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上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/13スレ目短編/893 - (2011/07/07 (木) 00:12:09) の1つ前との変更点

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*新たな年の幕開けは 2 #asciiart(){{{  そして大晦日当日。 (いよいよ決戦の時ね)  覚悟も決めた。  腹も括った。  「ストレートに行け」というアドバイスも頭に刻み込んだ。  何より、美鈴への嘘の負い目からも、もう迷わないと決めたのだ。 「よしっ!」  事前に聞いておいた上条宅の住所に向けて、たくさんの食材を詰め込んだ袋を両手に抱え、美琴はどしどしと歩を進めた。  いつの間にか美琴は上条宅の扉の前に着いていた。  覚悟はしても、やはり緊張しているのだろう。  ここまでの道のりはほとんど覚えていなかった。  その勢いのままに呼び鈴を鳴らす。  その音に合わせ、美琴の心臓も一際大きな音を立てた。  もう後戻りはできない。そう思うと不安がもたげてくるが、心の中でそれを握りつぶした。 「おーっす御坂――って何だその大荷物」 「おっす。とりあえずこれ下ろさせて」  驚く上条を押しのけて我が物顔で上条の部屋へと入る。  そうでもしなければきっと玄関先で立ち往生したままであっただろう。 「何だこれ、全部食材? 年越し蕎麦ってこんなに手の掛かるもんなのか?」 「そんな訳ないでしょバカ。これはお節とお雑煮の材料よ」 「何!? まさか御坂が作ってくれるって言うのか!? うちで!?」 「他にこれをどうするってのよ」  何を当たり前のことを、とでも言うように美琴は呆れ顔を作った。 「ああ、クリスマスに続いてなんて幸運なんだろう。もう上条さんは一生分の運を使い果たしてしまったようで怖いぐらいですよ」  なら私が一生アンタに運を与え続けてあげるわよ、なんてセリフが思い浮かんだが、口に出せるわけがなかった。  代わりにしめたとばかりに、かねてから聞きたかったことを口にした。 「それで、アンタはそのクリスマスにかわいい女の子達に囲まれて、どんなラッキースケベを連発してたのかしら~?」 「い、いやいやいや、紳士上条さんはそんなラッキースケベなんてこれっぽっちも経験してませんよ!?  むしろあれは全部事故でそれよりも殴られたり蹴られたり投げられたり斬られたりかじられたり投げられたり燃やされたり――」 「…………もういい、だいたいわかったから」  顔を引きつらせながら言い訳だかなんだかを繰り返す上条に、やっぱりこいつはいつも通りかと、美琴はただただため息しか出なかった。  でもこれなら、恋人が出来たり、特定の誰かと仲が進展したということもないだろう。  それにもし、そうであったとしても、もう突き進むしかないのだ。  過去のことなんて関係ない。  つい数日前の悩みが馬鹿馬鹿しく思えるくらいに、今の美琴は芯が固まっていた。 「さて、じゃあ早速お節作り始めるから、どいたどいた」  邪魔者を追い払うようにしっしっと手を振りながら、美琴は荷物の中からエプロンなどを取り出しはじめた。 「う~ん、我が家で女の子がエプロンを着けて料理をする光景をまた見られるなんて、上条さんは感動で涙が出そうですよ」 (「また」って何、「また」って!)  これだからこいつは、とこめかみに青筋が立つが、気にしないと決めたからにはそれを曲げるつもりはない。  次に口に出すときは、恋人の座を勝ち取ってからだと、美琴は心の中で新たに誓いを立てた。  そしてそのときになったら、首根っこを掴まえて必ず吐かせてやることも忘れずに。  美琴が顔を上げるとそこには、頻りに頷きながらなにやら噛み締めている上条の姿があった。  その手はまな板に掛かっている。 「で、アンタはなにやってんのよ。邪魔だからどいてなさいって言ったでしょ」 「いえいえ、まさか上条さんとしては御坂さんにすべて任せてただ待っていることなんてできませんよ」  つまり、手伝うということであろうか。 (――ってことは、こいつと二人で料理!?)  この時に備え幾つものパターンをシュミレーション(妄想)してきたが、さすがにこれは想定外であった。  そもそも前提からして違ったのである。パニックに陥りそうになる思考を何とか抑え、言葉を搾り出す。 「それなら、とりあえず手を洗いなさい。まずはそれから」  おう、と小気味良い返事。  ただそれだけでも、美琴の心は弾んだ。  しかし、どうしようかとも思う。  美琴は、お節の作り方を人に教えられるほど慣れていない。  というよりも、数日前からインターネットや本から知識を集め、寮で何度か練習しただけなのだ。  食べ物を粗末にしてはいけないという思いから、その数とて限られている。  女の子なのだから本当は母親から直に教わってみたかった。  せめて、電話でアドバイスだけでも求めたいという思いはあった。  けれども、こと今回に関しては、美鈴に聞くのはルール違反だろうと思ったのだ。  自分で決め、美鈴に嘘をついてまで押し通したことなのだから、最後まで自分でやり遂げなければならない。  その思いこそが今の美琴の行動を支えているのである。  まさか上条が作り方を知っているとも思えない。  なら自分が何とかするしかないのだ。  それに、二人で試行錯誤するということに、甘い響きがあるとも思った。  結局のところ、お節と雑煮を2人で作り終えたころには23時を回っていた。  美琴が当初思い描いた甘い幻想とは裏腹に、実際にはテンパりながら、時に罵声を飛ばしながらの疲れるものであった。  けれども、満たされるものがあったことも否定できない。  今はようやく落ち着き、美琴は蕎麦を茹でていた。  これはひとりで十分ということで、上条は台所を離れテーブルに突っ伏している。  精も根も尽き果てたといった体である。  出来上がって美琴が振り返ったときには、上条は犬のように一心にこちらを見つめていた。 (色気よりも食い気か、アンタは)  それでもそんなことには落胆しないほどに、美琴の心は満たされていた。  それはもう、蕎麦などいらないぐらいに。 「お待たせ」 「待ってました。もう少しで空腹で死んでしまうところでしたよ」 「くすっ。大袈裟ね」 「いやいや、食べ盛りの男子学生があれだけ働けば当然だって」 「アンタは洗うか切るかだけだったじゃない」 「それを御坂のペースに合わせてやるのがどれだけ大変だと思っているんだ――っても、本人にはわからないだろうが。  でもあれだな、俺も料理経験の時間は負けちゃいないと思うが、こうまで手際に差が現れるとお前が女の子なんだなとしみじみと感じるよ」 「それ、全然褒めてないわよね?」  私に対する普段のコイツの扱いからすれば、コイツの口から「女の子」という評価が出たことは記念すべきことだが、素直には喜べない。 