ショーケースの裏側で8

「シルフィ~!! 何所にいるの~?」

ペット業者の社長と男二人のの声が夜の林に響く
社屋に戻ったと同時に居ないことに気づき、急ぎ戻ってきたのだ
フィッフィーと元気のいい返事が聞こえてきたので、3人は藪を分け入り林の中に入って行った
男二人にはその居場所に思い当たる節があった。あのタブンネたちの巣がある場所である

「なんだいこりゃあ…」 「え…? シ、シルフィは大丈夫だよね…?」

その場所に立ち止まった瞬間、血とはらわたの匂いがぷうんと鼻についた
懐中電灯で照らしてみると、血と肉片と、散り散りになった桃色やクリーム色の毛皮が辺り一面に散らばっている
そして一目みただけではその正体が分かり得ぬ赤黒い肉の塊も

「…ニンフィアのじゃねぇです、こりゃタブンネの毛皮ですぜ」
「そーなの、良かった~」

もしかしたらシルフィのではないかと身震いしたが、違うと知ってほっと一安心した社長
タブンネが惨殺されてるという事はまるで気にしてないのが彼女らしい

「フィッフィ~」
「あ、あっちにいますぜ」
「シルフィ!!」

足が取られやすい林の中だというのに、社長は躊躇わずにシルフィヘと駆け寄った
シルフィも嬉しそうにしっぽを振りながら走り寄り、社長に抱き付く
残虐な悪魔も大好きな社長の前では子供に戻ってしまうのだ

「良かった~… も~、勝手にボールから出たらダメだよ~っ!」
「大事は無いみたいで良かったですなぁ… ん?」

不意に兄貴分はシルフィが居た方向に何か異様なものがある事に気がつく
木にぶら下がっている何か…。それが肉塊、タブンネの惨殺死体だと男二人が気づくのにそう時間は要さなかった

「ゲッ!! こりゃさっき放した奴じゃねえか!!」
「な、なんだってこんな事に…」

背格好が似ていたので兄貴分はもしやと思い、死臭に顔をしかめながら亡骸を検めると
予想通りに逃がす際に肩につけたマーカーが見つかった

(ひょっとしてシルフィがやったんじゃないのか?だがどうやって?それにしても酷過ぎる…)

様々な疑問を頭に浮かべながらも、兄貴分はとりあえず社長にこのことを報告した

「えーっ!もう死んじゃったの!?」

野生に返して一時間足らずの間にまさかの死亡。これには社長も声を張り上げて驚いた
言うまでもなくタブンネが可哀想とはそれほど思ってはいないのだが、別の大きな心配がある
これではとても契約を果たしたとは言えず女子社員に代金を返さなくてはならないということだ

「そういえばあの赤ちゃんはどうしたの? 一緒に死んじゃった?」
「あ、そういや見てませんでしたぜ」 

弟分が遅れて死体のある藪の中から戻ってきた

「赤ん坊の死体は近くに転がってましたぜ、いやはやしかし酷ぇ事になってます」

弟分が指したところに兄貴分は向かい、社長も怖いもの見たさで付いてきた
懐中電灯で照らされたそれは、余りに惨たらしく変わり果てたものだった

「うーわー、酷いよ~」
「な、何だってこんな事に?」

乱雑に引き裂かれた胴体から臓器を覗かせ、尻からは腸が巻尺のように飛び出て
手足と耳と尻尾は千切られて無造作に散らばっている
だがそれらより何よりも異常性を示していたのは、ビショビショの全身から立ち込める強い尿臭である
それは下手人が悪意を以て引っかけた物だという事は全員が容易に思い至る事ができた

「食うためじゃねぇ、遊びで殺したんだ」
「えっ?!変質者がこの辺に居るって事?」
「いや、人間の仕業とも思えねぇです」

刃物によるそれではない腹の裂け目と手足の切り口、
そして落ち葉に混ざり転がっているズタズタの耳に残っていた歯型
弟分はその二つから人間の仕業ではないと判断した

だが三人は別の理由から薄々ながら確信していた、尿の臭いに覚えがあったからだ
これをやらかした犯人はシルフィだ… と

「もーっ!シルフィっ!お客様のものに手を出したら駄目なんだよっっ!!」
「フィフィーッ!!…」

突然の叱責にシルフィは驚き、耳を下に下げて困惑した表情をしながらササっと木陰に身を隠した
叱るべき点がややズレている所が社長らしさである
ポケモンを叱るのも大事だが、やらかした事はトレーナーが責任を取らねばならない
社長もまたそれを理解していて、謝罪と返金でもって全うしようとしていた

