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*あの、言葉 をもう一度 -Christmas Night- 3 (後編)
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「えっと、ちょっと聞いていい?」
 もうじき(学舎の園の)入り口だな、と上条が口にするより早く、美琴が上条に問いかけた。
「ん? 何だ?」
「今日、その……もしこの約束なかったら、何してたの?」
「んー、その手伝ってた教会で、そのままパーティーに参加して飲み食いってとこじゃねえかなあ。誘われたけど、お前との約束あったし」
「あら、……悪かった、わね」
「ま、あっちは大勢でやってるし、俺がいねえからどうこうってのもねえよ。……たぶん」
「そっか……」
 上条は思い出していた。夜は女子中学生と約束があると漏らしたがために、お馴染みのシスター達に監禁されそうになったのだ。這々の体で逃げ出してきたが……。


 美琴もまた、思いを巡らす。
(間違いない、きっとみんなコイツに残っていて欲しかったはず……)
 逆の立場だったら、自分ならもうパーティどころではない。誰かと約束があるなんて聞かされようものなら。
 今、こうやって一緒にいられるのも、あのアルバイトを決めた日、ポケットにあった100円玉が、――もし逆の目だったら、自動販売機の前に行くこともなく……今頃ベッドの上で三角座りでもしていたかもしれない。
 幸運。これは相当幸運だったと思っていい。美琴は今の幸せをかみ締めた。
 しかし、その幸せの反面として、新たな不安も生まれている。この帰り道、上条にしがみついて考えていたこと。

 自分の中にある、まだ眠っている、体裁を打ち破るほどの莫大な感情――

 今なら分かる。あの『恋じゃない』と否定していた心は、……それ自体に意味はなく、ただ『上条の事を考えている至福のひととき』の一つに過ぎないという事を。意味があるとすれば、心が彼に向かいすぎないように調整していた、程度のものだろう。
 だが、今日こうやって始終しがみついて……この居心地の良さを、身体が覚えてしまった。特に、心にぽっかり穴が空いたところに、こんなに甘いモノが流れこんできたのである。――ひとたまりもなかった。

 不安。
 この眠っている感情、……もはや薄皮一枚の状態だが、もう押さえ込める自信がない。
 次に感情が高ぶったら、自分は……

 と、そこで美琴は何とか我に返り、軽く首を振った。これ以上は、きっと彼も拒絶する。――それは、お互い不幸なだけだ。
 自信のある無しではない。押さえ込まなければ、今度こそ関係が壊れる。もうあのバイト先での思いは、二度としたくない。

 美琴は自分の中の不純なモノを吐き出すかのようにため息をつくと、上条を見上げて話しかけた。
「と、ところでさ。ちょっと、あの、いつもの自販機のとこ、寄っていいかな」

 広い学舎の園の前を通り過ぎ、上条の高校との分岐点が見えてきていた。
 その分岐点を、高校側に少し歩けば、あのいつもの自動販売機がある。
「いいけど、門限大丈夫か?」
「大丈夫、すぐ済むから」


 少しルートを外れ、自動販売機の場所まで歩く。
 アルバイトの相談をしたテーブルの前まで来ると、ようやく美琴は絡めていた腕を放し、上条を解放した。
「飲み物でも買うのか?」
 上条はう~~~ん、と伸びをしている。
「ううん、ちょっと待って」
 美琴はカバンをあのテーブルの上に置き……ごそごそとラッピングされた袋を取り出した。

 おずおずと、上条の真正面からプレゼントを差し出す。街灯と自動販売機の灯りで、暗すぎるということは無い。
「はい、これ。ここで今日の約束した時、私言ったでしょ、『褒めてあげる』って。これがご褒美、ね!」
「えっ……いやいや、俺なにも用意してねえ!」
「クリスマスのプレゼント交換じゃないってば。ご褒美だって言ってんでしょ」

 うわ参ったな……と上条は躊躇っていたが、頬をポリポリ掻きながらも受け取った。
「サ、サンキューな。開けていいか?」
「う、うん。気に入ってくれると、いいんだけど」

