陰の刃ふたつ◆KEN/7mL.JI



(惨ぇ事しゃあがるぜ…)
 両手を身体の前に組み、まるで身を縮こまらせるような様子で独りごちる。
 脳裏に浮かぶはあの白州、まだ年若い少年の首が跳ね飛ばされた光景だ。
 如何なる手妻か、はたまた妖力邪法の類なのか、原理は分からぬが如何にも惨い。
 目に見えぬ程細く、それでいて強靱な黒塗りの三味線糸で締め上げたとて、首が飛ぶとは思えない。
 その奇妙な仕掛けが分からぬ事には、なんとも居心地の悪いものではある。
 しかし、だ。
 こんなくだらぬ狂言芝居に付き合う必要などまるでない。
 そう思う。
 あの若者かその縁者が、仕事を依頼してきたというのでもなければ、だ。

 この男、中村主水は同心である。
 正確には、南町奉行所同心だ。
 昼行灯、等と上司に揶揄される程目立たぬ男で、居ても居なくとも差し障りないと思われている。
 しかしそれはあくまで表の顔。
 裏では、金を貰い、晴らせぬ恨みを晴らすこと ――― 仕事人家業をしている。
 仕事人は、恨みを抱く者から金を貰い、代行して標的を殺す。
 それが決まりだ。
 主義主張や好き嫌いでは殺しをしない。
 それが、仕事人の掟だ。

 その、仕事人の掟に習えば、今は仕事の時ではない。
 そして仕事以外で剣を振るうのも、殺しをするのも、ましてや殺し合いをするなんてのも、主水の望むところではない。
 しかし、だ。
 どんな方法を使ったのか、これだけの人間を大量に集めて、御前試合と称する殺し合いをさせようなどと言う輩だ。
 果たして、昼行灯の南町同心、中村主水に用があるというのであろうか?
 主水はため息をつき、独りごちる。
「…ったく、冗談じゃねぇぜ…」

「…旦那」
 不意にそう声が掛かり、主水は辺りに目をこらす。
 主水が歩いていたのは河岸沿いの通り。近くには人っ子一人いない様子だが、見ると脇の軍鶏鍋屋の戸が僅かに開いている。
「旦那、ちょっと、ねぇ旦那…」
 ちらりと覗く男の顔。薄暗く良くは見えないが、声の調子からもどうも町人のように思える。
 訝しみ、ややあたりを警戒をしつつ主水は戸口に向かう。
「何でぇ、俺に何か用か?」
「旦那、あ、あんた町方かい?」
「おうよ。南町奉行所同心、中村主水よ」
 男はそれを聞くと、暫くしてそろりと戸を開け、主水を中へと招き入れようとする。
 店の中は薄暗い。明かりも何もなく、がらんとした店内が寒々しい。
 中にいた男は薄汚れた股引に紺の足袋と草鞋履き。
手ぬぐいを頭に被ってきょろきょろと腰を落として辺りを見回す様は、いかにも不安げな町奴といった態だ。
「おめえ一人か」
「へえ、おいら一人でさあ」
 店内に他の気配はないが、敢えて確認する。
 主水は戸口の見える座敷にどっかと腰を下ろし、男に向き直る。
「で、何だ?」
「その…八丁堀の旦那…、どうなってるんで?」
「どうもこうもあるけぇ。俺にもさっぱり分からねぇよ」
 そう答え、考える。
 待てよ、この男は一体?
「おめぇ、此処の者か? 名前ぇは?」
「へ、え、いや、おいらぁ違ぇます。おいらぁ弥助って者で…此処ぁ…江戸じゃあ無ぇですよね…?」
 先ほどちらりと見た人別帳を思い浮かべ、確かにその名はあったなと考える。
「あの白州には居たのかい?」
「…多分」
「多分って何だい、多分ってなぁよ?」
「何だか、おいら夢でも見ていたんじゃねぇかって気分でして…」
「…仕様がねぇなぁ…」
 とはいえ、無理もない。
 主水自身、あの白州の出来事が現実だと確信を持っていたわけでもない。
 何れにせよこの町奴もあの場にいたと言っているのだ。ならば己一人の夢想ではないことは確か。
「弥助、と言ったか。おめぇ、やっとうはやるのか?」
「え、まぁ、それなりにやりやすが…」
 町道場で竹刀剣法をかじった程度の町人、という事か?
 そんな素人に毛が生えた様な者を拐かして、さあ御前試合だ殺し合え、等とは酔狂も良いところだ。
 主水は少し考えて辺りを見る。そして壁に立てかけてあった暖簾の棒を手にとって数度振る。
 それを男に投げて渡し、
「ちょっと振ってみろ」
 受け取った男はそれを落とすまいと慌てて握り、
「い、今、ですかい?」
「そうだよ。おめぇがどんくれえ使えるのか、知っとかねえとな。ほれ、やってみろ」
 この町人がどのくらい使えるのか。
 それが分かれば、あの二階笠の男が"どちらの" 中村主水に用があって此処に集めたかが朧気に見えてくるだろう。
 男はゆっくりと、確かめるように両手で棒きれを握り、やや半身にして八双に構える。
 主水は男から離れた位置でその様を見る。
 力はある。それは、構えの安定感を見ても分かった。ただの町人剣術と甘く見ると痛い目に遭うだろう程の膂力。
 そう思ったそのとき、既に主水の眼前に男が居た。
「…てめぇ…!?」
「主水さん、あんた合格だよ」
 吐息が掛かるほどの位置。
 主水も反応し左手で男の右手を受けてはいるが、崩しを使われ押し返せない。
「悪ぃな。おいら、弥助じゃねぇ。
 幕臣小十人頭格御庭番、明楽伊織よ」
 す、と男の力が抜け、屈託のない笑顔でそう続けた。