「十分すごいと思ってるよ。こんだけ料理が上手いってだけでも、将来いいお嫁さんになれるさ。旦那は絶対に尻に敷かれるだろうが」 「だからアンタは一言多いのよ!」  その後も他愛もない会話が続いた。  美琴は蕎麦を味わう余裕がなかったが、食事はこれまでにないほど楽しいものだった。 「いや~、美味かった。ご馳走様。これまで食べた中でも間違いなく一番美味い蕎麦だったよ」 「お粗末様。でもアンタの買ったこの蕎麦、アンタのことだから安物でしょ?  大体手打ち蕎麦でもないのに、さっきから言うことがいちいち大袈裟なのよ」 「どんなに安物でも、女の子の手作りってだけで特別な価値があるのですよ」 (~~~~~!)  コイツは自分で言っていることの中身を自分で理解しているのだろうか、と美琴は血の上った頭で考える。  少なくとも、昨日までのコイツだったら私に対してこんな言葉を掛けることはなかっただろう。  たとえ無意識であっても、コイツの認識を変えられたのなら、大きな成果である。 「ありがとな、御坂」 「な、何よ急に気持ち悪い!」  動揺の余り、つい元の憎まれ口を叩いてしまう。  そのことに美琴はしまったと思ったが、上条は気にすることなく続けた。 「だってよ、初めての年末年始を独りぼっちで過ごさなきゃならないと思って落胆していたところを、お前に救ってもらったんだ。  それも、もうこれ以上の正月は迎えられないんじゃないかと心配してぐらい、こんなに充実した形でさ。  お前には幾ら感謝してもし足りないぐらいだよ」  その言葉に、美琴は思わず涙ぐんでしまった。  それを隠すために、美琴はテーブルに顎を乗せて上目遣いで上条を見つめた。  不安の中で努力してきたこと、その時間は短いけれど、その結果としては、望むべくもないものであった。  それは、レベル5になったときの喜びとは全く違う、とても温かなものだった。  だからこそ、何も気負うことなく、素直に言葉を返せたのだと思う。 「バーカ、アンタは私と、私の9699人もの妹の命を救ってんのよ。そんな人間が何言ってんのよ。感謝してもし足りないのは、私の方よ」 「それは――」 「アンタは自分のためにやったって言うのかもしれないけどね、それなら私だって同じよ。  でもね、受け取る方はまた違う受け取り方をするもんなのよ」 「そういうもんか」 「そういうもんよ」  どちらともなく笑いが漏れる。  思えば、こうして彼と笑いあったことは、これが初めてなのではないかと思う。  今日この日のことを、たとえこの先何があったとしても、忘れることはないだろうと美琴は思った。  いつの間にか、年が明けていた。  広い敷地の中で片手で数えるぐらいしか寺社の存在しない学園都市内では、除夜の鐘が聞こえる場所は限られている。  テレビも点けていない現状では、時計を気にしていない限り年明けの瞬間を知ることは出来なかった。 「明けましておめでとう」 「おめでとうございます」 「気がついてたら年明けを5分過ぎてたってのはなんか抜けてるな」 「ふふっ、そうね。でもまぁそんなことより、早速初詣に行くわよ!」 「おいおいこんな寒いのに今から行くのかよ」 「当ったり前じゃない。私は明日から母が来るから、アンタと違って忙しいのよ。だから今から行くわよ」 「あれ? じゃああのお節とかはどうすんだ?」 「あれはアンタの分よ。私は母が作って持ってきてくれるもの。  ああ、お餅も買っといてあるから安心してね。  それとも何、私と一緒に食べたかった~?」 「その方が嬉しいが、美鈴さんが来るんならそんなこと言えねえだろ。本当に、何から何まですまないな」  母が聞いたら喜んで正月をここで過ごと言うだろう。  絶対に伝えないが。 「だ~から気にしない。じゃ、1時間ぐらいしたら携帯に連絡するから、それまで待っててね」 「ちょっと待て! 1時間って何だ! 今から直接行くんじゃないのかよ!」 「女の子にはいろいろあんのよ。じゃあ私はちょっとホテルで着替えてくるから」  了解、とげんなりとした表情で上条は返事をしてきた。  ならばそのその時間がどれほどの意味を持つのか、たっぷりと教えてやろうじゃないかと美琴は意気込み、上条の部屋を離れた。  明日美鈴と共に泊まるために今日から借りているホテルの部屋には、既に振袖など必要なものは運び込んであった。  シャワーを浴び、振袖の着付けを終え、頃合を見て上条に連絡を入れたのだが、化粧を施している間にロビーに到着したという連絡が入り、それから既に十五分は経過している。  姿見で全身を隈なくチェックしてみるが、一向に緊張と不安が消えてくれない。  これは上条の部屋を訪れたときとはまた別種のものであるが、それがわかったからといってどうしようもない。  これ以上彼を待たせるわけにも行かないだろう。気合を入れて部屋を出た。  エレベーターで一階に着くと、上条は窓の外に視線を向けていた。  その眼には退屈の二文字しか映っていないことは、後姿からでもありありと窺える。  声を掛ける勇気もなく、静々と彼の傍まで近づくと、服の裾をくいくいと引っ張った。 「お前なあ、いくらなんでも人を待たせすぎじゃ――」  ようやくといった感じで振り返った上条は、文句のひとつも言いたかったのだろうが、美琴と目が合うとその言葉を止めてしまった。 「……何よ、文句あんの?」 「――馬子にも衣装ってのは、こういうのを言うんだな」 「ア、ン、タ、はあぁーーー!!!」  上条のことだから褒め言葉と思って言ったのかもしれないが、最早確かめる気にもなれなかった。  怒りのためか、羞恥のためか、美琴の前髪から青白い電流がバチバチと弾けた。 「わーー! ちょっと待て落ち着け! 折角綺麗なカッコしてんだから今だけはやめとけ」 「うーー……」  顔を赤くし上目遣いで上条を睨みつけながら、頭に彼の右手を乗せられているこの状態では、この前の子ども扱いとまるで変わらない。  ここまでやってもこいつの対応は変わらないのかと、目にうっすらと涙すら溜まってきた。  だから、彼の頬がほんのり赤くなっていることには気付けなかった。 「よくわからんがすまん。俺が悪かった。だからとりあえず落ち着いてくれ」  そういって上条が美琴の頭から右手を離した途端、再び彼女の頭から青白い光が放たれた。 「御坂さんすみませんこの通り謝るから機嫌を直してください」 「そ、そう言われても、自然と出てきちゃって……」  レベル5たる美琴にとってこの程度の電流は出すことは、大した労力も掛からずに出来てしまうため、無意識で流れてしまうことが多い。  そしてそれが、最近多発するようになってしまったのだ。  それも上条が関わるときばかり。 「でも、こうすれば問題ないでしょ!」  そう言ってヤケになって美琴は左手で上条の右手を取った。  彼を睨みつけていたのが一転、恥ずかしさの余りそっぽを向いてしまった。  先ほどまで彼の部屋で和やかに過ごせていたのが嘘のように、どこか気まずい雰囲気に変わる。 