 丁寧にシールをはがし、そろそろと中身を取り出す。……上条が低く唸った。
「お、お前これ……最新のアレじゃねえか!」
「えへへ、これならアンタも持ってなさそうだったし」
「持ってるわけねえだろ! ……シャレなんねーぞ……」

 それは手袋だった。
 しかし、最新のアレ、というだけあって学園都市最新技術が盛り込まれているシロモノで、この高機能手袋は極薄なのに防寒性・耐衝撃吸収を兼ね備えており、更に……
「なんだこれ……ものの数秒で装着感無くなったぞ……すげえ」
 早速右手にだけ装着した上条は再度唸る。
「私の水着もそうなんだけど、その装着感無くなるのって、良し悪しな気もするけどね」
 学芸都市でも着た美琴の競技タイプ水着も、高性能な中でも、着ていると装着感が無くなるというのが性能の一つとして挙げられている。本当に何も着ていないような気分になるのだ。

「お前これは……いやもちろん嬉しいけど、ちょっと行き過ぎじゃねーか?」
 値段は今日のバイト代で賄えるレベルではないはずだ。
「アンタね、その右手で色んな人救ってきてんじゃないの? どうせこれからも酷使するんだろうし、せめてそれでちょっとは守りなさいな、ってね」
「…………、」

 上条は包装紙をコートのポケットにしまい込み、両手にきっちり手袋をはめ直し、にぎにぎと感触を確かめた。
「マジですげえな……ありがたく受け取るけどさ、俺お前にこのレベルのお返し、なにもできねえよ……」
「だからご褒美だと何度言ったら。……それにお返しって話なら、私に言わせりゃこんなの、アンタへの借りの足しにもなってないわよ? ただ市販品買っただけだもん」
「借り、って……お前ひょっとしてシスターズかなんかの話してんのか? あれは俺が好き勝手やっただけじゃねーか」
「それだけじゃ、ない。色々よ、色々。……アンタが好き勝手と言うなら、私もこうやって好き勝手にやる、それでいいでしょ?」

「あーもうお前は! 何でこういう、いやそりゃ嬉しいけど、……うーん……」
 上条的には、両親からの高校入学祝い級とも言える破壊力を持った品であった。
 友人間のプレゼントのレベルではない。
「……罰ゲームと一緒だけどさ、何でも言うこと聞くから、何か言え」
「え……?」
 上条には、もうこれしかなかった。
「ご褒美なのは分かった。ありがたく受け取る。で、それはそれとして、お前には世話になってるし、……俺もお前にプレゼントしたい。出来ることなら何でもやってやる」

 今日の御坂美琴の行動はちょっと読めない。よって、こういう「何でもやってやる」は結構危険な賭けであった。
 しかし、日を改めてプレゼント返しをしようにも、ちょっとこれはマトモに返せない。金欠は解決していないのだ。


 美琴は考え込むかのように俯いてしまっている。
 しばし、二人の間に静寂が流れた。自販機の内部の音だけがやけに響く。

 しかし思ったより早く、美琴が沈黙を破った。
「じゃあ、……お言葉に甘えて……」
(!? 早い! この展開を読んでた……ってのは無いか。てーことはつまり……)

 ひょっとして常日頃、俺に期待してる事がある?

 今思いついたのではなく、前々から考えていた事。……そして言い出せなかった事。なんだか重くて、実現が厳しそうな予感がする。
 だが上条は、動揺を押し隠しつつ、頷きながら言葉を促した。
「出来ることなら、すぐ約束してやる。言っちまえ」
「……その……アンタが前に言ってた言葉を、聞かせて欲しいな……ってのは、ダメ?」

――言葉。

(何だ!? でも、言ったことのある言葉、なら問題ねえ、よな……?)
 二度と口にしたくないほどクサイ言葉があったかどうか思い出そうとする上条。あの橋の上では結構言っちゃった感はあるが、切羽詰った状況であまり明確に覚えていない。
 しかし、ここで嫌なことに思い当たった。
(まさか……記憶喪失前、とんでもねーこと口走ったとかじゃねーだろうな、俺? ひょっとして、俺がコイツをナンパしたのが出会いで、その時のセリフ……ってのもあり得るんじゃねーか!?)