「…うん、それはそれとして、あの子にちゃんと伝えなくちゃ」

苦虫を噛み潰した様な表情で携帯を取り出し、
デパートを出る際に登録しておいた電話番号にかけようとする社長
しかしポチポチと操作し始めた所で、弟分が止めに入った

「待ってくだせぇ社長! それだけは止めてくだせぇ!」

その言葉で社長の指がピタリと止まった
覚悟は決めていたが、躊躇いと思うところがあったのだ

「そんな事して何になるんすか、だれが得をするんですか!
タブンネの親子は森へ帰って幸せに暮らしてる。そう思い続けていた方があの子にとって幸せですぜ!
 自分が野に離したせいで死んじまったなんて知ったら、どんなに悲しむか…」

普段は社長に頭が上がらない弟分だが、この時ばかりは躊躇いもなく考えを通そうと頑張る
あの女子社員に何か恋でもしたのだろうか? 横で見ていた兄貴分は何も言わずただそう思った

「そうだね… これは見なかった事にしちゃおうか」

ここは優しい嘘をつき通した方がお客様にとって一番いい。そう思うことにして、社長は携帯を閉じた

こうして社長一行はこの惨劇を誰にも教えることはなく、自分たちの胸にしまっておく事にし
すっかりしょぼくれたシルフィもボールにしまって車で会社へと戻って行った



「ただいまです」
「ミィミィ♪」「…チィ?チィ♪」

帰宅した女子社員を出迎えたのは可愛い二匹の新しい家族
眠る我が子を胸に抱き、満面の笑みを向ける小さなママンネ
そしてうつらうつらと目を覚まし、帰ってきたのに気づくとチィチィと嬉しそうに笑う小さなベビンネ
寂しさや悲しみとは無縁の、今までとは違う暖かな我が家がそこにあった

「ミミー♪」「チッチ!チッチ!」

チビママンネに手をひかれて玄関を上がり、楽しいふれあいが始まる
二匹の頭を撫でたり、オモチャで一緒に遊んだり…
あの時のわだかまりは心が通じ合うとすっかり消え去り
人見知りの小ベビンネも、女子社員に大分心を許すようになってきた

「チカー、ご飯ですよ~」

皆で居間に行くと、食卓には晩御飯のおかずが並べられていた
ハンバーグ、ポテトサラダ、ほうれん草のバター炒めにコーンポタージュスープ
どれも女子社員の好物で子供のころよく食べていたものだ
チビママンネも見たことがない御馳走に目を輝かしている
そして、嬉しい食卓の向こうに、エプロンを着けた母親がにっこりと微笑みかけていた

「あれ… お母さん…」

あまりにも当たり前のようにそこにいたので一瞬は素のままに受け入れたが
その違和感に気づいた瞬間、女子社員の目の前は白い光に覆われた

「うぁ…」

無機質な蛍光灯の光が寝起きでぼやけた目に突き刺さる
デパートから帰ってきた時には疲れ切っていて
着替えもせずにそのままベッドに倒れこんで眠ってしまっていたらしい
意識がはっきりしていくうちに、ぼんやりと記憶が蘇ってくる
あの小さなタブンネの親子は元いたお家へ帰って行って、お母さんは…
気を逸らすように時計を見てみると既に午前2時を回っていた

「…何か食べなきゃ」

夕食を食べていなかったので普通ならかなり空腹のはずなのだが、あまり食欲がない
とりあえず手軽に小さなカップ麺で軽く済ますことにした
夢の中で見た食卓と頭の中で比べてしまい、女子社員は少し悲しい気持ちになった
食べ物だけじゃない、シンとした中にファンヒーターの音だけが響くこの部屋のなんと寂しいことか

食べ終わって何の気なしに携帯電話をチェックしてみると、一件の見慣れない宛先が
あのペットポケモン業者の社長からだ

「…タブンネさん、森へ帰ったんですね」

メールに添付された画像には、森へ向かっていくタブンネの後姿が写っていた
ベッドに寝転びながらその写真をまじまじと眺める
チビママンネの姿を見ていると冷え切っていた心が暖かくなっていくのがはっきりとわかる

