犬と狼と◆L0v/w0wWP.



「くっ!いったい何がどうなっているのだ!兄者は…皆はどうなったのだ!?」

鬱蒼と茂る森の中で、一人の青年―いや年齢的に言えばまだ少年というべきか―が叫んでいた。
茶色がかった髪に、痩せぎすだが鍛え上げられ引き締まった体躯、凛々しい眉と、
鋭いギラギラとした瞳は彼が相当の達人であるという事、そして熱き心の持ち主だという事を体現していた。

ただ常人と異なる所を挙げるとすれば、その耳は猟犬、あるいは狼のように尖り、
外からそれを確認する事は不可能だったが、袴の下からは尾が生えているという事。

彼こそは今の人の営みが滅びし後、遥か永劫の未来、新たな人の世で、勢力伸張著しい新興国家
「トゥスクル」の主・ハクオロ皇の義兄弟にして、歩兵衆を率いる若き侍大将、名をオボロと言った。


つい先ほどまでオボロたち、トゥスクルの軍は我らの敬愛すべき皇・ハクオロとともに、
敵国の皇城にあった。被差別民族シャクコポルの国でありながら、謎の巨兵「アヴ・カムゥ」を擁し、
破竹の勢いでその勢力を拡大した西の強国、クンネカムン。そしてハクオロの盟友だという若き皇・クーヤ。
彼女たちが全土統一の旗を掲げ、近隣諸国に侵攻を開始したのだ。

我が聖上を止めて欲しい―国のため、主君のため、死を賭してトゥスクルへと出奔したクンネカムン建国の大老・
ゲンジマルの要請を受け、ハクオロはクンネカムンの侵攻を受けた諸国と盟約を結び、逆にクンネカムンへと侵攻。
ついに皇城にてクーヤを下したのだ。だが、事態はそれで終わらなかった。クンネカムンの左右大将の造反、
屍を操っていた謎のオンカミヤムカイの男、あまりに目まぐるしく動く自体に困惑している最中に、國師ウルトリィが
突如として空間転移術を展開し、そして―気がついたら、あの場に引き出され、今また見知らぬ森の中にいた。

「俺は夢でも見ているのか…?あの連中は一体。」

あの場にいた連中…多くのものが、確かに自分たちとよく似た服装をしていたがなにかが違った。
自分たちに殺し合いをしろと告げた、あの初老の男のいた建物もどこか自分たちの国とは趣を異にしていた。

耳の形も今までに見たことが―いや、ある。あるどころではなく一番身近にいたではないか。
彼らの耳の形状は兄者―ハクオロのものと同じであるという事を思い出した。

ハクオロは元々、エルルゥたちのいた集落・ヤマユラに迷い込んできた男。その際、それまでの記憶を一切失っており、
氏素性も知れない。一度、その事を巡って大きな―思い出したくも無い忌まわしい戦乱が起きた事があったが、
結局、その正体は解らず仕舞いであった。

火薬―オボロたちのいた世界では禁忌の薬とされ、薬師であるエルルゥとハクオロが一度だけ製造し、
侵攻してきた敵国・シケリペチムの軍の糧秣を焼いて退けたことのある、火神を呼ぶ代物。
少年の首が吹き飛んだ音は、あれの炸裂する音に良く似ていた。が、それらしきものが
しかけられていたようには見えなかった。

殺し合いをしろと告げたあの男―いや、オボロの鋭敏な聴覚は引き戸の奥にいた何者か、
それも複数人の気配と、そのうちの一人が指を鳴らした音をしかと聞き取っていた。何かの術?
オンカミヤムカイの方士ような…。だが、彼らが術を使うに際は呪文の詠唱を必要とする。
指を鳴らすだけで、人一人の首を吹き飛ばすなど聞いたことが無かった。彼らに逆らえば自分たち
もあの少年のようになると言うが―

(くそっ、ますますわけが解らん!こんな時、兄者ならなにかしら閃くのだろうが…)

だが、自分でも重々承知はしているが、オボロは考えるよりも体を動かすのが遥かに得意な気質。
考えれば考えるほど思考は混乱し、オボロはたまらず髪を掻き毟った。ともかくだ、今自分がするべき事は

(俺の身につけた武技は本来、皆を守り、明日を切り開くためのもの。それを殺し合いに使うなど
 できようはずもない!そうだろう、兄者!もしも、兄者がこの場にいれば絶対に皆を止めようとするはずだ。)

