三つの鎖 18 前編

172 三つの鎖 18 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/03/21(日) 00:38:38 ID:1YJ630lK
三つの鎖 18

 私は教室の窓をぼんやりと見ていた。たくさんの生徒が校門から出ていく。
 その中に幸一君と夏美ちゃんが歩いているのを見つけてしまった。
 両手に鞄を持ちながらはしゃいでいる夏美ちゃんを苦笑しながら後追う幸一君。
 幸一君の体調は良くなったようだ。足取りにふらつきは無い。
 私はため息をついて立ち上がった。荷物をまとめて教室を出た。

 自宅の自室に戻りパソコンの電源を入れた。
 パスワードを入力し起動する。自作のツールを開いて夏美ちゃんの部屋に仕掛けた盗聴器からの音声を確認するけど、まだ帰ってきていないようだ。
 私はため息をついた。何をやっているのだろう。
 こんな事をしても何もならない。幸一君の心の中にいるのは夏美ちゃん。私じゃないのに。
 それなのにこの前の幸一君との情事が脳裏に浮かぶ。
 顔が熱くなる。激しい幸一君もいいけど、優しく抱いてくれる幸一君も良かった。
 私は太ももをすり合わせた。切なくていけない気持ちで頭が一杯になる。
 スカートの下に手を忍ばせたところでチャイムがなった。
 窓から外を見ると、梓ちゃんがいた。座ってシロの頭をなでていた。
 私は梓ちゃんを部屋に案内した。
 飲み物と茶菓子を持って部屋に入る。梓ちゃんは私のパソコンを無表情に凝視していた。
 もちろん対策は抜かりない。パソコンにはロックをかけている。
 「梓ちゃんが来るのは久しぶりだね」
 私は梓ちゃんにコップを渡した。梓ちゃんの好きなアイスティー。
 「今日はどうしたのかな」
 私の問いに梓ちゃんは答えない。
 梓ちゃんはコップに口をつけた。梓ちゃんの白い喉がこくこくと動く。
 私は気にしなかった。というより気にならなかった。梓ちゃんが私に家に来るのは本当に久しぶりだ。私は素直に嬉しかった。
 ぼんやりとしている梓ちゃん。その表情からは何を考えているのか分からない。
 梓ちゃんは時々ハンカチで顔をぬぐっている。暑いのかな。
 私は窓を開けた。涼しい風が入り込む。
 「梓ちゃん大丈夫?すごい汗だよ」
 ぬぐってもぬぐっても汗が吹き出ている。私は梓ちゃんの額に触れた。手に伝わる梓ちゃんの体温は驚くほど熱い。熱でもあるのかな。
 「春子」
 梓ちゃんは私を無表情に見上げた。
 「お風呂貸して」
 私は驚いた。別にお風呂を貸すのは構わない。でも梓ちゃんの家は隣だ。別に私の家でお風呂に入る必要は無い。
 「いいけど、何で?」
 梓ちゃんは私の手を握った。熱くて小さな手。白い肌は微かに桜色に染まっている。
 「春子も一緒にはいろ」
 思わず私は梓ちゃんの顔を見た。いつも通りの無表情な顔。
 恥ずかしいからなのか、熱のせいなのか、その頬は微かに赤い。
 「いいよ!梓ちゃんとお風呂に入るの久しぶりだね!お姉ちゃん嬉しい!」
 私は梓ちゃんを思い切り抱きしめた。梓ちゃんが一緒にお風呂に入ろうといってくれるのが嬉しかった。
 「春子。うっとうしいよ」
 梓ちゃんは不機嫌そうに言った。それでも私は嬉しかった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 私は着替えを持って脱衣所に入った。梓ちゃんも私に続いて脱衣所に入る。
 梓ちゃんの着替えは私のお古だ。サイズはちょっとぶかぶかかもしれない。特に胸が。
 私は服を脱ぎ洗濯機に入れた。
 「梓ちゃんのも洗濯するよ」
 梓ちゃんはうなずいて服を脱ぎ始めた。
 女の子私から見ても梓ちゃんは綺麗な体をしている。白くて透き通るような肌。控えめな胸のふくらみ。成熟した女の子の色気は無いけど、幼さと女性らしい曲線が絶妙に混ざり合った体は妖しい魅力を放っている。
 可哀想だけど幸一君好みの体じゃない。幸一君自身も気がついていないかもしれないけど、幸一君はおっぱい星人だったりする。大きな胸が好みなのは間違いない。
 仕方ないとは思う。小さいときから京子さんみたいなすごい胸の人がそばにいたのだから。私の胸が大きくなって幸一君が恥ずかしそうに意識するたびに私は幸一君をからかった。
