飛来する鎌をかわした
辻月丹は、鎌に続いて飛んで来た僧兵の錫杖を受け止め、そのまま己の刀で抑え込む。
「辻先生、後ろです!」
かわした筈の鎌が空中で旋回して月丹の背に向かうのを見た
秋山小兵衛が叫ぶが、それは要らぬ気遣いというもの。
とうに鎌の異常な動きに気付いていた月丹は、鎌の再度の攻撃もあっさりとかわし、その機に離脱しようとした法師に一撃を加える。
「ふむ……」
だが、斬られたと見えた僧は何事もなく飛び去り、月丹は己の剣に貼り付いた妙な紙を見詰める。
敵を斬ろうとした瞬間に、別の法師が放った紙が剣に絡まり、刃の切れ味を奪ったのだ。
月丹が力を籠めて剣を振るうと、紙はあっさりと両断され、剥がれ落ちた。
法師の体術にしろ、奇妙な技にしろ、月丹くらいの剣客にとっては特に脅威になるものではない。
それでも月丹が一気に決めようとしないのは、一つには敵が忍者だと悟り、思わぬ隠し技を警戒した事によるもの。
もう一つ、より重要なのは、傍らで闘う剣士の闘い方に気を取られ、戦闘に集中しきれなくなっている事。
その剣士……秋山小兵衛は、法師が振り下ろす薙刀の柄を無駄のない動きでかわすと、その腕を切り落とす。
(やはり無外流……)
そう、小兵衛の身のこなし、技は明らかに月丹自身が編み出した無外流のもの。
無外流は多くの弟子に恵まれており、月丹が把握してない弟子がいる事自体は特に不審はない。
……が、それがこれ程の達人となれば話は別。
小兵衛の技は、月丹の弟子の誰よりも上、それどころか、月丹自身の技より洗練されて見える部分すらある。
これほどの使い手が無外流にいれば、月丹の耳に全く入らないなどという事はあり得ない筈。
月丹が小兵衛を見やると、小兵衛は迷うような表情で目を逸らす。
できれば問い質したいところだが、さすがにそこまで悠長な事をしている余裕はないだろう。
実際、小兵衛が手を休めた隙に、斬られた法師が己の腕を拾って切り口に擬し、別の法師がそこを素早く撫でると、腕が再び繋がる。
法師の面妖な技に、月丹と小兵衛は気を引き締め、慎重に、同じ構えで迎え撃つ。
魂魄妖夢の切り上げを刀で受け止める法師だが、その剣勢を止めきれずに吹き飛ばされ、宙を舞う。
跳躍して空中で追い撃とうとする妖夢だが、別の法師が扇子を投げ矢の雨と変えたのに妨げられ、後転して距離を取る。
直接攻撃による追撃を諦めた妖夢は剣気を放とうと剣を振るが、これはいつもの癖が思わず出てしまった事による失策。
此処……旅籠の物置から通じていた異空間は、外より遥かに妖気に満ちており、放たれた気は敵に届く前に掻き消された。
無駄に剣を大振りする形となって体勢を崩した妖夢を薙刀が襲い、妖夢は咄嗟に半霊を変形させて攻撃を防ぐ。
だが、それで凌げたのはほんの一瞬。
法師の攻撃が激しかったというのではなく、濃厚な妖気の中で半霊を制御するのが前以上に困難になっているのだ。
技量では明らかに格下の法師に反撃をする余裕もなく、辛うじて飛び退って防御の構えを取り、消耗した気力を回復する妖夢。
異空間で待ち受けていた果心居士の繰り出した七人の法師。
実力的には一流の剣客に対抗し得る程の相手ではないが、各々の事情で全力を出し切れずにいる剣士達は意外に手こずっている。
そんな中、盲目の剣豪
富田勢源だけは、この空間の異様な雰囲気も敵の妙な技も意に介さず、果心に肉薄しようとしていた。
左右から繰り出される薙刀と錫杖を簡単にあしらい、果心に向かう勢源。
扇子の法師が主を守ろうと再び針の雨を降らせるが、勢源は何事もないかのように歩き、針をすり抜けて行く。
「やはり……この者達は人に非ず、居士の操る傀儡です」
勢源がそう断じた根拠は、彼等の拍子。
数刻前、勢源は果心居士と遭遇し、交戦している。
視力が利かない代わりに他の感覚と分析力に長けた勢源は、その短い接触で果心の動きの癖、呼吸の拍子を完全に見切っていた。
そして、ここで果心が繰り出した法師達も、果心と全く同じ拍子で動いているのだ。
如何に奇怪な技を使われようとも、相手の拍子を読み切っていればどんな攻撃もまず受ける事はない。
勢源は無人の野を行くが如く法師達の攻撃をかわし、果心に近づいて行く。
