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上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/Presented to you/Part05 - (2011/07/23 (土) 14:55:16) のソース

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#navi(上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/Presented to you)

―amnesia―


「不幸だ…」

 十二月二日、時刻は7時。
 空を少しずつ茜色に染めていた太陽はとうに地平線にその姿を隠し、辺りは暗闇に包まれていた。
 その辺りの暗さ、時刻の遅さもあり、人口の8割が学生である学園都市の街中は閑散としていた。
 街中に見かけられる者と言えば、柄の悪い不良達、急いで帰ろうとしている学生、学園都市内では珍しい大人くらいのもの。
 そんな人気のない帰り道、善良な高校生であるはずのとあるツンツン頭の不幸な少年は一人呟いた。

「登校初日からこれとは……どんなクラスだよ、あれは……“前の”俺はよくやっていけたな…」

 前傾姿勢を保ちながら、ずるずると足をひきずるようにして歩く少年は上条当麻。
 本来“前の自分”などとという言葉を使う時は過去の自分を指すのが普通。
 だが今の彼の場合の“前の自分”という言葉は、その普通の場合の意味とは少し異なる。
 彼は今、記憶喪失だ。
 何時、何処で、何故記憶を失うはめにまでなったのかは上条自身当然ながら知らない。
 ただ長い間眠っていたような、夢を見ていたような感覚から覚めると、過去の記憶が一切合切抜け落ちていた。
 辛うじて覚えていたのは、自身の名前くらいのもの。
 そんな何もわからない状況の中、目を覚ました時には周りに大勢の人達がいて、ベッドの隣にはインデックスがちょこんと座っていた。
 その瞬間、その場にいた者達全てが上条当麻の目覚めを喜び、大いに沸いた。
 中には涙を見せている者すらいた。
 しかし、逆に上条の記憶がないという事実がわかると、場の雰囲気は一変。
 その事実には、それまでの歓喜に沸いていた者達の勢いはどこへやら、場を沈黙が支配した。
 同時に表情は笑顔から驚きの表情へと、涙を流していた者の涙は嬉し涙から悲しみの涙へと変わる。
 始めからわけがわからない上条にとって、自身が原因で目まぐるしく変わる状況についてはいけなかった。
 ただ、一つだけわかることがあった。
 それは自身が原因で大勢の人間を悲しませてしまったということ。
 自身が原因で、本来悲しまずに済んだ人達全員が悲しんだ。
 そう思った時、何故だかひどく申し訳ない感情に襲われていたことを、上条は今でもよく覚えている。
 そして事態は一時落ち着き、約一カ月ほどイギリスで静養した後に学園都市に帰ってきたのは一昨日の夜。
 昨日は今日から再び行くことになっていた学校への道の確認や食材の買い出しなどでインデックスと散歩をしていた次第だ。
 閑話休題。
 そんなこんなで周りの人間を誰も知らない状態で初めて学校へと登校した今日。
 上条は長い間学校を休んでいたということもあって彼を待ち受けていたのは、久しぶりの登校祝いという名のクラスメート達と先生による手荒い洗礼。
 にゃーにゃーうるさい金髪の大男と青髪で耳にピアスをつけた関西弁のこれまた大男からは明らかに言われがないような内容の罵詈雑言。
 巨乳ででこの広い見るからに真面目オーラを出していた女子からは今まで何をしていたのだと頭突きと説教。
 その他大勢の女子からは何故か泣かれ、男子からはそのせいでたこ殴りにあい、心身どもにボロボロになったところで、黒く長い髪が特徴的な和風美人の女の子に慰められた。
 そして極めつけは、その後にホームルームにきた見た目はまだランドセルを背負えそうな先生から笑顔で突きつけられた、このままでは留年の可能性大という厳しい現実に膨大な量の課題の山と完全下校時刻ギリギリまで行われた補習。
 学校も終わり、普通ならば解放感に浸り気分も高揚していきそうな放課後、下校がこれほどまで遅くなり、憂鬱な気分が先行しているのにはそういった理由があった。