 「何をじろじろ見ているの」
 梓ちゃんが不機嫌そうに私の胸を見ながら言った。
 「ごめんね。相変わらず梓ちゃんは綺麗だと思って」
 立派とは言わなかった。言えなかった。
 「見てなさいよ。そのうち春子より大きな胸になるんだから」


173 三つの鎖 18 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/03/21(日) 00:40:57 ID:1YJ630lK
 私より大きい胸、ね。それは無理だよ。京子さんクラスじゃないと。
 梓ちゃんが知ったら怒り狂うようなことを考えながら私と梓ちゃんは浴室に入った。すでに浴槽はお湯で一杯になっている。
 「梓ちゃーん!お姉ちゃんが洗ってあげるね!」
 私はスポンジにボディーソープをつけて梓ちゃんににじり寄った。
 「じゃあお願い」
 梓ちゃんは素直に椅子に座った。白くて綺麗な背中を私に向ける。
 私は梓ちゃんの背中をスポンジで優しくこする。綺麗な背中だからもっと綺麗にしなくちゃ。
 「梓ちゃん。髪も洗っていい?」
 梓ちゃんは何も言わずに頷いた。
 私はシャワーで梓ちゃんの体を流しながらシャンプーのボトルを手にした。手にシャンプーを出して梓ちゃんの髪の毛をわしゃわしゃと洗う。
 梓ちゃんの髪の毛は長くてサラサラしている。つやのある綺麗な髪。
 昔のことが脳裏に浮かぶ。私と幸一君と梓ちゃんの三人で一緒にお風呂に入ってお互いの体や頭を洗った。梓ちゃんの髪の毛を洗った回数は数え切れない。昔から梓ちゃんの髪の毛は綺麗だった。
 懐かしい思い出。胸が温かくなる。何の障害も無く幸一君と梓ちゃんのそばにいられた幼い子供の時のかけがえの無い思い出。
 シャワーで梓ちゃんの頭を洗う。泡が流れていく。
 「はいおしまい」
 梓ちゃんは立ち上がって私のほうを見た。相変わらず無表情に私を見つめる。
 「春子。座って」
 梓ちゃんはシャンプーの入ったボトルをつかんで言った。
 座るってどこかな。
 「今度は私が洗う。座って」
 そう言って梓ちゃんは椅子を指差した。
 私は驚いた。梓ちゃんは面倒くさがり屋だ。昔から一緒にお風呂に入ったときも自分から洗うことはほとんど無かった。洗うときも適当だった。
 それなのに私を洗うと言ってくれている。
 「お姉ちゃんをぴっかぴかにしてね」
 私は椅子に座った。素直に嬉しかった。
 梓ちゃんはまず私の頭にシャワーをかけた。私の髪の毛をお湯が流れていく。
 シャンプーを手にした梓ちゃんが私の髪の毛を丁寧に洗ってくれる。私も髪の毛は長い。ちょっと申し訳ない気持ちになった。
 私の頭を丁寧に流してくれる梓ちゃん。くすぐったい感覚。
 次に梓ちゃんの手が私の背中に触れた。ボディーソープのぬるぬるした感触。
 「あれ?スポンジは使わないの」
 梓ちゃんは何も言わずに素手のままで私の背中をこする。くすぐったい。
 次に梓ちゃんは後ろから私の前を触った。胸をつかむ梓ちゃんの小さな手。
 「ちょっと梓ちゃん?」
 梓ちゃんは何も言わずに私の胸をもむ。
 「きゃんっ、梓ちゃん、くすぐったいよっ」
 無言で私の胸をもむ梓ちゃん。そのまま梓ちゃんの手は私の太ももに伸びる。
 触れるか触れないかの距離で私の太ももをなぞる梓ちゃんの手。私は思わず震えた。
 そのまま私の太ももを撫でる梓ちゃん。ボディーソープのぬるぬるした感触に体が震える。
 梓ちゃん手は徐々に私の体に伸びてくる。
 「きゃっ、だめだよっ」
 私の抗議を無視して梓ちゃんは私の太ももの付け根の割れ目をなぞる。
 「春子って昔から同じシャンプーだよね」
 梓ちゃんは私の耳に囁いた。梓ちゃんの熱い息に体が震える。
 「う、うんっ」
 昔、幸一君がいい匂いがするって言ってくれたシャンプー。それ以来、私はずっと使っている。
 そうなんだと思ってしまった。私は幸一君がほめてくれたのが嬉しくてずっと同じシャンプーを使っている。あの時から私は幸一君が好きだったんだ。
 私の考えをよそに梓ちゃんが私の膣の入り口を執拗に撫でる。
 「ひうっ!」
 梓ちゃんの指が膣に侵入してくる。大事なところを入り込む感触に思わず私は悲鳴を上げた。
