としてこの会場に降り立っているはず。
よって、彼の脳に収納されていたこの少女の記憶は掠れに掠れていた。
少女の顔を凝視しながら、必死で虫食いの記憶を紡いでいく。
最速兄貴は全力で走りながらも、その視線は彼女の方に固定されていた。
だから当然、その首も彼女のいる方向へと向けられていた。
彼女を注意深く観察し、彼女についての記憶を手繰り寄せる。
自分の進行方向すら確認せずに。
「……誰だったかな……えっと……うお!
うわわわわわわーーーーーー!!!!」
ここは日本最北端の地である。
当然、その先には海が広がっている。
超高速で崖へとダイブした最速兄貴は、そのままの勢いで頭から真っ暗な水中へと投げ出された。
「ぶはぁ! オーマイガ!
この俺がなんという無様な失態であろうか! ……ってお?」
「……」
月明かりに照らされる銀髪。
海面から顔を出した最速兄貴を、先ほどの少女が見つめていた。
今まで自分のことを無視し続けていた少女が、ようやく興味を示してくれた事を嬉しく思う。
「すいませーん! 聞こえますかお嬢さん!
ここで会ったのも何かの縁。ここからロマンスが生まれるかもしれません。どうでしょうお嬢さん。文化について、流氷が溶けるほど熱く語り合いませんか?
しかしそのためにはまずは陸に上がらなくてはなりません。
どうか俺を助けてはくれないでしょうか?!」
もちろん自分から脱出することなど容易い。
こんな間抜けな彼でも肉体は「最強のネイティブアルター」なのだから。
しかしこの状況は、少女と打ち解ける絶好のチャンスだ。
ロープか何かを使って自分を引き上げてくれれば、少女と心が通じ合い、今後の観光に華を添える事ができる。
「…………」
「あれ? すいませーん。聞こえてますよね?
ロープでも何でもいいので……」
「……ふむ」
少女が小さく呟いたのが聞こえた。
その声で最速兄貴は思い出す。
この少女は「からくりサーカス」のキャラクターであると。
「あの、ですから! ロープでもなんでもいいので……」
「……合格ですね」
「え? 今何か……」
「……はっ!」
少女が叫ぶと同時に、その長い右足を空に向けて振り上げた。
手を大きく広げた後、胸の前でX字に交差する。
「あの、一体……」
「せい!」
叫ぶと今度は、右足を下ろして両足で地面に立ち、両手を掲げて全身でYのポーズをとる。
「………………あのー……」
「はいぃ!」
それが終わるとこんどはまた別のポーズ。
「とうぅっ!」
「…………」
そしてまた別のポーズ。そして少女の奇声。
「きええぇっ!」
「…………(やばい、身体冷えてきたぞ……)」
そんなこんなで早3分が経過。
まだ少女の不思議な踊りは続いていた。
「ほぁー!」
「…………(なんなんだこの子……)」
最速兄貴は鼻水をすすりながらも、少女のダサいダンスを鑑賞していた。
彼の弱い考えは「少女にダンスを止めさせて、一刻も早く陸に上がる」という事だ。
彼はその考えに反逆してしまっていた。
目の前の少女に意地でも最後まで付き合うと決めた。
そこに重要な意味があると信じながら……。
しかし夜の海は冷える。彼の体力も限界が来ていた。
「やばい……かも……しれない……」
体中の熱が海中に逃げ出し、彼がついに意識を手放そうとしたその時。
「ようこそっ!!!!」
満面の笑みで少女が叫んだ。
右手は腰に、左手は大きく掲げ、左足一本で地面に立ち、右足の膝は曲げている。
海パン芸人がやる「オッパッピー」のポーズだと言えば分かりやすいだろうか。
