暁に激情を ◆UoMwSrb28k



 への伍地点。やや川沿いでは、男女が刃を交わしていた。
 その光景は、各所で平然と殺し合いが行われているこの会場の中にあっても、ひときわ異様なものだったかもしれない。
 片や体躯逞しいが傷だらけの男、片や美女というにはまだあどけなさが残る乙女である。しかも、その容姿に反し、一方的
に攻めているのは、乙女―千葉さな子の方であった。 西洋風に言うとポニーテールと呼ばれる髪型が、斬撃の度に舞うように
動く。さな子の動きは演舞を連想させるほどの華麗なものであったが、実際の状況はそんな生易しいものではなかった。
 傷だらけの男―座波間左衛門は、次々と襲い掛かる刃をすんでのところでかわし、また受け流しているが、かといって退却
するわけでもなく、常に斬り合える間合いを保っている。防御に徹しながら、実は前に出ているのは間左衛門の方であった。

―勝てる!

 幾度目かの斬撃を受け流し、反撃の一太刀を繰り出した間左衛門は、心の中にそうつぶやいた。

―まずい!

 相対するさな子は、間左衛門の反撃を防いだものの、剣圧に押され、大きく後退さる。
 横合いに一本だけ木があったのでその後ろに廻り込むが、ここは森林ではない。間左衛門もすぐさま廻り込み、やや間合いを
とりつつも、真正面から向き合う。

―逃がしてはくれないか…。

 間左衛門を殺すことなく屈服させることを諦め、殺気をもって斬撃を繰り返したが、一撃ごとに間左衛門の受太刀も冴え渡り、
今やかすり傷ひとつ負わすことができない。そうこうしているうちに疲労のため、効果的な斬撃を与えることかなわなくなり、
ついに今の一合で、均衡が崩れてしまったのだ。
 非力を速さと洞察力で補ってきたさな子は直感した。このままでは負ける。そしてこの会場にあっては、負けは即ち死を意味する。
 それでも動揺をみせず、むしろ一歩前に出た勝気さは「千葉の鬼小町」の異名を得るだけのことはあった。だが、そこで止まる。
これまではさらに踏み込み、すぐさま斬撃に繰り出していたのが、それができない。手詰まりとなったのは確かであった。

 一方の間左衛門は、これまで美男美女と相対した際の愉悦とは異なる高揚感に包まれていた。
 今までの自分であれば、均衡が崩れた今、再び斬られたいという衝動が頭をもたげても不思議ではない。
 あるいは、斬る悦びが心を支配し、それが隙となって顕れたかもしれない。
 しかし、今の気分はそのどちらでもない。かといってかつて戦場で不細工な敵兵たちを一刀のもとに斬ってきた虚しさもない。
ただ死合に臨み、目の前の相手を斬り伏せる、そのことだけに集中できることに充実感を感じていた。

―幼少より消えることのなかった奇癖が…不思議なものだ。

 だが、と考え直す。
 この昂り、この充実感。多くの剣豪、人斬りたちは、この境地に達し、修羅となっていくのではないか。
 清廉さなどない。多少趣向が変わっただけ。やはり自分は度し難い奇癖者よ。
 そう思いいたったとき、間左衛門の口の端から笑みがこぼれた。
 ならばこの死合生き残り続け、より多くの剣豪たちと刃をあわせ続けようぞ。先刻までは神谷薫に斬られ、斬りたいと思って
いたが、あの中では緋村剣心が一番の手練れに思える。いや、先程現れた志々雄という者とも捨て難い。これまでの自分であれば、
何とも興を削がれる容姿であったが、今やそのようなことは関係ない。
 修羅に目覚め、新たな欲望の算段を頭の中にめぐらせた間左衛門は、まずはこの場の決着をつけるべく、間合いを詰め…

 戸惑いとともに一瞬動きを止めた。

 その時さな子は、持っていた刀を鞘に納めていたのだ。




―抜刀術だと?

