浅ましきかな我が武道◆YFw4OxIuOI



「人骨踏みしめ怨念喰らい 這いずり進み血を啜る 悩ましきかな我が武道」


それは、ありえたかも知れないもう一つの物語。
そして、またあの物語とは違った形の後日譚。

“それ”には悲哀があった。
“それ”には憤怒があった。
“それ”には憎悪があった。
“それ”には復讐心があった。

“それ”は決して消せぬ屈辱と、敗北の記憶を最期に刻まれた。

人として。
剣者として。

“それ”は果たされなかった宿願に、死して尚しがみつく浅ましい亡霊であった。
“それ”の名は伊烏義阿。

剣鬼にして復讐鬼。
剣の道を歩むものとして将来を約束されたはずが、
婚約者の死と親友の裏切りにより冥府魔道に堕ちた蒼き青年。
己の復讐を遂げる為に、道を阻む者達を十数人は手にかけた修羅。
さらには復讐者の親族という理由で、無辜の者を手にかけた外道。

復讐の為にと、剣の道の頂へと指先を掛ける魔剣を完成させながら、
それに互する魔剣によって破れ、その復讐を果たし得なかった敗残者。
そのような、人から鬼へとなり果てた未練を残す怨霊であった。

ただ、それはいかなる奇跡によるものか。
それとも果心居士(かしんこじ)なる妖術師の、
ただひたすらに卑しき人の術によるものか。

“それ”はいかなる時を越え、場を移そうとも。
“それ”は人としての諸々の要素が、死によってなお失われず。
“それ”はありとあらゆる負の感情が、濾過されずに沈澱し。
“それ”の魂魄はまさに黒い結晶と化し、その場に呼び出された。
“それ”は今ではさらに生ける血肉を纏い、
“伊烏義阿”としての再生を果たしていた。

“伊烏義阿”はかの白州に召喚された際、
ただ呆然と事の成り行きを見つめ、状況に身を任せていた。

その心はもはや人にして人ならず。
外道を憎むがあまり、己もまた外道に堕ちた愚者。
自らが追った犬畜生と、もはや何の差異さえありはしない。
ゆえに、たとえ眼前で無辜の少年が戯れに殺されようとも、心動かされることはなかった。
自らの蘇生が仮初のものであり、他者に命綱を握られようが歯牙にもかけなかった。

この身はもはや死んだ身。
誰が死のうが何の意味があろうか。
己が再び死した所で何があろうか。
そう。白州にあった時に伊烏義阿は確かに腑抜けていた。
実はすぐ傍にいたはずの仇敵の存在にさえ気づかぬほどに。

だが、この城下町の一軒家に転移され、
他にする事もないが故に何気なく人別帖を開示した時。
伊烏義阿の人としての、剣者としての魂に、再び火が、
いや劫火ともいうべき狂おしいまでの焔が灯った。


「武田赤音……!」


伊烏義阿は危険を顧みず、人目も憚らず狂喜と憎悪に満ちた魂の咆哮を上げた。


今あるこの身が、所詮は白州にいた者どもを楽しませる為だけの道具なのは百も承知。
今あるこの身が、所詮は使い捨ての駒に過ぎぬ扱いである事も理解の上。

だが打ち倒すべき仇敵(アカネ)もまたこちらに居り、
そして再び復讐を果たす機会を与えられたことに。

狂喜せぬはずがなかった。
憎悪せぬはずがなかった。

それはまさに全身全霊による、狂恋にも等しいどす黒い渇望の声であった。

他の事になど興味などない。
同じ剣者として畏怖すべき、誰しもが聞く高名も人別帖に多数並んではいたが、
そのような事すらどうでもよかった。この中に、武田赤音さえいるのであれば。
人別帖を行李の中に仕舞い、ついで復讐の為の刀をその中から探す。

そして、そのための刀は確かにあった。
“妙法村正”。徳川家に代々祟りをなす妖刀と伝えられている。
人に祟りをなす怨霊と妖刀、悪くはない引き合わせだと伊烏は感心した。

ただし、この妖刀伝説にはいくつかの要因からなす誤解等から生み出されたものであり、
銘刀であるのは間違いないが、神通力など一切ないというのが現在の見識ではあるのだが。