「今頃おうちの中で、親子一緒に仲良くおやすみしてるのでしょうか…」

もし、女子社員が小さな親子の無残な末路を知ってしまったら、
自分の行いを気が狂うほどに後悔し、その心に人生を狂わす程の深い傷を負う事になるだろう
しかし幸いなことか、彼女がそれを知りうることは永遠に無いのだ

女子社員がが見た夢は、何も知らぬ偽善者の身勝手な妄想か、朦朧のうちに彼岸を垣間見たか…



「ミッ、ミッ?!」「グミーッンミーッ!!」
「ちょ、ちょっとなんなのよコイツら!?… ギャァーッ!!」

勇者ンネの目の前であの怖い女が吹っ飛ばされた
最強の戦士にして偉大な群れの長、勇者ンネのパパンネがわが子を救出しに来たのだ

「うわぁーん!覚えてなさいよ~!!」「キュルルルゥ~!」
「ミーミィ!ミーミィ!」「ミ、ミィ~」

長ンネの猛攻に怖い女とムウマは泣きながら一目散に逃げ出していき
勇者ンネは一緒に来ていた自分のママンネに籠から救出された

「ミギュルグ… グミィィィィィィ!! グミィィィィィィィィィ!!!!」
「ミィ、ミィ♪」「ミーミミー!」

勇者は母の胸に飛び込み、今までの恐怖と苦痛を洗い流すように思い切り泣いた
次代の長として常に強くあろうとしている勇者ンネも、母の前ではただの子供なのだ
長ンネもそんなわが子を叱ることなく、微笑んでその頭をそっと撫でた

「ミッミッ」「ミミ!」

母の胸でひとしきり泣き、顔を上げた勇者ンネの目の前にいたのはあのチビママンネだった
泣いている所を見られてアセアセと恥ずかしがったが、そんな勇者を小さな母は抱きしめた

『あかちゃんをたすけてくれて ありがとう』

チビママンネが伝えたかったことはこの感謝の気持ち、ただそれだけである
心から心へ熱いものが伝わり、勇者の心は誇りで高鳴った

「ミィッ!ミィ!ミィィ!!」

長ンネは腕を振り上げ、勇ましく鬨のような大声を上げた、
これから皆で、人間捕まった子供たちを取り戻しに行くと宣言したのだ

「ミィミィ!ミィミィ!」

勇者ンネもそれを真似るように腕を上げ気合いを込めて叫ぶ
これからタブンネの戦士たちの、奪われた仲間を取り戻す勇者の旅が始まるのだ
「ミィィ!?」
大きなガシャンという金属音で勇者ンネは飛び起きた
そして曖昧なままの眼に映るのは、格子越しに見下してくる怖い人間
父に倒され、泣きながら逃げ出した筈のあの人間だ!

「ピーィッ!!??」
「何驚いてるのよ ご飯持ってきてあげたのに」

そう言って怖い女が格子の隙間からねじ込んだのは、緑のヘタがついた白い種の塊のような何か
一体何なのかと具体的に説明するとピーマンの芯だ
無造作に投入されたそれはあろうことか漏らした糞の上に落下してしまった

「ンミ、ミィィ…」

この糞の付いた残飯は自分に与えられた食事だと勇者ンネは理解できていたが
もちろん食べる気になれるはずもない。腹は死ぬほど減っているにも関わらずだ
この最低最悪の食事を前にして、勇者はただ立ち尽くすことしか出来ない

「何してるの、さっさと食べなさい。さもないと…」
「フミュギュギュググワァ!!」

女がライターをカチッカチッと鳴らすと、勇者ンネは震え上がり慌ててピーマンを拾い上げて口に入れた
焼印と尻尾を?燭にされた時の恐怖と苦痛がフラッシュバックしたのだ
無理やり飲み込もうとして何度も嗚咽し、死に物狂いで噛み砕こうとして舌や口内を噛みながら頑張るが
それでも苦みと臭みが2重に重なるそれはなかなか喉を通ってくれない

