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上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/どこにでもあるハッピーエンド/Part03 - (2010/05/16 (日) 13:54:35) の最新版との変更点

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---- #navi(上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/どこにでもあるハッピーエンド)  風紀委員第一七七支部。  学園都市の治安を守るために日夜活動に精を出す風紀委員の活動拠点の一つである。  普通こういった警察的組織の活動拠点といえば忙しいと相場が決まっているのだが、それでもまったく事件のない時は意外とあるもので、そんな時はやはりこういった場所ものんびりとした空気に包まれる。  さらにここ一七七支部に至っては、風紀委員でない御坂美琴や佐天涙子といった、風紀委員メンバーの友人達もしばしば訪れており、事件のない時はのんびりとした空気に包まれるどころか女子中学生の遊び場になってしまう。  はっきり言ってかしましいことこの上ない。  ちなみに今日の一七七支部はというと、ただの遊び場状態と化していた。 「ですから、私には理解できないんですよ。どうして色が白いだけであれが普通のタイ焼きより高いのかが」 「わかってませんわね、佐天さん。あれはただ色が白いだけではありませんのよ。普通のタイ焼きに比べてこう、高いなりのもちもちっとした触感がまるでお姉様の柔肌を思い出させて、ああ、ごめんなさいお姉様! 黒子はタイ焼きごときに浮気をしてしまいましたの! でもでも最近お姉様が黒子をほったらかしにするから!」 「ねえ、そもそもみんなどうしてタイ焼きなんて食べられるの? あんな、かわいいのに……」 「えっと……そ、その辺は個々人の趣味という物がありますし。そうだ初春、初春はどう思う? やっぱり数十円でもあの値段の差は私達には大きいと思わない?」  美琴や白井となんてことはない話に花を咲かせていた佐天が、同じ庶民としての意見を求めようと初春に声をかけた。  だが答えが初春から返ってこない。  初春は難しい顔をしてずっとパソコンの画面とにらめっこをしていたからだ。  佐天はひょいと初春の顔をのぞき込んだ。 「ん? どうしたの、初春、さっきから難しい顔して。最近大きな事件もないんだし、もっとふんわかいこうよ、ふんわか」 「うーん」  しかし初春の視線が画面から離れることはなかった。 「初春ってば最近ずっとこうですのよ、時間があるときはいつも過去の事件を調べているんですの。真面目というか、なんというか」  トリップ状態から帰ってきた白井がやれやれ、と言わんばかりに首を振った。 「ふーん、過去の事件ね。どんな事件なの?」  なんとなく興味を引かれた美琴が初春の後ろからひょいとパソコンの画面をのぞき込んだ。 「げ」  画面の文字が見えた瞬間、美琴は思わずおよそお嬢様らしくない声を出していた。  そこにあったのはグラビトン事件や地下街でのシェリーの事件、大覇星際に関わる騒動。  他にも色々あったのだが、とにかく共通するのは全て上条当麻、幻想殺しが関わっている事件ばかりだったのだ。  美琴は冷や汗を拭いながら努めて冷静な声で初春に話しかけた。 「う、うい初春さん、どうしてこういう事件を調べてるの?」  初春は大きくため息をついて美琴の方を向いた。 「それが、気になるんですよ。学園都市の都市伝説が」 「都市伝説?」 「ええ。ほら、木山春生の『脱ぎ女』や『幻想御手』があったわけじゃないですか。だとすれば『どんな能力も打ち消す能力』があっても不思議じゃないなって。ううん、きっとあるんだと思います」 「それ、それはそう、かも。でも、どうしてそんなことを気にするの?」  常に危険と隣り合わせな日常を送る上条にレベル1の初春が近づくのは危険だという思いと、あまり自分以外の女の子に上条への興味を持ってもらいたくないという乙女心から美琴はやんわりと初春の興味をそらせようと考えた。  しかし美琴の試みはあえなく失敗することになる。 「私、あのグラビトン事件のお礼を言いたいんです、その能力者さんに」  初春の決意の言葉によって。 「え――――!!」  美琴は再びお嬢様らしくない声を上げた。 「ダ、ダダダ、ダメ、ダメだってば初春さん。そんなことしたら危険、危険すぎるわよ! 絶対ダメ!」 「どうしてダメなんですか? それに危険て、もしかして御坂さん、その能力者さんのこと、何か知ってるんですか?」 「うぐぐ」  美琴は完全に言葉に詰まってしまった。  上条のことをここで言うのは簡単である、だが上条を女の子に紹介するなんてことが美琴にできるはずもない。  とはいえ美琴の性格上上手く嘘をつくこともできない。  結果として美琴は何も話すことができなくなってしまったのだ。  そんな美琴を見ながら白井は小さくため息をついた。  上条のことも、美琴の想いも全て知っている白井からすれば今の美琴の気持ちは手に取るようにわかるのだが、なんとなく美琴を助ける気になれないのは複雑な乙女心のなせるわざ。  結局美琴を救ったのは事情は知らないが空気の読める女、佐天涙子だった。 「ねえ初春、どうしてグラビトン事件のお礼とその都市伝説が結びつくの?」 「あ、それはですね。まだ私の中の仮定でしかないんですが――」  佐天の言葉に反応してパソコンを操作しだした初春を見ながら、美琴はほっと胸をなで下ろした。  そんな美琴を無表情に見つめているのは白井。 「ほら、この事件現場の写真を見て下さい」  初春はセブンスミストでのグラビトン事件の現場写真を画面上に表示させた。 「これ、みんなは御坂さんが私たちを救ってくれたと思ってますよね。私も最初そう思ってましたし、そう考えるのが普通です。ですが御坂さんの超電磁砲の能力を考えればちょっと違うな、と思ったんです」 「違うって?」 「もちろん私だって御坂さんの全ての能力を知ってるわけじゃありませんから私の考えそのものが間違っているのかもしれません。でもあの場で御坂さんが超電磁砲を全力で撃っていないのは確かですし、そもそも御坂さんは超電磁砲で、爆発物である重力子そのものを粉砕しようとしたんじゃないかと私は思うんです。それが一番確実ですからね。ですがもしそうならあんな風に私たちがいた場所だけ爆風を避けていた、という現象にならないと思うんです」 「うーん、なんかよくわかんないんだけど」 「ですから……簡単に言うと、御坂さんならもっと爆風の発生自体を押さえ込んで、ほとんど被害を出さない結果を出していたと思うんです。でも実際は私たちだけがギリギリで助かっていた。本当に私の仮定なんですが、もし、私たちの目の前に『能力を打ち消す能力者』が爆風を阻むように立ちはだかったとしたら」 「……この現場写真と、ぴったり一致する!」 「そうなんです! あ、み、御坂さん、ごめんなさい。私、御坂さんを貶したいとかそういうつもりじゃないんです。ただ……」  ここまで一気にまくし立てた初春は側に美琴がいることを思い出して、慌てて美琴に頭を下げた。 「え、な、何?」  しかし肝心の美琴は初春の話をまったく聞いていなかった。  どうすれば初春の興味を上条からそらせられるのか、それをひたすら考えていたからだ。  美琴は適当に愛想笑いを浮かべ、とにかく上条の存在をごまかすことだけを考えた。 「えーと、な、なんかよくわからないけど私なら別に気にしてないから。ね、黒子」 「そうですわね」 「そ、それにさ、ほら、誰が助けたとかなんてどうでもいいじゃない。みんな助かったんだし。ね、黒子」 「そうですわね」 「それから悪いんだけど、グラビトン事件? あのときのことって私あんまり覚えてなくって。超電磁砲撃ったとは思うんだけど、初春さんにそう言われればそう、妙な感じも。誰かいたのかな? ね、黒子。アハハハハ」 「……そうですわね」  もはや美琴の方を見る気もなくし、優雅に紅茶を飲みながら白井は気のない返事を返し続けた。  上条のことで頭がいっぱいなときの美琴に何を言っても無駄だと悟っているのだ。  それに白井にとってははなはだ不本意ではあるが、初春が上条に接触したくらいで美琴と上条の仲が揺るぎそうにないことくらい彼女だって理解している。  認めたくはないが今の二人は、週末になるとしばしばデートに出かけたりするほどの仲。  さらに上条の勉強を見るためだと言って平日美琴が門限を破ることも最近非常に多い。  本人達は認めていないものの、端から見れば完全に恋人同士である。  第三者の介入する余地などない。  だったら最近大きな事件もないし何か面白そうなので事の推移を黙って見守ろう、そう判断したのだ。 「つまり、初春としてはグラビトン事件の時に初春達を助けてくれたのは御坂さんじゃなくてその能力者さんだって思ってるわけね。だからその時のお礼を言いたいんだ」 「はい。御坂さんもああおっしゃってるわけですし、実は真相は闇の中なんですよ、グラビトン事件て。ですから私はそこに噂の人が関わってるんじゃないかって思ったんです。