ここは城の天守閣。
斉藤一は、即席の木刀を手に、真剣を構えた
神谷薫と向き合っていた。
「どうした、そんな有様じゃ
宮本武蔵と出会っても菜っ葉のように斬られるだけだぞ!」
薫を叱咤しながら斉藤は心中で苦笑していた。
背後からは刺すような、むしろ殺気とすら呼びたい程の強い視線を感じる。
視線の主は石川五ェ門……高名な大泥棒の子孫を名乗る剣士だ。
(若いな……)
五ェ門の真っ直ぐな気迫を感じて斉藤は思う。
と言っても、五ェ門の正確な年齢は不明、おそらくそれなりの歳なのではないかと斉藤は推測しているが。
しかし、実年齢はともかく、心は相当に若いようだ。
この点は先程まで同行していた
赤石剛次や、その後輩だという桃太郎とかいう男とは真逆。
年寄の性か、今の斉藤は五ェ門のような若々しい心を持つ者は嫌いではない。
だが、好感を持ったとしても、五ェ門の薫をどう扱うつもりかという無言の問い掛けに答えてやる事は不可能。
何しろ、斉藤自身もどうしたものか考えあぐねているのだから。
五ェ門達に聞いた所では、芹沢はここでも好き勝手に暴れ、周りに迷惑をかけ、最期は女と共に死んで行ったという。
沖田はこの異常な状況でも無邪気に戦いを楽しみ、近藤を求めて何処かへ去って行ったそうだ。
伊東もまた生前と同様に己の正義の為に駆け回り、薫の言う通りならばその成果が上がる前に宮本武蔵に斬られた事になる。
皆、生前をなぞったようにこの島で生きている事になるが、それも道理というもの。
彼等は何かに強いられた訳ではなく、己の志の導くままに生き、そして死んで行ったのだから。
もしも、斉藤も幕末の頃から島に連れて来られたならば、その頃のようにただ一人の剣客として闘い、死んでいただろう。
当然、薫のような腕もなく、己の為すべき事も確立できていないような小娘の事など見向きもしなかった筈。
彼女の為に何かをするとしても、精々が代わりに武蔵を討つか、無二斎のような人斬りを排除して安全を確保する程度。
しかし、幕末を生き延びそれから数十年を経た今の斉藤は、薫の為に他に何かしてやる気になっていた。
薫の為に何かをするとしても、そもそも薫の望みは何だろうか。
緋村とかいう男を救うのが一番の望みなのだろうが、状況から見て緋村はもう生きてはいまい。
その場合、仇の宮本武蔵を己の手で討つのが望みとなるのか、或いは……
答えは不明瞭……斉藤に薫の心の内が理解できないと言うより、薫自身の心が定まっていないように見える。
ならば、せめて彼女の心を定める、その為に薫の剣を確立させるくらいが、斉藤が出来る事であろう。
無論、それとて簡単な事ではない。
稽古を付けてみてわかったのだが、薫には才能自体はある。
但し、あるのは人斬りとしての才能だが。
斉藤が己の技と経験を惜しまず注ぎ込めば、武蔵のような強敵相手にも一矢報いる可能性を零でなくす事ができるかもしれない。
だが、神谷活心流が活人剣だというのならば、単に敵を殺す技を身に付けさせるだけでは無意味。
では活人剣とは何か、と問われても斉藤にはわからないし、薫にもはっきりとは掴めていないのではないだろうか。
ただ、一人の悪人を斬って万人を守るとか、弱い者を護る為の剣、というのでは不十分と斉藤は考えている。
何しろ、此処には薫以上に弱い者はいないし、万人どころか全人口で数十人以下、中の半数近くが人斬りの類だろう。
無辜の民のいないこの島で、活人剣とはどうあるべきか、斉藤自身にも手探りなのだ。
手探りしながら薫にまずは技を教え込もうとしている最中に、襲撃は起きた。
