非エロ:提督×大井14-654


『提督を信じてた僕が、とても馬鹿みたいだよ』

…………。

『あんなに提督を慕っていたのに、最低ですわ』

……五月蝿い。

『私、感情表現は苦手ですけど、もう提督には嫌悪の感情しか出ないわ』

五月蝿い。

『大井っちが言った筈だよね? 裏切ったら沈めるって。まあ今の提督には弾薬使うのも勿体無いんだけどさ……』

五月蝿い!

『だからさ、沈んだ大井っちのいる海は触らないで、どこかで飛び降りてよ』

五月蝿いっ!!

……………………
…………
……

「……っ! ……っ」

口をぱくぱくさせるが、思うように声が出なかった。
自分の意識が静かに浮上した今、既に動悸は不健康なまでに著しく激しい物になっている。
自分の中では悪夢に分類されたそれは、不本意ながら脳に深く刻み込まれてしまった。
大勢の艦娘らに糾弾され、下衆を見るかのように酷く濁らせた目で自分を見限ったのち向こうへ行ってしまう夢。
背景もまた自分の今の精神状態を表すような、荒んだ灰色であった。
勿論これは実際に起きた事ではないのだが、これから起きる正夢と言う奴なのではないかと勝手に恐怖する。

――唯の夢じゃないか。馬鹿馬鹿しい――

精一杯の虚勢を張ってそう自分に言い聞かせ、
目から距離のある真っ暗闇が広がる天井から逃げるように寝返りを打ち、布団を頭まで被る。
明日も仕事なのだ。睡眠時間は今しかない。
それなのに……。

――"飛び降りてよ"――

虚勢は虚勢にしかならなかった。
布団を被ろうが瞼を閉じようが、夢の余韻は絶たれず、瞼の裏で尚再生し続ける。
寝付こうと数分そうしていても動悸は収まらない。
耐え切れなくなった自分はやがて飛び起きて軍服を羽織り、
私室を飛び出し執務室箪笥の一番動きの悪い引き出しに組み付く。
その中のまた一番奥の陰った隅に置いている物に手をつけた。

そして、多くの艦娘が眠る庁舎を抜け出した。

……………………
…………
……

「……あら?」

大破入渠から復帰し、どうせなら添い寝でもしてあげようかと思い立ったがマルヨンマルマル。
支援艦隊として敵艦隊の隅から忍び寄るくらいに気をつけて一切の音を殺して扉を開けたが、
その向こうにはまず音を立てる物が何もなかった。
ベッドの中がもぬけの殻だ。
その文字通り脱皮でもしたみたいに、布団が乱雑に床に放られている。
今の時間はマルヨンマルマルを過ぎた頃。
休養の時間真っ只中のこの時間に私室にいないとなると。



――いた――

魚雷発射管を外した代わりに足に装着した探照灯が、寂れたベンチを照らす。
誰もいない、空高くそびえる敷地内の明かりが届かないそのベンチに、その人はくたびれたように腰掛けて項垂れていた。
軍帽を被らない提督が、面倒臭そうに座ったままでゆっくりとこちらへ振り向く。

「…………」

元からなのか、探照灯が眩しすぎるのか、提督は弾薬よりも目を細めて眉間の皺の明暗を強く表していた。
背もたれからは紫煙がくゆり、一層この人の今の状態が良くないことを表す。

「修復が終わったなら寝なさい」

口を開けば、普段の調子に靄がかった声が発せられた。
そんな声の提督の追い払う命令は、私の耳には届かない。
傍まで近づくと足に装備した探照灯がこの人を照らさなくなり、
月明かりさえも雲で塞がれているので視界はほぼ漆黒の青に染まるが、
見下ろすとベンチの上で小さな火が灯っているのが分かるので、それを取り上げるのに難はなかった。
案外この人は抵抗しない。
私はそれを地面に叩きつけて、艦底である丈夫な靴で踏みにじる。

「何のつもりだ」

この人の声に静かな憤りが含まれた。
玩具を取り上げられただけでそんな声に変わるなんて、子供みたい。

「また買ったんですか」

「……さあね」

この人は私の追求には応じようとしない。
斜に構えている、ように見せかけている証拠だ。

「提督が煙草なんか吸っているようじゃ、私達が提督を守る意味がなくなるんですよ」

「お前等が守っているのは国民だろ」

「提督は国民ではないと言うんですか?」

立って向き合おうとしない提督に追求はやめない。やめてはいけない。
確かに国民を守るのが私達の使命だけど、それ以上に守りたいものがあってもいいじゃないですか。
駄目だと言うのならそれは私達艦に自我を持たせた神様にでも言って欲しい。
理論の伴っていない言葉しか返せないこの人は今虚勢だけで保っている。
この姿勢を撃ち崩すべく、私は敢えて辛辣な言葉を並べ立てる。

「提督のこんな姿を他の艦が見たら、どう思うんでしょうね」

「五月蝿い」

「悩むのは誰しもあると思いますけど、それを誰にも打ち明けないで自分の体を傷つける提督は、軟弱で臆病者です。
なんでこんな人が提督なんかやっているのか甚だ疑問です」

「……っ」

斜に構えているというか、この人は逃避しているだけ。
遂にはこうして顔さえも逸らして再び項垂れてしまったこの人は、ただ臆病なだけなのだ。
この人のこういったところは呆れるし腹立たしいけど、一番気に入らないのはまた別のところにある。

「結婚までしたのに水臭くありませんか」

「お前にぶつけたって何もならん」

「提督にとって結婚とはなんなんですか。強い絆を結んだのは私の思い上がりだったんですか」

「…………」

「……はあ」

溜息が零れる。
以前からも度々提督のこうしけた姿は見てきたけど、
今のような関係ではないそれまでは煮え切らない思いのままあまり注意してこなかった。
しかし今は違う。
もうそれまでとは違い、嫌な事悲しい事をぶつけ合っても何ら問題はないはずですよね。
もっと私を頼ったらどうなんですか。
仕事の補佐をするだけの秘書以上に頼ったらどうなんですか。

「こっちを向いてください」

「……? んむっ……」

…………。

「ぷぁっ、おま、いきなり……!」

「何かあったら煙草に当たるのはもうやめてください」



「キスの味が煙草臭いのは嫌ですから」

悲しみに暮れる夜もそろそろ更けてきた。
水平線から顔を出そうとする日の淡い光の下、
隙だらけな提督の驚いた顔を尻目に、提督のポケットの中の紙の箱を力の限り握り潰した。


これが気に入ったら……\(`・ω・´)ゞビシッ!! と/

最終更新:2014年10月11日 01:32