とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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The boy nurses the girl 1



「まったく、こんな日に外に出かけるもんじゃねえな」

とある真冬の日、昼を過ぎたころ上条当麻は買出しに外へ出たところだった。外はこの冬一番の寒さと言ってもいいほどだ。
吐く息の白さがそれを物語っている。それのためか休日だというのに外に出ている人はまばらだった。
その中上条は出かけるためにそこそこ着込んで外出している訳だが、どうしても右手に手袋を着けるわけにはいかない。
何故なら不幸な上条であるが故に幻想殺しである右手はいつでも使える臨戦態勢をとらざるを得なかった。
そのせいで他は完全防寒できたとしても右手だけは寒さを凌ぐにはポケットに手を入れるぐらいしかない。

「インデックスも小萌先生の所へ行ったし買うのは少しだけでいいか…」

最近インデックスは小萌先生の所に行くことが多く、泊まることも少なくない。今回も鍋やら豊富な暖房器具やらが恋しかったのか
二時間前ほどに出かけてしまい夜遅くまで帰ってこないみたいだ。

(確かに俺は暖房器具やら食い物やらに余裕はねえよ。って自分で言ったら余計悲しくなってきた…)

はぁ、と真っ白なため息をつく。現在上条の部屋には暖房器具は以前の落雷で壊れてしまったエアコンの代わりの二代目があるくらいだ。
コタツもあったのだが持ち前の不幸さを発揮し故障中である。

「落ち込んでてもしょうがねえ、さっさと買い物済まして寮でじっとしとくか…」

そう言い上条は少々ペースを速め歩き出す。そうして曲がり角に差し掛かったところ
バチッと少し派手なスパーク音とともに青白い光が飛んできた。

「うおっ!?」

上条はとっさに件の右手を前に出した。すると飛んできた光は右手に触れた瞬間消え去った。
こういうときの反射神経はもう常人を超えているのではないのだろうか。

(いったい何があったんだこんなところで?まさかとは思うがあいつじゃねえよな…)

上条はさっき飛んできたものがひどく見覚えのあるものだったことを思いながら上条は辺りを見渡した。
すると、これまたひどく見覚えのある少女が立っていた。

(…やっぱりあいつか)

上条は自分の悪い予感が当たりまた厄介なことになりそうなことを感じ肩を落としつつもその少女に声をかける。

「おい、どうしたビリビ…っておい!」

その少女、御坂美琴はフラフラとしていて今にも倒れそうになっていた。
それを見た上条は何も考えずに駆け寄り倒れる寸前でそれを受け止めた。

「おい、大丈夫か御坂!」

そう問いかけてみたものの返事がなく本人が苦しいとすぐ分かるほど息が荒く、そればかりか顔も赤い。
そこで上条は美琴の額に手を当ててみた。案の定、当てた額はとても通常だとは思えないほどに熱かった。
明らかに外で少し気分が悪くなったレベルではない。そのせいで上条の顔が少し曇る。

「ったく、何でこんな体調なのに外に出かけたんだこいつは」

上条はその返事が返ってこないことが分かりながらもひとりごちる。


~数分前~

美琴はふらふらとした足取りで歩いていた。

「流石にこんな体調でこんな寒い日に外に出かけるのは間違いだったわね…」

美琴は朝起きたころから調子が優れなかった。実はこの日限定でデパートにゲコ太のキャンペーンがあり
それで美琴は無理を押してきたのであった。本来は黒子にでも頼もうかと思ったのだが、あいにく風紀委員の仕事があり
『本来ならこの黒子が付き添ってじっくりと看病して差し上げたいのですが仕事があるから仕方ないんですの…』と
非常に残念そうな言葉を残し早朝から出かけていた。

(あぁ、もう意識が危なくなってきた…。でも寮がまだ遠い…)

症状も悪化しだんだん一歩一歩がつらくなり始めた。周りから見てみたらどう見ても異常だと分かるのだが
不運にもこの寒さなので人気は全く無かった。

(…もう……無理………)

そうして彼女は無意識に放電し意識が途切れた。


(…しょうがねえ、買出しはとりあえず後回しにしてまずは御坂をどうにかしなきゃあな)

上条は買出しをあきらめ美琴を運ぶことにした。しかしここからでは常盤台の寮は遠すぎる。
流石に病人を長時間冷たい外気に当てるわけにはいかない。

(ここからだと俺の寮のほうが近いな)

しかたなく上条は自分の部屋で妥協することにし、そこで美琴を看病すると決め、美琴を背負った。

(よいしょっと、……こいつ意外と軽いんだな)

これを本人が聞いたとしたら間違いなく電撃が上条を襲うだろう。しかし今、当の本人は起きていない。
上条はそれからしばらくの間歩いた。美琴自身も倒れたとはいえ単に眠っているようである。
多分疲れが一気にきたのだろう。そして歩きながら上条はふと気づいた。

(……む、こんな状態を誰かに見られたら相当まずいよな。というか御坂を背負ってる時点でまずいような……)

一方美琴の方は夢を見ていた。上条に背負われているからであろうか美琴は夢の中でも
上条に背負われていてなおかついちゃいちゃしていた。

【「…そろそろ降りていただいてもよろしいでしょうか?」「何?別にいいじゃない」
「あの…ですね、このままだと色々と不都合な点が…」「だから何?美琴センセーに言ってみなさい」
「………何でもねえよ」「何隠してんのよ。言っちゃえ!」ギュッ 】

夢とリンクするように美琴の上条に抱きつく力が強くなる。急な出来事に上条は困惑した。

(な、何で強くなった!?これは更にまずいぞ…)

そんな上条のことは露知らず美琴の脳内では夢は平然と続いている。

【「おわっ!急に抱きつくな!お、降りろ!」「い~や~だ~」】

美琴が現実では到底出来ないことをこの桃色の世界の中でやっている。その代わりに現実では
その本人の満面の笑みとなって現れている。流石に上条の右手でもこの幻想は壊すことは出来ない。

「………とうまぁ」
「!!??」

不意に美琴の口から甘い声で彼のファーストネームが漏れた。さっきの出来事に続き様に放たれた
この言葉は上条を少しの間立ち止まらせた。

(今、名前で呼ばれた…?)

上条は心の中でさっきの出来事を再確認する。それでも現実を受け入れることが出来ない。
それほどさっきの出来事は上条にとって信じられないものだった。

(…えっと、こいつはいつも俺のことを『アンタ』って呼んでて、名前はおろか苗字すら
 呼ばれたことが無いわけであって、さっきのは幻聴?いやそれにしては鮮明だったな…。
 それにいつもの声色じゃなかったし、じゃあ……)

そんなことを考えていた上条は最終的に頭がオーバーヒートを起こしてしまった。
上条は思い切り顔をブンブンと左右に振る。幸いにも美琴は起きなかった。

(……あ~もう考えるのやめた!これ以上は俺がどうにかなっちまう!)

