各所で激しい闘いが続く島の一角。
だが他の者達と異なり、この場に居る二人……
秋山小兵衛と
魂魄妖夢は、静かに向かい合い座禅を組んでいた。
無論、無意味にこのような事をしている訳ではなく、妖夢に無外流の心法の秘奥を伝授する為。
島に来た当初から、小兵衛は御前試合主催者の正体と目的を探る事を続けている。
炎の中に消えた妖人の最期の言葉によれば、その目的は己の成仏を防ぐ事だったという。
加えて、
辻月丹から託された経典にあった、ここが釈迦如来の治める娑婆世界事を示唆する記述。
仮に主催者の目的が業を重ねて成仏を防ぐという程度なら、こんな世界を越えた大がかりな仕掛けは不要な筈。
また、仏僧が唱えるように、仏の慈悲が最終的には悪人や罪人をも救うというのであれば、罪を犯す事は最終的解決にならない。
大乗の教えの如く仏如来の慈悲が深く遍く及ぶのであれば、仏の在り方自体を変えない限り、何者も将来の成仏は不可避。
だが、あの妖人は最後まで己の成功を疑っていなかったようだ。
だとすれば、先程から空を彩る異様な光は、妖人の企ての成功を示す異変の徴候なのだろうか。
流祖月丹に託されたとはいえ、このような事態はさすがに小兵衛の手に余る。
小兵衛は陰陽師でも修験者でもないただの剣客であり、妖怪退治だの神仏との付き合いは全くの専門外なのだから。
だが、小兵衛達が途方に暮れる中、目を覚ました妖夢がぽつりと「何とかできるかもしれない」と言ったのだ。
霊を切って成仏させる刀を持ち、自身も斬る事により悟りを開かんとしていた魂魄妖夢。
それが、逆に
塚原卜伝という最高峰の剣客により霊を斬られる事で、目先が変わって一種の悟りを開けたという。
悟りを開いたと言っても具体的に何を得たのか妖夢自身にも説明できずにいたが、小兵衛の見る所、これは妖夢の思い込みではない。
確かに妖夢の内部で何か巨大な物が目覚めつつあり、彼女が決定的な壁を破り進歩したのは間違いないと感じられるのだ。
今は新たに得た力を自分でも理解できていない様子だが、それを制御する方法さえ会得すれば大きな力になる筈。
無論、それで主催者の目論見を打ち破れる保証などないが、小兵衛は信じてみるつもりでいた。
月丹が自分達を信じ後を任せてくれたように、自身も妖夢を信じ己の手に余る事態の解決を託してみようと。
妖夢が得た悟りがどのようなものか小兵衛には知る由もないが、自身に内在する力である以上、大事なのは己と向き合う事。
その為の心の持ちようを、小兵衛は妖夢に伝授しようというのだ。
だが、殺し合いが続き一日で何十人もの剣客が命を落とす環境の下で奥義の伝授などまともな考えでないのも事実。
現に今、瞑想に沈む二人に向けて、恐ろしい剣客が、しかも二人も向かっていた。
剣を構え、塚原卜伝と対峙する
徳川吉宗。
一対一で闘って勝ち目のある相手ではないとわかっていたが、遙か後ろに仲間達を背負っている以上、退く訳にはいかない。
正直、吉宗には妖夢が悟りを得たというのが真実か確かめようがないし、小兵衛の推測も全面的に受け入れるには荒唐無稽すぎる。
それでも、彼等の志と誠が本物である事はわかっているのだから、それで十分。
仲間達が彼等の信じる道を貫く為に時間が必要ならば、全てを懸けてそれを与えようと、吉宗は決意していた。
互いに剣を正眼に構えて接近し、剣尖が交わる瞬間、吉宗は刀を半回転させ峰を返す。
卜伝を殺さず峰打ちで倒す為の布石……などという訳では決してない。
塚原卜伝は吉宗より剣客として数段上回る境地に居り、それを止めようとすれば吉宗の持てる力と技を全て発揮するのが最低条件。
そして、吉宗は今までの数万に及ぶ真剣勝負の大半で刃ではなく峰を敵に向けて来た。
大半が腕の劣った者ばかりとはいえ、刃を交えた者の数こそ吉宗が卜伝に勝る唯一の要素と言っても過言ではないのだ。
この経験を十全に活かす為、吉宗は敢えて刃を返して卜伝に挑む。
無論、日本刀の構造はこんな使用法を想定して設計されてはいないし、吉宗が学んだ新陰流剣術の体系も同様。
剣聖塚原卜伝に挑むのにあまりに無謀とも言える態度だが、これこそが唯一の活路と信じ、吉宗は卜伝に立ち向かった。
対する卜伝にとっても、吉宗のこの戦法は意表を突かれたろうし、咄嗟に繰り出されると意外に対応しにくくもあったろう。
乱戦の場にいきなり乱入し、多数の敵と戦う事を全く恐れない大胆さに隠れてはいるが、卜伝の剣法自体は非常に精緻。