薫と対峙しつつ殺気でその精神力を削り、疲弊させる事で潜在力を引き出そうと試みる斉藤。
既に薫は意識も朦朧とし己が真剣を持っている事さえ忘れているようだ。
限界近くまで消耗した薫が繰り出す必死の一撃を受けようとした瞬間、背後から強烈な殺気を感じる。
五ェ門の発していた温い抗議の視線とは全く質が違う気配、迫り来る速度から見て手裏剣か何か、飛び道具の類であろうか。
前方の薫に集中し、後方は五ェ門の憤懣の気配に紛れ、殺気に気付くのが遅れた。
背後の守りを担当する五ェ門も、斉藤の薫に対する扱いに気を揉むあまり警戒が緩くなったのだろう。
斉藤の陰に居る薫には未だ気付いた様子はなく、避ければ薫に当たると見て、斉藤は迷わず振り向き、手裏剣を叩き落とす。
当然、襲撃に気付いていない薫は全力で斉藤に斬り付け、この体勢では斉藤にも防ぐ術はない。
殺気を感知した時点でこの展開を予想していた斉藤は、剣の一撃に逆らわず跳躍する事で威力を減殺しようと試みるが……
(これは駄目か)
吹き飛びながら、そう悟った。
剣撃の音に覚醒する斉藤。
どうやら、意識を失っていたのはほんの数瞬らしい。
薫をみると、呆然として自分が斉藤を斬った事さえ認識できていない様子。
本来ならば気力を使い果たして気絶するべき所だが、そうしないのは間近にある闘争の気配を感じているからこそ。
斉藤を目覚めさせ、薫の意識を繋ぎ止めているのは、五ェ門と襲撃者の激しい闘争。
刺客の攻撃を軽快に躱し、壁や天井を地面のように走って背後を取る五ェ門。
さすがは天下の大泥棒、百地三太夫から奥義書を盗んだともいう忍者の後継らしく身軽な動きだが……
「ぐ……!」
五ェ門と戦っているのが
新免無二斎だと気付いた斉藤は警告しようとするが、傷のせいで咄嗟に声が出ない。
案の定、跳躍して無二斎の背後に回り込んだ五ェ門だが、無二斎が罠を仕掛けておいたのだろう、足元の床が抜けて体勢を崩す。
仲間の危機を見て何とか力を振り絞り立とうとする斉藤だが、予感した通り傷はかなり重いようだ。
攻撃が届く瞬間に薫も無二斎の殺気を感じ、それが剣の鋭さを更に増したというところか。
(これだけの才があるなら素直に人の斬り方を教えてやればいいものを)
心中で薫の師である父親に毒づく斉藤だが、同じ幕末を生き抜いた者として多少は気持ちがわからないでもない。
窓枠にすがってどうにか立ち上がる斉藤の眼に、眼下の異様な光景が飛び込んで来る。
城下町の一角にだけ、不自然な霧に覆われているのだ。
思い出されるのは、先刻この城で出会った、
犬塚信乃を名乗り、村雨を探すと言っていた男。
里見八犬伝における犬塚信乃の村雨には、霧を起こす能力があった筈だ。
そして赤石によれば村雨を持つのは宮本武蔵の可能性が高いという。
とすると、あの霧を起こしているのは宮本武蔵か、武蔵から村雨を奪った信乃達と考えてまず間違いあるまい。
後者の場合でも刀を奪ったものの武蔵を振りきれず戦闘になった可能性を考えれば、霧の中に武蔵がいる確率はかなりのもの。
だとすれば……
斉藤がどうにか立ち上がり振り向くと、無二斎と薫が対峙し、無二斎の背後で五ェ門が機を伺う状況になっている。
薫はもう、立ち合う相手が斉藤から無二斎に変わった事すら気付いているかどうか……
失神しないのは大したものだが、このままではそう長くは保つまい。
五ェ門は薫の危険を考えて迂闊に斬り込めずにいるようだが、ああも女に甘いようでは薫が力尽きた時に必ず動揺し隙が出来るだろう。
己が事態を打開するしかないと踏んだ斉藤は、少しずつ回り込みながら薫に声を掛ける。
