天才剣士二様 ◆ZgqbzSI7.I



森の中で2人の剣士がにらみ合っていた。
どちらも容貌の整った美青年あるいは美少年で、ともに傍らに行李を置き、手には片方は打刀、もう片方は木刀を持っている。
打刀を持ったのは佐々木小次郎、木刀を持つのは沖田総司である。
にらみ合っていたのは数瞬か数刻か、小次郎がニタリと笑う。
「いいね、君。この佐々木小次郎がきれいに切り刻んであげよう」
いきなり物騒なことを言い出す小次郎に、沖田は無邪気に返す。
「へえ、あなたがあの佐々木小次郎さんですか。ここにはやっぱり宮本武蔵さんと再戦するためにいらしたんですか?」
「宮本武蔵?誰だい?それは」
「あれ?ご存じないんですか?宮本武蔵さんを」
「知らないよ。打ち倒した有象無象の名前なんていちいち覚えてられないからね」
そう言いつつ小次郎は刀を鞘から抜き放ち、鞘を投げ捨てる。
それを見た沖田は少し考えるそぶりを見せた後で呟く。
「小次郎敗れたり。」
「何!?」
「勝つ身であれば何ゆえ鞘を捨てるか。汝は鞘とともにおのれの天命をも投げ捨てたのだ」
そう言う沖田の口調は大根役者が芝居の台詞をそらんじるかのような棒読み口調であったが、それが小次郎を小馬鹿にしてる
ようにも聞こえ、小次郎を激昂させるに十分な効果を表した。
「よくも言ってくれたね。許さないよ。一瞬で殺してあげよう」
使い慣れない刀に慣れる目的も兼ねて沖田をしばらく殺さずにもてあそんでやろうかとも思っていた小次郎だったが、
そんな考え はキッパリと捨てて必殺の燕返しの構えを取る。
沖田もそれ以上は言葉を重ねようとせず、木刀を構えて突進する。
その速度はまさに超人的と言うべきものであったが、空飛ぶ燕さえ切り落とす小次郎の剣の前では無意味。
小次郎は燕返しを繰 り…出せなかった。
小次郎の間合いに入る直前、沖田が地面に這いつくばるような形で伏せ、そのまま間合いの内に飛び込んできたのだ。
燕返しは空を舞う燕を切るために編み出した技。地を這う相手には当たらない。
小次郎の剣が空を切った直後、沖田は地を這う姿勢から跳ね上がるような動きで突きを繰り出してくる。
だが、そんな無理な体勢からの突きで小次郎を捉えることができるはずもない。
小次郎は余裕を持ってその突きをかわし…た瞬間に更に突きが来た。
最初の突きの残像が消える間もなくもうひとつの突きが来たことに驚きながら、小次郎は刀でその突きをどうにか受ける。
それで体勢が崩れたところに更にひと突き…沖田の木刀が小次郎ののどを捉えた。
「ゲホッ!ぐっ、こ、この」
沖田の三度目の突きは、かわしきれぬと悟った小次郎がとっさに後ろに飛んだために当たりは浅かったが、それでも小次郎の喉
に痛手を与えていた。
「あれ、浅かったですか。今のはわりと自信あったんですけど」
そういう沖田の無邪気な様子が肉体の傷以上に小次郎の矜持を傷つける。
今までこれほど小次郎を愚弄した者はいなかった。
剣豪鐘捲自斎の門に入門してから数ヵ月後には兄弟弟子の誰も小次郎の相手にはならなくなり、師の鐘捲自斎もかつて己をたや
すく打ち倒した弟子伊藤一刀斎に優るとも劣らぬ才だと慨嘆した。
師のもとを辞した後も幾人もの高名な剣豪と試合をしたが、誰もが小次郎に得物をかすらせることすらできずに斃れた。
その自分が、使い慣れない定寸の刀を使っているとはいえこうも翻弄されるなど、誇り高い小次郎には決して認めることができ なかった。
「今度こそ、細切れにしてやるよ!」
小次郎は再び燕返しの構えを取る。
沖田は先程の片手突きを放ってのびきった姿勢からまだ戻りきっておらず、前のように地に伏せてかわすのは間に合わないはず だ。
「必殺、燕―――――」
しかし、小次郎が燕返しを放つ前に沖田の木刀を持っていない左手が動き、そこから白い物が飛ぶ。
それはあらかじめ行李の中から取り出しておいた人別帖。
折りたたまれたそれは、沖田の手を離れるとまるで意志を持つかのように広がり、頭に血が上っているところへの奇手で反応が
遅れた小次郎の顔に貼りつく。
「し、しまった」
いかに小次郎が天才でも視界が塞がれては存分に剣を振ることはできない。
それでも勘に任せて必死の一撃を放つが、その一刀に肉を切り裂く手ごたえはなく、無防備な小次郎に沖田の木刀の一撃が…

来なかった。
顔に張り付いた人別帖を引き剥がすと、どこにも沖田の姿はなかった。傍においてあったはずの沖田の行李も消えている。
「くっ、よくも小次郎を虚仮にして…」
お前など倒すにも値しないとでも言うつもりか。
「この屈辱、忘れはせぬぞ」
燃え盛る怒りと憎悪を胸に小次郎は歩き始める。立ちふさがるすべての剣客を打ち倒し、おのが最強を証明するために。