「こ、こうすればいいって……」 「何よ、何か文句あんの!?」 「イイエ、アリマセン」 「ならさっさと行くわよ!」  そういって彼の顔も見ずに、上条の右手を引っ張って美琴は先導した。 「――って、やっぱりこのまま行くのかよ!?」  今度はきっぱりと無視して、ずかずかと先を進んでいく。  不幸だなどと呟いたら即座に超電磁砲を叩き込んでやると考えながら。  このとき傍からは、振袖を着込んだ中学生の女の子が男子高校生を勢い良く引っ張っていくという奇妙な光景が見られたことだろう。  そのまま美琴は上条を引っ張り続けた。  ホテルから目的の神社まで十分とかからなかったが、その間二人はずっと無言であった。  その理由はひとつではないのだろうが、話し出すきっかけを見出せずそのまま時が過ぎていったのである。  沈黙を破ったのは美琴だった。 「さあ、着いたわよ!」  目の前の階段と、その先にそびえる鳥居を美琴は親の敵の如く睨みつけていた。  この頃には上条にも、忙しい奴だなぁなどと思うほどには心に余裕が出来ていた。 「あの~御坂さん? やっぱりこのまま入るのでしょうか?」 「文句ある?」 「いいえありません」  先程と同じ問答を繰り返したことで上条は諦めた。 「学生なんてほとんど残ってないんだから、知り合いに会うこともないでしょうし大丈夫よ」 (見知らぬ独り身の男子学生に睨まれること確実だよな)  それ以前に理性が崩れそうで怖いのだが、気恥ずかしくて口には出せなかった。  美琴に連れられて階段を上りきり、鳥居の前に立った際に目に飛び込んできた光景は、およそ上条の想像からかけ離れたものだった。 「……なんていうか、思ったよりも寂しいな」 「アンタは学園都市の神社に一体何を期待してたのよ」 「具体例があるわけじゃないけど、もっとこう、華やかだったり、賑やかなものを想像してたんだが。だって新年だぜ?」 「外のおっきな神社なら屋台があったり人でごった返してたりするんだろうけど、ここじゃこんなもんよ。  だいたいこういうのは気分の問題よ」 (気分……か)  そう心の中で呟きながら、繋がれた手を見る。 「よおし、なら張り切っていくぞ! 美琴!」 「ちょっ! アンタ! いきなり!」  声を張り上げて、今度は上条が美琴を引っ張って歩き出した。なにやら後ろから美琴の焦った様な声が聞こえる。 「気分だ気分!」 (何で、コイツはいつもいつも……)  上条は自分を評して「将来旦那を尻に敷く」と言っていたが、それは絶対に間違いだろう。  何せ今日一日、自分は上条に振り回されてばかりなのだから。  それでも、悪い気はしないのだからどうしようもない。  そしてこのまま、この繋がれた手のように、彼が自分を引っ張り続けてくれたらどんなに幸せだろうと思う。  彼にとっては不幸をもたらす右手なのだろうが、自分にとっては間違いなく幸せをもたらしてくれる右手なのだから。 「さて、賽銭箱の前に着いたけど、こういうときの作法ってどうすりゃいいんだ」 「賽銭箱の前って……他に言い方もあるでしょうに。まあ、二拝二拍手一拝って言われてるけど、神様を敬う気持ちがあればあんまりこだわらなくていいんじゃない?」 「んな適当な」 「鳥居をくぐるとき礼もせず、お手水で体も清めずに突っ切り、道の真ん中を堂々と進んできた奴が今更何言ってんのよ」 「…………そうか、毒を食らわば皿までと言うしな」 「アンタはとりあえず、日本語が上達するように願っときなさい」  いよいよ参拝という段階になって、美琴は渋々上条の手を離した。  そのとき上条がどこか安堵するような表情を浮かべたことに、不機嫌が抑えられない。  鳥居をくぐる頃には能力が暴走することもないだろうとは自分でわかっていたが、上条の安堵はそのためだけではないことが窺えるためだ。  それでも神前だからと粛々とした態度で賽銭を入れ、鐘を鳴らした。  神様への願い事は今更言葉にする必要などなかった。  今、二人でこの場所に立っている。  そして今抱えているこの想いをもう一度確認する。  それだけで十分だと思えた。 「なあ御坂」 「……文句ある?」  社の階段から降りてすぐに、手を繋ぎなおしたら、またこれである。  三度繰り返された問答に、上条はただ首を振るだけで答えた。  そして美琴は、上条が呼び名を「御坂」と戻していることに、一層不機嫌になった。 (幻想殺しの右手で神前に立つってのは罰当たりだったのかもね)  今更そんなことを思ってもどうしようもないが、まあいいかと割り切る。  元々他力本願は性分ではないのだ。誓いさえ聞き届けてさえもらえればそれで構わないのだ。 「さて、じゃあ後はおみくじかしらね」 「上条さんは遠慮させてもらいますのことよ」 「私がアンタの右手を握って、アンタが左手でくじを引けば、少しは良くなるんじゃない?」 「なら御坂さんが幸運の女神であることを期待して引いてみますかね」  人の気分を上げたり下げたり、こいつは人をおちょっくっているのではないかと勘繰ってしまう。 「じゃあ俺から引かせてもらうぞ」 「結果はまだ見ないでね。私が引いてから」  そして美琴も引き終えると、畳まれた紙を二人同時に開いた。 「……凶か」 「私は吉ね」 (二人合わせてプラマイゼロ――)  そんな埒もないことを夢想する。 「いつもだったら大凶だっただろうから、これはきっと御坂のお陰だろうな」  大凶のないおみくじもあるわよね、なんてことも思うがそれはおくびにも出さない。 「そうよ、美琴サマに感謝なさい」 「だな。本当に、今日一日御坂には感謝しっぱなしだよ。これなら神頼みよりも、毎日御坂を拝んでいたほうがご利益があるかもな」 「何馬鹿なこと――」  言いかけて、美琴は突如上条の右手を離し、彼に抱きついてその頭を彼の胸に埋めた。 「み、御坂!?」 「黙って抱きしめなさい! 特に頭!」  いきなりのことに上条の狼狽した声が聞こえるが、それに構まず彼に小声で指示を飛ばす。頭に彼の右手が、背中に左手が恐る恐るといった感じで回されるが、今はその感触を堪能している暇はなかった。  間髪入れず、今度は別のところから声が飛んできたのである。 「カ、カミやん!? その女の子は誰ぜよ!?」 「おー、上条当麻ー。明けましておめでとー。そっちは新年早々ラブラブだなー」  その声に、上条がビクリと震えるのが直に伝わってきた。  心音の変化すら聞き取れる状態なのだから、それはもう、美琴の全身を揺らすぐらいに。 「カミやん、ついにフラグを回収したのかにゃー。これは年明けから血の雨が降るぜよ」  奇怪な猫ボイスと裏腹に、その口調は剣呑な色を帯びていた。 「これは休み明けのクラスでの裁判が楽しみぜよ。それまでせいぜい生き延びてることだにゃー」 「待て土御門! 誤解だ!」 「この期に及んでも彼女を抱きしめたままなのに、誤解も何もないにゃー。  安心しろカミやん。こんなに喜ばしいことはすぐに年賀メールとして知り合い全員に報告してあげるぜよ。  出来ることなら写真付きといきたいところだが、そこは彼女さんに遠慮してとどめておくから、感謝するにゃー」 「その方がいいぞ兄貴ー。