塚原卜伝と
辻月丹の得物が激しくぶつかり合い、火花を散らす。
足場が十分に安定していない月丹が体勢を崩しかけると
魂魄妖夢が割って入り、弾幕で卜伝を牽制する。
卜伝が弾幕の切れ目を読んで妖夢に仕掛けようとすると、今度は
秋山小兵衛がこれを迎え撃つ。
塚原卜伝と辻月丹等三人の闘いは互角に推移している……傍目にはそう見えた。
しかし、戦っている当事者に見えている現実は別。
これは詰将棋のようなものだ、というのが月丹の正直な感想であった。
詰将棋には詰みまで数百手掛かる型もあり、素人目には終盤まで優劣が測れず、攻め手が一手打ち損なうだけで形成逆転する物も多い。
だが、打っているのが数百手を瞬時に見通し決して打ち損なわない名人であれば、勝敗は既に定まっているのだ。
塚原卜伝は正にそのような名人……いや、それ以上の剣聖であり、このままでは卜伝の勝利は揺るぎようがない。
月丹や小兵衛・妖夢とても卜伝と渡り合うに足る達人である筈なのだが、現実にはこの勝負は既に「詰んで」いる。
そして、その定められた敗北の主因が己にあるという事も、月丹にはわかっていた。
そもそも、不意討ちで機先を制せられたとはいえ、戦力の差を考えれば月丹達がこの闘いの主導権を握る事は十分に可能だった筈。
妖夢の人の枠を超えた技は卜伝にとっても驚異であったし、同流派の月丹と小兵衛にならもっと緊密な連携が可能だった筈だ。
なのにまともな連携が取れず卜伝が戦闘の流れを組み立てるのを止め損なったのは、月丹が他二名の戦い方を把握していなかったから。
つまり、相互の信頼の不足こそがこの戦いの敗着であり、信頼関係を築けなかったのは月丹が吉宗達を疑っていた事に原因がある。
紀伊藩主
徳川吉宗が今回の御前試合の黒幕……この疑念の故に、月丹は吉宗の仲間の小兵衛達に打ち解けようとしなかった。
月丹がようやく小兵衛達への疑惑を解いたのは、つい先刻、塚原卜伝がその名を名乗った時。
卜伝の纏う剣気・技倆・戦術……いずれも伝説の剣聖に相応しいもの。
これ程の剣客が過去の剣士の名を騙ってその威を借りる必要などどう考えても有り得ない。
そしてこの御前試合が遥か過去の剣豪達を集めた物ならば、その開催はとても紀州藩一藩の力の及ぶところではないだろう。
ならば、月丹の吉宗達への疑いは無用の物であり互いが仲間として理解するのを阻害しただけの愚行という事になる。
だとしたら、月丹がなすべき事は……
卜伝と小兵衛がしばし渡り合い、卜伝の意識が下方に集中したのを見計らって小兵衛が跳躍。
だが、それを読んでいた卜伝も同時に跳躍し、上背で勝り脚力でも僅かに上回っている卜伝が上方を取る。
有利な位置から小兵衛を攻撃しようとした卜伝を、後を追って跳躍した妖夢の飛び蹴りが襲う。
卜伝は妖夢の蹴りを片手でしっかりと防御し反撃に出ようとするが、妖夢は霊体を人型に変え牽制させる事でこれを妨害。
妖夢とその半霊が卜伝を挟み込む形で着地した瞬間、それがやって来た。
鳴動する大地、少し遅れて衝撃波と轟音。宝剣エクスカリバーが島を打った影響がこの場所にも届いたのだ。
無論、現に死闘を繰り広げている剣士達にはこの突発的現象の真相を気にする余裕などない。
それよりも、震動と風圧による動きの制限こそが今は重要。
中でも妖夢は、身の軽さが災いしたか、半霊故に宝剣から迸る魔力に中てられたか、僅かに体勢を崩す。
卜伝がそんな隙を見逃す筈もなく、必殺の一撃を繰り出した。
咄嗟に月丹と小兵衛が妖夢の防護に入るが、卜伝が狙ったのは彼女の肉体ではなく霊体。
これが尋常の剣士による一撃ならば剣はただ霊体をすり抜けたかもしれないが、塚原卜伝の剣となれば話は別。
斬られた霊体は即座に掻き消え、同時に妖夢の実体の方もまた、己が斬られたかのように倒れた。
卜伝は神官の血筋であり、武器術のみならず陰陽道や仙道・法力をも武術の一つとして修得している。
さすがに本職の術師程に精緻な術が使える訳ではないが、呪術の最も基本である類感と感染くらいは使いこなせて当然。
妖夢の分身であり彼女と同じ姿を取る半霊を斬る事で、妖夢本人にも打撃を伝えたのだ。
慌てて小兵衛が妖夢を抱き起してみると、未だ息はある。
介抱して意識を取り戻させようとする小兵衛と、小兵衛に仕掛けようとする卜伝、その間に、月丹が立ち塞がった。
「秋山、娘を連れて一旦退け」
言葉の内容と、語調に秘められた覚悟を読み取って躊躇する小兵衛に、月丹は更に言葉を継ぐ。
「師命だ。離れよ」
こう言われてしまうと、小兵衛としては返す言葉がない。
正確には小兵衛は月丹の直弟子ではなく孫弟子なのだが、それだけに却って反駁の仕様がなかった。
黙り込んだ小兵衛に対して月丹は更に言葉を継ぐ。
「これを持って行きなさい。役に立つだろう」
言って、懐から取り出した本を、あからさまに小兵衛の方を振り向いて渡す月丹。
ここまであからさまに隙を見せられると、しかもそれが辻月丹ほどの達人であれば、逆に策を警戒するのが通常の心理だろう。
