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「上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/19スレ目短編/180」(2011/11/06 (日) 00:43:58) の最新版変更点
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*風に負けない言葉の強さ ~Mutual_Love
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光陰は百代の過客なりと古の詩人は詠ったが、普段気にも留めなかった日常が簡単にひっくり返ってしまう時が来ようとは、この時上条当麻には思いもよらなかった。
気づかなければよかったと悔やんでみても、過ぎ去った日々は戻らない。
一端覧祭も過ぎたある初冬の放課後。珍しく暖かい小春日和の日差しに誘われて、いつもの公園のベンチに腰を下ろしていた上条の前に現れたのは、
「おっす! 元気してた?」
「上条さん、ごきげんようですの」
美琴と白井の二人連れだった。
「よう。二人とも今日は学校帰りか?」
「うん。これからちょっとそこまで、買い物にね」
「そうですの。今日は久しぶりのお姉さまとのデートですのよ?」
そう言いながら、美琴の腕にスリスリと顔を寄せ付ける白井。
「くーろーこー! 離しなさいってば! アンタはいつもいつもそうなんだからっ!」
鬱陶しそうな口ぶりながらも、後輩への笑顔を崩さない美琴。相変わらずな彼女らの遣り取りを目にした上条も、思わず笑みを零した。
「大体お姉さまがいけませんのよ。いつもいつも上条さんに構ってばかりで、この黒子を寂しがらせるんですもの」
からかうような白井の言葉に、美琴は急にうろたえだしたかと思うと、向こうの自販機へと駆け出して行く。
――ジュース買ってくるから、と言った彼女の顔はなぜだか赤く染まっていた。
そんな彼女の後姿を眺めていた上条がぽつり呟く。
「アイツも最近、かなり変わったよな……」
「どうかいたしましたの?」
上条が何気なく漏らした言葉に、白井が聞き返す。
「なんだかさ、女の子っぽくなったっていうか、あまりツンツンしなくなったっていうか……」
「――それは当然ですの。だってお姉さまは恋をしてらっしゃいますから」
「えっ!?」
白井が言った言葉に、なぜか上条はその身体を電撃で打ち抜かれたような衝撃を感じていた。
「恋をしたらどんな女の子だって変わりますわよ? それがどうかいたしまして?」
「――み、御坂が恋、ねえ……」
「そうですの。上条さんは相変わらずお気づきなさらぬようですけれど」
それは白井なりの美琴への援護射撃のつもりだった。
かといってそのまま素直に、美琴が上条に恋をしているなどと伝えるようなことはしない。彼女にだって女の意地ってものがある。
しかしこの時のわずかな遣り取りで生まれた齟齬が原因となって、彼らを翻弄することになろうとは思ってもみなかった。
「そっか。御坂が恋を……ね」
普通の男なら少しは気づきそうなものなのに、鈍感人間上条当麻は普通じゃない。彼には美琴の恋の相手が自分だとは思わなかった。
美琴が恋をしているという事実にショックを受けた自分に気付いて、上条の心に暗雲が立ち込める。
それまで気づかなかった『感情』が、自分の心に生まれつつあることに彼は苛立ちを感じているのだ。
その『感情』の黒さの理由に思い至った瞬間に、彼は心にぽっかりと大きな穴が空いたように感じて、思わずベンチから立ち上がっていた。
「そっか……」
上条はそう小さな呟きを漏らすと、ふいっと身を翻すように公園を後にしていた。
「か、上条さん?」
後に残された白井が、戸惑いを隠せぬまま声を掛けるが、彼は何も言わず向こうを向いたままにその場から逃げるように立ち去っていく。
ジュースを買って戻ってきた美琴が見たものは、誰もいないベンチと、公園の向こうを見つめたままに立ち尽くす白井の姿だけだった。
――その日から上条当麻の様子が変わった。