学園都市には写真の取り扱いに気をつけなければならない人間が何人かいるから、その方が懸命だぞー」  それを聞いて、今度は美琴の体が震えた。  咄嗟に顔を隠したのに意味はなく、むしろ現状を悪化させただけだったのだ。  けれども、今更顔を上げることなどできなかった。 「じゃあなカミやん。最後にせいぜい彼女特製のお節と雑煮を堪能しておくことだにゃー」  土御門兄妹の遠ざかっていく足音が聞こえ始めると同時に、上条は「不幸だ」とポツリと呟いたが、その後も二人は抱き合ったままであることも気にすることなく、茫然自失としていた。  どれだけ時間が経ったのか、口火を切ったのは上条の方だった。 「お前、人を盾に自分だけ隠れるなんて、ズリィよ」 「……私だって舞夏にしっかりとばれてたわよ。それも全く言い訳できない状況で」  う~~、と呻きながら、美琴は額を上条の胸に押し付け、視線を下に下げた。  その体勢のまま、美琴は上条に尋ねた。 「舞夏達とはどういう知り合いなのよ?」 「一緒にいた男の方が土御門舞夏の兄貴で、俺のクラスメイトであり、隣の部屋の住人だ」  終わった、と美琴は心の中で呟いた。  ということは二人を通して美琴と上条のことはすべて筒抜けになるということである。  しかも今日の彼の部屋での出来事も、会話をちゃんと聞かれていなかったとしても、状況は把握されていたに違いない。  舞夏を通して常盤台全体に、もしかしたらネットにまで飛び火することまで覚悟しなければならないと美琴は思った。  これでは、今のこの体勢と合わせても、幸か不幸かわからない。 「あー、御坂? そろそろ離れていただけると上条さんはとてもありがたいのですが」 「私が落ち着くまでこうしてなさい。それとも女の子を抱きしめてる状況を不満だと言うの?」 「そんなことは決してありませんが、この状況をまた知り合いにでも見つかったら今度こそ上条さんの命が危ないわけでして」 「アンタなんていっつもこれよりすごいことやってんだから、今更誰に見られたって何も変わらないわよ」 「上条さんはそんな無節操ではありませんのことよ!?」  上条の言い訳を無視し、美琴は全身の感覚に身を委ねた。本当は隙間のないぐらい上条に強く抱きつきたいところだが、きっかけのない今からそれをすることは出来ない。  いくら覚悟を決めても、ストレートに気持ちを示すことさえままならないのだから、今のこの状況でもうあっぷあっぷだ。  それでも、頭や背中に回された腕、そして正面の上条本人から伝わってくる彼の体温は、美琴の体が火照ってくるほどに温かなものだった。 「御坂ー」 「もー少しー」 「周りの視線が非常に痛いのですが」 「男なら我慢なさい」  上条の温もりについ甘えたくなる。  一方でこの男は、気まずさしか感じていないのだろうかと思うと、不公平だなと思う。 「御坂さーん」 「――もう、わかったわよ」  駄々をこねる子供のような上条の口調に、美琴は満足はしていないものの、少しばかり拗ねてみせながら、上条の背に回した手を離した。 「さあ、行くわよ」  離れる際に、再び上条の右手を取ったが、今度は何も言われなかった。 「送ってくれてありがとね」  二人は神社を出て、美琴が宿泊予定のホテルのロビーに戻ってきていた。  道すがら、行きと同様に会話はなかったが、美琴は十分に満足していた。  神社の近くのホテルをを選んだことを悔やむぐらいに。 「あの、これ」  そう言って美琴は鞄から紙袋を取り出して上条に差し出した。  美琴としては可愛らしくラッピングもしたかったが、あれ以来そんな余裕はなかったのだ。 「ホントは、クリスマスに渡すつもりだったけど、機会がなかったし。でも、感謝の気持ちを示すのは、別にいつだっていいと思うから」 「あ、ああ。ありがとう」  虚を突かれた上条はおずおずと受け取った。 「開けてもいいか?」 「うん」  そして紙袋から出てきたのは、手編みのマフラーと手袋だった。 「これ、もしかして御坂が編んでくれたのか?」 「もしかしなくてもそうよ」 「その、本当に、ありがとうな。なんか今日は、いろいろともらってばかりで、俺は何も用意してないし、申し訳ないというか」 「いいのよ。これは私がしたいからしているだけ。人の好意は素直に受け取っておきなさい」 「でも――」 「じゃあさ」  交換条件にするつもりはなく、あくまで「お願い」として上条に頼むつもりだったことを美琴は口にする。 「3日は、アンタ暇?」 「夕方までは予定は入ってないぞ」 「それなら、夕方まで私に時間をくれない?」  ホテルに戻ってきてからは解いていた手で、上条の服の裾をつかむ。 「妹達と、一緒に、お正月を過ごしてあげたいの」  お人好しの上条が断るはずがないと信じているが、それでも言葉に言い表せない恐れがある。  それはもしかしたら、上条に対してでなく、妹達に対する負い目からなのかもしれない。 「あの子達は、そういうのを全く知らずに育ってきてるから。  大晦日からずっと一緒にいてあげたいとも思ってたけど、2日まで母が来る予定だったし、外泊の許可も2日の夜までだったから、せめて3日だけでもと思って」  そんな、言い訳みたいな言葉を連ねていると、不意に上条に頭を撫でられた。 「それなら喜んで行くさ。こういうのは人数が多いほうが楽しいし、俺だって一人で過ごすよりよっぽどいい。  むしろそんなんじゃ全くお返しにならねえよ」 「ううん、お返しとか、そういうんじゃないの」 「そうだな」  上条の右手で撫でられている頭から、じんわりと彼の熱が体に広がっていき、それと共に体の中に巣食っていた恐れや不安が和らいでいく。 「それなら、うちにあるお節持っていくか」 「それは大丈夫。母に、たくさん作って持ってきて頼んだから。きっと、私が作ったものよりも、その方がいいから」 「そっか」  彼の右手から伝わる労りが、一層強くなるのを感じた。あるいはそれを、慈しみというのかもしれない。  ホテルの部屋にひとり戻って、一息ついた。  高まっていた気分が落ち着き、呼吸と共に精神的な疲れも抜けていくように感じたが、一緒に体にこもった彼の熱も逃げていくようで、もったいないと思った。  今日は――正確には大晦日から、本当にいろいろあった。  新年の幕開けとしては、驚くほど波乱に満ちている。  今年は一体どんな年になるというのだろうか。  一連の行動は、今までの自分からすれば別人ではないかと思えるほど、理想(自分だけの現実)に近付いたものだった。  それはきっと、成長の証なのだろうと思う。  でもそれは、自分ひとりの力では成し得なかったことであることはよくわかっている。  有形無形の形で、いろんな人に後押しされていた。  それを今、噛み締めている。  すぐには無理だろうが、いずれ母や黒子、初春や佐天に、たとえどんな結末を迎えたとしても、しっかりと報告することが出来るだろうと思う。  でもまずは、昼からは母と、明日は妹達と、精一杯楽しんで過ごそうと思う。  そしていつか、その横に彼が一緒にいてくれることを美琴は強く願った。 }}} #exp(){#back(hr,left,text=Back)}
