ただ剣の為に ◆cNVX6DYRQU


「いぞう」なる殺人鬼が残した血痕を追って城下町を進む明楽伊織倉間鉄山
しばし進み、行く先に見えたのは、辻に立って周囲を見渡す白髪の男。
負傷した様子がなく、背にある得物が木刀である所を見るに「いぞう」とは別人のようだが。
「あんた達も鬼退治か?だが、どうやら追えるのはここまでらしいぜ」
そう言われて明楽と鉄山が地面を見てみると、今まで点々と続いていた血痕が、ここで途絶えてしまっている。
「いぞう」が傷を手当したのか、どこかに隠れたのか、とにかく血痕からこれ以上「いぞう」を追うのは無理のようだ。
気配や臭いで追おうにも、城下全体に異様な気配と血の臭いが充満していてそれも難しい。
「あんたもいぞうとかいう野郎を止めようと?」
とりあえず追跡の事は脇に置き、明楽は男に話し掛ける。
この異常な殺し合いの場にいながらの堂々たる立ち姿を見るだけでも、この男が相当な剣客である事は明らかだ。
出来れば仲間に引き込みたいところだが……

「あんなイカレた真似をする野郎となら、面白い勝負が出来そうだと思ったんだが、無駄足を踏んじまったな。
……だが、あんた等も相当に遣うようだ」
そう言って男……赤石剛次が好戦的な目を向けてくるが、明楽は前に出ようとする鉄山を制して言葉を紡ぐ。
「あんた、血痕を辿る時に、こいつのとは別の、古い血痕が所々にあるのに気付かなかったかい?
つまり、この御前試合とかを開催した連中は、この無人の城下町をまともな方法で調達した訳じゃねえってことだ」
明楽の指摘に、赤石の表情が僅かに動く。
やはり、口では物騒な事を言っていても、この男の心根は、ただの人斬りとは明らかに一線を画す。
希望を抱いた明楽は、赤石を説得しようと更に言葉を重ねて行った。


(ったく、あんな危なそうな奴を説得しようとは、相変わらず無茶してやがんな)
路地に潜み、明楽達の様子を陰から見守っていた中村主水は胸中で毒づく。あいつらに同行しないで正解だったと。
とはいえ、毒づく一方で、主水は明楽の説得が成功することを願ってもいた。
明楽の隠密としての調査能力には期待しているのだ、こんな所で死んでもらっては困る。
(それに、この刀の借りを返さねえ内に死なれちゃ、寝覚めが悪いからな)
明楽に譲られた流星剣を抜き、その刀身を眺める主水……だが、そこに映る怪しい人影に、さしもの主水もぎょっとした。
主水も闇の世界に長く身を置く歴戦の仕事人。驚愕しながらも咄嗟に跳び退って素早く剣を構える。
すると、いつの間に忍び寄ったのか、刀を杖のように構えた男が目の前に立っていた。
明楽達に気を取られていたとは言え、主水は決して周囲の気配を探る事を怠っていた訳ではない。
にもかかわらず、彼に気付かれる事なくここまで近付くとは……

「てめえ……」
主水は言い掛けた言葉を慌てて呑み込む。男の顔に両目を切り裂かれた傷跡を発見したからだ。
盲目の相手に声を掛けるなど、己の居場所を知らせるだけの愚かな行為。
つまり、この相手は言葉ではなく剣によって対処するしかないということだ。
とはいえ、盲目の剣士相手に、この場この時に闘うのは、主水にとって明らかに不利。
並の剣士には盲目は致命的な弱点となるが、隠れた主水を容易く発見した事を見るに、この男はそれを克服しているのだろう。
そして、当然の事だが、はじめから目が見えない相手に、主水が得意とする目くらましが効く筈もない。
いや、目が見えない代わりに他の感覚は発達しているだろう事を考えると、目くらまし以外の暗殺剣も通じるかどうか。
加えて、時刻と場所も主水の敵に回っていた。
夜闇で互いの姿をはっきりと視認できない環境で戦えば、元から目の見えない者が圧倒的に有利。
それだけなら守りを固めて夜明けを待てば良さそうな物だが、問題は二人の位置関係。
盲目の男の立ち位置は、主水から見て東……つまり、このまま日が昇れば、主水は太陽を真っ向から見る羽目になるのだ。
主水としては何とか位置を入れかえたいところだが、狭い路地で腕利きの剣士の脇をすり抜けるのは至難の業。
目の前の男の刀を杖のようについた奇妙な構えが、向かって行く者に対する必殺の構えとなっている事を主水は悟っていた。
待つのも不利、向かって行けば死となれば、主水の取るべき方策は一つのみ。

