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上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/Time enough for Love/Part14 - (2011/05/08 (日) 09:55:51) の編集履歴(バックアップ)




本章


14. 「The Princess in the High Castle」


 17000号から聞かされた話の中身は、俺の予想をはるかに越えていた。
 話を聞きながら、俺は自分が震えているのに気が付いた。
 怒りも、恐怖もなかった、はずなのに……。
 なのにガチガチと、奥歯がなるような震えが止まらない。
 なにかの悪い夢?
 夢を見ているのか?

――ならこの後、意識が反転して……
――気が付いたら下宿のベッドで……
――夢か……なんてつぶやいて……
――ほっとするはず……
――なんだろうが……

 俺の全身から流れる汗は、冷たく、より冷たくなっていく。
 部屋の湿気った空気が、また更に湿度を上げた。
 周囲の壁から聞こえる、鈍い低音の空調の音が、まるでキャパシティダウンのように、俺の脳裏に響いてくる。
 音が気になって、何も考えられないって、こんな感じなのか……。
 どこから入り込んだのか、天井の蛍光灯に、虫がジジ、パチン、ジジ、カチンと飛びかかる音がする。
 雑音が気になって、少女の話に入り込めない。
 ああ、違う。
 違うんだ。
 俺は……そんな話を……聞きたくないんだ。
 目の前の現実ってヤツから……逃げ出したいんだ。
 そう思ったとき、俺は腕組みをし、足を組んでいたのに気が付いた。
 それは、相手を拒絶する無意識での意思表示、だと前に聞かされたことがある。
 話に入り込めなくて、なにか他人事のように俺を見ている俺がいて……。

「――悪い、もう一度、そこを説明してくれないか」
「はい、何度でも繰り返します、とミサカは貴方の理解力の無さに、あきれながら説明を続けます」

 理解力じゃないんだ、と俺は叫びたかった。
 そんな話、信じられねぇって叫びたかった。
 そんなことあってたまるかって叫びたかった。
 耳を塞いで、この場から逃げ出したかった。
 俺が認めたくなかったのは……。
 目の前にあって、すでに進行中で、目の前のこの子は死刑執行を待つ身で。
 そして俺は今、この子を……助ける手立てが……わからねぇってことで……。
 どうしたらいいんだ?上条当麻。
 考えろ!
 あの時みたいに考えろ!
 美琴達を救い出したときのように考えるんだ。
 あの時お前は『妹達(シスターズ)』と御坂美琴を救ったんだ。
 だからもう一度お前の手で、救うんだ。
 救えるのは、お前しかいないんだ……。
 わかった、わかっているよ、わかっているとも。
 そうさ、わかっていても、今の俺には何も思いつかない。
 ああ、気分が悪いよ。
 何もかも気分が悪いよ、全く。
 この話にも、黙ってそれを聞くしかない俺にも、そして何も考えられない俺にも……。

――なあ美琴、俺は一体どうしたらいいんだ?

 今まで俺は自分がこんなに無力だったとは思わなかったよ。
 代償はいろいろ払ってきたけれど、それでも最後は、 何1つ失うことなく、誰1人欠かすことなく、俺は全てこの手で救ってきた。
 だけど今、俺はその夢を守れなかったんだ。
 お前の周りの世界を世界を守れなかったんだ。
 失くしてしまった『妹達(シスターズ)』。
 失くしてしまった俺の夢。
 これも、俺の『不幸』なんだろう。
 俺は、こんなにも無力だったんだ。
 俺が救えなかった命。
 俺の右手から零れ落ちていった『妹達(シスターズ)』。

――自惚れていたんだ。
――救ったつもりでいたのは、結局は俺の小さな自己満足にすぎなかったってことだ。
――結局、俺は……。
――なら今はせめて……

「17000号、頼みがあるんだが……。
死なせてしまった『妹達(シスターズ)』の墓って、どこにあるんだ?
せめて……アイツ等のところへ連れて行ってくれないか……」

 そこにいたのは、現実という強敵に打ち倒され、敗北を喫した『元』ヒーロー。
 その姿は、かつて誰も目にした事の無い、自らの『幻想をぶち殺された』上条当麻の姿だった。