上条はこれ以上考えるとおかしくなりそうな気がしたので急遽他の事を考えることにした。

「あはは…。今日は本当に寒いな…。本当に寒い、寒い、寒すぎて上条さん困っちまうよ……」

運んでいる間上条は白々しいながらもまるで美琴のことを気にしていないかのように独り言を言いながら歩いていた。
軽く自己暗示をかけているようにも見える。それにしても不幸な彼がこんな状態で転ばなかったのも
誰かに目撃されなかったのもある意味奇跡といえよう。
何とか寮につき上条は他の人に気づかれないように美琴を部屋に運び上着だけを脱がせベットに寝かすことができた。
さっきまで自分を誤魔化しながらも美琴を意識していた上条は上着を脱がすのも躊躇われたのは内緒である。
落ち着いたところで上条は美琴の看病の準備を始める。

(まずはタオルだな…。水でぬらして…)

上条は冬の水の冷たさに耐えながらタオルを絞り美琴の額にのせた。気のせいかもしれないが
少し美琴の苦しそうな表情が和らいだ気がする。

(とりあえずこれで何とか一安心だな)

上条が大きく安堵の息を漏らす。その少し大きな音に感付いたかのように美琴の意識が戻り徐々に目を開ける。

(……ん…ここは…?)
「おっ、目が覚めたか?」
「……え?」

上条の言葉を受け意識がはっきりとなる速度が加速する。そしてようやく状況を把握することが出来た。

「……っ!な、な、何でアンタがいるの!!?」

美琴は素っ頓狂な声で驚く。無理も無い、目を覚ましてみると見覚えの無い場所に自分の想い人と一緒にいたのだから。
どう見ても混乱状態だと分かる美琴を見て上条は落ち着かせようと試みる。

「まぁ、まて、とりあえず落ち着け。まだ調子悪いんだから」
「どうしてアンタと私がここにいて私が寝てて、っていうかここはどこ!? 」
「…思ったより元気じゃねえか。まず落ち着け、今から説明するから」
「#st%yhs&lk$!!??」
「…あー、もう駄目だこりゃ」

もう言っている本人でも分からないような言語を発している様を見てこれ以上言葉で
言っても無駄だと感じた上条は右手で美琴の頭を撫でる。これには軽い暴走状態の美琴も行動を止めるしかない。

「ひゃっ」

急に頭を撫でられ美琴が小さな悲鳴を上げる。その悲鳴には軽い驚きと戸惑いがこもっていた。

「よーし、よし」

上条がまるで猫をなだめるかのように美琴を撫でる。美琴はさっきと違うパニック状態に陥っていた。

(今、私コイツに撫でられてる…撫でられてるッ!?)

美琴はだんだん心地よくなってきて、全身の力が抜けていく。

「…ふにゃ~」

いつもならここで漏電するところだが上条が右手で撫でているため何事も起きなかった。

「…やっと落ち着いたか?」

上条が尋ねる。美琴はただその問いかけにコクリとうなずいて答えた。それから上条はこれまでの経緯を美琴に説明した。

「…えっ!じゃあここはアンタのベッド……」
「あ~それは大丈夫だ。昨日か一昨日洗って干したばっかだから」

美琴の言葉にギクッとした上条は間髪いれずに答える。

「そっか……」

そう美琴は肩を落とす。そんな自分の残念そうな仕草に気づき慌てて否定する。

(って何で私は残念がってるのよ!)

そう自分にツッコミを入れた。もっとも、そのベッドを普段使用しているのは上条自身ではではないのだが。

「にしても、どうしてそんな体調でこんな寒い日に外に出たんだ?ほぼ自殺行為じゃねえか」
「うっさいわね、何だっていいじゃない!」

流石にゲコ太のためにデパートに執念で行ったとは言えず、理不尽に怒鳴ってしまう。しかしそのその場しのぎも無駄と終わってしまう。

「そういえばお前手になんか袋持ってたな、っていうかまさかあれのために?」
「…!…アンタ、中見たの!?」
「…いやあれはなんというか不可抗力というかお前の手から離れそうになったからとったときに偶然見えたというか…」
「……」
「……」

二人の間に沈黙が流れる。上条はとりあえずフォローするついでに沈黙を破ろうとした。

「あのー、上条さんは人の趣味をとやかくいうつもりはありませんが体の方を大せ――わかった、わかったから
 その物騒なもん寮ではしまってください!お願いします!」

上条が言い終わる前に美琴が帯電してきたので上条は話を中断し右手で美琴の肩に触れる。しばらくして
二人が完全に落ち着いたとき美琴が疲れのためかふらついた。慌てて上条が支える。

「ほら、まだ体調悪いんだから暴れずに寝とけって」

上条は美琴を寝かせて落ちたタオルを水に浸して絞り、再び美琴の額にのせる。

(暴れさせたのはアンタでしょ!)

そう軽く心の中で不満を言いつつも美琴はおとなしく従った。上条は美琴が落ち着いたのを見て立ち上がり上着を着込んで玄関に向かう。

「まあとりあえず俺は買出しに行く途中だったし、今は何にも無いんでちょっと材料買ってきてお前にお粥でも作ってやろうか?」
「…………」

そう問いかけても返事が返ってこない。そのことを疑問に思った上条は振り返ってみる。そこには唖然とした表情の美琴がいた。
上条はそれを見た時にはその表情の意味が分からなかったが少しして理解しイラッときた。

「あのなぁ、お前は一人暮らしの学生をなめてんじゃねぇのか?作れなかったら今頃上条さんは死んでますよ」

上条は若干馬鹿にされたみたいで不機嫌ながらも冗談を言う。

「そういうわけで行ってくるから悪いけど汗とかかいたらこのタオルを使ってくれ」

そう言って美琴にタオルを投げる。そして上条は準備をして玄関に向かう。

「…あ、ちょっと待って」

その言葉に上条は引きとめられる。振り返ると身体を起こした美琴が何か言いたそうな目でこちらを見ていた。

「何だ?なんか他にいるもんでもあったか?」
「そうじゃなくて…その……」

上条はなかなか喋らない美琴に対して首を傾ける。そしてようやく美琴は少し俯きながらも言葉を発した。

「……ありがとう」

その言葉を聞いた瞬間上条はすごい勢いで振り返り玄関を出て行った。そのあまりの速さに美琴は少しの間放心状態になっていた。
そしてようやく気づき、

「…アンタはこの期に及んでもスルーするか!!」

美琴は大声を出した。いつもなら電撃の一つでも飛ぶものだが、上条がいない今は
部屋が大惨事になることが目に見えていたので何とか我慢した。

(せっかく人が必死の思いで感謝したのにあの反応はあんまりじゃない)

美琴も最近上条に対して少しでも素直になってみようと努力はしていた。そこから出た素直な感謝の結果があれである。
そのまま美琴はふて寝をした。しかしそのとき美琴は気づいていなかった。振り返ったときに上条の顔と耳が真っ赤だったことに。
いや、寒かったから顔が赤いことを気にしなかっただけかもしれない。



「今日はどうもおかしい…。一体俺はどうなっちまったんだ…」

上条は昼を回ってもまだ寒い道を歩きながら呟く。上条はさっき美琴の言葉と顔で大きく揺さぶられた。
それでどうにかなりそうで思わず走って出ていってしまった。ついでに焦って足を滑らし転んでしまった。
不幸が代名詞とは言うだけの事はある。

(なんだろうな…この気持ち……)

以前にも上条はこの気持ちに似たようなことを感じたことはあった。そのときはまだ誰だかわからなかったが
常盤台の盛夏祭でドレス姿を見たとき、夏休み最後の恋人ごっこで宿題を見られるときに接近されたとき、
携帯のペア登録でツーショットを撮ったとき、いずれも御坂美琴に絡んだときであるが。記憶を失って一年もたたないが
これまでに多くの人、特に女性に出会い助けてきた上条にとって御坂美琴はその中の一人である。
でもこんな気持ちになるのが何故彼女だけなのか、上条には理解できない。それよりこの気持ちが何なのか上条には分からない。

(…まあ、なんとかなるだろう。とりあえずあいつの身体も心配だし、早く済まそう)

そう上条は深刻に考えずデパートに向かった。貧乏学生であるため普段は特売などでスーパーにお世話になっている上条が
今回は何故デパートに来たかというと、

(お嬢様だからって別に高いものを選ぶ必要は無いんだろうけど…やっぱり考えた方がいいんかね?)