「…………は?」
「…………」
流れる沈黙。
呆気に取られた最速兄貴は、鼻水をすする事も忘れて呆然としていた。
少女もポーズをとって最速兄貴を見つめたまま言葉を発しない。
「…………はい。以上です」
「…………」
最速兄貴が二十秒ほど沈黙に耐えた後のこと、
少女がポーズを解いて、パンパンと服についた砂を払いながら口を開いた。
「さて、貴方にはまず今の舞を覚えてもらいます」
「…………え?」
「ですから、貴方には今の動きをマスターしてもらいます」
「…………お……お……」
最速兄貴がワナワナと震える。
それは寒さからくる震えではない。
「おまえ何いってるんだ! 踊りはともかく理由(わけ)を言えーッ!」
これでもよく耐えた方であろう。
が、流石の最速兄貴も遂にキレたのであった。
ラディカルグッドスピードを脚部に展開すると、凄まじいスピードで崖を上り、少女の隣に立つ。
「さあお嬢さん! どういうことか説明してもらいましょうか!」
いくらか冷静さを取り戻しつつも、その声は荒い。
海水で身体が冷えている事も忘れて少女に詰め寄った。
「…………」
「さぁ! 早く説明なさい!」
「……ふ……ふふ……ふふふふふ……」
「なん……ですか……」
気をつけをしたまま俯いた少女がいきなり笑い出した。
その異様さに、最速兄貴は身構える。
いつこの少女に襲い掛かられても大丈夫なように。
「ふふふふ……サーカスですよ…………」
「……え?」
呟くと同時に、まだ薄暗い大空に向かって腕を突き出しぱぁっと手を広げた少女。頭上に広がった夢を受け止めるかのように。
そして上を見上げると、もう一度叫ぶ。
「サーカスです!!!!」
幼い少女が、お姫様になる夢を語るかのごとく。
無邪気に、屈託のない「笑顔」だ。
「サー……カス?」
「そうです。その名も……」
最速兄貴を見てニヤニヤと笑いながら焦らす少女。
どうだ、早く知りたいだろう? と言わんばかりの顔である。
対する最速兄貴はポカーンと、未だ状況が飲み込めていないようである。
「しろがねサーカス団です!!!!」
人差し指を立てた右手を大きく掲げて宣言する。
まるで世界最大の謎を解き明かしたかのように、少女は誇らしげな顔をしていた。
「…………はぁ……」
「どうですか? ねえ? ねえ? いい名前ですよね? えへへへへへ」
少女には敵意はないことを確認し、少しだけ安堵する最速兄貴。
その顔は十歳ほど老け込んだようにも見える。
その周りを少女が嬉しそうな顔でクルクルと回る。
「ね、いい名前ですよね!?」
「……はい。すごく……いい名前です……」
疲れた様子で適当な返事を返した。
「ですよねー。さあ名前が決まったので行きましょう団員さん!」
最速兄貴の肩に手を回す少女。
「…………え? 俺ですか?」
「そうです! 貴方はこのサーカスの厳しい入団試験に合格しました!」
「え……ちょま……」
あまりの展開に目を回す最速の男を無視して少女は喋り続ける。
「このしろがねサーカス団の入団条件はたった一つ!
それは……銀髪であることです!!!!」
「そんな適当な……ってそもそも俺は銀髪じゃな……」
そう言いかけて最速兄貴は言葉に詰まる。
彼の外見であるストレイト・クーガーの頭髪の大部分はオレンジ色ではあるが、その一部、側頭部には銀髪のラインが……。
「いや……しかし……こんな狭い領域で……」
「しかし銀髪は銀髪です! おめでとうございます! 合格ですよ!