それでも村正はやはり良刀であり、実にその手に馴染む。
だが、伊烏の為だけにある刀という訳ではない。
藤原一輪光秋二尺四寸一分「はな」ではない。
あえて言うなら、伊烏にはそれが不満であった。
もし見つかったなら、それを手にしたい。

伊烏義阿は、武田赤音を倒して復讐を遂げる。
剣者として、武田赤音に敗北した恥辱を濯ぐ。
その前に立ち塞がる障害があるなら、
それはたとえ何者であろうが容赦する必要はない。

己を凌ぐ伝説の剣者であろうとも。
己を超常の奇跡にて翻弄する神魔の類であろうとも。
この愚かしい御前試合を仕組んだ者達であろうとも。
この舞台にさ迷う武器を持たぬ女子供であろうとも。


――全て等しく切り捨てる。


その為の魔剣は、「昼の月」は、この魂に刻印されている。

その身はもはや人にして人ならず。
外道を憎むがあまり、己もまた外道に堕ちた愚者。
自らが追った犬畜生と、今や何の差異さえありはしない。
だからこそ、他者の思惑など一切気に掛けるする必要はない。
己は浅ましき亡者であり、怨霊なのだから。


伊烏義阿は民家を飛び出し、城下町を疾走する。
己が倒すべき敵(アカネ)と、その為の刃を探しに。


【とノ弐 城下町の民家/一日目/深夜】
【伊烏義阿@刃鳴散らす】
【状態】健康
【装備】妙法村正@史実
【所持品】支給品一式
【思考】基本:武田赤音を見つけ出し、今度こそ復讐を遂げる。
     一:もし存在するなら、藤原一輪光秋二尺四寸一分「はな」を手にしたい。
     二:己(と武田赤音との相剋)にとって障害になるようなら、それは老若男女問わず斬る。
     三:とりあえずの間は、自ら積極的にこの“御前試合”に乗ることは決してしない。
【備考】:本編トゥルーエンド後の蘇生した状態からの参戦です。
     ただし、後日譚「戒厳聖都」のように人間性を喪失した剣鬼ではなく、
     人間らしい感情はそのまま有したままとなっています。


完結の後に続きがあったらどうなるかって?
そんなの、ごみ屑に決まってるさ。


時は深夜。
へろな村の村外れの、小さな一民家の中に
男がいた。

男は座り込んでいた。
男は腑抜けていた。
そして腐っていた。
それはまさに抜け殻であり、ごみ屑であった。

その男の名は武田赤音という。
中性的な美少年であり、身体は細く背も低い上に
女者の小袖を白いシャツの上にだらしなく羽織る姿は
下手な少女より余程艶めかしく、或いは退廃的に見えた。
実際、色子として振舞っていたこともある彼は、
だがしかし、れっきとした剣客であった。
それも、剣鬼と呼ぶが相応しい程の。

――武田赤音。

元は好青年であり真っ当な剣士であったもの。
だが、真剣勝負を横合いから穢された事で歪み、
今では欲望のままに生きる外道に堕ちた羅刹。
剣の為に剣を握り、剣の道に取り憑かれた人でなしであるが故に、
己の為にある魔剣、「鍔眼返し(ツバメガエシ)」さえも生み出した剣鬼である。

それが、武田赤音という人物を言い表すにふさわしい表現であった。

「伊烏義阿と雌雄を決する」

己の為にある敵を倒す。
それ以外には何一つその心を占めるものはないという、人の形をした刀剣。
それ以外には何一つその心には残されていないという、人の形をした残骸。
それが己の目的を果たし、生きる目的を喪失したが故に
満足して自害し果てたはずの存在が。
どういうわけか再び生を与えられこの白洲に呼び出され、
今度はこうして“へろな村”なる村外れの一軒家に放逐されている。

ここが単なる地獄の釜の底なら、武田赤音は狂喜していたことであろう。
剣者にとって悪鬼羅刹の集い無限に戦える戦場は、桃源郷にも等しいのだから。
何より、地獄の底ならまた伊烏義阿とも会える。
そう。あの相剋がもう一度味わえるのだ。