*新たな年の幕開けは 2 #asciiart(){{{  そして大晦日当日。 (いよいよ決戦の時ね)  覚悟も決めた。  腹も括った。  「ストレートに行け」というアドバイスも頭に刻み込んだ。  何より、美鈴への嘘の負い目からも、もう迷わないと決めたのだ。 「よしっ!」  事前に聞いておいた上条宅の住所に向けて、たくさんの食材を詰め込んだ袋を両手に抱え、美琴はどしどしと歩を進めた。  いつの間にか美琴は上条宅の扉の前に着いていた。  覚悟はしても、やはり緊張しているのだろう。  ここまでの道のりはほとんど覚えていなかった。  その勢いのままに呼び鈴を鳴らす。  その音に合わせ、美琴の心臓も一際大きな音を立てた。  もう後戻りはできない。そう思うと不安がもたげてくるが、心の中でそれを握りつぶした。 「おーっす御坂――って何だその大荷物」 「おっす。とりあえずこれ下ろさせて」  驚く上条を押しのけて我が物顔で上条の部屋へと入る。  そうでもしなければきっと玄関先で立ち往生したままであっただろう。 「何だこれ、全部食材? 年越し蕎麦ってこんなに手の掛かるもんなのか?」 「そんな訳ないでしょバカ。これはお節とお雑煮の材料よ」 「何!? まさか御坂が作ってくれるって言うのか!? うちで!?」 「他にこれをどうするってのよ」  何を当たり前のことを、とでも言うように美琴は呆れ顔を作った。 「ああ、クリスマスに続いてなんて幸運なんだろう。もう上条さんは一生分の運を使い果たしてしまったようで怖いぐらいですよ」  なら私が一生アンタに運を与え続けてあげるわよ、なんてセリフが思い浮かんだが、口に出せるわけがなかった。  代わりにしめたとばかりに、かねてから聞きたかったことを口にした。 「それで、アンタはそのクリスマスにかわいい女の子達に囲まれて、どんなラッキースケベを連発してたのかしら~?」 「い、いやいやいや、紳士上条さんはそんなラッキースケベなんてこれっぽっちも経験してませんよ!?  むしろあれは全部事故でそれよりも殴られたり蹴られたり投げられたり斬られたりかじられたり投げられたり燃やされたり――」 「…………もういい、だいたいわかったから」  顔を引きつらせながら言い訳だかなんだかを繰り返す上条に、やっぱりこいつはいつも通りかと、美琴はただただため息しか出なかった。  でもこれなら、恋人が出来たり、特定の誰かと仲が進展したということもないだろう。  それにもし、そうであったとしても、もう突き進むしかないのだ。  過去のことなんて関係ない。  つい数日前の悩みが馬鹿馬鹿しく思えるくらいに、今の美琴は芯が固まっていた。 「さて、じゃあ早速お節作り始めるから、どいたどいた」  邪魔者を追い払うようにしっしっと手を振りながら、美琴は荷物の中からエプロンなどを取り出しはじめた。 「う~ん、我が家で女の子がエプロンを着けて料理をする光景をまた見られるなんて、上条さんは感動で涙が出そうですよ」 (「また」って何、「また」って!)  これだからこいつは、とこめかみに青筋が立つが、気にしないと決めたからにはそれを曲げるつもりはない。  次に口に出すときは、恋人の座を勝ち取ってからだと、美琴は心の中で新たに誓いを立てた。  そしてそのときになったら、首根っこを掴まえて必ず吐かせてやることも忘れずに。  美琴が顔を上げるとそこには、頻りに頷きながらなにやら噛み締めている上条の姿があった。  その手はまな板に掛かっている。 「で、アンタはなにやってんのよ。邪魔だからどいてなさいって言ったでしょ」 「いえいえ、まさか上条さんとしては御坂さんにすべて任せてただ待っていることなんてできませんよ」  つまり、手伝うということであろうか。 (――ってことは、こいつと二人で料理!?)  この時に備え幾つものパターンをシミュレーション(妄想)してきたが、さすがにこれは想定外であった。  そもそも前提からして違ったのである。パニックに陥りそうになる思考を何とか抑え、言葉を搾り出す。 「それなら、とりあえず手を洗いなさい。まずはそれから」  おう、と小気味良い返事。  ただそれだけでも、美琴の心は弾んだ。  しかし、どうしようかとも思う。  美琴は、お節の作り方を人に教えられるほど慣れていない。  というよりも、数日前からインターネットや本から知識を集め、寮で何度か練習しただけなのだ。  食べ物を粗末にしてはいけないという思いから、その数とて限られている。  女の子なのだから本当は母親から直に教わってみたかった。  せめて、電話でアドバイスだけでも求めたいという思いはあった。  けれども、こと今回に関しては、美鈴に聞くのはルール違反だろうと思ったのだ。  自分で決め、美鈴に嘘をついてまで押し通したことなのだから、最後まで自分でやり遂げなければならない。  その思いこそが今の美琴の行動を支えているのである。  まさか上条が作り方を知っているとも思えない。  なら自分が何とかするしかないのだ。  それに、二人で試行錯誤するということに、甘い響きがあるとも思った。  結局のところ、お節と雑煮を2人で作り終えたころには23時を回っていた。  美琴が当初思い描いた甘い幻想とは裏腹に、実際にはテンパりながら、時に罵声を飛ばしながらの疲れるものであった。  けれども、満たされるものがあったことも否定できない。  今はようやく落ち着き、美琴は蕎麦を茹でていた。  これはひとりで十分ということで、上条は台所を離れテーブルに突っ伏している。  精も根も尽き果てたといった体である。  出来上がって美琴が振り返ったときには、上条は犬のように一心にこちらを見つめていた。 (色気よりも食い気か、アンタは)  それでもそんなことには落胆しないほどに、美琴の心は満たされていた。  それはもう、蕎麦などいらないぐらいに。 「お待たせ」 「待ってました。もう少しで空腹で死んでしまうところでしたよ」 「くすっ。大袈裟ね」 「いやいや、食べ盛りの男子学生があれだけ働けば当然だって」 「アンタは洗うか切るかだけだったじゃない」 「それを御坂のペースに合わせてやるのがどれだけ大変だと思っているんだ――っても、本人にはわからないだろうが。  でもあれだな、俺も料理経験の時間は負けちゃいないと思うが、こうまで手際に差が現れるとお前が女の子なんだなとしみじみと感じるよ」 「それ、全然褒めてないわよね?」  私に対する普段のコイツの扱いからすれば、コイツの口から「女の子」という評価が出たことは記念すべきことだが、素直には喜べない。 「十分すごいと思ってるよ。こんだけ料理が上手いってだけでも、将来いいお嫁さんになれるさ。旦那は絶対に尻に敷かれるだろうが」 「だからアンタは一言多いのよ!」  その後も他愛もない会話が続いた。  