【はノ弐 森の中 一日目 深夜】

【佐々木小次郎】
【状態】軽傷(のどに打撲)
【装備】打刀
【所持品】支給品一式
【思考】
基本:参加者をすべて倒して最強を示す
一:あの男(沖田総司)は優先的に殺す

※沖田の名前を知りません
※宮本武蔵のことを覚えていないようです


「あ~あ、せっかく盛り上がってきたとこだったのに」
愚痴りながら沖田は胸のさらしを巻き直していた。
人別帖を使って小次郎の視界を奪ったまでは良かったが、その後の小次郎の決死の一撃にかすられてさらしが解けてしまい、
やむなく退いたのだ。
「まあ、命拾いしたってことなんだろうけどさ」
さきほどの一撃、定寸の刀にかすられたということは、
小次郎の手にあったのが本来の長刀であったら間違いなく致命傷を受け ていたということだ。
命拾いといえば最初の燕返しもそうだ。
あの鋭い一撃、相手が燕返しを得意とする佐々木小次郎だと知っていたからこそかろうじて避けられたが、
そうでなければあっ さりと両断されていてもおかしくなかった。
自分も突きを小次郎に当てることはできたが、それは小次郎が自分を三段突きの沖田総司だと知らなかったからこそ。
「総合すると腕はあの人のほうが上かな」
沖田はあっさりと認める。
周囲には天才剣士ともてはやされてきたが、沖田は自分の腕がまだ天下無双の域には達してないことを知っている。
そしてまた、真剣勝負の勝敗は技量では決まらないことも新撰組の一員としての日々の経験で思い知った。
それゆえ他者が自分より上手だと認めることにこだわりはない。
もちろん、腕の立つ剣士と戦うことに興味がないというわけでは全くないが。
「あの人、多分本物だよね。すると人別帖にのってたほかの人たちも…。人別帖を投げちゃったのは失敗だったかな」
最初に人別帖に佐々木小次郎の名を見たときは、もちろんそれが本物だとは思いもしなかった。
伝説の天才剣士佐々木小次郎にあこがれる誰かがその名前を名乗っているのだろう、程度に考えていた。
だが、実際に佐々木小次郎と名乗る男と話してみるとどうもそうではなさそうだ。
彼は宮本武蔵を知らないといっていた。
名前をもらうほど佐々木小次郎を敬慕している人間が宮本武蔵の名前さえ知らないなどとは考えられない。
かといってたまたま佐々木小次郎と同姓同名の人間が、
たまたま本物の佐々木小次郎と同じ燕返しを身に付けたなんて都合の良 すぎる偶然も考えられない。
となると、やはりあの佐々木小次郎は本物の佐々木小次郎だと考えるしかないだろう。
宮本武蔵を知らなかったのは、主催者の故意か蘇生の副作用で記憶の一部が消えたのだと考えられる。
「僕だって死んだ記憶はないのにここにいるし」
そう、人別帳にある多くの有名剣豪が復活した死者だとすれば自分だけが例外だとは考えられない。
ここにいる剣士は、自分も含め全員が何らかの手段で復活させられた剣豪なのだろう。
人別帖には見覚えのない名前もあったが、それは自分が無学で知らないだけか、あるいは自分より未来の剣豪かもしれない。
伝説で知るだけの過去の剣豪、同時代に生きながらついに真剣勝負の機会がなかった剣士たち、
そして自分より未来の、未知の剣を使うものたち。
そうした者たちと戦えると考えると胸が躍る。しかし…
「やっぱりまずは芹沢さんかな」
沖田は一剣士である前に新撰組の隊士だ。
そして、新撰組の歴史上局長を名乗ったものは何人もいるが筆頭局長の役に就いたのは芹沢鴨ただ一人。
人別帖によればその芹沢がこの試合に呼ばれているはずであり、となればまずは芹沢を探して指示を仰ぐのが筋というものだ。
そんなことをいいながら沖田はその芹沢を襲って暗殺した一人だったりするのだが、沖田にとってそれはもう過ぎたことだ。
もしかしたら芹沢はあのことをまだ怒っていていきなり斬りかかられるかもしれないが、それはそれで悪くない。
「しらふの芹沢さんとは一度本気でやりあってみたいと思ってたんだ。また会えるなんて夢みたいだな」
どこまでも気楽に、沖田は歩き始める。

【にノ弐 森のはずれ 一日目 深夜】

【沖田総司】
【状態】健康
【装備】木刀
【所持品】支給品一式(人別帖なし)
【思考】
基本:過去や現在や未来の剣豪たちとの戦いを楽しむ
一:芹沢を探して指示を受ける

※自分を含めた参加者が何らかの手段で復活させられた死者だと考えています
※人別帖をなくしましたが特に有名な剣豪や知り合いの名前は覚えていると思われます
※参戦時期は芹沢暗殺後から死ぬ前のどこかです


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試合開始 佐々木小次郎 二重影
試合開始 沖田総司 すれ違う思惑

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最終更新:2009年03月07日 17:26