命と引き換えに
塚原卜伝を退かせ仲間を守った
徳川吉宗。
だが、仲間達の許には、別方向から、危険さでは卜伝にも劣らぬ人斬りが既に辿り着いていた。
「さて、どうしたもんか……」
呟く
近藤勇の目前には、座禅を組み瞑想を続ける老人・
秋山小兵衛と少女・
魂魄妖夢。
真剣勝負の要を気組みと考える近藤から見れば、殺し合いの行われる島で瞑想し気を練る事自体は奇異ではない。
だが、目前に敵が迫っており、その気配に気づいている筈なのに何の反応も見せず瞑想したまま、となれば話は別だ。
斬られても串刺しにされても瞑想を止めず座禅を解かなかった、などというのが武勇談になるのは僧侶や仙人の場合だけ。
剣客ならば、近藤の接近を察知して何らかの対応を取って然るべき。
あまりの論外な姿に無視して立ち去ろうかとも思った近藤だが、小兵衛の姿をよく見て気を変える。
端然と座る姿、感じられる気の深みから、島に来たばかりの頃に出会った老人を思い出したのだ。
あの時、近藤は老人と剣を交える事なく、剣気のせめぎ合いの段階で剣客としての位の差を悟らされ退いた。
ここでまた何もせず立ち去れば、表面上の差はあれども実質的には同じ。
終生の友さえ斬り剣士として先の段階に進む糧とした以上、前と同じ結果で済ます事など許容できる筈もない。
必殺の決意と共に、近藤は愛刀を抜き放つ。
だが、実際に斬ろうとしてみると、座った相手というのは意外と斬り難い。
特に相手が全く反応しないとなれば、寛容なのは技より気迫……尤も、天然理心流ではそうでなくとも気組みが最重要なのだが。
小兵衛の姿に微かでも動揺を生じれば、必ず技にも乱れが波及して仕留め損なうであろう。
二人が瞑想に集中して何もしないのであれば、一度斬り損ねても死ぬまで幾度でも繰り返せば良いだけの事。
それでも、坐っているだけの者を一太刀で斬れないようでは、例え相手を殺せたとしても勝負としては近藤の負け。
故に近藤は刀を構えると気を整え、真剣勝負の時と同様に精神を集中すると……いきなり身を翻し妖夢に切り付けた。
「ぬっ!?」
だが必殺の一撃は横合いからの刃に止められ強く押し返される。
つい先程まで何の反応も見せず座っていた小兵衛が立ち上がり、近藤の攻撃を防いだのだ。
「面白え……」
笑みを浮かべると近藤は小兵衛に剣尖を向けて構え直す。
そもそも、近藤が小兵衛を斬ろうとして気を変え妖夢を狙ったのにそう大きな理由がある訳ではない。
ただ近藤が小兵衛に殺気を向け心を集中させた時、妖夢の気配に僅かな動揺が感じられた為。
近藤が学んだ天然理心流は江戸時代に創始された流派らしく、戦場のみならず平時の室内における戦闘も強く想定している。
当然、座している時に受ける攻撃への対応策も豊富であり、故に近藤も攻撃した際に受けるかもしれない反撃を考えてしまう。
今は反応を見せずとも、仲間を目の前で斬られれば反撃して来る可能性は決して低くない筈。
その場合、より小柄な小兵衛の方が斬った後の姿勢がより不安定になるし、妖夢は若い分だけ俊敏さで優る確率が高い。
長さの異なる二刀を持つのも、片手で長剣を自在に扱う膂力か、状況次第で武器を持ち替えられるだけの抜刀の速さを持つ証左。
これらの要素を考え先に妖夢を狙う事にしたのだが、結果としてそれが小兵衛の瞑想を崩す事となった。
己が斬られるよりも仲間が危機に陥る事で心が揺れる、というのはこの御前試合終盤まで組んでいる程の仲間ならば無理ないが。
近藤が明確に意図した訳ではないにせよ、その行動が小兵衛の瞑想を中断させ戦闘に引きずり込んだのは事実だ。
この流れを引きずり、戦闘そのものも近藤が主導権を握る形で進む事になる。
小兵衛の鋭い打ち込みを受け止める近藤。
空気を裂く音が耳に痛いほどの強烈な打ち込みを受けながら、近藤は優勢を確信する。
闘ってみてわかったが、小兵衛の本領は身体能力や剣速で押す事ではなく、巧みな戦術と技で相手の隙を突く事。
実際、刀同士が打ち合った瞬間に小兵衛は剣先を巧みに操り、近藤の刀を切断しようと試みていた。
これだけの技量があれば、竹刀で鋼を切断する事すらも、小兵衛にとっては難事ではあるまい。
しかし、今の小兵衛はあまりに素早く強く剣を振るっているせいか、その激しさに技がついて行っていない面がある。
直前まで瞑想で気迫を高めていた事が小兵衛に通常以上の速度と力を与えている原因なのだろうが、それが裏目に出た形。
妖夢を救わんとして感情が高ぶっている為に、溢れる剣気を制御しきれなくなっているのだろう。
速度と剣腕が上乗せされた事で破壊力自体は上がっているともいえるが、並の刀ならともかく近藤の虎徹に対しては無力同然。
近藤は小兵衛の激しい攻撃に真っ向から反撃し、真正面からの打ち合いを受けて立つ。
二人の刀が激しくぶつかり合い火花を散らす。
始めのうちは同等か、小兵衛の太刀が近藤の剛剣を押しているくらいであったが、徐々に近藤の側に均衡が傾いて行く。
それもその筈、座禅によって小兵衛の気迫が如何に充実しようとも、瞑想をやめてしまえばいずれ霧散するもの。