    -*-            -*-            -*-


 夏が過ぎ、イギリスの短い秋が終わろうとする頃。
 ここはロンドン・キングスクロス駅5番線。
 東海岸線、午前10時発・エディンバラ・ウェイヴァリー駅行きHST225『フライング・スコッツマン』。
 第二次大戦中、ロンドン空襲の最中でさえ定時発車を守り続けた、英国を代表する特急列車だった。
 英国国鉄の落剥・民営化とともに、今はかつての栄光の残滓にすぎない、やや古ぼけた列車になろうとしていた。
 上条当麻とミサカ17000号は、その車中の人となっていた。
 ロンドンから終点、エディンバラ・ウェイヴァリー駅までおよそ4時間半。
 そこからレンタカーで、目的地、スコットランド・ガラシールズへと向かう2人だけの旅。
 学園都市の出先研究機関があり、かつて『妹達(シスターズ)』の調整が行われていた施設があった。
 今は学園都市の混乱に伴い、ここの施設は閉鎖され、他の場所に統合されている。
 それにより、『妹達(シスターズ)』関連施設も、17000号の調整を最後に廃止され、他の『妹達(シスターズ)』とともに再び学園都市に引き取られる「予定」であった。
 しかし、学園都市側の受入準備の検討中という名目でその手続きは一向に進められず、ミサカ達は放置同然の扱いを受けた。
 調整機関もすでに閉鎖され、学園都市側に放置されたミサカたちは次々とその寿命を閉じていった。
 その惨状に気が付いた『冥土帰し』や親船、貝積両理事らの奔走で、かろうじて17000号だけが御坂旅掛に引き取られることとなったのだった。
 あの日、旅掛の事務所で、これまでの事を17000号が上条に教えた時、彼はただ拳を握り締め、涙を流すしかなかった。
 かつて一方通行と戦い、救い出した『妹達(シスターズ)』が、なぜまたこんな目に合わなければならないのか。
 御坂美琴の周りの世界を守ると言った自分が、こうなるまで何も出来なかったことが情けなくて。
 そんな重荷を背負った美琴が愛おしくて、何とかしてやりたくて、支えてやりたくて。
 そんな何も出来ない自分と、それを受け入れる自分の弱さと偽善が許せなくて。
 何1つ失うことなく、誰1人欠かすことなく、全て救って帰るという自分の夢が破れたことが悲しくて。
 上条はずっと涙を流し続けた。
 やがて事務所に戻ってきた旅掛が、そんな上条の肩を軽くぽんぽんとたたき、優しく声をかけた。

「そんなに自分を責めるものではないよ、当麻君」

 ソファーにどっかりと腰を下ろし、懐からタバコを取り出して火をつけながら、言葉をつないだ。

「誰しも皆弱い人間さ。
この私だって、この現実には抗うすべが無かった。
大人の私でさえそうなのだから、まだ若い君が気にすることは無い」

 半ばあきらめかけたような口ぶりで、白い煙を吐いた。
 遠くを見るような目をしながら、旅掛はタバコを吸い続ける。

「私とて、世界中の闇に関わる仕事をしてきた。
世界に足りないものを示すことで、その闇を少しでもなんとかしようと思ってね。
だが、実際にはうまくいかなかったことの方が多い。
助けることが出来なかった人の顔が、今も脳裏から離れないよ」

 ふぅーっと、吐き出すように、旅掛がタバコの煙を撒き散らす。
 その姿に、いつしか上条は自分を重ね合わせていた。
 旅掛は話を続ける。

「これまで何度、拳を握り締め、涙を流したか……。
私だってヒーローになりたかった。
目の前の全てを救ってやりたかったさ。
だがね……」

 旅掛が上条をまじろぎもせず見据えた。
 その視線を、上条は正面から受け止める。
 彼の次の言葉を待つ。

「――やっぱりこれ以上はやめておこうか。
人間は他人の経験からほとんど何も学びはしないんだ。
ここから先は君が自分で探していくことだ。
私は君にお節介をするつもりはないからな」
「――そうですか……」

 上条の顔に、落胆の表情を見ながら旅掛が続けた。

「大丈夫、君なら出来るよ。
過去のことは、終わったことにとらわれるな。
そこから学んでいけばいい。
そして目の前のことから逃げないことだ。
今は負けでも、最後に勝てばいいじゃないか。
その時、出来ることからはじめよう。
君はまだ若い。
いくらでもやり直しをする時間はあるじゃないか」