「ミグーッ!ミグーッ!ンミ゙ッ!!」

涙を流し、目一杯の血が混じった唾液とともに汚物を無理やり喉の奥に流し込む
それが胃に落ちた後、勇者ンネはゼェゼェと苦しそうに息をしながらポロポロと大粒の涙を零した
苦しみは過ぎ去った筈なのに、命令されて糞を食べてしまったという屈辱で涙が止まらない
勇者と呼ばれた子タブンネなら尚更だ

「食べたわね、じゃあまた寝ていいわよ…」

怖い女はそう言いながら勇者ンネの籠に厚手のカーテンのような黒い布をかけた
もともと部屋が薄暗いこともあってか、籠の中は自分の手もまともに見えぬほどの真っ暗闇だ

「クミィ・・・」

勇者ンネは寝ころんではいるが眠れない
硬い髑髏の床が、ジンジンと痛み出した焼印と尻尾蝋燭の痕が、化膿しだした耳のピアスの痛みが
口内に残る気持ち悪さが、ピーマンの芯一本では満たされるはずのない空腹が
糞を食わされた屈辱が、弱い自分への悔しさが
勇者ンネが眠りにつくのを寄ってたかって妨げていた

「ミ… ミ…」

眠りもせずにじっとしていると、色々な思い出が頭に浮かびあがってくる
先ほど夢に見たためだろう、一番強く思い出したのは両親の最後の姿だ

聞きなれない大きな音が鳴って、見たことないやつ、人間というやつが現われて…
群れにあった巣はみんな壊され、強かったはずの群れの戦士たちは人間の味方のポケモンに次々と倒され
泣き叫びながら子供を連れて逃げ惑うママンネたちも襲われて子供たちはみんな捕まっていった

その中で父である長ンネはルカリオの波動弾の直撃で臓物をあたり一面に撒き散らしながら息絶え
最愛のママンネは自分や兄弟たちを守ろうとしてドリュウズのアイアンヘッドを顔面に受け倒れた
骨ごとグチャグチャに砕かれた母の顔面を、急速に静まり死に向かっていく父の心音を
勇者ンネは生涯忘れることは出来ないだろう

「フミィ… チィィ…」

その記憶はあまりにも鮮明だ。先ほどまで見ていたあれが夢だということがはっきり分るほどに
自分は何もできず、助けてくれる者はもう誰もおらず、一生ここから出られずに苦しみぬいて死んでいく
そんな絶望が幼い心を夜の闇よりも暗く覆っていた

「チィィ… チィィ…」

だが、そんな勇者ンネの心にただ一つ光明がある
この恐ろしい人間から恩タブの子である小ベビンネを守ったというただ一つの功績だ
それは勇者としての誇りとなり、支えとなって押しつぶされそうな心を正気に保っていた

もし、勇者ンネがあの小さな親子があの忘れえぬ悪魔の牙にかかり
凄惨極まる死を迎えたという事実を知ってしまったら
張りつめた心は粉々に砕け、二度と正気には戻れないだろう
幸か不幸か、この狂っていた方が気が楽な地獄の中、勇者ンネはその真実を知りえることは無いのであった




『いや、人が考えるいい物が必ずしもポケモンにとってもいい物だとは限りませんぜ
 このドリュウズも高いフーズよりも車に轢かれたフシデの死骸の方を喜んで食べやがりますし…』 

寝巻に着替え、寝室でベッドに腰掛けるペット業者の女社長
ボーっとする中で先ほど交わした雑談の弟分の何気ないこの一言をぼんやりと思い出していた
寝室にはシルフィも一緒だ
先ほど怒られてしょんぼりしていたが今はケロリとして呑気に毛づくろいなどしている
社長はそんなシルフィを少しの間見つめた後、何かを思い立ったようにふらりと部屋から出て行った

「フィ~?」

シルフィはトイレに行ったのだろうと思い、特に気に留めなかったが、トイレにしてはずい分と長い
さすがにおかしいと思い、様子を見に行こうかと気迷い始めたとき
社長が両手に何やら色々と下げて部屋に戻ってきた

「シルフィ、今日は特別にお夜食を食べちゃお。好きな方を選んでねっ」
「フィィ~!」

シルフィの目の前に出されたのは洒落た餌皿に盛られたいつも食べさせている上等なポフィン
もう一つの方なのだが床にゴミ袋を敷き、そこにバケツから何やら薄汚れたピンクの塊をドサリと落とした

