とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part13

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第5章 妹達(シスターズ)


13. 「Life of Sisters」


 ここはロンドン市内の某所。
 『MISAKA-CONSULTANT』、窓も無い殺風景なオフィス。
 上条はソファーに腰を落ち着け、出されたコーヒーを啜っていた。
 無機質な空間に似合わぬ、美少女と2人きりで。
 本来なら喜ぶべき場面にもかかわらず、彼の心は目の前のコーヒーのように暗く、濁っていた。
 その少女は『妹達(シスターズ)』と呼ばれていた。
 上条当麻の恋人、御坂美琴のDNAを元に作られた『軍用クローン』として、学園都市の闇から生まれ、闇に殺された『妹達(シスターズ)』。
 かつて上条の右手の力で地獄から救われた……はずの『妹達(シスターズ)』。
 本来、治療のためにどこかの研究所にいるはずの彼女が、なぜここにいるのか?
 彼女が言った、最後の1人とはいったい?
 俺の正面に座る、この世に生まれてくるはずの無かった少女。
 そしてこの『牢獄』に最も似つかわしくない少女。
 無表情なようで、微かな笑みと赤らんだ頬の色が、今の彼女の気持ちなのか。
 じっと見つめているとそのまま見つめ返してくる視線。
 何も言わず、何も言えず、身動きはおろか、視線をそらすことさえ出来なかった。

(俺は、本当に彼女達を救ったのか……?)

 そう思い返した瞬間、上条は意識を取り戻すことが出来た。
 手の中のコーヒーカップの感触を確かめるように、視線を落とす。
 先程感じた寒気は収まっているが、それでも背中に僅かな震えが残る。
 目の前の少女の向こうに見える恋人の顔。
 上条の記憶に残る、あの時に見た恋人の絶望。
 その恋人の向こうに見える、生まれ出でた悲しみを持つ少女達。

――だめだ!
――あのときのお前の顔を、俺は2度と目にしたくない。
――そう誓ってこれまでやってきたのだから。
――俺が絶望する時が来ようとも、お前にそんな時は来させない。
――そう俺は誓ってきたのだから。
――お前のその闇を、俺も背負ってやる。
――お前にだけ背負わせるなんてしない。
――絶対にしてやるものか。
――いいか、上条当麻。
――お前はこれから泥沼で足掻くとも、彼女だけは絶対に引き込むんじゃないぞ。
――アイツには、光の中で輝いてもらうんだ。
――影になるのは俺の役目。
――そして光と影は表裏一体。
――それはもう呆れるくらいに不幸(幸せ)じゃないか、上条当麻。
――ならば目の前のコイツも、光の世界へ押し上げてやろうぜ。

「なぁ、17000号、お前がなぜここにいるのか、もっと詳しく教えてくれないか……」

 そう問われた目の前の少女の顔から、表情が消えた。





 かつて学園都市で行われた、先行試作品さえ存在しない、杜撰な兵器開発計画だった『量産能力者(レディオノイズ)計画』。
 それによって生み出された軍用クローン『妹達(シスターズ)』は、生命さえ消耗品とする『気狂い野郎共』の招いた悲劇。
 上条によって『絶対能力進化実験』が中止に追い込まれた後、生き残った妹達は『治療』として世界各地の研究機関に送られた。
 だがその後、学園都市前総括理事長アレイスター=クロウリーの退任・失踪と、それに伴う理事会の混乱により、彼女達はその世界的な庇護を失った。
 現在学園都市外では『再生生命体に対する人道的見地による治療行為』と称する形ばかりの延命措置のみが行われているに過ぎない。
 更に各国政府機関が、学園都市の先端技術を狙い、彼女らを駆け引きの材料にすることを防ぐため、学園都市側がそれを黙認していることが、それに拍車をかけている。
 時間切れにより、全てを葬り去ろうとする、学園都市現統括理事会の意図は明白だった。
 アレイスターの失踪により、理事会全体への押さえが利かなくなり、分裂、暴走の様相を示しているようだ。
 一部の理事会メンバーにとっては、自らの利益を守るための、とかげの尻尾として見ているのだろう。

