非エロ:提督×大井15-610


「北上さん! 明けまして、おめでとうございます!
こ、今年もっ……あ、提督? 提督も、今年もどうぞ、よろしくお願い致します」

「よろしく」

「はい」

年が変わっても、大井は少しも変わらなかった。
何を錯覚したか私の体にまとわりつくようにぺたぺた触る。
正気に戻ったらそれもなくなって軍人らしく直立し頭を下げる。
対して自分は極めて簡潔に返したが、
これは脳内で再生されている映像を鑑賞しているところを悟られないようにした結果なのだ。
IFの世界とは人なら誰しもが考えるだろう。

『提督! 明けまして、おめでとうございます! こ、今年もっよろしくお願いします!』

その世界では、大井は私が姿を現すなり突然、顔を病的なまでに綻ばして飛び込んで来るのだ。
そして、体中を隈なく揉んだり触ったりして、早速姫始めしましょぉぉ等と……。

「あの、私の顔に何か付いてます?」

いや何も。





元旦。
早いものだ。
怠惰な暮らしに身を投じているなら未だしも年末年始でさえ休みのないこの暮らしなら殊更で、
少し気を抜けば時の流れに置いていかれそうだと自分は年甲斐もない事を感慨深く思っていた。
人間は意味のない思考に耽る事の出来る唯一の動物だが、それを許さないかのように北風が吹き飛ばした。
自分は直ちに身を縮こませ、上着の中に冷たい空気が入り込むのを阻止しようとする。

「寒そうですね」

背を丸める自分と違って、
大井が定規でも差し入れたようにしゃんと背筋を伸ばし、着せた上着のポケットに手を突っ込む事もしていないのは、
寒さにとんでもなく高い耐性を持つ艦娘であるからだ。
それは重々承知で、上着を着せたのは周囲から浮く事がないようにとか、艦娘である事をカモフラージュする為である。
他人事の調子で此方に流し目を向ける大井の身体が少しだけ羨ましいと思う。

「私は、むしろ寒さを感じてみたいと思いますが」

無い物強請り、だとか、隣のしばふは青い、と言うな。
自身には無い物が隣の人間にあると好奇心をくすぐられるだろう。
然し不便なことの方が多いぞ。
この場合だと、手が言う事を聞かなくなってまともに筆を操れなくなったりするのだ。
だから庁舎に帰っても執務に差し支えないように、こうしてポケットに手を潜ませているのだよ。

「それなら……」

大井は無造作にぶら下げるその手を、私の上着のポケットに入れた。
定温を保つ大井の手の感触に自分の手は驚き、その隙に掴まれてポケットから出されてしまう。
冷たい空気が自分の手を刺すが、自分より一回り小さい大井の手が前方の風から守るように私の手を握った状態を保つ。

「これはどうですか?」

良いか悪いかと問われれば、断然良い。
上着は北風から守ってくれるだけだが、この場合は熱源が熱を供給してくれるのだ。
単純に暖かいし、それだけでなくもっとこう、文字通りでない別の何かも不思議と暖まる。
それは大井も同じようで、暗い夜道にぽつりと立つ電灯の下で無いと分からない程度に頬に朱が入っている。

「これくらいのことでそんな気持ちになれるなら、やっぱり私も寒さは感じてみたいです」

一見人間を見下した皮肉のようだが、大井はこれを本心から言っている。
その願いが叶うとしたらそれは大井が艦娘をやめた時だろうな。
先の御参りではそれをお祈りしてきたのか?

「そんなわけないでしょう。提督は何をお祈りしたんです?」

私か。
提督として無難に安全祈願を願っておいた。
他にもあると言えばあるが、人間が沢山いる以上神様は一人一つまでしか聞いてはくれないだろうしな。

「それは提督の手腕にかかっているのであって、神頼みは意味のないことだと思います」

それもそうだ。手厳しい。
で、大井は何を願ったのだ?

「秘密です」

神のみぞ知るのか。
この言い分だと大井の願い事は私と異なる物なのだろう。
帰ったら神棚にだけでも安全祈願は願っておけよ。
気休めにしかならないだろうが、やって損はない。

「提督は気を休めてばっかりではないですか」

馬鹿を言うな。
やる時は気を引き締めているじゃないか。
先の十一月に行った庁舎の拡張工事だって更なる戦力を……。

「いででででっ!?」

「……他の子がどうしたって?」

大井は突然握っていた私の手を締め上げた。
それは艦娘が持つ潜在能力をあらん限りに出力して、私がそれ以上口を利く事を許さない程の力だ。
防衛本能によって大井の手から離れようと身を捩らせるが、大井は出力を維持したまま容易に付いて来る。

「止めろッ!!」

「はい」

案外素直に従ってくれた。
乾燥した空気に冷やされた手へのダメージは思いの外大きい。
力を抜いてくれた隙に離したその手を擦って
慰める。
艤装がないのになんて力だ。
此奴の思考回路では庁舎を拡張工事する事が不倫にでも直結しているのだろうか。
だとしたらそれは些か短絡的過ぎると思うのだがどうだろう。
全く信用がないな。
私が誰かに色目を使った事でもあったか?
ほぼ常に傍にいるお前が、そんなところを見た事があったか?

「あっもう着いちゃいましたね。ちょっと岸壁のところへ行きましょう?」

人の話を聞け。
それと、お前は平気かもしれんが、こっちは寒いんだ。
庁舎に戻らせろ。

「いいですね?」

大井はまたもや私の手を握って痛みを感じない程度に力を込めたので、自分は不戦敗として白旗を上げるしかない。
分かった分かった。だからさっきのはもうやめろ。





温かい缶を握り締め、岸壁のベンチで黄昏る。
先は嫌がったが、寒空の下で月を肴に甘酒を啜ると悪くないと思えるのは何故だろう。

「それ、美味しいですか」

美味いし懐炉にもなる。飲んでみろ。
大井に飲みかけの甘酒を渡す。
甘酒は健康にも非常に良いから、人間にはありがたい物だ。
少し風が吹くだけでこうも金をかけねばならんのだから、人間ってのは面倒臭い。
それでも参拝は鉛の弾でもない限り何が降っても行く気だったからそれを後悔はしない。
寒いと言う理由だけで外に出ない程堕ちてたまるかと言う意地もあるし、偶には肩に背負った責務の事も忘れて

「おい! 誰が全部飲んで良いと言っ、た……?」

小さな缶を一気にぐいっと呷った大井に突っ込みを入れようとしたが、自分はその任務を達成できなかった。
横に座る私に突然まとわりついてきたからだ。
上半身を捻り私へしがみつくように腕を回す。
自然と大井の頭頂を見下ろす形になる。

「懐炉……です」

深夜。
人気もなく潮風がそのまま吹き付ける岸壁。
結局のところ大井がこんな場所で黄昏る訳は考えても分からないが、
寒さの中こうして熱を感じると有難みが増すようだ。
とか何とか気取っているがそれは嘘ぴょんで、
自分は人目がないのを良い事に此奴へ抱いた邪な感情を抑えているだけだ。
自分は理性が渦潮に飲み込まれないよう堪えている事をおくびにも出さず、乾燥した唇を開く。

「甘酒の方がいい」

「またさっきの力で抱き締めてあげましょうか」

だからそれはやめろ。
兎角こうされるのは自分も満更ではないが、まずは庁舎に戻らせてくれ。
自分はこの体勢のまま動かない大井を、引きずるようにして庁舎に戻った。


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大井
最終更新:2015年08月25日 22:02