そう無駄にも思える配慮のせいで高い食品を選ぼうとしたのだが、ふと我に返り財布の中を覗くとため息しか出なかったので
仕方なく無難な安い食品で妥協することにした。

(所詮俺は貧乏学生ってとこだな。ははは……)

とんだ取り越し苦労だなと涙が出そうになるのをこらえつつ会計を済ますと少し若めの男性の店員から券を渡された。
急に渡された上条はキョトンとする。

「何ですかこれは?」
「本日当店ではキャンペーンをしていますので良かったらあちらへどうぞ」

満面の営業スマイルで指している方向を見るといろいろな雑貨やらグッズ物などが置いてあった。どうやら
何か一品この券と交換できるようだ。それらの中に件のゲコ太もあった。

(あいつはこれのために…まったくどんだけ好きなんだよあれのことが)

上条は少しあきれつつ、その雑貨が置いてある所に向かう。何かいいものはないかと探してみるが特にめぼしいものは無い。

(何にも無いし、しょうがないからこれをもらうか。…えっと確かこれはあれと一緒じゃないよな)

上条はビニール袋の中で見たものとは違うものを選び引き換えの所に向かった。そこでの女性店員に交換してもらう際こう尋ねられた。

「彼女へのプレゼントですか?」
「へっ!?」

マニュアル通りの営業スマイルながらもマニュアルとは思えない質問をされ上条は思わず耳を疑う。しかし尋ねられたのは
紛れも無い事実だ。その言葉を聞いて真っ先に浮かんだ少女は言うまでも無い。上条はその思考を振り切り否定しようとするが
これを自分のためだと肯定するようでしょうがなく店員の言うことをそのまま肯定した。

「えっと…まあそんなところです」

その上条の様子の一部始終と答えに思わず店員はクスッと笑ってしまった。上条はその場にいてもたってもいられなくなり
そそくさと店を出た。そしてしばらく離れたところで溜息をつく。

「はあ、今日はまた変わった不幸な日だ…」

そうぼやきつつ美琴の身を心配し上条は少し急いだ。



上条は寮に着き部屋へと入った。そのときまだ美琴は穏やかな寝息を立てながら寝ていた。

「…大分良くなってきたみたいだな」

上条は美琴が起きないように小さな声で呟く。とりあえず美琴が良好な状態であることを確認した上条はお粥を作るため
キッチンへと向かった。そして準備を着々と始める。

(土御門舞夏レベルとまではいかないけど上条さんもそこそこ料理には自信があるんですよー)

そう上条は少し馬鹿にされた美琴に心の中で文句を言う。以前に自分が風邪のときに自力でお粥を作った経験がある上条は
実際に料理はそこそこ出来る。そういう時は何の工夫も無い米だけの物を作るのだが、今回作る相手は自分で無いので
少しは彩りが良く栄養も補えるように工夫はしてみる。そしてあとは煮込むだけになったので上条は一息つく。

「これで後は待つだけ、と」

一段落したので上条は美琴の様子を見に行く。ベッドではまだ美琴はまだ眠っている様だ。上条は額のタオルを取り手を当ててみる。

「熱は引いたみたいだな。でもまだ顔が赤いな…」

そう思いつつ上条はベッドに手をつき美琴の顔色を気にし顔を覗き込んだ。見たところ苦しそうな顔をしていないので安心する。
しばらく美琴の顔を見つめていて上条は思わず呟いた。

「黙ってりゃ意外と可愛いんだけどな……」

自分で口にした言葉を自覚して上条を大きな衝動が襲う。しっかりと意識はあるのにまるで誰かが身体を操っているみたいだ。
もう上条の目には美琴しか映っていない。

(もっと近くで見たい……)

既に上条に自分を止める術は無かった。段々と二人の距離が縮まる。その時ジュッという音が部屋の中に響いた。

「ッ……!」

その音で上条は我に返った。それが鍋が吹き零れた音だとわかり急いでキッチンに向かい慌てて火を止める。
何とか間に合ったみたいでお粥は助かった。しかしそれに安心する暇など無く上条は自己嫌悪に陥る。

(俺は今何をしようと……)

頭を壁にガンッと打ち付けて自分を戒める。そのころ美琴はまだ――

(な、な、何!?さっきの状況は!一体何が起こったの!??)

いや訂正。美琴は既に起きていた。


~数分前~
「――なったみたいだな」
(……うん?)

美琴はわずかながらに聞こえた言葉に目を覚まし目を細めながら開いた。起きたばかりの意識の中でも
キッチンに向かう上条の後姿を確認し美琴ははっきりと目を覚ます。

(帰ってきたんだ…。今から作るのかな)

もう美琴は無視されたことを気にしてない様子である。

(からかったけど、実際にアイツの料理の腕ってどうなのかしら?一人暮らしだからやっぱできるんだろうけど…)

美琴は若干の不安と上条の作った料理が食べれるという期待にどぎまぎしていた。そうしてる間に良い匂いがしてきた。
その匂いに美琴は食欲がそそられてきた。

(まぁ、おいしくないことはなさそうね)

そう思いつつも心の中では一層期待が増す一方だった。やっぱり素直にはなりきれないようである。一段落したのか
キッチンから足跡が聞こえてくる。そこで美琴はある一つの案を思いついた。

(…そうだ。このまま寝たふりをしてやろう。アイツの行動を見るのが楽しみだわ)

美琴はその案を早速実行した。そこに上条が近づいていく。起きてるとは思わない上条は気付かないままタオルを取り
美琴の額に手を当てる。

(…ん)

さっき洗った上条の手のひんやりとした冷たさに一瞬美琴は驚き声が出そうになるのを我慢する。
それでも手を当てられていることに顔が赤くなっていくのは止めれなかった。

「熱は引いたみたいだな。でもまだ顔が赤いな…」
(やばっ、ばれた?)

美琴は上条に起きているのを勘付かれたか考え少し不味いと思う。その次の瞬間、自分の左手に上条の右手が置かれる。

(えっ!?)

突然のことに美琴は声が出そうになるのを抑える。上条としては美琴の顔色を伺うために
ベッドの適当な所に手を着こうとしただけであって気にしていないようだ。
しかし美琴としては急に手を置かれて最大限の混乱状態になっていた。その美琴に更に駄目押しともいえる一言が放たれる。

「黙ってりゃ意外と可愛いんだけどな……」
(~~~~!!?)