「改めて、前の上条さんを尊敬したくなりますよ…」

 たった一人で世界を救ったり国を救ったり、加えてあのようなクラスでやっていくような精神力。
 本当に自分がやったのか、もしくはやっていたのかと疑いたくなるほどの偉業の数々。
 今後それを背負っていかなければならないのかと考えると、あまりに予想の斜め上をいったクラスの惨状を目の当たりにしてしまった今となっては、最早精神がくじけてしまいそうな上条。
 だが記憶がないとは言え、前の自分も紛れもなく自分のはずである。
 いくら人間離れしたことを何度もしていようが、クラスメート達の大半が敵に見えてしまいそうなクラスの中を無事に乗り切っていようが、前の自分も人間であることに違いはない。
 前の自分にできて今の自分にできないわけがない。
 そう自身を奮い立たせる。
 例え記憶がなかろうが、周りのコミュニティーはもう既に形成されてしまっているのだから、それに適応する以外ないのだ。

「にしても、今日の晩飯はどうすっかなあ…」

 今後のことを考えて全て投げ出したくなる衝動を抑え、上条はぼんやりと今晩のことを考える。
 問題は学校だけに留まらず、帰宅後にも残っているのだ。
 上条の家には本人たっての希望ということと、記憶のない上条の手助けになればという理由で以前と同様白いビッグイーターことインデックスがいる。
 彼女がどれほどの大食漢であるかはイギリスでの生活にて既にわかっている。
 わかってはいるが、いくら育ち盛りとは言え、食べ過ぎではないかと上条は思う。
 一回に食べる量もそうだが、より異常なのは食べてから腹を空かせるまでの早さ。
 どんな早さで消化され、あの栄養は一体どこへいっているのか不思議にさえ思う。
 そして上条が通帳に記載されていた家のお金の切迫具合を見た限り、常にスレスレのラインとの戦いであったことが窺える。
 そこに加えてあのシスターを養わければならないという責務。
 イギリス清教もせめて彼女分の食費だけでも払ってくれれば、などと上条は願ってみるがそれは恐らく叶わない。
 2ヶ月ほど家を空けていたこともあって、その間の分の奨学金などによりお金は貯まってはいるものの、節約をしなければ間違いなく大変な事態を招くだろう。
 それだけは避けなければならない。

(とりあえず、その辺のスーパーでもあたってみるか?)

 善は急げ、上条はそれだけ決めると、今日は寒いし暖まるものにするかと考えながら歩く歩調を少しだけ早める。
 とは言え、今は十二月。
 時刻は7時を既にまわっており、日はとうの昔に落ちた。
 日差しがあったことでまだマシだった気温も、どんどん下がってきている。
 更に歩調を早めたことで巻き起こる微かな風ですら露出している肌にひりひりとした痛みがはしるが、それは手持ちのボロボロのマフラーや手袋でどうにか凌ぐ。
 家には恐らく腹を空かせているであろうインデックスが待っているのだ、できる限り早く帰らなければならない。
 上条には、暗くなった空と落ちた気温が時間の経過を知らせ、危険だ知らせようとばかりに、急げと促されているようにも感じていた。
 恐らくその危険だという予感は間違っていないだろう、上条にはある種の確実があった。
 これもまた、イギリスでの生活を経て培った経験によるもの。
 だから一刻も早く食材を調達して帰ろう、そう考えていた時だった。
 突然、誰もいなかったはずの上条の目の前に若干赤みがかった茶髪にツインテールが特徴的な女の子が血相変えた表情で現れ、


「―――お姉様の…お姉様の居場所は、ご存知ですの!?」


        ☆


(あれ…? …今、何時なんだっけ…?)