ですから私、その人にお礼が言いたくて、そのために目撃情報などからその能力者さんが関わってそうな事件をピックアップして何か手がかりはないかと調べているんです」 「ふーん、どれどれ?」  佐天はパソコンの画面を見ながら初春の説明を受け始めた。  魔術や幻想殺しに関しては完全に門外漢のはずの初春だが、その読みはかなり鋭く、的確に上条が関わった事件を探し出していた。  美琴は聞き耳を立てながら初春の洞察力に感心していた。  と同時に、なぜ初春がここまで上条にこだわるのか、ということも気になりだしていた。  そんな疑問を同じく抱いたのか佐天が美琴に代わって質問した。 「でもさ初春、お礼を言いたいくらいでどうしてそんなに必死になってるの?」 「そ、それは……」  初春はさっと頬を染めた。  その様子を見逃さなかった佐天はにまにまと笑みを浮かべながら初春にしなだれかかった。 「なーにー初春ぅ。そのウブな反応はなんなのよー。もしかして『恋』しちゃったとかぁ?」 「…………!」  一瞬、美琴の顔から一切の表情が消えた。  もちろん次の瞬間には慌てたような表情になったので、その変化に気づいたのは白井だけだったのだが。  後に白井は語る。 「あんな恐ろしいお姉様、初めて見ましたの。静かな怒りといいましょうか、この世の全てを凍らせるようなそんな冷たい怒り。お姉様は強く、優しく、高潔な方だとばかり思っておりましたのに、あんな激しい黒い感情も持ち合わせておられたのですね。黒子は、あの時のお姉様を思い出すたびに体の奥が疼いて……ああ、お姉様――!!」  語るだけではすまなかったようだ。  佐天にからかわれた初春は顔を真っ赤にしてあたふたと反論を始めた。 「ち、ちち違いますよ、からかわないで下さい佐天さん。第一、この人が男の人かどうかすらわからないんですよ」 「そう言えばそうね。あれ、でもこの目撃情報からすると男子高校生っぽくない? 初春、アンタ知っててとぼけてるんじゃないの?」 「え、あ、ああのその、えと……」 「んー? どうなのかなー初春ぅ?」 「で、ですからその、好きとかじゃなくて、憧れ、みたいなものなんですよ」 「憧れ?」 「は、はい。本当かどうかわかりませんが、この能力者さんが全て同一人物でしかも目撃情報通りだとすると、この人は本当にすごい人なんです」 「そりゃまあ、確かにこんなすごい能力持ってれば、ねえ」 「そうじゃないんです! ですから、この人の能力っていうのは能力を打ち消すだけみたいなんです」 「それが?」 「考えてもみて下さい。普通能力者同士の戦いっていったら攻撃手段は自分の能力ですよ。でもこの人は全ての能力を打ち消しちゃうんですから、当然自分だって能力で攻撃なんてできない。攻撃は全て自分の拳一つなんです。それにこの人の行動って、全て何かを守るための行動みたいなんです。おそらくグラビトン事件もその一貫じゃないかと」 「ふーん」 「自分の体一つで何かを守るために戦う、その、素敵、だと思いませんか?」 「なるほどね」 「…………」  美琴は初春の話を聞きながら背中に冷たい汗が流れるのを感じていた。  非常にまずい。  初春は噂話や伝聞だけで上条にフラグを立てられていたのだ。  自分というものがありながらあの大馬鹿、と上条にとっては完全に八つ当たりでしかない怒りを覚えながら、美琴はどうすればなるべく穏やかに上条のことを初春に諦めさせられるのか、ということを考え始めていた。  そんな美琴の葛藤をよそに初春と佐天のテンションはどんどん上がっていった。  佐天はどんと胸を叩くとニカッと邪気のない笑みを浮かべた。 「よし、そういうことならこの涙子お姉さんにまっかせなさい! かわいい妹の恋を成就させてあげようじゃないの!」 「だから、私は佐天さんの妹じゃないですってば」 「あれ? 恋は否定しないの?」 「えっと……」 「ちょっと、二人とも……!」  美琴は慌てて二人の会話に口を挟もうとしたが、なんて言っていいかわからず言葉を詰まらせた。  かなり仲良くなっているという自負は少しはあるものの、やはり自分と上条は対外的にはあくまで友達なのだから、何も言う資格はないと思ったのだ。  悔しそうに歯がみする美琴を見ながら、やはり白井はなんの行動も起こそうとはしなかった。  ご自分の想い人はご自分で守って下さいな、そう思いながらあくまでも常盤台のお嬢様らしく優雅に紅茶を飲み続けていた。  結局その日は完全下校時刻まで初春と佐天は上条探しのプランを練り、美琴はいかにして上条のスケジュールを完璧に把握するかを考え続けたのだった。  翌々日。  初春の風紀委員活動が休みの日を利用して、初春と佐天は「あらゆる能力を打ち消す能力者」、つまり上条当麻を探すことにした。  探す、とはいっても特に具体的な方法があるわけではなく、とにかくこれまで集めた情報からそれらしい人を探していくしかないのではあるが。 「ふーん、で、これが初春の好きな人の特徴なわけ?」 「好きじゃなくて、憧れです。全然違います!」 「そんなもんかしら」  そう言いながら佐天は昨日のうちに初春がまとめた能力者の情報を読んでいった。 「何々? 男性、日本人、高校生、黒髪の特徴ある髪型、説教くさい……何この最後の?」 「えっと、目撃者の話によると、その人は事件を解決するときは必ず犯人に語りかけてるらしいんです。それもやたらとくさいセリフで」 「ふーん、それにしてもなんかぱっとしない特徴よね。さすがにこれじゃ探すの大変じゃない?」  佐天はややあきれ顔で初春を見たが、初春は自信満々で自分のネットブックを広げた。 「そんなことないですよ。私、書庫から男子高校生の無能力者を検索して、その中で髪型が特徴的な人をリストアップしたんです」 「へーって、どうして無能力者?」 「だって、あらゆる能力を消すなんて普通の能力じゃないんですから、おそらくその人は既存の基準で測れない、つまり無能力者の扱いをされていると思うんです」 「あ、なるほど」 「ですからレベル0の人を順に探していけば」 「初春の好きな人が見つかるかも、というわけね」 「だから違いますってば!」  涙目になりながら佐天をぽかぽかと叩く初春。  そんな二人を遠くの物陰からじっと見つめる怪しい影があった。 「初春さん、これはあなたの貞操をあの馬鹿の毒牙から守るため仕方なくやってることなのよ。だから尾行のこと、許してね」  言わずと知れた天下御免の電撃姫、御坂美琴である。  初春と佐天の二人は書庫にある男子高校生をしらみつぶしに探し始めた。  とはいえ直接その人に「あなたが『能力を打ち消す能力者』ですか」と聞くわけにもいかないので、目的の人を見つけ次第その人を尾行して様子を見るしかなかったのだが。  そして二人が上条を探して二時間後、ちょうど三人目の高校生が外れだとわかったとき。 「だあーもう疲れたー」  佐天は完全に飽きていた。 「さすがにちょっと私もちょっと疲れました」  しゃがみ込んだ佐天を道でもらった宣伝用のうちわで仰ぎながら、初春は苦笑いを浮かべた。  佐天は疲れ切った顔で初春に泣きついた。 「初春、もう止めにしない? やっぱり噂はあくまで噂だったんだよ。ああいう事件に関わった人がいたのは事実かもしれないけど、それと『打ち消す能力者』は関係ないんだよ。グラビトン事件もやっぱり御坂さんが初春を助けてくれたんだよ。あの人ああいう性格だからあまり自慢げに自分の手柄を誇ったりしないから、ああいう言い方しただけなんだよ」 「そうそう、だから早くアイツを探すのは諦めて!」  相変わらず初春達を尾行していた美琴は佐天の意見に全面賛成していた。  初春は大きく深呼吸をするとぱかっとネットブックを開いた。 「わかりました、じゃあこれで最後にします。次の人を調べて今日は終わりにしましょう」 「そう来なくっちゃ! それが終わったらなんか食べに行こ!」  急にやる気が出たのか佐天はばっと立ち上がって初春のネットブックをのぞき込んだ。 「で、どんな人なの?」 「えっとですね。あれ、この人は……」  ネットブックに出ていたデータは上条当麻の物だった。 「ん? 初春、知ってる人?」 「いえ。私自身、直接面識はありません。ただこの人、御坂さんの彼氏なんです」 「え――! 御坂さん、彼氏いたの!」 「ぶ!」  佐天の大声に美琴は思わず吹き出した。 「ま、まさか、次のターゲットはアイツ、なの? と、とにかくアイツにあの二人を会わせるわけにはいかないわね」  美琴は急いで上条に電話をかけた。  しかし上条の携帯は電源が入っていないらしく、美琴はがっくりと肩を落とした。 「あの馬鹿、私からの連絡はいついかなることがあっても受けなさいっていつも言ってるでしょうに!」  美琴は悔しそうに地団駄を踏んでいたが、電話に夢中でいつの間にか初春達の姿を見失っていることに気づいた。 「やば。二人ともどこ行ったのかしら」  美琴は慌てて初春達を探し始めた。  美琴が電話に出ない上条にやきもきしている間に、初春は簡単に自分の知っている上条の情報を佐天に伝えていた。 「ふーん、御坂さんの入院中にね。そう言えば私は会わなかったな」 「私だって直接会ったわけじゃないんです、御坂さんの病室に入ろうとしたときにちらっと見ただけで。とにかくすごく優しい目で御坂さんを見ていたんですよこの人。