『黙ってりゃ』や『意外と』は言われてもあまり嬉しい言葉ではないが美琴は『可愛い』という一つの単語だけで
今にも昇天してしまいそうだった。美琴は何が起こっているのかを確認するために目を薄く開けてみる。
そこには頬が少し朱色の上条の顔があった。その何かに見蕩れているような表情の上条を今まで美琴は見たことが無かった。
その上条の顔が美琴の目には魅力的に映り同じように見蕩れてしまう。
その後ようやく顔がこっちに近づいてくることに気付いた。

(ま、まさか)

これから起こる出来事を予想した美琴は覚悟を決めたかのように息を呑む。そこで鍋の吹き零れた音がして
上条は急に顔を離し急いでキッチンに向かっていった。キッチンに行ったのを確認してから美琴は大きく息を吐く。
この間バレなかったのは上条も気が気じゃなかったためだろう。


そして現在に至る。

(…まだ心臓がドキドキしてる)

自分の胸に手を当てながらそう思っていた。

(どうしてアイツはあんなこと……今までアイツは私に見向きもしなかったのに)

美琴は上条の行動に疑問を感じていた。それもそのはず、今まで二人は美琴が上条を一方的に見つけ、上条は接触を避け、
美琴が一方的に追い回していたのだから。美琴は自分でもこんなことをする中学生に
高校生の上条がいつも相手をするとは思っていなかった。

(でも確かにアイツは頬を赤らめて、真剣にこっちを見て、近づいてきて…)
(………)

さっきの場面を思い出し美琴は一気に赤くなった。そして考えたことを振り払い寝転ぶ。

(…もう、何でだろう、アイツは何を考えていたんだろう)

美琴はそう考え上条の理解できない行動を不思議に思う。そこでふと美琴は考えた。
それは自分の勘違いかもしれない。
自分の都合の良い方向に考えているのかもしれない。

(それでも……ひょっとしたら……)

そうして美琴は一つの大きな決心をする。



(あ…できた)

上条が自己嫌悪に陥っている間にお粥は完成していた。とりあえず味見をしてみた。

(…うん、まあ美味くできてるな)

気分は滅入っていても味にまでは影響しなかったようである。上条は自分の頬を一、二回両手で叩く。

(こんな顔をあいつに見られたら心配されるからな。平静を装っていこう)

せめて御坂に心配をかけてはいけない。そう思い上条はさっきの出来事のことは引き摺らずに行くことにした。
上条は温かいうちに美琴にお粥を持っていく。

「おっ、もう起きたか?」
「…うん」

既に美琴は寝たふりをやめ目を開けていた。先ほどの状況が衝撃的過ぎてまだ顔が赤い。

「ほらできたぞ、上条さん特製のお粥だぞ~。よく味わって食えよ~」

上条はさっきの気持ちをかき消そうとしているのか無駄に明るく振舞う。
しかしさっきの出来事を目撃してしまっている美琴にはそれが非常にわざとらしく思えた。

(コイツは悟られないようにしてるわけね)

ならば自分もこの場ではなかったことにしよう。そう美琴は思いながら返事をする。

「…うん。……あれ?起きれない?」
「え?」

身体の調子が悪いのに無理に外に出てここに来てからも少し暴れたせいか、熱は引いたようなのだが
どうも身体の自由が利かないらしい。疲労が一時的に一気に来たようだ。
その冗談のような状況を見て上条は一つの行動が思い浮かぶ。

「あの~…御坂さん?」
「…な、何よ?」
「それはひょっとして食べさせてくれってことでせうか?」

訝しげに美琴に尋ねる。美琴はしばらくフリーズしたあと顔を一瞬で真っ赤にした。

「な、な、何!?そ、そんなこと誰も言ってないわよ!!見てなさい、すぐ起き上がって見せるわよ!」

慌てながらそう言って美琴は全身に力を入れようと試みる。しかし、身体はびくともせずそればかりか周りにバチバチと
電流がほとばしってきた。これには上条が慌てだす。

「どこに力を入れたらそんなことになるんだよ!?」

そう言いながら上条は放電される前に右手で美琴に触れる。さっきまで帯電していた電気が何も無かったかのように消え去る。

「分かった、分かったから無理すんな。これ以上はお前も危ないし、この部屋も危ないから」
「う~」

まったく動きそうに無い身体に対して美琴は諦めた。
上条はどうやら身体が冗談じゃなく本当に動かないらしいことを知り美琴に食べさせようと説得する。

「とりあえず、動けるようになるためにもこれ食えって。栄養付けるのが先決だから」

そう言っても中々承諾しない美琴を見て上条は少し考える。そしてもう一回納得させようと声をかける。

「…お前も俺に食べさせられるのは嫌だろうけど、背に腹は変えられねえだろ」
「………けど……じゃない」
「は?」

あまりにも声が小さすぎて聞き取れなかった上条は聞き返す。

「今、なんて……」
「嫌じゃないけど、恥ずかしいじゃない」

上条の声に重ねるようにさっきより大きい声で美琴は答える。

「………」

上条は沈黙した、自分でも顔が赤くなるのが分かった。

(またコイツ、赤くなってる…)

やっぱりいつものコイツと違う、と美琴は思う。今までは自分が空回りして自爆したようなものばかりだった。
さっきや今のような反応は前に言ったように今まで見たことは無い。

(今日なら…出来そうな気がする)

そう思ってる間に上条は行動に移していた。

「……とりあえず嫌じゃないんなら食わすぞ」

上条は食べさせるために美琴の身体を起こそうとする。

「…えっ!?ちょ、ちょっと待って!」

美琴は急に思考を中断され慌てて上条を制止する。

「…へ、変なところ触らないでよ」
「そんなことしたら上条さんに雷の裁きが下るから絶対にしません」
「無かったらしてもいいって言うの?」
「ばっ、そう言う意味じゃねえよ!」

そういうやり取りがありつつも上条は何とか美琴の身体を起こすことに成功した。後は美琴に食べさせるだけだ。

「ほら、口開けろって」
「……」

一度は覚悟したもののやっぱりいざやるとなると躊躇われる。気まずい雰囲気になって来たので上条はもう一度説得しようとする。

「この雰囲気が好きという物好きな上条さんじゃありませんから。な、頼むから食べてくれ」
「……分かったわよ」

どうやら美琴の方も覚悟が出来たようである。それを聞いて上条はお粥を掬ったスプーンを持った。

「あーん」
「…ふざけてんの」
「いや、やっぱお決まりかなと思って」

美琴は口ではそう言いつつも嫌じゃないようで素直に従う。上条は慣れない手つきで美琴の口にスプーンを運ぶ。
この一連の動きの中での二人の顔はほんのり赤かった。

(…何だよこのむず痒いシチュエーションは)

自分でやっておきながらも上条は思う。規則正しく咀嚼している美琴を見て上条は感想を求める。

「どうだ?」
「…………おいしい」

それを聞き上条は心底安心する。

(良かった……。何とかお嬢様の口にもあってくれたな)
「正直、アンタの料理の腕見くびってた」

余計な一言が付き上条はガクッと肩を落とす。

「あのなあ、こういうときは素直においしいって言ってくれればいいのに一言余計なんだよ」
「だってがさつそうなアンタが料理ができるって思わないじゃない」
「人を見た目で判断すんじゃねぇ!」

そう多少の口論をしつつも美琴はお粥を全部食べた。

「…ごちそうさま」
「どういたしまして。満足していただけましたか」
「うん…満足」

食べたら眠くなったのか美琴はウトウトしだした。上条はそれを見てもう体調は良さそうだなと安堵する。

「後は良くなるように寝とけって」
「…うん……わかっ……た…」

そう言って眠りこけた。上条はちゃんと寝かせて布団を丁寧にかける。そして美琴を見て一息つく。

「ったく、憎まれ口ばっか叩くこいつも寝てれば可愛いもんだな」

上条はそう独り言を呟いてみる。そうして美琴の寝顔を見ていてハッとする。

(やばっ、こうしてるとまたあの状態になるかわかりゃしねえ)