 身をよじって抵抗するけど、梓ちゃんの指は膣の奥へ奥へと侵入する。
 「んっ、あっ、だめだよっ」
 私は梓ちゃんの方を振り向いた。梓ちゃんの指が抜ける。無表情に私を見つめる梓ちゃん。その視線に背筋が寒くなる。
 「もうっ。梓ちゃんどうしたのかな。お姉ちゃんびっくりだよ」
 梓ちゃんは何も言わずにシャワーで私の体を洗ってくれた。
 「ん、梓ちゃんありがとう」
 私のお礼に梓ちゃんは何も言わなかった。その姿に表現しがたい不安を感じた。何で不安を感じたのか、私には分からなかった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 お風呂から上がった私と梓ちゃんは部屋に戻って飲み物を飲んでいた。私はスポーツドリンクで梓ちゃんはアイスティー。火照った体に心地よい。


174 三つの鎖 18 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/03/21(日) 00:42:57 ID:1YJ630lK
 梓ちゃんは無表情に私を見つめている。私は居心地が悪かった。
 今日の梓ちゃんはどうしたのだろう。久しぶりに来てくれたと思ったら一緒にお風呂に入ると言ったり、いつもらしくない梓ちゃんの行動によく分からない不安を感じる。
 梓ちゃんは空になったコップを机に置いた。私の空になったコップをつかんで同じように机に置く。
 「ありがとう」
 私のお礼に何も言わずに梓ちゃんは私に抱きついた。私の胸に顔をうずめる梓ちゃん。
 突然のことに私は動けなかった。何がなんだか分からない。
 私の胸に顔をうずめた梓ちゃんは肩を上下させて大きく息をしている。梓ちゃんの吐く息が薄いシャツを通り越して肌に感じる。その熱さに鳥肌が立つ。
 「ど、どうしたのかな?」
 梓ちゃんは何も言わずに私の胸に顔をうずめ何度も深呼吸している。
 先ほどの風呂場での出来事が脳裏によみがえる。私の体を撫で回す梓ちゃんの白い手。
 まさか。梓ちゃんってそっち系の趣味だったの。
 ちょっと待って。私に百合な趣味は無いよ。ていうか梓ちゃんは幸一君が好きじゃないの。
 あまりの事に頭が混乱する。私にしがみつく梓ちゃんを引き剥がせないで呆然としていた。
 「春子」
 「ひゃい!」
 思わずかんでしまう私。
 梓ちゃん、お姉ちゃんね、ノーマルなんだよ。
 そんな私の混乱をよそに梓ちゃんは私を見上げた。
 「春子だったんだ」
 「えっと、何がかな?」
 「兄さんと寝たでしょ」
 背筋に悪寒が走る。
 私を見上げる梓ちゃんは相変わらず無表情。だけど、瞳は強烈な感情を放っている。
 よく知っている感情。嫉妬と怒り。
 「最近の兄さんは夜遅くに帰ってくることが多いわ」
 梓ちゃんの言葉はあくまで平坦で起伏に乏しい。
 それなのに悪寒が走るほどの強い感情を感じる。
 「私ね、シロほどじゃないけど鼻はきくわ。私ね、兄さんが帰ってきたらいつも玄関で出迎えて抱きつくの。その時、兄さんの体からするの女の匂いが一種類じゃないの。これっておかしいよね」
 背中に回された梓ちゃんの腕。熱い腕。
 「一つはあの女の匂いだった。他は複数のシャンプーの匂いがするけど、同じ女の匂いだった。そのうち一つはどこかで記憶にある匂いだった。私も間抜けね。今日の朝まで気がつかなかったなんて」
 足元の感触が無くなり視界が反転する。背中に衝撃。あまりの痛みに息が詰まる。
 受身も取れずにもがく私に梓ちゃんがのしかかる。
 「どういう事なの。何で兄さんから春子の匂いがするの」
 梓ちゃんは私を見下ろした。奇妙な光を放つ瞳。その視線に体が震える。
 「意味が分からないわ。あの女より先に春子と兄さんが付き合っているなら私が気がつかないはずが無い。仮に気がつかなかったとしても、あの兄さんが二股なんてするはずがないわ」
 淡々と喋る梓ちゃん。私を見下ろす瞳は怒りと嫉妬が渦巻いている。
 あまりの事に私は震えるしかできない。
 「どうやって兄さんと寝たの」
 私は何も言えなかった。言えるはずが無かった。
 梓ちゃんは苛立たしげに私を見下ろす。
 「言いなさい」
 梓ちゃんの手が翻る。次の瞬間、頬に鋭い痛みが走る。