 構えを見た間左衛門は眉をひそめた。
 抜刀術は「居合」とも称されるとおり、座した状況からいかに身を護り、また反撃するかということに端を発している。
「立合」である剣術とは一線を画すものであり、戦国時代から江戸初期にかけては、まだまだ馴染みの薄いものであった。
 大坂夏の陣で抜き身の刀での斬り合いを経験してきた間左衛門にとっては、相対するのは初めてであったし、この場に
そぐわない、ひどく異質なものに感じたのも無理からぬことであった。

 それにしても…。
 初めて見てもわかる。さな子の体格では到底抜けるとも思えぬ。
 鞘は腰に差さずに左手で持ち、抜いたらうち捨てられるようにはしているが、不自然極まりない。抜き身で脇に構えた方が
まだましであろうに。もしや抜刀術は構えだけか。意表をついて鞘ごと斬りかかるかもしれぬ。振り抜いた際に鞘を飛ばす奇策
もあろう。されどしょせん女の片手。いや両手に持ちかえようと同じ事。威力はたかがしれている。

―如何様であろうとも受け流すだけよ。

 間左衛門が天道流ではなく、今川流受太刀の構えをとっているのは、もはや快楽を求めるためではない。現実として、さな子
の猛攻をしのぐことは、今川流受太刀なくしてはかなわなかった。目的は変わったが、戦術は変わらない。
 如何なる攻撃も受け流し、隙あらば斬る。
 気を取り直し、間左衛門は再びじりじりと間合いを詰め始めた。



―わたくしだって、こんな慣れないことはやりたくないのよ。

 間左衛門の思考が聞こえた訳ではないが、さな子は心でそう呟いていた。
 時代は違うがさな子の価値観も、間左衛門とそうそう変わるものではない。
 北辰一刀流は、さな子の伯父である千葉周作が中西一刀流を基礎として創設したもので、徹底的に神秘性を廃し、合理的な
指導法を確立したものである。腕に覚えがあれば短期間で免許皆伝に至ることができ、幕末の多くの剣士がこれを学んだ。
「剣は理である」とは、千葉周作の一貫した教えである。型の稽古よりも竹刀と防具を使った打込稽古に中心とし、実際の打ち
込みを疑似体験させる。それによって、型の教えでは学びきれない、実戦的かつ素早い動きが可能とした。実際、実戦はほぼ
初陣といってもよいさな子が、場慣れした間左衛門と互角に渡り合えているのは、北辰一刀流の稽古によるところが大きい。
 だがそれゆえに、抜刀術は決して本道ではない。明治以降に抜刀術も型として取り入れていったが、安政年間当時はまだその
過渡期にあった。さな子も技術の一環として心得てはいるが、決して極めているわけでない。

 それでも抜刀術の構えをとったのは、相手の鉄壁の防御を崩すことかなわず、手詰まりとなったこと。
 そして死を直感したとき、ふと先刻、緋村剣心と交わした会話を思い出したのだ。

『飛天御剣流?きいたことないですわね。』
『さ、左様でござるか?剣士の間では結構名は知れていると思うのでござるが…』
『どのような剣術ですの?』
『抜刀術を要に、実戦を重んじた剣でござる。』
『抜刀術を実戦で?わたくしも手ほどきを受けたことはありますけど、ちょっと想像できないですわ。』
『おろ…されどさな子殿、剣の速さ、身のこなしの速さ、相手の動きを読む速さがあれば、抜刀術は何物にも勝る力を持つでござるよ。』
『いくら力があっても、実戦だと動き回るものよ。私は最初から抜いて構えた方が無駄がなくていいと思いますけど。』
『お、おろ~。』

 この後すぐに神谷薫と座波間左衛門が現れ、話はそこできれてしまった。

 あの時は抜刀術を酷評したが、改めて思い直す。
 北辰一刀流…というよりは様々な剣術修行の中で、抜刀術の稽古は、どちらかというと精神鍛錬に近いものだった。
 竹刀での稽古とは対照的に、真剣を構え、抜き、振りぬく。普段とは異なる緊張感の中、真剣と向き合う貴重な機会であったのだ。
真剣と向き合うということは、死とも向き合うということ。剣心との会話がきっかけではあるが、今まさに死と向かい合い、己が心
を最も端的に顕す形として、抜刀術の構えをとったのは、さな子にとっては必然だったのかもしれない。


 とはいうものの、物干し竿…由来となった備前長船長光は三尺三寸だが、さな子が持っているのは異世界の別物で五尺余り。
 このような長大な太刀を抜刀するなど、経験したことがない。

『剣の速さ、身のこなしの速さ、相手の動きを読む速さがあれば、抜刀術は何物にも勝る力を持つでござるよ。』

 相手の動きを読む速さは…さな子の持ち味である。
 身のこなしの速さは…疲れてきてはいるが、まだ十分。
 残るは剣の速さ…五尺もの刀を、速さを活かしたまま鞘走らせる策は…
 …
 ある。