「アゥ… ァゥゥ…」
「どう?この子を好きにしちゃっていいんだよ?」

その塊の正体は皆さんお察しの通り血で汚れたの子タブンネだ
腕と足、そして口元から夥しく血を流し、グネグネと腰を曲げながら苦悶の表情でのたうっている
大きな毛抜けがあってデパートに出荷されなかった個体を持ってきたのだ
それにしてもなぜ血まみれなのかというと、社長が食べやすいようにと加工したからである
逃げられないように金槌で脛を両足とも潰し、
叩かれると痛いからと両肘にナイフを入れて関節を壊し
噛みつかれないよう顎を外してからペンチで全ての歯を一本ずつ丁寧に抜いて出来上がりだ
抵抗されてシルフィが怪我などしないようにという親心なのだが
最も、シルフィにしてみれば完全に余計な御世話であり、子タブンネにしてもただの拷問され損である

「フィッフィィ~~♪♪」

シルフィが選んだのは子タブンネの方だ。その選択には全く迷いは見られない
トレーナーの許しをもらって堂々と出来るという喜びも大きかった

「ゥゥゥゥゥゥ!! ァァァ!!!」

本能的に命の危機が分かったのだろう
シルフィが迫ると子タブンネはぎこちないハイハイでバタバタと逃げ出した
手足を動かすたびにズキン!ズキン!鋭い痛みが全身を走り
声が出なくなった口からは音にならなかった悲鳴を赤い涎と共に絶え間なく吐き出し続ける
普通なら体を動かすこともままならぬ針の筵の如き激痛であるはずだが
鼻息が当たる距離にまで迫る死への恐怖がこの哀れな子タブンネを突き動かしている
だがそんな辛苦に塗れた命がけ逃避も、幼い寿命を30秒程伸ばす事だけしか成果は無かった


「ァァァァァァァボボボボボボギュギュ……」

耳に噛みつかれて振り回され、ビタン、ビタンと強く床に叩きつけられると
子タブンネはぐったりと動かなくなった
だが息絶えたわけではなく、背骨にダメージが行って動けなくなっただけである
普通の肉食ポケモンならここで喉笛を噛みちぎって止めを刺すのだが
シルフィは息があるうちに食べたほうが楽しいという理由でそれをしなかった

「クプププププポポポポ・・・」

生きながら臓物を食いちぎられ、白目をむき口と鼻からコポコポと血のあぶくを吹き出す子タブンネ
シルフィは腸を引っ張ったり、肺を噛みつぶして中の空気が弾けるのを楽しんだりと
顔中血まみれになりながら臓物を玩具にしてのお夜食を満喫した

社長は眼前で振り拡げられる惨劇を止める事も諌めることもせずただ見つめていた
その視線は陰惨さへの嫌悪や残虐な光景に対する恐怖などもなく
遊ぶ子供を見つめる母親のような優しいものだった
そしてシルフィが食べ終わるのを待ち、その頭をそっと撫でながら語りかける

「ごめんねシルフィ、私、今までシルフィの事を分かってあげてなかったんだね」
「フィー?」

その謝罪の言葉の内には何か吹っ切れたような爽やかさがあった
すぐ横に転がる無残な骨肉にはとても不釣り合いな

「でもね、私、シルフィの気持ちならよーくわかるよ」
「フィ?」
「私ね、お仕事でたまにいらないタブンネを処分… 殺しちゃうんだけど
 その時に心がきゅーんとなって、すっごく気持ちよくなっちゃうんだ」
「フィ~??」
「それだけじゃないよ、普通にお世話する時もタブンネちゃんたちをちょっとだけ苛めちゃうんだ
 わざと冷たいお水で洗ったり、おやつをちょびっとしかあげなかったり…
 ふふふ、赤ちゃんたちの前でお母さんタブンネのお乳をペンチで千切っちゃったりもしたんだよ
 怖いね、シルフィ」
「フィーフィ♪」
「ふふふ、おかしいよね。こんなこといけないって、変だって分かってるはずなのにね
 …これは私とシルフィだけの秘密だよっ」
「フィー♪」

そうして社長は先ほどまで可愛い子タブンネだった赤くてヌメつくものをゴミ袋に閉じ
生臭い床を雑巾がけして、シルフィの顔もタオルと濡れティッシュで奇麗にしてから
愛するポケモンと共にベッドに入るのだった