上条は目を背けることにした。そのままベッドに背を預ける。

(俺はこいつをどう思ってるんだろう…)

上条は再び過去を思い返す。といってもわずか一年にも満たない過去ではあるが。その短い過去の中でも
こんな感情を感じたのは御坂美琴ただ一人だ。

(俺は…こいつを……)

The boy nurses the girl 2



「……ん」

しばらく時間がたち美琴は目を覚ました。上条はベッドに背を預けたまま眠っている。

「ちょっと、アンタ」

もう身体は動くようだ。上条は相変わらず眠っている。

「ねえ、アンタ」

少し声を大きくしてみる、しかし反応はしない。試しに美琴は指の上でバチッと電気をスパークさせた。
すると上条がビクッと反応した。そしてようやく目を覚ました。

「…ビリビリ、屋内での電気の使用は控えてくれって」
「なかなか起きないアンタが悪いのよ」
「それだけの理由で使うな…って、もう動けるようになったのか?」
「うん。そこの所はアンタに感謝しなきゃね。ありがとう」

上条が急な美琴のお礼にドキッとしつつも軽く笑いながら答える。

「ハハッ、礼にはおよばねえよ。単なるお節介だしな」
「そんなこと無いわよ」

そう二人して笑う。そして急に上条が何かを思い出した。

「おっと、すっかり忘れてた。御坂、ちょっと待ってろ」

上条は立ち上がり台所に向かう。美琴は何のことか分からずただ首をかしげる。帰ってくる右手には何かを持っている。

「これ、材料買ってきたときについでにもらってきた」
「あっ」

上条が差し出した右手には美琴がもらってきたのとは別のパターンのゲコ太がのっていた。それを見て目を輝かせる。

「いいの?」
「いいも何も俺の趣味じゃねえし他に欲しいもんが無かったからな。お前が喜んでくれたらどうかなって」

目を輝かせる美琴に少し照れつつも上条はそれを渡す。美琴はそれを握り締め胸に当てた。

「…嬉しい」
「そこまで喜んでくれたら俺も本望だ……ってもうこんな時間じゃねえか。門限大丈夫か、お前?」

時計は結構な時間をさしていた。冬のせいもあり外はもう真っ暗だ。上条に尋ねられても美琴は黙ったままだった。

「……」
「途中まで送っていくから今日はもう帰れ。同僚も心配してるんじゃないか?」
「……」
「…おい?御坂?」

美琴は心の中である覚悟を決めていた。あの寝たふりをしたときから決めていた覚悟だ。

「あのね」
「うん?」

上条がようやく言葉をつむぎ始めた美琴の言葉に返事をする。

「私はアンタに隠してきたことがあるの」

この言葉に上条は少し戦慄を感じた。またこの少女が何らかの事件に巻き込まれているのではないかと。

「お前…」
「黙ってて」

上条が何かを言うのを美琴は阻止した。続けて美琴は上条に言う。

「お願いだから、今は黙って聞いてて……」

上条は真剣なその表情を見て黙っていることにした。美琴は上条の予想していることが分かり断りを入れておく。

「大丈夫、事件とかそんなんじゃないから。もっと単純なこと」
「………」
「最初にアンタと会ったとき、といってもアンタは知らないだろうけど今のアンタと同じようにお節介な奴だった」
「子ども扱いをするは、無能力者のアンタ相手に本気で向かっていっても簡単にいなされるは、ほんとにムカつく奴だった」

美琴の瞳が少しずつ潤んできていることに上条は気づいた。まだ言葉は続く。

「でも妹達の件のときボロボロになりながら学園都市最強に向かっていくアンタを見たとき私は思った。
 何で無能力者のアンタが何の責任も無いのに超能力者の私を助けてくれようとしているのか?それに無謀だとも思った。
 でもアンタはその常識を覆した」
「………」
「それから私はアンタが気になり始めた。単なるムカつくやつとしてじゃなくて……」

いくら鈍感と言われる上条でもこの後どんなことを美琴が言うのかぐらい理解できた。

「私にとっての特別な一人として」
「…!」
「そのころは…身体をはって助けてくれたから、と思ってた。でも…夏休みの…最後の恋人ごっこ…とか、
 大覇星祭…とかでそれが勘違いじゃない…って…思い知らされた」

気づけば美琴の瞳からは涙が零れ落ち始めていた。そのせいか言葉も途切れ途切れになってきた。
上条はすぐにでも美琴を泣き止ませるために何かをしたかった。でも美琴に黙っててと言われているので上条は何もできなかった。

「それに……私は……アンタが私の電撃で傷ついて…それでも学園都市最強に向かった……アンタも……
 なんでかわからないけど…ボロボロに…なりながら何処かへ向かってた……アンタも……私はただアンタから
 言葉を聞いただけで、しばらく動けなくなった」

上条は知る。この少女が今まで自分をどのように見ていたのかを、そして自分をどう思っていたのかを。

「そして、その………ボロボロに…なりながら何処かに行く……アンタを見て……私は確信した………」
「……」
「私は……アンタが…上条当麻が大好きなの!!」
「…!!」
「やっと……言えた……」

それを言い切って美琴は両手で顔を覆い泣き出してしまった。上条は今、美琴から言われた事実に驚いていた。
美琴が自分を想っているということは今まで考えたことがなかった。そればかりかいつもの反応から
上条はずっと嫌われてると思っていた。それらの美琴の想いを受け止めてもなお彼はなかなか答えが言えなかった。
そこで美琴が続けて彼に尋ねた。

「……アンタは……私のことをどう思って……あんなことしたの?」

上条はその言葉に疑問を感じた。

(あんなこと…?それって妹達の件とかあの約束の事とかか……?)

上条は過去の美琴との思い出を思い返してみる。今までしてきたことは彼にとっては当然のことであって特別なことではない。
しかし、次に美琴が言ったことは上条の予想していたものとは違っていた。

「…見てたのよ……私が寝ているところで……き、キスしようとしているアンタを」
「ッ!!」

実はあの時に見られていたという事実を知って上条は硬直する。

「……み、見られてたのか…。悪い、あの時は自分でもどうかしてた…」
「………」
「……いいか?これから言うことは俺の気持ちだ。聞いてくれ」

上条は落ち着いてきた美琴に語りかける。

「知っての通り、俺は途中で記憶をなくした。今の俺が初めて見たのは盛夏祭でのステージ裏。
 正式に名前を知ったのは俺の二千円札を呑みこんだ自動販売機の前だ」

ようやく涙も止まった美琴はそれを聞いて驚く。この目の前の男は知り合って一日の自分に命を懸けてくれたという事実に。

「正直言ってお前に会ったときは驚いた。急に電撃を撃ってくるは、人の不幸で大笑いするは、
 知識の中にあった常盤台のお嬢様のイメージとはあまりにもかけ離れていたお前に」

普段なら美琴はここで怒っているところだが、状況が状況なだけに美琴は何も言わない。
いや、今から真面目に答えようとしている上条に怒れるわけがなかった。

「でも、それと同時に俺は心に一つの感情を抱いていた。お前から俺とお前は知り合いだったと知って
 少し昔の自分に『御坂はお前にとってどんな存在だった?』と尋ねてみたくなった」