何かに悩むような思いつめた顔をして、教室でも黙ったまま座っている。授業中もどことなく上の空で、時折り切なげにため息をつくだけだ。
そんな上条の悩ましげな姿に乙女心を刺激される女子生徒も少なくはない。が、彼の周囲に漂う雰囲気が、まるで結界のように張り巡らされて誰も声を掛けられない。
土御門や青髪ピアスらとのいつものバカ騒ぎにも参加せず、友人たちの誘いも断って、毎日学校から自分の寮へと帰るだけの生活を続けていた。
ムードメーカーの上条が暗く沈んでいるおかげで、普段の活気ある教室の空気さえも変わってしまった。
デルタフォースのふたりによる様々な煽りや、姫神の気遣うような言葉さえも彼の耳には届かない。苛立つ吹寄の頭突きを受けても、彼は黙ったまま辛そうに顔を背けるだけ。
心配した担任の小萌先生が声をかけても、生返事が返ってくるだけで彼の様子にはなんの変化も見られなかった。
そんなことが続いていたある週末の放課後のこと。
上条はふらふらと思い詰めたような暗い表情をして、いつものように真っ直ぐ自分の寮へと帰っていた。
その日は補習もなく、まだ日暮れにも程遠い放課後の早い時間だから、今日のタイムセールにもまだ余裕があった。
かといっていつもの公園で暇を潰すと、かなりの高確率で彼女と出くわすことになるだろう。
別に会いたくないと言うわけではない。むしろこちらから会いたいくらいなのに、会えば胸が苦しくなってしまうから。
彼は迷った末に、今日も早めに家に帰ることにしたのだが、それでも早く帰ったら帰ったで、同居人からお出かけをせがまれる羽目になるのは、いつものこと。
「とうま。ちょっと買い物に連れてって欲しいんだよ」
インデックスからのお願いに付き合うことを承知して、セールまでの時間までという約束でショッピングセンターまで出かけることにした。
上条の前をインデックスが、とてとてと先にたって歩いていく。時々彼を待つかのように振り返ってはにこりと笑いかけ、そうしてまた前を向いていく。
以前ならそんなインデックスの姿を見るだけで気持ちが穏やかになっていたはずなのに、この「感情」を自覚してからというもの、「そちら」の方にばかり気をとられてしまって心穏やかになんていられない。
(俺はいつから御坂にこんな感情を抱くようになったんだろうな)
上条当麻はそう独りごちながら、放課後の繁華街をインデックスの後からふらふらと歩いていく。
(インデックスにはこんな感情、ないんだよなあ)
上条にとって、インデックスは確かに大切な存在であり、何よりも守るべき対象だ。彼にとってインデックスは宝物のようなもの。
ただその宝物は大切な「預かり物」だ。自分の手でどうこうすべきではないし、しようとも思わない。
(だけど御坂は違う。同じように大切にしたいって思うし守ってもやりたい。御坂美琴とその周りの世界を守るって約束、ずっと大事にしたいと思うんだよな)
なによりと思いながら、前を行くインデックスの後姿に、いつの間にか美琴の姿を重ねていた上条。
(俺は御坂の全てを自分のものにしたい。いつも傍にいて欲しいし、御坂の心も、身体も、視線だって笑顔だって、その涙だって自分だけのものにしたい)
恋は甘酸っぱいもの、なんて嘘っぱちだと彼は思う。
どろどろして、ぐるぐるして、苦しくて切ない。
これが初恋なのかどうかはわからないが、記憶にある限り初めての恋は、上条には辛いものだった。
とにかく美琴の顔を見るのが辛い。なぜなら自分の目の前にありながら、決して自分の手には入らないもの、としか彼には思えなかったから。
(――御坂に会いたい。でも今は……会いたくないな)
複雑な心境を胸の内で反芻していた上条だったが、そういう時に限ってなぜだかその人物を見つけてしまう。
放課後の学生たちで混雑する大通り、反対側の歩道を同じ常盤台の制服を着たツインテールのお嬢様、白井黒子と肩を並べて歩く美琴の姿を。
慌ててインデックスの手を引っ張ると、すぐ脇の路地へと身を隠した上条。
いきなりのことに暴れる彼女の口を、シッと塞ぐようにして静かにさせると彼は通りの向こうの様子をそっと物陰から窺う。
この先のショッピングセンターへ向かうのか、柔らかな笑顔で隣の白井に語りかける美琴の姿を、上条は静かに見守っていた。