 その言葉は、上条の何かに触れたようだった。
 先程までの情けない顔に生気が戻ってきたようだ。



    -*-            -*-            -*-



「ところで1つ相談なんだが……」

 旅掛が先程と違った雰囲気で、唐突に話を変えた。

「私は、このことを美琴に言うべきかどうか迷っている。
あの子のことだ、この事を知れば、間違いなくショックを受けるだろうし。
その後、娘がどうなるのか、どうするのか、ちょっとわからないんだ」

 先程までの男の顔が、娘思いの父親の顔になる。

「そこで君の意見を聞きたくてね……」

 とぼけた顔の旅掛が、タバコを吸い続ける。
 上条は旅掛の顔をじっと見つめていた。

「そうですね。俺もどうするのがいいか、わかりません。
でも……」

 上条は、美琴の笑顔を思い出していた。

「――でも美琴なら、なにがあっても自分のすべき事を探して、立ち上がる様に思えるんです。
なにか障害があっても、それを乗り越えようとすると思うんです。
今の美琴なら、『妹達(シスターズ)』のために、俺と一緒に戦ってくれると思います。
なんとなくなんですけどね」

 そう言って、照れたように頭をガシガシ掻いた。

「君は、彼女の父親の前で、そんな惚気を言えるとは、なかなかいい根性をしているじゃないか」

 旅掛がそう言うと、テーブル越しに上条の胸倉をつかんで引き寄せ、不敵な笑みを浮かべながら、タバコの煙を吹きつけた。
 上条が吹き付けられた煙で、ゴホゴホとむせる。

「君が娘の恋人だとは、父親として幸せなんだか不幸せなんだか、よくわからないが……」

 吸っていたタバコを灰皿に擦り付け、つかんでいた手を離す。
 開放された上条が、中腰になっていた腰を下ろし、息を整えていた。
 旅掛が両手をテーブルにつけ、上条を真剣な顔で見据えた。

「私の決心も付いたよ。
いつまでたっても父親ってのは、娘のことになると冷静でいられないものなんだな。
やはり君は、私に足りないものを示してくれたようだ。
ありがとう、当麻君」

 そう言って上条に向かい深々と頭を下げた。

「いや、そんなつもりじゃ……」

 ないんですが、と言いよどむ上条の顔に、喜びと恥ずかしさが浮かんでいる。
 その純粋な感情に触れ、旅掛は久しぶりに暖かな気持ちを味わった。

「なにかお礼をしたいんだが、希望はあるかね」

 旅掛が再びタバコを取り出して火をつけた。
 そう聞かれ、恥ずかしさで俯いていた上条が、顔を上げた。
 旅掛から向けられる真剣な眼差しに、上条は、同じくその視線を外さぬよう真剣な面持ちで、おずおずと答える。

「――俺、妹達(シスターズ)の墓に行ってこようと思ってるんです」

 上条のその顔に、なにか感じるものを汲み取った旅掛が、白く口から煙を吐いた。

「そうか、行ってくれるか。ありがとう。きっと彼女らも喜ぶと思うよ。
場所はこの子が知っているから、案内してもらうといい。
身分証明書も免許証も持たせてあるから、車の運転だって出来るし、心配ない。
なにもかも全部彼女に任せてしまえば問題ないさ」

 上条が旅掛に頭を下げる。

「ありがとうございます」
「なに、気にすることは無いよ」

 旅掛がもう一度父親の顔に戻る。

「そうそう、彼女にはちゃんと『御坂美笛』という名前があるんだ。
もっとも、私が名前をつけたのは今のところ、彼女だけだがね。
いずれはシスターズ全員にちゃんとした名前をつけてあげるつもりだよ」
「わかりました。なら……美笛さんのお世話になります」
「ああ、後は君たちで決めるといい……」

――いずれにせよ……と言いながら旅掛は上条の横に座る17000号「御坂美笛」に目を向けた。

「『娘達』のことは、よろしく頼むよ」

 上条も隣にいる彼女を見た。
 上条の横に座っていた17000号「御坂美笛」は、上条と旅掛のやり取りを見ながら、顔を赤らめていた。
 そして上条からの視線を感じたとたん、俯いてモジモジしはじめた。
 それはまるで、王子様が、高い塔に閉じ込められたお姫様を救いにやってきた時であるかのように。
 それを見た旅掛は「これは……予想以上か……参ったな……」と呟き、上条を見た。
 上条は彼女の様子に、「うう……これは……不幸な予感が……」と呟き、頭を抱えるだけだった。


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