凸凹コンビ結成◆cNVX6DYRQU



「む……」
人別帳を読んでいた吉宗は思わず呻き声を上げた。
人別帳に「徳田新之助」の名がなく、代わりに「徳川吉宗」の名があったからだ。
つまり、この御前試合の主催者は彼を征夷大将軍徳川吉宗と知った上でこの場に連れて来たという事だ。

「尾張藩か?」
天下広しと雖も、将軍にここまで真っ向から挑んでくる相手は御三家筆頭の尾張藩しか思い付かない。
それだけで決め付ける事はできぬが、そう考えれば御前試合を宣言した男の二階笠の説明もつくのだ。
この状況で二階笠と言えば誰もが大和柳生藩を想起するであろうが、
柳生藩主柳生備前守俊方は断じてあのような非道な行いをする男ではない。
しかし、あの男と俊方、容貌に関しては瓜二つとは言わないまでも何処か似たところがあった。
後日あの場に居た剣士達を俊方に面通しさせれば似ていると証言する者も居るであろう。
おそらく、それが敵の狙いなのだ。
集められた剣士達がこの場を脱出し、柳生備前守に殺し合いを強制されたと訴えればどうなるか。
それで俊方が追い込まれて切腹でもすれば江戸柳生を憎む尾張柳生の思う壺という訳だ。

無論、尾張藩の狙いは江戸柳生だけではあるまい。
将軍家剣術指南である俊方らしき男が御前試合を開くと言えば、誰もが主催者は将軍だと考えよう。
そして、実際に吉宗を拉致して試合に参加させ、他の参加者と戦わせる。
「将軍吉宗が武芸に興ずる余り、江戸柳生を使って剣客を集め、自らそれと斬り合った」
というのが真の主催者……おそらくは尾張藩が考えた筋書きであろう。
それで吉宗が死ねばそれで良し、生き残っても非道の将軍と噂されて吉宗の権威は地に堕ちる。
なかなかに厄介な陰謀だと言えよう。

「まずはこの仁七村へ行ってみるか」
地図が正しければどうやらこの村には舟があるようだ。
それを使って集められた剣客達が逃げ、将軍に殺し合いを強要されたと言い触らすと厄介だ。
その前に舟を押さえ、逃げる者達にこの御前試合には裏がある筈だと伝えねば。
無論、黒幕が尾張藩だと云うのは推測に過ぎぬし、事実だとしても決して公には出来ぬ事だが。

「仁七村ですか。ではそれがしもご一緒してよろしいですかな」
吉宗が背後からの声に振り向くと、そこには小柄な老人が立っていた。
「貴殿は?」
「それがしは秋山小兵衛と申す者。若い頃は少々剣術を嗜んでおりましたが、老境に入ってからは剣を捨て、
 悠々自適の生活をしておりました。それが急にかような所に連れて来られて殺し合えなどと言われ、
 困り果てていたところでござる。どうか、貴公と同行させて頂きたい」
「わかりました。仁七村に行けば舟でここから出られるかもしれない。一緒に行きましょう」
「ありがとうございます。……ところで、ご尊名を伺ってもよろしいですかな?」
「……余は徳川吉宗」
吉宗は一瞬迷ったが、ここで身分を隠すと余計な疑いを生むと思い直し、真実を告げる。
それを聞いた小兵衛は慌てた様子で膝を付いて言う。
「はっ、これはこれは、大変なご無礼を……」
「堅苦しいことはやめてくれ。それよりも今は力を合わせてこの状況を何とかする事が肝要だ」
そう言うと、吉宗は小兵衛を立たせ、共に仁七村を目指して歩き始める。

