【××××@××××× 死亡】
【残り十六名】

宮本武蔵の必殺の剣が過去にまで遡って××××を切り裂き、その存在自体を消し去った。
今の武蔵に敗れた者は命を落とすのみならず、存在自体が歴史から消え去り、その存在抜きで世界が再構成されるのだ。
当然、××××がこれまでに成し遂げた赫々たる功績も消え去り、その出身世界の歴史は根底から覆る。
また、武蔵の一撃によりこの御前試合そのものに与える影響も、単に総参加者が八十名になったというだけではすまない。
××××によって救われた者が命を失い、感化されて道を変えた者の行動も全く異なるものに変化。
既に歴史そのものが変わってしまったのだから測りようもないが、一人の剣客の消滅が他にどれ程の影響を与える事か。
そんな中、当の武蔵自身は何の影響もなく泰然自若。
既に究極の域に達した武蔵に対しては、時間流ですら影響を与える事は出来ないと知っているからだ。
三人の剣客が一つの存在となり究極の技を身に付けて以来、一体幾人の剣客を消し去って来ただろう。
尤も、今の武蔵に斬られた剣客は存在そのものが消え去るのだから、正しく言えば彼に斬られた剣客は零人なのだが。
ただ、なかった事になったとはいえ武蔵が短時間に幾人もの剣客と立ち合ったのは確かであり、そこに問題が潜んでもいた。

問題の本質は、幾人もの剣客との連戦による消耗……ではない。
何しろ、武蔵と闘い敗れた剣客は存在そのものが消え、同時にその剣客との戦いに起因する負傷や疲労も消え去るのだから。
深刻なのは一刻も経たない間に武蔵が幾人もの剣客と遭遇した、その頻度の高さ。
原因は武蔵にもわかっている、三人の剣客が一つになった事で、己の気配が大きく激しくなっているのだ。
元々、武蔵は獣に例えられる程の激しい剣気を持っている剣客。
東郷重位もまた強い気を誇りそれを抑えるよりも発揮する事を示現流の本義とした。
そして、佐々木小次郎と呼ばれた剣士は、人間の肉体を得たとはいえ、死して人ならざる存在となった状態で召喚されている。
その三人が融合したのが今の武蔵である以上、その気配が強く激しく妖しい物になるのは当然の事。
加えて、武蔵が持つ剣の一本は抜くと水気を発するという妖刀であり、剣客ならば尋常でない気配を感じ取れる筈。
これらの要素の複合により武蔵は強い気配を発し、それを察知した剣客を多く招き寄せているのだ。
無論、武蔵がその気になれば己の気配を完全に遮断する事も難しくはないだろう。
しかし、内から発する強い気を無理に抑え続ければどうしても消耗はする。
戦闘による疲労ならば相手を消してしまえばなかった事に出来るが、自身の気による消耗となればそうもいかない。
故に武蔵はここまで敢えて己の気配を隠さずに来たのだが、この戦略に弊害がある事もわかっていた。
一つは、気配を相手に先に悟られる為に先手を取られ易く、時には武蔵自身の気配に紛れて接近した敵の奇襲を受ける危険がある事。
もう一つは、多くの敵を気配によって惹き付ける為に多数の敵と戦わなければならなくなる事だ。
消耗を無視できる武蔵にとって連戦は苦にならないが、同時に多数の敵と戦うとなると話は違って来る。
そして、この危惧される状況に間もなく直面する羽目になりそうだと、武蔵は気付いていた。