「そ、それでいいならお安い御用、と言いたいけど……、いつ、どこでの話だ?」
 不安が何だか膨らんでくる。上条は俯き加減に視線をそらしたままの美琴に、おそるおそる問いかけた。

「……夏休み、最後の日。」

 夏休み最後の日。
(偽デートやった日か! 何か言ったか俺……? そういえば夜も歩道橋で会ったっけ)

「その……工事現場で、海原光貴に……、いつでもどこでも駆けつけて、って言ってたじゃない? 同じ言葉を、私にも……」
「…………、って!」
 今の言葉が上条の脳に時間をかけて染み込み……、そして上条に驚愕の声を上げさせた。
 確かにあの時、御坂美琴が落ちてくる鉄骨の軌道を変えてくれたような記憶がある。――しかし、粉塵の舞い散る中、そんな聞こえるほど近くに居た、と!?
「ちょ、ちょーっと待て! あ、あれ聞こえてたのかお前!」
 美琴はこくん、と頷いた。そして、上条に顔を向ける。


「かすかに、ね。だからいつかちゃんと、……あの、言葉……をもう一度、って」


 上条は頭を抱えた!
「バカお前、あんなの本人目の前に言えるかっ! あ、あれはつまり……アイツとの約束であり、俺の誓いで、しか……!」
「……ダメ?」
「…………、」

 美琴は、上条をじっと見つめていた。
 だが、引きつった上条の顔を見るとまた、うつむいてしまった。

「ダメなら……いい。……アンタが何かお返ししようとしてくれた、その気持ちで十分。……帰ろっか、もうここからは一人で」
「待て待て!」
 チェックメイト。急にしぼんでしまった様な美琴を見てしまったからには、このまま帰るという選択肢はあり得なかった。
「け、結論を早まんな! よりによって、何だってその言葉なん……だ?」

「…………、」
「い、いや、あのな? 言葉なら言える、恥ずいけど言える。でも、めちゃくちゃ上っ面な台詞になるぞ? 何かこう、お前が敢えてそれを選んだ理由とか教えてくれるとかしねえと……」
「…………、」
「やっぱり、言葉ってのは感情を込めて、じゃねえと、さ……今のままじゃ、言い方悪いけど、『言わされた』みたいになっちまう」

 自動販売機のヴ…ンといった稼動音だけが、しばし二人の間の静寂を取り持った。

 やがて美琴が、ぽつりとつぶやきだした。
「……私とアンタって、肝心なところで縁が、ないのかな、って」
「……はい?」
 思ってもみない言葉に、上条は戸惑う。

 美琴が顔を上げた。何か覚悟を決めたような表情をしている。
「アンタってさ、私をほんとスルーするよね。無視じゃなく、視界に入ってない類の」
「してねえよ、と言いたいトコですけど……」
「今日アンタがバイトに来なくってさ、……色々考えさせられたのよ。そういや、メールは届いた試しないし、電話は肝心なところでブチブチ切れるし、恋人ごっこでも罰ゲームでも途中で邪魔されるし、他にも色々。……これはひょっとして、何かあるんじゃないかって」
 これは確かに上条も不思議に思っていた。美琴とはいつも尻切れトンボな形で話が終わるのだ。

 美琴は上条を見つめたまま――たまに視線を下に落としたりもしつつ、淡々と話す。
「でも、シスターズの件や残骸事件の時は、そういう妙な妨害無かったしなあ、と思ったとき、気づいたの。あの2つの事件は、アンタの視点からしてみたら、あくまであの子や黒子が主役だったのよね。あくまで私は、オマケ、だった」
 確かに、命の危険という意味では、主役は御坂妹であり、白井黒子であった。だが、美琴がオマケというほどに低いわけではない、と上条は思ったが、口には出さずに美琴の言葉をじっと聞いていた。
 ちょっと間を開けて、美琴は改めて口を開く。

「ではここで問題です。御坂美琴が一人単身でどうしようもないピンチになったとき、どうなるでしょう? 私が主役だったなら?」
「…………!」

「……なんかさ、アンタは来ない気がするの。今までの経緯を考えると、アンタは私をスルーしちゃう、と思うのよ……」
 美琴の声のトーンが落ちる。
「何なの……かしらね。アンタの右手は、私の電撃を防ぐのに飽きて、私との縁をぶった切ろうとしてるのかもね。私が死んじゃえば、防ぐ必要も無くなるものね。……冗談よ」
 口を開きかけた上条を、美琴は制した。