長期戦になって気迫による身体能力の上昇が収まってしまえば、小柄かつ老体の小兵衛が近藤の若い力に抗すべくもない。
しばしの激戦の後、戦況が完全に己の側に傾いたと確信した近藤が柄を握る手に力を込めた瞬間、小兵衛の姿が掻き消える。
驚く間もなく、小兵衛が己の背後に立っている気配を感じ取る近藤。
次の瞬間には死角にいる小兵衛が、近藤へ向けて必殺の一撃を放った。
近藤が認識すらしない瞬時の内にその背後へと回り込んだ小兵衛。
時を止めたか近藤の時間を斬り飛ばしてその間に動いたのか……近藤の主観的にはそうとさえ思える程の小兵衛の動き。
無論、小兵衛にそんな魔法のような術が使える筈もないし、かと言って単純な速さだけで為し得る技でもない。
速度そのものは、素人から見れば雷光をも越える神速であろうとも、近藤程の達人なら軽く見切れる程度のもの。
なのに小兵衛が消えたとすら近藤が錯覚したのは、小兵衛が完全に相手の拍子の裏を取ったからこそ。
闘いの前半、小兵衛は座禅で高めた気迫に引きずられ、近藤に真っ向勝負を挑んでいた。
当然、時と共に気迫は尽き、それにより上乗せされていた身体能力も戻って勝機が訪れる、という近藤の読みは間違ってはいない。
だが気迫が旧に復するという事は、昂ぶった感情も鎮まって制御できるようになるという事でもある。
ただ激情に衝き動かされているように見えて、老練な小兵衛は心の片隅に冷静な己を飼っていた。
そして自身の感情の昂ぶりが収まり制御できる範囲となる瞬間を測り、前兆を見せずに身体の制御を奪ったのだ。
この感情から理性への切り替えがあまりに絶妙だったために、近藤にとって小兵衛の動きの変化は全くの予想外。
小兵衛の想定していない動きを認識し理解するのに一拍の時間を要した為、近藤にとっては時間が飛んだように思えたのだろう。
完全に近藤の死角をとり、勝負を制したかに見えた小兵衛。
だが次の瞬間、小兵衛の身体は近藤の一撃により両断されていた。
敗れたかに見えた近藤の逆転は、特別の奥義の類によるものではない。
前方へ向いた慣性を力でねじ伏せ、振り向きざまに放った渾身の一撃が半瞬だけ早く小兵衛を切り裂いたのだ。
素の身体能力自体では近藤の方が優っているとはいえ、本来ならばあれだけ不利な体勢から先に攻撃を届かせるなど不可能。
その理を曲げ、近藤に勝利を獲らしめたのは彼の桁違いの気組み、そして気組みの源は近藤が直面した死。
小兵衛に完全に裏を掻かれたあの瞬間、さしもの近藤も己の死を確信した。
皮肉にも、死と向き合い覚悟を決めた事が、近藤に常識外れの気組みを与えたという訳だ。
「そういえばこんな感覚だったな。おかげで思い出せたぜ」
嘗て、捕らえられ首を斬られる瞬間にも、近藤は同様な感覚を得ている。
今になって思えば、これまで近藤が強敵との勝負を求め続けたのも、この感覚を再び確かめる為だったのかもしれない。
あの時は気組みが増しても武器もなく、剣を満足に振るえる身体でもなかった為に意味を為さなかったが、その経験が此処で生きる。
近藤は目前の死に竦む事も、己の中に眠っていた莫大な気迫に戸惑う事もなく、即座に全力の一撃を放てた。
剣客としての経験の差を、死という小兵衛にはない経験の力により覆した近藤。
妖夢を護る為の小兵衛の決死の闘いも無に帰したと思われたが……
小兵衛を斃した後、周囲を見回す近藤。
すぐ傍で瞑想していた筈の少女の姿がいつの間にやら消えていたのだ。
人が動く気配は感じなかったし、そもそもあの状況で逃げ去る意味など皆無。
もしも少女が助太刀していたならば、近藤の敗北は覆せぬところであったのだから。
首を傾げるが、周囲に気配もないし気にしていても仕方がない。
そんな事よりも近藤にとって大切なのは、老人との戦いで感じた気組みの高ぶり。
今回は気組みによる身体能力の高まりを利用し強引に勝ちを得た近藤だが、折角の気組みを十全に使いこなせてはいなかった。
勝てたのは、老人の彼我の実力を見切り紙一重で勝つ戦術が、近藤の瞬間的な速度上昇により破綻した為で、いわば偶然。
もしも、あの常識外れに高まった気組みを完全に操れるようになれば、その時こそ近藤の剣は完成したと言えるだろう。
無論、死と直面した時の戦い方など実戦で体得する以外になく、その為には強敵との闘いが必須。
近藤は、次の相手を求めて歩き出した。
【秋山小兵衛@剣客商売 死亡】
【残り十六名】
【にノ肆 草原/一日目/夕方】
【近藤勇@史実】
【状態】軽傷数ヶ所
【装備】虎徹?
【所持品】支給品一式
【思考】基本:この戦いを楽しむ
一:強い奴との戦いを楽しむ (殺すかどうかはその場で決める)
【魂魄妖夢@東方Project】
【状態】???
【装備】】楼観剣・白楼剣@東方Project
【所持品】なし
【思考】基本:この異変を解決する。
【備考】※東方妖々夢以降からの参戦です。
※御前試合の首謀者が妖術の類が使用できると確信しました。
※
佐々木小次郎(偽)より聖杯戦争の簡単な知識を得ました。
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最終更新:2015年12月29日 14:21