か細い絆 ◆cNVX6DYRQU



「おっ、やっぱりありましたよ、明楽さん」
「伊織で良いって言ってるじゃねえですか、中村の旦那。あっしはただの町衆なんですから」
中村主水と明楽伊織がいるのは、城下町の西側の渡しの一つである。
町の中を探索していた二人は、つい先程、ここにいる全ての剣士への宣戦の言葉と共に晒された生首を発見した。
そして、血痕を辿る事により、その首の持ち主であったと思しき死体に到達したのだ。
まだ正義感に燃えていた若き日に立ち戻ったかのような熱心さで仔細に現場を検証する主水。
「こりゃあ、殺られてから半時ってとこですな。それに、斬られながらも相手に相当の深手を負わせたようだ」
「なら、首があった所からこっちとは逆方向に続いてた血痕は、あれをやった野郎自身の血って訳か。
 自分も傷付いてるってのに、あんな事を書くたあ、まともな状態じゃなさそうだな。早く見付けねえと」
明楽の言葉を聞いた主水は眉をひそめる。「いぞう」とかいう奴がまともじゃないというのは自分も賛成だ。
なのに、どうしてそこから「早く見付けねえと」になるのか。そんな危ない奴は放っておけばいいのに。
もし、殺された少年が無抵抗で殺されてでもいれば、中村も少しは明楽に同調したかもしれない。
しかし、現場を見れば、互いに激しく戦った末の殺害である事は明らかだ。
好戦的な者同士が勝手に殺し合って数を減らしてくれるのなら、勝手にさせておけば良いではないか。
まあ、明楽は「いぞう」が戦う力のない者を襲ってしまう事を憂慮しているのかもしれないが、
可能性でしかない事の為に自分の命を危険に晒すなど、主水としては御免こうむりたい。

「この仏、俺とご同業のようだな」
死体を探っていた明楽が呟いたのを、主水の耳は逃さずに拾い上げる。
つまり、この首を斬られた少年も忍者の類だということだろう。
(お庭番、忍者、人斬り……そして仕事人か)
この島に連れて来られてから主水が出会ったのはまずお庭番の明楽、続いて忍者らしい少年の生首。
それをやった「いぞう」は、人別帖にあった岡田以蔵……噂に聞く人斬り以蔵の事だと主水は踏んでいた。
他にも、宮本武蔵やら塚原卜伝やら、とうに死んだ剣豪の名を名乗っている連中も、まともな奴等ではないだろう。
つまり、この島に連れて来られたのは、何か後ろ暗い所を持つ裏の世界の住人ばかりのようなのだ。
まあ、考えてみれば当たり前とも言える。
まっとうな剣客が何十人もいきなり消えれば世間は大騒ぎになり、厳しい追求が行われる事になるだろう。
対して、忍びなら消えたこと自体が表沙汰にされない公算が高いし、人斬りが消えても世間は胸を撫で下ろすだけ。
そして、昼行灯の同心が消えた事をそれらの事件と結び付けて考える者など居る筈もない。
仮に仲間が探してくれたとしても、狙われる心当たりが多すぎて、真相にたどり着ける可能性はほとんど皆無だ。
こう考えると、やはり自分が呼ばれたのは八丁堀同心としてではなく、仕事人の中村主水を求めての事だと思えて来る。
ならば……消さねばならない。自分が仕事人だと知っている者の全てを。

(問題は、この人をどうするかだな)
死体を探る明楽の背中を見つめながら、主水は心中で呟く。
これほど大掛かりな事をやる以上、相当に大きな組織が絡んでいるのは間違いない。
その連中が何者で、どうやって自分の正体を知り、組織の中の誰と誰がその事を知っているのか。
それを探るのに自分一人だけでは荷が重く、腕利きの忍者である明楽の協力は不可欠だ。
かと言って、その過程でお庭番に自分の裏稼業の事を知られてしまっては元も子もない。
明楽を利用して主催者の事を探らせ、十分な情報が手に入った段階で始末する。
そんな器用な真似が忍者相手にそうそう出来るとは思えないし、一体どうしたら……
「何をしている!」
そこで怒号と共に殺気が叩き付けられ、主水の思考は中断された。

