諸仏の動揺を鎮めるための儀式を完遂した犬塚信乃
形而上の世界へ没入していた精神を引き戻し妄想を解いた時、その眼前には一人の男が立っていた。
「済んだか?俺は新選組近藤勇。勝負してもらえるな?」
言葉の上では問い掛けだが、隙なく剣を構えた姿を見れば問答無用のつもりなのは明らか。
加えて、近藤の傍には血に塗れて倒れた神谷薫の骸。
石川五ェ門の姿は見えないが、彼は仲間を見捨てて逃げ去るような男ではない。
別の敵が現れ迎撃している可能性もあるが、薫を守ろうとして近藤に斬られたか下に落とされたと考えるのが妥当。
ならば信乃にとって近藤は許すべからざる仇敵となるが、信乃は近藤から別の物を感じていた。
重厚な近藤の気迫……感嘆に値するが、間違いなく薫を斬った後に得たもの。
何故なら、薫と闘った時の近藤が既にこれだけの気迫を持っていたならば、如何に瞑想中でも信乃に無視できた筈がないのだから。
つまり、薫と立ち合う事で近藤は何かを掴み、今のような荘厳な境地に達したのだろう。
だとしたら薫は自身が斬られた上に敵を強化してしまった事になるが……
しかし、信乃には今の近藤の姿が薫にとって不本意な結果だとは思えない。
活人剣……特に一種の哲学としての活人剣は理解の外だが、それでも確かに今の近藤は「活きて」いる。
確たる根拠はないが、薫が自らの意志で近藤を活かしたのだと、信乃には感じられた。
近藤が信乃の瞑想の邪魔をせず今まで待っていたのも、動揺の認識をしているからではないだろうか。
故に、信乃は敵討ちとして近藤を斃すのではなく、一箇の武人として、仲間の生きた成果である近藤に挑んだ。

闘い始めてほどなく、近藤は信乃の攻撃をいなしつつ誘い込み、窓から城の中へと入り込む。
足場が不安定な屋根で闘い続ければ己が有利だと知りつつ、信乃は敢えて誘いに乗り、室内戦に移行する。
近藤との闘いでは、足を踏み外すといった不確定要素ではなく、あくまで自分達の剣技で決着を付ける事を望んだのだ。
だが二人のそんな想いを嘲笑うかのように、城の下方からこの上ない不確定要素が近付いて来ていたのであった。
鋭い殺気、剣技の音、裂帛の気合い……城の下方に合ったそれらが混然一体となって駆け上がり、たちまち姿を現す。
現れたのは……
「おや、近藤さん。やってますね」
「総司か!」
このやり取りで近藤と現れた二人の剣士の内一人が知り合いである事を信乃も悟る。
総司と呼ばれた事からして、名簿にあった沖田総司……新選組の一員か。
また、現れたもう一人の剣客については、信乃にも誰かすぐ判明した。
隻眼の剣客……柳生十兵衛

近藤と沖田の遣り取りを聞き、己が不利な立場になった事を十兵衛は即座に自覚する。
先程来、城の辺りから感じられた凄まじい気迫……あの時点で、沖田は城に知り合いがいる事を悟っていたのだろう。
二人が闘い始めてから、沖田が十兵衛を城へ誘い込もうとしていた事は、十兵衛も気付いていた。
それでも敢えて乗らざるを得なかったのは、沖田の特質の故。
城下で出会い勝負を挑んで来た当初、沖田の剣には明らかに新陰流、それも尾張柳生の手筋が色濃く表れていたのだ。
沖田の身体のつくりを見る限り、新陰流を遣う為に練り込まれた形跡は皆無。
つまり、沖田が尾張柳生の剣を学んだのはごく短期間、下手をするとこの島に来てから対戦相手の技を盗んだのかもしれない。
なのに沖田の剣は十兵衛さえ確とは知らなかった尾張柳生の秘奥にまで達しており、そこから察せられる沖田の才は慄然とするに足る。
そして十兵衛の推測を裏付けるかのように、沖田は十兵衛が使った技までも凄まじい速度で吸収してみせた。
柳生の技をここまで盗み取った剣士を放置するなど論外だが、技を盗み己で使ってみれば、欠点や返し技も見えて来るもの。
新陰流を相当の領域まで身に付けた沖田を短期で討とうとすれば、江戸柳生門外不出の奥義でもなければまず不可能。
それですら引き気味に戦う沖田を仕留めるのは難しいし、躱されればその奥義すら盗まれる可能性がある。
故に思い切った攻勢に出られないまま沖田に引きずられて此処まで来てしまったが今の状況という訳だ。