「やはり退くか」
盲目の男……伊良子清玄に言われて、主水はそろそろと後に下げていた足を止める。
後進して距離が開くのに比例させて剣気を増幅させ、逃走を悟らせまいという策だったのだが、この男には無駄だったようだ。
「それでこそ、新しき術技開眼の良き練習台になろう」
勝手な事を言いながら、男は杖をつく構えを解いて前に出て来る。
已むを得ず、主水が受けて立つ覚悟を決めたその時だった、彼が現れたのは。
「新技の練習台なら、私がなりましょう」


背後からの声に、咄嗟に後ろの気配を探り、そこに剣を構えた男を発見する伊良子清玄。
そちらを警戒しつつ前方に注意を戻した清玄は、切り裂かれた両眼を見開いた。
一瞬前までそこに居た筈の中村主水の気配が煙のように消え失せていたのだ。
清玄の気が逸れた瞬間を逃さぬ熟練の仕事人らしい見事な手際、とも言えるが、これは清玄の側にも原因がある。
この御前試合を勝ち抜く為に心眼を開く事を決意した清玄……その一つの答えが、極限に集中して気配を読む事だ。
清玄程の剣客が感覚と集中力を総動員すれば、対手の仕草から目配りまで、ほぼ完全に把握することが可能。
そして、一流の剣客とは常に周囲の地形・環境に気を配り、利用しようと動くもの。
よって、達人が集まるこの御前試合では、相手の動きを読めれば、それは地形や障害物の位置を把握する事に等しい。
だが、この方式には欠点もある。誰かに意識を集中させれば、必然的に他への注意が疎かになるという点だ。
現に中村主水に意識を集中させていた清玄は別の剣士の接近に気付かず、そちらに気を取られた隙に主水に逃げられた。
数十人の剣士が入り乱れ殺し合うこの御前試合において、それがどれだけ致命的な欠陥になり得るか……

「私は白井亨。貴方と同じく、この試合にて己の剣を研ぎ直さんと志すものです。では、始めましょうか」
清玄の気持ちを知ってか知らずか、男が語りかけて来る。
清玄としては、自分から向かって来る白井より隙あらば逃げようとするあの暗殺者相手に試してみたかったのだが。
とはいえ、ないものねだりをしても始まらない。清玄は気持ちを切り替えると、白井に対して剣を構えた。

先程の勇ましい発言とは裏腹に、白井は剣を正眼に構えたまま攻めて来る気配がない。
それも当然と言えば当然だろう。中村主水との立ち合いの時とは逆に、白井は清玄の東側に陣取っている。
つまり、白井としてはこのまま夜が明けるか清玄の集中が切れるまで睨み合っているのが最良なのだ。
もっとも、相手が待ちの態勢でいてくれるのは、逃げる敵をも討てる剣を模索する清玄にとっては好都合。
勇み立った清玄は、盲人とは思えぬ迷いのない動きで白井に向かって斬り込んで行った。