 二人は再び、今度は座敷に隣り合って腰をかけている。
 奥に隠してあった行李から、明楽が主水に一本の刀を渡す。
「同心が腰に何も差してないってな、格好が付かねぇだろ?」
 鯉口を切る。窓から入り込む月明かりに耀く刀身は、切っ先炎の如く、刃文の丁字きわめて鋭い、まさに名刀と言えるもの。
「…いいんですかい、こんなたいした刀。あたしが差したんじゃ腰が重い」
「同心と町衆の二人連れで、こっちが刀差してちゃあどう見てもおかしいだろ」
 二人は知らぬ事であるが、この刀は隕鉄より打ち出した名刀、その名を流星剣という、清河八郎の佩刀であった。
 主水はその代わりにと、自分の行李に入っていた古銭編みの襦袢を明楽に渡した。
 肌襦袢に古銭を編み込んだもので、羽織の下に着込めば防具になる。
 きちんとした鎖帷子に較べれば心許ないし、また渾身の一撃を受ければ容易く斬られるが、
 刃の立たぬ斬撃程度なら防げるだろう。また、体力面で主水を上回る明楽ならば、重さもまるで負担にならない。
「あたしも歳ですからね。こいつを着込んで歩き回るのはちとつらいんで、どうしたもんかと思っていたんですが」

「で、どうなさるお心算りで」
 中村主水は座敷にて対面している男、明楽伊織にそう問いかける。
 こんな場こんな時とはいえ、同心の主水よりも格上の明楽。
 町方と御庭番とはいえ同じ幕臣であり治安維持の仕事をする同士。直接の関わりはなくとも自然とこうなる。
 問われた明楽はというと、ぽりぽりと頭をかきながら、
「そこんとこなんだがよォ、主水さん。
 どうしたもんか、さっぱり分からねぇや」
 なんともこともなげに言ってのける。
 さて、それこそ主水の方こそどうしたものか、だ。
 この男、凄腕である。それは分かる。
 主水も様々な流派の剣技を密かに習い納め、その上で独自の暗殺術をも自得している男だ。
 殺気、剣気の巧妙な隠し方故初めは見誤ったが、先ほどの歩法はおそらく、古流に伝え聞く "縮地の法" であろう。
 これは、特殊な歩法により数間の距離をおこりも見せずに瞬時に詰める技と聞く。
 その後の崩しにしろ、もしあのとき明楽が殺す心算でいれば、おそらく八割九割は主水の命はなかった。
 もちろん、殺す気であれば殺気も漏れ出る。殺気の読み合いがあれば話は別。
 主水の不覚は一つに明楽に殺気がなかった故でもあるが、それでも力量を推察するのに問題はない。
 明楽はその点も含め、主水は合格だと言った。
「あんた、相当できるね」
 真意の程は別として、この異常時での冷静さ、気の読み、対応の的確さ。それらを含めて、明楽は主水を評価したという。
 加えて、状況の異様さに飲まれて、会ったばかりの町人を切って捨てようなどと考えぬ理性についてもだ。
 余計に、面倒な事になった。
 主水は心中そう愚痴る。
 この男は出来る。そして、悪い人間じゃない。
 だが、御庭番筋に 「使える」 等と思われては、今後の仕事人家業に支障が出てしまう。
 隠密とはまるで別の意味で、中村主水は闇に生きる仕事人なのだ。
 かといって口封じにぐさり、等と出来たものではない。
 仕事人が仕事以外で殺すのは、仕事人の秘密がばれたとき。
 今はそれがばれたわけではない。ただ、南町奉行所の昼行灯としての仮面の裏を、僅かに察せられたという程度。
 むろん、それが命取りにならぬ保証はない。
 そして何より、隠密相手に暗殺剣は、決して分が良いとは言えぬのだ。