近藤と沖田が知り合いと言っても連携する様子はなく、二組の一騎討ちが同じ場所で展開しているというだけ。
だがそれでも、少なくとも沖田にとっては間違いなく有利な情勢。
新陰流八重垣……周囲の地形、気象、更には死体まで、あらゆる環境を利用して戦うのが新陰流の戦い方だ。
そして、すぐ近くに生きた人間、それも戦闘中の一級の剣客が居るとなれば、他の全てを打ち消す程の決定的な要素となる。
近藤が意図して沖田が有利になるよう動かずとも、その技を知っていれば十兵衛よりも一瞬早く動きを予測する事は可能。
これだけで、沖田にとっては相当に有利な状況が出来ていた。
一方の近藤にとっても、沖田の存在が有利に働くのは同じ事。
沖田の技自体は十兵衛との闘いの間だけでも変化しつつあるように変幻自在だが、性格や好む戦い方を知っているだけでも大きい筈。
だが、どうも近藤にとってはこのような形の優位は望む所ではなかったようだ。
沖田や十兵衛を間に入れない至近距離での激しい撃ち合いを挑み、信乃も真っ向からそれに応える。
つまり近藤と信乃の対決は短期決戦に向かう情勢となった訳で、これは十兵衛にとって有利。
近藤達の戦闘が沖田を利している以上、沖田としても彼等の闘いが決着する前にこちらの勝負も決めようとして来る筈。
今までは誘引や十兵衛の技を学ぶ事を重視して引き気味に闘っていた沖田が急戦に乗って来る見込みが立ったのだ。
十兵衛はとっておきの秘技により、沖田を葬る事にした。

十兵衛の動きを見る沖田の眼が楽しげに輝く。
目前に居る十兵衛の姿がぶれ、まるで二人に分裂したかのように見え始めたのだ。
無論、十兵衛が分裂した訳ではない。
元々人には両眼があり、二つの眼の位置が異なる以上、それぞれの見る像は異なっている。
それをそのまま重ねれば近くの人間の像が二重になるのだが、人の脳はこれを補正し、逆に視差から距離を割り出す機能を持つ。
両眼から隻眼になった事でそれを実感した十兵衛は、この補正機能を逆用し、相手に己の位置を御認識させる技を練り上げた。
傍で人が動き回る状況はこの技を使うのに好都合。
己が沖田の両眼で見えている時、見えていない時、右目だけに見られている時、左目だけから見えている時……
状況次第で動きと位置取りを調節する事で、沖田の立体視機能を狂わせようというのだ。
特に今の十兵衛は父の教えにより心を分割する術を身に付けている。
沖田の眼には、十兵衛が二重どころか全く別個に二人いるようにさえ見え始めていた。
隻眼の経験により身に付けた技だけに、沖田に如何に才があろうとも盗むのは至難。
仮に盗めたとしても、人に両眼がある事を利用した技では十兵衛にはほぼ無意味だが。
十兵衛が取って置きの奥義で勝負を挑んで来たと察した沖田は、自身も己に扱える最高の技で返礼する事とした。