「常盤台のお嬢様、か……」
彼女らが通り過ぎるだけで、道を行く学生たちにはその制服から高位能力者にして、生粋のお嬢様だとわかってしまう。
まして二百三十万人の頂点たる『LEVEL5(超能力者)』第三位、『超電磁砲』という通り名を持つ彼女の容姿は、すれ違う人々を振り向かせるほどのもの。
上条はそんな美琴に恋をしたことに気づいてしまった。それはもう忘れようにも忘れられないほどの恋であることが、今の彼には最高の幸福にして最大の不幸なのだ。
(そもそも超能力者のお嬢様が、俺みたいな無能力者と恋をするなんて展開、どこの世界の小説だよ)
そんな誰もが憧れるお姫様が、友達としてのお付合いならともかく、自分のような冴えない男と恋をするなんてことはありえない、としか上条には思えなかった。
知り合った頃から一年ちょっとの月日が過ぎる頃には、子供っぽいと思っていた彼女もいつのまにか大人への階段を登っていた。
その遠目に見える魅力的な姿に、上条の心が大きく揺さぶられる。
気を許した人に向ける無邪気な笑顔。困っている人に向ける親切心溢れた優しげな笑み。
課題を手伝ってくれた時。中学生に勉強を教えてもらう高校生なんてそうはいないだろうけど、向こうはエリートで名高い常盤台中学生だ。
料理を振舞ってくれた時。一人暮らし歴云年の自分より料理が上手いなんて、ちょっとショックだけれど彼女の手料理はとても美味しかった。
もちろん時にはけんかだってするし、一方的に電撃を放たれることだって最近はかなり減ったものの、それだって退屈はしない。
何でもないようなことで機嫌を損ね、慌てて土下座したことも度々だし、急に顔を真っ赤にして漏電したり、時には気を失ったりすることだってある。
いつも美琴に振り回される上条には、何がなんだかわからないことだらけなのだが、それでもいつのまにか一緒に過ごしたいと思うようになっていた。
(そう言えば俺って御坂のこと、ちゃんと考えたこと無かったのかもしれないな)
何の気兼ねも要らず、別にお嬢様だからといって気取ったりもしない。
一生懸命な努力家で、大人びた部分もあれば、結構な可愛い物好きだという子供じみた部分もある。
情に篤くて思い遣りがあって、勝気で負けず嫌いなくせに実は泣き虫だったりとか、強さの陰にある弱さと儚ささえも知ってしまった。
面倒見の良さや、やたら世話を焼きたがる所なぞ、どこにでもいる普通の優しく可愛い女の子と変わりない。
いやむしろ普通の女の子だと思っていたからこそ、彼はこれまで気楽に付き合っていられたのに。
いつも変わらずそこにあると思っていたものが、いつのまにか自分の手から、すり抜けるように零れ落ちていたことに気がつかなかった。
それに気がついたのは、全てが終わったその後のこと。覆水盆に帰らず。こぼれたミルクを見て泣くことしか出来ない自分が、無性に腹立たしかった
もっと早く彼女のことに気がついていたら、こんな辛い思いをせずに済んだのかも知れないと思うと、だんだんと視界が滲んでいくのがわかる。
ロシアから戻った夜、自分の左手をつかんで、じっと見つめてきた瞳の凛々しさ。
ベツレヘムの星の上で、必死になって自分の方へ手を伸ばしている時の思い詰めたような顔。
第二十二学区でのあの言葉。地下街で撮ったペア契約のツーショット。大覇星祭。残骸事件。夏休みの恋人ごっこ。
何より忘れるわけにいかないのはあの夏の出来事だ。アステカの魔術師との約束と、「妹達(シスターズ)」。
あの時はなんのてらいもなく素直に言葉が出た。思いが出た。身体が動いていた。
記憶破壊でも失われなかったこの気持ちだけは、ずっと心の中に残っていたのかもしれない。
(――御坂の笑顔を守りたいって思いだけは、残ってたんだ)
柔らかな表情の美琴を思いながら、上条はどこか寂しい気持ちを抱えたまま彼女らの後姿をじっと見つめたまま立ち尽くしていた。
最近は会うことも無くなった、と言うよりは、会うことが辛くなってからは、会わないように彼女を避けてきたから。
会わなければ辛い思いをすることもないと思っては見たものの、それ以上に切なさや苦しさが増えた。彼女の顔を見ない日は、普段以上に暗く寂しい気持ちで胸が塞がれてしまうのだ。