 あとは覚悟だけ。千葉さな子は腹をくくった。

 いざ。

「ハアアァァッッ!!」

 さな子が地を蹴った。間合いを詰め、鞘走らんとしてほぼ同時に。

  カツッ

 音がした。さな子が左にあった木の根元に、鞘ごと突き刺したのだ。
 否、突き刺したとは言い難い。地面と木の根元の間に引っ掛けただけ。
 しかしその一瞬だけ、鞘が固定される。支点が移動する。左手を離し、身体は前に出ることができる。
 発想としては伊良子清玄の無明逆流れに通ずるものがあるが、力を溜めるわけではない。ほんの一瞬鞘を留めるだけだが、
それで十分だった。
 あとは踏み込みの速度と、鞘走る速度を殺すことなく、全力で振り抜くのみ。

  ヴゥン

 さな子の体格では抜けるかどうかすらもあやぶまれた五尺の太刀が、刃鳴りすらあげ、間左衛門に襲いかかった。
 想定していた中でも最上級の攻撃に間左衛門は戦慄したが、油断はない。この必殺の斬撃を受け流せば勝てる。

 さな子の速さが上回るか。
 間左衛門の受け流しが上回るか。



  キィィィィン!

 澄んだ音とともに、両者の刀が大きく天を指した。


 片方は異世界の品でありながら、その使い手と共に恐るべき強さを誇った大太刀
 片方は鬼を斬ったといわれる剛刀

 どちらも弾かれることなく、折れることもなく、それぞれの手に納まっている。
 そして間左衛門に新たな負傷は…
 ……
 …ない。

刹那の思考。

―勝った!

 間左衛門は確かに勝ちを確信した。
 抜刀術を見切って半身下がり、斬られることなく、また刀を折られることもなく、上手く力を上に逃がしたのは、今川流受太刀
を極めた間左衛門の真骨頂であった。
 女の細腕で自分の豪腕をここまで弾き挙げたのは流石だが、ここまでだ。
 あとは、弾かれた腕の反動をも利用し、思い切り振り下ろすだけ。

刹那の思考が終わる。

――――!!


 果たして、左肩から右脇腹にかけて、大きく袈裟斬りに斬られ鮮血を噴き出したのは、間左衛門の方であった。


 抜刀術は、鞘に納めた状態から刀を抜くまま斬る一の太刀が注視されがちだが、抜いた後両手で刀を持ち、反動と両腕の力を
利用して振り下ろす、あるいは薙ぐ、二の太刀までが一連の動作である場合が多い。演武で藁や鉄板を斬る場合でも、抜刀後の
二の太刀で斬る様子がよく見られる。
 一の太刀で浮き上がった双方の剣は、反動で振り下ろす速度もまた、仕掛けた方が上回っていた。

 さな子にとっても、これは薄氷の勝利であった。鞘を引っ掛けるということを思いついたものの、実際は相手と木の位置、
踏み込む速度、鞘を引っ掛ける位置、その後の身のこなし、全てが正確でなければなしえなかった。それを実現できたのは、
さな子の抜きん出た体術と洞察力もあるし、運がよかったこともあるだろうが、長刀術を極めていたことも大きい。
 さな子にとっても想定外ではあったが、支点と重心が切先に移動することで、その長さもあいまって、長刀の左切り上げの
ような感覚で、振り抜くことができたのだ。但し踏み込んで鞘走った刀の速さはいつもの比ではない。刀の速さと長さと重さに
なんとかついていき、すっぽぬけそうになる柄を必死に両手で握りしめ、左切り上げから袈裟懸けという動きにもっていけたのは、
身体に染み込んだ動き…日頃の長刀術の鍛錬の賜物であろう。

 間左衛門が己の勝利にはやり、攻撃に転じたのも幸いだった。一の太刀を見切った間左衛門である。もし少し詳しく抜刀術を
知っていれば、あるいは勝負を焦らなければ、二の太刀も苦もなく受け流せていたことだろう。そして、隙だらけになったさな子
は、一刀のもとに斬られていたに違いない。

 刹那の判断と動きの差が、勝負を分けた。
 それは、死合いには慣れているが弱者としか立ち合ったことがなく、常に欲望と共にあった者と、
 非力ながらも日頃より強者と切磋琢磨を繰り返し、初めての死合で死と正面から向き合った者の、
心構えの差であったのかもしれない。