 「言いなさい」
 さらに私の頬を梓ちゃんの手が張る。
 私は梓ちゃんの手を防ごうとしたけど、無理だった。梓ちゃんの手は魔法のように私の手をすり抜ける。
 梓ちゃんの手は何度も私の頬を張る。頬がはれて熱を持つのが分かる。
 あまりの痛みに視界がにじむ。
 「強情ね」
 梓ちゃんは無表情に私を見下ろした。
 「想像はつくわ」
 私の耳元に囁く梓ちゃん。震えるほど熱い息が私の耳を撫でる。
 「兄さんを脅したんでしょ」
 私は梓ちゃんを見上げた。そんな私を梓ちゃんはおかしそうに見下ろす。
 何で分かったの。
 「あの兄さんが一見不誠実な行動をとるとしたら、理由は二つしかないわ。他人のためか、騙されているか。最初は春子が騙しているのかと思った。例えば、春子が病気で余命短いから女の思い出が欲しいとか。
 でもありえないよね。春子は昔から健康だもん。もし本当でも兄さんは必ず確かめるわ。抱いたら体に負担がかかるんじゃないかと心配してね。
 脅したとしたなら納得できるわ。問題はその内容だけど。兄さんは自分のことで脅されても動かない。そもそもお人よしの兄さんに脅される材料はないし。動くとしたら、他人に被害が及ぶ場合。
 例えば、あの女とか」
 的確に事実に迫る梓ちゃん。私は震えるしかなかった。


175 三つの鎖 18 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/03/21(日) 00:44:33 ID:1YJ630lK
 「やっぱりそうなんだ。あの女のことで兄さんを脅したのね。内容は何かしら。あの女がいつも早い時間に登校するのと関係しているのかしら。でもあの女の普段を見ていると知られて困る深刻な隠し事ってのは想像つかないわね。
 あの女も知らないような内容で兄さんを脅す。何なのかしら」
 梓ちゃんの手が私の頬に触れる。信じられないほど熱い手。まるで梓ちゃんの感情がそのまま熱を持って私に触れているような錯覚を覚える。
 震える私から興味をなくしたように梓ちゃんは顔を上げて部屋を見回した。ある一点に視線が止まる。棚の上のビデオカメラ。
 「あのビデオカメラ、埃をかぶってないわね。そんなに頻繁に使うものだったの」
 独り言のようにつぶやく梓ちゃん。恐怖が私を包み込む。
 梓ちゃんは私の顔に顔を近づけた。目の前の梓ちゃんの瞳が私の瞳を貫く。
 「それとも最近使ったのかしら」
 体が震えるのを抑え切れなかった。
 梓ちゃんは唇の端を吊り上げた。笑顔と気がつくのに少し時間がかかった。
 「あの女を盗撮したのね」
 梓ちゃんの言葉が突き刺さる。
 「盗撮の内容は何かしら。あの女の排泄?お風呂?自慰?」
 私は必死に体の震えを抑えた。
 「それとも、兄さんとの情事?」
 そんな努力は無駄だった。梓ちゃんの言葉に体が震える。
 「へー。そうなんだ。兄さんとあの女の情事を隠し撮りして兄さんを脅して寝たんだ」
 平坦で起伏に乏しい梓ちゃんの声。その裏には強すぎる感情が潜んでいるのを私は感じた。
 梓ちゃんの手が翻り私の頬を打つ。今まで以上の痛みが走る。
 「私の兄さんと寝たんだ」
 梓ちゃんの両手が私の首を絞める。血管を押さえるのではなく、気管を絞める。息ができない。
 私は必死に梓ちゃんの手を離そうとするけど、びくともしない。
 「どこで寝たの。あのシャンプーがあるから多分この部屋で寝たのでしょ」
 呼吸のできない苦しみに私は必死になって梓ちゃんの手をどけようとする。
 その抵抗も意識が薄まりできなくなる。
 「でも兄さんからは他のシャンプーの匂いもした。だったら他の場所でも寝ているわね」
 梓ちゃんの手が緩む。私は必死に息を吸い込んだ。
 「どこかしら。シャンプーが置いてあってシャワーを浴びられる場所。どこかのラブホテルかしら。繁華街にたくさんあるけど、あそこは人が多いから知り合いに会うリスクがある」
 再び梓ちゃんの手が私の喉を絞める。息ができない苦しみに視界がにじむ。
 梓ちゃんは私のことなど目に入ってないかのように喋り続ける。
 「だったら人通りの少ないラブホテル。国道沿いでしょ」
 梓ちゃんの視線が私の瞳を射抜く。
 私は体が震えるのを抑え切れなかった。