清玄は白井に向けて流れの一撃を放つが、狭い路地での横薙ぎでは剣に十分な伸びが出ないのも仕方なかろう。
白井はあっさり流れを回避し、更に清玄の追撃を二撃、三撃とかわすと、気合と共に鋭い突きを見舞って来る。
清玄も力を籠めて白井の斬撃を切り落とし……その剣は、大した抵抗もなく文字通り白井の刀身を切り落とした。
(これは!)
この時、清玄は初めて、白井の得物が真剣ではなく竹の刀であった事に気付く。
刀身を目で確認することが出来ないとは言え、清玄ほどの者が敵の得物を読み違えるなど通常は有り得ない。
白井の鋭い剣気と、彼自身も己が持つのが真剣だと思い込んでいるのではないかという程の気迫が、清玄を錯覚させたのだ。
鉄剣と思って竹刀に切り付けた為に体勢を崩す清玄に対し、白井は素早く懐に飛び込み、竹刀の柄を思い切り叩き付ける。
小兵の白井とはいえ、突進の勢いを乗せた一撃の威力は凄まじく、さしもの清玄もたまらず吹き飛ばされ……ない!
飛ばされそうになりながらも、清玄は咄嗟に足指で白井の着流しを掴み、剣を地に突き立ててその場に踏み止まる。
そして、その体勢から必殺の逆流れを放つ。
清玄の足指に動きを封じられた白井に回避は困難。まして、破損した竹刀で逆流れを受け止めるなど……
半ば勝ちを確信しかけた清玄だが、強い衝撃と共に剣を弾き返されて驚愕する。
清玄は片足を地から離したところに衝撃を受けた為に体勢を崩し、咄嗟に後に大きく跳躍して逃れた。
しかし、白井はあの状況からどうやって逆流れを防いだのか。隠し武器などを取り出す動作はなかった筈なのだが。
あらためて、清玄は目の前の相手が恐ろしい達人だと実感し……にやりと笑う。
新たなる剣の境地を開くには、このくらいの遣い手を相手にせねばならぬと。



(できた!)
白井亨は狂喜していた。己を敢えて絶体絶命の境地に追い込み、生死の狭間から新たな悟りを得んとの無謀な試み。
天佑か、才能か、白井は見事に新たなる奥義を編み出して見せた。
偶然に清玄の言葉を聞き、彼のような剣に真摯な者と立ち合えば何かが掴めるかと名乗り出たのは正解だったとみえる。
伊良子清玄の逆流れを弾いたのは剣気。剣気で作られた剣で白井は逆流れに対抗したのだ。
通常ならこんな事は起こりえない。何せ、剣気などというものは本当は存在しないのだから。
確かに、世には剣気を操ると称する武術が無数にある。
気で相手の動きを読み、或いは牽制し、更には剣気で人を金縛りにしたり失神させる術まであるという。
だが、剣気というものが現実に存在する訳ではなく、人の気迫が他者に与える影響力を仮想的にそう呼んでいるだけのこと。
飯綱と言い、気当たりと言うのも、要は気迫で圧倒する事で相手の身体の生理現象を操っているに過ぎないのだ。
だから、剣の先から火が出る輪が出ると言っても、その火や輪が物理的な破壊力を持っている訳ではない。
とすると、伊良子清玄の逆流れに対しては剣気による防御は無意味だと考えられる。
逆流れは、大地の反撥力を利用する事で、剣に己の力以上の威力を付加する秘技。
仮に清玄を気迫で圧倒し、逆流れを止めさせようとしても、一度放たれた逆流れは清玄自身にも止められないのだから。
にもかかわらず、白井は剣気によって逆流れを止めて見せた。実在しない剣気に物理的な威力を持たせたのだ。

無論、達人の繰り出す奥義は時としてこの世の理をも超えるもの。
しかし、仮想の存在に実体を持たせるというのは並大抵の技ではない。
木の葉をちぎり火を揺らめかせる程度の芸ですら、一流の剣客のみに可能な入神の技。
ましてや、虎をも両断する逆流れをも防ぐ白井の剣気は一体どれほどのものなのか……
清国の武術には氣を凝縮して発し、岩をも砕く威力を発揮する奥義があるとも言うが、白井の技はそれにも比肩するだろう。
幾多の武術者が数千年をかけて編み出した秘奥義を、白井は独自に短期間で身に付けて見せたのだ。
いや、剣気を刀として自在に操れるこの技は、使い勝手と言う点では遠当てより数段優れているとも言える。
己の新たなる奥義に満足し、清玄を追撃しようとする白井だが、ここで踏み出した足がぐらりとよろめいた。