 間左衛門はしばし鮮血を噴きながらも立っていたが、やがてひざを突き、ごろりとあおむけに倒れこんだ。
 致命傷ではあるが、まだ息はある。五尺の刀でも即死でなかったのは、さな子の間合いが甘かったのか、間左衛門の体術が
優れていたからか、おそらくその両方だろう。

「お見事。」

 間左衛門が短く言葉を吐き出した。血の塊と共に。

「座波さん…何故…?」

 さな子の質問には、様々な意味がこもっていた。
 あの瞬間、間左衛門からただならぬ殺気を感じた。思わず抜刀し、構えてしまった。
 躊躇わずに構えてしまうほどの殺気を発していたのだ。
 それだけならまだ間左衛門は言い逃れることもできたし、少なくともさな子を言葉で惑わすことはできたはずだ。
 しかし間左衛門は何も言い訳することなく応じた。立ち合う中でその剣気の質は変わっていったが、殺気は強まるばかりであった。

何故、殺気を発したのか。
何故、容易く応じたのか。
何故、かくも凄惨な結末となったのか。

 少しだけ、間左衛門は答えた。

「拙者は…欲望の赴くままに…多くの者を血の海に沈めてきた…が…今日のような立ち合いは初めてでござった…満足でござる。」

「…」

「拙者の…邪なる心を祓っていただいた…かたじけなく存ずる。」

「でも…」
 死んだら何もならない、そう言おうとしてさな子は口をつぐんだ。致命傷を与えたのは、他ならぬ自分である。

「…そなたの剣…まさに邪を打破し…正しきを顕す…破邪顕正…いや…ここは…剣を以って征する…といったところか。」

 間左衛門は自らの奇癖を治すためにさまざまな寺社を訪れ、祈祷や願掛けを行っている。武衛神社で神託を得られなかったのを
最後に、奇癖の治癒を諦めてしまったが、やたらと神仏や説法には詳しくなってしまった。破邪顕正…さな子の太刀筋を形容する
のにふと思い浮かんだ言葉だが、はてどこできいた言葉であったか。

 と、どす黒く染まった間左衛門の肩口に、ひらり、と一枚の花びらが落ちた。周囲が明るくなってきてようやく気づいたが、
先程から二人が距離を測り、また勝負を決める遠因となったこの木は、大きな桜の木であった。

「美しい…」

 視線を移した先にある桜は満開であった。間左衛門のかすみゆく目には、舞い散る桜花が、まるで神仏が放たれ、舞っているか
のように見えた。そこへさな子の太刀筋が重なる。あの太刀筋、実に美しかった。

「名付けるとすれば…破邪…剣征…桜花…放…神…」

 そこまで言って、再び間左衛門は吐血した。もはや口も動かなくなる。視界が光に包まれるのは、昇ってきた朝日のせいだけ
ではなかろう。痛みも感じない。なんと心地よいことか。あの時も天にも昇る心地であったが、それとはまた違った…

 そこまで考えて間左衛門はおかしくなった。

 なんだ、結局は凄腕の美女に斬られ、今極限の愉悦に浸っているではないか。行き着く先は同じよのう…。
 …
 …

 間左衛門は静かに目を閉じた。本人は自嘲しながらであったが、その死に顔は明らかに、一度目の死とは異なるものであった。

【座波間左衛門@駿河御前試合 死亡】
【残り六十六名】


「…」

 さな子はしばらく無言で間左衛門の遺体を見つめていた。
 しかとはわからないが、人斬りの性癖があったことだけは確かなようだ。
 その人を自分は救ったのだろうか。こんなにも満足な顔をして、感謝までされて…。

「人を斬って救うなんて!!」

 暁が乙女の激情を照らし出す。

 先刻まで殺し合いはしたくないが、腕試しはしたいと、なんとなく思っていた。
 そのせいだろうか。確かに死合の間は高揚感があった。間左衛門の剣気にあてられたこともあるだろう。始めはどこか奇怪な、
歪んだ剣気だったが、やがて一流の剣士のものとなっていた。強敵との勝負に自分の気持ちも同調し、初めての死合とも思えない
斬り合いと駆け引きを演じた。
 しかし、その後に残ったのは、わずかな高揚感の残滓と、そして虚しさと罪悪感であった。
 それでも絶望も錯乱しなかったのは、一重に桶町道場で培ってきた精神力の強さであろう。
 父や伯父、兄弟や一門との厳しい修行。
 別の流派との諍いもあった。命のやりとりまでは至らぬものの、いつ襲われるかわからない毎日を過ごしたこともある。
 それに育った時代も不安定だった。黒船来航に伴い、時代が動こうとする中で通い来る門下生たち…それぞれの志と覚悟を持ち、
剣術の鍛錬だけではなく日々議論し、己が信念のために命を懸けんとしていた藩士たちとの交流。
 そして坂本龍馬…どこかつかみどころがない性格だが、芯の強さは何者よりも強かった。

