剣を失いし剣士達◆cNVX6DYRQU
いきなり見知らぬ場所に連れ去られ、互いに殺し合えと言われ、目の前で人の首を吹き飛ばして見せられ……
同様の仕打ちを受けながら、この御前試合の参加者達の反応は決して一様ではなかった。
己の剣技が天下無双である事を示さんと奮い立つ者、天下の名人達人と立ち合う事をただ楽しまんとする者、
全てを超越して悟りを開かんとする者、参加者の中のただ一人のみを念じて他の者は眼中にも入れぬ者……
時代も立場も様々な剣客達を集めただけあって、このような異常事態への反応もまた多様であった。
そんな中で、この話に登場する三人の剣士が抱いたのは理不尽な状況への怒り、というごく真っ当な感情だった。
しかし、抱いた感情は同じでも、三人が感情に導かれて取った行動には大きな隔たりがあった。
「あいつら勝手な事をしやがって。俺はこれから真壁の奴の鼻っ柱を叩き折ってやる所だってのによ」
そう毒づくのは羽毛で作られた羽織を着た天狗の如き異相の剣客
斉藤伝鬼坊勝秀である。
斉藤伝鬼坊は
塚原卜伝晩年の弟子であるが、卜伝没後も修行を重ねて遂に天流又は天道流と称する一流を開いた。
その激烈な剣は評判を呼び、天覧に供して官位を授けられるほどの高名を得たという。
故郷の常陸でも天流は非常に隆盛し、同じく卜伝の門下であった真壁暗夜軒の霞流との抗争を生むに到る。
まずは霞流随一の剣客とされる桜井霞之助が伝鬼坊と立ち合うが、伝鬼坊は一撃の下にその命を奪う。
続いて霞之助の父である桜井大隈守が伝鬼坊に挑戦し、試合の期日が迫ってきた頃……気が付いたら此処に居た。
こんな所で愚図愚図してる間に決闘の刻限が過ぎてしまったらどうなるか。
弱い癖に口だけは達者な霞流の連中は、「伝鬼坊は霞流を恐れて逃げた」などと言い触らすに決まっている。
「そんな事させてたまるかよ。さっさと他の連中を皆殺しにして帰ってやる!」
そう決意を固めると、伝鬼坊はまず支給された刀を検める。
「何だ、こりゃ?」
刀を鞘から抜いてみると、現れたのは刃と峰が逆になっている、いわゆる逆刃刀である。
「こんな酔狂な刀、どこのどいつが作りやがったんだ?まあいいか、少なくとも頑丈には出来てるようだしな」
伝鬼坊の類い稀なる膂力を持ってすれば刃などなくとも人間を殴り殺すくらい簡単な事だ。
それよりも天流の強烈な打ち込みに耐え得る耐久力こそが肝要であり、その点では逆刃刀は合格であった。
「あの爺、地図と人別帖があると言ってやがったな。ちょうどいい、そこの蔵で確認しとくか」
伝鬼坊は前方に見えて来た酒蔵に素早く駆け寄ると、行李を置いて入り口から中の様子をそっと伺う。
「ちっ、先客がいやがったか」
酒蔵の中から感じられる人の気配、既に誰かが中に潜んで……いや、潜んではいない。
「おいおい、酒盛りかよ」
そう、どうやら中の人物は酒を飲んでいるらしい。
こんな状況で酒盛りとは、余程の豪傑か、それとも馬鹿か、その人物とは……
「まったく、お上も何という無体な事をなさるのだ!八代様が武芸を奨励しておられるのは聞いておったが、
だからと言って剣客を集めて殺し合えとは、これでは綱吉公よりもよっぽど性質が悪いではないか!」