美琴は蕎麦を味わう余裕がなかったが、食事はこれまでにないほど楽しいものだった。 「いや~、美味かった。ご馳走様。これまで食べた中でも間違いなく一番美味い蕎麦だったよ」 「お粗末様。でもアンタの買ったこの蕎麦、アンタのことだから安物でしょ?  大体手打ち蕎麦でもないのに、さっきから言うことがいちいち大袈裟なのよ」 「どんなに安物でも、女の子の手作りってだけで特別な価値があるのですよ」 (~~~~~!)  コイツは自分で言っていることの中身を自分で理解しているのだろうか、と美琴は血の上った頭で考える。  少なくとも、昨日までのコイツだったら私に対してこんな言葉を掛けることはなかっただろう。  たとえ無意識であっても、コイツの認識を変えられたのなら、大きな成果である。 「ありがとな、御坂」 「な、何よ急に気持ち悪い!」  動揺の余り、つい元の憎まれ口を叩いてしまう。  そのことに美琴はしまったと思ったが、上条は気にすることなく続けた。 「だってよ、初めての年末年始を独りぼっちで過ごさなきゃならないと思って落胆していたところを、お前に救ってもらったんだ。  それも、もうこれ以上の正月は迎えられないんじゃないかと心配してぐらい、こんなに充実した形でさ。  お前には幾ら感謝してもし足りないぐらいだよ」  その言葉に、美琴は思わず涙ぐんでしまった。  それを隠すために、美琴はテーブルに顎を乗せて上目遣いで上条を見つめた。  不安の中で努力してきたこと、その時間は短いけれど、その結果としては、望むべくもないものであった。  それは、レベル5になったときの喜びとは全く違う、とても温かなものだった。  だからこそ、何も気負うことなく、素直に言葉を返せたのだと思う。 「バーカ、アンタは私と、私の9699人もの妹の命を救ってんのよ。そんな人間が何言ってんのよ。感謝してもし足りないのは、私の方よ」 「それは――」 「アンタは自分のためにやったって言うのかもしれないけどね、それなら私だって同じよ。  でもね、受け取る方はまた違う受け取り方をするもんなのよ」 「そういうもんか」 「そういうもんよ」  どちらともなく笑いが漏れる。  思えば、こうして彼と笑いあったことは、これが初めてなのではないかと思う。  今日この日のことを、たとえこの先何があったとしても、忘れることはないだろうと美琴は思った。  いつの間にか、年が明けていた。  広い敷地の中で片手で数えるぐらいしか寺社の存在しない学園都市内では、除夜の鐘が聞こえる場所は限られている。  テレビも点けていない現状では、時計を気にしていない限り年明けの瞬間を知ることは出来なかった。 「明けましておめでとう」 「おめでとうございます」 「気がついてたら年明けを5分過ぎてたってのはなんか抜けてるな」 「ふふっ、そうね。でもまぁそんなことより、早速初詣に行くわよ!」 「おいおいこんな寒いのに今から行くのかよ」 「当ったり前じゃない。私は明日から母が来るから、アンタと違って忙しいのよ。だから今から行くわよ」 「あれ? じゃああのお節とかはどうすんだ?」 「あれはアンタの分よ。私は母が作って持ってきてくれるもの。  ああ、お餅も買っといてあるから安心してね。  それとも何、私と一緒に食べたかった~?」 「その方が嬉しいが、美鈴さんが来るんならそんなこと言えねえだろ。本当に、何から何まですまないな」  母が聞いたら喜んで正月をここで過ごと言うだろう。  絶対に伝えないが。 「だ~から気にしない。じゃ、1時間ぐらいしたら携帯に連絡するから、それまで待っててね」 「ちょっと待て! 1時間って何だ! 今から直接行くんじゃないのかよ!」 「女の子にはいろいろあんのよ。じゃあ私はちょっとホテルで着替えてくるから」  了解、とげんなりとした表情で上条は返事をしてきた。  ならばそのその時間がどれほどの意味を持つのか、たっぷりと教えてやろうじゃないかと美琴は意気込み、上条の部屋を離れた。  明日美鈴と共に泊まるために今日から借りているホテルの部屋には、既に振袖など必要なものは運び込んであった。  シャワーを浴び、振袖の着付けを終え、頃合を見て上条に連絡を入れたのだが、化粧を施している間にロビーに到着したという連絡が入り、それから既に十五分は経過している。  姿見で全身を隈なくチェックしてみるが、一向に緊張と不安が消えてくれない。  これは上条の部屋を訪れたときとはまた別種のものであるが、それがわかったからといってどうしようもない。  これ以上彼を待たせるわけにも行かないだろう。気合を入れて部屋を出た。  エレベーターで一階に着くと、上条は窓の外に視線を向けていた。  その眼には退屈の二文字しか映っていないことは、後姿からでもありありと窺える。  声を掛ける勇気もなく、静々と彼の傍まで近づくと、服の裾をくいくいと引っ張った。 「お前なあ、いくらなんでも人を待たせすぎじゃ――」  ようやくといった感じで振り返った上条は、文句のひとつも言いたかったのだろうが、美琴と目が合うとその言葉を止めてしまった。 「……何よ、文句あんの?」 「――馬子にも衣装ってのは、こういうのを言うんだな」 「ア、ン、タ、はあぁーーー!!!」  上条のことだから褒め言葉と思って言ったのかもしれないが、最早確かめる気にもなれなかった。  怒りのためか、羞恥のためか、美琴の前髪から青白い電流がバチバチと弾けた。 「わーー! ちょっと待て落ち着け! 折角綺麗なカッコしてんだから今だけはやめとけ」 「うーー……」  顔を赤くし上目遣いで上条を睨みつけながら、頭に彼の右手を乗せられているこの状態では、この前の子ども扱いとまるで変わらない。  ここまでやってもこいつの対応は変わらないのかと、目にうっすらと涙すら溜まってきた。  だから、彼の頬がほんのり赤くなっていることには気付けなかった。 「よくわからんがすまん。俺が悪かった。だからとりあえず落ち着いてくれ」  そういって上条が美琴の頭から右手を離した途端、再び彼女の頭から青白い光が放たれた。 「御坂さんすみませんこの通り謝るから機嫌を直してください」 「そ、そう言われても、自然と出てきちゃって……」  レベル5たる美琴にとってこの程度の電流は出すことは、大した労力も掛からずに出来てしまうため、無意識で流れてしまうことが多い。  そしてそれが、最近多発するようになってしまったのだ。  それも上条が関わるときばかり。 「でも、こうすれば問題ないでしょ!」  そう言ってヤケになって美琴は左手で上条の右手を取った。  彼を睨みつけていたのが一転、恥ずかしさの余りそっぽを向いてしまった。  先ほどまで彼の部屋で和やかに過ごせていたのが嘘のように、どこか気まずい雰囲気に変わる。 「こ、こうすればいいって……」 「何よ、何か文句あんの!?」 「イイエ、アリマセン」 「ならさっさと行くわよ!」  そういって彼の顔も見ずに、上条の右手を引っ張って美琴は先導した。 「――って、やっぱりこのまま行くのかよ!?」  今度はきっぱりと無視して、ずかずかと先を進んでいく。  