 さな子には龍馬や他の藩士ほど学や志があるわけではない。今の状況で、何が正しいかなんて判断できない。
 だけどできることがある。「千葉の鬼小町」は、彼女らしい決断をした。

強くならなくては。

 自分の腕がもう少しあれば、この人を生かしたまま打ち負かし、改心させることができたかもしれない。
 それが自惚れであることはわかっている。しかしこの戦場では、剣でしか語らない人もいる。自分が強くなければ語ることも
できないし、語らせることもできないようだ。
 座波さんとはこうなってしまったが、緋村さんたちとは協力して…。

「…!緋村さん!!」

 そこで思い至り、さな子は周囲を見回した。
 剣心と薫が無事戻ってきているわけもなく、また千石とトウカが追ってきているわけもない。どちらに行くべきだろうか。
 とにかく急がねば。埋葬している時間はない。
 悪いと思ったが、まずは間左衛門の衣服の血塗れていない部分で物干し竿の刃をぬぐい、鞘に納める。次に間左衛門の手から
童子切安綱をとり、腰の鞘を引き抜いて納める。トウカと千石は脇差と木刀しか持っていなかった。薫にいたっては、武器を
持っていない。どちらへ行くにしても、武器は必要だろう。

 もう一度、間左衛門の死に顔を見た後、手を合わせる。
 間左衛門との真剣勝負と、その後の安らかな死に顔が、罪悪感と虚しさに苛まれるさな子に救いと、新たな決意をさせていた。

 先を急ぐが一振りだけ。

 長すぎる物干し竿ではなく、二尺六寸余りの童子切安綱で構えてみる。
 さっきは長刀を使うような感覚で、思いのほかうまく動けた。
 その感覚だけは忘れずに。しかし刀身と動きを短く、小さく、想像して。

 すみやかに。かろやかに。

 大きく深呼吸をし、息を整える。

  ヴン

 空気を裂く音が響き、一瞬だけ舞い散る桜が横一線に流れた。
 緋村剣心が見たら驚愕したことであろう。自分でもここまで扱えるのに幾日かかったことか、と。
 時に死合における一瞬は、千日の稽古に勝る。
 速さは申し分なかったが、まだ達人の域ではない。動作の後は身体がよろめき、隙だらけになってしまう。抜刀術の長所短所双方
が大きく浮き出た動きだ。しかし、相手や状況によっては、切り札のひとつとなるだろう。
 北辰一刀流千葉さな子は、実戦における抜刀術をも体得し、その場を後にした。

「破邪剣征…桜花放神…詩か何かの一節かしら?」

 途切れ途切れだったはずなのに、何故かはっきりときこえた、その言葉を心に残して。


【にノ伍 川沿い/一日目/黎明】

【千葉さな子@史実】
【状態】健康 疲労中程度 罪悪感と同時に強い決意
【装備】物干し竿@Fate/stay night 、童子切安綱
【所持品】なし
【思考】
基本:殺し合いはしない。話の通じない相手を説き伏せるためには自分も強くなるしかない。
一:緋村剣心を追う。
二:久慈慎之介とトウカは無事だろうか?
三:龍馬さんや敬助さんや甲子太郎さんを見つける。
四:間左衛門の最期の言葉が何故か心に残っている。
【備考】
※二十歳手前頃からの参加です。
※実戦における抜刀術を身につけましたが、林崎甚助河上彦斎、緋村剣心といった達人にはまだまだ及びません。
※ひとまず歩き出しましたが、剣心を追うか、千石たちのところに戻るか迷っています。

※にノ伍は草原ですが、川沿いに桜が一本あり、木の根元あたりに座波間左衛門の遺体があります。
※ここの桜の花は満開ですが、季節が春とは限りません。造花かもしれませんし、妖術の類かも。
世界観の設定にも関わることなので、以降の書き手様にお任せします。


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妖怪たちの饗宴 座波間左衛門 【死亡】
妖怪たちの饗宴 千葉さな子 すれ違う師弟

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最終更新:2010年03月17日 22:32