(そのうちアイツの隣には、俺の知らない男が寄り添うんだろうな)
そう考えただけで、心臓がぎゅっと何かにつかまれたように苦しくなった。身体の奥底からどす黒い感情が湧いて出て、上条の心を闇に染めていく。
知らない男とキスをする美琴。彼女はやがてその男と結ばれて……。
(アイツが幸せなら、喜んで応援してやるのが男ってヤツなんだろうけど……)
忘れようとも忘れられない彼女の姿を思うだけで、彼の心にはぽっかりと穴が空いたような虚しさしか残らなかった。
(俺はいったいどうすりゃ良いんだよ……)
友達で十分だと思いこもうとしてたのに、今もその先を求めてしまう自分のことが許せなかった。
何度も何度もあきらめようとしているのに、あきらめきれない自分の甘さが許せなかった。
「――俺にそんな幸せなんて来るわけ無いんだからさ……」
ぼそりと呟いた言葉がブーメランのように戻ってきて、上条の心をぐさりと抉る。その痛みに顔をしかめるかのように、彼の顔が苦痛に歪む。
はぁっと大きく息を吐き、辛そうな顔をする上条の顔を、インデックスはいつしか何も言わず、傍らでじっと見ていただけだった。
「――なんで会えないのよ……」
その夜、御坂美琴は自室のベッドで携帯電話を握り締めながら呟いた。
いつもの公園に行くと、毎日のように顔を会わせてたアイツが、なぜかあの時からぱったりと顔を見なくなってしまった。
ジュースを買って戻ってみれば、アイツは姿を消して、後に残った黒子も変な顔をしてた。聞けばアイツはふらりといきなり立ち去ってしまったそうだ。
それでこちらから遊ぼうとメールを送ってみれば、忙しいからとやんわり断られ、どこにいるの? と聞いても学校だとか、友人と遊んでるからとかではぐらかされる。
課題は? と聞くと必要ないと素っ気なくされ、ご飯作りに行こうか? と聞けば大丈夫という返事。電話をしてもまた後でかけ直すと言われそのまま放置状態だし、電話に出ない事だって度々だ。
完全下校時刻を過ぎても会えず、夜遅くまで寂しく公園のベンチで佇むことだってあった。
もしかしてまた「外」にと思い、出かけて行って道から見た上条の部屋には明々と電気が点いていた。
とはいえ中まで押しかける勇気なぞあるはずも無く、アイツが無事ならそれでいいやとばかり、会いたいと思う自分の気持ちを押し殺したままで、結局はすごすごと引き上げてきた。
美琴は落ち込んだ気持ちのまま悶々とした日々を過ごしていたが、それももう限界が近かった。
こんな思い詰めたような恋なんて、アイツにだって重いだろうな、と思う。もちろん彼の重荷にはなりたくない。
それでも上条のいない世界を思っただけで、美琴の胸は張り裂けそうになる。もしかして嫌われたんじゃないかと思う不安な気持ちが止められない。
時おり街中で見かけるふたりの姿を思い出してしまうと、美琴の気持ちは底なし沼のような闇の中へずぶずぶと沈んでいくのだ。
いつか見たインデックスに向ける上条の優しい微笑。見守るような慈愛に満ちた視線。その瞳の先には、いつだって彼にとって特別なはずのあの子がいて。
彼女を見つめる上条の瞳は、自分に向けられることは無いのだと思ってしまったから。自分が割り込む余地さえない絆がそこに見えたような気がしたから。
そうしていつか、彼はインデックスと共にこの街から、自分の世界から消えてしまうような気がしてしまったから。
(初恋が甘酸っぱいものなんて言ったのは誰よ)
最初はそうだとわからなかった。それでもいつしか彼女の心の中で、彼の存在感が大きくなっていくことに、不安と戸惑い、切なさと恥ずかしさのような感情を覚えていた。
そうしたある日、その「莫大な感情」が自分の中にあることを自覚して以来、美琴の心は全て上条当麻一色に塗りつぶされてしまっていた。
(こんなの不安で切なくて苦しいだけじゃない)
ただ純粋に好きな人に喜んで欲しい、助けになりたい、支えてあげたいという気持ちだけが、この少女を支える芯のようなもの。
なのにその彼と会えなくなったことで、美琴の心は今にも折れそうだった。
「――こんなに辛いんだったら、恋なんてしなきゃ良かった……」