 美琴はふと思い出したように辺りを見まわし時計を発見して時刻を確認すると、時間はとうに7時を過ぎ、時計の短針は真下を指していた。
 空を見上げると、茜色に染められていた空も今となっては闇で埋め尽くされ、月明かりや夜空に瞬く星々が目立ち始めている。
 前方を見ると、眼下に広がる学園都市の街にはそこかしこで明かりが灯り、さながら光の海のような綺麗な夜景が広がっている。
 今はもう、夜だった。
 それもあってか美琴の周りでちらほらと見られていた、あちこちを走り回って遊んでいたはず小学生くらいの子供達もいつの間にか姿を消し、家に帰っていた。
 美琴はそんな今や誰もいなくなってしまった、学園都市を一望できる高台に一人柵にもたれながら立っていた。
 何かをしていた、ということは全くない。
 むしろ何もしていなかった。
 何らかのアクションを起こしていないという点ではもちろん、いつもならば高度な演算を要する超能力者の能力すら行使できるハイスペックな頭も、今はまるで機能していなかった。
 少なくとも昨日までは、一人でいて行動を起こしていない時でも、何らかのことは考えていた。
 その思考のほとんどは上条関連ではあったが、それでも何らかの思考はしていたのだ。
 しかし今は、何も行動を起こさず、何も考えず、ただただ時を過ごしていた。
 学校でも登校こそしたものの、今日一日はずっと上の空。
 教師に問題をあてられた時でも、一回だけでは反応せず、何回も呼びかけられてようやく返事をする始末。
 それは同学年の生徒達に話しかけられた時も同様だった。
 そんな状態のまま学校では過ごして学校が終わり、美琴は特にこれといったことは何も考えず街へ繰り出すと、行き着いたのは場所だった。
 強いて理由挙げるとするなら、誰もいない所へ来たかったからだろう。
 だからあまり来たこともないようなこの場所へ着いたのかもしれない。
 それから数時間経った今の今まで、ずっとこの場所に一人でいた。
 時間の経過が気になったのも、辺りの暗さにようやく気づいたからである。

(もうこんな時間、か。 ……私何やってんだろ)

 何をしていたかと考えれば、当然何もしていない、何もしていなさすぎたくらいだ。
 それでも時間をここまで過ごせるものなのかと、ぼんやりしながらも美琴は若干驚きもしている。
 ただ、思うことはそれだけ。
 何故だか他のこと、これ以上のことを考えるのが必要以上に億劫。
 いつもならここで帰ろうかという考えも起こるだろうが、今はそれさえも起きない。
 ただただ目の前に広がる学園都市の街並みを漠然と見ているくらいしかできない、と言うよりする気が起きない。
 空っぽ、空虚。
 今の美琴の心情を上手く表現できる単語と言えば、恐らくそれが一番適切かもしれない。
 今まで美琴の中には芯があった。
 一つは努力をすることで低能力者から超能力者にまでなった自分への自信と誇り。
 それは先の妹達の出来事で揺らぎが生じた。
 例え超能力者という力を以てしてもどうしようもない相手、どんな策を巡らしても止まらない実験、一度は絶とうとしたこの命。
 だがそれは上条当麻という一人のヒーローの登場により、どうにか守られた。
 それから上条当麻という存在が美琴の大きな支え、そして心の大半を占めるまでになった。
 どこにいっても上条当麻、何をしてても上条当麻。
 頭の中がそのことばかりになってしまうほどまでに。
 しかし、ロシアでの出来事ではその二つを同時に失った。
 たった一人の、それも大切な人すら救えないで何が学園都市第三位、何が超能力者。
 大切な人を救うには、それでは全然足りていないのだ。
 そして自分の手で救えなかったものの、まだ微かな希望があった上条も、昨日全てが崩壊した。
 確かに昨日白井の言っていた通り、可能性を追い求めればもしかするとどうにかなるかもしれない。
 記憶が戻るという可能性がないと言われるまでは、可能性は零ではない。
 いつもの美琴ならそうしていた。
 しかし今はそれすら、できない。
 今の美琴には、自分で立ち上がれるだけの芯が、もうなかった。
 希望を追い求めるだけの、芯が。

(いっそ、もうこのまま…)

 眼下に広がる学園都市を見て、美琴は働かない頭で考える。
 希望も救いもないこの世界、生きる意味はあるのだろうか、と。
 一昨日はまだ冗談で済んでいたが、今度はそうもいかない。
 踏みとどまれるだけの力がもうないのだから。
 粗末にしていいはずがない命、それ美琴自身がよくわかっている。
 しかし、それでも、

(耐え続けるのは、もう、疲れた…)

 美琴は、もたれていた手すりから一旦離れ、ゆっくりと手すりに、手をかけた。


         ☆


(どこだ…どこにいる…!!)