(限界か……)
元々疲労が回復し切っていなかった上に、気力を大幅に消耗する技を使ったのだから、体力の限界が来るのも仕方ない。
これ以上の戦闘は無理と見切りを付けた白井は後ろを向くと、全力で逃げ始めた。
必死で駆ける白井だが後ろからは足音がぴったりと付いて来る。盲人とはとても思えぬ速さだ。
(簡単に逃がしてはくれませんか)
まあ、互いに修練しようと言っておいて、自分だけ新技を身に付けた所で切り上げる、なんて身勝手に過ぎると自分でも思う。
と言って、これ以上戦い続けて死んでしまえば、折角の進歩が無に帰してしまうのだ。
白井は更に足を早め、角を曲がった。


「わかった。この御前試合とやらを開催した連中をぶった斬るまでの間、あんた達に協力しよう」
中村主水の危惧とは裏腹に、明楽伊織による赤石剛次の説得は意外とあっさり成功していた。
口では人斬りのような事を言っているが、赤石の本質は卑劣を憎む好漢。この結果は必然だろう。
だが、彼らには親交を深める間も自己紹介の暇すらも与えられず、危険が迫っていた。
まずは付近で強烈な剣気が発されたのを感じて警戒する内に、二人の男が現れてこちらに向かって駆けて来る。
前方の男は破損した竹刀を持ち、後方の男は真剣を構えている所を見ると、竹刀の男が人斬りに襲われて逃げて来たのか。
しかし、竹刀の男が彼等の間近に迫った時、その口から出て来たのは救いを求める言葉ではなかった。

「御免!」
言葉と共に前方の男……白井亨が、破損した竹刀を赤石の顔面めがけて投げ付ける。
剣術と手裏剣術を究めた白井が投げれば竹刀の切れ端とて侮れぬ凶器となるが、赤石も簡単に打たれるほど未熟ではない。
木刀を振ると、竹刀は弾き返されて元来た軌道を跳ね返り、白井に向かっていく……というのは赤石の幻想。
確かに竹刀は元の軌道を帰ったが、その時には白井の姿は視界の何処にもなかった。
「何!?」
いきなり白井の姿が消えた事で戸惑う赤石。もっとも、白井の姿がいきなり消えたと思ったのは赤石だけなのだが。
何のことはない、白井は竹刀を赤石に投げ、その視界が隠れた一瞬に跳躍し、横の民家に飛び込んだのだ。
周囲に四人の剣士がいる中での赤石一人を対象にした目くらましだが、この状況ではそれで十分。
明楽と鉄山にとっては白井が飛び込んだ民家は赤石の身体の向こう側、すぐには追えない。
清玄も、木刀を抜いた赤石が目の前にいるのに、それを無視して白井を追う訳にはなかなか行かないだろう。
特に、清玄と赤石はどちらも好戦的な剣士。すぐに互いの性を見抜くと、白井そっちのけで睨み合った。

「三人か。まあ良かろう」
やはり逃げる相手を斬るのは難しいが、多人数を斬るというのもこの御前試合を勝ち抜くには必要なこと。
清玄は連戦の疲れも見せずに剣を構え、赤石もそれに応じる。
これを見て明楽と鉄山も動きかけるが、赤石は手の平を突き出してこれを止める。
「こういう時に、互いの腕を信じて任せられないようじゃ、仲間とは言えないと思わねえか?」
そう言われてしまうと、明楽も鉄山も手を貸す訳にはいかない。
ただ、鉄山は己の刀を鞘ごと抜き取り、赤石の前に立つとそれを差し出す。
「これを使え。君の腕は信頼しているが、木刀では力を発揮しきれまい」