それで私が来たのに気づいたらすっと病室から出て行っちゃったんです」 「そうなんだ。私達に遠慮したのかな?」 「そうじゃないかと思います。確か『邪魔だよね』みたいなこと言ってたと思いますから」 「ふーん。じゃあ早速この人探そうか」 「はい。どうもこの人は自炊生活でクラブにも入っていないようですから、御坂さんに会ってない日は、学校とその近所の安売りスーパーの往復をするはず。ならその位置関係から今いる可能性の高い場所は……」  驚くべき情報処理能力で上条の位置の予測を立てていく初春を見ながら、佐天は感心のため息をついた。 「確かに御坂さんは今日大切な用事があるって言ってたから上条さんといっしょにいることはないと思うけど、本当に何かに興味を持ったときの初春の行動力ってすごいよね。それだけ情報を集めて準備するくらいその能力者さんに会いたいんだ」 「…………」  初春は頬を染めながら何も答えなかった。 「なら、上条さんは初春の探している人と違うといいよね」 「…………」  やはり初春は何も答えなかった。  やがて初春たちは上条の住む寮の近所にやってきた。  佐天は見慣れない場所に心躍るのか、きょろきょろと辺りを見回していた。 「さって、どこにいるのかな、御坂さんの彼氏は。レベル0で御坂さんの彼氏ってことは、『能力を打ち消す能力者』について何か知ってるかもしれないし。早く会ってみたいよね」 「佐天さん、そんなにきょろきょろしてたら危ないですよ」 「大丈夫大丈夫、ここは車も通ってないんだし……キャ!」 「うわ!」  前をよく見ていなかったため、佐天は前から歩いてきた人とぶつかってしまった。 「いてて……」 「大丈夫ですか、佐天さん」  地面に尻餅をついた佐天は恥ずかしそうに頬をかいた。 「いやいや面目ない。すいません、大丈夫、ですか……あれ?」  佐天はぶつかった相手に頭を下げようとしたが、その相手の様子がおかしいことに気づいた。  見たところ男子高校生のようなのだが、佐天とぶつかったときに地面に落としたらしい買い物袋をこの世の終わりのような表情で見つめていたのだ。 「……あああ、貴重なタンパク源が……目玉焼き、ゆで卵、親子丼、オムレツ……」  しかも何やらぶつぶつとつぶやいている。    そのあまりにも絶望に包まれた表情を見て罪の意識を感じた佐天は申し訳なさそうに声をかけた。 「す、すいませんぼうっとしてて、あの、大丈夫ですか……?」 「へ? あ、ああ、慣れてるから、こういうの……」  どう見ても大丈夫そうに見えないその男子高校生の顔を見た初春が突然大声を出した。 「あー、御坂さんの彼氏!」 「はい?」  この不幸な男子高校生はもちろん上条当麻である。 「えっと、その、すいません。卵台無しにしちゃった上にジュースまで」 「ははは、いや、ほんと俺、こういうの慣れっこだから。不幸なのは生まれつき、うん。それにお前達、御坂の友達なんだろ? 無碍に扱うわけにもいかないし」  近くの公園に場所を変えた初春たちはそこにあるベンチに腰をかけると上条から手渡されたジュースを受け取っていた。  上条は初春たちを見てにこっと微笑んだ。 「じゃあ、改めて自己紹介しようか。そっちの花飾りの子とは御坂の病室で一度会ったことがあるけど、名乗ってはいないよな。二人ともよろしく、俺は上条当麻、高校一年生」  初春は緊張した様子でばっと立ち上がった。 「は、はい。はじめまして、私は御坂さんの友達で、白井さんといっしょに風紀委員をやっている初春飾利といいます。中学一年生です。で、こっちが」  初春と同じく緊張した様子の面持ちの佐天もまた立ち上がって挨拶をした。 「佐天涙子です。初春と同じく御坂さんと白井さんの友達をしてまして、中学一年生です。えっと、その、さっきは本当にすいませんでした。卵は弁償します」  申し訳なさそうに頭を下げた佐天に上条は苦笑した。 「ほんとにいいって別に。確かに特売の卵が全部割れたのはかなり辛いけど、こういうのは本当に慣れてんだよ、俺。だからそんな気にするなって」 「でも、そんな迷惑かけた上にジュースまで奢ってもらってるんですよ、本当に申し訳なくって」 「いやそれもな、御坂にすっげえ言われててさ。『男なんだから女の子に奢ってやろうとする気持ちくらい見せてみなさい、自分のできる範囲でいいから』って。で、二人は御坂の友達だから上条さんとしてはその教えを守ってるだけ」 「……あの、その気持ちはあくまで御坂さん限定で、他の女の子や私達にそういうことをしろ、と言ってるわけじゃないと思いますが」 「えっと、違うのか……?」  初春たちはこくりとうなずいた。 「そ、そうか。色々と難しいんだな」  上条は不思議そうな顔をした。 「あ、あの、上条さん。ちょっとお時間、よろしいですか?」  おずおずと佐天が上条に話しかけた。 「えっと、夕飯の準備があるからそんなにあるわけじゃないけど、まあいくらかなら。で。何?」 「えっといきなりぶしつけなんですけど、上条さんて何かすごい力を持ってたりするんですか?」 「はい?」 「だ、だから、あのレベル5の御坂さんの彼氏なんだからそれ相応の能力があったりするんじゃないかと思って。例えば……『あらゆる能力を打ち消す能力とか』」 「…………!」  上条はさっと表情をこわばらせた。  だがその変化はごくわずかで、上条と親しくない初春たちにはその変化を捉えることはできなかった。  上条はできるだけ平静を装って答えた。 「それって確か学園都市の都市伝説だっけ?」 「そうですけど、上条さんがその能力者じゃ、ないんですか?」 「俺は正真正銘のレベル0で完全無欠の無能力者、期待に添えなくて悪いけど」 「そう、ですか。じゃあ、その能力者について何か知ってることとかはありませんか?」 「うーん、そもそもそういう人って本当にいるのか? あくまで都市伝説は都市伝説なんじゃないのか?」 「じゃ、じゃあ!」  今まで話に参加していなかった初春が大声を出した。 「グラビトン事件について何か知りませんか? セブンスミストであった!」 「グラビトン、事件?」  上条は心底不思議そうな顔をした。  実際には上条が重要な役割を担った事件ではあるが、竜王の殺息で記憶を失った今の上条は全く知らない事件であったからだ。 「ご存じない、ですか?」 「悪いけど」 「そう、ですか」  残念そうな、それでいてどことなくほっとしたような表情をした初春の肩を、ぽんと佐天が叩いた。 「ほんと悪いな、力になれなくて」  申し訳なさそうにする上条に慌てて佐天はぱたぱたと手を振った。 「そ、そんな、上条さんは何も悪くないですよ。元々都市伝説ですし、御坂さんの彼氏なら何か知ってるかもってこっちが勝手に思ってただけなんですから」 「そっか、そう言ってもらえるとこっちも気が楽だ。で、それはそうとさっきから気になってたんだけどな、なんなんだ、その御坂の彼氏って? もしかして、俺のことか?」 「違うんですか?」  不思議そうに首を傾げた佐天だったが、上条はその言葉に顔を真っ赤にした。 「な、なんなんなんななんなんだよ、それ! 違う違う違う! 俺は御坂の彼氏なんかじゃないぞ!」 「え――――!!」  上条の言葉に大声で返したのは初春。 「嘘です、嘘嘘! だってお二人はいっつも週末になるたびにデートしてるじゃないですか。それに平日だって御坂さん、上条さんといっしょにいること多いんですよね? 放課後、私達と遊ぶ回数が最近減ってるんですよ、あの入院騒動以来」 「そ、そりゃそうかもしれないけどってそもそもデートってのは違うだろ。あれって付き合ってる二人がやるもんだろ、俺は御坂と付き合ってないんだから友達と遊んでるだけじゃないのか」 「……仲の良い異性と二人きりで出かけたり遊んだりするのを世間一般ではデートって呼びますよ」 「マジか?」  初春達はこくりとうなずいた。  二人の態度を見て上条は考え込んだ。 「ちょっと待て、でも、え、けど、だから……」 「上条さん」 「え?」  上条は真剣な目をした初春の気迫にごくりとつばを飲み込んだ。 「本当に御坂さんと付き合ってないって言うんですか? じゃああのお見舞いしてたときのあなたの態度は嘘なんですか? ファミレスの前で御坂さんを抱きしめたのもごまかしですか?」 「ど、どうしてそれを」 「答えて下さい」 「いや、だからその」 「…………」  初春は何か言いたそうにしていた佐天を手で制しながら無言で上条の返事を待った。 「嘘でも、ごまかしでもない。けど、付き合っては、ない」 「どうして?」  初春は悲しそうな顔で上条を見た。 「ちょ、ちょっと待ってくれ。なんでこんなことをお前に話さなきゃいけないんだ。初対面なんだぜ、俺達」 「私が御坂さんの友達だから、じゃダメですか? 大切な友達を心配するからこういうことを言うんです」 「…………」 「ちょっと、やめなよ初春!」  上条が初春の気迫に押し黙ってしまったところで佐天が初春の腕を引っ張ってその場から離れた。  上条から離れた佐天は小声で初春を詰問した。 「どうしたの初春? なんかおかしいよ」 「佐天さんは知らないことですけど、実は以前上条さんの女性関係で御坂さんがすごく悲しんでたことがあったんです」 「え。それ、ほんと?」 「はい。