「それにしても、何ゆえ上様がこのような所に」
「わからぬ。おそらく忍びで市中に出た折に浚われたのだと思うが、覚えておらぬのだ」
「それは災難でしたな。ところで、先程の白洲にいた男、あの二階笠の紋、もしや大和柳生藩主柳生俊則様では……」
「俊則?柳生藩主は備前守俊方の筈だが」
「おお、左様でしたか。どうも年を取ってから物忘れがひどくなりましてな。申し訳ござらぬ」
「いや。それより、あの男は備前守とは別人だ。何者かが柳生を貶めようとあのような事をしたのだろう」
「その何者かにお心当たりは?」
「……ない。とにかく、まずは脱出と外との連絡の為の舟を確保したい。黒幕の詮索はその後だ」
「わかり申した。それがしも一臂の力を貸し申そう」

こうして、吉宗と小兵衛は同志となった……少なくとも、表向きは。

(ふむ……どうやらわしの反応を不審に思ってはいないようじゃな)
前を歩く若者の背を見ながら、小兵衛は心の中で呟く。
小兵衛の「反応」とは、言うまでもなくこの若者が徳川吉宗を名乗った時にあっさり信じた事である。
徳川吉宗公と言えばもう三十年も前に死んだ筈の方であり、このような所に居る筈もない。

(もっとも、居る筈もないのはこの御仁だけではないが)
例えば、先程の白洲で言い争っていた、親子らしき二人。
二階笠の紋を付けた男を父と呼び、十兵衛と呼ばれていた隻眼の若者は人別帳にある柳生十兵衛三厳、
その十兵衛に父と呼ばれていた初老の男は柳生但馬守宗矩という事になる。
どちらも小兵衛より優に百才以上は年長の剣客であり、今も生きているなど有り得ぬ事だ。
更に、人別帳には塚原卜伝のような戦国時代の剣豪から小兵衛の師の師である辻月丹まで、
既に死んだはずの者の名が多数記されていた。

無論、死者が甦るなどという事が在る筈もなく、全てはまやかしだと考えるべきなのだろう。
白洲の親子?やこの若者は主催者の手下で過去の剣客を演じて参加者に死者が甦ったと思い込ませる。
そうする事で主催者が超常の力の持ち主だと思わせて剣客達の反抗心を削ごうとしているのだと。
しかし、小兵衛はその合理的な推測に素直に頷けない自分を感じていた。

第一に、あの親子やこの若者はそのようなつまらぬまやかしに加担する男ではないと小兵衛の勘が告げている。

第二に、この御前試合に集められた剣客にあまりに強豪が多すぎる。
小兵衛の見た所、あの白洲にいた剣客達は剣術の廃れた天明の世には天下に十人と居るまい達人ばかり。
それほどの達人を数十人集めるなど、それこそ過去の達人を甦らせでもしなければ不可能だ。

そして最後は、あの時……村山という若者が殺された時に座敷の奥から感じた気配。
人とも獣とも異質なあの気配、天魔や妖怪といった超常の存在だと言われても否定できぬ禍々しさがあった。

もしこの試合の黒幕が死者を甦らせるような超常の存在であったら、一介の剣客に過ぎぬ己に何が出来るのか。
小兵衛の眉間にはいつしか深い憂慮の皺が刻まれていた。

それぞれの推測と思惑を胸に、大男と小男は北へと向かう。

【ほノ陸 街道/一日目/深夜】

【徳川吉宗@暴れん坊将軍(テレビドラマ)】
【状態】健康
【装備】打刀
【所持品】支給品一式
【思考】
基本:主催者の陰謀を暴く。
一:仁七村に行って舟を押さえる。
二:小兵衛を守る。
【備考】
※この御前試合が尾張藩と尾張柳生の陰謀だと疑っています。

【秋山小兵衛@剣客商売(小説)】
【状態】健康
【装備】打刀
【所持品】支給品一式
【思考】
基本:情報を集める。
一:吉宗を観察して本物か騙りか見極める。
【備考】
※御前試合の参加者が主催者によって甦らされた死者かもしれないと思っています。
※一方で、過去の剣客を名乗る者たちが主催者の手下である可能性も考えています。


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試合開始 徳川吉宗 暗雲
試合開始 秋山小兵衛 暗雲

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最終更新:2009年04月16日 19:30