あなたがしろがねサーカス初の団員です!」
「いや……俺は……」
「ちなみに私はしろがねサーカス団、団長兼アクロバット担当の【命熱】ディフォア ◆d4asqdtPw2です。よろしく。」
「あぁ……漫画ロワでしたか。どおりで人の話を聞かないわけだ」
少女の暴走っぷりに呆れながらも、その出身ロワには納得する。
漫画ロワの自分もこんな感じなのだろうか。
「最速兄貴ですね! さて最速兄貴、貴方は『石食い男』担当です! おめでとう!」
「だから何で俺が…………ってええええええええええ!!!! なんですか石食い男って! おかしいでしょ!」
ぱちぱちと拍手で最速兄貴を祝福する【命熱】ディフォア。
ちなみに石食い男とは、呼んで字の如く「石を美味しそうに食べる」というだけの演目である。
肉体的にも精神的にもキツいくせに盛り上がらない、まるで罰ゲームのような最悪の演目といえるだろう。
「何を言うのです! 大変名誉な役職じゃないですか! あの石食い男ですよ?!」
「『あの石食い男』って、なんで皆が知ってる感じで喋るんですか? 目茶苦茶マイナーな役でしょう!」
「いーえ。 石食い男なしにはサーカスは成り立ちません! 私が男なら代わりたいくらいですよ」
「いやいや! もっとあるでしょ! 猛獣使いとか、ピエロとか、ナイフ投げとか! 『まず石食い男』ってあり得ませんって!」
「もう、これだから素人は……」
「いや絶対俺のほうが正しいです! あなた「からくりサーカス」の知識しかないでしょ!」
「よし……石食い男は確保したから……次は……」
「って聞いてないし! ……ん? 待てよ…………」
今の間に逃げられるんじゃないか……?
と、独り言をボソボソト呟くディフォアを見て最速兄貴は思う。
「それじゃ……さようなら~~!!」
悩む事もなく、一目散に逃げ出した。
ピューと風のように走り去る最速兄貴。
バトロワ会場で少女を置き去りにするのは罪悪感があったが、どうせ彼女は漫画ロワ出身者である。
弱いわけがない。下手したら自分よりも……。
「石なんか食えませんよ!
今回は縁がなかったと思って、ごめんなs……おぉう?!」
【命熱】ディフォアから百メートルほど逃げた最速兄貴。
その彼の襟首を掴むものがあった。
「ちょっと、どこに行くんですか最速兄貴さん!」
銀色の団長だ。
「え? ちょ……俺、最速なんですけど……なんで……」
「ギャグ補正です」
「ギャグ……なんですって? 何ですかそれは?!」
「そんな事はどうでもいいんです。全く、規律を乱さないでください!」
アルターまで使って全力で逃げたはずなのに、なんだかよく分からない方法で追いつかれてしまった最速兄貴。
対して少女は疲れている様子もない。恐ろしきギャグ補正である。
最速兄貴は悟った。
どうやらこの銀の悪魔から逃げる事は不可能らしい。
「……はぁー。……分かった。分かりました。私の負けです。やりましょうサーカス」
「本当ですか!」
あまりの規格外っぷりについに白旗を揚げた。
彼の目的はこのロワ会場を観光だ。
それはサーカスをしながらでも出来ることだ。
「ただし条件があります!」
「……一応聞きましょう」
「まず、さっきあなたがやった変な踊りです!」
「あぁ、あれは私が考えた『しろがねサーカスへようこその舞』です!」
真夜中のオホーツク海に落下した最速兄貴を助ける事もしないで、少女が一心不乱に踊った不思議なダンス。
なんとあの公開処刑のような踊りは、【命熱】ディフォアがサーカス団のオープニングで披露するための舞だったのである!