意外な上条の言葉に美琴は段々と、この答えが自分が想像していた悪い結果とは違うかもしれないと考え始めた。
実際この告白は上条があの行動を起こしたときにひょっとしたら望みがあるかもしれないということで決意したものだったが、
断られたらどうしようとずっと思っていた。どんなときにも恋に余裕というものは存在しない。

「それから短い間に昔も俺はこんなに大変な目にあっていたのかと思うほどたくさんの出来事があった。
 それにいろんな人とも出会えた。でもどんな人に会ってもお前に会ったときのような気持ちを感じることはなかった」
「………」
「それが何の感情なのか俺は考えてみた。それが大体何なのかはいくつか見当はついたが俺はそれが何か確信できなかった。
 でも今お前に告白されてやっと確信することができた」

上条はここまで話すと一度大きく深呼吸をした。そして美琴に近づきゆっくりと美琴を抱き寄せた。

「ッ!!!」
「この感情が…恋だってことに」

恋という感情は単純な怒りや悲しみ、喜びといった感情とは違い奥が深く複雑なものだ。上条は恋ということを
知識として知ってはいたが具体的にどんな感情かは分からなかった。昔にはその感情を向ける人が自分には居たのか、
実際にその感情は自分にどのような影響を出すのか、上条には分からないところだらけだった。でも今日になって気づくことができた。

「ごめんな…御坂、今までお前に辛い思いさせちまって。この一日だけで俺はとても辛かった。
 だったらお前は今までどれだけ辛かったのかって、あのときからお前に辛い思いはさせたくないって思ってきたけど、
 これじゃ俺がお前を苦しめていたようなもんじゃねえか」

そういい終わった直後、美琴は上条にしがみついてまた泣き出してしまった。

「……バカっ…今更謝ったって遅いわよ……。なかなか…相手にしてくれないアンタに…私がどれだけ不安になったか…」
「…悪い、お前に対する感情がよく分からなくて思わず逃げたりしてた。…本当に情けねえよな…俺って」

上条は自分の情けなさに嫌気がさしてきた。思えば自分はこれまでにこの少女を何回不安な気持ちにさせてきたのだろうか。
それを踏まえてもう一度上条は美琴に問いかける。

「こんな情けない俺でも…お前は好きでいてくれるのか?」
「……アンタは…何を言わせる気なの…?」

美琴が軽く睨むように上条を見つめる。

「……そんなこと言うまでもないじゃない…」

美琴は上条の胸に顔を埋めた。言葉より態度で表したほうが手っ取り早かったからだ。その状態でしばらくして上条はあることに気付く。

「…返事、まだだったな。俺も……お前のことが好きだぞ」

そう言って上条は美琴を抱きしめる腕を強めた。それに比例するように美琴も抱きしめ返した。お互いの体温や匂いが感じられて
両者の感情も次第に昂って来る。昂った感情が衝動を生み出す。

「キス……していいか?」

その言葉に美琴は無言で頷き顔をあげる。二人の視線が互いの姿を捉える。ほぼ同時に目を閉じた。
見えないはずなのに二人の唇は確実に近づいていった。
そしてそれらは触れ合った。
美琴の瞳から止まったかと思っていた涙がまた零れ出した。上条もこれまで感じたこともないような幸福を感じていた。
それから何秒、いや何分たっただろうか。思い切り相手を堪能した二人は名残惜しげに離れた。
お互いの顔はまだ赤い。それからまたしばらくの間見つめ合っていた。

(…………………………)
(……………俺の負けだ)

上条は美琴の視線に対して照れたのか少しそっぽを向いてしまった。美琴はそれを見て少し微笑み上条の方に近づき摺り寄った。
上条は少し戸惑ったがまた美琴を抱きしめる。二人を甘い雰囲気が包む。
―――この距離だと相手の鼓動がよく聞こえる―――
二人はそう考え心地よさを感じていた。お互いを想う気持ちが空間を満たしその状態が先ほどよりも長い時間続いた。
しばらく時間がたつと美琴は眠ってしまった。上条はそんな美琴の寝顔をじっと見て居ることしかできなかった。

「それにしてもよく寝るよな……。いつもこんな感じなのか?」

上条は寝顔を見ながら美琴に対する愛しさが募っていくのが分かった。美琴に対する感情が恋だと分かったのはいいが、
自覚してからは結構気恥ずかしい。

(…………はっ!)

寝顔に見惚れてしまっていることに気づき思いっきり顔を背ける。その勢いで少し首を痛めてしまう。

(いてて……ったく、これじゃ不幸だか幸せだかわかんねぇな…)

首をさすりつつ背けた先をなんとなく見てみる。そこにはとっくに夜の時刻を指している時計があった。

「……やべぇ、もうシャレになんねえ時間になってる」

既に門限がどうのこうの言ってる時間ではなかった。規則に厳しい寮監がいるらしい常盤台では
この時間だと御法度どころの騒ぎではないだろう。泊まらせるという手もあるだろうがそれこそ論外だ。
一刻も早く帰らせなければならない。しかし、その美琴はまだ眠っている。
気持ち良さそうに眠っているところを起こすのは気が引けるが背に腹はかえられない。意を決して上条は美琴を起こそうとする。

「おい、起きろ。時間がヤバイことになってるぞ」
「……ん…なに?」

一応上条の呼びかけには気づいたようだがまだ夢心地である。目も半開きでとても起きてるとは言えない。

「だから、もう時間が門限をぶっちぎってるって言ってんだよ」
「……わかった……」

多少冗談みたいに言っても返事に力が無い。そう言ってまた目を閉じた。

「ぜんぜん分かってねえだろうが!」
「……うるさい」

完全に起きようとする気配がないので言葉で言っても無駄だと上条はさじを投げた。

「ほら、立てって」

上条は美琴を支えながら立たせた。しかしフラフラして一人で立とうとしない。そしてまた床に伏し寝てしまった。
上条は頭をポリポリと掻き頭を悩ませた。

「あんだけ泣いたから疲れてんのか?…ったくこのお嬢様はどうしたもんかね」



(うわっ、外はとんでもなく寒いな)

外はもう真っ暗で街灯と月のみが二人を照らす。上条は吐く息がはっきりと白いのに寒さを再確認する。
上条はこれはまずいなと思っていた。しかし、それは寒さのせいだけではない。

「えへへ……とうまあったかい…」

あれから上条は苦肉の策として美琴を負ぶって送ることにした。しかも美琴はどうやら寝ぼけているようで
夢と現実の区別が付いていないみたいで上条からは見えないがとても幸せそうな顔をしている。

(一度意識しちまうともう駄目だ……平静を保てねえ)

少々の厚着で二人の間は隔てられているとはいえ上条には美琴の身体の感触がしっかり伝わってくる。
外は寒いはずなのに身体、顔が共に熱く感じられた。

(…このことについて考えちゃだめだ、上条当麻、考えるんじゃない!!)

上条の理性という名の導火線には火がつき始めていた。このままでは感情という名の爆弾が爆発しかねない。
部屋に連れて来るときは多少大丈夫だったのだが意識した後だともう止まらない。

「……とうまぁ…大好き…」

とどめのような一言が入った。上条の思考は停止し、歩みが止まってしまった。

「……ん?」

外の冷たい空気にいくらかあたって美琴の目が覚めたようだ。寝ぼけていて上手く働かない脳で周囲を確認する。

(……あれ、ここ部屋じゃな……………!!)