結局は御坂さんの勘違いだったんですけど、とにかく御坂さんは上条さんのことを想うあまりすごく哀しんだんです。だから、御坂さんと付き合ってないって言う上条さんの言葉につい頭に来てしまって。御坂さんと一番仲が良い男の人のくせにあんなこと言うなんて、無神経すぎますよ。鈍感なだけかもしれませんけど、今の上条さんがあんな気持ちなら、御坂さんがかわいそうすぎます」 「そっか……わかった。そういうことなら私も協力するよ。それじゃ、上条さんのとこに戻ろうか。ただもうちょっと穏やかにやろう。初対面の私だってなんとなくわかるくらい、あの人、いい人だよ。きっと御坂さんに対して不誠実なことはしないと思う。だからさ、もうちょっと上手く……上条さんを焚きつけちゃおう! 鈍感だって言うんならなおのこと、ね!」 「……はい!」  佐天が初春を引き離してくれたことで上条は多少は冷静になることができた。  そして冷静になって美琴のことを考えてみた。  御坂美琴。  学園都市の誇る第三位の能力者でレベル5、しかも名門常盤台中学に通うお嬢様。  でも上条にしてみればそんな肩書きは大した意味を持たない。  美琴はあくまでも気が強くていつも自分に突っかかってくる女の子。  でも本当は世話焼きで誰よりも優しい心を持ち、誰よりも深い哀しみを知る女の子。  自分を日常に戻してくれるかけがえのない女の子。  気兼ねなく話ができ付き合うことのできる、インデックスと並んで今一番自分に近しい女の子。  インデックスと並んで、でもインデックスとは確実に違う意味で自分の心の大切な場所にいる女の子。  でも、付き合ってはいない、と思う。  好きかどうか、もわからない。  そもそも「好き」がどういう気持ちになるものなのかがわからない。  じゃあ自分にとって美琴はどういう存在なのか。  上条の気持ちがまとまりきらないうちに初春達が戻ってきてしまった。 「上条さん」  佐天が穏やかな口調で上条に話しかけた。 「ごめんなさい、さっきの初春の態度はいきすぎてました。あの娘には良く言い聞かせておきましたから」  佐天の後ろに立っていた初春がぺこりと頭を下げた。 「あ、ああいや」 「それから初対面がっておっしゃってましたけど、逆に親しくない初対面の人間だからこそ気軽に話せたりしませんか? ほら、占い師や精神科医に話すみたいに」 「あ……」 「だから、もしよろしければ上条さんが御坂さんをどう思っているか、教えていただけませんか?」 「どう、思っているか」 「好きとか嫌いじゃなくていいんです。本当に御坂さんを上条さんが今、どう思っているか、で」 「…………」  上条は押し黙ってしまった。 「御坂さんにも、誰にも言いませんから」 「…………」  上条はやはり黙ったままだった。 「あの、やっぱり、無理ですか。すいません、変なことを聞い――」 「御坂には、内緒だぜ」 「…………!」  そのとき上条達のいるベンチの近くの木からがさがさっと音がしたが、誰も気に留めるものはいなかった。 「御坂を、どう思っているか」  初春たちは息を呑んで上条の次の言葉を待った。  上条は空を見あげ一生懸命に考えた。  確かに今はいい機会なのかもしれない。  美琴が入院したときからずっと晴れない、心の中にもやもやとあるもの。  それより前から上条の心の中にある不定形をさらにわからなくする嫌なもの。  それを考えるいい機会かもしれない。  佐天の言うとおり自分だけで悶々と考えるより、赤の他人に聞いてもらう方がよりはっきりするような気がする。  上条は自分の中の美琴をひたすら思い出した。  辛い思い出、楽しい思い出、泣いた顔、怒った顔、そして、笑顔。  そしてようやくもやもやが一つの形になった。  それは。 「俺は、アイツの涙を見たくない」 「涙?」 「俺は以前、アイツが深い絶望に包まれたときを知っている。そしてそれから解放されたときの笑顔も知っている。そのとき思った、コイツの笑顔は最高にかわいい、コイツには本当に笑顔が似合うんだって。この笑顔は絶対に曇らせちゃいけないんだって」  上条は深く息を吐いた。 「俺は、誰の涙も見たくない。できることならこの世の全ての人に笑顔でいて欲しい。泣いてる人がいたらどんなことをしてでも笑顔にしてやりたい、その笑顔を守りたい、それが俺だから。でも、もし、たった一人の笑顔しか守れないときが来るなら、たった一人の涙しか拭えないのなら、俺は、御坂を選ぶ」 「…………!」  初春達はごくりとつばを飲み込んだ。 「世界中の人の中からたった一人を選ばなければいけないなら、俺は、御坂美琴って女の子を選ぶ。それが、俺にとっての御坂美琴って奴だ」  夢から覚めたように上条は初春達の方を向いた。  そしていたずらっ子のように自分の唇に人差し指を立てた。 「御坂には、内緒だぜ」  顔を真っ赤にした初春と佐天は何度もうなずいた。  上条の告白の後、しんと辺りは静まりかえった。  だが次の瞬間、突然上条を激しい電撃が襲った。 「どわ! な、なんだなんだ!?」  慌てて上条は幻想殺しで電撃をかき消した。  その音に夢見心地だった初春達も我に返った。 「え? え? え?」 「あ、あ……アンタって男はー」  上条達三人の目の前に顔を真っ赤にした美琴が立ちはだかった。  その体からはバチバチと電流があふれ出していた。  実は初春達が上条と会った直後には彼らのいる場所に美琴はやってきていた。  だが尾行に対する後ろめたさや出るタイミングを逸していたことから彼女は仕方なしに上条達のいるベンチの側の木の影に隠れていたのだ。  三人の様子をうかがい彼らの間に何もなければそれで良し、もし万が一上条が初春や佐天にフラグを立てようとしたら超電磁砲を撃ってでもそれだけは阻止しよう、そう思っていた。  途中、上条の「付き合っていない」発言にショックを受けたりはしたもののなんとか当初の目的は達成されようとしていた。  だが彼らの会話が佳境を迎えようとした時、彼らの様子が変わった。  上条が本当に美琴への想いを吐露しはじめたのだ。 「あの馬鹿、なんてこと言ってんのよ! 初対面の、しかも私の友達に!」  上条の告白を聞きながら美琴は電流の漏電が始まっていることに気づいていた。  だがそれを止めることができない、というのも理解していた。 「どうしよう、ふにゃにゅ、どう、にゃにぃ、しよ、止まみゃにゃにゃ……」  なんとか心を落ち着けようとする美琴だったが、上条の告白を聞いたショックに自分の心が全く追いつかない。 「だって、にゅにゅにょ、たったひとふにゃりって、わ、わにゃしが、そにょ大切……」  結局オーバーヒートを起こした精神は、あっさり「切れ」た。  気がついた時には美琴の漏電は雷撃の槍へと変化して上条を襲っていた。 「み、御坂、さん? どうしてここへ?」  あせる佐天を無視して美琴はゆらりと上条へ近づいた。  その両手はバチバチと嫌な感じに帯電している。 「みさ、御坂、落ち着け! なんかよくわからんがとにかく落ち着け! ていうか土下座でもなんでもするから落ち着いて下さいお願いします!!」  上条は涙目になりながら必死に懇願したが三割の恥ずかしさと五割の嬉しさ、さらに二割の怒りで頭がいっぱいの美琴は全く聞く耳を持っていなかった。  無言で上条へ雷撃の槍を投げつけはじめていた。  上条は必死で幻想殺しを使ってそれらをいなした。 「アンタは、どうして……」 「えっと、何がどういうことで怒ってるんでしょうか、御坂様?」 「そういう大切なことは……」  そこまで言ったところでバチバチッと今までで最大電圧の雷撃の槍が完成した。  美琴はもちろん躊躇なくそれを上条に投げつけた。 「ちゃんと私に直接言えっつってんでしょうが――――!!」 「うわ――!!」  上条は必死になって逃げ出した。  初春達は鬼ごっこをはじめた美琴達を呆然とした表情で見物していた。 「ねえ初春」 「はい」 「すごい告白だったね」 「はい」 「下手に『好き』って言うよりよっぽど破壊力あったと思うけど」 「ですよね。あれで付き合ってないとか言われても」 「説得力ないよね」 「ですよね」 「結局上条さんって、ただの鈍感な人なだけみたいだね」 「御坂さん、苦労しそうですね」 「ほんと。……あれ? 初春、上条さんの、右手」 「え?」 「御坂さんの電撃、かき消してない?」 「あ……」 「初春……」 「…………」 「……辛い、よね」 「……き、気にしないで下さい、だって私のは『憧れ』だったんですし。それに」  目をごしごしとこすった初春は、顔を真っ赤にして上条を追いかける美琴を見た。  それは全身から「好き」の感情を溢れさせた、初春や佐天はもとより、白井さえも見たことがないであろう美琴の姿であった。 「あの二人の間になんて、入れないですよ」 「そっか……」 「はい……」 「……そだ、帰りにタイ焼き、奢ったげるね」 「……白いのにして下さいね」 「えー、あれ高いのに」 「だから奢ってもらうんですよ」  初春と佐天はまだしばらく続くであろう美琴と上条の鬼ごっこを楽しそうに見つめていた。 「いったいいつになったらちゃんと言ってくれるのよアンタは!」 「だから何がだよ!」 「たまには自分で考えろこの馬鹿! それに私のことは名前で呼べって何度言えばわかるのよ! 猿以下かアンタの記憶力は!!」 「不幸だ――!!」 ---- #navi(上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/どこにでもあるハッピーエンド)
