探す人々◆F0cKheEiqE



夜の道を一人の男が駆けている。

若い男である。
白い小袖に、若草色の袴、
草鞋は履かず、足袋一枚で夜道を疾走している。

腰に大小を差し、総髪ながら髷を結った青年である。
中々の美丈夫だが、その雰囲気は剛毅木訥と言った感じで、
ともすればやや陰気な印象すら受ける。
女性への受けはあまり良さそうではない。

その青年が必死の形相で、
汗水たらしながら夜の道を爆走しているのである。

何故その様な行動を取っているのかは解らない。
誰かに追われている様子もないし、
彼に追われている様な人影も見えない。
ただ、せわしなく左右に揺れる彼の視線から、
何か、あるいは誰かを探し求めているように思われた。

青年がそうして走り始めて10分ほどした時、
青年の耳に人の声が聞こえて来たのだ。
ちょうどその声は、彼の向かう方向から聞こえてくるようだ。
青年は、足を速めた。

暫く進むと、
声はハッキリと聞き取れるようになり、
道の先に人影が見えてくる。

それは歌であった。

いざ鳥刺が参って候
鳥はいぬかや大鳥は  
ハァほいのホイ 

陽気な歌声である。
青年は知らない事だったが、
彼が生まれるより少し古い時代に、
鳥刺の間で流行った歌であった。

人影が、月光により明らかになる。

道の先、青年の先にいたのは、
一人の少年であった。

年のころは一四ぐらいであろうか。
背は小さいが、クリクリと肥えていて、
触らば刎ね返えしそうな、弾力に富んだ肌をしている。

頭には緋無垢の頭巾を冠っている。
足には山袴を穿いていて、それは樺色のなめし革であった。
亀甲形の葛の筒袖に萌黄の袖無を纏っている。
背中には行李を一つ背負い、
右肩に二間半(約4.5メートル)の細い竹竿を背負っている。
鳥刺が獲物を取る時に使う鳥刺竿で、
本来はその先端部にトリモチを付けるのだが、
今は何もついてはいないようだ。

色白で円顔で、鼻高く、唇薄く紅をつけたように真紅である。
その双眸は切長であったが、
気味の悪い三白眼で、絶えず瞳の半分が上瞼に隠されている。

「おぉーい!お侍さぁん!」

鳥刺もこちらに気が付いたのか、
愛想笑いして、のんきに手まで振っている。
その姿に殺気は感じられず、
青年は柄に伸びていた右手を、
だらりと落とし、
足を少し緩めて鳥刺に近づいて行った。

「やあ、お侍さん。景気はどうですかね」
鳥刺は、愛想良く眼と鼻の先まで近づいてきた青年に声を掛けたが、

「鳥刺」

青年は、それに反応することなく、
依然の仏頂面で問いかける。

「ここで俺に会うまでに誰かに会ったか?」
「いえ、お武家さんが初めてで御座いますよ」
「そうか・・・・」

鳥刺の答えを聞くや否や、

「御免」

と小さく言って、
鳥刺を振り返ることなく、
夜道を再び疾走し始めた。

凄まじい速さで小さくなる青年の背中を、
鳥刺の少年は暫くぽかんと見つめていたが、

「やれやれ、何をそんなに急いでいるんだかねぇ」

と、竹竿を担ぎなおして、再び歩き始めたのであった。
口からも、再び鳥刺歌が零れた。

いざ鳥刺が参って候
鳥はいぬかや大鳥は  
ハァほいのホイ……


江戸初期。
濃尾無双と謳われた剣客と言えば、
岩本虎眼であるが、
その虎眼が掛川に持っていた虎眼流道場に、
「一虎双竜」と恐れられる、三人の高弟がいた。

一虎は、三人のうち最年長の牛股権左衛門の事である。
双竜の内の一方は、この殺し合いにも呼び出されている、
美貌の天才剣士、伊良子清玄。

そしてもう一方、双竜のもう片割れこそ、
夜の道を疾走する青年、藤木源之助である。

藤木源之助は、粟本村の農家の三男坊の生まれである。
当然の事ながら、当時は姓を持たない、唯の源之助である。
家は貧しく、ほとんど声を発しない上に、
泣く、笑うなどの感情を表さない源之助は、
親から愚鈍の子と思われ、
兄達よりも劣った食事を与えられていたと言う。