赤石が木刀を背に戻して鉄山の差し出す刀を受け取り……次の瞬間、鉄山が跳躍した。
鉄山の跳躍に半瞬だけ遅れて白刃が走る。清玄が不意に鉄山を切り付けたのだ。
せっかく赤石が一対一の勝負を仕掛けて来たのを無にする行いだが、清玄の望みは多対一の戦いなのだからこうするのも当然。
しかし、清玄が多対一を望むのと同等以上に赤石は一騎討ちを望んでいる。
素早く抜刀すると清玄に切り掛かり、他の二人に手を出す隙を与えず、戦いに持ち込む。
こうなれば清玄も考えを切り替えるしかなく、ここに赤石剛次と伊良子清玄の死闘の幕が切って落とされた。


赤石の斬岩剣と清玄の逆流れが交錯し、互いに皮一枚でしのぐ。
相手が油断ならぬ強者だと悟った二人は、そのまま睨み合いに入った。
しかし、先程の白井戦と同様、夜明け前のこの時刻では、時が経つほど目明きの赤石が有利。
加えて、こうも連続して達人と渡り合い続けては、心眼に必要な集中力がいつまで保つか。
後に控える連中の事も考えると、ここで無駄に時間を掛けてはいられない。清玄は、乾坤一擲の勝負に出る事を決意した。

清玄は赤石に刀を投げ付けると、後を追うように跳躍した。
剣は赤石の胸元に向かい、自身はドロップキックのような形で赤石の膝元に足から飛び込んで行く。
だが、この程度の二段攻撃で慌てる赤石ではない。
刃を清玄に向けて剣を地面に突き立てると、棒高跳びの要領で宙高く舞い上がった。
この高さならば清玄の攻撃は当たらず、逆にこのままだと清玄は刀に突っ込み、自らの勢いで両断される事になる。
「何!?」
しかし、清玄の身体はいきなり空中で停止し、為に両断を免れた。
無論、何の支えも無く浮いている訳ではない。清玄は足指で赤石の刀を挟み、その強烈な力で自らの身体を止めたのだ。
更に、もう一方の足を伸ばして自身が投げた刀を掴むと、それをもって空中の赤石に切りつける。

一般に、剣士は足元への攻撃を苦手としている。
剣を手で構えれば足には届きにくく、灯台下暗しの言葉通り足元は人間にとって死角になり易いのだから、これは当然。
幕末における柳剛流の隆盛、駿河城下における屈木頑乃助の跳梁は、剣客のこの性質に負う部分が大きい。
他ならぬ清玄の逆流れも、下段からの切り上げという点ではこの系統に属していると言えるだろうか。
逆流れは数少ない例外だが、一般に相手の足元を狙う剣というのは、さして精妙にはなりにくい。
ただの薙ぎや切り上げでも十分に必殺剣になり得るのだから、それ以上に工夫を重ねる者が少ないのも道理だろう。
清玄の今回の技は、この傾向を利用したものだ。
己の足元への攻撃を誘い、漫然と為された攻撃を足指をもって止め、更に足で剣を操って攻撃する。
人間離れした足指の力と器用さを持ち、視覚に頼らぬ故に足元の様子を眼前と同様に知れる清玄にのみ可能な魔剣と言えよう。

清玄の奇剣に襲われた赤石だが、空中では避けようがないし、刀は清玄の足で抑えられている。
赤石は迷わず刀を押し放し、更に宙高く飛び上がった。
その程度で清玄の剣を逃れることは出来ないが、多少なりとも勢いを弱めることが出来ればそれで十分。
左腕で剣を受け止め、刀が腕に深く切り込んだ段階で右腕を使って左腕を大きく捻る。
如何に足指が器用だと言っても、さすがに柔軟性では手の指には劣るようだ。
捻られた刀は清玄の足からもぎ離され、彼方に飛んで行った。
だが、清玄の攻勢は終わらない。素早く立ち上がると赤石が手放した刀を掴み、再び逆流れの態勢に入った。
空中で逆流れを防ぐのは至難の業だが、赤石に恐れはない。どこまでも己の剣を貫くのみ。
赤石は背にある木刀を抜くと、右手一本で大きく振りかぶり……振り下ろす直前に逆流れが放たれ、そこで意識が途切れた。