「何をしている?その男は新免無二斎。緋村とかいう男の仇、宮本武蔵の父親だ。
つまり武蔵の二天一流はこいつの当理流を発展させ完成させたもの。武蔵を討つ為の練習台としてはうってつけなんだぜ?」
五ェ門が睨んで来るのを感じるが、この場合は仕方がないのだ。
実際、「緋村」や「武蔵」という単語で刺激する事で、消えかけていた薫の剣気が多少は持ち直した。
そして、斉藤の今の言葉は薫だけではなく、半分以上は無二斎に向けられていた。
二天一流は当理流を発展させ完成させた流派……そんな言葉をわざわざ聞かせたのは、実際はそうでないとの確信があるからこそ。
あの怪僧……
柳生十兵衛によれば天海僧正だという老人によれば、この御前試合は大がかりな仕掛け、妖術儀式の一環だという。
そしてこの仕掛けは、参加者の一人が自害するだけでご破算になる様な、精緻で脆いものだとか。
ならば、参加者は適当に集められた訳ではなく、一人一人の人選に意義がある筈。
無二斎と武蔵の両者が参加している以上、武蔵の剣は単に無二斎の技の発展形ではなく、少なからぬ方向性の相違があると見るべき。
親子で同じ武芸者の道を歩みながら大きく方向性を違えたのならば、そこには根深い相克があっただろう。
斉藤の策はその一点に立脚していた。
薫の気力が多少は回復したのをみた斉藤は、薫に剣気を送り込む。
意識がはっきりしないだけに薫は剣客の本能に従って目の前の相手に斬り込み、無二斎がこれを凌ぐ。
無二斎にその気があれば薫の命はないだけに危険な賭けだったが、薫は無二斎にとっても五ェ門に対する有効な盾。
斉藤の見込んだ通り無二斎は防御に徹し、一通り攻めて息の切れた薫が下がった時には表情が変わっていた。
無二斎を動揺させたのは薫の技が明らかに無二斎の時代とは性質が異なる事であろう。
明治になってから創始されただけあって、神谷活心流は徳川時代の剣術の進歩がふんだんに取り入れられた剣術。
どんな剣客にも一代で編み出すのは困難な手筋が、薫の技には幾つも混じっていた。
無二斎は数百年の技術の隔絶を感じ、薫が全く別の時代の人間である事を悟った筈。
これが一流の剣客なら、人知れず編み出され受け継がれた秘剣を伝授された剣士、と推測するかもしれない。
だが、薫の未熟さがそうした想定の強い反証となり、遥か未来から妖術によって連れて来られたという真相に無二斎を導く筈。
もし主催者が数百年先の者を呼ぶ手段を持っているなら、ほんの数十年の時を隔てた親子を同時に呼ぶなど造作もなかろう。
そこまで無二斎に考えさせる事が出来れば伏線としては充分。
斉藤は、残された体力と気力を振り絞り、最後の一撃を放った。
斉藤は助走をつけると思いきり跳び上がり、天井すれすれの高さにまで達する。
そのまま天井に木刀を突き立て、それを蹴って上から無二斎に渾身の一撃を放つ。
一撃を放つと言っても、得物を方向転換の為に使ってしまい、素手で無二斎に挑むなど自殺行為以外の何物でもない。
でなくとも、重傷を受けた身体で全霊を籠めた一撃を放っては、それだけで死に至る危険もある。
尤も、この傷では仮に安静にしていたとしても長くは生きられないと斉藤は踏んでいたが。
死を目前にして、斉藤の脳裏に嘗ての死に瀕した友との会話を思い出す。
沖田総司……剣才に恵まれながら、武器ではなく病によって死んだ、新選組の同志。
最後に見舞いに行った時、沖田はいきなり、近くに居た猫を斬ってみせた。
いや、正確には凄まじい殺気を放つ事により、斬ったと、傍に居る斉藤にさえ幻視させたのだ。