己の気配の強さが急所に成り得ると自覚しているが故に、武蔵は周囲の気配を念入りに探るように心掛けている。
故に、先程から武蔵を追って来る妙な気配の存在もとうに把握済み。
その気配は武蔵のものとは別種ながら妖気といえる性質を帯びており、為にかなり早期から察知する事が出来た。
妖気は明らかに武蔵の気配を辿って接近して来ており、程なく遭遇するであろう距離にまで来ている。
加えて、こちらは気配を探ったのではなく、手にした剣が教えてくれた気配が一つ。
先程の決闘で、武蔵と重位は互いの持つ刀を通して結び付き、互いの技を感じ取る事が出来ていた。
三人の剣士の融合と共に二本の剣も一体化していたが、未だにこの剣は武蔵に先程と似た感覚を与え続けている。
恐らく、二本の剣の兄弟刀のようなものが存在し、持ち主が近くに来ているのであろう。
この感覚を覚えたのは先程だが、さして強まりも弱まりもせず継続していた。
何処かで気配を殺し、武蔵の隙を窺っているのとみるべきか。
先刻の戦いで武蔵と重位が互いの技を悟ったように、もう一本の刀の使い手も武蔵の技の要諦を察知している可能性が高い。
その上で策を練り武蔵の裏をかくつもりでいるとしたら油断ならぬ敵。
妖気の主との交戦中の隙を狙われれば武蔵にとっても或いは危険。
それを未然に防ぐ為、武蔵は腰の刀に感覚を集中させ、刀の持ち手の位置を探ると、そちらへ近付いて行った。

刀の気配を辿り歩く武蔵の前に現れ、剣を構えたのは一人の若者。
(だが、違う)
この男が武蔵の探していた剣の持ち主でない事はすぐにわかったが、状況的に無関係とも考えにくい。
最強の剣士である武蔵に対抗する為、有象無象が手を組んだというところか。
ならば目の前の敵に気を取られれば罠に嵌る危険がある。
必然的に、武蔵の戦術は消極的となり、序盤は様子見の色合いが濃い組み立てとなった。
(やはりそうか)
対する若者の戦い方を見て、武蔵は相手が単独ではない事を確信する。
武蔵が様子見をしているのだから、自分から勝負を挑んで来た若武者としては、積極的に攻勢に出て然るべき。
それを出来るだけの技量も体力この敵にはもある事を悟るにはこの短い交戦でも充分。
だが相手は、武蔵と真っ向から打ち合おうとはせずに、躱し、往なし、少しずつ後退して武蔵を何処かに誘導しようとしている様子。
武蔵の一撃を剣で受け止めれば得物ごと消されるのを承知しているのだろう。
やはり、この者は武蔵の剣の同型の剣の持ち主と結託しており、何らかの罠に武蔵を誘引しようとしているのだ。
この展開は武蔵にとっても好都合。
策を後に控えた者は、しかもその策が仲間との連携によるものだとすれば、容易には段取りを崩す決断が出来ないもの。
仮に武蔵に小さな隙を見出したところで、仲間との絆が強ければ強いほど咄嗟の動きが遅れて決戦に移れない。
無論、こんな島で手を組み、武蔵という最強の敵を相手に矢面に立つ決断をする時点で、生半可の結び付きでない事は明らか。
強い団結と練られた策が準備段階では弱みとなる事を見越し、武蔵は大胆な攻めに打って出た。
大振りだが力強い一撃を送り、相手がどうにかやり過ごした隙に、拳・蹴足・肩で痛め付ける。
相手が並の剣客であれば一撃で骨を砕く事も可能な攻撃だが、この敵は拳法の心得があるらしく巧みに衝撃を受け流す。
だが、武蔵とて弟子が柔術の一流派を創始した程の達人。
そもそも武蔵の攻撃の目的は相手を即座に殺す事ではなく、決戦の時に十全に力を発揮できなくさせる事。
直接的な衝撃は受け流しても微細な損傷は身体に蓄積されていく。
今は大した事のない傷と思っているだろうが、相手が真に全力で動こうとした瞬間、各部の軽傷が連動し牙を剥く。
相手が如何なる策を用意していようと既に破綻の芽は育っている……そう確信する故に、武蔵は敵に細かな傷を与えつつ誘引に乗った。