---- #navi(上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/どこにでもあるハッピーエンド) たった一人の  風紀委員第一七七支部。  学園都市の治安を守るために日夜活動に精を出す風紀委員の活動拠点の一つである。  普通こういった警察的組織の活動拠点といえば忙しいと相場が決まっているのだが、それでもまったく事件のない時は意外とあるもので、そんな時はやはりこういった場所ものんびりとした空気に包まれる。  さらにここ一七七支部に至っては、風紀委員でない御坂美琴や佐天涙子といった、風紀委員メンバーの友人達もしばしば訪れており、事件のない時はのんびりとした空気に包まれるどころか女子中学生の遊び場になってしまう。  はっきり言ってかしましいことこの上ない。  ちなみに今日の一七七支部はというと、ただの遊び場状態と化していた。 「ですから、私には理解できないんですよ。どうして色が白いだけであれが普通のタイ焼きより高いのかが」 「わかってませんわね、佐天さん。あれはただ色が白いだけではありませんのよ。普通のタイ焼きに比べてこう、高いなりのもちもちっとした触感がまるでお姉様の柔肌を思い出させて、ああ、ごめんなさいお姉様! 黒子はタイ焼きごときに浮気をしてしまいましたの! でもでも最近お姉様が黒子をほったらかしにするから!」 「ねえ、そもそもみんなどうしてタイ焼きなんて食べられるの? あんな、かわいいのに……」 「えっと……そ、その辺は個々人の趣味という物がありますし。そうだ初春、初春はどう思う? やっぱり数十円でもあの値段の差は私達には大きいと思わない?」  美琴や白井となんてことはない話に花を咲かせていた佐天が、同じ庶民としての意見を求めようと初春に声をかけた。  だが答えが初春から返ってこない。  初春は難しい顔をしてずっとパソコンの画面とにらめっこをしていたからだ。  佐天はひょいと初春の顔をのぞき込んだ。 「ん? どうしたの、初春、さっきから難しい顔して。最近大きな事件もないんだし、もっとふんわかいこうよ、ふんわか」 「うーん」  しかし初春の視線が画面から離れることはなかった。 「初春ってば最近ずっとこうですのよ、時間があるときはいつも過去の事件を調べているんですの。真面目というか、なんというか」  トリップ状態から帰ってきた白井がやれやれ、と言わんばかりに首を振った。 「ふーん、過去の事件ね。どんな事件なの?」  なんとなく興味を引かれた美琴が初春の後ろからひょいとパソコンの画面をのぞき込んだ。 「げ」  画面の文字が見えた瞬間、美琴は思わずおよそお嬢様らしくない声を出していた。  そこにあったのはグラビトン事件や地下街でのシェリーの事件、大覇星際に関わる騒動。  他にも色々あったのだが、とにかく共通するのは全て上条当麻、幻想殺しが関わっている事件ばかりだったのだ。  美琴は冷や汗を拭いながら努めて冷静な声で初春に話しかけた。 「う、うい初春さん、どうしてこういう事件を調べてるの?」  初春は大きくため息をついて美琴の方を向いた。 「それが、気になるんですよ。学園都市の都市伝説が」 「都市伝説?」 「ええ。ほら、木山春生の『脱ぎ女』や『幻想御手』があったわけじゃないですか。だとすれば『どんな能力も打ち消す能力』があっても不思議じゃないなって。ううん、きっとあるんだと思います」 「それ、それはそう、かも。でも、どうしてそんなことを気にするの?」  常に危険と隣り合わせな日常を送る上条にレベル1の初春が近づくのは危険だという思いと、あまり自分以外の女の子に上条への興味を持ってもらいたくないという乙女心から美琴はやんわりと初春の興味をそらせようと考えた。  しかし美琴の試みはあえなく失敗することになる。 「私、あのグラビトン事件のお礼を言いたいんです、その能力者さんに」  初春の決意の言葉によって。 「え――――!!」  美琴は再びお嬢様らしくない声を上げた。 「ダ、ダダダ、ダメ、ダメだってば初春さん。そんなことしたら危険、危険すぎるわよ! 絶対ダメ!」 「どうしてダメなんですか? それに危険て、もしかして御坂さん、その能力者さんのこと、何か知ってるんですか?」 「うぐぐ」  美琴は完全に言葉に詰まってしまった。  上条のことをここで言うのは簡単である、だが上条を女の子に紹介するなんてことが美琴にできるはずもない。  とはいえ美琴の性格上上手く嘘をつくこともできない。  結果として美琴は何も話すことができなくなってしまったのだ。  そんな美琴を見ながら白井は小さくため息をついた。  上条のことも、美琴の想いも全て知っている白井からすれば今の美琴の気持ちは手に取るようにわかるのだが、なんとなく美琴を助ける気になれないのは複雑な乙女心のなせるわざ。  結局美琴を救ったのは事情は知らないが空気の読める女、佐天涙子だった。 「ねえ初春、どうしてグラビトン事件のお礼とその都市伝説が結びつくの?」 「あ、それはですね。まだ私の中の仮定でしかないんですが――」  佐天の言葉に反応してパソコンを操作しだした初春を見ながら、美琴はほっと胸をなで下ろした。  そんな美琴を無表情に見つめているのは白井。 「ほら、この事件現場の写真を見て下さい」  初春はセブンスミストでのグラビトン事件の現場写真を画面上に表示させた。 「これ、みんなは御坂さんが私たちを救ってくれたと思ってますよね。私も最初そう思ってましたし、そう考えるのが普通です。ですが御坂さんの超電磁砲の能力を考えればちょっと違うな、と思ったんです」 「違うって?」 「もちろん私だって御坂さんの全ての能力を知ってるわけじゃありませんから私の考えそのものが間違っているのかもしれません。でもあの場で御坂さんが超電磁砲を全力で撃っていないのは確かですし、そもそも御坂さんは超電磁砲で、爆発物である重力子そのものを粉砕しようとしたんじゃないかと私は思うんです。それが一番確実ですからね。ですがもしそうならあんな風に私たちがいた場所だけ爆風を避けていた、という現象にならないと思うんです」 「うーん、なんかよくわかんないんだけど」 「ですから……簡単に言うと、御坂さんならもっと爆風の発生自体を押さえ込んで、ほとんど被害を出さない結果を出していたと思うんです。でも実際は私たちだけがギリギリで助かっていた。本当に私の仮定なんですが、もし、私たちの目の前に『能力を打ち消す能力者』が爆風を阻むように立ちはだかったとしたら」 「……この現場写真と、ぴったり一致する!」 「そうなんです! あ、み、御坂さん、ごめんなさい。私、御坂さんを貶したいとかそういうつもりじゃないんです。ただ……」  ここまで一気にまくし立てた初春は側に美琴がいることを思い出して、慌てて美琴に頭を下げた。 「え、な、何?」  しかし肝心の美琴は初春の話をまったく聞いていなかった。  どうすれば初春の興味を上条からそらせられるのか、それをひたすら考えていたからだ。  美琴は適当に愛想笑いを浮かべ、とにかく上条の存在をごまかすことだけを考えた。 「えーと、な、なんかよくわからないけど私なら別に気にしてないから。ね、黒子」 「そうですわね」 「そ、それにさ、ほら、誰が助けたとかなんてどうでもいいじゃない。みんな助かったんだし。ね、黒子」 「そうですわね」 「それから悪いんだけど、グラビトン事件? あのときのことって私あんまり覚えてなくって。超電磁砲撃ったとは思うんだけど、初春さんにそう言われればそう、妙な感じも。誰かいたのかな? ね、黒子。アハハハハ」 「……そうですわね」  もはや美琴の方を見る気もなくし、優雅に紅茶を飲みながら白井は気のない返事を返し続けた。  上条のことで頭がいっぱいなときの美琴に何を言っても無駄だと悟っているのだ。  それに白井にとってははなはだ不本意ではあるが、初春が上条に接触したくらいで美琴と上条の仲が揺るぎそうにないことくらい彼女だって理解している。  認めたくはないが今の二人は、週末になるとしばしばデートに出かけたりするほどの仲。  さらに上条の勉強を見るためだと言って平日美琴が門限を破ることも最近非常に多い。  本人達は認めていないものの、端から見れば完全に恋人同士である。  第三者の介入する余地などない。  だったら最近大きな事件もないし何か面白そうなので事の推移を黙って見守ろう、そう判断したのだ。 「つまり、初春としてはグラビトン事件の時に初春達を助けてくれたのは御坂さんじゃなくてその能力者さんだって思ってるわけね。だからその時のお礼を言いたいんだ」 「はい。御坂さんもああおっしゃってるわけですし、実は真相は闇の中なんですよ、グラビトン事件て。ですから私はそこに噂の人が関わってるんじゃないかって思ったんです。ですから私、その人にお礼が言いたくて、そのために目撃情報などからその能力者さんが関わってそうな事件をピックアップして何か手がかりはないかと調べているんです」 「ふーん、どれどれ?」  佐天はパソコンの画面を見ながら初春の説明を受け始めた。  