「……アンタも知ってるかな。学園都市のLV5が次々におかしくなっていってる、って話。噂じゃ五体満足な状態でもないって聞くし」
 上条の脳裏に、ロシアでのアクセラレータの姿が思い浮かぶ。苦悩と狂気に彩られた、上条に向けた総攻撃……確かに、正常ではなかった。
「私も、アンタがいなかったら、そうなってたと思う。精神的にか、物理的にかはともかくね……。でもまた、いつか……きっと何かに巻き込まれる。もう予想ってか、確信に近いわね」
「…………、」

「だから、さ」
 美琴の声が……鼻声になった。
「直接、あの言葉をもう一度……、と思ったの。……今のままじゃ、『お前だけは助けない』って言われてる気分でさ。……つらいじゃない、そんなのって」
「御坂……」

 美琴は俯いた。かすかに涙目になってしまったのを隠すかのように。
「言っとくけど、アンタが来る来ないは本題じゃないわよ? 私は独りでやるもの。ただ、……どうせスルーされるって思って戦うのと、ギリギリまで諦めなければアンタが来るかもと思って戦うのと、どっちがいい? って話でさ……」
 声のトーンは戻ったが、幾分自嘲気味に美琴は続けた。
「これが理由。……あんまり言うもんじゃないわよね、白けちゃったかな。やっぱり言わなくていいわ、帰……」
 美琴の言葉は、そこで途切れた。――上条が、美琴の頭の上に、優しく右手を乗せたためだ。

「分かった分かった。お前またややこしいこと考えてやがんなあ……」
「…………!」
 上条はつぶやき、俯いた美琴の頭を優しく撫でる。美琴は胸の前に両手を揃えたまま、硬直していた。

「縁……ね。俺は相当お前との縁は、あると思ってるけどな」
 頭の上に乗せた右手を、上条は美琴の左肩に移動させた。手を頭から外せば美琴が顔を上げるかと思ったが、美琴は俯いたまま、上条を見ようとしない。
「……ど、どこが……よ」
「例えばあのバイトの話、ここで偶然会ったのが始まりじゃねーか。あれが縁じゃなかったら何なんだ? それに、今日の21:00の電話もそうだよ。肝心な電話が切れるっつー話も、微妙だよなこれで」
「…………、」
「そして、お前、今日ずーっと俺にしがみついてたけど、誰かに邪魔されたか? 妹も、白井も来なかったぞ?」
「それは……」
「それにそもそも、携帯のペア契約だの、両親の面あわせだの、……これで縁がないとか言うのかよ、お前は?」
「だ、だから、縁自体はそれなりだとは思うけど、肝心な時、って話よ!」
 美琴は小さく抗議した。

「ま、確かに言われてみれば、俺とお前の繋がりみたいなのが、妙な力で邪魔されてるような感じは否定しねえ。お前のピンチに気づかないかもしれねえ」
 でもな御坂、と上条は言葉を継いだ。
「――お前には周りの奴らが居る。御坂妹が、白井が、皆がいるじゃねえか。そいつらがきっと俺に教えてくれる。お前は、独りじゃねえんだからさ。で、俺が――」

(直接言う事による『責任』と、その『覚悟』――! ちっと重いが、まあ構わねえ!)
 上条はもう一方の掌で美琴の肩を掴み、心のなかで誓いを新たにした。
 両肩を上条にしっかりと掴まれた美琴。その『意思』を感じ取った少女は、弾かれるように顔を上げ、目の前の少年を見つめ――


「いつでも、どこでも、誰からも。何度でも駆けつけて、お前を守ってやる。御坂美琴の世界を守ってやる」
 上条ははっきりと、美琴を見つめ返しながら、言い切った。


「…………!」
「お前ホントどうしたんだよ今日は。イブだからっておセンチになりすぎだぞ、……って!」
 上条は言葉に詰まった。
 御坂美琴が――目を見開いたまま瞬きもせず、瞳から涙をぽろぽろ落し出した、から。
 引き結んだ口元を、わずかに震わせながら。