 「あたりみたいね」
 梓ちゃんの腕が離れる。私は必死に梓ちゃんの下を抜け出した。
 私は立ち上がり肩を大きく上下して呼吸した。喉を絞められた痛みと呼吸できなかった苦しみに体がふらつく。
 「裏切り者」
 梓ちゃんは冷たい視線を私に向けた。
 「何がお姉ちゃんよ。私を裏切って。兄さんを脅迫して」
 梓ちゃんの声は震えていた。
 「私、春子の事嫌いじゃなかった。今まで迷惑もかけた。それでも私と兄さんのために色々してくれた。それなのに私と兄さんを裏切ったんだ」
 梓ちゃんの言葉が胸に突き刺さる。
 覚悟していたはずなのに、自分でもびっくりするぐらい胸が痛い。
 「ねえ。どうだった?何も知らない私を騙しながら兄さんに抱かれるのは。気持ちよかったでしょ」
 梓ちゃんから強い感情が伝わる。
 嫉妬。怒り。悲しみ。憎しみ。そして裏切られたやるせなさ。
 「お、お姉ちゃんは」
 言葉の途中で梓ちゃんは私の頬を思い切り張った。
 私は無様に床に転がった。肩を震わせ私を見下ろす梓ちゃん。
 「何がお姉ちゃんよ!ふざけないで!」
 震える梓ちゃんの声。私を見下ろす梓ちゃんの目尻に涙がたまる。
 「何でなの!何で騙したの!何で裏切ったの!」
 涙が梓ちゃんの頬を伝う。そのまま床に落ちる涙。
 私の中で形容しがたい感情が荒れ狂う。
 「お姉ちゃんも幸一君が好きなの!」
 気がつけば私は叫んでいた。
 「お姉ちゃんも幸一君が好きなのに!梓ちゃんはずっと幸一君を独り占めしてたじゃない!ずるいよ!梓ちゃんは妹なのに!いつもそばにいられるのに!お姉ちゃんだって幸一君のそばにいたいのに!」
 荒れ狂う感情のままに私は叫んだ。
 「梓ちゃんだって同じ事をしたじゃない!幸一君を騙してそばに縛ったじゃない!お姉ちゃんも同じことをして何が悪いの!」
 目頭が熱い。涙がとめどなくあふれる。


176 三つの鎖 18 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/03/21(日) 00:47:01 ID:1YJ630lK
 そんな私を梓ちゃんは冷ややかに見下ろした。
 「そうなんだ」
 冷たい梓ちゃんの言葉が私に降り注ぐ。
 「確かに私と春子は姉妹ね。だって姉妹で同じことをしているもの」
 梓ちゃんの言葉が私に突き刺さった。
 私の胸で荒れ狂う感情は一瞬で静まった。
 同じ。梓ちゃんと同じ。
 分かっていたのに、分かっていたはずなのに、梓ちゃんの言葉は私を打ちのめした。
 「二度と兄さんに近づかないで。あの女の情事を盗撮したデータが流出しても私はどうでもいい」
 梓ちゃんはそう言って私に背を向けた。
 入り口のドアに手をかけ私を背中越しに冷たく見つめる梓ちゃん。
 「じゃあね。お姉ちゃん。二度と話しかけないで」
 梓ちゃんは吐き捨てるように言って去っていった。私はその背中を見送ることしかできなかった。
 私の可愛い大切な弟と妹。幸一君と梓ちゃん。ずっと一緒にいた大切な二人。
 分かっていた。こんな結末がくると。それでも私は幸一君のそばにいたかった。
 それなのに涙が止まらない。
 梓ちゃんは私を軽蔑し、幸一君は私を哀れむ。
 こんなはずじゃなかった。私が望んでいたのは昔みたいに三人で仲良く楽しくいたかっただけなのに。
 私は一人、部屋の中で泣き続けた。泣き続けるしかなかった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 私は春子の部屋を出て階段を下りた。
 この家には幼い頃から何度も来た。その度に春子ははしゃいで歓迎してくれた。春子が私の家に来たときも春子は嬉しそうだった。
 私は春子のことが嫌いではなかった。確かにうっとうしい位に構ってくるし、年上ぶって接してくる。それでも嫌いじゃなかった。
 春子は知らないと思う。私がどれだけ春子に感謝していたか。
 兄さんが春子に告白したことを知ったとき、私が感じたのは怒りでも嫉妬でもなかった。感じたのは恐怖と絶望だった。
 その時の春子はまだ中学一年だったけど、美人でスタイルも同世代の中では圧倒的だった。
 白くて透き通るような肌、長くて艶のある髪、美人だけど親しみやすい笑顔、綺麗で子供のように輝く瞳、モデルのような身長、大きな胸。