戦いの最中、武蔵の横合いからいきなり伏兵が現れ、襲いかかる気色を見せる。
(浅すぎる……)
だが、この単純な伏兵が敵の策の全てであるかに関しては、武蔵は懐疑的だった。
伏兵の存在は少し前から腰の刀により伝わって来ていたし、何よりその伏兵の得物は武蔵の刀とは似ても似つかぬ大剣。
とても奇襲向きの武器とは言えないし、持ち手の動きを見ても大剣を完全に体の一部としては使いこなせていない。
この程度の策で武蔵が倒せる筈もないという事は敵もわかっている筈だ。
更なる策を警戒しながらも伏兵を迎撃する武蔵。
だが敵は武蔵に向かうのではなく、大剣を投げ付け、その反動により後退して攻撃を回避する。
そして、武蔵が躱した剣の飛ぶ先に更なる伏兵が現れ、大剣を掴んで叩き付けて来た。
剣を投げ渡す策には少々驚いたが、二段階の伏兵程度の手は予測の範囲内。
武蔵は腰の刀……敵の大剣と繋がりのある刀を抜いて迎撃。
大剣による敵の力に、刀で相手の手の内を読み取っての巧妙な巧妙な太刀遣いによって対抗しようというのだ。
そして太刀合わせ……予想外の敵の勢いに一瞬だけ押されるが、すぐに踏み止まり、五分以上に押し合う。
しかし、押し合うという事は動きが止まるとほぼ同義であり、停止した武蔵に対して虎が牙をむいた。
「暹氣虎魂!」
言葉と共に、武蔵を誘い込んだ剣士の太刀先から放たれた、虎型の炎とも人魂ともつかぬ「何か」が武蔵へと迫る。
先刻までの武蔵ならば、この正体不明の攻撃に対し退いて仕切り直すしかなかったかもしれない。
だが、今の武蔵は東郷重位と佐々木小次郎の知識と経験をも持ち合わせる究極の剣客。
嘗て重位が学んだタイ捨流は、陰流れの分派の内でも、愛洲移香斎が明で学んだ拳法の色が得に濃い流派。
重位自身も物理的破壊力を有するまでに高い気の持ち主だっただけに、その虎が氣を具現化させる拳法の奥義とすぐに見抜く。
奥義ならば本来、全身全霊を込めて放たれるべきものだが、あの敵には全霊を剣に込めれば身体に変調が起きるよう仕掛け済み。
それが問題なく技を放てたという事は、これは全力の攻撃ではなく、奇異な技で武蔵を退かせる為の牽制。
ここまで悟ったが故に、武蔵は相手の思惑とは逆に真っ向から虎に立ち向かった。

武蔵は大剣と押し合う刀を手放して自由を確保すると、三本目の刀で抜き打ち、虎をあっさり霧散させる。
そのまま踏み込んで、奥義を破られ自失している男に斬り付け……瞬間、二人の間に割り込む影が一つ。
大剣の男が剣を捨て無手で割り込んで来たのだ。
当然、武蔵は男を存分に斬り下げ……次の瞬間、強烈な蹴りを喰らって吹き飛ぶ。
確かに目前の敵を斬った手応えはあったのだが、相手は消えもせず立ち塞がっている。
想定外の事態に、さしもの武蔵も慎重になり剣を正眼に構えた。
その隙に大剣を拾った男は再び真っ向から斬り付け、武蔵も渾身の必殺剣を放つ。
二本の剣が激しくぶつかり合い、次の瞬間、砕けたのは武蔵の得物。
勢いに圧されて後に跳躍しながら、武蔵の口元には笑みが浮かんでいた。
何の事はない、この男が二度までも武蔵の奥義を破った秘密はただ桁外れの気迫。
武蔵の剣は過去に遡り、生まれる前の男に確かに致命傷を与えていたのだ。
だが、強い精神力があれば、致命傷を受けた者が暫し生き長らえる事は有り得る。
剣聖とよばれる程の達人ならば、組織を損なわず人を斬る事でその者の精神が動揺しない限り幾日も生き延びさせる事も可能だとか。、
そして、武蔵の技と男の常識外れの気迫が合わさり、男は生まれる前に致命傷を負いながら、今まで二十年以上を生き延びたという事。
しかも常に死と隣り合わせ、一瞬でも気を乱せば即死という環境で生まれ育つ事により、男の精神は更に極限まで磨き上げられた。
そうして練り上げた気迫を一気に解き放つ事で、武蔵の腕を紙一重だけ上回り、二度目の奥義も破って見せたのだ。
大したものだが、仕掛けがわかってしまえば武蔵にとってはどうという事もない。
凄まじい気迫で武蔵を一時的に退けるくらいの事はできるかもしれないが、それだけで宮本武蔵を討つのは絶対に不可能。
現に今、男は武蔵の一撃を破る為に力を使い果たし、後退しつつ武蔵が心臓に飛ばした折れた剣の切っ先を避ける事はできなかった。
渾身の一撃で気迫を空にしたところで更に致命傷を追加されれば、さしもの怪物も今度こそ最期だろう。
「行け!ここは俺に任せろ!」
その最期の時間を、男は剣を仲間に投げ渡して武蔵の前に立ちはだかる事に使った。
二人の仲間は数瞬の逡巡の後、逃げ去る……男が渡した大剣と、先に武蔵が手放した刀を持って。
どうも、敵の目的は武蔵の持っていた刀を奪い、あの大剣と合わせて確保する事だったらしい。
兄弟刀を揃える事で何か特別な使用法でもあるのだろうか……
これだけの男が命と引き換えに為したのだ、よほど重要な何かがあると考えるべきだろう。
それが武蔵にとって不利益になるとは言い切れないが、だからと言って大きな不確定要素を見逃すのは愚かな事。
逃げる二人の追跡を決意する武蔵だが、その前に立ちはだかる死にかけの男。
この男ならば、武蔵が通り過ぎようとすれば死の間際でも心臓に突き立つ刃を抜いて手裏剣打ちするくらいの事はしてのける筈。
無視するには危険だが、腰には大剣を持っていない間の予備であろう刀もあり、とどめを刺しに行けば決死の反撃が来るだろう。
既に死なんとする者の死を僅かに早める為に勝負を挑み危険を冒すのは割に合わず理に合わない。
それに武蔵は此処までの戦闘で二本の剣を失っており、狡猾な複数の敵を相手にするのに一刀の身では多少の不安が残る。
武蔵は男の心臓が完全に止まるまでじっくりと待ち、ついでにその刀を回収してから追跡を開始した。