 上条は、今や人の姿を全く見かけなくなった夜の学園都市を、薄っぺらい学生鞄を片手にひたすら走り回っていた。
 それは家に早く帰るためでも、早く買い物を済ませるためにでもない。
 ある一人の少女を、捜すため。

『―――お願いします…お姉様を、お姉様を救ってください…!』

 今上条の脳裏に浮かぶのは、先ほど突然目の前に現れたツインテールの少女の必死の表情。

『―――私では、無理でした、無理なんですの……、ですから、お姉様の笑顔を取り戻せるのは、もう…もう、あなたしかおりませんの…』

 けれどその必死な表情の裏には、悔しさが滲み出ていた。
 恐らくは、本来なら彼女自身の手でそのお姉様を救いたかっただろう。
 自分では救うことが無理だったという悔しさ、そしてそれを上条に託すしかないという悔しさが。
 記憶がなく、事実上初対面である上条でも、それくらいはなんとなく推し量られた。
 上条が察するに、その少女とは記憶をなくす以前の知り合いなのだろう。
 彼女の態度は明らかに全くの他人と話す時のそれではない。

『―――記憶喪失だということは聞いております、こんな見ず知らずの私の願いを聞いてほしいなど、おこがましい考えだということは承知してます』

 しかし上条にとっては、その少女を知っていようがいよまいが、以前からの知り合いだろうが以前から赤の他人だろうが、関係なかった。
 誰かを救ってほしいと心から願う人がいて、実際に救われるべき人がいるのなら、上条の行動は初めから決まっている。
 上条を動かすための理由はそれだけで十分だった。
 果たして人を救うのに理由がいるのだろうか。
 上条にとってはそれと同じ。
 記憶は失っても、行動原理の芯は失っていない。

『―――ですがお姉様は、少なくとも今のお姉様はあなたを必要としていますの。 ですから、後生ですから…あなたが行って、お姉様を救ってください。 もう一度、お姉様に笑顔を…!』

 そうしてその少女は泣き崩れ、その後落ち着いたかと思うと、申し訳なさそうに頭を下げて上条の目の前から消えた。
 話をまとめると、本来なら帰宅すべき時間であるにもかかわらずそのお姉様は帰宅しておらず、連絡もとれず何処にいるのかわからない状況らしい。
 しかも昨日一悶着あったらしく、その時の様子から今の彼女がどんな行動するかもわからない、と。
 彼女によると、最悪の場合は…。
 そして先ほどのツインテールの少女はそのお姉様を探している最中に上条を見つけた、という経緯。
 その少女は、何も自分自身のために夜の街を奔走しているわけではなかった。
 全ては、彼女の尊敬する一人の少女の笑顔ため。
 それは上条にもひしひしと伝わってきた。
 これで動かなければ、救わなければ、上条ではない。

(御坂、美琴お姉様…か)

 上条はツインテールの少女から探してほしいと依頼された人物の名前を思い出す。
 その少女の名前には、覚えがあった。

『―――ほ、本当に何も覚えてないの…? 私よ?御坂美琴よ…?』

 そう、その名前は確か、昨日の帰りにある少女と遭遇した時に聞いた名だ。
 幸か不幸か、上条が気にしていた人物。

(昨日の会話、昨日の表情、そして…このタイミングの失踪。 どうもしなくても、やっぱり…)

 だから上条は考える。
 御坂美琴という少女の変調は、自分自身に原因があるのではないか、と。
 上条は昨日道中で彼女に会った時の驚愕、悲しみ、絶望の表情を知っている。
 それはとても暗く、そして恐らく彼女の心の奥底にまで深刻なダメージを与えてしまったことが窺えた。
 だからこそ、思う。
 彼女は必ず自身の手で救わなければならないと。
 これ以上彼女の表情に絶望の色を落とすわけには、絶対にいかない。
 ツインテールの少女は言った、彼女を、お姉様を救ってほしいと。
 確かに今上条が動くきっかけを作ったのは紛れもなくその言葉。
 それがなければあの時点で美琴が今どんな状態なのかを知る術はなかった。
 しかし、もしかすると、彼女の一言がなくとも、いずれは上条は動いていたかもしれない。
 理由は、直感と、昨日から上条の胸につっかえる僅かなしこり。
 昨日美琴の表情を見てからどうもおかしいのだ。
 何か、何か大切なことを忘れているような、そんな感覚。
 一体何を忘れているというのだろうか、それを少し考えようとした時。

(……?)