「…いたぞ、」

二日続けてのイベントでの激務
足は棒になり、背骨は微かに痛み出し、瞼は見開けぬほどに重い
だが、気が利く社員は胸に滾るものを抑えきれずに市街地の外にある草むらをうろついてた

遅い来るミネズミやチョロネコをドレディアが退きながら30分ほど歩きまわり
ようやく目当ての物を見つけた。いや、音が聞こえてきたというところだ
それはガサガサと草が揺れる音

(焦ってはいけない… ここで焦れば全てがオシャカだ…)

自分の首元にまで届く草むらを、足音を殺しながら慎重を極めて歩く
もし、この時に他の野生ポケモンと出くわして戦闘にでもなったらその隙にこの音の主は姿を消してしまう
そして音に近づいてる事を感じ取りながら揺れる草むらの眼前に辿り着いたその時

「ミッミッ!」
「でかいな…」

草むらからタブンネが飛び出してきた
小柄なチビママンネに見慣れていたからだろうか。目の前のタブンネは110cmの標準サイズだが
気が利く社員にとってはなかなかの大形の個体に感じられた
威嚇の声を上げ、一触触発の状態である

「行け、ドレディア」

ボールから飛び出したドレディアの前に野生タブンネは一瞬たじろいだが
向けられた戦意を敏感に感じ取り、目の前の敵を打ち倒すべく腕を振り上げた

「ギガドレインだ」

体から緑色に光るものが抜けて行くと感じた次の瞬間、野生タブンネはバタリと地に倒れ伏した
疲れ切ったかのように体が動かせず、反撃どころか立ち上がることすらできない

「ミ゙… ミ゙…」

普通のポケモンバトルならこの時点で勝負ありで、トレーナーはこれ以上手出しをさせないのだが
血に飢えた今の気が利く社員は様子が違った

「あっけないなぁ、こんなんじゃあ全然満足できないよ!」

興奮が抑えられなくなり、倒れたタブンネをサッカーボールの如く蹴り飛ばす気が利く社員
「グェッ」と悲鳴を上げながら転がる野生ンネを間髪入れず耳をつかんで引き起こし
そのままふっくらとした柔らかな頬を何度も殴りつけた

「ミッ?ミッ!ミビャァァァッ!!」

その狂気を伴った暴力に瀕死の体力では何の抵抗もできず
不運な野生タブンネはただその拳を受けて訳もわからぬまま泣き叫ぶ事しかできない
ドレディアは狂ってしまった主人を悲しみも怒りもせず
そこに生えている植物の如くただ黙って見つめていた

「ハァ… ハァ… ん?これは…」

目鼻が判別出ぬほどボコボコに殴りつくした後、
少し落ち着いた気が利く社員は何気なく野生ンネの胴体に目を向ける
そこである事に気づいた瞬間、気が利く社員の口角が嫌らしく上がった

「ドレディア!コイツの巣を探すんだ。もっと遊べるぞ」

もはや目を開けることも出来なくなったタブンネを投げ捨て、気が利く社員は乱雑に周りを探し始めた
地に積もる枯草を蹴り上げ踏みつけ、落ちていた木の枝でザクザクと突きながら
ドレディアはキョロキョロと地面を見まわしながら周りを探している
やがて気が利く社員は枯草の下に子供がギリギリ入れる程度の大きさの地面に空いた穴を見つけた
その穴を懐中電灯で照らすと、「ピィッ」という甲高い声の悲鳴が
そう、気が利く社員が探していたのはタブンネの巣、そしてそこにいる子タブンネである
野生ンネの腹部に変色した乳首を見つけ、子育て中のタブンネであると判断したのだ

「グィー… グィー…」

野生ンネは鳴いて威嚇するが、弱り切ったその声が威嚇である事を分かって貰える筈もなく
ドレディアが巣に押し入り中の子タブンネたちは次々と巣の外に追いやられていく

「ミィーッ!!」「ミィ?ミィ!?」「ビィィ!ビィィ!」

訳も分らぬうちに寒空の下に追いやられ、3匹の哀れな子タブたちは不安と恐怖に鳴きしきる
そのうちの1匹が倒れている母親に気づき、助けを求め泣きながら駆け寄ると
それを気が利く社員はザクリと足で背中から踏みつけた