 ここ何ヶ月かで、一方通行は疲れきっていた。
 肉体的にも、精神的にも。
 いやむしろ、疲れていたと言うより、追い詰められていた、といった方が正解に近い。
 学園都市第7学区にある『冥土返し(ヘブンキャンセラー)』と呼ばれる医師のいる総合病院。
 その付属研究所に彼の研究室があった。
 クローンの製作に成功したのは、学園都市だけであるため、その研究の中心は(表向きには)この研究所だけだ。

「くそッ、まッたく持ッてジリ貧だぜェ……」

 かつて長点上機学園に在籍していた彼は、その優秀な頭脳でもって飛び級で大学入学を果たした。
 その大学に籍を置きつつ、客員主席研究員として、この研究所に招かれていた。
 彼の研究は、再生医療のトップジャンル、クローン細胞の延命措置に関することだった。
 そう、クローン細胞の脆弱性により、『妹達(シスターズ)』の細胞増殖機能が、限界を迎えようとしていた。
 その事実を把握している者は、『妹達(シスターズ)』らを除けば、冥土帰しとその病院関係者、及び研究員だけ。
 そのことは『妹達(シスターズ)』自らの希望により、オリジナルである御坂美琴には、伏せられている。

「突破口はどこにあるンだよォ、くそッたれめェ……」

 今日もデータの数値に向かい続ける日々の繰り返し。
 思うような数値が出てこない。
 毎日毎日、条件を変え、素体を変え、ありとあらゆる可能性を探る。
 おそらく、細胞分裂を促す生体電流系の何かが足りないのだろうということだけは分かっている。

「なにかもっと違う方法はねェのかよォ……」

 このまま結果を出せない時間が過ぎていくことに、彼は耐えられなかった。
 自分が守ると決めた者達が、目の前から消えようとしている。
 まるで、かつて自分が殺してきた者達が、復讐に来ているようにも最近は感じている。
 お前に、そんな救いなぞありえない、と。
 もう一度地獄へ戻りやがれ、と。



――昔、超電磁砲(オリジナル)にも、絶対許さないと言われたッけなァ。
――最近は面と向かって言われることもないがよォ。
――もし許すと言われてもなァ……、俺にその資格はねェわけだしなァ。

 軍用として開発された『消耗品』という事実の前に、一方通行は今まさに敗退しようとしている。
 そして、『妹達(シスターズ)』の破滅は、彼女達から演算補助を受けている彼自身の破滅をも意味する。

――結局、俺もテメェらと一蓮托生ッてわけだ。
――テメェらだけで、アッチに行かせるもンかよォ。

 気が付いたら、今日も時計の長針と短針が、垂直に重なろうとしていた。
 ポケットに入れておいた携帯電話にメールの着信。
 ボタンを操作し、確認する。
 御坂妹こと10032号からだ。
 帰りに病室によって欲しいという内容だった。
 今のところ、学園都市内に在住する『妹達(シスターズ)』には、最新設備の治療効果により、活動に支障をきたしている個体はいない。

――今日も死刑は執行されましたッてかァ……、クソッタレェ……。

 残っていたコーヒーを飲み干し、着ていた白衣を脱いで部屋を出た。
 カツカツと杖の音を響かせながら、蛍光灯に照らされた、誰もいない廊下を行く。
 既に空調が止められ、蒸し暑い夜の空気が体中に纏わり付いてくる。
 重苦しい心の中と、肌に触れる熱気で、ますますイライラが募るのが、自分でも分かる。
 そんな気持ちが爆発しないよう、途中で立ち止まり、左手を握り、叩きつけるように壁を殴りつけた。
 痺れるような痛みと、そこから伝わる壁の冷たさが、ヒートアップした気持ちを冷やしてくれる。
 肉食獣に追い詰められた獲物の気分を味わいながら、彼は無言で10032号の部屋へ向かった。


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 冥土帰しがいる総合病院の療養者用病棟にある『妹達(シスターズ)』専用フロア。
 その1部屋が御坂妹こと10032号の個室だった。
 遠くからカツカツと杖音が近付いてくる。
 やがて扉の前で止まると、ノックの音がした。