そうだ。志は人一倍、されど、今思えば、単なるコソ泥にすぎなかった自分に真の力の振るい場所を
与えてくれた男。その全てを捧げて、伴に道を切り開いていきたいと心に誓った男。不治の病で
明日をも知れぬ妹が生まれて初めて、そして唯一女として愛している男。ゲンジマルとともに、
敵陣の只中に残っているであろう義兄・ハクオロをなんとしても助け出さなければならない。

だが、ここで殺戮に走るようなことがあれば、とてもハクオロに顔向けできない。ならばどうするか。
答えは簡単である。あの自分たちに死合を強いたいけすかぬ物共を、この手で叩き伏せるのみ。

(そういえば行李の中に地図と人別帖が入っているといったな。目を通してみるか。)

まずは、今の状況を把握するのが先決。行李を開けて、まず目に入ったのは細身の湾曲した刀が一振り。
鞘から抜いてみるが、切っ先鋭く、同胞・トウカの使っているものとよく似ている。
とりあえず腰にさすが、普段二刀使いのオボロである。どうも落ち着かない。

(…なんというか、やけに腰が軽いな。あの男、得物は自分で見つけ出せと言っていたが…そうするしかないか…。)

次に青竹を切って作った水筒が何本かと、笹の葉を縛った包み。何気なしに開けて見るが…

(…?なんだこれは?モロロ…じゃないよな?食えるのか、これは。)

中から出てきたのは見慣れぬ白い固形物が5つ。試しに齧ってみるが堅いし、味も
旨いとは思えなかった。噛み砕けないこともないが…とても食べる気にはなれなかった。
なにか特別な調理方法でもあるのか?とりあえず歯型がついた『ソレ』は一旦包みなおし、
今度は、地図と人別帖を付属の筆、墨壷と一緒に取り出す。まず地図を広げ、自分のいる位置を見定める。

どうやらここは島らしい。何やら見たことのない文字が並んでいるが不思議と何が描い
てあるのか理解できる。頭の中に直接入り込んでくるような、味わったことの無い感覚
であった。正確な場所はわかりかねるが、どうやら自分は北西の山中にいるらしい。
次に人別帖、こちらに書いてある文字もなにやら複雑怪異だが、やはりすんなりと
頭に入った。

(しかし…聞いた事の無いような名ばかりだな。やはりここはどこかの異国――)

半ばほどまで読み進め、一つの名前に釘付けになる。

(――!!!トウカ!トウカがここにいるのか!?)

トウカ―信義を第一とし、勇敢なことで知られるエヴェンクルガ族の戦士。居合いの達人。
多少(で済むか?)、うっかり者という点は少々不安だが、喧嘩をするほど気心の知れた仲間。
女ながら剣の腕前はおそらく自分を凌いでいるし、素手での殴りあいも相当のもの。
なにせ、自分がしばらく寝込む程の、重傷を負わされた(彼女の大事にしていた人形を
壊してしまったのだ。ただ、いじった途端に壊れた気がしたが…)事もあり実力は身をもって知っている。
最初のあの場にいた時は、その姿を認めることはできなかったので、
彼女もこの場に呼ばれている事に驚きはしたが、達人を集めたというならば不思議ではない。
それに仲間であること以上に、トウカは真面目を絵に描いた裏表の無い好漢。
彼女ならまず信用して間違いない。なんとか見つけ出して合流したい所。
幸か不幸か、他に自分の知る名前を見出すことはできなかったが、
これで当面の指針は決定した。

(ならば善は急げだ!とりあえず里に降りてみるか。)

荷物を詰めなおしたオボロはその並外れた脚力でもって、夜の風を纏い、
木々の間を縫うように駆け抜けて、坂を下っていく。
ふと見上げると、木々の間から見事な満月が顔を出していた。

(待っていてくれ兄者。かならず、かならず俺は戻る!)

月に対して誓いも新たに、視線を正面に戻そうとて―――――――――――――


―その瞬間、彼の思考は頭上からの衝撃とともに中断、代わりに視界いっぱいに
黒土や苔が広がった。


いくつもの、木々が繁茂し、静寂が包む山の中腹。そこに一本だけ突出して頭を出す杉の古木。
その中ほどの枝の根元に腰を下ろす、一つの影があった。夜鷹か梟か。はたまた、塒を探す猿猴か。
否、そこに宿るは紛れも無い一人の人間。弓のようにしなやかな手足に、白い薄絹のような肌、
金紗のように赤みがかった頭髪と、柔らかい線を有する紅顔の頬。まるで絵物語から抜け出た
牛若丸か、その姿を見れば生きては帰れぬという山姫か。月明かりを浴びて妖しい魅力を放つ
少年の名は犬坂毛野胤智―怜悧な双眸に、宿るのは静かに燃える怒りの炎である。