戦いが終わり、一転して静かになった辻で、鉄山が倒れた赤石を診ている。
「腕の傷は深いが、他は心配ない。一眠りすれば眼を覚ますだろう」
その診立てにほっとしながら、明楽は清玄が死してなお握り続けていた刀を回収し、刀が切れ込んでいる薪を外す。
あの時、清玄の逆流れの軌跡に、何処からか飛来した薪が割り込んだのだ。
結果、清玄の刀はまずその薪に切り込み、そのまま薪で赤石を打つ形となった。
対手の動きを通して周囲を把握する為に、相手が気付いていない事は自身も気付けぬ心眼の弱点が出た訳だが、
赤石の得物が木刀であり空中にいる事を考えれば、それでもまだ清玄が優位と言って良かっただろう。
にもかかわらず赤石が生き残って清玄が死んだのは、二人のこの勝負に対する意識の差に起因している。
清玄にとってこの戦いは、御前試合で勝ち残るために必要な幾多の戦いの一つに過ぎなかった。
その為、こんな所で余計な負傷はするまいと、少々早めのタイミングで。逆流れを放つ。
無論、それでも真剣ならば赤石に致命傷を与えるに十分な一撃であったが、薪に邪魔されて、気絶させるに留まる。
対して、赤石は先のことなど考えずこの一戦に全力を注ぎ、清玄がかわせぬ間合いまで近付いてからの一撃を選択。
死を恐れぬ勇気と、己ならば死して後でも必殺の一撃を完遂できるとの自負があってはじめて可能な事だ。
そして、赤石は実際に、斬られはしないものの、打たれて気絶しながらも渾身の一撃を放ち、清玄を仕留めて見せた。
結局、命を捨てて戦った赤石が生き残り、勝ち残ろうとした清玄が命を落としたのは運命の皮肉かそれとも必然か。

「見事だが、危ういな」
この若者はある意味では「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」の言葉に表される武士道の極意を体現しているとも言えるが、
肉を切らせて骨を断つどころか、あっさりと骨を切らせようとしていては、命が幾つあっても足るまい。
この若者が持つ力と正義の心をもっと正しく発揮できるよう、自分が手助けをしよう……鉄山はそんな事を考えていた。
一方、明楽は先程から周囲の気配を探っていたが、白井の気配も、それ以外の者の気配も感じられない。
「ったく、この島には、一筋縄で行かねえ連中ばっかりが集められたようだなあ」
そう言って、明楽は赤石の命を救った薪をじっと眺めるのだった。

【伊良子清玄@シグルイ 死亡】
【残り六十名】


【へノ参 城下町/一日目/早朝】

【明楽伊織@明楽と孫蔵】
【状態】健康、町衆の格好に変装中
【装備】古銭編みの肌襦袢@史実
【所持品】支給品一式
【思考】基本:殺し合いを許さない
一:倉間鉄山、赤石剛次と協力して岡田以蔵を捕える
二:信頼できそうな人物を探す
三:殺し合いに積極的な者には容赦しない
四:刀を探す
[備考]参戦時期としては、京都で新選組が活動していた時期。
 他、史実幕末志士と直接の面識は無し。斎藤弥九郎など、江戸の著名人に関しては顔を見たことなどはあるかも。

【倉間鉄山@バトルフィーバーJ】
【状態】健康
【装備】 刀(銘等は不明)
【所持品】支給品一式
【思考】基本:主催者を打倒、或いは捕縛する。そのために同志を募る。弱者は保護。
一、赤石剛次の回復を待ち、赤石や伊織と共に岡田以蔵を捕え、その真贋を確かめる
二、宗次郎と正午にへの禄の民家で再会。彼が、死合に乗るようならば全力で倒す。
三、主催者の正体と意図を突き止めるべく、情報を集める。
四、十兵衛、緋村を優先的に探し、ついで四乃森、斎藤(どの斎藤かは知らない)を探す。志々雄は警戒。
五、どうしても止むを得ない場合を除き、人命は取らない。ただ、改造人間等は別。