男……赤石剛次が最期に稼いだ時間はそう長くはない。
大剣という重荷もあるし、この段階では未だ打撲程度とはいえ剣桃太郎は負傷しており、仲間の速度はどうしても武蔵には大きく劣る。
故に結局は赤石の時間稼ぎは武蔵が二人に追い付く位置をいくらか遠くに伸ばしただけ、とも言えよう。
だがその位置の変化は、仲間達に、加えて武蔵にとっても、大きな、決定的な違いとなるのであった。

【赤石剛次@魁!男塾 死亡】
【残り十五名】


赤石の死を見届け、逃げる二人を追いかける武蔵。
速度的にはさして苦労なく追い付ける筈だが、武蔵を妨げたのは霧。
奪われた刀が発する水気が霧となり、武蔵の視界を遮る。
しかも流石は妖刀の発する霧というべきか、霧自体に気配、或いは妖気とでも呼ぶべきものがあり、気配で霧中の敵を探すのも困難。
それにしても、刀の発する水気を制御して霧にするのは容易い事ではない筈。
入手したばかりの刀をここまで精妙に扱うとなれば、敵はあの刀の本来の持ち主と見るべきだろう。
となれば武蔵には知る事の出来なかった隠れた仕掛けを機能させる事も可能かもしれない。
やはりあの連中はここで潰しておくのが得策……そしてその為の算段も、武蔵は既に付けつつあった。

霧により姿と気配が隠されているとはいえ、敵の居所を探る事自体は難しくない。
それ自体が気配を持つ霧の発生源、即ち霧の気配の最も濃い所に敵は居るに相違ないのだから。
しかし、そうして居場所が察知されるのは敵側もわかっているのだから、霧を頼りに進めば罠に落ちる公算が高い。
故に、武蔵は自ら敵中に踏み込むのではなく、猟犬を使う事にした。
先刻から武蔵を追っていた妖気、その主が近くまで来ていたのだ。
霧によって視覚と気配が遮られるのは霧の中にいる敵も同様、外に妖気が近付いている事にも気付いていない筈。
そして、気配を頼りに武蔵を追っていた妖気の主が不自然な霧の漂う地帯に遭遇したらどう考えるか。
妖気の充分な接近を待って武蔵は霧の中に足を踏み入れる。
既述のようにこの霧は気配を遮断する性質を持つ。
では霧に遮られた気は何処へ行くのか……答えは単純、霧に吸収され孕まれるのだ。
この性質に目を付けた武蔵は霧の中を歩きつつ気を発散し、霧の中に己の気配を混ぜて行く。
これで妖気の主は霧に武蔵を感じ、その発生源に武蔵が居ると確信して進む筈。
妖気がただ敵を求めて気配を追って来たのならば当然、霧の中心で出会った者と戦闘になる筈。
では妖気の主が武蔵個人を狙って追って来た場合はどうか。
その場合でも結果としては同じ事、必ず闘いになると武蔵は見ている。
それだけの攻撃性を武蔵は己を執拗に追跡して来る妖気から感じ取っていたのだ。
案の定、さして時間も立たない内に霧の中心部で、霧では遮断しきれない激しい殺気が膨れ上がった。

