奇眼藩国

食糧増産開始~熱き想いを乾パンに込めて~

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匿名ユーザー

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食糧増産開始~熱き想いを乾パンに込めて~

戦時動員命令が通達されて数日たったある日、
食糧の増産命令が下った。
軍事行動を起こさんとしているなら、至極真っ当な行動だろう。

だが、戦時食という代物は、得てして作り手に負担を強いると
相場が決まっている。曰く―
『保存が利かなければならない』
『環境の変化に強くなくてはならない』
『持ち運びに便利でなくてはならない』
『栄養価が高くてバランスが取れていなくてはならない』
『美味しくなくてはならない』…ETC…

「やってられるかー!!」
普通ならそう怒鳴るほど無理難題のオンパレードである。
さらに、大規模なパン工場が無い事も追い討ちをかける。

…しかし、そこでにやりと不敵に笑いを浮かべるのが
『塔のマーク』を背負って立つ、奇眼藩国食の最精鋭、
「奇眼パン職人連合」のおっちゃんたちである。

「で、何を作る?」
「アレしかないだろ」
「まぁそう来るな」

「「「「乾パン」」」」
数人の声が調和し、あっさり総意となった。

そうなるのも無理はない。元々、小麦の生産が盛んな奇眼藩国では
非常食としてこの食物の研究が盛んなのだ。
その為、環境の変化に強く(特に寒さ。凍らないのだ)
長期保存も利くように出来ている。栄養価に関しては言うまでも無い。
シュトラウスのパッキング技術(軽合金製の缶。正にスコップの賜物)
も相まって、保存は完全にクリアしている。
そして、味の追求。最後の関門であるこの問題も、
普段からおやつや軽食として人気のある上質の乾パンを送り出している
彼ら『塔のマーク』の担い手達には役不足とも言える問題だったのだ。

「材料は!」
「バッチリです!今年は豊作でしたから!」
「窯は!」
「手入れ完了!いつでもいけます!」
「員数は!」
「全員揃ってます!街のご婦人方や子供さんも
 お手伝いしてくれるそうです!」
「ありがたい!」
純白の料理着に袖を通し、気合を入れるように
輝くエプロンを勢い良く締める。
背の高い白帽子と『塔のマーク』の肩章は食を支える者の証である。
「いいか!ここが俺らの腕の見せ所だ!張り切っていくぞ!」
こうして、街にある全てのパン屋が乾パン生産ラインとなって、
フル稼働する事となった。

しかし、どんなに急ぐ事があろうとも、品質を低下させる事は彼らにとって許されない事だ。
「おい!粉の量多すぎるぞ!比率勝手に変えんな!!」
「すっ、すみません!」

「そこ!生地の練りが甘い!」
「はい!」

「発酵!お前のカノジョより大切に扱え!!」
「はっ、はい!(彼女いないけど…)」

「厚さは均一にしろって…!あぁもういい!俺がやる!生地に回れ!」
「分かりました!」

「よし上がった!乾パン切り!」
―乾パン切りとは生地を一口サイズに切り分ける特殊な器具の事だ―
「了解です!」

「窯は!」
「第一焼成、順調です!」
―乾パンは2度焼いて作る。第一焼成は普通のパン焼き。
但し、サイズが小さいので焼き過ぎに気を使うのだ―
「時間守れよ!第二!」
「順調です!3…2…1、上がりました!」
―第二焼成は焼くと言うよりも乾かすと言った方がいい。
やはり、焦がさないように注意が必要―

「よし、はけたらすぐ次の準備!」

ほかほかとおいしそうな香りと湯気を立てる乾パンは、
大きなケースにまとめて放り込まれて、
外で待つ婦人達や子供達に引き継がれる。
彼らの仕事は梱包作業。各自に貸し出された規定容量(一人一日一食分)
がすくえるスコップを使って、一つ一つ丁寧に缶を満たしていく。
中身を満たされた缶は蓋をされ、圧着を終えると箱に詰められていく。
この缶一つが一人の命をつなげるかと思うと、やはり作業する手にも力が
こもるのだろう。誰の目も真剣そのものだった。
子供達にしても、その幼い食欲を掻き立てるのに十分な魅力を放つ宝物を
前にしているのに、感服するほどの真摯さで作業を続けていく。
まぁ、手を伸ばそうとして、いつも以上の剣幕で怒られる、といった風景も無い訳ではなかったが、それもまた微笑ましい風景である。

誰の顔にも憔悴の色は無く、むしろ喜びや誇らしさといった様子が
うかがえるのが救いなのだろう。
悲しいかな、それを救いとしなければならないのが戦争なのだ。

さて、誰も彼もが付きっ切りで作業を続けられる訳ではない。
彼女達にも帰るべき家があり、そこで待つ仕事もある。
三々五々、彼女達は家路についた。

「今日は終わりか…」

さしもの職人もため息をついた時、暗がりから男達が現れたのだ。

「子供にだって手伝えるんだ、俺達に出来ない事じゃないだろ?」

仕事で疲れているであろう身体を休める事もせず、彼らは手を差し伸べた。

「ありがたい。だが、手は洗ってくれよな?」

作業は続いた。夜が近づくと、シュトラウスの社員が小型の投光機を担いで現れた。

「会社からのお達しで…僕らも手伝いますよ」

夜を越え、作業は続いた。
夜の闇ですら、彼らを止める事など出来ないのだ。
ただ、どこかの誰かの為に、彼らは作業を続けた。

作業は三日三晩続いた。
誰かが休めば、誰かがそれを補う。
誰もが、そうした。
誰の指示も必要とせずに。

そして、朝が来た。北国にしては珍しい、夜を切り裂くような
騒々しい朝が。

「全部はけました…カンバンです」
「…おう!ひとまず帰ってゆっくり休め」

とうとう彼らは目的の量を達成した。
無論、増産体制はまだ続く。しかし、その礎は間違いなく完成したのだ。
職人は静かに帽子を取り、作業の終了を示した。
にやりと不敵な笑顔が、そこにあった。

(文士・吾妻 勲)