「あんたの方は…」
 変わらずの口調で、明楽はそう返してくる。
「どう思うよ、主水さん?」
 とても武家のものとは思えぬ柔らかな目でそう問われる。問われると思わずぽろりと本音を漏らしそうになる。
「…はあ…。私には見当も付かぬ事で」
 御前試合などとうそぶくあの男が何者かも分からぬ以上、下手な推量を述べたりして、
 それが幕政批判とでも取られたらたまらない。
 ここはとにかく、いつもの通りの中村主水を演じておくが吉である。そう考えての返答だ。
 が。
「あのイカレ野郎が何者かぁ分からねぇが、とにかくこいつは正気の沙汰じゃねぇさ」
 一転、明楽は密やかな怒気をはらませた声でそう言ってのけた。
 どう返したものか分からぬ主水に、明楽は続ける。
「俺ら隠密御用は、御側御用取次、神谷対島守様から直接の下知がくだる。
 側用人、幕閣のお歴々なら、たいていの顔は当然知ってるが、あんな面の奴ぁ見た事もねぇ。
 で、ご公儀ででなきゃあいつら何だ? 分からねぇが、何十人だかの剣士剣客無頼者、
 それに女子供まで拐かして御前試合だ殺し合えなんてなぁ、どうあっても真っ当じゃねぇ。イカレてやがる」
 怒っている。主水にはそれが分かった。
 公儀隠密だとかそれ以前に、この男は真っ当に怒っている。
 おそらくはあの白州。無惨にも首をはねられた斬なる少年のこと、
 そして数多の人間に平然と殺し合えと言ったあの男のこと、それを仕掛けた者達のこと。
 そして何より、その場で己が何も出来なかったこと。
 その全てに、腹を立てているのだ。
 そしてそれは、主水にも覚えのあるものだった。
 一気にそう吐き出して、ふうと一息を付く明楽。
 その顔つきは既に、先ほどの町奴の顔に戻っている。
「だからよ、頼りにしてるぜ、中村の旦那!」
「た、頼りって…あたしゃまだ何にも…」
「おっと、いけねえぜ旦那。おいらぁ今は、ただの町衆の伊織でさぁ。
 このふざけた人別帳によりゃ、武蔵だ卜伝だの名乗ってるおかしな野郎も居るってんだ。
 裏にどんな奴らが居るのかってのとは別に、そういう連中の相手もしなきゃならねぇんだからさ。中村の旦那!」
 どうやら、あくまでそういう事で進めたいらしい。 
 やれやれ、面倒なことになったなぁ、と、中村主水は心の中で幾度めかのため息をついた。

【へノ弐 城下堀沿いの軍鶏鍋屋五鉄内/一日目/深夜】
【中村主水@必殺シリーズ】
【状態】健康
【装備】流星剣(清河八郎の佩刀)
【所持品】支給品一式
【思考】
基本:まったく、面倒なことになったなぁ。
一:とりあえず今は、明楽と共にいるしか無ぇか。
二:こんなくだら無ぇ事に関わり合うのはまっぴら御免だぜ。
三:出来ればさっさとおさらばしてぇもんだ。
四:…にしても、奴らが何なのか…仕事人の事を知っているのか…は気にならぁなぁ。
[備考]
必殺シリーズは、シリーズ毎に時代設定が大幅に違います。
ので、どこのシリーズから、等とは特に決めず、
最大公約数的中村主水像をベースにし、また井伊大老暗殺、老中水野忠邦暗殺、高野長英、平賀源内等との関わりなど、
史実人物との関係は全て無いものとします。
時代背景は、幕末期の何れかと仮定しておきます。

【明楽伊織@明楽と孫蔵】
【状態】健康、町衆の格好に変装中
【装備】古銭編みの肌襦袢@史実
【所持品】支給品一式
【思考】
基本:こんなイカレた殺し合いなんざ、ゆるせねぇよな、やっぱりよ。
一:まずは、中村の旦那とお供の町衆ってな態で、巧いこと探索でもしていくかねぇ…。
二:信頼できそうな奴らと会ったら…まあ巧くいきゃあ協力できるかもしれんしな。
三:是が非でも斬り合いしてぇってな野郎共にゃあ容赦はしねぇけどよ。
四:…にしても、やっぱ刀あった方が良いや。どっかで手に入らんもんかね。
[備考]
 参戦時期としては、京都で新選組が活動していた時期。
 他、史実幕末志士と直接の面識は無し。斎藤弥九郎など、江戸の著名人に関しては顔を見たことなどはあるかも。


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試合開始 中村主水 か細い絆
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最終更新:2009年09月22日 15:29