魔術や幻想殺しに関しては完全に門外漢のはずの初春だが、その読みはかなり鋭く、的確に上条が関わった事件を探し出していた。  美琴は聞き耳を立てながら初春の洞察力に感心していた。  と同時に、なぜ初春がここまで上条にこだわるのか、ということも気になりだしていた。  そんな疑問を同じく抱いたのか佐天が美琴に代わって質問した。 「でもさ初春、お礼を言いたいくらいでどうしてそんなに必死になってるの?」 「そ、それは……」  初春はさっと頬を染めた。  その様子を見逃さなかった佐天はにまにまと笑みを浮かべながら初春にしなだれかかった。 「なーにー初春ぅ。そのウブな反応はなんなのよー。もしかして『恋』しちゃったとかぁ?」 「…………!」  一瞬、美琴の顔から一切の表情が消えた。  もちろん次の瞬間には慌てたような表情になったので、その変化に気づいたのは白井だけだったのだが。  後に白井は語る。 「あんな恐ろしいお姉様、初めて見ましたの。静かな怒りといいましょうか、この世の全てを凍らせるようなそんな冷たい怒り。お姉様は強く、優しく、高潔な方だとばかり思っておりましたのに、あんな激しい黒い感情も持ち合わせておられたのですね。黒子は、あの時のお姉様を思い出すたびに体の奥が疼いて……ああ、お姉様――!!」  語るだけではすまなかったようだ。  佐天にからかわれた初春は顔を真っ赤にしてあたふたと反論を始めた。 「ち、ちち違いますよ、からかわないで下さい佐天さん。第一、この人が男の人かどうかすらわからないんですよ」 「そう言えばそうね。あれ、でもこの目撃情報からすると男子高校生っぽくない? 初春、アンタ知っててとぼけてるんじゃないの?」 「え、あ、ああのその、えと……」 「んー? どうなのかなー初春ぅ?」 「で、ですからその、好きとかじゃなくて、憧れ、みたいなものなんですよ」 「憧れ?」 「は、はい。本当かどうかわかりませんが、この能力者さんが全て同一人物でしかも目撃情報通りだとすると、この人は本当にすごい人なんです」 「そりゃまあ、確かにこんなすごい能力持ってれば、ねえ」 「そうじゃないんです! ですから、この人の能力っていうのは能力を打ち消すだけみたいなんです」 「それが?」 「考えてもみて下さい。普通能力者同士の戦いっていったら攻撃手段は自分の能力ですよ。でもこの人は全ての能力を打ち消しちゃうんですから、当然自分だって能力で攻撃なんてできない。攻撃は全て自分の拳一つなんです。それにこの人の行動って、全て何かを守るための行動みたいなんです。おそらくグラビトン事件もその一貫じゃないかと」 「ふーん」 「自分の体一つで何かを守るために戦う、その、素敵、だと思いませんか?」 「なるほどね」 「…………」  美琴は初春の話を聞きながら背中に冷たい汗が流れるのを感じていた。  非常にまずい。  初春は噂話や伝聞だけで上条にフラグを立てられていたのだ。  自分というものがありながらあの大馬鹿、と上条にとっては完全に八つ当たりでしかない怒りを覚えながら、美琴はどうすればなるべく穏やかに上条のことを初春に諦めさせられるのか、ということを考え始めていた。  そんな美琴の葛藤をよそに初春と佐天のテンションはどんどん上がっていった。  佐天はどんと胸を叩くとニカッと邪気のない笑みを浮かべた。 「よし、そういうことならこの涙子お姉さんにまっかせなさい! かわいい妹の恋を成就させてあげようじゃないの!」 「だから、私は佐天さんの妹じゃないですってば」 「あれ? 恋は否定しないの?」 「えっと……」 「ちょっと、二人とも……!」  美琴は慌てて二人の会話に口を挟もうとしたが、なんて言っていいかわからず言葉を詰まらせた。  かなり仲良くなっているという自負は少しはあるものの、やはり自分と上条は対外的にはあくまで友達なのだから、何も言う資格はないと思ったのだ。  悔しそうに歯がみする美琴を見ながら、やはり白井はなんの行動も起こそうとはしなかった。  ご自分の想い人はご自分で守って下さいな、そう思いながらあくまでも常盤台のお嬢様らしく優雅に紅茶を飲み続けていた。  結局その日は完全下校時刻まで初春と佐天は上条探しのプランを練り、美琴はいかにして上条のスケジュールを完璧に把握するかを考え続けたのだった。  翌々日。  初春の風紀委員活動が休みの日を利用して、初春と佐天は「あらゆる能力を打ち消す能力者」、つまり上条当麻を探すことにした。  探す、とはいっても特に具体的な方法があるわけではなく、とにかくこれまで集めた情報からそれらしい人を探していくしかないのではあるが。 「ふーん、で、これが初春の好きな人の特徴なわけ?」 「好きじゃなくて、憧れです。全然違います!」 「そんなもんかしら」  そう言いながら佐天は昨日のうちに初春がまとめた能力者の情報を読んでいった。 「何々? 男性、日本人、高校生、黒髪の特徴ある髪型、説教くさい……何この最後の?」 「えっと、目撃者の話によると、その人は事件を解決するときは必ず犯人に語りかけてるらしいんです。それもやたらとくさいセリフで」 「ふーん、それにしてもなんかぱっとしない特徴よね。さすがにこれじゃ探すの大変じゃない?」  佐天はややあきれ顔で初春を見たが、初春は自信満々で自分のネットブックを広げた。 「そんなことないですよ。私、書庫から男子高校生の無能力者を検索して、その中で髪型が特徴的な人をリストアップしたんです」 「へーって、どうして無能力者?」 「だって、あらゆる能力を消すなんて普通の能力じゃないんですから、おそらくその人は既存の基準で測れない、つまり無能力者の扱いをされていると思うんです」 「あ、なるほど」 「ですからレベル0の人を順に探していけば」 「初春の好きな人が見つかるかも、というわけね」 「だから違いますってば!」  涙目になりながら佐天をぽかぽかと叩く初春。  そんな二人を遠くの物陰からじっと見つめる怪しい影があった。 「初春さん、これはあなたの貞操をあの馬鹿の毒牙から守るため仕方なくやってることなのよ。だから尾行のこと、許してね」  言わずと知れた天下御免の電撃姫、御坂美琴である。  初春と佐天の二人は書庫にある男子高校生をしらみつぶしに探し始めた。  とはいえ直接その人に「あなたが『能力を打ち消す能力者』ですか」と聞くわけにもいかないので、目的の人を見つけ次第その人を尾行して様子を見るしかなかったのだが。  そして二人が上条を探して二時間後、ちょうど三人目の高校生が外れだとわかったとき。 「だあーもう疲れたー」  佐天は完全に飽きていた。 「さすがにちょっと私もちょっと疲れました」  しゃがみ込んだ佐天を道でもらった宣伝用のうちわで仰ぎながら、初春は苦笑いを浮かべた。  佐天は疲れ切った顔で初春に泣きついた。 「初春、もう止めにしない? やっぱり噂はあくまで噂だったんだよ。ああいう事件に関わった人がいたのは事実かもしれないけど、それと『打ち消す能力者』は関係ないんだよ。グラビトン事件もやっぱり御坂さんが初春を助けてくれたんだよ。あの人ああいう性格だからあまり自慢げに自分の手柄を誇ったりしないから、ああいう言い方しただけなんだよ」 「そうそう、だから早くアイツを探すのは諦めて!」  相変わらず初春達を尾行していた美琴は佐天の意見に全面賛成していた。  初春は大きく深呼吸をするとぱかっとネットブックを開いた。 「わかりました、じゃあこれで最後にします。次の人を調べて今日は終わりにしましょう」 「そう来なくっちゃ! それが終わったらなんか食べに行こ!」  急にやる気が出たのか佐天はばっと立ち上がって初春のネットブックをのぞき込んだ。 「で、どんな人なの?」 「えっとですね。あれ、この人は……」  ネットブックに出ていたデータは上条当麻の物だった。 「ん? 初春、知ってる人?」 「いえ。私自身、直接面識はありません。ただこの人、御坂さんの彼氏なんです」 「え――! 御坂さん、彼氏いたの!」 「ぶ!」  佐天の大声に美琴は思わず吹き出した。 「ま、まさか、次のターゲットはアイツ、なの? と、とにかくアイツにあの二人を会わせるわけにはいかないわね」  美琴は急いで上条に電話をかけた。  しかし上条の携帯は電源が入っていないらしく、美琴はがっくりと肩を落とした。 「あの馬鹿、私からの連絡はいついかなることがあっても受けなさいっていつも言ってるでしょうに!」  美琴は悔しそうに地団駄を踏んでいたが、電話に夢中でいつの間にか初春達の姿を見失っていることに気づいた。 「やば。二人ともどこ行ったのかしら」  美琴は慌てて初春達を探し始めた。  美琴が電話に出ない上条にやきもきしている間に、初春は簡単に自分の知っている上条の情報を佐天に伝えていた。 「ふーん、御坂さんの入院中にね。そう言えば私は会わなかったな」 「私だって直接会ったわけじゃないんです、御坂さんの病室に入ろうとしたときにちらっと見ただけで。とにかくすごく優しい目で御坂さんを見ていたんですよこの人。それで私が来たのに気づいたらすっと病室から出て行っちゃったんです」 「そうなんだ。私達に遠慮したのかな?」 「そうじゃないかと思います。確か『邪魔だよね』みたいなこと言ってたと思いますから」 「ふーん。じゃあ早速この人探そうか」 「はい。