 さらに性格もいい。お茶目な性格で誰からも慕われ好かれる。文武両道で家事万能。
 私が勝っているものは何も無かった。
 子供の時からいつか兄さんは春子のことを好きになるのではと恐れていた。
 そして兄さんが春子を好きになったら、勝てないと思っていた。
 でも、春子は兄さんをふった。付き合わなかった。
 私がどれだけ安心したか、春子も兄さんも知らない。
 昔からうっとうしいとしか思わなかった春子に多少なりとも親しみを感じた瞬間だった。
 これは私にしては極めて珍しい出来事だと思う。私は同年代の女の子の友達はいない。兄さんが私の女友達に惹かれるかもしれないと思うと友達など作る気になれなかった。できたのは夏美みたいに話しかけてくる子だけで、長続きする事は無かった。
 そんな私だけど春子とは安心して一緒にいられた。どれだけ魅力的でも、兄さんに気が無い。兄さんを奪われる心配が無い。
 今までも春子は私のそばにいて世話を焼いてくれた。私が家事を始めた頃も、料理や掃除などを親身に教えてくれた。春子自身が忙しい中で、時間を作っては私に会いに来てくれた。
 兄さんが私に構ってくれない中、春子が来ても苛立たしいだけだったけど、そんな私に春子は笑顔を向けてくれた。
 私が兄さんにひどい事をしても兄さんは私から離れなかった様に、春子も私が行ったことを笑って許してくれた。春子を入院させても、兄さんを傷つけても。
 春子は兄さんと同じ私を裏切らない存在だった。
 私は春子のことが嫌いではなかった。
 嫌いではなかった。
 玄関にシロがいた。私を見ると心配そうに見上げてくる。
 「何よ」
 「わう」
 私の声にシロは悲しそうにほえた。
 まるで悲しまないでと言う様に。
 シロは私に近づいて体を摺り寄せた。
 思えばシロとも長い付き合いになる。友達のいない私にとって、ある意味では一番の友達なのかもしれない。
 「シロ。あなたのご主人様のとこに入ってあげて」
 シロは心配そうに私を見上げた。
 「私はいいから。はやく行ってあげて」
 ここからでも春子の泣き声は聞こえてくる。悲しそうにすすり泣く春子が脳裏に浮かぶ。
 「じゃあねシロ」
 私は腰を落としてシロの頭を撫でた。シロは悲しそうに私の頬をペロペロ舐めた。
 もう二度とここに来る事は無い。そう思うと少しだけ寂しく感じた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


177 三つの鎖 18 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/03/21(日) 00:49:00 ID:1YJ630lK
 僕は玄関の前で立ち止まった。
 ドアの取っ手をつかみ深呼吸する。梓は僕が帰宅すると玄関で抱きついてくる。これから明日の夜に夏美ちゃんのご両親から招待されている事を告げないといけない。
 覚悟を決めてドアを開けた。素早く靴を脱ぎ、家に上がる。
 梓はやって来ない。
 僕は違和感を感じた。靴を見ると梓のはちゃんとある。いるはずなのに梓は来ない。
 もしかしたら寝ているのかもしれない。僕は階段を上り梓の部屋の扉をノックした。返事はない。
 「梓。入るよ」
 ドアを開けて中を見るけど、誰もいない。
 どこにいるのだろう。
 僕は一階に下りてリビングに入る。電気は消えていて薄暗い。
 明かりをつけると梓がいた。
 声をかけようとして躊躇ってしまった。梓の様子がおかしい。
 ソファーの上に体育座りに座ってぼんやりとしている。手には扇子が握られている。昔、梓の誕生日に僕と春子がプレゼントした品。
 梓はぼんやりと宙を見つめていた。幼い子供が泣き疲れたような表情。今までに見た事のない頼りない梓の表情。
 僕は意を決して口を開いた。
 「梓」
 何の変化もない梓。ぼんやりと宙を見つめたまま。
 僕は近づいてもう一度声をかけた。
 「梓」
 梓はびくりと震えて僕を見た。
 泣きそうな顔。まるで道にはぐれた子供が家族に会った時のように安心した表情。
 「兄さん」
 梓は僕に抱きついた。背中に梓の細い腕が回される。