だが、これはそうではない。そうではないのだ。
これは“何者か”によって強制された“御前試合”である。
武田赤音は己の為の敵に勝利し、満足して昇天した筈であった。
その安息と充足の眠りを妨げられた事が、
彼にとっては何よりも不愉快な事であった。

“御前試合”など知ったことではない。
確かに己と互するか、あるいはそれ以上かもしれぬ強敵は
この舞台にも存在するかもしれぬだろう。
あの白州に呼び出された際にも、
鈍ってこそいたが剣士としての五感はそれを伝えていた。

だがしかし、彼らは己の為にある強敵ではないのだ。
ならばどれほど代わりとなる獲物を暴食した所で、
武田赤音の魂の飢えを満足させるには至らないだろう。
伊烏義阿以外の剣者など、この傍若無人も極まる魂にとっては
何一つ知ったことではないのだから。

そして「生きているのも面倒だから」と
もう一度自害することも少しは考え、
刀が入っているとされる行李を開け出て来たのは、
何とも見覚えのある打ち下ろしの一振りの脇差であった。

それがご丁寧にも達筆な手書きの説明書まで追加されている。
言うまでもなく、皮肉と悪意に満ちた意図で。

『藤原一輪光秋一尺四寸「殺戮幼稚園」:
 「マイケルギョギョッペン」を打ち直した、鋒両刃(きっさきもろは)の脇差。
 大阪城に偏在する「あるみにうむ」なる金属で出来た缶を集めて作られた稀代の刀。
 たとえどれほど歪に曲がろうと、変形させながら元の形に直す事も可能。』


武田赤音の思考は、確かにここに一度停止した。


駄刀である。
愚刀である。
迷刀である。
救いようのない外れ刀である。

これでは、自害さえも出来ようはずがない。

皮肉にも、赤音はこの刀の事を知っている。
しかもこの刀を打った鍛冶師の事さえもよく知っている。
あの狂い鍛冶が遊び心満載で打ち上げた、酔狂も極まる刀である。
一時はこれを鍛冶師に勧められたが、拒絶したあの無節操な刀である。

それが何の因果をもたらせたのか、彼の手元に再びやって来たのであった。
「今の腑抜けたおまえには、これが一番良く似合う」と言わんがばかりに。


「く」

喉が鳴る。

「くくく…」

笑いが漏れる。

「あはははははははは!!!」

とうとう、堪え切れぬ憎悪の色を帯びた哄笑が、その口から噴火する。
ならばその大きく開いた口は、マグマの噴火口とでも評すべきだろうか?
その笑い声は、愉快げながらも聞く者の魂を震え上がらせずにはいられぬ、
どす黒い悪意を帯びた灼熱のマグマであった。

こりゃあいい。今のおれにゃぴったりかもしれねえ。
今のおまえはこの出来そこないの刀と一緒、ってか?
この刀みたくふにゃふにゃし続けるのがお似合いか、ってか?
だがな。そのおれを呼びだしたのはお前達なんだろ?
だったら、この“御前試合”をもっと面白くしてやろうじゃないか。

そう、たしかこれは“御前試合”って言ってたよな。
だったら、それを安全な特等席で観覧している馬鹿達も当然いるよな?
そいつ等をこのおれが叩き斬ってかき回せば、最高に面白くなるだろうな。
観客席の全くない、一大カーニバルってやつだ。
踊る阿呆に見る阿呆。同じ阿呆なら踊らにゃ損々って言うじゃないか?
なあ、白州のおっさんよ?

武田赤音は腐っても剣者である。
どれほど外道に堕ちようとも、その魂は剣者である。
いや、むしろ外道として諸々の人間性を喪失したからこそ、
さらにその剣者としての純度を極限にまで高めた存在である。


それが安息の眠りを妨げられ
そして望みとは関係のない戦いを強制され
ふざけているとしか思えぬ駄刀を渡されて
剣者として愚弄の限りを尽くされ

そうまでされ、黙っていられる筈がなかった。
だが、その反論は舌で語るべきものではないと判断した。

そもそも数多ある剣者を一同に寄せ集めるだけのインチキくさい力を持つ連中相手に、
舌で何を語ろうともそれは耳を右から左へとすり抜けるだけの話しである。

ならば。
その反論は舌でなく剣にて語るべきものではないか。
この無粋も極まる連中に、剣にして反論すべきではないか。
それが、この武田赤音が出した結論である。
己の命さえどうでもいい。
もはや目的を果たした身なのだから。
反逆すれば首を飛ばす?