怒りの表情を浮かべて走って来る男の姿を見た主水と明楽は素早く戦闘態勢を取った。
走って来た男……倉間鉄山は剣に手を掛けた中村主水との間合いに入る直前、本能的に危険を感じて足を止める。
(この男、できる)
このまま踏み込めば、おそらく良くて相討ち……しかも、もう一人の素手の男も相当の腕前に見える。
圧倒的に不利な状況だが、それでも鉄山は退く事なくじりじりと間合いを詰めて行く。
肉を切らせて骨を断つ、身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ……その武士道の極意を、鉄山は実践しようとしていた。

「お武家様、何を怒ってるのか知れねえが、これをやったのはあっしらじゃねえですぜ」
そう言って死体を指し示す明楽。
言われて死体の様子を見てみると、確かにこの死体は殺されてからかなり……約一時間は経っているようだ。
この男が死体を漁っているのを見て思わず怒気をぶつけてしまったが、少し早計だったか。
ここで、鉄山の怒気が引きかけたのを察知した明楽が更に畳み掛ける。
「中村の旦那。おいら達が誰も殺してねえ証拠に刀を検めてもらってはいかがです?」
「はあ……」
言われて剣の柄から手を離す主水。それに応じて鉄山の方も警戒を解き、和解の言葉を発しようとする。
その瞬間!主水が刀の鞘を持つ手を思い切り突き出し、鉄山の鳩尾に強烈な柄突を叩き込む。
鉄山は不意をつかれながらも、何とか急所だけは外そうと、素早く刀を抜いて主水の剣を弾く。
だが……
「うわああ」
あまりにも軽い手応えと共に主水の剣は跳ね返され、主水自身は勢い余った態で渡しから川の中へと転げ落ちる。
予想外の事態に鉄山は川を覗き込むが、主水の姿は何処にも見えない。
そんなにすぐに流されるほど深くも流れが速くも見えないのだが。
「なるほど、上手く逃げやがったな」
困惑する鉄山を他所に、明楽は一人、納得したように頷いていた。

主水の失踪によって、その刀を検める事は出来なくなったが、倉間鉄山は本来、非常に聡明で冷静な人物だ。
殺害現場の様子、晒された生首、その場所から続く血痕を見て、明楽や主水が下手人ではない事をすぐに悟った。
「疑ってすまなかった。あの中村君にも悪い事をしてしまったな」
「何、中村の旦那のこたあ、気にする事ありませんぜ。何か考えがあるんでしょう」
あの時の主水の動きは明らかにおかしい。川に落ちたのが故意であろう事は鉄山にも明楽にもわかっている。
主水の狙いが何処にあるのか、そもそも中村主水が一体何者なのか、気になるのは確かだ。
先程の鉄山との対峙で主水が垣間見せた剣は、同心という立場にはそぐわぬ一撃必殺の殺人剣であったし。
また、そもそも明楽と鉄山はお互いの事すら完全に信頼してはいない。
明楽の得体の知れなさを見抜いた鉄山は、自分が国防省の高官である事は明かさずにただ倉間鉄山という名のみ名乗り、
人品卑しからぬ上に髷を結っていない鉄山を討幕派の重鎮ではないかと疑った明楽も自身がお庭番とは明かしていない。
そんな訳で仲間とは到底言えない間柄の二人だったが、当面の目標は一致している。
「あっしとしては、このいぞうとかいう野郎をとっとと捕まえるべきだと思うんですがねえ」
「同感だ。この血の量からしてそう遠くまでは行っておるまい。急いで後を追おう」
明楽にしてみれば、鉄山や主水は、裏があるとしても、少なくとも無差別に人を襲うような人物ではないとわかっている。
それならば、まずは「みなごろし」などと物騒な事を言っている以蔵をどうにかする事を優先すべきだ。
一方の鉄山は、「いぞう」というのが、人別帖にあった岡田以蔵だと推測している。
百年以上に死んだ筈のこの男を確保してその真贋を見極められれば、この御前試合の真相を探る大きな手掛かりになろう。
弱き者を守る……その志では一致しているにもかかわらず、この異様な状況の為に互いを信用できずにいる二人。
「人斬り以蔵を捕える」という難事を共に為す事で、彼らの間に真の信頼が生まれるのか、それとも……