不幸だなどと呟いたら即座に超電磁砲を叩き込んでやると考えながら。  このとき傍からは、振袖を着込んだ中学生の女の子が男子高校生を勢い良く引っ張っていくという奇妙な光景が見られたことだろう。  そのまま美琴は上条を引っ張り続けた。  ホテルから目的の神社まで十分とかからなかったが、その間二人はずっと無言であった。  その理由はひとつではないのだろうが、話し出すきっかけを見出せずそのまま時が過ぎていったのである。  沈黙を破ったのは美琴だった。 「さあ、着いたわよ!」  目の前の階段と、その先にそびえる鳥居を美琴は親の敵の如く睨みつけていた。  この頃には上条にも、忙しい奴だなぁなどと思うほどには心に余裕が出来ていた。 「あの~御坂さん? やっぱりこのまま入るのでしょうか?」 「文句ある?」 「いいえありません」  先程と同じ問答を繰り返したことで上条は諦めた。 「学生なんてほとんど残ってないんだから、知り合いに会うこともないでしょうし大丈夫よ」 (見知らぬ独り身の男子学生に睨まれること確実だよな)  それ以前に理性が崩れそうで怖いのだが、気恥ずかしくて口には出せなかった。  美琴に連れられて階段を上りきり、鳥居の前に立った際に目に飛び込んできた光景は、およそ上条の想像からかけ離れたものだった。 「……なんていうか、思ったよりも寂しいな」 「アンタは学園都市の神社に一体何を期待してたのよ」 「具体例があるわけじゃないけど、もっとこう、華やかだったり、賑やかなものを想像してたんだが。だって新年だぜ?」 「外のおっきな神社なら屋台があったり人でごった返してたりするんだろうけど、ここじゃこんなもんよ。  だいたいこういうのは気分の問題よ」 (気分……か)  そう心の中で呟きながら、繋がれた手を見る。 「よおし、なら張り切っていくぞ! 美琴!」 「ちょっ! アンタ! いきなり!」  声を張り上げて、今度は上条が美琴を引っ張って歩き出した。なにやら後ろから美琴の焦った様な声が聞こえる。 「気分だ気分!」 (何で、コイツはいつもいつも……)  上条は自分を評して「将来旦那を尻に敷く」と言っていたが、それは絶対に間違いだろう。  何せ今日一日、自分は上条に振り回されてばかりなのだから。  それでも、悪い気はしないのだからどうしようもない。  そしてこのまま、この繋がれた手のように、彼が自分を引っ張り続けてくれたらどんなに幸せだろうと思う。  彼にとっては不幸をもたらす右手なのだろうが、自分にとっては間違いなく幸せをもたらしてくれる右手なのだから。 「さて、賽銭箱の前に着いたけど、こういうときの作法ってどうすりゃいいんだ」 「賽銭箱の前って……他に言い方もあるでしょうに。まあ、二拝二拍手一拝って言われてるけど、神様を敬う気持ちがあればあんまりこだわらなくていいんじゃない?」 「んな適当な」 「鳥居をくぐるとき礼もせず、お手水で体も清めずに突っ切り、道の真ん中を堂々と進んできた奴が今更何言ってんのよ」 「…………そうか、毒を食らわば皿までと言うしな」 「アンタはとりあえず、日本語が上達するように願っときなさい」  いよいよ参拝という段階になって、美琴は渋々上条の手を離した。  そのとき上条がどこか安堵するような表情を浮かべたことに、不機嫌が抑えられない。  鳥居をくぐる頃には能力が暴走することもないだろうとは自分でわかっていたが、上条の安堵はそのためだけではないことが窺えるためだ。  それでも神前だからと粛々とした態度で賽銭を入れ、鐘を鳴らした。  神様への願い事は今更言葉にする必要などなかった。  今、二人でこの場所に立っている。  そして今抱えているこの想いをもう一度確認する。  それだけで十分だと思えた。 「なあ御坂」 「……文句ある?」  社の階段から降りてすぐに、手を繋ぎなおしたら、またこれである。  三度繰り返された問答に、上条はただ首を振るだけで答えた。  そして美琴は、上条が呼び名を「御坂」と戻していることに、一層不機嫌になった。 (幻想殺しの右手で神前に立つってのは罰当たりだったのかもね)  今更そんなことを思ってもどうしようもないが、まあいいかと割り切る。  元々他力本願は性分ではないのだ。誓いさえ聞き届けてさえもらえればそれで構わないのだ。 「さて、じゃあ後はおみくじかしらね」 「上条さんは遠慮させてもらいますのことよ」 「私がアンタの右手を握って、アンタが左手でくじを引けば、少しは良くなるんじゃない?」 「なら御坂さんが幸運の女神であることを期待して引いてみますかね」  人の気分を上げたり下げたり、こいつは人をおちょっくっているのではないかと勘繰ってしまう。 「じゃあ俺から引かせてもらうぞ」 「結果はまだ見ないでね。私が引いてから」  そして美琴も引き終えると、畳まれた紙を二人同時に開いた。 「……凶か」 「私は吉ね」 (二人合わせてプラマイゼロ――)  そんな埒もないことを夢想する。 「いつもだったら大凶だっただろうから、これはきっと御坂のお陰だろうな」  大凶のないおみくじもあるわよね、なんてことも思うがそれはおくびにも出さない。 「そうよ、美琴サマに感謝なさい」 「だな。本当に、今日一日御坂には感謝しっぱなしだよ。これなら神頼みよりも、毎日御坂を拝んでいたほうがご利益があるかもな」 「何馬鹿なこと――」  言いかけて、美琴は突如上条の右手を離し、彼に抱きついてその頭を彼の胸に埋めた。 「み、御坂!?」 「黙って抱きしめなさい! 特に頭!」  いきなりのことに上条の狼狽した声が聞こえるが、それに構まず彼に小声で指示を飛ばす。頭に彼の右手が、背中に左手が恐る恐るといった感じで回されるが、今はその感触を堪能している暇はなかった。  間髪入れず、今度は別のところから声が飛んできたのである。 「カ、カミやん!? その女の子は誰ぜよ!?」 「おー、上条当麻ー。明けましておめでとー。そっちは新年早々ラブラブだなー」  その声に、上条がビクリと震えるのが直に伝わってきた。  心音の変化すら聞き取れる状態なのだから、それはもう、美琴の全身を揺らすぐらいに。 「カミやん、ついにフラグを回収したのかにゃー。これは年明けから血の雨が降るぜよ」  奇怪な猫ボイスと裏腹に、その口調は剣呑な色を帯びていた。 「これは休み明けのクラスでの裁判が楽しみぜよ。それまでせいぜい生き延びてることだにゃー」 「待て土御門! 誤解だ!」 「この期に及んでも彼女を抱きしめたままなのに、誤解も何もないにゃー。  安心しろカミやん。こんなに喜ばしいことはすぐに年賀メールとして知り合い全員に報告してあげるぜよ。  出来ることなら写真付きといきたいところだが、そこは彼女さんに遠慮してとどめておくから、感謝するにゃー」 「その方がいいぞ兄貴ー。学園都市には写真の取り扱いに気をつけなければならない人間が何人かいるから、その方が懸命だぞー」  それを聞いて、今度は美琴の体が震えた。  咄嗟に顔を隠したのに意味はなく、むしろ現状を悪化させただけだったのだ。  