その源之助が、ある時彼をいじめていた武家の子供を惨殺した。
さんざん壁に打ちすえた上に、
髷の辺りの頭部の皮膚を毟り取るという、
残酷極まりない殺し方である。

源之助が何食わぬ顔で持ち帰った、
頭皮らしき肉片のついた髷を見た両親は、
余りの驚きに絶叫した。

問いただしても何も答えぬ愚鈍の子を、
父、孫兵衛、母、むぎ、は木に吊るし上げた。
髷を奪われた士の一族に、
自分たちが無礼討ちにされるのを免れたい一心である。

源之助は本来、ここで縊れ死んでいてもおかしくは無かっただろう。

それを救ったのが、他ならぬ岩本虎眼である。

虎眼は、素手にて武家の子を打ち殺した、
この愚鈍の子の天凛を見てとり、
我が家に連れ帰った。

そして、子息を源之助に殺された、
藤木右京太夫に、子息の死を事故として処理させ、
跡目なき藤木家に金子を与えて養子縁組を承知させた。

その養子とは愚鈍源之助である。

貧農の三男が藤木源之助という
士に生まれ変わったのだ。
その上で虎眼は、源之助を虎眼流に迎え入れたのだ。

虎眼には自殺した正妻を含めて、多くの女がいたが、
子は女子の三重のみである。
もしかすると虎眼は、
源之助を息子の様に思っていたのかもしれない。

事実虎眼は、
時には気まぐれで焼け火箸を握らせるような理不尽を、
源之助にかすような事もなかったわけではないが、
基本的には源之助に彼なりの愛情を注いでいた様に思われる。

そして源之助はそれに応えた。
そして今も・・・


(先生っ!)
源之助は師の姿を求めて奔走する。

最初あの白州にて師匠、岩本虎眼の姿を確認した時、
源之助は安堵した。

伊良子に襲撃を受けたやも知れないと考えていた、
敬愛する師匠の健全たる姿を確認したからである。

しかし、その安堵は、白州から天狗に攫われる様に、
この兵法勝負の会場に送り込まれた瞬間、吹き飛んだ。

師の実力を疑うわけではない。
しかし、あの白州の武芸者達は並の手並では無かった。

いくら虎眼とは言え、曖昧な状態で彼らと立ち合えば・・・

故に源之助は疾走する。
彼が求めるのは敬愛する虎眼ただ一人。


士は貝殻のごときもの。
士の家に生まれたる者のなすべきは、
お家を守る、これに尽き申す


【ほノ参 路上/一日目/深夜】

【藤木源之助@シグルイ】
【状態】健康
【装備】打刀@史実、脇差@史実
【所持品】支給品一式
【思考】:虎眼を探して保護する。
一:とにかく虎眼を探す。
二:その為に誰かを見つけて虎眼について尋ねる。
三:人の多そうな城下へ向かう。
【備考】
※人別帖 を見ていません


源之助と行き違った少年鳥刺は、
必死の源之助とは対照的に、
いたって陽気に夜の道を歩いている。

いざ鳥刺が参って候
鳥はいぬかや大鳥は  
ハァほいのホイ……

口から洩れるのは、例の鳥刺歌である。

少年の名前は高坂甚太郎と言う。
本来の身分は鳥刺ではなく侍である。
武田信玄の家臣、高坂弾正の妾腹の子であった。
鳥刺に身をやつしているのは、突如国抜けをした、
信玄の近衆、土屋庄三郎を極秘に追跡するためである。