どうもこの人は自炊生活でクラブにも入っていないようですから、御坂さんに会ってない日は、学校とその近所の安売りスーパーの往復をするはず。ならその位置関係から今いる可能性の高い場所は……」  驚くべき情報処理能力で上条の位置の予測を立てていく初春を見ながら、佐天は感心のため息をついた。 「確かに御坂さんは今日大切な用事があるって言ってたから上条さんといっしょにいることはないと思うけど、本当に何かに興味を持ったときの初春の行動力ってすごいよね。それだけ情報を集めて準備するくらいその能力者さんに会いたいんだ」 「…………」  初春は頬を染めながら何も答えなかった。 「なら、上条さんは初春の探している人と違うといいよね」 「…………」  やはり初春は何も答えなかった。  やがて初春たちは上条の住む寮の近所にやってきた。  佐天は見慣れない場所に心躍るのか、きょろきょろと辺りを見回していた。 「さって、どこにいるのかな、御坂さんの彼氏は。レベル0で御坂さんの彼氏ってことは、『能力を打ち消す能力者』について何か知ってるかもしれないし。早く会ってみたいよね」 「佐天さん、そんなにきょろきょろしてたら危ないですよ」 「大丈夫大丈夫、ここは車も通ってないんだし……キャ!」 「うわ!」  前をよく見ていなかったため、佐天は前から歩いてきた人とぶつかってしまった。 「いてて……」 「大丈夫ですか、佐天さん」  地面に尻餅をついた佐天は恥ずかしそうに頬をかいた。 「いやいや面目ない。すいません、大丈夫、ですか……あれ?」  佐天はぶつかった相手に頭を下げようとしたが、その相手の様子がおかしいことに気づいた。  見たところ男子高校生のようなのだが、佐天とぶつかったときに地面に落としたらしい買い物袋をこの世の終わりのような表情で見つめていたのだ。 「……あああ、貴重なタンパク源が……目玉焼き、ゆで卵、親子丼、オムレツ……」  しかも何やらぶつぶつとつぶやいている。    そのあまりにも絶望に包まれた表情を見て罪の意識を感じた佐天は申し訳なさそうに声をかけた。 「す、すいませんぼうっとしてて、あの、大丈夫ですか……?」 「へ? あ、ああ、慣れてるから、こういうの……」  どう見ても大丈夫そうに見えないその男子高校生の顔を見た初春が突然大声を出した。 「あー、御坂さんの彼氏!」 「はい?」  この不幸な男子高校生はもちろん上条当麻である。 「えっと、その、すいません。卵台無しにしちゃった上にジュースまで」 「ははは、いや、ほんと俺、こういうの慣れっこだから。不幸なのは生まれつき、うん。それにお前達、御坂の友達なんだろ? 無碍に扱うわけにもいかないし」  近くの公園に場所を変えた初春たちはそこにあるベンチに腰をかけると上条から手渡されたジュースを受け取っていた。  上条は初春たちを見てにこっと微笑んだ。 「じゃあ、改めて自己紹介しようか。そっちの花飾りの子とは御坂の病室で一度会ったことがあるけど、名乗ってはいないよな。二人ともよろしく、俺は上条当麻、高校一年生」  初春は緊張した様子でばっと立ち上がった。 「は、はい。はじめまして、私は御坂さんの友達で、白井さんといっしょに風紀委員をやっている初春飾利といいます。中学一年生です。で、こっちが」  初春と同じく緊張した様子の面持ちの佐天もまた立ち上がって挨拶をした。 「佐天涙子です。初春と同じく御坂さんと白井さんの友達をしてまして、中学一年生です。えっと、その、さっきは本当にすいませんでした。卵は弁償します」  申し訳なさそうに頭を下げた佐天に上条は苦笑した。 「ほんとにいいって別に。確かに特売の卵が全部割れたのはかなり辛いけど、こういうのは本当に慣れてんだよ、俺。だからそんな気にするなって」 「でも、そんな迷惑かけた上にジュースまで奢ってもらってるんですよ、本当に申し訳なくって」 「いやそれもな、御坂にすっげえ言われててさ。『男なんだから女の子に奢ってやろうとする気持ちくらい見せてみなさい、自分のできる範囲でいいから』って。で、二人は御坂の友達だから上条さんとしてはその教えを守ってるだけ」 「……あの、その気持ちはあくまで御坂さん限定で、他の女の子や私達にそういうことをしろ、と言ってるわけじゃないと思いますが」 「えっと、違うのか……?」  初春たちはこくりとうなずいた。 「そ、そうか。色々と難しいんだな」  上条は不思議そうな顔をした。 「あ、あの、上条さん。ちょっとお時間、よろしいですか?」  おずおずと佐天が上条に話しかけた。 「えっと、夕飯の準備があるからそんなにあるわけじゃないけど、まあいくらかなら。で。何?」 「えっといきなりぶしつけなんですけど、上条さんて何かすごい力を持ってたりするんですか?」 「はい?」 「だ、だから、あのレベル5の御坂さんの彼氏なんだからそれ相応の能力があったりするんじゃないかと思って。例えば……『あらゆる能力を打ち消す能力とか』」 「…………!」  上条はさっと表情をこわばらせた。  だがその変化はごくわずかで、上条と親しくない初春たちにはその変化を捉えることはできなかった。  上条はできるだけ平静を装って答えた。 「それって確か学園都市の都市伝説だっけ?」 「そうですけど、上条さんがその能力者じゃ、ないんですか?」 「俺は正真正銘のレベル0で完全無欠の無能力者、期待に添えなくて悪いけど」 「そう、ですか。じゃあ、その能力者について何か知ってることとかはありませんか?」 「うーん、そもそもそういう人って本当にいるのか? あくまで都市伝説は都市伝説なんじゃないのか?」 「じゃ、じゃあ!」  今まで話に参加していなかった初春が大声を出した。 「グラビトン事件について何か知りませんか? セブンスミストであった!」 「グラビトン、事件?」  上条は心底不思議そうな顔をした。  実際には上条が重要な役割を担った事件ではあるが、竜王の殺息で記憶を失った今の上条は全く知らない事件であったからだ。 「ご存じない、ですか?」 「悪いけど」 「そう、ですか」  残念そうな、それでいてどことなくほっとしたような表情をした初春の肩を、ぽんと佐天が叩いた。 「ほんと悪いな、力になれなくて」  申し訳なさそうにする上条に慌てて佐天はぱたぱたと手を振った。 「そ、そんな、上条さんは何も悪くないですよ。元々都市伝説ですし、御坂さんの彼氏なら何か知ってるかもってこっちが勝手に思ってただけなんですから」 「そっか、そう言ってもらえるとこっちも気が楽だ。で、それはそうとさっきから気になってたんだけどな、なんなんだ、その御坂の彼氏って? もしかして、俺のことか?」 「違うんですか?」  不思議そうに首を傾げた佐天だったが、上条はその言葉に顔を真っ赤にした。 「な、なんなんなんななんなんだよ、それ! 違う違う違う! 俺は御坂の彼氏なんかじゃないぞ!」 「え――――!!」  上条の言葉に大声で返したのは初春。 「嘘です、嘘嘘! だってお二人はいっつも週末になるたびにデートしてるじゃないですか。それに平日だって御坂さん、上条さんといっしょにいること多いんですよね? 放課後、私達と遊ぶ回数が最近減ってるんですよ、あの入院騒動以来」 「そ、そりゃそうかもしれないけどってそもそもデートってのは違うだろ。あれって付き合ってる二人がやるもんだろ、俺は御坂と付き合ってないんだから友達と遊んでるだけじゃないのか」 「……仲の良い異性と二人きりで出かけたり遊んだりするのを世間一般ではデートって呼びますよ」 「マジか?」  初春達はこくりとうなずいた。  二人の態度を見て上条は考え込んだ。 「ちょっと待て、でも、え、けど、だから……」 「上条さん」 「え?」  上条は真剣な目をした初春の気迫にごくりとつばを飲み込んだ。 「本当に御坂さんと付き合ってないって言うんですか? じゃああのお見舞いしてたときのあなたの態度は嘘なんですか? ファミレスの前で御坂さんを抱きしめたのもごまかしですか?」 「ど、どうしてそれを」 「答えて下さい」 「いや、だからその」 「…………」  初春は何か言いたそうにしていた佐天を手で制しながら無言で上条の返事を待った。 「嘘でも、ごまかしでもない。けど、付き合っては、ない」 「どうして?」  初春は悲しそうな顔で上条を見た。 「ちょ、ちょっと待ってくれ。なんでこんなことをお前に話さなきゃいけないんだ。初対面なんだぜ、俺達」 「私が御坂さんの友達だから、じゃダメですか? 大切な友達を心配するからこういうことを言うんです」 「…………」 「ちょっと、やめなよ初春!」  上条が初春の気迫に押し黙ってしまったところで佐天が初春の腕を引っ張ってその場から離れた。  上条から離れた佐天は小声で初春を詰問した。 「どうしたの初春? なんかおかしいよ」 「佐天さんは知らないことですけど、実は以前上条さんの女性関係で御坂さんがすごく悲しんでたことがあったんです」 「え。それ、ほんと?」 「はい。結局は御坂さんの勘違いだったんですけど、とにかく御坂さんは上条さんのことを想うあまりすごく哀しんだんです。だから、御坂さんと付き合ってないって言う上条さんの言葉につい頭に来てしまって。御坂さんと一番仲が良い男の人のくせにあんなこと言うなんて、無神経すぎますよ。