素早く闘争の場に駆け付けた武蔵が見たのは、男に抜き打ちで斬り付ける少女。
男は辛うじて間合いを外すが、少女の剣から衝撃波が飛び、男の胸板を切り裂く。
あの女は、以前に武蔵が城下で交戦した集団の一員。
だが、一撃目を放った直後、少女が瞬時に納刀して第二撃の体勢に入ったのを見て武蔵もさすがに瞠目する。
前に闘った時にはあれ程の早さで衝撃波を連射する事は出来なかった筈。
あれから今までの間に技を其処まで練磨したという事か。
それならば一人で武蔵を討てると考えて追って来た心情もわからないではない。
また、ただでさえ奇異な技の使い手だった少女が短時間であそこまで技を進化させたとなれば、妖気を帯びるのも当然と言えよう。
しかし一撃を受けた男もさる者、気を胸板に集中させて防御し、少女の納刀を見るやそれを素早く攻撃に回し叩き付ける。
虎の形をした炎に弾かれ吹き飛ぶ女。
もしも男の側が万全な状態であれば、双方が痛手を負う展開になっていたかもしれない。
だが男の方には先程の武蔵との戦闘で負った傷があった。
おとなしくしていれば打撲や微細な骨折でしかない傷。
だが全身の気を高め集中し撃ち出す動きにより、精巧な器械の歯車が壊れたが如く、男の身体は均衡を崩し、骨が軋み筋が裂ける。
それでも耐えて不完全ながら気を発したのは大したものだが、無理をした事で身体へのつけはより大きくなる筈。
飛ぶ居合で受けた傷も併せれば、戦闘力はほぼ失われたとみて良いだろう。
少女の方は今の不完全な技では大した打撃を受けてはいないだろうが、手の内は見たし霧の中なら衝撃波の軌跡を見切るのは容易。
武蔵は三人をまとめて片づけるつもりで前に出た。

武蔵の一撃を相手は妖刀で逸らす。
刀身が水気を発し濡れている事により剣を打ち込んでも斬り込まずに滑り易くなっているのだ。
加えて刀の周囲の霧の濃淡を微妙に調節する事で光を屈折させ、間合いを読みにくくもしている。
流石は真の使い手といったところだが、その程度の小細工が武蔵に通じる筈もない。
他の二人が立ち直る前に勝負を付けようと踏み出す武蔵……瞬間、斬り合う二人を激しい殺気が襲う。
武蔵は咄嗟に飛び退いて殺気が来た方向を睨む。
だが殺気が来た方向は上方、無論誰も居る筈はない……普通に考えられる距離の内には。
武蔵の視線のはるか先にあるのは城の天守、目を凝らすとその外側に人影が見えた。
鋭敏な武蔵の視覚をもってしても漸く何者かが居る事がわかる程の距離、殺気で半ば晴れたとはいえ霧に遮られてもいる。
だが、姿と動きを朧げに見るだけで、武蔵はその正体を瞬時に見抜く。
それは武蔵が何としても自身の手で討たなければならない敵。
「何を企んでいるかわからないので念の為に潰しておく」などという理由で襲っている連中など問題にもならない。
武蔵は即座に目前の敵を捨てると、城の方へ向かって駆け出した。

【ほノ肆 城下町/一日目/夜】

【宮本武蔵@史実】
【状態】健康
【装備】同田貫薩摩拵え@史実、新藤五郎国重@神州纐纈城
【所持品】なし
【思考】剣術の極みを示す
一:無二斎を自身の手で討つ
二:出会った者を斃す
三:卜伝、近藤には多少の興味