細谷源太夫は怒っていた。
この御前試合の無法さに、無辜の若者をいきなり殺した残虐さに、そして何より細谷の怒りを掻き立てたのは……
「何故、よりによってこのわしが選ばれねばならんのだ!」
腕に覚えがないとは言わぬ、若い頃は一刀流を修め、腕利きの用心棒として幾多の修羅場を踏んだものだ。
だが、それは十数年も前の事、五十を遠く越え、酒毒に侵された細谷は既にまともに刀を振れなくなっている。
腕の立つ剣士ならいくらでもいように、わざわざ自分を呼んで嬲り殺しにされろとでも言うのか。
そんな憤懣を胸に、源太夫は浴びるように酒を飲み続ける。
剣を使えなくなった源太夫を呼んだのが主催者の悪意なら、彼を酒蔵に飛ばしたのは善意か、それとも悪意か……
「ふん、どんな豪傑が居るかと思えば、ただの馬鹿の方か」
振り向くと、いつの間にか蔵の戸が開けられ、天狗の如き男が剣を握って立っている。
「な、なんじゃお主は!?」
「俺か?俺は天下無双の剣客よ。その手にかかって死ねる事を光栄に思いな!」
「ぬうっ!」
伝鬼坊の剣が振り下ろされる前に武器を抜いて構えることが出来たのは今の細谷にしては上出来だったと言えよう。
だが、幸運もそこまで、ただの一撃で刀は細谷の手から跳ね飛ばされ、細谷は無様に倒れる。
「ま、参った!降参じゃ、許してくれい」
「降参だと?てめえはあの爺の話を聞いてなかったのか?この試合は相手を殺すまで終わらねえんだよ!」
「ひえっ」
「待たれい!」
割って入った声に振り向くと、蔵の入り口に細面の剣士が立っており、鋭い眼で伝鬼坊を睨み付けている。
「既に降参して無抵抗な者を手にかけようとは、武士のなすべき事にあらず!」
「何だ?てめえは」
「拙者は石川五ェ門と申す者」
伝鬼坊は一瞬考え込むが、すぐに蔑むような笑みを顔に浮かべる。
「その名は聞いた事があるぞ。ふん、卑しい盗賊如きが俺に意見しようってのか?」
侮辱されて五ェ門の顔が紅潮し、刀に手をかける。
「おのれ、愚弄すると許さぬぞ!」
「面白え、こそ泥の分際で俺に敵うつもりか?」
そう言いながらも五ェ門を強敵と見て取った伝鬼坊は、細谷を捨てると牽制の一撃を送りつつ蔵の外に走り出る。
外に出たのは狭い蔵の中よりも開けた場所の方が天流の太刀を振るうに適しているからだが、それは五ェ門も同じ事。
「うりゃあっ!」「いやああああああ!」
斉藤伝鬼坊と石川五ェ門、本来なら出会う筈も無い二人の剣がここにぶつかる。
「剣を引け、お主ほどの剣士を斬りたくはない!」
「馬鹿が、心配しなくても俺がてめえなんかに斬られるかよ!」
伝鬼坊はそう言うが、戦いは五ェ門優勢の内に進んでいた。
互いに小技の類は使わぬ真っ向からの斬り合い……となれば第一に物を言うのはやはり速さだ。
そして、剣速ならば、名刀を手にすれば稲妻すらも切り裂く五ェ門の方に一日の長があった。
戦いが進むにつれ、伝鬼坊の頬に、手首に、腕に、掠り傷が増えていく。
そして、遂に五ェ門は伝鬼坊の胴に決定的な隙を見出した。
「御免!」
五ェ門の剣が伝鬼坊の胴をまともに捉える。
だが、斬られた伝鬼坊の顔にしてやったりの笑みが浮かび、次の瞬間、五ェ門の身体を逆刃刀が貫いた!