 ふと視線を上げ、上条が今いる場所から少し距離の開いた所に位置する丘のような場所の頂上に位置する高台を見た。
 そのすぐ後、今度は自身の周りをキョロキョロと見渡す。
 そしてもう一度、上条は視線を高台へと戻す。

(なんだ…? やっぱりおかしいぞ、あの場所…)

 上条がもった疑問、それは彼の周りに位置する風力発電をするための風車は回っていないのに対して、その高台の周りに位置する2本の風車だけはくるくると回っていたこと。
 今宵は晴天で風はそれほど吹いてはおらず、ほぼ無風状態に近い。
 にもかかわらずあの場所だけは、あの場所の2本だけは回っている。
 始めは高い場所にあることから風が吹いてるのかとも考えた。
 だがそれにしては同じ位の高さに位置する別の風車が回っていないことを説明できない。

(学園都市第三位…超電磁砲…発電能力者…? ……あれ?)

 そこまで考えたところで、上条はふと疑問に思う。
 学園都市第三位とは、超電磁砲とは誰のことか、何ののことなのか?
 上条は、わからない。
 しかしそれらの単語はあの風力発電を風車を見ていた時、何処からか湧いたように頭の中に浮かんできた。
 何故上条自身が知らない、わからないような単語が浮かぶのか。
 上条がそれを考えようとすると、チクッと頭が痛んだ。
 それは頭を抱えるほどの痛みではないが、痛みにより少なくとも考えることに集中ができない。
 まるで考えることを、思い出そうとすることを拒否するかのように。

(あそこに、いる…?)

 そして頭の痛みが訪れると同時に、上条は御坂美琴という少女があの場所にいるような予感がした。
 根拠は、何もない。
 ただ単純に上条の勘が、身体が美琴はあそこにいると強く主張しているような気がする、その程度の考え。
 けれどそんな信憑性も根拠も何もないような考えに、上条は今は素直に従おうと思った。
 どのみち今までも当てもなく探していたのだ、今から思いつきの勘に身を任せて動いたとしてもそう変わりない。
 当てがあるならともかくとして、何もないのなら勘に頼るのも悪くない。

(急ごう!)

 今まで長い間走っていたこともあって、息は少し苦しいくらいにあがっていた。
 疑問に思う点、じっくり考えたいことは山ほどあった。
 止まることも一つの選択肢。
 しかしそれは違う、優先順位が違う。
 今は、一人の少女を探すことが最優先。
 考えることは後でもできる。
 それに今上条は、止まるわけにはいかない。
 上条は走る方向をあの高台の方へと変更し、全速力で走り出した。


         ☆


「……母さん」

 ある種の決意をし、ふと美琴の頭に浮かんだのは、自身の母親の顔。
 何故今更母親の顔なんかが浮かんでくるのだろうかと思うが、別に時間は限られているわけではないのだ、今くらい思い出に浸るのもいいかもしれない。
 美琴はぼんやりとそんなことを考えた。

「ほんと、あの母親には色々手を焼かされたわ…」

 普段は確かに良い親。
 幼少期は美琴が泣くようなことがあれば全て美琴が寝ている間に解決してくれた。
 学園都市にいくことで親元から離れても結構な頻度で連絡をよこし、ちゃんと娘の無事を気にかけてくれた。
 いつでもどんな時でも美琴の味方で、美琴の意見を尊重してくれた。
 そんな一見して優しい母親も、ある種のスイッチがはいると本当に手を焼かされる母親へと早変わり。
 それは酒がはいった時然り、上条関連の話題がでる時然り。
 その点さえ除けば、どこに出しても恥ずかしくないくらい、優しくて面倒見がよく、美人な母親。
 そんな母親には、美琴は心から感謝している。

「初春さん、佐天さん、それに春上さん」

 三人は常盤台以外で初めてできた、大切な友達。
 去る夏休みでは色々と馬鹿騒ぎをしたり、事件に巻き込まれたりもした。
 けれどその時間はとても楽しく、特に乱雑解放の事件においては本当に世話になった。
 一人で暴走したことを怒られたり、ピンチの時みんなで力を合わせることの大切さ、強さを嫌というほど教えられ、絆をより一層深めた。

「妹達…」

 彼女達が生まれてきた理由、目的は確かにあまり良いものではない。
 しかし過程はどうであれ、彼女達は当たり前のように生きていて、一時はすぐに殺されるという運命を背負わされ、彼女達もそれを受け入れていたが、今は必死で生きようとしている。
 その影響もあってか、始めは希薄だった個性や感情、人形のように無表情だった表情もそれぞれの個体に差が生まれ、改善されてきた。
 たまに病院に訪れ様子見に行くとそれがよくわかる。
 だから今では美琴は彼女達を本当の“妹達”のように大切に思っている。
 美琴に本当に血の繋がった姉妹兄弟はいない。
 けれど本当の姉妹がいたとすれば、こんなことを思うのかなと美琴は思う。