突然の宮本武蔵転進。
その場に残された犬塚信乃と剣桃太郎にとっては全く意味不明の成り行きだった。
だが、武蔵が去った事で取り敢えず助かったのは確かでも手放しで喜ぶ事は到底できない。
何しろ、武蔵が走り去った先にあるのは城……仲間が居り、二本の村雨を持ち帰るべき彼等の本拠地なのだから。
城に居るのは石川五ェ門と、赤石に同行して来た斉藤一神谷薫の三人。
神谷という女はこの島に呼ばれた武芸者の中では見劣りする腕しか持たないという。
斉藤はその神谷を鍛えると言っていたが、そう簡単に行くものでもない筈。
その斉藤にしても、あれが新選組の斉藤一というのが事実なら腕が立つのは間違いないだろうが、あの斉藤は相当の高齢。
歴史の伝える所が正しければ、明治に入り西南戦争が終って以降は長らく実戦から離れていた筈でどれ程の戦力になるか。
そもそも、武蔵が去る原因になったと思しき強烈な殺気が城から来たのなら、既に城で戦闘が発生していると見るべき。
すぐにも城へ戻りたいところだが、駆け出そうとした信乃に桃太郎が預かっていた大剣を渡す。
「悪いが先に行っててくれ。俺にはやる事がある」
言って向き直る先には、彼等を襲撃して来た少女。
一度は桃太郎の氣を受けて吹き飛んだ少女だが、大したダメージはなかったらしく、霧が薄れると共に姿を現す。
剣を信乃達に向けながら、身ごなしを見ると武蔵を追って城の方へ向かおうとしているようだ。
だが、仮に今あの少女が武蔵を標的としているとしても、黙って行かせる訳にはいかない。
自ら妖気を帯びながら、桃太郎達に遭遇した時には彼等から妖気を感じるなどといい仕掛けて来た。
桃太郎の見解では、女は己が妖気を発しているのを自覚しておらず、妖気が誰かに当り反射したのを他者由来の妖気と誤認している。
とすれば誰に出会っても、その者が妖気を発していると思い込んで襲いかかる危険がある訳だ。
そんな者が仲間達と出会えば、まして衝撃波などで薫が狙われれば護るにも限界があるだろう。
ただでさえ危険に晒されているかもしれない仲間達の許に行かせる訳にはいかないのは信乃とて同感。
そして、遠距離攻撃を使う相手を止めるなら、距離を離さずこの場で仕掛けるのは兵法に適ってもいる。
だが、それでも、桃太郎の傷と、つい先程、同門の兄弟子だという赤石が犠牲となった事が信乃に危惧を抱かせている。
もしや桃太郎も赤石と同様に……
「行ってくれ、頼む!」
逡巡する信乃だが、桃太郎の言葉に圧されて遂に駆け出した。
この御前試合が引き起こした混沌を収める、その為に二本の村雨を揃える必要がある……この信乃の言葉を仲間達は信じてくれた。
拠り所を求めて城にやって来た者達、その中に居た桃太郎の友だという赤石が村雨という銘の入った剣を持っていた事。
その剣から何かしら……島の別所にあるものとの繋がり・絆のような物を感じるという赤石の証言。
そして、赤石の持つ村雨が、信乃の愛刀とは似ても似つかぬ形状でありながら、強い縁と結び付きがあると思えた感覚。
これだけの曖昧な材料から考え付いた方策、信乃自身から見ても漠然としており、成功する保証など皆無。
漠然と言えば、そもそも自分達は今どんな問題が起きているかについてすら、漠然と推測しているに過ぎないのに。
こんな状況で、特に赤石にとって信乃は会ったばかりの他人でありながら、村雨丸へと導き、共に闘ってくれたのだ。
信乃を仲間として信頼する桃太郎への信義の為に、命までも擲ってくれたのだ。
なのにこんな所で迷って機を逃す訳にはいかない。
仲間の信に応える為にも、必ず成し遂げる……その強い決意を胸に、信乃は城へと駆けた。

【ほノ肆 城下町/一日目/夜】

【犬塚信乃@八犬伝】
【状態】健康
【装備】村雨@???、小篠の鞘@八犬伝、折れた打刀、村雨@里見☆八犬伝
【所持品】支給品一式、こんにゃく
【思考】一:村雨を持ち帰る。
二:毛野の死の真偽を探る。
三:桐一文字の太刀、『孝』の珠が存在しているなら探す。
【備考】※義輝と互いの情報を交換しました。義輝が将軍だった事を信じています。
※果心居士、松永久秀、柳生一族について知りました。