「ミ゙ッ・・・ ブベェ…クミィィ…」

足をばたつかせ、小さな両手で必死に地を掻き、脱出しようと必死にあがくが
40センチに届かない小さな体では成人男性の体重からはそう簡単に逃れられず
少し力を込めて足首を捻り踏みにじると、未消化物と共に白いミルクをゲェェと嘔吐した
まだ離乳が完全に済んでいない子タブンネだったのだ

「ミィィン!ヂィィィィィ!!」

その足に少し大きな子タブンネが駆け寄り、必死に持ち上げて兄弟を助けようと健気にも頑張る
この子は三兄弟の一番上の姉であり、弟たちの世話を率先して手伝ういいお姉ちゃんであった
そんな頼りになるお姉ちゃんも鬼畜と化した気が利く社員によって首根っこを攫まれて捕まってしまうと
すると頼りになるお姉ちゃん一転パニックになってベビのように泣きわめき、小便まで洩らす有様だった

「ドレディア!もう一匹はお前にやるよ。好きに遊んでいいぞ」

その場でただオロオロするばかりであった最後の子タブンネはドレディアに捕まった
当然泣きわめくが、ドレディアの方もどう遊んでいいものかいささか困っている

「キィィ… キ…」

家族が絶体絶命の状況の中、野生ンネはパタパタと弱弱しく地面をたたいて威嚇することしかできない
その顔が無傷であったならば、さぞかし歪みきった絶望の表情を見せてくれた事だろう

「ビュ… グ… ギ…」「クヒィィィ…」「ミヂィィィィ!!ミヂィィィィ!!」

悲鳴と呻き声が身を切る夜風と草のざわめきに交じる
己の衝動を律する事なく子タブンネの首を絞め、踏み潰す気が利く社員
手の内の子タブンネは痙攣とともに力が抜けていき、
足下のタブンネは折れる寸前まで背骨が軋み胃液を吐きながら窒息に喘ぐ
この2匹の哀れな子タブの絶命を以て気が利く社員の疼くものは満たされようとしていた

「やめてください!!」

突然聞こえた人間の声に頭が真っ白になり、背筋には冷たいものが走る
「女子社員に見られた」
振り返ってその声の主を確認した瞬間、気が利く社員はそう勘違いした

「…誰だ?」

背丈は女子社員と同じくらいだが、よく見たら男の子。それもまだ声変わりする前の少年
赤い帽子に群青色のジャケット、腰には数個のモンスターボールが付いたベルト…
月の光で判ることはこの程度か
ともかく、目の前の少年がポケモントレーナーであることを気が利く社員は理解できた

「何の理由があってそんなちっちゃな子たちを殺そうとするんですか!
 すぐにその子たちを放してください!」

気が狂ったヤバいやつなのではないかとトレーナーの少年は声をかける際に覚悟していたのだが 
振り返った悪人の顔は狂人のそれではない
悪事がばれて必死に言い訳を探している、小ずるい大人にありふれた情けない表情だ
少年は毅然と気が利く社員を睨みつけ、子タブ達を助けるべくつかつかと向かっていく

「ヒュルル、キュウ!」

両者の間にドレディアが割って入り、少年の前に立ちふさがる
泣きじゃくる子タブンネを両手の葉っぱで抱えている事が、
少年にこのドレディアが悪人の手持ちポケモンであることを理解させた

悪人がポケモンを繰り出してきているならば、少年もポケモンを出して対抗するほかない
投げられたボールから光とともにチャオブーが飛び出し、ありふれたポケモンバトルの始まりである

ポケモンバトルにおいて、操るトレーナーの心理状態は勝敗に大きくかかわる
心不確かならば格下相手に敗北することはままあることなのだ
これによりイッシュ地方のチャンピオンがバッヂの一つも持たぬ少年に敗北した事は有名な話だろう

さて、今の気が利く社員はというと、相手がポケモンを出しているというのに指示を出せていない
いわずもがな、決して見られてはいけない場面を見られてしまった動揺のためである