あの時の沖田には既に剣を抜くどころか、起き上がる力すら残されていないと、十分に認識していた筈なのに。
沖田は寝たきりになり通常の稽古が出来なくなっても、沖田なりに研鑽を積み、その成果をあの機会に披露したのだろう。
確かに感嘆もしたが、斉藤があの場で感じたのはむしろ空しさ。
どんな凄まじい奥義を開眼しようとも、沖田にはもうそれを活かす機会は与えられていなかったのだから。
だからこそ斉藤に見せて伝えたかったのかもしれないが、自分にはあれ程の気組みは決して出せないと、当時は思っていた。
しかし、死を目前にした今、自身の剣気があの時の沖田に匹敵する水準まで高まろうとしているのを感じている。
死を目前とし覚悟を決める事で気迫を高める、というのが、新選組の、そこで知らぬ間に身に付けた天然理心流の奥義という事か。
そして、幸運な事に、今の斉藤には沖田と違って、死の間際に得た秘技を活かす事のできる環境が与えられていた。
斉藤が持てる全ての気迫と共に拳を突き出すと、剣気は一本の刀となって確かに無二斎を貫く。
二人の身体が衝突し、吹き飛ばされた無二斎は窓の格子を破り、屋根の上で回転して起き上がる。
斉藤の方も弾かれ、こちらは着地する余力もなく床に激突。
交錯の瞬間、無二斎の剣が斉藤の急所を貫いていたのだ。
だが息絶えるより前に、辺りに強烈な殺気が満ち、斉藤は己の策が当たった事を確認。
殺気の質は無二斎のものと良く似ているが、より野生的で荒々しい。
恐らくはこの殺気の主こそが宮本武蔵。
死を間近にした事で増幅された気合を、斉藤は無二斎を貫き、城下の霧に覆われた一角まで届かせた。
人斬りの性として、武蔵も浴びた剣気に己の殺気を乗せて反射して来たのだろう。
当然、近くに居た無二斎も武蔵の存在に気付いた筈。
無二斎の気配が急速に遠ざかるのを感じつつ、斉藤は視界から敵が消えた事で緊張が切れて倒れる薫と、駆け寄って来る五ェ門を見る。
五ェ門が上手く言いくるめれば、薫に自分が斉藤を斬った事を隠せる見込みもあるが、そこまで期待するのは酷か。
薄れ行く意識の中、それが薫に届くという確証もなく斉藤は末期の言葉を言い残す。
「ただの不殺は活人とは言えん。死を遠ざけるのではなく、死と向き合ってこそ人は活きる……」
既に耳も聞こえない斉藤には、己がこの言葉をまともに発音できたかすら定かではない。
だが、それでもやるだけの事はやったという満足感を抱いて、斉藤は長い剣客としての人生を終えるのだった。
【斉藤一@史実 死亡】
【残り十三名】
【ほノ参 天守閣/一日目/夜】
【神谷薫@るろうに剣心】
【状態】気絶
【装備】太刀銘則重(鞘なし)@史実
【道具】なし
【思考】基本:死合を止める。主催者に対する怒り。
一:剣心の所に戻る。
二:人は殺さない。
【備考】※京都編終了後、人誅編以前からの参戦です。
※人別帖は確認しました。
【石川五ェ門@ルパン三世】
【状態】腹部に軽傷
【装備】斬鉄剣、打刀(刃こぼれ)
【所持品】支給品一式
【思考】基本:主催者の企てを打ち砕く。
一:信乃を手伝う。
二:薫を守る。
【ほノ参 城外/一日目/夜】
【新免無二斎@史実】
【状態】健康
【装備】十手@史実、壺切御剣の鞘@史実、打刀(名匠によるものだが詳細不明、鞘なし)
【所持品】支給品一式
【思考】:兵法勝負に勝つ
一:城を乗っ取る
二:宮本武蔵を探す
三:己の剣を見つめ直す
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最終更新:2015年12月29日 14:37