やはり式神では止められないと悟った果心は袖から何かを取り出すと、それはたちまち大槍となり、素早く繰り出される。
もっとも、妖術師の槍術など、勢源から見れば児戯以下。
小太刀で簡単に槍を留めるが、次の瞬間、勢源は呻いて数歩下がった。
これが攻撃ならば、武術・忍術・妖術・その他どんな手段であろうと、果心の呼吸を見切った勢源には通じなかっただろう。
だが、この方法だけは別、何故なら、果心が勢源に施したのは、如何なる攻撃でも呪詛でもなく、祝福だったのだから。
果心が勢源を迎撃するのに使ったのは、ただの槍ではない、
過去に渡り聖杯を創造した時についでに拝借して来た、救世主と称された男を刺殺した槍……聖槍である。
神と信じられた者の血を受け、様々な信仰と伝承を集めたこの槍もまた、神性を帯び特殊な力を秘めている点では聖杯と同様。
本来、槍術の心得のある剣客も多く参加しているこの御前試合で、一風変わった武器として島に配置されていた物。
それを、勢源によって傷を負わされた果心が、再会の機会があればそのいわば意趣返しをせんと回収し、持っていたのだ。
今、果心が勢源に対して発動させたのは、聖槍の多様な特性の一つである、治癒力。
伝説によれば、聖槍の本来の持ち主は盲目の兵士であり、神を刺した時にその聖なる力が槍を通して作用し、眼を開かせたとか。
それが史実か否かは重要ではなく、仮に虚構でも多くの人に信じられれば槍に力を付与するには十分。
かくして、聖槍は神の愛の下、盲目の剣士を癒し、眼を開かせた。
確かに、本来であれば不自由な目が回復するのは恩恵なのだが、視力の代わりに他の感覚を極限まで磨いた勢源には少々話が別。
いくら感覚を研ぎ澄ませようとも、得られる情報の絶対量では、勢源は視覚が正常な者には遠く及ばない。
故に、勢源は少ない情報から周囲の状況を把握する為、普段から脳を常人より激しく酷使し、精密に情報を分析している。
そこへ急に視力が回復した為に得られる情報量が飛躍的に上昇し、脳に過負荷がかかったのだ。
無論、少し時間を掛けて慣れれば、勢源も視覚情報のやり過ごし方を覚え、これまで以上の冴えた技を使えるようになるだろう。
しかし、果心の式神達は、勢源に新しい感覚に慣れる余裕はもちろん、眼を瞑る余地すら与えるつもりはなかった。
法師の一人が手にした傘を開き、鏡となっている裏地を勢源に見せ、金縛りとする。
一種の催眠……本来ならば、勢源のような一級の剣客には通じる筈もない術。
しかし、ただでさえ混乱している上に、視覚を通じた技を掛けられた経験がなく、故に対応策も心得ない勢源は術中に嵌ってしまう。
法師の術によって完全に動きを封じられ、瞼を閉じる事も、視線を逸らす事すら出来ずにいる勢源。
その危機を悟った仲間達が救援しようとするが、簡単にはいかない。
二人の法師が薙刀と刀で互いに斬り合うと、流れ出る血が炎となり、火の鳥の如く揺らめいて剣士達に襲い掛かる。
剣客達は炎を切り払うが、法師の身体からはとめどなく血が流れ燃え上がる為、生きた炎も次々と生み出される。
加えて、他の法師達も前に出るのをやめて飛び道具による攻撃に専念し始め、闘いは膠着状態に陥った。
勢源は相変わらず動けないままだが、果心の側もそれに付け込んで攻撃を加えようとはしない。
下手に危険に晒すと、剣士の本能が目覚めて視覚回復への対応を早める結果になりかねないと踏んでいるからだ。
それに、果心の目的は剣士達を討つ事ではなく、もうしばらく生き延び、見るべきものを見届ける事のみ。
ここで剣客達を迎え撃ったのも、忠長と聖杯に対する剣士の戦力が圧倒的になりすぎる事で穏便に制圧されるのを防ぐ為。
そして、どうにか時を稼ぐ内に、待ち望んでいた瞬間がやって来た。
広間で聖杯が敗れ、破損した事でこの空間も破壊され、剣士も果心もその式神達も皆、異空間から投げ出される。
聖杯の力で保たれていた空間が壊れ、其処に居た者は全て元の島に帰されたが、途中、空間の狭間とでも言うべき場を経由した。
そこには時間も空間もなく、あらゆるものが無限に遠くにあると同時に無限に近くにある、常人にとっては実に奇妙な場。