「だあー、泣くな! お、お前、今日は何だってそんな、おん……」
――女の子みたいに。
 言葉を飲み込み、美琴を改めてじっと見つめた。

 女の子みたいに、しがみついたり、泣いたり。
 そもそもコイツ、泣き顔見られたのを心底嫌がってなかったか? しがみつくってのも、明日以降からかわれる事を考えれば、本来ありえない事だ。からかわれると、とにかくムキになる性格だったはずだ。
 今日は、クリスマスイブに乗じて『女の子らしく』しているのかと思っていたが、……そうではなく、ひょっとしたら。

 上条の心に、フッ……と湧き上がる、思い。
 今日の、この甘えたで泣き虫の姿が、御坂美琴の本来の姿……? 普段はLV5のプライドもあって弱さを見せまい、と……?


(い、いや、そういう判断はあとでいいや! まずコイツどーすっか?)
 上条は両手を離して一歩踏み込むと、美琴の左側から右肩を抱いた。
(こうやって抱き抱えるようにしてやれば、ちょっとは落ち着くかな? 正面から抱きしめたら、表情わかんねえし……)
 空いた左手でポケットをまさぐり、ハンカチを取り出した。
 正面に上条がいなくなったせいか、やや視線は下におとしつつも、涙をぬぐおうとせず心ここにあらず、といった風である。美琴の目の下に、上条はそっとハンカチを当ててやる。

「お前、マフラーぐしょぐしょになるぞ……台詞もどういうか分かってんのに、なんでそんなに……」
 ようやく美琴がぴくりと動いた。
 ゆっくりと、左側にいる上条へ顔を向ける。

(うっ……!)
 上条の身体を、電気のようなものが貫いた。決して、美琴の直接的な電撃ではなく。
 見つめてきた美琴の潤んだ瞳、唇から視線が外せない。さっき真正面からの時は焦点があっていなかった感じだったが、今は、はっきりと上条を見つめている。

(な、なんだこの空気は、……!)
「……ぁ」
 ありがとう、と言おうとしたのか。声にならずに美琴の唇だけがかすかに動く。
 美琴の潤んだ瞳がとろん、と――

 マズイ――!
 この顔の距離、顔の角度、……後は、少女が目を閉じようものなら。
(ま、待て御坂。そこで目を閉じたら、『そういう』空気になっちまう! お、俺たちは『そういう』関係、じゃ……!)



 美琴は、『あの言葉』を聞いてから、――感動して何も考えられなくなっていた。
 自分が涙を流していることも、気づいていない。

 そして、頬になにか布のようなものが当てられる感触で、ようやく我に返った。
 左側に気配を感じて、ゆっくり顔を向けると、心配そうに見下ろす、『アイツ』の姿が。

――何か言わなきゃ。
 口を動かすが、出てこない。
 それよりも、そんなに見つめられると、眩しくて……嬉しくて、幸せで……目を開けてらんない……

 美琴はゆっくりと目を閉じた。


 上条はその美琴の幸せそうに目を閉じた顔を見て、吸い寄せられるように、唇を近づけ――

 ビービービービービービー!!!

「うわわわっ!?」
「きゃっ!?」

 突然の警報音に、二人とも思わず抱き合った!
「な、なんだっ!?」
「…………!」
「じ、自販機か。何で警報が……?」
 二人して自販機を見つめるも、何で鳴っているのか皆目見当がつかない。

 上条も美琴も、一気に現実世界に引き戻された。
(……た、確かにキスしそうな空気だったが、そこに完璧なタイミングの警報って何だよ……、って!)
(し、幸せな気分に浸ってたのに、なんなのよこれ! コイツ絶対なんかあるわよ、間違いない! って!)
 二人は同時にばっ! と離れた。
「は、はは……」
 さっきの危うい空気と、おもいっきり抱きしめあった状況に、赤面する二人。
 甘い空気が吹き飛ばされ、仕切り直すにもこんな警報音の下ではあり得ない。