――好きにすればいい。
こちらもそちらの居場所を探し出し、
不意を討ち首を刎ねるだけの事だから。
失敗すれば、所詮それまでの事。
元より惜しい命ではない。

だが、そのためには刀が必要だ。
それもおれの身体に合う長さと、重さを持つ刀が。
「かぜ(※注1)」さえあればいいのだが。

腹は決まった。まずは武器の調達だ。

民家の傍にたてかけてあった鋤を、
置いてあった鋸で適当な長さに切り、
自分の身体にあう剣に見立てる。
護身用としてなら、これで充分だろう。

あるいは、刀は他の参加者から奪うという手もある。

あの時は「どうでもいいこと」と考えていたので
白州でははっきりとは覚えていなかったが、
他の参加者には老人や女子供も若干交じっていた。
それらから奪えば、あるいはなんとかなるかもしれない。
女なら、その後の楽しみも増えるというものだ。
戦では女は戦利品として略奪されるべきものであり、
事実、武田赤音もそうしてきたのだから。

無論、こちらは貧弱も極まる木の棒である。
あの八坂の真似事もできなくはないが、
一撃で人間を無力化するにはそれなりにコツがいる。
第一、ここに呼び出された者達が皆素人ではない以上、
素直に打たせてくれるわけがない。
ある程度の実力差がなければ流石に危険である故、
相手の見極めが出来ぬ限り積極的に襲撃できるものでもない。
そうそう、簡単に行くわけではないのだ。
――そうならば。

「やっぱ、地道に探すっきゃないよなぁ…。刀。」

武田赤音はため息を一つ洩らすと、へノ漆の元いた民家を後にした。

【へノ漆 へろな村の民家/一日目/深夜】
【武田赤音@刃鳴散らす】
【状態】健康、退廃的思考
【装備】現地調達した木の棒(丈は三尺二寸余り)
    殺戮幼稚園@刃鳴散らす
【所持品】支給品一式
【思考】基本:気の赴くままに行動する。とりあえずは自分に合う剣を探す事を最優先。
     一:強そうな剣者がいれば仕合ってはみたい。
     二:女が相手なら戦って勝利すれば、“戦場での戦利品”として扱う。
     三:この“御前試合”の主催者と観客達は皆殺しにする。
【備考】:本編トゥルーエンド後から蘇生した状態での参戦です。
     人別帖をまだ読んでません。その上うわの空で白州にいたので、
     伊烏義阿がこの御前試合に参戦している事を未だ知りません。
     民家に短くなった鋤と使った鋸がそのまま放置されてます。

※注1 
「かぜ」とは“藤原一輪光秋二尺三寸三分「かぜ」”のことを指す。
藤原一輪光秋作の日本刀。大刀はこれが彼女の最新作となる。
刃長二尺三寸三分。反りは並、重ねはやや薄。
鳥の翼を思わせる軽々しい刀。
武田赤音の体格と剣技に合わせて作られた一作であり、
武田赤音の為にある一振り。
これと対をなす双児刀に“藤原一輪光秋二尺四寸一分「はな」”が存在する。
こちらは伊烏義阿の為に作られた大刀である。

殺戮幼稚園@刃鳴散らす:
藤原一輪光秋作。
迷刀マイケルギョギョッペンの銘を切り直した、打ち下ろしの一振り。
白木造りの一尺四寸の脇差。鋒両刃(きっさきもろは)。
大阪城にあったアルミ缶を集めて作られた稀代の刀(…)。
机に叩きつける程度で半ばほど曲がってしまう程度の硬度を持つ。
ただし、どれほど曲がろうともべこべこと音を立て
変形させながら元の形に直す事も可能。
殺傷力は推して知るべし。

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試合開始 伊烏義阿 Beholder Vs SwordSorcerer
試合開始 武田赤音 ジゲンを穢す者

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最終更新:2009年06月02日 01:24