けれども、今更顔を上げることなどできなかった。 「じゃあなカミやん。最後にせいぜい彼女特製のお節と雑煮を堪能しておくことだにゃー」  土御門兄妹の遠ざかっていく足音が聞こえ始めると同時に、上条は「不幸だ」とポツリと呟いたが、その後も二人は抱き合ったままであることも気にすることなく、茫然自失としていた。  どれだけ時間が経ったのか、口火を切ったのは上条の方だった。 「お前、人を盾に自分だけ隠れるなんて、ズリィよ」 「……私だって舞夏にしっかりとばれてたわよ。それも全く言い訳できない状況で」  う~~、と呻きながら、美琴は額を上条の胸に押し付け、視線を下に下げた。  その体勢のまま、美琴は上条に尋ねた。 「舞夏達とはどういう知り合いなのよ?」 「一緒にいた男の方が土御門舞夏の兄貴で、俺のクラスメイトであり、隣の部屋の住人だ」  終わった、と美琴は心の中で呟いた。  ということは二人を通して美琴と上条のことはすべて筒抜けになるということである。  しかも今日の彼の部屋での出来事も、会話をちゃんと聞かれていなかったとしても、状況は把握されていたに違いない。  舞夏を通して常盤台全体に、もしかしたらネットにまで飛び火することまで覚悟しなければならないと美琴は思った。  これでは、今のこの体勢と合わせても、幸か不幸かわからない。 「あー、御坂? そろそろ離れていただけると上条さんはとてもありがたいのですが」 「私が落ち着くまでこうしてなさい。それとも女の子を抱きしめてる状況を不満だと言うの?」 「そんなことは決してありませんが、この状況をまた知り合いにでも見つかったら今度こそ上条さんの命が危ないわけでして」 「アンタなんていっつもこれよりすごいことやってんだから、今更誰に見られたって何も変わらないわよ」 「上条さんはそんな無節操ではありませんのことよ!?」  上条の言い訳を無視し、美琴は全身の感覚に身を委ねた。本当は隙間のないぐらい上条に強く抱きつきたいところだが、きっかけのない今からそれをすることは出来ない。  いくら覚悟を決めても、ストレートに気持ちを示すことさえままならないのだから、今のこの状況でもうあっぷあっぷだ。  それでも、頭や背中に回された腕、そして正面の上条本人から伝わってくる彼の体温は、美琴の体が火照ってくるほどに温かなものだった。 「御坂ー」 「もー少しー」 「周りの視線が非常に痛いのですが」 「男なら我慢なさい」  上条の温もりについ甘えたくなる。  一方でこの男は、気まずさしか感じていないのだろうかと思うと、不公平だなと思う。 「御坂さーん」 「――もう、わかったわよ」  駄々をこねる子供のような上条の口調に、美琴は満足はしていないものの、少しばかり拗ねてみせながら、上条の背に回した手を離した。 「さあ、行くわよ」  離れる際に、再び上条の右手を取ったが、今度は何も言われなかった。 「送ってくれてありがとね」  二人は神社を出て、美琴が宿泊予定のホテルのロビーに戻ってきていた。  道すがら、行きと同様に会話はなかったが、美琴は十分に満足していた。  神社の近くのホテルをを選んだことを悔やむぐらいに。 「あの、これ」  そう言って美琴は鞄から紙袋を取り出して上条に差し出した。  美琴としては可愛らしくラッピングもしたかったが、あれ以来そんな余裕はなかったのだ。 「ホントは、クリスマスに渡すつもりだったけど、機会がなかったし。でも、感謝の気持ちを示すのは、別にいつだっていいと思うから」 「あ、ああ。ありがとう」  虚を突かれた上条はおずおずと受け取った。 「開けてもいいか?」 「うん」  そして紙袋から出てきたのは、手編みのマフラーと手袋だった。 「これ、もしかして御坂が編んでくれたのか?」 「もしかしなくてもそうよ」 「その、本当に、ありがとうな。なんか今日は、いろいろともらってばかりで、俺は何も用意してないし、申し訳ないというか」 「いいのよ。これは私がしたいからしているだけ。人の好意は素直に受け取っておきなさい」 「でも――」 「じゃあさ」  交換条件にするつもりはなく、あくまで「お願い」として上条に頼むつもりだったことを美琴は口にする。 「3日は、アンタ暇?」 「夕方までは予定は入ってないぞ」 「それなら、夕方まで私に時間をくれない?」  ホテルに戻ってきてからは解いていた手で、上条の服の裾をつかむ。 「妹達と、一緒に、お正月を過ごしてあげたいの」  お人好しの上条が断るはずがないと信じているが、それでも言葉に言い表せない恐れがある。  それはもしかしたら、上条に対してでなく、妹達に対する負い目からなのかもしれない。 「あの子達は、そういうのを全く知らずに育ってきてるから。  大晦日からずっと一緒にいてあげたいとも思ってたけど、2日まで母が来る予定だったし、外泊の許可も2日の夜までだったから、せめて3日だけでもと思って」  そんな、言い訳みたいな言葉を連ねていると、不意に上条に頭を撫でられた。 「それなら喜んで行くさ。こういうのは人数が多いほうが楽しいし、俺だって一人で過ごすよりよっぽどいい。  むしろそんなんじゃ全くお返しにならねえよ」 「ううん、お返しとか、そういうんじゃないの」 「そうだな」  上条の右手で撫でられている頭から、じんわりと彼の熱が体に広がっていき、それと共に体の中に巣食っていた恐れや不安が和らいでいく。 「それなら、うちにあるお節持っていくか」 「それは大丈夫。母に、たくさん作って持ってきて頼んだから。きっと、私が作ったものよりも、その方がいいから」 「そっか」  彼の右手から伝わる労りが、一層強くなるのを感じた。あるいはそれを、慈しみというのかもしれない。  ホテルの部屋にひとり戻って、一息ついた。  高まっていた気分が落ち着き、呼吸と共に精神的な疲れも抜けていくように感じたが、一緒に体にこもった彼の熱も逃げていくようで、もったいないと思った。  今日は――正確には大晦日から、本当にいろいろあった。  新年の幕開けとしては、驚くほど波乱に満ちている。  今年は一体どんな年になるというのだろうか。  一連の行動は、今までの自分からすれば別人ではないかと思えるほど、理想(自分だけの現実)に近付いたものだった。  それはきっと、成長の証なのだろうと思う。  でもそれは、自分ひとりの力では成し得なかったことであることはよくわかっている。  有形無形の形で、いろんな人に後押しされていた。  それを今、噛み締めている。  すぐには無理だろうが、いずれ母や黒子、初春や佐天に、たとえどんな結末を迎えたとしても、しっかりと報告することが出来るだろうと思う。  でもまずは、昼からは母と、明日は妹達と、精一杯楽しんで過ごそうと思う。  そしていつか、その横に彼が一緒にいてくれることを美琴は強く願った。 }}} #exp(){#back(hr,left,text=Back)}

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