「ぐう……がはっ」
五ェ門の口から血があふれる。
咄嗟に身をひねって急所は外したものの、相当の重傷には違いない。
膝を付いて動けない五ェ門を見下す伝鬼坊の腹部も裂け血が流れているが、その傷は致命傷には程遠い。
「腕が立つと言っても所詮は盗賊か。自分の得物の状態にすら気付かねえとはな」
「く、不覚……」
五ェ門の手に有る刀は酷く刃こぼれしてボロボロになっている。
いつも五ェ門が使っている斬鉄剣は余程の事がない限りまず刃こぼれなどしない名刀であった。
その為、いつもの癖でつい伝鬼坊の剛剣と真っ向から打ち合ってしまった。
並の打刀でしかなかった五ェ門の刀は逆刃刀との激しい打ち合いに耐えられず、なまくらに成り果てていたのだ。
「さぁて」
五ェ門にとどめを刺すかと見えた伝鬼坊だが身を翻して背後に刀を向ける。
そこには弾かれた刀を拾い、伝鬼坊に切り掛かろうとしていた細谷源太夫の姿があった。
「あ……」
「ふん、下衆が。そんなに酒の匂いをぷんぷんさせやがって、気付かれねえとでも思ったのか?」
「お、お許し下され!」
不意打ちに失敗した源太夫は、先程まで酒で真っ赤だった顔を蒼白にし、恥も外聞も無く土下座して許しを乞う。
「そ、それがしの家には病身の妻が一人でそれがしを待ってござる。それがしが死ねば妻も生きていけませぬ。
どうか、後生でござる。お見逃し下され!」
実際には源太夫の妻は二年も前に病死しているのだが、でまかせを言ってでもどうにか同情を引こうとする。
しかし、そんな事がこの剣鬼に通じる筈も無く伝鬼坊は冷笑すると逆刃刀を振り上げる。
「よせ!」
五ェ門が言うが、傷は深く未だ動けない。
「死んですぐ女房が後を追って来るなんて言う事ねえじゃねえか。ま、てめえの妻じゃどうせつまらねえ女だろうがな。
つまらねえ男とつまらねえ女、あの世でせいぜい慰め合いな!」
そう言うと、伝鬼坊は源太夫の頭を打ち砕かんと逆刃刀を振り下ろし―――
「な、何だと!?」
振り下ろした逆刃刀を凄まじい力で弾き返され、伝鬼坊はたたらを踏んだ。
「つまらぬだと?」
その前に立つのは細谷源太夫、先程まで無様に命乞いをしていた男が剣を握り、その顔は酒ではなく怒りで紅潮している。
「確かに、わしはつまらぬ男じゃ。用心棒でもしくじりばかり、青江や賛之丞の助けがなくば幾度死んでいた事か。
幸運に恵まれてやっと禄にありついても下らぬ意地で喧嘩ばかりし、挙句の果てに上役を殴り付けて浪人に逆戻りじゃ。
まことにわしはつまらぬ、どうしようもない男よ。……じゃが!」
源太夫は剣を八双に構えると、伝鬼坊を正面から睨み付ける。
「妻は違う。こんなどうしようもないわしをずっと支え、子供達を守り育ててくれた、強く、賢い女じゃった。
それをつまらぬ女だなどと……誰にも言わせはせん!!」
源太夫の気迫に伝鬼坊は一瞬たじろぎ、たじろいでしまった事実が伝鬼坊の怒りに火を点けた。
「雑魚の分際で生意気な口を利きやがって、死にやがれ!」
源太夫と打ち合うこと数合、伝鬼坊は正体の知れない違和感を感じ始めていた。
(何だ、こりゃあ?何かがおかしい、何かが……)
違和感の源を確かめねばと思うが、息も継がせずに攻め立てて来る源太夫の剣の前にその暇が無かった。
更に、動揺して動きが鈍った所に源太夫の剣が飛んで来て、手の甲に斬り付けられる。
「てめえ!」
怒った伝鬼坊は、一気に勝負を付けんと天高く飛び上がり、逆刃刀を振りかぶる。
天流秘技天狗落とし……師塚原卜伝の一の太刀にも優ると自負する、幾多の剣豪を葬った伝鬼坊必殺の剣である。
源太夫もそれに合わせて渾身の一撃を送り、両者の剣が空中で交錯する。
「ば、馬鹿な……!」
肩を大きく切り裂かれた伝鬼坊が驚愕の表情で、それでも機敏に後に退がる。
源太夫の剣が伝鬼坊の天狗落としを破ったのだ。
「こいつか!」
伝鬼坊が凄まじい表情で握った刀を……目釘が緩んだ逆刃刀を睨み付ける。
五ェ門との激しい打ち合いで逆刃刀もダメージを受けたのか、或いはまさか源太夫の気迫が逆刃刀に通じたとでも言うのか、
目釘が緩んだ為に伝鬼坊の太刀筋に僅かな狂いが生じ、為に源太夫の剣に後れを取る事になったのだ。
「諦めよ、お主の負けだ」
見ると五ェ門も腹の傷に血止めをして立ち上がろうとしている。
「てめえら……!」
それでも怯まずに伝鬼坊は戦い続けようとするが、その時―――