犬坂毛野。元は、関東の名門の千葉家の分流・武蔵千葉家の家老を務めた、粟飯原胤度(あいはらたねのり)の
妾腹の末子である。三年間、胎動していたという母の腹の中にいる間、父は悪人の奸策にかかって一族皆殺しと
なり、毛野自身もこの世に生を受ける以前から、何度と無くその命を狙われてきた。
母は自分に女名と女の着物を与え、女として自分を育てた。その母が臨終を迎える際、自らの出生の
秘密を知った彼の心に宿ったのは仇に対する果てしない憎悪―それを晴らす為だけに生き、
ついにその縁者を幼子に至るまで、一人残らず血の海に沈めた。

だが、そんな修羅道を歩んでいた自分に手を差し伸べてくれた兄弟たち―
―そう、こんな自分に最初に気遣ってくれた、犬田小文吾を初めとする里見の六犬士
生まれ出でる以前よりの宿縁で結ばれているという、彼らが自分を仲間に誘ってくれたときは、
一匹狼を気取ってきた手前、態度には表せなかったが、心から嬉しかった。
これからは、人の世と仁義のために刃を振るう。悪くないと思った。

その矢先だった。最後の仇、籠山逸東太頼連を討ち果たし、それと引き換えに
多くのものを失ってしまった鈴繁森での戦い―犬士たちと合流して追っ手から逃げ、
しばらくの間、穂北の地で暮らしを伴にし、自分たちの真の母たる伏姫の法要に
加わるべく結城への旅支度をして――


―そして覚醒と同時に自分はあの趣味の悪い芝居を見せ付けられたのだ。
やはり、貴様は修羅として生きろという事か?それとも、以前小文吾が話してくれた、
自分たちを生み出した根本であり、里見家とその縁者を呪い続ける怨霊・玉梓の
呪いなのか。そんな事は、この際どうでもいい。あの白州の男から突きつけられた
この理不尽な要求に毛野はただただ、怒っていた。ならばする事は決まっている。

(奴等の思惑道理にはさせない…。この馬鹿げた茶番をぶち壊して、あの男を地獄に叩き落す。)

だが、あそこに集められた武芸者たち、少年の首を一撃で落とした邪術、そして気がつくと立っていたこの場所。
彼の鋭敏の頭脳をもってしても、疑問符のつく事象ばかりであったが、毛野はせめて、今いる場所がどこなのか
だけでも確認しようと、辺りを見渡しもっとも背丈のあると思しき杉の木によじ登ったのだ。

太い丈夫そうな枝に腰を下ろし、膝の上に行李を下ろしてあけ、地図を取り出した。
今宵は満月という事もあり、元々夜目の利く毛野は方々を見渡す。

(湖か…。となると、俺がいるのは『は』の弐か参のあたりか。)

場所は大方見当がついた。地図をいつでもひらけるよう懐にしまって――
ここで初めて違和感に気がつく。

(…!?珠が…無い!)

生まれてこの方、肌身離さず持ってきた、『智』の文字が浮き出る水晶の珠
―自分たちを生み出したもう一つの存在・伏姫の霊験が宿る宝玉。他の犬士も皆、
同じ物を持っているという―が無くなっていた。腰の大小が無くなっていた事は
最初から解っていたが、懐や袖にに忍ばせている飛刀も一緒に消えていた。

(落とした…?いや、信乃じゃあるまいしそんな間抜けはするはずがない。
 あいつら、いつの間に人の懐を弄ったんだ。気色悪い!)

変わりに行李に入っていたのは、何という事も無い一振りの脇差が一本。
刀身は一尺五、六寸といったところか。間合いの短さは、気にはなるが、
相手の懐に潜り込む事も自分は得意中の得意、扱いに困るというほどではなかった。

(得物をバラバラにして不確定要素を増やす…。そんなところか。
 ここまでふざけているともはや腹を立てるのも馬鹿馬鹿しいな。)

腰の大小は自分で見つけろとあの男は言っていた。飛刀に関しては―いざとなれば
石を投げても、十分相手を殺傷できるくらいの投擲技術を毛野は持っていたし問題はなかった。