例えば、剣尖が交わった瞬間に己の刀を四分の一回転させ、敵の刀を押して正中線から外す、といった小技も得意としている。
だが、いきなり剣を引っ繰り返されれば重心もバランスも変わるのだから、普段と同様の仕掛けでは不十分。
加えて、峰打ちで殴るのならば多少の刃筋の乱れは修正できてしまうから、この手の仕掛けは意味が薄くなってしまう。
驚き・戸惑い・警戒……卜伝が一瞬だけ動きを止めた隙に吉宗は大きく踏み込み、接近戦に持ち込んだ。
大上段からの一撃を躱されると吉宗は横薙ぎに繋げ、卜伝が背後に回ろうとするのを素早く逆の手で肘をはたく。
さすがにこの程度で刀を叩き落とす事は出来なかったが、卜伝は今ので吉宗の格闘を警戒したのか、向き直って鍔迫り合いに持ち込む。
無手の柔術の腕だけなら卜伝が上手だろうが、吉宗は新陰流の無刀取りを修得しているし、素手で白刃をあしらった経験も豊富。
素手による真剣への対応という一点では吉宗に分があるのだろう。
卜伝もそれを察知したか、剣がせめぎ合い押し合う中、力を調節して刀を絡ませ、互いの得物の勢いを殺す形に持ち込もうとする。
刀同士のせめぎ合いと徒手の格闘を別局面に分離する事で、純粋な剣術と柔術の技量差が生きる展開にしようというのだ。
無論、吉宗とて黙って卜伝の戦法に付き合う訳にはいかない。
咄嗟に卜伝の刀の峰を手で打ち、力が逸れた一瞬の隙に刀を返し柄で卜伝の胸板を突く。
素手で刀を叩く無謀さは承知の上だが、峰を敵に向けて戦う不利を優位に引っ繰り返すにはこの程度の無茶は必要。
これなら卜伝が同様に刀の後ろを叩けば刃を打つ事になり、峰を打てば刀の勢いと正面からぶつかる事になり痛手は必定。
剣と拳の両者が活きる距離での吉宗の優位を印象付ける事になるのだ。
その吉宗の思惑に完全に乗せられたという訳ではなかろうが、胸を打たれた吉宗はこの勢いを利用し後ろに跳びつつ、剣を振りかぶる。
吉宗とてこの機会を逃す筈もなく、大きく前進して渾身の一撃を叩き付けた。
後に跳躍しつつ攻撃する卜伝と前に突進する吉宗。
吉宗の側が勢いで勝るし、元が柄で相手を打つような超近距離なのだから、吉宗の詰めるべき間合いは卜伝の後退分より短くて済む。
つまり、状況的に己が一段も二段も有利な体勢を吉宗は作り出したのだ。
無論、卜伝もそれを承知で勝負を仕掛けた訳で、剣の勝負ならこの程度の不利は引っ繰り返せるとの自負があるのだろう。
対する吉宗も、状況的に有利であることが勝利に繋がるとは限らない事も自覚していた。
刃を交えた相手の単純な人数ならば吉宗に分があるが、その大半は吉宗よりも遥かに腕の劣る相手。
中にはほぼ同等の腕前の達人や奇手で吉宗を追い詰めた者もあるが、卜伝のような遥かに隔絶した境地に居る達人は皆無。
となれば腕の差を埋め合わせる工夫など簡単につく筈もなく、吉宗はただ、渾身の力を込め最速の一撃を放つ事に全てを賭けた。
交錯の後、卜伝が上段から放った一ノ太刀により両断された吉宗が倒れる。
だが、卜伝もまた、己の脇を抑えて顔を顰めた。
卜伝の剣と同時に、吉宗の刀もまた卜伝を打っていたのだ。
もし峰打ちでなければ……などという仮定はこの場合、意味がない。
身体に染み付いた戦い方だったからこそ、吉宗は気迫の全てを剣に乗せ、技術の差を精神力で埋める事が出来たのだから。
それから、卜伝は吉宗の仲間達の居る方角に背を向け、歩き出す。
峰で打たれた箇所は骨も折れておらず、暫し休めば問題なく動けるようになるだろう。
だが回復したとしても、卜伝からは吉宗の仲間を追う心積もりは失せている。
結果として吉宗は死に卜伝は軽い打撲……それでも、勝負自体は引き分けだと、卜伝自身が認めたのだ。
仲間を信じ正義の心で剣を卜伝に届かせた吉宗。
その強い意志は、塚原卜伝の心にも達し、二人の仲間を見逃す事を受け入れさせたのであった。
【徳川吉宗@暴れん坊将軍 死亡】
【残り十七名】
【にノ伍 河原/一日目/夕方】
【塚原卜伝@史実】
【状態】軽傷
【装備】七丁念仏@シグルイ、妙法村正@史実
【所持品】支給品一式(筆なし)
【思考】
1:この兵法勝負で己の強さを示す
2:勝つためにはどんな手も使う
【備考】※人別帖を見ていません。
※参加者が様々な時代から集められたらしいのを知りました。
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最終更新:2015年12月29日 14:18