ようやく自分の置かれている状況を理解した美琴は上条の背中の上で暴れだした。停止していた上条の思考は無理やり起動させられた。

「……おわっ!馬鹿、急に暴れんな」
「い・い・か・ら、おろしなさい!って言うかお・ろ・せ!」
「言われなくても分かってるって!ほら」

上条はなんとか美琴を背中から下ろすことに成功し事なきを得る。寒さなど関係ないように二人は真紅とも言えるほどに
顔を真っ赤に染めていた。先に美琴が口を開く。

「了承もなしに勝手に乙女を背負うってどういう了見!?信じられない!」
「それはお前が起きなかったからだろ!それにお前は乙女って言う柄か!?」
「なっ、それってどういう意味よ!」
「どういうってお前はお嬢様どころか乙女らしくもないってことですよ!」
「ア~ン~タ~はどうしてそう心無いことを言えるのかしら!」

バチッと電撃が飛ぶ。間一髪で上条が右手で打ち消す。

「…あっぶねえ~、電撃は禁止だ禁止!っつうかお前は本当に調子が悪かった元病人ですか!?」
「ああ、誰かさんのおかげで今はすっかり元気よ!こんな風にね!」

もう一発さっきより強めに電撃が飛ぶ。最早お決まりのように上条が打ち消す。

「本当に危険ですから!口喧嘩に電撃使うの反対!」
「どうせ当たらないんだからいいじゃない!」
「だ・か・ら!そういう問題じゃねえって何回言ったら分かるんだ!」

そんな感じでしばらく口喧嘩(+美琴から上条への一方的な電撃)は続いた。そして二人は疲れたのか
ひざに手をつき前屈みになって息を荒げていた。そして上条が口を開いた。

「……もう、喧嘩は、終わりにしねえか…」
「……うん、賛成…」

そう言って二人は歩き始めた。時間はもう気にするまでもない。こうなったら急ごうが、のんびり行こうが同じである。
二人肩を並べて歩きながら美琴は思う。

(本当に、私はコイツと恋人同士になったのよね…)

美琴は今でも少し信じられない。今まで想いを秘め続けてもどかしいほど悩んだのに、実際に告白してみると
相手も少なからずも気にしてくれていたなんて思ってもみなかった。美琴は上条を見上げてみる。
すると向こうもこっちに目を向けていた。それに気づいて二人はほぼ同時に目を逸らした。
今思うと結構上条と美琴は似ているのかもしれない。目を逸らして少しして美琴は右手を握られた。突然の出来事に美琴は身を縮める。

「…えっ」
「…また電撃飛ばしてくると危ないからな、用心だ、用心」

急な上条の行動に美琴は少し呆然とする。どうしても繋がれた右手を意識してしまい繋がれた手をつい見てしまう。
そして見ている間にあることに気づいた。

「……プッ、あはははは!」
「何だよ、なんか文句あんのか」

上条が少々不満そうに言う。本当に気づいてないのだろうかとますます笑いがこみ上げてくる。

「っははは、…だって、そっち、左手じゃない」
「……!!」

上条はようやく自分の失態に気づいた。慌てて手を話してポケットに入れる。
上条の右手がどんな異能を打ち消せても、左手は一般人のものと大差はないのだ。上条は未だ笑ったままの美琴にいじられる。

「意外と可愛いところがあんのよね、アンタは」
「う、うるせえ」

美琴は笑いつつも自分と手を繋ぎたいと思ってくれた上条の行動を嬉しく思っていた。そうして美琴にある一つの考えが浮かんだ。

「そんなに手が繋ぎたかったんなら言ってくれればよかったのに」
「うわっ!」

美琴は大胆にも上条の腕に抱きついた。そのせいで二人の身体は密着する。また上条の理性が綱渡りをし始めた。

「やめろって、そんなにくっつくな!」
「そんなに恥ずかしがらなくってもいいじゃない♪」
「ああもう、摺り寄ってくんな!それに恥ずかしがってなんてないから」
「や~だ、離さない」

完全に甘えモードに移行した美琴はもう上条の手には負えない。

(こいつってこんなキャラだったのでせうか?)

上条はあまりの変貌ぶりに動揺が隠せない。どこか酔っ払った御坂美鈴に通じるものがある。
流石は親子と上条は思う。
しょうがなく放っておくことにした。

(まあ、こんな顔が見られるんだったらいいか)

実際に美琴の顔は真っ赤だったもののそれを気にさせないほどの幸せそうな笑顔をしていた。

(……本当、素直にしてたらもっと可愛いのに)

上条は心底そう思った。

「ん?何か言った?」

思うだけにとどまらず口から漏れていた。

「……いや、何でもございませんのことよ」
「…何?そんなこと言われたら余計気になるじゃない」
「いや、きっとあなたは幻聴を耳にしただけでわたくしこと上条当麻は何も言ってません」
「い・い・か・ら、言え!」

そう言って腕を抱きしめる力を強める。これに焦るのは上条だ。

「おわっ、何でそこで強くするんだ!このままじゃ色々とまずいって!」
「アンタが言ったらやめる」

この状態を放っておいたらさらに状態は悪化しかねない。上条は覚悟を決めた。

「ああ分かったよ!俺は『素直にしてたらもっと可愛いのに』って言いました!」
「…………」
「……ん?どうした?」

上条が放った言葉に美琴はそれまで以上に顔を赤らめて固まってしまった。

「おーい、大丈夫ですか~」
「……なんでもない」
「はっ?」
「なんでもないから早く行くわよ」

これ以上尋ねたらきりがないなと思った上条は素直に言うことを聞くことにした。

「…分かったよ」

こうして常盤台の寮の近くにようやく着いた。

「ここまででいいよな」
「うん」

流石に門の目の前まで送るわけには行かないのでここで足を止める。

「それじゃ…」
「待って」

帰ろうとする上条を引き止める。急に止められたので上条は美琴の方に振り返る。

「何だ?どうかしたのか?」

美琴は深呼吸をして気を落ち着かせた。上条は何をする気なんだと首をかしげる。

「その、今日はありがとう」

その言葉に上条は今更言うほどのことでもないだろうと思った。

「それなら部屋でも言っただろ。心配することはねえよ、お節介だったかもしれねぇしな」
「それと……」
「ん?何だ?まだ何かあるのか?」
「これから…その色々とよろしく。と、当麻」

上条はそれを聞いて名前を呼ばれた照れで固まってしまった。言った方の美琴も恥ずかしさを隠せない。
全く初々しいことこの上ない二人である。

(あれ、私なんか間違ったこと言っちゃった?)

美琴は上条が固まってしまったのを見て少し自分がミスをしたのではないかと不安になる。
少しして上条は我に返った。そして周りを見渡したかと思うと美琴に近づいてきた。

(な、何!?)