【赤石剛次@魁!男塾】
【状態】気絶、腕に重傷
【装備】木刀
【道具】支給品一式
【思考】基本:主催者を斬るまでの間は、明楽伊織や倉間鉄山と協力する
一:刀を捜す
二:“いぞう”に会ったら斬る
三:濃紺の着流しの男(伊烏義阿)が仇討を完遂したら戦ってみたい
※七牙冥界闘・第三の牙で死亡する直前からの参戦です。ただしダメージは完全に回復しています。
武田赤音と伊烏義阿(名は知りません)との因縁を把握しました。
犬塚信乃(女)を武田赤音だと思っています。
※人別帖を読んでいません。


「それで借りは返したって事にさせてもらうぜ、明楽さん」
赤石剛次と伊良子清玄の死闘があった場所から少し離れた位置でそう呟くのは、仕事人中村主水。
死闘の最中に薪を投げて介入し、明楽の仲間となった赤石を救ったのは、ずっと様子を伺っていた主水の仕業である。
目的は、明楽に流星剣を譲られた借りを、自分の中で清算する事。
これで、必要となれば何の気兼ねもなく明楽の口を封じられるという訳だ。更に……
「あんたの方は、この場を見逃す事で借りを返したと思わせてもらうぜ。そっちも親切で助けてくれたんじゃなさそうだしな」
そう一人ごちて、主水は明楽達の監視に戻るのだった。

一方、白井亨は主水に見られていた事もそんな事を言われているとも気付かず、休息場所を探して歩いている。
白井は、伊良子清玄が赤石剛次が立ち合い、命を落とす様子をその眼で見ていた。
自身と同様に剣の新たなる境地を求め、新技を編み出しながらも死んで全てを失った清玄は、白井の有り得た姿でもある。
清玄が死に、自分が生き残ったのはただ己が幸運であっただけ……そう思いつつ、白井は手の中の刀を見つめた。
これは元は清玄の得物であり、死闘の中で赤石によってもぎ取られ、白井がいた民家に飛び込んで来た刀。
その刀が手に入ったお蔭で、白井は民家の壁を切り破って、明楽達に見咎められる事なくあの場を脱せたのだ。
短時間に幸運が二度続けば、大抵の人間は天佑という言葉を思い浮かべるもの。
白井もその例に洩れず、己に神仏の加護があることを感じ、それに応える為にも、更なる修練を積む事を誓うのだった。

【とノ参 城下町/一日目/早朝】

【中村主水@必殺シリーズ】
【状態】健康
【装備】流星剣(清河八郎の佩刀)
【所持品】なし
【思考】
基本:自分の正体を知る者を始末する
一:明楽の後を尾けて、調査の進み具合を監視する
二:できるだけ危険は避ける
三:主催者の正体がわかったら他の者に先んじて口を封じる

【白井亨@史実】
【状態】左腕軽傷、疲労
【装備】打刀(鞘なし)、町人の着流し、掻巻
【所持品】「孝」の霊珠
【思考】
基本:甘さを捨て、真の剣客になる
一:自ら、この死合を仕掛けたものの正体を掴む。他者とは馴れ合わない。
二:更に修練と経験を積む。
三:命を落とすまで勝負を諦めない。本当に戦闘不能になれば、自害する。
【備考】※この御前試合を神仏が自分に課した試練だと考えています。
    ※珠の正体には気付いていませんが、何か神聖な物である事は感じ取っています。
    ※八犬士の珠は、少なくとも回復、毒消しの奇跡を発現出来ます。他の奇跡が発現するか、
     邪心を持つ者が手にすればどうなるか、また亨の怪我が完治するまでどの程度かかるか
     この場に参加する二犬士以外の珠が存在するかは、後続の書き手さんにお任せします。



時系列順で読む

投下順で読む


か細い絆 明楽伊織 主水、不運を嘆く
か細い絆 中村主水 主水、不運を嘆く
か細い絆 倉間鉄山 主水、不運を嘆く
臥竜 白井亨 技比べ
悪鬼迷走 赤石剛次 主水、不運を嘆く
運命とか知ったり知らなかったり 伊良子清玄 【死亡】

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2010年12月02日 20:50