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上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/『好き』だから……/Part03 - (2011/05/01 (日) 10:46:15) の編集履歴(バックアップ)


『好き』だから…… 3 第二話『感情』



感情。それは、心情という風景に色をつける筆。

感情。それは、思考を言葉や文章へと変換する際に使用する変換機。

感情。それは、人間が文字を用いる前から用いてきた表現の一つ。

感情。それは、自己が最も他者への想いを伝えやすい方法――。



「お、終わった……」

満身創痍の表情で、上条当麻は身体を床へ倒す。
カーテンを閉め切った窓から僅かに射す光が眩しい。
おおよそ十時間近くの時間をかけて、上条は課題という難敵を打ち破った。
力尽きて眠っても恥ではない。しかし、それでは駄目だと上条は理解している。

――まだだ。最悪でもこれを提出して、今日の分の課題を受け取らねば。

今日がまだ金曜日だというのが忌々しい。土曜日か日曜日といった休日ならば、即座に眠っていただろう。
仮に同居人のシスターがいたとしても、簡単に目の覚めない眠りに身を任せていたかもしれない。
しかし、そういった愚痴を口にしたところで事態が好転するわけでもない点は、上条自身も理解している。
そんな折、携帯電話から鳴り響く着信音で、上条の思考は中断された。
液晶画面には『御坂美琴』の四文字が表示されている。

――はて、妙だな。

こんな時間に電話がかかってくること自体、上条にとって経験が無いことであり、相手が御坂美琴だという点も解せない。

――早朝に電話……厄介事か? もし、そうじゃなかったとしたら報復が怖いしな……。出るしかないか。

意を決して携帯電話の通話ボタンを押し、耳に当てる。

「――もしもし」

『あ、も、もしもし。は、早いのね。朝起きるの』

携帯電話から聞こえてくる美琴の口調は、少し緊張したものだった。

「ん? ……ああ。ちょっと学校の方で出された課題を解くのに手こずってな、眠っていないだけだ」

『ご、ごめん。そんな事情があったなんて、知らなかったから……』

「いや、こうなったのは俺の自己責任だし。……御坂が気にすることはないんだぞ?」

『それでも、やっぱり気にするわよ。……私からの電話が無ければ、少しは休めたんだろうし……』

美琴の声が彼女自身を責めていると感じ取った上条は、この場を打開すべく、少しばかり道化を演じようと決めた。

「一睡もしていないこの状態で、気を抜いたら眠って欠席確定。そんな時にモーニングコールをくれたんだからな。感謝はするけど、恨みはしないぞ」

『そ……そう?』

「流石に、朝から嘘を言うほど上条さんは落ちぶれていませんよー。……寝言は言うかもしれないけれど、な」

『あはは、何よ、それ』

他愛のない会話が続いていて、これほど安堵を覚えたことはない。
いつもは喧嘩沙汰になるのに、不思議なものだと上条は感じている。

『あ、あのね……。今日の午後、空いてる?』

ふと、美琴の声に緊張が戻っていることに気付く。

「今日?」

『うん。駄目なら、別の日でもいいんだけれど……』

「駄目じゃないけど……何かあったのか?」

『何かってわけじゃないんだけれど……。その、ちょっと、ね』

「わかった。とりあえず、三時以降に学校を出られる筈だから、詳しくはその時に聞くぞ」

『あ、うん。じゃあ、ね』

電話を切ってそんなに時間が経たない内に、上条の頭に一つの疑念が生まれた。

――今のは夢、じゃないよな。

もう一度、携帯電話を開く。
着信履歴には、御坂美琴の文字が確かに残っていた。


確認を終えると、上条は部屋の隅に隠しておいた栄養ドリンクの蓋を開けて、一気に中身を腹へと流し込む。
緊急事態用に備えていたもので、同居人のシスターにいつ見つかるかとヒヤヒヤしていたが、見つからなかったことに安心する。
固形物を腹に入れれば、胃の消化活動で睡魔に襲われると直感したからだ。
腹は空いていたが、その分眠気はあまり感じられない。
鞄に提出する課題用紙や学習用具を入れ、高校の制服に袖を通す。
最後に洗面所へ向かい、鏡を覗いて気付いた。

「我ながら、ヒドイ顔だな。まぁ、一睡もしなければこうなるのも当然か」

独り言を呟き、顔を洗う。冬の冷水で意識が更に研ぎ澄まされていく。
洗顔を終え、鞄を左手に持って自室の扉を開ける。
長い一日の始まりだと、上条は感じていた。

――変だな。

いつもの通学路を歩く上条はそう感じていた。
前から歩いてくる通行人が、避けるようにして道の端に寄る。
決して上条と視線を合わせようとはしない。
幾度か不良らしき面子と顔を合わせるも、怯えの表情を浮かべて散っていく有様だ。

――うーん。俺、何かしたか?