いきなり近づいてきた上条にさっき少々恥ずかしいことを言ったこともあってか美琴は半ばパニック状態になっていた。
上条は十分に美琴との距離を縮めると歩みを止め口を開いた。

「……美琴」
「ひゃい!?」

美琴は急に近づいてこられた上に名前を呼ばれたことでもうまともに呂律も回らなかった。
しかしそれだけでは終わらない。上条は美琴の頭の後ろに手を回した。

「…こちらこそよろしく」
「………!!!」

上条は少し身をかがめて美琴と唇を合わせた。あまりの出来事に美琴は目を見開いていた。でも少しして目を閉じた。
本日二度目となるが慣れるわけもない。そして上条の唇が離れる。

「あ……」
「……あ~、その……またな!」

やってみたはいいものの相当恥ずかしかったのか早足で帰っていってしまった。
美琴はしばらくの間その場所に佇んでいた。こうして長い長い一日が終わった。

「お~ね~え~さ~まぁぁぁ~~」

否、終わってなかった。美琴の元にシュンッという音とともに同僚白井黒子が現れた。時間が時間なので
普段寝巻きとしているネグリジェを着用している。この寒さの中相当辛いと思うのだがそんなことはお構いなしに黒子は美琴に尋ねる。

「こんな時間までどこへいってらしたの!?今朝から体調が悪いのに風紀委員の仕事で看病できないので
 黒子はとても心配していましたのよ!」

いくら尋ねても美琴はさっきの出来事のせいで返事がない。そして更に黒子が言い放つ。

「そんなことよりも、私見てしまったんですの。先程お姉様が殿方と……!あぁ~腹立たしすぎて言えませんの!」

黒子はおそらく自分自身にとって一番ショッキングであろうことを見てしまったようだ。
黒子は寒さもあいまって小刻みに激しく震えている。今にも何かが覚醒しそうだ。

「まさかとは思いますが、あの類人猿ですの!?あんの若造がぁぁ~~!!」

黒子が言う類人猿、若造はもちろん上条のことである。黒子はキィィ~とハンカチを噛んでもおかしくないほど悔しがっていた。
普通に考えると上条当麻より白井黒子の方が若造であると言うことはあえて突っ込まないでおこう。
烈火の如く怒っている黒子も流石になんのリアクションも起こさない美琴に疑問を抱いた。

「……お姉様?」

試しに美琴の目の前で手を振ってみる。何の反応もない。これを見た黒子は少し考える。

(これは…チャンス?)

黒子は少し笑みを浮かべ美琴に向かって飛び込んだ。

「……おっ、ねえさま~~!」
「……ふ、」

美琴が僅かに声を漏らし黒子は時間がまるで止まったかのように感じた。

「へ?」
「ふにゃ~」

これまた二度目となる美琴の漏電が時間差で今まさに飛び込んできた黒子にクリーンヒットした。

「~~~~~!!??」
「……ハッ、く、黒子!?ごめん」

黒子が言葉にならない悲鳴をあげその場に倒れこむ。その言葉を聞いた美琴はようやく意識を取り戻し黒子の身体をゆすった。

「大丈夫!?黒子!?」
「……………」

へんじがない ただのしかばねのようだ ▽

「死んでませんの!!」
「…?誰に言ってるの?」
「あ、いや何でもありませんの」

とりあえず少しの間気を失っていたようだが意識を取り戻した。

「本当に大丈夫?」
「大丈夫ですからお姉様は心配しなくてもよいですわよ。それより少し前の記憶がありませんの」

さっきのショックで上条と美琴についての一部始終が抜け落ちてるようだ。少し前と聞いて美琴はさっきのことを思い出し慌てる。

「た、多分何もなかったわよ、本当に!」
「お姉様がそういうのでしたら別によいのですけど……ってこんなことしてる場合ではありませんわ!お姉様、早くお部屋へ!」
「あ、うん…」

そう言って二人は空間移動で自分たちの部屋に帰った。あれだけの騒ぎで寮監が気づかなかったのも珍しい。

(慣れないことしちまったな)

自分の寮に向かいながら上条はそう考えていた。自分でも若干気障な行動だったと思う。実際に上条は
今更自分のした行動を思い出しては相当な恥ずかしさを感じていた。

(そりゃ上条さんにだってかっこつけたいときはありますよ)

そう自分に言い聞かせ誤魔化そうとしていた。それでも恥ずかしさは簡単には拭いきれない。
最終的に頭をワシャワシャと掻き毟ってうやむやにすることにした。ひとまず落ち着いたところで今日を振り返ってみる。
この日は上条にとって特別な日となった。実質人生で初めての恋を自覚した日であり初めて彼女が出来た日でもある。
思い出に関する記憶は一年にも満たなく通常の高校生とは少し違うので
上条にはどのようにするのが恋人らしいのか分からないところもあるが、不思議と心配ではない。

(別に、恋人らしく演じるのが付き合うってわけじゃない…よな?)

形だけが全てじゃない、と上条は考える。それと同時に今までと変わらずに飾らず自然に過ごしていければいいと思う。

(にしても、あいつが俺を好きだったなんて思ってもみなかったな)

それには美琴の素直になれないのと上条の鈍感さが災いしたとしか言いようが無い。
そのせいで二人の気持ちは大幅に遠回りをすることとなったのだ。しかし、一度伝わってしまえば簡単なものである。
実際に告白を受けて自分の気持ちを自覚してから上条はまるで今までスルーしてきた時間を取り戻すかのように美琴に惹かれている。
御坂美琴がとても大きな存在となった今、上条は夏休みの最後に誓ったことを思い出し再び新たな項目を加えて誓い直す。

――御坂美琴とその周りの世界を守る、そして絶対に幸せにしてやる――

その決意とも取れる誓いは寒い空の下でも確かな温度を持ってるかのように上条自身の熱い意志がこめられていた。




「ふわぁ~」

電灯をつけたまま美琴はベッドに寝転び欠伸をしていた。あれから無事に寮監にばれずに空間移動で部屋に入り、
軽く記憶を失っている黒子からしばらく体調について色々と説教まがいのことを言われた。
終わったあと黒子は寝巻きだったのでそのまま床に就き、美琴は明日に備えすぐに寝る支度を整えた。
既に科学の最先端の集まりである学園都市も大方暗闇に包まれている。今日は色々なことがあり美琴はすっかり疲れていた。
それでもその疲れを気にさせないほどの喜びがあった。

(本当に…アイツと恋人同士になれたのよね……)

上条と歩いていたときから何回もそんなことを考えてしまう。今までが空回りなどの連続だった故に未だにどうも信じきれないようだ。

(…いやいやいや、こんなこといつまでも考えてるなんて私らしくない。ついに恋人同士になったのよ!)

そう考えウジウジした考えを断ち切る。今でも告白後の自分がとった行動を鮮明に思い出せる。
それを思い出すたびに恥ずかしくて思わず足をバタバタしてしまう。そして急にふと思い出したかと思うと持って帰ってきた
ビニール袋を取り出す。そこには自分が意地で手に入れたゲコ太ともう一つ上条から貰った別の種類のそれが入っていた。

(意外と告白する前のアイツも私のこと考えてくれてたのね)

そう思うと無性に嬉しくなってくる。この想いを伝えればこの気持ちも落ち着くだろうと思っていたが、
それどころか更に大きくなっているような気がした。美琴は上条から貰ったものを携帯につけて眺めた。
自然と口元が緩んでしまう。それを枕元に置き、電灯を消した。
これからどんなことが起こるか分からない。
不安な気持ちだってある。
それでも想いが通じ合った上条とならばどんなことでも乗り切れると思う。これからの二人の幸せな道を考えながら美琴は眠る。

(おやすみ、とうま)

fin


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