「入るぞォ」

 そのワンルームの室内には、ベッドや机を含めて、女の子らしい家具や調度品が揃い、小さなキッチンやシャワーブースも完備されている。
 可愛い模様のが多いのは、いずれも姉である御坂美琴の見立てによるものなのだろう。
 御坂妹は、ベッドに腰掛けたまま、身じろぎもせずにぼんやりと窓に映った自分の姿を見つめていた。
 一方通行には、彼女の目になにか光るものが見えたような気がした。
 やがて――チッと小さく舌打ちをした。

「おい、今日は何だァ?」

 その言葉に、彼女は静かに彼の方へ顔を向け、ポツリと言った。

「今日は、10050号の生体反応が消えました、とミサカは冷静を装って報告をします。
これで中米地域に残った個体は……もう……ありません、とミサ……カは……」
「―――ッ!!」

(クソッ、今月はこれで何人目だ……)
(俺は……俺は……一体何をやってるンだ……)

 半ば覚悟はしていたとはいえ、彼はここでも打ちのめされる。
 握った拳がブルブルと震えているのが分かる。
 グッとかみ締める唇からは、鉄の味がする。
 胸の奥に電流を流し込まれたような、ピリピリしたものが彼の心を削いでいく。
 ささくれ立った気持ちが、目の前を、汚れた血のように赤黒く染めるようだ。
 自分の情けなさに、そのまま狂い出したくなるような衝動を感じている。
 まるで心臓に杭を打たれるような、ギリギリとした圧迫感が身体全体を支配していた。
 ようやく精神の平衡を取り戻すように、一方通行は声を出すことが出来た。

「――そうか……。打ち止めは?」
「上位個体にはもう伝わって……います……、あの……ミサカは……この感情をどう……扱っていいのか……」

 10032号が嗚咽をこらえて彼に問いかける。
 彼女らは、あの実験のときでさえ、涙を流すことは無かったというのに。

「――るせェ……そのまま黙って泣きやがれ……クソが……」
「あなたは…(ヒクッ)…どうなの…(エグッ)…ですか…(ヒクッ)…とミサカは……」

 彼女の涙が、一方通行の精神を切り刻んでいく。
 自身の中から湧き上がる言葉に出来ないどす黒い感情に、一方通行はビクリと体を震わせた。
 それを見ないように顔を背け、眉間にしわを寄せていたが、やがて観念したようにポツリと語った。

「――オレに……そンな資格はねェ……」
「……(クスン)……」
「帰るわ……」

 そんな一方通行の素気無さが、なぜか10032号には救いのように感じられ、無性に嬉しく思えた。

「――貴方には感謝を……」
「うるせェ!テメェに礼なンざ言われる覚えはねェぞ!」

――ほんの僅かな感謝の言葉さえ遮る貴方。
――血塗られた過去を持つ自分には、いかなる感謝も祝福も、そして贖罪すらも、相応しくないと今もまだ思っているのでしょう。
――自分に向けられる全ての好意に背を向ける貴方。
――そんな『一方通行』な貴方は、上位個体や番外個体、ミサカの気持ちに気が付いているのでしょうか。

「……」
「帰り際にろくでもねェこと聞かせやがッて……」
「……」
「感じ悪りィぜ…ッたく……」
「……」
「邪魔したな!」

 そう言うと、一方通行は後を振り返ることもせず、彼女の部屋を出ていった。
 杖をつく硬い音が、ゆっくり遠ざかっていく。
 10032号は、その音を聞きながら、ため息を漏らしていた。

――つらいのは、貴方の方でしょう……。
――ミサカ達は、もう十分すぎるほど救われているというのに……。
――アクセラレータ……、貴方は、どなたになら救われるのでしょうか……。
――貴方が泣ける場所はどこにあるのでしょうか……。
――ああ、もう1つ伝えるのを忘れてました。
――先日あの方も、17000号から私達のことをお知りになりました。
――あの方なら、一体どうなされるでしょうか……。
――ミサカには……もう何も出来ないのでしょうか……。
――ならばいっそ……お姉様に……。
――でもミサカ達のことを知ったらお姉様は……。
――ミサカは一体どうすればよいのでしょうか……。


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