 が、やにわに上条は美琴の手を差し伸べた。
「……?」
「と、とりあえず行くぞ。ここに居たらマズイ!」
「! そ、そうね。通りの道まで戻りましょ!」
 美琴は頷いて上条の手を取った。抱きしめあった後では、手を握るなど照れもなく出来るから不思議なものである。
 上条は逆の手でテーブルの上の美琴のカバンを掴む。
「カバンはとりあえず持つ! 行くぞ!」
 巻き添えはゴメンとばかり、二人は逃げ出した。

「……お前、やっぱ、自販機、蹴りすぎだ、ろ! 反撃だな、ありゃ!」
「ば、馬鹿! んな、訳、ないでしょ! あ、警備、ロボットが」
 走りながら途切れ途切れに会話していると、警備ロボットとすれ違った。あと30秒判断が遅れていたら、面倒な事になった事だろう。
「とりあえず、あの、高架下、へ!」
「う、うん!」

 二人は頷きあうと、手をつないだまま走り続けた。

 ◇ ◇ ◇

 はーっ、はーっ。
 高架下で足を止めた二人は、とりあえず息を整えていた。……手は握ったまま。

(……御坂は手を離す気はないみたいだな。ああもう、今日はこのお嬢様の好きにさせとこう!)
 そんなことよりも、上条にとっては実際問題、キスしかけた自分の心理状態のほうが問題だった。
(ぐうう、中学生相手に俺は……! な、流されたとはいえ、キスしてたら大問題だったろ俺! ううう……)
 自称硬派が聞いてあきれる。
 上条は美琴に気取られぬよう、そっとため息をついた。


 一方、美琴は、思い出していた。

『いつでも、どこでも、誰からも。何度でも駆けつけて、お前を守ってやる。御坂美琴の世界を守ってやる』
 美琴にしっかり刻み込まれたこの言葉。
 恋人でもないのに、現実的でもないのに、誓ってくれた上条の真意は分からない。
 でも、真意を上条に問おうとして表に出せば、きっと『薄れる』。
 描いた絵を解説して貰う必要はない、こちらは感じ取るだけでいい。感じたままに、心の奥底に、丁寧にしまい込んでおけば――。

 この言葉があれば、明日からもきっと大丈夫だ。感情のコントロールができないと不安がる必要は、もうない。
 美琴は、自分の中に芯のようなものができたことを感じ取っていた。物理的に上条にすがるのではなく、この芯にすがれば良い。
(勇気を出して、言ってもらって良かった……)

 繋げた手をぎゅっと握りしめた。

「ああ、もう大丈夫か? じゃあ行くか。マジで門限きつそうだな」
「正直、テレポートでもないと無理ね。まあでも叱られりゃ済む話だし。あ、ごめんカバン持つね」
 自分のカバンを受け取って、一歩歩みだしたところで、美琴は足を止めた。

「御坂?」
 上条は、うつむいている美琴をいぶかしがる。
「あの、さ……」
「な、なんだ?」
「自分で贈っておいてナンだけどさ。……手袋外して欲しいかな、って」
 そう言って、美琴は手を離した。真っ赤な顔が見て取れる。

 上条は、まじまじと繋いでいた手を見つめる。超薄手の特製手袋。
(コイツは……いやもう敢えて言おう。マジで可愛いかもしれん! 今日だけかもしれねえけど!)
 丁寧に手袋を外してポケットにしまい、上条は改めて手を横に差し出した。
 美琴も、改めて上条の、素手を握る。

「やっぱ、違うね」
「ああ……お前手、冷えてんじゃねーか。手袋じゃわかんなかったぞ」
「さすが防寒仕様ねえ」
 走ったとはいえ、数分の短距離だ。手が温もるほどではない。

 しょうがねえな、と上条はつぶやき、美琴の手を握ったまま自分のコートのポケットに手を入れた。
 そして美琴を引っ張るように、歩き出す。
「き、気のきいたことするじゃない」
「あの繁華街でな、こうしてたカップルがいたんだよ」
「か、カップルって……」
「今更カップル云々で意識してんじゃねーよ。ずっとしがみついてたクセに」