つまり、ここでは本来離れた場所にあったもの、別の瞬間にこの狭間を通ったものも、ある意味ではすぐ傍にある事になるのだ。
無論、時間も空間もない場で通常の感覚が働く筈もなく、大抵の者はこの狭間を認識すらせずに通過して行く。
しかし、狭間を通るもの同士が強い円で結ばれていれば、そして、意識の奥底で互いを強く求め続けていれば……
「――――!!」
妖夢が叫ぶ。
と言っても、空気どころか空間すらないこの場で何を叫ぼうとも声が響く事などないのだが。
如何なる感覚とも違う感覚で己の、半霊とはまた別のもう一つの半身の存在を察知した妖夢は手を伸ばす。
時間も空間もない場では手など存在し得ず、それを伸ばす余地もある筈がないが、それでも妖夢は手を伸ばし、己が半身を掴む。
そして一瞬、いや零瞬の後、島に戻った妖夢の手には二本の剣が握られていた。即ち、楼観剣と白楼剣が。
本来、参加者が持っていた剣は行李に入れられて他の参加者に支給されるか、島内の何処かに配置されている。
しかし、妖夢のこの二本の刀だけは別。
主催者である徳川忠長が自身の剣として着服し、所持していたのだ。
彼なりの美的感覚にこの二本が合致したのか、或いは自分も弾幕を身に付けて遠距離から敵をいたぶろうという姑息な発想か。
どちらにせよ、いくら良い剣を手に入れても殿様剣法の域に収まる程度の技量しかない忠長に使いこなせる筈もなく、
楼観剣と白楼剣を抜いた忠長は何も出来ない内に
坂田銀時に蹴り飛ばされ、剣も放り捨てられる。
忠長の弱さと、その後に戦った聖杯の化身がそれなりに手強かった事もあって、忠長の使った得物もまた、剣士達に注目されなかった。
だが、妖夢だけは、離れた地点で闘いつつも愛剣を忘れる事はなく、遂に取り戻す事に成功したのだ。
そう長く留守にした訳でもないのに、戻って来た島では以前より遥かに妖気が強くなり、また激しく渦巻いている。
半霊である妖夢にとっては酷く力が制限される環境ではあるが、剣を取り戻した今、この程度は問題ではない。
妖夢が己の剣を抜いて軽く振ると、それだけで周囲の妖気が斬り散らされた。
(成功だ!)
周囲の状況を確認して己の成功を確信した果心居士は、思わず笑みが表にこぼれ出る程に狂喜していた。
と言っても、周りで何か特別な現象が起きている訳ではない。
「特に変わった事は起きていない」という事実こそが、御前試合を通した果心の儀式が成功裏に進んでいるという証拠なのである。
異空間の消滅は、それを創り出した聖杯が敗北した事を端的に示す現象。
そして、本来なら聖杯は何者にも敗れる事など有り得ない筈なのだ。
大日、太虚、始源……呼び名は宗派によって様々だが、宇宙を探究する者の多くは、あらゆる世界が一つの源から生まれたと信じる。
そして聖杯は、この源、耶蘇教風に言えば全てを創造せし唯一の神から力を引き出し、願いを叶える宝貝。
故に、被造物は創造主に従属するという耶蘇教の論理に与すれば、何者も聖杯の決定に逆らう事は出来ない筈。
もちろん、現実には人、特に一流の武芸者ならば、論理を踏みにじり、勝ち得ない筈の相手を打倒する事もあるだろう。
だが、無謬である筈の神の力が破られるような論理に矛盾した事象は、世界の法則を狂わせ、周囲に破滅的な影響をもたらす。
具体的に何が起きるかは予想し辛いが、最低でも宇宙の一つや二つは消し飛ぶ程度の規模にはなる筈。
しかし何も起きないという事は、この島の剣客が聖杯に、つまり間接的には全ての根源に打ち克つのは何ら矛盾しないという事。
即ち、御前試合を通して剣客達を根本仏の流出から切り離し、何者にも属さぬ存在へと変える事に、果心は成功したのだ。
この剣客達の孤立こそが果心の蠱毒の根幹であり、それに成功した今、儀式の成功は約束され、既に主催者など不要。
だから、果心は島への移動を機に戦況が動き、自分達が追い込まれるのを見ても何ら動揺する事はなかった。
「下がってて」
仲間に声を掛けた直後、妖夢は弾幕を放ち、法師達が操る炎をあっさりと掻き消して見せる。
そして敵が次の炎を出す間もなく接近すると、変形した半霊と二体で剣を振り、二人の法師を両断、更に連撃を加えて細切れにした。