 僕は引き離そうとしてやめた。梓は震えていた。背中に回された腕が非力な力で抱きつく。
 いったい何があったのか。
 「兄さん。抱いて」
 梓は震える声で僕に囁いた。
 僕は首を横に振った。
 「梓。僕たちは兄妹だ。それに」
 最後まで言えなかった。梓が僕にデコピンした。
 「変態シスコン。そんな意味で言ったんじゃないわ」
 久しぶりに聞く梓の罵倒。
 「ぎゅってして欲しい。それだけでいい」
 そう言って梓は僕の胸板に顔をうずめた。梓の震えが伝わる。
 本当なら引き離さないといけないと分かっている。僕と梓は兄妹だ。こんな事はいけない。
 それでも僕は梓を引き離せなかった。
 僕は固定していない腕を梓の背中に回した。そっと抱きしめる。
 震える小さな背中。梓はこんなに小さかったんだ。
 「梓。いったい何があったんだ」
 梓は顔を上げた。今にも泣き出しそうな表情。
 うつむき、梓は口を開いた。
 「春子と、喧嘩した」
 今日の朝の事が脳裏に浮かぶ。あの事で何か話したのだろうか。
 「兄さん」
 梓は顔を上げて僕を見た。目が合う。梓の瞳は今にも涙が零れ落ちそうだった。
 「兄さんは春子のことをどう思っているの」
 胸に鈍い痛みが走る。
 春子。僕にとって複雑すぎる存在。
 昔からそばにいてくれた。何かあったとき、困ったとき、いつも助けてくれた。家族以外で一番身近で親しみを感じているのは間違いなく春子だった。僕に多くのものを与えてくれたお姉さん。
 そして僕から色々なものを奪った人。脅し、夏美ちゃんを裏切る行為を強要する人。
 「とても難しい。春子は僕にとって家族以外では一番身近で親しい人なのは間違いない。それでも、春子は僕にとって何なのかは、僕にも分からない」
 僕は正直に答えた。
 「春子のことを面倒くさいとか思わないの」
 「思わないよ」
 「春子の事を嫌いになった事は無いの」
 ある。嫌いなんてレベルじゃない。春子のことが憎かった事もある。怒りを感じた事もある。感情に任せてひどい事をした。
 それでも。春子は僕の姉さんだ。
 「春子には感謝している。今までいろいろ助けてくれた。春子のおかげで梓とも仲直りできた」
 春子に感謝しているのも本当だ。春子がいなかったら、今の僕は間違いなくいない。
 あれだけの事をされても、嫌いになりたくない。


178 三つの鎖 18 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/03/21(日) 00:50:53 ID:1YJ630lK
 「兄さんは、春子にひどい事をされたり言われても、春子の事を嫌いにならないの」
 僕は首を横に振った。
 「春子は僕のお姉さんだから」
 梓は顔を上げた。僕を見つめる瞳が子供のように頼りない光を放っていた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 兄さんは本当に馬鹿だ。
 春子に脅迫されているのに、嫌いたくないなんて。
 兄さんはお人よしの馬鹿だ。
 でも、私も兄さんの気持ちは分かってしまう。春子を嫌いになりたくないという兄さんの気持ちが。
 私も春子を嫌いになりたくない。
 兄さんにとって春子が一番身近で親しい人であるように、私にとっても春子は家族以外では一番身近で親しい人だ。
 嫌うほうが難しい。たとえ春子の行った事が私にとって一番許せない事でも。
 私は顔を上げて兄さんの顔を見た。頬にはガーゼが張られている。今日の朝、私が噛み千切った頬。
 「兄さん。ごめんね」
 兄さんは少し驚いたように私を見た。
 私は兄さんの頬にそっと手を添えた。
 「怪我させてごめんね」
 兄さんは優しく微笑んだ。
 「もう痛くないから大丈夫だよ」
 私は兄さんの胸に顔をうずめた。背中に回した腕で兄さんに抱きつく。
 兄さんは私の背中に腕を回して、優しく抱きしめてくれた。
 ずっと昔から考えていた。何で私は兄さんを好きになったのか。
 今の兄さんならたいていの女は惚れるぐらいの魅力はある。でも、昔の兄さんは少なくとも男としての魅力は乏しかった。春子に影響されたのか能天気で明るいけど、お馬鹿な人。
 それでも私は兄さんを好きになった。