 美琴はカーッと赤くなりつつも、黙ってはいなかった。
「な、何よ。アンタだって、さっき私が眼を閉じてた時に、何しようとしてたのよ!」
「え、いや、何も! 何もしてませんですことよ?」
「へー。すっごいニンニク臭いのが、濃厚に感じ取れたんだけど? あれは気のせいだったんだ?」
「き、気のせいだ! 元々距離近かったんだから、ソレのせいだ!」

 美琴はむーっと上条を睨んでいたが、やがてぽつりとつぶやいた。
「……次は、そういう匂いのしないとこ、行こうね」
「へ?」
「何でもないっ!」
 顔を赤くして顔を背けてしまった。

 上条はそんな美琴の様子を見て、ははっ、と笑う。コイツこんなにいいキャラしてたんだな、と。
「……じゃあ、次お前が選べ。ラーメンは俺が選んだしな」
「……よ、よーし。きょ、今日のバイト代使いきれるとこ探してくるから、待ってなさい!」
「つ、次は奢る必要ねえよ!」
「アンタが私の初アルバイト代で奢れって言ったもん! まだ契約は終わってないんだから!」
「こ、この……泣き虫娘が!」
「あーっ、そん……」
 不意に美琴の声が途切れた。

「え?」
 上条が思わず声を出した。

 そこにいたはずの御坂美琴が、消えていた。

 いきなり握っていた左手から、感触が消えた。
 思わず振り返ると、そこには。

「門限ですわよ、お・ね・え・さ・ま?」

 これは門限破りか、と白井黒子がやきもきして探しにきたのだ。
「ちょ、ちょっと黒子!?」
「問答無用ですの!」

 思いっきり白井黒子が睨んできたかと思うと、美琴と黒子の姿はかき消えた。


「……ここでようやく、邪魔、か」
 上条が小さくつぶやいた。
 本当に彼女とは二人でいると、無難には終わらねーなと改めて思う。
「ま、今日は御坂の……違った一面が見れたって事、でいいか。結構可愛らしい面があるってこったな」
 フッとイルミネーションでの浮いた台詞や、キスしかけた事を思い出す。
(くっ……アイツよりまず俺だ。いつもの上条さんに戻らねーと、明日からアイツの顔見れねー……)
 上条はブンブンと首を振った。

 携帯を取り出し、時計を見た。あと2分ほどで23時だ。
(……ま、門限に間に合うなら白井に感謝しなくちゃ、だろう)
 上条は天を見上げる。
(さーって帰って寝るか。明日も補習だし、……って?)

 黒かったので、至近距離まで気付かなかった。上から黒い網が降ってきたのである!
「何だーっ!?」
 網に絡まってもがく上条。機を同じくして、四方から現れたのは。一人の男と、数人の修道服の女たち。


「た、建宮! 何のつもりだテメエ!」
 クワガタみたいな光沢のある尖った髪に、ぶかぶかのシャツやジーンズ。首には小型扇風機を四つほど紐を通して引っ掛けてある――そう、建宮斎字である。
 建宮は答えず、修道服の女たちに合図する。わらわらと上条に群がり、網で綺麗に巻きあげてしまった。
 上条も女相手では無茶な抵抗もできず、ほとんどなされるがままであった。
「な、何のつもりだ、と……」

 建宮が不機嫌そうに口を開く。
「……まあ積もる話はオルソラ教会に戻ってからなのよな」
「へ?」
「こちらのパーティを抜けだして、女子中学生とクリスマスデートとあっては、そのままにしておけんのよ」
「な……に……?」
「ああ、さっきは邪魔してすまなかったのよなあ。自販機を誤作動させるタイミングは我ながら完璧! と思ったものよ」
「てっ、テメエ……、全部見て……?」

 建宮は上条の呻きには反応せず、修道服の女たちに頷く。
「さて、二人の関係を洗いざらい吐いてもらうのよ。科学の方に調査が及んでいなかったのは不覚。まさかインデックスの他にいようとは思わなかったのよな」
「ちょ、ちょっと待て……」
「では戻るとするのよ!」


 女たちに担ぎ上げられた上条当麻は、思わずつぶやいた。
「俺を、いつでも、どこでも、誰からも。何度でも駆けつけて、守ってくれる人はいねえのかなあ? 不幸だ……」


 上条当麻のクリスマス・ナイトは、まだ終わらない――。


fin.

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