ここまでされれば繋ぎ合わせる余地もなく、二人は人型を失って切り刻まれた紙吹雪となり、風に散って行く。
「ほう、見事!」
「まあ、私が全力を出せればこのくらいは当然です」
小兵衛の賞賛に少し照れつつも答える妖夢。更に、未だ動けずにいる勢源を救援しようと構えるが……
「いや、あれならば手助けは要るまい」
そう月丹に制止され、勢源を気にしつつ他の敵に向かう。
島へと移動した瞬間、法師の催眠も一瞬だけ解け、勢源は動く事が可能になった。
とはいえ、眼を瞑る事は出来ない。長らくまともに機能できていなかった目が、光を強く欲しているのだ。
結局、勢源にできたのは僅かに立ち位置を変える事だけであり、すぐに法師の術が再開して金縛り状態は継続。
しかし、勢源は決して無為な悪あがきで移動した訳ではない。
周囲の激闘を他所に静かに対峙する内、天の太陽が動き、その光が鏡に反射して勢源の眼に射し込む。
光を希求し目蓋を閉じる事すら拒否していた勢源の眼も、さすがに日光を直接浴びて満足したのか一瞬だけ見るのをやめる。
そして、勢源にはその一瞬で充分。
小太刀で鏡を割ると、跳躍してその向こう側へ回り込み……
富田勢源は本来、視力以外の感覚では他のどの剣客と比べても隔絶した鋭さを持っていた。
だから、如何に気配を忍ばせ、足音を殺そうとも、他の者はともかく、勢源に気付かれず接近するなど不可能であった筈。
しかし、今だけは、視覚の復活による脳への過負荷状態を強制的に長時間持続されていた事が、勢源の他の感覚をも阻害している。
その為に、勢源は傘の向こうに、己の死が待っている事に気付けなかったのだ。
一瞬後、強烈な剣気の爆発を感じた一同が目にしたのは、両断された勢源の姿であった。
【富田勢源@史実 死亡】
【残り三十三名】
【にノ伍 街道脇/一日目/午後】
【秋山小兵衛@剣客商売(小説)】
【状態】健康
【装備】打刀
【所持品】支給品一式
【思考】基本:主催者を倒す。
一:果心居士を倒す
二:主催者を倒したら戻って吉宗の勝負を見届ける
三:辻月丹が本物かどうか知りたい
【備考】※御前試合の参加者が主催者によって甦らされた死者、又は別々の時代から連れてこられた?と考えています。
※御前試合の首謀者が妖術の類を使用できると確信しました。
※
佐々木小次郎(偽)より聖杯戦争の簡単な知識を得ました。
【魂魄妖夢@東方Project】
【状態】健康
【装備】】楼観剣・白楼剣@東方Project、打刀(破損)
【所持品】支給品一式
【思考】基本:首謀者を斬ってこの異変を解決する。
一:この異変を解決する為に秋山小兵衛と行動を共にする。
二:主催者を倒したら戻って吉宗の勝負を見届ける
【備考】※東方妖々夢以降からの参戦です。
※御前試合の首謀者が妖術の類が使用できると確信しました。
※佐々木小次郎(偽)より聖杯戦争の簡単な知識を得ました。
【辻月丹@史実】
【状態】:健康
【装備】:ややぼろい打刀
【所持品】:支給品一式(食料なし)、経典数冊、伊庭寺の日誌
【思考】基本:殺し合いには興味なし
一:主催者の正体を確かめる
二:困窮する者がいれば力を貸す
【備考】※人別帖の内容は過去の人物に関してはあまり信じていません。
それ以外の人物(吉宗を含む)については概ね信用しています(虚偽の可能性も捨てていません)。
※椿三十郎が偽名だと見抜いていますが、全く気にしていません。
人別帖に彼が載っていたかは覚えておらず、特に再確認する気もありません。
※1708年(60歳)からの参戦です。
※伊庭寺の日誌には、伏姫が島を襲撃したという記述があります。著者や真偽については不明です。
【
塚原卜伝@史実】
【状態】左側頭部と喉に強い打撲
【装備】七丁念仏@シグルイ、妙法村正@史実
【所持品】支給品一式(筆なし)
【思考】
1:この兵法勝負で己の強さを示す
2:勝つためにはどんな手も使う
3:妙な気配を探ってみる
【備考】
※人別帖を見ていません。
※参加者が様々な時代から集められたらしいのを知りました。
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最終更新:2015年12月29日 12:29