とある上条のらいあーげーむ
大切な記念日。
今日はとある二人の初めてのデートである。
そう―――少年少女の恋は実ったのだ。
―――が、
(不幸だ…)
マスターオブ不幸の代名詞、上条当麻が目覚めたとき、すでに待ち合わせの時刻を過ぎていた。
(なんてこった…今日はずっと計画していた大切な日なのに…!いや、もうやるしかない!!)
腹ぺこなんだよー、と頭に噛み付いて目覚まし時計がわりになってくれるシスターは、昨日から小萌先生のところに泊まっている。
今日はスーパー焼肉タイムなんだよー、と変な日本語を使っていたが、彼女なりに気を使ってくれた…のかもしれないが、やっぱり本能の欲求に従っただけかもしれない。
布団から飛び起きた上条は、いつも通りの制服に袖を通し、素早く家を出る。
この間、3分。
そのときにはもう、遅刻の罪悪感より大きな気持ちが彼の心を占めていた。
(今日こそ日本男児上条当麻、男を見せるぜ!)
自らの重要な目的のため、彼は走る。
そのスピードはいつもの2割増しだ!
「おっっっそーい!アンタ一体どれだけ人を待たせるのよ、しかもこんな大切な日にー!!信じられないわよ、ったく!!!」
案の定、待ち合わせ場所に先に着いていた少女が大声を上げる。
この瞬間に学園都市一帯に停電が起きても不思議ではないほどだ。
上条は申し訳ない気持ちでいっぱいになるが、同時にある決意をする。
(いざ、計画実行!)
「あーあ、朝から寝坊するし、今日はこれからビリビリ中学生に振り回されるなんてカミジョーさんは日本一不幸だ…」
「え…な…何言ってるのよ!きょ、今日は二人の初めての、で、で、デートなんだから…ね…」
怒りに顔を真っ赤にさせた美琴であったが、自分の発言に別の意味で真っ赤になる。
相変わらず感情の振れ幅の大きな少女だと上条は思う。
「…ぷっ…くくくっ…」
「は…?アンタ何急に笑いだしてるのよ!?」
「あはははは―――さ~て美琴さん、今日は何月何日でしょうか~?」
勝ち誇った顔で美琴へ携帯のディスプレイを向ける。
美琴はその画面へと視線を向け、次の瞬間にはプルプルと体を震わせた。
「あ…アンタってヤツは…純真な乙女の気持ちを踏みにじって…!!」
美琴の周りからバチバチという音が響く。
普段ならここでギネス級速度の土下座を見せる上条であったが、今日は違う。
なにせ、3日以上前から今日のために準備をしていたのだ。
「いや、こんなに可愛い美琴さんが自分のものになるなんて、カミジョーさんは世界一不幸な男ですよ」
「え…?」
美琴を包む雷撃の光が消える。
常磐台のエースは、恋人である上条の発言のルールをしっかり理解していた。
「な…何言ってるのよ…もぅ…。あの、その、そういう言葉は、もう少し大切にして欲しいっていうか…」
上条のセリフを頭で正しい文章に変換した彼女は、頬をピンク色に染めながらゴニョゴニョと言葉にならない声を出す。
(た、楽しい!いつも馬鹿にされっ放しだったが、今や、この場の主導権を握るのはカミジョーさんですよ!)
(…ってゆーか、しおらしい美琴さんがストライクすぎるんですけど…!よし、ここは攻めどころ―――!)
「あまりに綺麗で、そばにいるだけでドキドキなんてしませんよー」
「愛する美琴さんのために、この身を捧げたくないなー」
「おそろいのストラップなんてイヤで仕方ないのですよー」
言葉を重ねるたびに目の前の少女の顔は赤みを増し、その視線が定まらなくなる。
こんな言葉遊びでドギマギしていると初々しいカップルなのだが、それをいつまでも繰り返しているところ、もはやただのバカップルである。
それでも14歳の少女には破壊力バツグンらしく、とうとう食べ頃のリンゴのように真っ赤になった顔を伏せてしまった。
(おぉぉぉぉぉぉぉ!やりましたカミジョーさん!あのじゃじゃ馬娘を押さえることに成功しました!今日のデート、いや、これからの生活は安泰なの、安泰なんだよ、安泰なんです三段活用!)
よっしゃぁぁぁ、計画通りだとテンションが上がる上条。
と、ここで顔を真っ赤にしていた美琴が口を開く。
といっても、まだあまりに恥ずかしいらしく、その顔は伏せたままである。
「あ、あのね…わ、私のこと、嫌い…?」
(う…可愛すぎる…)
「も…もちろんだとも」
「声も聞きたくない?」
「そうですねー、一日たりとも」
「急にいなくなっても平気?」
「あ、当たり前だろ」
「今夜、当麻のおうちに泊まるね」
「あぁ、………って何言ってんだお前、んなもんダメに決ま…」
予想外の質問にマジメに答えそうになり、ハッと口を閉じる。
(いけねぇ、いけねぇ。急に変なこと言うから焦ったぜ。しかしちゃんと気付いた俺グッジョブ!今日のカミジョーさんはいつもとは違うのですよ)
呼吸を整え、落ち着いて考えてから口を開く。
「あぁ、うちに泊まるんだろ。どうぞどうぞ、全然かま…わ…な…?」
しかし、ここで目の前の少女の表情が変わっていることに気が付いた。
ついさっきまで顔中を真っ赤にして俯いていた彼女は、ニッコリと意味深な笑みを浮かべて上条の方を向いていた。
(なん…だと…?)
もう一度、深く呼吸をする。
脳に酸素を送り、フル回転させる。
(ま…まさか…)
ここで上条の脳が一つの仮説を立てる。
もしも始めの通りに美琴の申し出を却下すれば、その言葉は「嘘」と扱われ、彼女は間違なくなく自宅へ押しかける。
逆に、許可すれば…やはり同じ結果になるだろう。
この場合は「真実」の発言と見なされて。
そしてどちらにせよ、押せ押せモードになった学園都市第3位を止める術は、上条には無い。
(ハメ…られた…)
自分が3日以上前から考えてきた計画を、この少女はほんの数分で理解し、さらにはそれを自分の都合の良い方向へと導いたのだ。
「え…いや…美琴サン…あのですね、さすがに中学生の頃からお泊まりはどうかと思うんですよ…」
「ホント?いいの?嬉しい!私幸せ!」
「いや、ちょっと待て、それは違…」
「うふふ、当麻だーい好き」
甘え声と共に上条の左腕に抱き付き、肩口に頬をすりよせる。
ハートが、辺り一面にまき散らされているように見えるのは気のせいだろうか。
なんだか柔らかな感触が腕を伝って上条を刺激するし、美琴の髪のあたりからフッといい匂いがする。
(ヤバい…理性が…)
「それから、夜はもちろん一緒のベッドで寝るの」
「いや、おい…」
「あ、私、当麻に腕枕して欲しいな」
「あの…」
「その代わり、今夜は私の手料理をご馳走してあげるね!そうだ、エプロン買いに行こっか~」
「………」
完敗である。
すでに作戦は破られ、ペースは握られている。
二人の未来の関係も何だか見える気がする。
(ふこ…)
お決まりのセリフが頭によぎった瞬間、もっと近い未来―――具体的には今夜の二人の姿が思い浮かんだ。
「不幸、だな」
ずいぶん積極的になった恋人初心者の彼女にぐいぐいと手を引かれてデパートに入る。
その電光掲示板には、オレンジのライトで4月1日と表示されていた。