「行ってくれたか」
信乃が去り、ほっとした桃太郎は膝から崩れそうになり、慌てて気を引き締める。
桃太郎がこの場に残ったのは、危険な少女を止める為、というのもあるが、実際にはそれ以前。
既に桃太郎の身体では、城まで駆け戻るなどという芸当は不可能なのだ。
少女との戦いで胸に受けた傷はそこまでの深手ではないが、より深刻なのは武蔵との格闘で受けた傷。
桃太郎自身も暹氣虎魂を放とうとして漸く気付いたのだが、武蔵の攻撃は動きと氣の巡りの要所となる位置を適切に痛め付けていた。
集中させた氣が霧散しそうになりつつ、各所で悲鳴を上げる身体を捻じ伏せ、あの時はどうにか奥義を放つ事は出来た。
だが無理の反動で骨と神経の損傷は大きくなり、今の桃太郎には全力疾走すら困難。
それを必死で信乃から隠し、先に行かせたのは仲間への思いやりか、男の意地か。
どうにかばれずに済んだようだが、次の問題は目の前の戦い。
今の桃太郎では、相手が距離を取りつつ衝撃波を連射されれば、一二撃はどうにか凌げてもすぐに切り刻まれるのは確実。
敗れるだけならともかく、このままでは信乃の為の時間稼ぎすら難しいのだ。
その状況を悟られぬ為、桃太郎は毅然と剣を構え、不敵に笑みを浮かべてさえ見せた。
虚勢が通じたのか、相手は遠間から仕掛けるどころか、居合の構えのまま少しずつ距離を詰める。
桃太郎にとっては好都合の展開だが、敵側の視点で見ればこれは当然の選択。
先程の戦いで、少女は桃太郎の奥義を身に受けているのだ。
あの時は防御に氣の大半を使っていた為にダメージは小さかったが、それが本来ならば必殺の技である事は体感した筈。
そして、共に刀から飛び道具を放つ二人の剣士だが、その性質を鑑みれば、遠間では桃太郎が有利というのが真っ当な分析。
刃先から氣を放つ桃太郎に対し、抜刀の軌跡が衝撃波となる女の技は、モーションが大きく即ち見切り易い。
相手を観察してから回避する余裕のある遠距離では、一流の剣客を捉えるのは困難なのだ。
逆に近寄って動きを見極めてから対処しては間に合わない距離になってしまえば、薙ぎの効果範囲の広さが利点となる。
よって、桃太郎の状態の深刻さを知らない相手にとってみれば接近は当然の戦術であり、桃太郎にとっては唯一の勝機であった。

一般に、立ち合いの際の目付けは、眼か手元か太刀先とされている。
尤も、桃太郎相手に手元にばかり注目するのは、既に相手に氣の虎を放つ余力がないと知らない限りでは愚策。
何しろ手元が微動だにしなくても、いきなり炎の虎が襲いかかって来るかもしれないのだから。
氣が放たれる太刀先を監視するのも悪い手ではないが、桃太郎が氣以外で仕掛けて来る可能性を考えれば目を見ておく方が無難。
通常の立ち合いならば、仕掛ける気色を眼に表さず隠す事も有り得るし、視線の動きで攻撃を誤認させる手もある。
だが、桃太郎の暹氣虎魂は全霊の氣を凝縮して放つ為に、仕掛けの瞬間に眼に力が籠もるのを誤魔化すなど不可能だ。
他の手段で攻撃するにしても、傷の真の深刻さまでは悟れずとも、負傷した身で気合いを隠すのが困難なくらいは読み取れよう。
そちらに気を取られながらの半端な攻撃では、通常より広い間合いを開けた状況ではまず対応し損なう心配はない。
にもかかわらず女は桃太郎の眼ではなく、専ら太刀先を見つめ、こちらはセオリー通り相手の眼を見た桃太郎もそれを悟る。
これを見て、桃太郎はこの最後になるかもしれない戦いで己が最低限なすべき事を自ら設定したのだった。