「そぅしぃ~~ぃ、ひとぉたびさりてぇえ~~ぇえ……」
「何だ?」
突然聞こえて来た声のする方に注意を向けると、どうやら松林の中から聞こえてくるらしい。
声の聞こえ方からして、誰かが大声で歌いながら近付いて来ているようだ。
あの歌の主も参加者なのだろうか……こんな殺し合いの場であんな大声を上げるとは、余程腕に自信があるのか。
「ちっ」
さすがの伝鬼坊もこれ以上戦う不利を悟ったか、近くに置いてあった五ェ門の行李を素早く取ると駆け去った。
しばらく北に駆けて城下町に入り、すぐに追って来る気配が無いと悟ると伝鬼坊は息を付く。
「この駄刀めが、肝心な所で足を引っ張りやがって」
刀を睨んで憎々しげに言う伝鬼坊。
如何に作りが良いとは言っても、勝負の分かれ目で持ち手を裏切るような刀で闘うなどごめんだ。
叩き折ってやりたい所だが、ここで唯一の得物を失う訳にも行かない。
「何とかしてまともな刀を手に入れねえとな」
早く帰らなければならないのに刀探しなどで時間を取られるとは……
歯軋りしながら、伝鬼坊は今後の行動を考える。
【へノ肆 城下町/一日目/深夜】
【斉藤伝鬼坊@史実】
【状態】肩に軽傷、他に掠り傷多数
【装備】逆刃刀・真打
【所持品】支給品一式
【思考】
基本:一刻も早く優勝して帰る。
一:まともな刀を探す。
二:刀が見つかるまでなるべく戦闘は避ける。
三:刀が手に入ったら逆刃刀・真打は叩き折る。
【備考】
※参戦時期は桜井大隈守との決闘の直前です。
※石川五ェ門を自分と同時代の盗賊石川五右衛門だと思っています。
「行ったか」
伝鬼坊が走り去ると、源太夫は精魂尽き果てへたり込む。
「お見事でござった。しかし、あの歌の主も先程の男のような危険人物やもしれぬ。疲れてござろうが、身を隠さねば」
五右衛門に声をかけられて、源太夫も気付く。
「うむ。貴殿の傷の手当もせねばならぬし、とりあえずは蔵の中に隠れようか」
「かたじけない」
「何を言う。貴殿が助けてくれねばわしはあの男に無様に殺されていた。このくらいは当然じゃ」
蔵の中で源太夫の応急処置を受けながら、五右衛門は心の中で呟く。
(斬鉄剣さえあれば……)
腕の未熟さを得物のせいにするのは愚かだとわかってはいるが、そう思うのを止められない。
斬鉄剣さえあれば、あの男に容易く敗れる事はなかったであろう。
そして、あのような凶悪な剣士がいるこの御前試合を斬鉄剣なしで生き残れるのか。
ましてや、奇怪な妖術を使う主催者を打ち倒し、彼等の企てを打ち砕くには斬鉄剣が不可欠と思えて来る。
(やはりまずは斬鉄剣を取り返すのが先決か)
沈思する五右衛門の手当をしながら、源太夫もまた考える。
(此度は運良く生き延びれたが、おそらくわしがこの御前試合を最後まで生き残る事は叶うまい)
この石川五ェ門を名乗る男やあの天狗のような男を見る限り、類い稀なる兵法者が集められたというのは本当なのだろう。
そんな中で、自分が勝ち抜いて行く事など出来ようはずもない。
(だが、わしはもう逃げんぞ)
源太夫がここで見苦しい振る舞いに及び、それが公に知られれば、己だけでなく妻まで謗りの的にされかねない。
三十年も苦労を掛け通し、遂に狂死させてしまった妻の名誉までも汚させる訳にはゆかぬ。
また、源太夫が汚名を着れば仕官した息子達や嫁いだ娘にも不利になる事があるやもしれぬ。
だから、死ぬにしても勇敢に戦って恥ずかしくない死に様を見せてやろうと、源太夫は思い定めた。
(細谷源太夫最後の大仕事、見事に務めきって見せようぞ)
【とノ肆 酒蔵の中/一日目/深夜】
【石川五ェ門@ルパン三世】
【状態】腹部に重傷
【装備】打刀(刃こぼれして殆ど切れません)
【所持品】支給品一式
【思考】
基本:主催者を倒し、その企てを打ち砕く。
一:斬鉄剣を取り戻す。
【備考】
【細谷源太夫@用心棒日月抄】
【状態】アルコール中毒
【装備】打刀
【所持品】支給品一式
【思考】
基本:勇敢に戦って死ぬ。
一:五ェ門に借りを返す。
【備考】
※参戦時期は凶刃開始直前です。
※この御前試合の主催者を江戸幕府(
徳川吉宗)だと思っています。
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最終更新:2009年04月27日 22:48