 最近になってその理由がなんとなく分かった気がする。私はただ単に、私を裏切らない存在が欲しいだけなのかもしれない。
 兄さんは何があっても絶対に私を裏切らない。この裏切らないとは、私の言う事を何でも聞くという意味ではなくて、何があっても私を大切にしてくれるという事。
 今もそう。兄さんに怪我をさせても、兄さんは私を優しく抱きしめてくれる。
 だから春子に裏切られてこんなにも悲しいのかもしれない。春子も兄さんと同じで、私が何をしても絶対に裏切らなかった。
 だからあれほど夏美を恐れた。私に向けてくれたその優しさを奪われそうだったから。
 でも、今はきっかけなんてどうでもいい。兄さんが欲しい。兄さんのそばにいたい。兄さんを誰にも渡したくない。
 私は顔を上げた。兄さんは痛ましそうに私を見つめていた。
 「兄さん。ありがとう。もう大丈夫」
 私は兄さんの腕をすり抜けた。兄さんと一歩距離をとる。
 「今日は私が晩御飯を作るわ」
 兄さんの肩は綺麗にはずしたし、綺麗にはめた。実際のところ、兄さんが腕をつっているのは固定する事によって後遺症のリスクを下げるためであって、今でも動かせるはず。
 でも、やっぱりひどい事をした。ちょっとやりすぎた。
 「しばらく家事は私がする。兄さんは治療に専念して」
 兄さんはちょっとびっくりしたように私を見た。何よ。少し腹が立つ。
 でも、仕方ないか。私が兄さんにしたことを考えると。
 よし。今日は兄さんの好きな食べ物にしよう。
 「今日はお魚にするわ。竜田揚げにする」
 私は笑って兄さんを見た。兄さんも笑ってくれた。
 「その代わり明日は鳥の照り焼きにする」
 私の好物。鳥料理の中でも一番好きな料理。
 私はキッチンにあるエプロンをつかんだ。よし。今日は腕によりをかけておいしい晩御飯にしよう。
 兄さんは申し訳なさそうに私を見る。
 「明日の晩御飯はいい。外で食べるから」
 私はエプロンを落としてしまった。
 「どこで食べるの」
 私は兄さんを見た。きっとにらみつけていたのだと思う。
 それでも兄さんは目をそらさなかった。綺麗な目で私を見つめる。
 「夏美ちゃんの家で。ご両親に招待された」
 兄さんのこういう所は本当に男らしい。変に隠したりごまかしたりしない。
 それが何よりも悲しい。
 「そう」
 私はそれだけ言ってエプロンをつけた。手は嫌になるぐらい震えていた。
 「僕は梓の気持ちにはこたえられない」
 大好きな兄さんの言葉が頭に響く。


179 三つの鎖 18 前編 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/03/21(日) 00:52:49 ID:1YJ630lK
 胸が痛い。
 「分かってる」
 「梓」
 「分かってるわ!」
 私は叫んでいた。声はどうしようもないぐらい震えていた。
 「お願いだからそれ以上言わないで。お願いだから」
 兄さんは首を左右に振った。
 「これだけは言わないといけない」
 私は兄さんを見た。強い意志を感じさせる瞳が私を射抜く。
 「次に夏美ちゃんを傷つけたら、許さない」
 私は目をそらした。兄さんは本気だ。
 兄さんは悲しそうに私を見た。それ以上は何も言わなかった。
 私のお姉ちゃんは最低な人だ。一番許せない方法で私を裏切った。
 兄さんも最低な人だったらよかったのに。そうだったら私を抱いてくれたかもしれない。兄さんの都合のいい女でいいからそばに置いてくれたかもしれない。
 「ご飯ができたら呼ぶわ」
 兄さんに部屋を出て行って欲しかった。泣いてしまいそうだった。
 「分かった」
 兄さんはリビングを出て行った。私の気持ちを察したのだろう。こういう事はよく分かってくれる。
 でも、私の想いには応えてくれない。
 私は涙をこらえられなかった。泣きながら晩御飯を作った。泣きながら兄さんの好きな料理を作った。
 夏美も春子も大嫌いだ。


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最終更新:2010年03月22日 20:39
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