幽鬼を思わせる自らの表情が原因だと、上条は気付く由も無かった。


「これが……昨日の課題です」

「お……お疲れ様です。上条ちゃん……」

朝のホームルームで、小萌は顔を引きつらせながら、上条から提出された課題を受け取る。
鬼気迫る表情だった。
顔全体からは生気が抜け落ちているように見えるが、その双眸からは相手を射すくめるに充分な威圧感を放っている。
発する声もまた、不気味なほどに乾いていた。
いつもの上条を人とするならば、今日の上条は人にあって人ならざる者――。
上条当麻を知る人間ならば、誰しもがそう答えたであろう。

「あ、あのですね上条ちゃん? 根を詰め過ぎるのは、正直身体に毒ですよ? 身体を休めてください……ね?」

「……わかりました」

「き、気分が悪くなったら遠慮なく言っていいんですよー?」

心配する小萌の声に返事を返し、上条は静かに着席する。
いつもの彼からは感じられない雰囲気に、クラスメイト全員が言葉を失っていた。

――まだ一日は始まったばかりだぞ、上条当麻。御坂との約束を、破るわけにはいかないんだからな。

その一念が、上条の意識を現実に繋ぎ止めている。
栄養ドリンクだけではやはり、押し寄せてくる睡魔を防ぎきることは不可能だった。
それどころか、逆に悪化していく始末である。時間を追う毎に、それは上条の態度へ表れ始める。
幾たびか倒れかけた様子を見かねて、小萌は早退を促したものの、上条は頑として首を縦に振らなかった。
早退をしてしまえば、美琴との約束を放棄してしまうことに繋がりかねない。
その結果として、彼女が悲しむことになるのは断として避けたかった。
何故、彼女の悲しむことになることを避けたかったのかは、上条自身も理解できなかったが――。

結局この日、上条は午前中の授業を少し受けただけで、それ以外の時間を保健室で過ごすこととなった。
仮眠をとったこともあって、朝ほどの疲労感もなく、表情にも幾分か生気が戻っている。

「明日と明後日は休みですから、上条ちゃんもゆっくりと休んでくださいね? 身体が資本ですよ?」

小萌からそういった注意を受け、そしてしばらくの間、インデックスは預かると伝えられた。
体調を崩しかけている今、同居人の世話まで焼いていたら、確実に倒れると小萌は思ったからであろう。
上条は感謝の言葉を伝えた後、昇降口へ足を運ぶ。
時刻は、三時になろうとしていた。

――御坂。約束は何とか果たせそうだぞ。

美琴との待ち合わせの場所について決めていなかったことを思い出したが、例の公園か、そこにいなければ電話をかけて確認をとればいい。
そんなことを思い浮かべて一歩一歩、着実に前へ前へと足を運ぶ。
しかし、校門に寄りかかる人影を視界に捕らえた刹那、上条の口から声が漏れる。

「え……?」

短く整えた栗色の髪に、茶色のブレザーとグレーのプリーツスカートを着こなした少女がそこにいた。
学園都市で最も有名な女子中学、常盤台の冬服だと遠目に見てもわかる。
上条の記憶に該当する人物はただ一人、御坂美琴。その人に間違いない。
『妹達』の一人かもしれないという可能性はあったが、上条自身の直感は、美琴本人だと告げていた。
彼女の許へ、上条は走り始めた。
それに気付いた美琴は、笑顔を浮かべて右手を振る。
十数秒後、美琴の前で息を切らしながら、上条は問う。

「な、何でここに……!?」

「待ってたの。朝は場所を伝えるの忘れちゃったから……」

えへへ、と悪戯っぽく笑う美琴。
美琴のトレードマークといっていい小さな花柄のヘアピンが、夕陽の光を受けて宝石のように輝いている。
言葉の調子もどこか穏やかで、その雰囲気に上条が強く感じたのは、違和感よりも驚きだった。

「だ、だったら電話するなり、メールするなりしてくれれば……! その、寒いんだし……」

「一度、こうやって待ってみたかったの。……迷惑だった?」

美琴は少しだけ首を傾けながら、上目遣いで上条を見つめてくる。
そういった仕草をされて、気恥ずかしさに耐えられなくなった上条は、視線を宙に泳がせながら言葉を返す。

「いや……迷惑だなんて思わないけれど……。万が一、お前が風邪引いたりしたら……上条さんは立つ瀬がないです」

「もう、アンタは優しすぎるわよ……」

美琴の口調からは呆れが感じられるが、表情はその印象を打ち消してしまうほどの喜々としたものだった。
一体、どちらが彼女の本心なのだろうか――。
そんなことが一瞬、上条の頭に浮かんだ。

「ほ、ほら! 風邪を引くなんて心配してくれているんだったら、場所を移しましょ!」

上条の右隣に美琴が身体を滑り込ませると、ゆっくりと歩き出す。
ああ、と頷いて上条も歩みを進める。
美琴の顔は昨日と同じ赤らんでいたが、もしかしたらそれは自分も同じかもしれない。
上条当麻にとって、御坂美琴は護るべき存在。
だが、今の御坂美琴にはそれ以外の意味があると、上条当麻の心は強く訴える。


冬の夕陽に照らされながら、隣を歩く少女に抱いている感情の意味に、上条は思いを馳せるのだった――。


第二話 『感情』 了


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