移動しつつ闘う沖田と十兵衛が鍔競り合いする近藤と信乃を挟み込む体勢になった瞬間、沖田が渾身の突きを放つ。
この瞬間、十兵衛の身体は間に居る二人によって沖田からは死角に入っており、見えないのでは十兵衛の疑似分身は無効。
同時に十兵衛からも沖田の姿は隠れており、死角から繰り出される神速の突きを躱すのは如何な剣豪にも容易ではない。
だが、沖田の姿が死角になっているのは十兵衛にとってのみであり、他の二人は沖田の動きを見る事が出来る。
そして、近藤達の身体が沖田と十兵衛の視線を遮るという事は、沖田から直線的に十兵衛を狙う突きの線上に二人はいるという事。
沖田の突きが自分達の首を貫く軌道で放たれたのを見た二人は、咄嗟に身を反らして突きを回避。
十兵衛も近藤達の動きを見ていち早く危険を察知し、どうにか突きの回避に成功。
だが次の瞬間、再び鍔競り合いを始めた信乃に近藤が押し負けているのを見て、沖田の攻撃が終っていないのを悟る。
これまでの二人の闘いを横目で見て、単純な力比べでは近藤が優っているらしい事は読み取っていた。
なのに近藤が押し負ける形になったのは、突きを躱す為に身を反らした状態からの復帰で信乃に後れを取ったから。
しかし、沖田の位置は近藤と信乃の真横ではなく信乃側寄り……つまり、信乃からみて斜め後ろにあたるのだ。
これなら沖田が突きを引き戻した際には先に近藤の首の脇を通り過ぎるし、沖田の様子を前方に観察できる点でも近藤が有利。
この条件で近藤が遅れたとすれば、考えられるのは……
(多段突きか!)
元々沖田が得意としていた為か、動きを観察して察知したのか、沖田の突きは一度では終わらず次が来ると近藤は読んだのだ。
それを読めなかった信乃が先走って押し合いを再開した結果が現状とすれば、それを維持すれば間もなく沖田の剣が信乃を貫く筈。
近藤にとってもそんな決着は不本意であり、信乃に向かって渾身の頭突きを放つ。
これで信乃の頭部を突き放し、反動で自分の頭も後ろに逸らせて共に沖田の二段目の突きを避けるのが近藤の目論見。
近藤の動きを見て遅ればせながら信乃も状況と相手の目論見を悟ったのだろう、避けも防ぎもせず頭突きを受ける。
衝突した二人の頭が離れた直後に、初撃に劣らぬ突きが来ると十兵衛も覚悟して待ち受け……
その瞬間、沖田の剣が三人の首を串刺しにした。

本来、沖田の三段突きは全く同じ速度と軌道の突きを連続で放つ技。
今回もそうであったならば、十兵衛達は問題なく回避できたであろう。
なのに沖田の技をよく知る筈の近藤までも沖田の突きを受けたのは、二段目の突きの速度と鋭さが一撃目より遥かに増していた為。
無論、沖田が突きの初段を手加減して放った訳ではない。
一撃目の突きを放ちながら改善点を学び、二段目の突きに反映させて大幅に練磨の度合いを上げたのだ。
前後の突きの軌道が全く同じだから効果的に改良出来た訳だが、その前提となるのは常識外れの学習能力。
以前から天才剣士と讃えられていた沖田だが、ここまでの素質を身に付けたのは島に来てから。
桂ヒナギク、近藤勇、土方歳三、柳生兵庫助、柳生十兵衛……
幾人もの一流の剣客達の使う奥義を目の当たりにし、沖田はそれを何としても身に付けたい、身に付けねばならぬと心底から思った。
強い渇望と使命感が沖田の中の天稟を覚醒させ、才子から真の天才へと成長させたのだ。
己に似た者から全く価値観の異なる者まで、多数の一流の剣客の生き様を、ごく短期間に連続で目の当たりにした事。
島での経験は、才能に任せて剣技を学んで来た今までの修練とは質の異なる、沖田の内に眠る才そのものを磨く修行になっていた。
今の沖田の才は、ただ技を学ぶ為のものではなく、瞬時に大きく成長する事で敵の読みを狂わせる、それ自体が一つの技とさえ言える。
剣と斬り合いを愛する沖田総司は、古今無双と言える程の才を得た事で、剣士の一つの理想形として生まれ変わったと言えよう。

突きが十兵衛に決まったのを感じた沖田は即座に剣を横薙ぎに転じ、十兵衛の命をあっさりと断つ。
無論、同時に剣に貫かれていた近藤と信乃もまた……
「よくやった!」「見事……」
散り際に自らを討った沖田を称える言葉を遺して息絶える剣客達。
実際、彼等のような超一級の剣客を同時に三人も討つなど、空前絶後の偉業と呼んでも過言ではあるまい。
しかし、沖田は達成感に満たされたというよりはむしろ寂しげな表情で剣を納め、次の闘いを求めて歩き出すのだった。

【柳生十兵衛@史実 死亡】
【近藤勇@史実 死亡】
【犬塚信乃@里見八犬伝 死亡】
【残り六名】

【ほノ参 城内/一日目/夜中】

【沖田総司@史実】
【状態】打撲数ヶ所
【装備】無限刃
【所持品】支給品一式(人別帖なし)
【思考】基本:過去や現在や未来の剣豪たちとの戦いを楽しむ

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最終更新:2015年12月29日 15:03