【へノ弐 城下町/一日目/黎明】

【明楽伊織@明楽と孫蔵】
【状態】健康、町衆の格好に変装中
【装備】古銭編みの肌襦袢@史実
【所持品】支給品一式
【思考】
基本:殺し合いを許さない
一:倉間鉄山と協力して岡田以蔵を捕える
二:信頼できそうな人物を探す
三:殺し合いに積極的な者には容赦しない
四:刀を探す
[備考]
 参戦時期としては、京都で新選組が活動していた時期。
 他、史実幕末志士と直接の面識は無し。斎藤弥九郎など、江戸の著名人に関しては顔を見たことなどはあるかも。

【倉間鉄山@バトルフィーバーJ】
【状態】健康
【装備】 刀(銘等は不明)
【所持品】支給品一式
【思考】
基本:主催者を打倒、或いは捕縛する。そのために同志を募る。弱者は保護。
一、伊織と共に岡田以蔵を捕え、その真贋を確かめる
二、宗次郎と正午にへの禄の民家で再会。彼が、死合に乗るようならば全力で倒す。
二、主催者の正体と意図を突き止めるべく、情報を集める。
三、十兵衛、緋村を優先的に探し、ついで四乃森、斎藤(どの斎藤かは知らない)を探す。志々雄は警戒。
四、どうしても止むを得ない場合を除き、人命は取らない。ただ、改造人間等は別。

※へノ弐の渡しの四乃森蒼紫の死体の傍に、中村主水の行李が放置されています。

城下町の中を連れ立って歩き、岡田以蔵が残した血の跡を辿り始めた明楽伊織と倉間鉄山。
そんな二人を離れたところから見つめる一人の人物が……中村主水である。
「やっぱりこういう事になったか。さっさと離れて正解だったな」
明楽と鉄山が看破していたように、主水が川に転落したのは彼等から離れる為の芝居であった。
元々、明楽の正義感が強く危険を顧みない方針に辟易していた所に、あの鉄山の登場である。
無惨な死体を主水達の仕業だと思って怒りをぶつけて来た事から考えて、あの男も明楽と似たような性格なのだろう。
そんな連中に引きずられて、人斬りとの戦いに巻き込まれるなぞ冗談じゃない。
だから彼等から逃げたのだが、かと言って明楽伊織の隠密としての能力を捨てる気はない。
ひそかに明楽を見張り、その調査の進み具合を把握し、主催者の正体が割れたら先んじてその口を塞ぐ。
仮に、その前に明楽が人斬りに敗れたら自分はとっとと逃げて別の手を考える……それが、主水の建てた計画である。
もちろん、如何に主水が腕利きの仕事人として気配を消す術に優れていても、忍びに気付かれずに見張るのは至難の業。
だが、鉄山が現れて明楽と合流した事で、不可能かに見えた難事が可能になった。
あの男が何者かは知らないが、主水や明楽よりはずっと表の世界の近くで生きて来た人物のように思える。
そのせいか、あの男からは隠しようもない存在感が噴き出しており、かなり距離を置いてもその動向を察知できるのだ。
これによって、主水は安全な距離を保ったまま、鉄山と同道する明楽を尾ける事が出来るだろう。
「頼りにしてるぜ、明楽の旦那」
そう呟くと、主水は明楽たちの後を追うべく歩き出した。

【へノ弐 城下町/一日目/黎明】

【中村主水@必殺シリーズ】
【状態】健康
【装備】流星剣(清河八郎の佩刀)
【所持品】なし
【思考】
基本:自分の正体を知る者を始末する
一:明楽の後を尾けて、調査の進み具合を監視する
二:できるだけ危険は避ける
三:主催者の正体がわかったら他の者に先んじて口を封じる



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陰の刃ふたつ 明楽伊織 ただ剣の為に
陰の刃ふたつ 中村主水 ただ剣の為に
走れ!地獄のジャングルを 倉間鉄山 ただ剣の為に

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最終更新:2010年05月22日 10:21