しかしやはり珠。自分と犬士たちを繋ぐ絆の証。あれだけは、是が非でも取り戻す。
おそらく、刀同様、この島のどこかに隠されているに違いない。伏姫の霊珠が悪人に
使えるとは思えないが、万に一つ、あの不思議な珠が悪用される可能性も否定はできない。
一刻も早く見つけ出さなければ。

それともう一つ、他の参加者との接触を図る。群れて行動するのは好きではなったし、
いざとなれば一人であの屋敷に斬り込む事も覚悟している。

が、奴らの思惑を打ち破るにはそれなりの頭数が必要になってくるだろう。何よりも情報が少なすぎる。
目下、探し出すべき人物は一人―

(あの十兵衛という隻眼の男、白州の男の息子か何かだと言っていた。今度の事は寝耳に水って
 感じだったけれど、自分の父親の事を何も知らない筈がないと思う…。あの様子だとたぶん
 殺し合いには乗らないだろうし、まず会って話を聞き出さないと。)

それに他にあの連中を知るものがいる可能性も否定はできない。まずは協力者を探す。
やつらの思惑に乗せられた連中は―今までそうしてきたように、修羅となって斬る。
ふたたび、仲間たちの元へと帰り、人の世のため戦うため。

その小柄で華奢な体に、燃える闘志を宿した毛野は、行李を背負いなおすと、するすると
それこそ猿かなにかのように、素早く木を降りていった。

元々、彼は旅芸人一座の中で育ち、軽業の芸を通じて、卓越した身体能力を身につけてい
るのだ。女として育てられ、追われる身であった毛野は武芸の師を持ちえず、その技はほ
ぼ全てが我流であったが、その脅威的な脚力、跳躍力、瞬発力を伴って、達人と言わ
れた者腕の者でさえ、一撃で屠るだけの域に達していた。今まで、毛野の上っていた杉の木も、
並のものでは半ばにも到達できず、よしんば上れてもその高さに肝を潰すだろう。

それを水が戸板をすべるように難なく降り、一丈ほどの高さに達したところから、毛野は表情も変えず
大地へと飛び降りた―が、その瞬間、目下をなにかの影が横切ろうとし――――


「むぎゅッ」

―――押し殺すような奇声が聞こえると同時に、毛野は大地とは明らかに感触を異にする
ものの上に尻餅をついていた。目線を地に移すと――――

(…?狐…?山犬か?)

―獣の耳を持った若者が、踏みつけられた蛙の様になって地面にへばりつき伸びていた。
なにせ、犬や猫が人を化かす世界だ。いまさら、何が人に化けても驚きはしないが…
やはり、思わず尋ねてしまう。

「…お前、なんなんだ?」
「……まず…どけ…ろぉ…」

ああ、それもそうか。若者の肩の辺りにに圧し掛かったまま、毛野は一人手を打った。

【ろノ弐/南麓の森/一日目/深夜】

【オボロ@うたわれるもの】
【状態】:顎、手足に軽い擦り傷。肩、首に痛み。下敷き。人の集まりそうな場所へ向かう。
【装備】:打刀
【所持品】:支給品一式
【思考】
基本:男(宗矩)たちを討って、ハクオロの元に帰る。試合には乗らない
一:上に乗ってる男(?)をどかす。警戒。
二:トウカを探し出す。
三:刀をもう一本入手したい。
※ゲーム版からの参戦。
※クンネカムン戦・クーヤとの対決の直後からの参戦です。
※会場が未知の異国で、ハクオロの過去と関係があるのではと考えています。

【犬坂毛野@八犬伝】
【状態】:健康。決意。
【装備】:脇差
【所持品】:支給品一式
【思考】
基本:主催者の思惑を潰し、仲間の元に戻る。試合に乗った連中は容赦しない。
一:自分が下に敷いている男からどけ、接触を図る。
二:智の珠を取り戻す。
三:主催者に関する情報を集める。柳生十兵衛との接触を優先。
【備考】
※キャラクター設定は碧也ぴんくの漫画版を準拠
※漫画文庫版第七巻・結城での法要の直前から参加です。
※智の珠は会場のどこかにあると考えています。
※オボロを妖怪変化の類だと認識しています。

※支給されている食料は餅が5個です。燧石が付属で支給されています。
※地図、人別帖に書き込みをするため筆と墨壷が全員に支給されています。
※うたわれ世界の住人にも字が読めるよう、なんらかの術がかけられています。





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試合開始 オボロ 怪力乱心を語らず
試合開始 犬坂毛野 怪力乱心を語らず

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最終更新:2009年03月04日 23:10