「それと、黒子」

 結局はいつもいつもいつもいつも、美琴にべったりだった、ちょっとというかかなり変態な後輩。
 それでも、友人の中では一番頼れる後輩。
 普段は鬱陶しいくらい美琴にべったりな彼女でも、ある時は彼女に励まされ、ある時は彼女に助けられ、そしてまたある時は絶対の位置にいるはずの美琴を怒る。
 そんな彼女には美琴は感謝すらしている。
 どれほど仲が良かろうが、美琴に対して本気で怒れる存在などそうはいないのだから。
 そういう意味でも、彼女の存在はかなり貴重だったと言える。

「でも昨日は、ちょっと申し訳ないことしちゃったな…」

 だからこそ美琴は昨日の出来事を少し申し訳ないと思っていた。
 あれほど美琴を心配し、ビンタまでして立ち上がらせようとした彼女の想いを、美琴は振り払い、無碍にしてしまった。
 あの後、恐らく彼女は泣いていたのだろう。
 美琴は食堂におりてきた彼女の顔を見た時、目の周りが少し腫れていた。
 彼女は何でもない素振りをしていたが、あれはほぼ確実に泣いていた。
 それが彼女に対する気がかりで、唯一の心残り。

「あとは…」

 最後に浮かんできた顔は、やはり“彼”の顔だった。
 出逢いのきっかけは不良に絡まれていたのがそもそものきっかけ。
 始めはその時に浴びせたはずの美琴の電撃を防ぎ、無傷だったことが気に食わず、それを理由に何度も接点をもった。
 そんな当初は喧嘩仲間で好敵手と言えた彼に、いつの間にか命救われ、心奪われた。
 加えて自身の心の内に眠る莫大な感情の存在に気付いてからは、美琴は心は乱れに乱れた。
 会えない時は何をするにも上の空の時もあれば正体不明の苛々を募らせる時もあった。
 会えた時は会えた時でテンパって理不尽なことを理由に心にもないことを言ったり居心地の良さに漏電をする時もあった。
 それほどまでに、思考の片隅には常に上条当麻のことを考えてしまうほどまでに、美琴の心は彼に奪われていた。
 だからいつの日か、美琴はそんな彼とまた楽しく過ごせる日常が帰ってくることを信じ、いつかの日か、彼が振り向いてくれる日がくることを、夢見ていた。
 来る日も、来る日も。
 にもかかわらず、

「こんな…」

 その幻想は、無惨にも崩壊してしまった。
 こんな結末など、あっていいものなのか。
 美琴は自らに問いかける。
 回答は、自分勝手な答えだがあってはならない、いや、あってほしくなかった。
 どうして彼ばかりが不幸なことに見舞われなければならないのだろうか、どうして自分には逆境を覆すほどの“力”がないのだろうか、どうして、何故。
 ……回答は、返ってこなかった。

「…………………」

 美琴は、あの8月の事件以来彼を支えに生きてきた。
 その支えはそれまでの能力と誇りという支えよりも強く、頑丈で、そして何よりも、暖かかった。
 その温もりは今まで美琴が感じたことがないほど優しく、無意識下には心地よさすらも感じていた。
 だからこそ美琴はその支えに支えられるばかりでなく、今度はその支えを守ろうと考え、動いたのだ。
 その結果が、あのロシアでの出来事、彼の記憶喪失。
 美琴は“また”支えを失った。

「…………もぅ、ぃや…」

 美琴の頬につぅっと、一筋の涙が流れる。
 もうたくさんだった、大切なものを失うのは。
 だから昨日美琴は白井にも言った、どうせ失うのなら、希望などいらないと。
 取り戻す喜びはもちろんほしいが、それ以上に失う痛みが辛過ぎる。
 そんな痛みを味わうくらいなら、何もいらない、何もほしくはない。
 もう、たくさんなのだ。

「ごめんなさい…」

 美琴は手すりを握る力を強くし、呟く。
 それは別に特定の誰かに呟いたのではない。

「―――さようなら」

 それは美琴が今まで世話になった、不特定多数の人々へと向けた、言葉。

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