鈍感なだけかもしれませんけど、今の上条さんがあんな気持ちなら、御坂さんがかわいそうすぎます」 「そっか……わかった。そういうことなら私も協力するよ。それじゃ、上条さんのとこに戻ろうか。ただもうちょっと穏やかにやろう。初対面の私だってなんとなくわかるくらい、あの人、いい人だよ。きっと御坂さんに対して不誠実なことはしないと思う。だからさ、もうちょっと上手く……上条さんを焚きつけちゃおう! 鈍感だって言うんならなおのこと、ね!」 「……はい!」  佐天が初春を引き離してくれたことで上条は多少は冷静になることができた。  そして冷静になって美琴のことを考えてみた。  御坂美琴。  学園都市の誇る第三位の能力者でレベル5、しかも名門常盤台中学に通うお嬢様。  でも上条にしてみればそんな肩書きは大した意味を持たない。  美琴はあくまでも気が強くていつも自分に突っかかってくる女の子。  でも本当は世話焼きで誰よりも優しい心を持ち、誰よりも深い哀しみを知る女の子。  自分を日常に戻してくれるかけがえのない女の子。  気兼ねなく話ができ付き合うことのできる、インデックスと並んで今一番自分に近しい女の子。  インデックスと並んで、でもインデックスとは確実に違う意味で自分の心の大切な場所にいる女の子。  でも、付き合ってはいない、と思う。  好きかどうか、もわからない。  そもそも「好き」がどういう気持ちになるものなのかがわからない。  じゃあ自分にとって美琴はどういう存在なのか。  上条の気持ちがまとまりきらないうちに初春達が戻ってきてしまった。 「上条さん」  佐天が穏やかな口調で上条に話しかけた。 「ごめんなさい、さっきの初春の態度はいきすぎてました。あの娘には良く言い聞かせておきましたから」  佐天の後ろに立っていた初春がぺこりと頭を下げた。 「あ、ああいや」 「それから初対面がっておっしゃってましたけど、逆に親しくない初対面の人間だからこそ気軽に話せたりしませんか? ほら、占い師や精神科医に話すみたいに」 「あ……」 「だから、もしよろしければ上条さんが御坂さんをどう思っているか、教えていただけませんか?」 「どう、思っているか」 「好きとか嫌いじゃなくていいんです。本当に御坂さんを上条さんが今、どう思っているか、で」 「…………」  上条は押し黙ってしまった。 「御坂さんにも、誰にも言いませんから」 「…………」  上条はやはり黙ったままだった。 「あの、やっぱり、無理ですか。すいません、変なことを聞い――」 「御坂には、内緒だぜ」 「…………!」  そのとき上条達のいるベンチの近くの木からがさがさっと音がしたが、誰も気に留めるものはいなかった。 「御坂を、どう思っているか」  初春たちは息を呑んで上条の次の言葉を待った。  上条は空を見あげ一生懸命に考えた。  確かに今はいい機会なのかもしれない。  美琴が入院したときからずっと晴れない、心の中にもやもやとあるもの。  それより前から上条の心の中にある不定形をさらにわからなくする嫌なもの。  それを考えるいい機会かもしれない。  佐天の言うとおり自分だけで悶々と考えるより、赤の他人に聞いてもらう方がよりはっきりするような気がする。  上条は自分の中の美琴をひたすら思い出した。  辛い思い出、楽しい思い出、泣いた顔、怒った顔、そして、笑顔。  そしてようやくもやもやが一つの形になった。  それは。 「俺は、アイツの涙を見たくない」 「涙?」 「俺は以前、アイツが深い絶望に包まれたときを知っている。そしてそれから解放されたときの笑顔も知っている。そのとき思った、コイツの笑顔は最高にかわいい、コイツには本当に笑顔が似合うんだって。この笑顔は絶対に曇らせちゃいけないんだって」  上条は深く息を吐いた。 「俺は、誰の涙も見たくない。できることならこの世の全ての人に笑顔でいて欲しい。泣いてる人がいたらどんなことをしてでも笑顔にしてやりたい、その笑顔を守りたい、それが俺だから。でも、もし、たった一人の笑顔しか守れないときが来るなら、たった一人の涙しか拭えないのなら、俺は、御坂を選ぶ」 「…………!」  初春達はごくりとつばを飲み込んだ。 「世界中の人の中からたった一人を選ばなければいけないなら、俺は、御坂美琴って女の子を選ぶ。それが、俺にとっての御坂美琴って奴だ」  夢から覚めたように上条は初春達の方を向いた。  そしていたずらっ子のように自分の唇に人差し指を立てた。 「御坂には、内緒だぜ」  顔を真っ赤にした初春と佐天は何度もうなずいた。  上条の告白の後、しんと辺りは静まりかえった。  だが次の瞬間、突然上条を激しい電撃が襲った。 「どわ! な、なんだなんだ!?」  慌てて上条は幻想殺しで電撃をかき消した。  その音に夢見心地だった初春達も我に返った。 「え? え? え?」 「あ、あ……アンタって男はー」  上条達三人の目の前に顔を真っ赤にした美琴が立ちはだかった。  その体からはバチバチと電流があふれ出していた。  実は初春達が上条と会った直後には彼らのいる場所に美琴はやってきていた。  だが尾行に対する後ろめたさや出るタイミングを逸していたことから彼女は仕方なしに上条達のいるベンチの側の木の影に隠れていたのだ。  三人の様子をうかがい彼らの間に何もなければそれで良し、もし万が一上条が初春や佐天にフラグを立てようとしたら超電磁砲を撃ってでもそれだけは阻止しよう、そう思っていた。  途中、上条の「付き合っていない」発言にショックを受けたりはしたもののなんとか当初の目的は達成されようとしていた。  だが彼らの会話が佳境を迎えようとした時、彼らの様子が変わった。  上条が本当に美琴への想いを吐露しはじめたのだ。 「あの馬鹿、なんてこと言ってんのよ! 初対面の、しかも私の友達に!」  上条の告白を聞きながら美琴は電流の漏電が始まっていることに気づいていた。  だがそれを止めることができない、というのも理解していた。 「どうしよう、ふにゃにゅ、どう、にゃにぃ、しよ、止まみゃにゃにゃ……」  なんとか心を落ち着けようとする美琴だったが、上条の告白を聞いたショックに自分の心が全く追いつかない。 「だって、にゅにゅにょ、たったひとふにゃりって、わ、わにゃしが、そにょ大切……」  結局オーバーヒートを起こした精神は、あっさり「切れ」た。  気がついた時には美琴の漏電は雷撃の槍へと変化して上条を襲っていた。 「み、御坂、さん? どうしてここへ?」  あせる佐天を無視して美琴はゆらりと上条へ近づいた。  その両手はバチバチと嫌な感じに帯電している。 「みさ、御坂、落ち着け! なんかよくわからんがとにかく落ち着け! ていうか土下座でもなんでもするから落ち着いて下さいお願いします!!」  上条は涙目になりながら必死に懇願したが三割の恥ずかしさと五割の嬉しさ、さらに二割の怒りで頭がいっぱいの美琴は全く聞く耳を持っていなかった。  無言で上条へ雷撃の槍を投げつけはじめていた。  上条は必死で幻想殺しを使ってそれらをいなした。 「アンタは、どうして……」 「えっと、何がどういうことで怒ってるんでしょうか、御坂様?」 「そういう大切なことは……」  そこまで言ったところでバチバチッと今までで最大電圧の雷撃の槍が完成した。  美琴はもちろん躊躇なくそれを上条に投げつけた。 「ちゃんと私に直接言えっつってんでしょうが――――!!」 「うわ――!!」  上条は必死になって逃げ出した。  初春達は鬼ごっこをはじめた美琴達を呆然とした表情で見物していた。 「ねえ初春」 「はい」 「すごい告白だったね」 「はい」 「下手に『好き』って言うよりよっぽど破壊力あったと思うけど」 「ですよね。あれで付き合ってないとか言われても」 「説得力ないよね」 「ですよね」 「結局上条さんって、ただの鈍感な人なだけみたいだね」 「御坂さん、苦労しそうですね」 「ほんと。……あれ? 初春、上条さんの、右手」 「え?」 「御坂さんの電撃、かき消してない?」 「あ……」 「初春……」 「…………」 「……辛い、よね」 「……き、気にしないで下さい、だって私のは『憧れ』だったんですし。それに」  目をごしごしとこすった初春は、顔を真っ赤にして上条を追いかける美琴を見た。  それは全身から「好き」の感情を溢れさせた、初春や佐天はもとより、白井さえも見たことがないであろう美琴の姿であった。 「あの二人の間になんて、入れないですよ」 「そっか……」 「はい……」 「……そだ、帰りにタイ焼き、奢ったげるね」 「……白いのにして下さいね」 「えー、あれ高いのに」 「だから奢ってもらうんですよ」  初春と佐天はまだしばらく続くであろう美琴と上条の鬼ごっこを楽しそうに見つめていた。 「いったいいつになったらちゃんと言ってくれるのよアンタは!」 「だから何がだよ!」 「たまには自分で考えろこの馬鹿! それに私のことは名前で呼べって何度言えばわかるのよ! 猿以下かアンタの記憶力は!!」 「不幸だ――!!」 ---- #navi(上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/どこにでもあるハッピーエンド)

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