桃太郎は相手に突進して突きを放つ……と見せかけて刀を投げ付ける。
相手の刀ばかり見ていた少女は突きから投擲への動作の変化を見切るのが一瞬だけ遅れ、不意を衝かれた。
無論その程度の奇策で攻撃を喰らう敵ではなく回避されるが、体勢が崩れた隙に桃太郎は頭の鉢巻を解き、相手に放つ。
そして鉢巻が伸びきった瞬間に残された氣を込める事で、布は一瞬だけ鋼と化し、敵を狙う。
この奇襲も髪数本を切るだけで回避されるが、相手を仰け反らせた隙に突進する事で白兵戦の間合いにまで接近。
敵も素早く態勢を整え抜刀するが、桃太郎も渾身の力を込めて腕を伸ばし……
「!?」
肉が裂け、血が飛沫く。
桃太郎が腕を少女の居合からの盾とし、半ばまで斬り込まれながらも止めてみせたのだ。
驚愕に息を呑む少女だが、むしろ驚いたのは桃太郎の方。
今の一撃、刀が衝撃波を纏う前を狙ったとはいえ、相手の技量からすれば、腕を完全に切り落とされる程度は覚悟していた。
しかし、剣が腕を斬る瞬間、少女は刀を振り切る事を一瞬だけ躊躇い、結果が今の状況。
服に付いた返り血を見ても接近戦の経験が無い訳ではなさそうだが、刃で人を直接斬る感触には慣れていないのかもしれない。
どちらにせよ、腕で相手の刀を捉える事が出来たのは桃太郎にとっては幸運。
空いた手で桃太郎は、再び鉢巻を振るう。
と言っても、先程の一撃で、今の桃太郎の氣では鉢巻に致命傷を与えられるだけの威力を持たせるのが不可能と察知されている筈。
故に鉢巻で直接相手を攻撃するのではなく、まず居合の生命線となる鞘やそれを固定する紐を狙って攻撃。
それを察知した敵が鞘を庇う動きに出たのを見て、氣の注入を取りやめ、鉢巻を相手の腕に絡める。
これで敵の武器と、もう一本の腕を封じた事になり、桃太郎が得意とする徒手格闘の技術が生きる展開となるか……
そう思われた瞬間、突如として闘いは終焉を迎えた。

「てめえ……」
桃太郎は、剣で己の心臓を貫いた少女を睨む。
彼女が桃太郎に捉えられた刀を手放すと、如何なる奇術か、いきなり掌の中に剣が現れ、それで桃太郎の急所を刺したのだ。
だが桃太郎が今、気にしているのは別の所。
睨み付けた女の瞳には、微かながら動揺の色が見て取れた。
確かこの女は桃太郎達を襲撃する時に妖気がどうこうとか言っていた筈。
本人としては一種の妖怪退治、正義の行いのつもりで、「人」を斬る事には躊躇いがあるのかもしれない。
実際、戦闘中、少女は桃太郎と目を合そうとしなかったし、桃太郎の腕を斬る時には躊躇を見せ、今は……
だから、桃太郎は、剣を交えた者としてこれだけは言っておかなければならなかったのだ。
「てめえ、それだけの腕があるなら、自分くらいしっかり見据えてみろ!」
叫びと共に桃太郎は渾身の頭突きを見舞い、そのまま倒れ伏す。
己の最期の言葉が相手にどんな影響を与えるか、命を捨てて守った仲間の計画の成否も知れないままに。
だが、彼が仲間と共に歩いた道がどんな終着点に続いていようと、彼が道の真ん中を最後まで堂々と進んだ事に違いはないのだ。

【剣桃太郎@魁!男塾 死亡】
【残り十四名】

【ほノ肆 城下町/一日目/夜】

外薗綸花@Gift-ギフト-】
【状態】額に打撲、朦朧
【装備】日本刀(銘柄不明、切先が欠けている) @史実、打刀の鞘、白桜@ハヤテのごとく!
【所持品】支給品一式(食糧一食分消費)
【思考】基本:剣客として正道を歩く
一:宮本武蔵を倒す。
【備考】※登場時期は綸花ルートでナラカを倒した後。
※人物帖を確認し、基本的に本物と認識しました。

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最終更新:2015年12月29日 14:30