「うわ……名前も酷いな……。と、とにかくあれは即刻中止にしてください! 果てしなくダサい。客が逃げてしまいます」
「な! ………そんなはずは!」
「サーカス成功したいんでしょ? あれを中止しなければ、お客どころか団員すらゲットできません!」
「………………本当、なのですか?」
ションボリとする少女を見て、最速兄貴の胸に痛みが走る。
だが、あんなセンスの欠片もない踊りは死んでも御免である。
ここは引くわけにはいかない。
「え、えぇ! 本当ですとも。オシャレ百段の異名を持つ俺が言うのですから!」
「……分かり、ました」
最速兄貴の必死の熱弁に渋々折れる。
この勢いに乗じて、最速兄貴は涙目の少女にもう一つの要求をくり出した。
「それともう一つ! 石食い男は絶っっっっっっ対に嫌です! 他の役職をください!」
「そ……それは譲れません! 石食い男はもっとも重要な役です」
「他のなら何でもやりますから!」
「しかし……」
「僕じゃなくてもいいんでしょ石食い男は?」
「ふむ……それもそうですね……。では、貴方が代役の団員を見つけてください」
ポン、と手を叩いて提案する【命熱】ディフォア。
それを見た最速兄貴の顔が喜びの色に染まる。
「えぇ! 見つけますとも! 確か、入団条件は銀髪でしたね!」
「そうです。……あ、でも私の支給品に『生命の水』(三人分)があったので、最悪、それを飲ませれば誰でも銀髪になります」
そう言うと、【命熱】ディフォアはデイパックから瓶を三つ取り出した。
「……誰でも銀髪って……じゃあ俺じゃなくてもよかったんじゃないですか!」
「いーーえ! これはもしものときの為のものです。貴方のような天然の銀髪を優先的に確保していきます!」
「なんか納得いきませんが……もう考えたって仕方ない! それじゃあ新たな仲間を求めて旅立ちましょうじゃありませんか!」
「仲間……あぁ……」
「どうしました?」
「あぁ……仲間……サーカス……大勢の観客……割れんばかりの歓声……ハァ……ハァ……」
最速兄貴の呼びかけにも答えず、【命熱】ディフォアはサーカスの妄想に没頭していた。
だんだんと息が荒くなり、その額に汗が滲んでくる。
全力で逃げる最速兄貴を「ギャグ補正」とやらで捕まえたときには、汗など一滴もかいていなかったくせに。
「……団長さん?」
「……ハッ! 失礼、思わず絶頂してしまうところでした」
平然とした顔で変態じみた性癖を暴露する【命熱】ディフォア。
(大丈夫かこの人……)
先行き不安になった最速兄貴を尻目に、団長は太陽が昇るであろう方向を指差して叫ぶ。
「さあ行きましょう! 栄光の明日に向かって!」
「え? あ、は……はい! 待っててくださいとのさん……。公演の暁には、貴女にも俺の勇士を見て頂きますからねえええええ!!!!」
しろがねサーカス団、ここ日本最北端の地で結成。
そのメンバーは、変態の団長とハイテンションの団員。
未だまともなツッコミは不在。
【一日目 黎明 北海道 宗谷岬】
【しろがねサーカス団】
担当:団長兼アクロバット
【【命熱】ディフォア ◆d4asqdtPw2@漫画ロワ】
【状態】健康
【装備】なし
【道具】支給品一式、生命の水(三人分)、不明支給品0~2
【思考】 基本:バトロワ? そんなことよりサーカスしましょう!
1:最速兄貴の担当を決める。
2:団員を勧誘する。
【備考】
※外見は才賀エレオノール@からくりサーカスです
※しろがねサーカス団への入団条件は『銀髪であること』。銀髪の人を積極的に勧誘します。
しかし銀髪でなくても、才能や熱意のあるものは『生命の水』で強制的に銀髪化することも……。
担当:石食い男(?)
【最速兄貴@マルチジャンルバトルロワイアル】
【状態】健康
【装備】なし
【道具】支給品一式、不明支給品1~3
【思考】 基本:やりましょうサーカス! ……ついでにこの会場内を観光する!
1:新人を勧誘して『石食い男』を押し付ける。
2:とのさ~ん!!貴方もサーカスにご招待しますからね~!
【備考】
※とのさんとは、
想いのとと@マルチジャンルバトルロワイアルのことです
※外見はストレイト・クーガー@マルチジャンルバトルロワイアルです
時系列順で読む
投下順で読む
最終更新:2009年05月24日 17:42