「しかし、どおしたもんかねぇ・・・」

歌をやめて甚太郎は一人ごちる。

「御前試合・・どこの貴人か知らねぇが、
ずいぶん酔狂な事をする奴もあるもんだ。
しかし、そこで何で俺なのかねぇ・・・」

甚太郎は首をかしげる。
確かに甚太郎は腕には自慢がある。
が、彼の使う技は完全我流の粗野で異端の武芸である。
人別帖を見れば、塚原卜伝、上泉信綱と言った、
当代きっての使い手の名前も見える。
そこに自分の名前が連なっていると言うのが不思議でならない。

「いくらなんでも、
あんな名人たち相手に喧嘩売るのは気がすすまねぇし、
何より天下一の称号なんて別段欲しい訳でもなし・・・
いったいどうしたもんか・・・てぇ、ありゃ?」

甚太郎の視界を、何か小さな物が横切った。
あれは・・・

「兎かぁ・・・ちょおどいいや」
甚太郎は、ちょっと道を外れて、
藪の中へと分け入っていく。
そして、

「チェリャァッ!」
彼の右肩にあった竹竿が、ビャッと横薙ぎに振り抜かれたのだ。
ビィッと凄まじい風切り音が鳴ったかと思うと、
白と赤の何かが、バッと宙を飛ぶ。
それは、喉元を切り裂かれた兎であった!

「ケケケ、どうだい見たかいっ!
高坂流の餅竿剣!二間半のへなへな竹も、
俺が構えれば剣になる。
いやいや剣だけじゃあねえ、テリャッ!」

たちまち構えを変えると、
甚太郎はばっ、竹竿を槍のように兎へと突き出す。
すると兎の胴は、ヘナへナ竹の黐棹の先に、
ブッツリ貫かれているではないか。

「へへへ、見たかい!高坂流の餅竿槍ぃ!
相手を大きな鳥と見立て、
翼を突き通して呉れべえかな!
それ行くぞよ胸板だぞ!今度は腹だ土手っ腹だ! 
アリャアリャアリャアリャ大鳥大鳥!
ケケケケケケケケケケッ!」

首級を掲げるように、
得物を天に掲げる甚太郎。

真っ赤な血が地面へと注がれる。

「生物を殺すって好いものさね。
ビクビクと動く柔い肌、生臭い血の暖味、これじゃ殺生は止められねえ訳さ」 

ケケケ、と不気味な笑いを洩らす甚太郎だが、
ここである事実に気が付く。

「ありゃっ、しまった。獲物袋がねぇんだった。
まあ、いいやこのまま刺していこうか・・・
しかし気のきかねぇ爺様だぜ。
得物袋と餅筒までとらなくたっていいもんだろうに」

ぶつぶつ言いながら藪を出ると、
甚太郎は再び歩きだした。

「しかし、本当にどうしたもんかねぇ・・・。
このままじゃあ信玄坊主から承った使命は出来っこないし、
かと言って兵法勝負にも乗る気がおきねぇしなぁ」

甚太郎は思い悩むような顔をしながら、
暫く月を眺めていたが、

「まあ、いいや。なるようになるさ。
取り敢えず、この島をぐるっと回って見ようかねぇ」

甚太郎は気安く笑うと、
三度あの歌を歌い始める。

いざ鳥刺が参って候……

【にノ参 路上/一日目/深夜】

【高坂甚太郎@神州纐纈城】
【状態】健康
【装備】竹竿@神州纐纈城
【所持品】支給品一式、野兎の死体
【思考】:適当にぶらぶらする。
一:まずは島をぐるっと回ってみる。
二:襲われれば容赦しない。


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試合開始 藤木源之助 街角の小さな出来事~通りすがりの義理と人情物語~
試合開始 高坂甚太郎 高坂甚太郎、叢に柳生連也に逢うとの事

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最終更新:2009年08月19日 06:52