一方のトレーナー少年に目の前の非道に対しての正義感と闘志に燃えている
勝敗はこの時点で決まっている様にも思えた

「チャオブー、ニトロチャージ!」
「…!
 ドレディア!はなびらの舞いだ!」

火の玉と化したチャオブーが迫ってからようやくの指示。相性が悪い相手を前にしてあまりにも遅すぎる
戦って勝つ、トレーナーが思いを通すにはこれに勝る方法なはない
チャオブーは今まさに、トレーナーの義憤を炎に変えて悪の傀儡へとぶつけようとしている

しかし
「そんな… 何で…」

この可憐な赤い花は少年の正義も怒りも優しさも、何一つ主人の所へ通さなかった
それは、舞いと呼ぶには余りにも暴力的で、怒りに荒れ狂う竜にも匹敵する破壊力を秘めていた
チャオブーは一度は耐えて炎の一矢を報いたもののすぐに吹き飛ばされ
相性を考えて繰り出されたココロモリは何も出来ずに地に落ち
最後に残ったシママもまた無情にも花の嵐の中に倒れた

この結果はつまるところ、あまりにもポケモンの練度の差が開きすぎていたというだけである
ブランクがあるとはいえ10年近く戦いを繰り返してきたドレディアにとって、
旅を始めてから数か月のトレーナーのポケモンたちを倒すにはただの一言の指示で十分だったと言う訳だ

ドレディアに抱かれていた子タブンネはいつの間にか姿を消していたが
トレーナーのズボンにかかった血しぶきと辺りに散らばる骨肉の欠片がその末路を物語っていた

一方で気が利く社員は肩の力が抜け、踏まれていたタブンネは這いずって靴の下から抜け
首を絞められてたタブンネはボトリと落ちた

「フィィ…」「フィー、フィー…」

2匹のタブンネはよろよろとおぼつかない足取りで気が利く社員から逃げ出す
まだダメージが残りうまく歩けないのだ
トレーナーは抱き上げて助けようと歩み寄ったが
草の隙間から2匹のチョロネコが飛び出し、子タブンネの首筋に噛みつくと
引きずりながらも素早く草むらの奥へと連れ去っていった
追いかけたトレーナーだったが気が利く社員にリュックを掴まれて止められた
ポケモンが戦えぬ状態で草むらに入るのは危険であるからだ
そして弱々しい悲鳴の後、クチャクチャと生肉を咀嚼する不気味な音が聞こえてくる
未だ倒れたままの野生タブンネの腫れた目から一筋の涙が流れた
姿は見えずとも、その耳で最愛の子供たちの最後を知ってしまったのだ

「あっ、あああ… あああ…」

打ちひしがれ、立ち尽くしたまま震えるトレーナー
悪人にポケモン勝負で一方的に惨敗し、守ろうとした子タブンネたちは全員死んでしまった
少年にとっては今までの人生で一番のこの上ない完全敗北
目の前が真っ暗になるというのはこういう事なのであろう

バトルの勝者であるはずの気が利く社員も苦い表情だ
勝負に勝とうとも、ポケモンの子供を苛めてる所を見られたという事実は変わらないのだから

やがてトレーナーの少年は涙を流しながらトボトボと去っていき
気が利く社員も興をそがれ、自宅へと帰ることにした
先ほどまでの興奮はどこへやら、満足感など何所にもなく
心のもやつきと共に一日の疲れがドッと押し寄せてきていた

それにしても、気が利く社員は何故こんな行動を取ったのであろうか?
昔は他の多くのトレーナーと同じようにポケモンを育てるためにタブンネ狩りをしてきた彼だが、
ただ昔のトレーナー時代を懐かしんでの行為ではない。
チビママンネを殴る蹴るしてるうちにトレーナー時代に幾度となく感じていた衝動がぶり返してきていたのだ

それは、見てるとつい苛めたくなってしまうというタブンネが持つ魔性じみた性質の為なのである
学者などが証明したわけではないのでまだ俗説の域を出ないのだが
タブンネの虐待事件は保護団体などに認知されてるだけでも他のポケモンのそれより圧倒的に多い
あのペット業者の社長もまた、その魔に憑かれてしまっているのだろう

「…早く帰って寝よう」

だが、自分の衝動の理由など今の気が利く社員の頭に無く
あの少年がいつか勤務先のデパートに来るかもしれないという事を考えると
たまらなく憂鬱な気持ちになるのだった

最終更新:2017年11月29日 22:37