「想定どおりとはいえ、第五段階以上の模造天使は、起動時の瘴気発生量が多すぎる。(以下略)」
それだけで、夏音の肌に描かれた魔術紋様は消滅する。
魔力を無効化する"雪霞狼"の一撃が、叶瀬賢生が娘に刻んだ霊的進化の術式を消し去った
のだ。それは模造天使の、霊的中枢を支える力が失われたことを意味している。
湖に投げ込んだ小石が、水面に映る景色を傷付けられないのと同様に、古城の眷獣は"仮面
憑き"に触れられない。その事実に古城は絶句する。
「影響は軽微だ。問題ない。もともと第七段階に到達した時点で、思考拘束具が無効化される
ことは予想されていた」
速度 | 音速以上 |
攻撃力 | ビル群を破壊する光を放つ |
防御力 | 真祖の眷獣の攻撃が無効、 七式突撃降魔機槍の攻撃もほとんど通用しない |
その他 | 思考拘束具等の拘束具が通用する |
暗い夜空を引き裂くようにして、雲の裂け目からなにかが降りてくる。禍々しい輝きに包ま
れた、小柄な影。その背中には、赤い血管を浮き上がらせたいびつな翼が何枚も生えている。
剥き出しの細い手脚には不気味な幾何学模様が浮かび上がり、無数の眼球を象った不気味な
仮面が、彼女たちの頭部を覆っていた。
破魔の霊光を無効化し、消滅させる力。それは目の前に浮かぶいびつな影が、邪悪な
存在でないことを示している。この禍々しい怪物は、精霊炉によって人工的に生み出された
疑似聖剣よりも、遥かに神聖な存在なのだ。
不揃いな黒い翼を広げて、"仮面憑き"が咆哮する。彼女たちを縛っていた鎖が弾け飛び、
その衝撃に巻きこまれて雪菜も吹き飛ばされる。
口腔を埋め尽くしていた牙が抜け落ち、あどけなかった顔立ちは、黄金律を体現した美貌へ
ト変じていった。不揃いだった醜い翼は、光り輝く三対六枚の美しい翼へと生え替わる
その翼の表面に浮き上がったのは、巨大な眼球だ。
再び夏音が咆哮する。同時に彼女の翼面の眼球が、太陽のような眩い光を放った。
放たれたその閃光は、巨大な光の剣となって、上空から古城へと降りそそぐ。
「やめろ叶瀬……!」
大地に突き立った黄金の剣は、巨大な爆発を生み出し、地上に凄まじい破壊をもたらした。
硬い岩盤が粉微塵に砕け散り、紅蓮の炎が吹き荒れる。
その傷口から噴き出している神気に気づいて、雪菜は小さく息を呑んだ。
黄金に輝くその神気は"負"の生命力で構成された古城の肉体を、酸のように蝕み続け、
ゆっくりと消滅させている。
「この傷は……!?」
「模造天使の剣に貫かれたところですね。古城の肉体には、今もまだ剣が刺さったままなの
です。わたしたちには触れることのできない剣が」
見えない剣の存在を霊視しながら、ラ・フォリアが告げた。
孤独、不安、恐怖、絶望。冷たく透きとおった氷壁から伝わってくるのは、凍てついたよう
な哀しみの波動だった。恨みでも憎しみでもなく、虚無に近い透明な感情。
「さすがですね。わたくしもそう思います。おそらく模造天使の術式の影響で、叶瀬夏音の
心象風景がそのまま実体化しているのでしょう」
魔術的に人体を強化して、高次元の存在へと変異させる、そうやって造り出された存在が
模造天使だ。アルディギア王族の血統を受け継ぎ、強力な霊媒としての体質を持つ夏音は、そ
の実験体として選ばれた。