だが、卜伝はここで躊躇わず、必殺の一撃……一ノ太刀を見舞う。
咄嗟に助けようとする小兵衛を、書物を押し付けつつ月丹は押し退け、結果、卜伝の太刀に存分に斬られる。
「行きなさい」
月丹は……卜伝の一撃によって確かに致命傷を負った筈の辻月丹は、何事もないように卜伝に向き直ると、小兵衛に言う。
「……わかりました」
無外流の達人らしく即座に全てを悟った小兵衛は、妖夢と月丹に託された書を抱えて立ち去った。
「心頭を滅却すれば火もまた涼し」という言葉があるように、高次の精神は時に肉体を凌駕する。
伝承によればとある天竺の高僧は瞑想中に串刺しにされながらもそれに気付く事すらなく瞑想を続けたとか。
そして、既に悟りを開いた月丹の場合、あらためて座禅や瞑想などせずともその精神は常に無の境地にあった。
故に月丹は、この世は全て虚仮・幻との仏の言葉の通りに、致命傷を受けながらもその事実そのものを無視できるのだ。
こうなればさしもの卜伝も無理に仕掛ける事は出来ない。
何しろ、月丹は卜伝の武術全ての精華たる一ノ太刀をその身でもって体験し理解しているのだから。
月丹と睨み合ったまま、妖夢を助けて逃げ去る小兵衛を黙って見送るしかない卜伝。
とはいえ、月丹の側も卜伝を逆に討つ事が出来る訳でもないし、このまま永遠に足止めしておく事も不可能。
一ノ太刀による傷はあまりにも深く、激しい動きをすれば傷が拡がって身体が両断されてしまいそうな程。
卜伝の攻撃を受けての反撃ならともかく、先に仕掛ければ卜伝の防御を破るより先に身体が千切れる公算が高い。
また、「心頭を……」の言葉を遺した僧が遂には焼け死に、串刺しにされた高僧が瞑想から醒めた後は激痛に苦しんだように、
月丹も卜伝との対峙で精神力を削られて行けば、いずれ死した肉体を支える気力を保てなくなり尋常の屍と成り果てるであろう。
結局の所、事態は初めと変わらず詰将棋のまま。
卜伝の勝利という結果は定まっているが、その結末に辿り着くには一定の手順を踏まねばならず、下手に短縮を図れば命取りとなる。
故に、卜伝は小兵衛達を追うのを諦め、月丹が力尽きるまでじっと睨み合いを続けたのであった。
【辻月丹@史実 死亡】
【残り二十六名】
【にノ伍 街道脇/一日目/夕方】
【塚原卜伝@史実】
【状態】左側頭部と喉に強い打撲、顔に軽い火傷
【装備】七丁念仏@シグルイ、妙法村正@史実
【所持品】支給品一式(筆なし)
【思考】
1:この兵法勝負で己の強さを示す
2:勝つためにはどんな手も使う
【備考】※人別帖を見ていません。
※参加者が様々な時代から集められたらしいのを知りました。
卜伝から逃れた小兵衛は失神した妖夢を寝かせて身体を探ってみるが特に外傷は見当たらない。
剣で実際に身体を斬られた訳ではなく、一種の呪いに掛けられたとしても彼女を殺す程の威力は無かったという事か。
安静にしていると初めは苦しそうだった息遣いも規則正しくなって行き、妖夢の容体については小兵衛はひとまず安心する。
とはいえしばらくは覚醒しそうにはないので、小兵衛は内心の葛藤を抑え、月丹に託された書物に目を通す。
読んでみるとそれは仏典……小兵衛の記憶にはない経ではあるが、無論、仏経典数の膨大さを考えれば怪しむに足りない。
その中の折られた跡がある頁の前後を見てみると、多数の仏の名前が列挙してある。
どうも、ある菩薩が悟りを得、それを讃える為に無数の仏が訪れる、という一節のようだ。
大乗に属する教えの逸話としてはそう珍しくもないものだと言って良いだろう。
無外流が仏の教えと密接に関係する流派だとはいえ、どうして月丹がこれを最期に小兵衛に託したのか……
疑問に思いつつ読み進めていた小兵衛の眼は、一つの名に吸い寄せられる。
「北方娑婆世界の釈迦如来」という名に。
【にノ陸 街道脇/一日目/午後】
【秋山小兵衛@剣客商売(小説)】
【状態】健康
【装備】打刀
【所持品】支給品一式、経典
【思考】基本:主催者を倒す。
一:果心居士の意図が何であったのか探る
二:吉宗の勝負を見届ける
【備考】※御前試合の参加者が主催者によって甦らされた死者、又は別々の時代から連れてこられた?と考えています。
※御前試合の首謀者が妖術の類を使用できると確信しました。
※
佐々木小次郎(偽)より聖杯戦争の簡単な知識を得ました。
【魂魄妖夢@東方Project】
【状態】気絶
【装備】】楼観剣・白楼剣@東方Project、打刀(破損)
【所持品】支給品一式
【思考】基本:首謀者を斬ってこの異変を解決する。
一:この異変を解決する為に秋山小兵衛と行動を共にする。
二:卜伝を倒した後、吉宗の勝負を見届ける
【備考】※東方妖々夢以降からの参戦です。
※御前試合の首謀者が妖術の類が使用できると確信しました。
※佐々木小次郎(偽)より聖杯戦争の簡単な知識を得ました。
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最終更新:2015年12月29日 13:14