せっかく疲労を回復させていたところなのに、何故だ。
下腹部をこそばゆいようなくすぐったいような感触で、自分の意識は深海から浮上して行くのが分かる。
自分の中の時計はまだ習慣付られた睡眠時間を刻んでいないようで、不快感に見舞われながら徐々に覚醒させられる。
そんな中、やがては下腹部を液体で濡らされ始めた事も分かった。
いい歳して寝小便? そんな訳が無い。
それだったら外気に晒されて寒い思いをする訳がなく、下穿きの中が蒸れる筈だ。
それだけでなく、一点だけは熱い。
この感触が催してしまった事によるものではないのは明白な訳で。
「……っ」
「ぅー……、ぺろ、ぺろ。……ん、んん……ちゅ……」
自分の砲身に口を押し付けていたのは、航空戦艦山城であった。
自分の砲が立派な物に改装されてしまっているのは山城の所為ではない。
人とは眠りから醒める時、全身の神経に隈なく命令を送る。
男の場合そこの神経も活性化されるので結果、肥大すると言う事だ。
断じて山城の所為ではない。
「おい。何をしている」
「れろ。……見て分からないんですか」
問い掛けを問い掛けで返すな。
何のつもりだ。自室に戻って寝ていろ。
明日もまた、私もお前もやる事はある。
「ちぅ……、私を使うつもりなんかない癖に」
何を拗ねているんだ。
今日お前は出動していただろう。
演習において
潜水艦を交えた艦隊が一つあったからお前に出撃命令を出した事、もう忘れたのか。
「ちる、たったそれだけ、ぺろ、じゃない……」
「いいからやめろっ」
自分は黒髪を纏う山城の頭を精一杯の力を込めた両手で押し退けた。
山城は不満気だ。
降ろされていた下穿きとズボンを直し、砲身をねじ込むように無理矢理格納する。
横に退かされていた布団も被り直し、山城から顔を背けるように寝返りを打つ。
「明日も潜水艦を相手にする事があったら考えん事もない。今回の事は不問にするからもう寝なさい」
「…………」
僅かな沈黙があった後、一隻分の重さを受けていたベッドが軋み、その圧力がなくなった事を示す。
扉が控え目に開閉の音を立てる。
山城は部屋を出て行ったようだ。
自分はその音を聞き、布団の中で大きく溜息を吐いた。
明日も仕事だ。寝なければならない。
だと言うのに、山城に付けられた唾液のお陰で砲身は一向に鎮まらず、
自分は悶々としながら再び深海に意識を落とすのに時間をかける事になってしまった。
……………………
…………
……
次の日の晩。
自分は壮烈な既視感を覚えながら摘まむように必死に惰眠を貪ろうとしていた。
「ちゅう……、ぇる、れる、ぇうー……」
まただ。
もう少し強く言ってやらないと駄目らしい。
自分は辿々しい動きによって局部に与えられる感覚を振り払って起き上がった。
「っ!」
勢い良く上体を起こした自分の顔を見て、山城は驚いたように私の砲身から舌を離した。
その小さな舌も山城の口の中に引っ込んだ。
自分は私の砲身に添えられていた白い両手を掴み、そこから離す。
「…………」
山城の赤い目を睨んだが、山城はまるで怯んでおらずうんともすんとも言ってくれない。
山城はやはり不満そうな、よく見ると悲しそうな顔をしていた。
しかしそれは知った事ではない。
私の局部に覆いかぶさっていた山城の上体を両手を押し退ける事で下手糞な正座に移行させた。
やはり立派な物にさせられている自分の砲身の我儘もまた知った事ではなく、私は下腹部の服装の乱れを整えた。
それから私は山城にしゃんとした正座で向き合う。
「山城、少し話をしようか」
「…………」
はいとでも言ったらどうなんだ。
俯き気味に視線を落とすんじゃない。
人と話す時は目を合わせなさい。
「一体どういうつもりなんだ。私と山城はそんな関係ではないだろ」
「……近代化改装よ。これで、欠陥戦艦とは言わせないし」
山城は此方を睨み返すように視線だけを上げて戯言をのたまってくれた。
何を馬鹿な事を言っているんだ。
何が不満なんだ。
読心術なんか持ち合わせていないんだから、口に出してくれないと分からないぞ。
こう諭しながらも、自分の語気は静かに苛々が含まれて行くのが分かる。
「……提督。昨日はあんな事を言っておいて、今日は使ってくれませんでしたよね」
またその話か。
確かに考えん事もないとは言ったが、別に約束した訳じゃない。
今日どのような事があったからと言って、明日の事柄を透視できる能力がある訳でもないんだ。
「"ケッコンカッコカリ"、ってあるじゃないですか」
あるな。
頭が花畑と化したらしい上が考えた制度だ。
「昨日の演習の中に一隻、それをしていた艦がいたじゃないですか」
いたな。
元帥殿が最も気に入っているらしいあの艦は、他の艦とは練度の格が違ったな。
お前もその艦を狙うのに苦労していた。
「その艦が言っていたんです。夜は提督とこういう事をしていて、それがとても幸せだって」
演習後の情報交換の時間で聞いたのか。
その艦は一途に元帥殿に愛されているのだろうな。
……で?
その艦がそう言っていたから、自分もそういう事をすれば幸せになれる筈だと?
ふざけるな。
浅はかにも程がある。
「これで二度目だぞ、いい加減にしろ。
山城の考える幸福ってのは何なんだ。自分でも分からないなら強引に私を巻き込むんじゃない」
最早怒気を言葉に込める事は抑えられなかった。
こんな形でこのような行為を強要されて、嬉しい訳が無い。
不愉快だ。
自我を持った艦娘がそうであるように、自分もまた良いように扱われていい道具じゃない。
山城は幸福になりたいのかもしれないが、これでは私が不幸だ。
人に不幸を押し付ける等、幸福がそんな汚い事の上に成り立つ物である筈がない。
「罰を与える。山城にとっての幸福が何なのか、考え直してきなさい。
相談ならいつでも受けるから今日のところは帰れ」
人差し指で私室の扉を指差しながら促す。
こうやって自分は拒絶の意を尖らせて表す。
山城は前髪で目が隠れる程俯き、一瞬右手を目元へ持っていった。
何の仕草か分からなかったが、その後顔を上げた山城の赤い目は少し潤んでいるように見えた。
気のせいだ。気のせいに違いない。
「……分かりました。迷惑かけてごめんなさい」
悲しそうな顔をいい加減どうにかしろ。
これではまるで私が悪者ではないか。
流石にここまで辛辣な言葉は口にはせず、
自分を正当化するための免罪符として心の中に縛り付けていた。
山城は、昨日より控え目に扉を閉めて出て行った。
この珍事、どう対処したら良いのだろうな。
あれだけ山城に大言を叩いておきながら、布団の中で自分はそんな自問の雨を浴びていた。
これが気に入ったら……\(`・ω・´)ゞビシッ!! と/
最終更新:2021年02月15日 01:30