そう呟くだけで、胸がぎゅっと締め付けられるように感じてしまうのに、それでも上条を愛しく思う気持ちだけは失いたくないと思う。
携帯電話の待ち受けには、彼と写ったぎこちない表情の自分。ペア契約のとき、あの地下街で撮ったツーショット。
隣に写る上条当麻の恥ずかしげな表情が初々しくて、いつ見てもついつい頬が緩んでしまう。
「当麻ぁ……会いたいよう」
そう小声で呟くたびに、涙が頬を伝って落ちる。
これまで幾度となくたくさんの壁を乗り越えてきたけれど、この壁だけは今の自分の手に余る。越える方法はおろか、取っ掛かりさえもわからない。もがいてももがいても、その先には悲しい未来しか見えなかった。
この壁をなんとか乗り越えようと努力はしてきたはずだったのに、何が足りなかったのだろう。
課題も手伝った。料理だって振舞った。おかげでインデックスからも慕われるようにはなったけれど、それだって元は彼のためにと思ってしたことだ。
上条に好かれるためではない。彼の助けになりたいと思ったから。笑った顔を見たかったから。美味しいと言わせたかったから。
それでもたまに素直になりきれなくて、こんな自分の気持ちをわかって欲しくて、ついついビリビリとしてしまう事もあったけれど、何より彼を幸せにしたかったから。
そんなささやかな願いさえも崩れていくような感覚が、美琴の心を恐怖と絶望に苛んでいく。
「――とうまぁ……」
同室の後輩に聞こえぬよう、そっと涙と一緒に零した呟きは部屋の空気に溶けて消えていった。
「――とうま。今日は何でみことから隠れたのかな?」
晩御飯を食べながらインデックスが上条に聞いた。
「最近、みことがご飯作りに来てくれないし。もしかしてけんかでもしちゃったの? とうま……」
食事中にもかかわらず、心配そうな顔をする彼女に、上条はなんでもない、と言うように笑みを作る。
「ん? アイツだって忙しいんだろ? 今年は受験だからアイツだって大変なんだし」
「でもこの前来たときは、受験なんて別にどうってことないって言ってたんだよ?」
「じゃ、友達と遊ぶのに忙しいのさ」
「みことはとうまと遊ぶほうが楽しいって言ってたんだよ?」
インデックスの発言に、思わずどきりとした上条。
(俺と遊ぶほうが楽しい? それは……気兼ねの要らない友達だからってことか? それとも……)
「――勘違いに決まってる。そんなことありえない……」
「とうま? 何のこと? どういうこと?」
ついポロリと漏らしてしまった呟きに、インデックスが食らいつく。
「あ、いや、気にすんなって。ちょっと他事考えてただけだから……」
そう言っただけで、すうっと上条の表情が沈んでいく。
美琴がこの部屋へ来なくなってから、それなりに日にちが過ぎている。
ちょっと前まで上条の課題を手伝ったり、料理を作りに来たりとこの部屋へ出入りしていた彼女が、ぱったりと顔を見せなくなった頃から上条から元気がなくなった。
だから美琴が来なくなったことや、上条が彼女を避けるようになったことが、彼の悩みに関係あることはインデックスにもわかるのだ。
「とうま。やっぱり変なんだよ。本当にみこととけんかしてないの?」
「ああ、してないぞ。ほんと会ってないだけだからな」
「じゃ、どうして会ってないの? 今日だって急に隠れたりするんだもん……」
「……」
黙りこんでしまった上条の隣に、インデックスが座り直す。そして彼の右手を優しく自分の手で包み込んだ。
「――!?」
不意をつくような彼女の振る舞いに、びっくりする上条。そんな彼の狼狽に構わず、インデックスはじっと上条の顔を見上げて言った。
「ずっと辛そうな顔をしてるんだもん。とうまがそんなだと、私だって辛いんだよ」
「――っ」
いつのまにかテーブルの上に視線を落としていた上条は、インデックスの言葉に唇をかみ締めていた。
不甲斐ない自分のために、インデックスにまで心配をかけてしまったということに、なんだか自分自身が情けなく思えてしまう。
そんな上条にインデックスが放った言葉は、彼の予想を上回っていた。
「――とうまは、みことのことが好きなんだよね?」
「ちょっ! イ、イイ、インデックスさん? いきなりなんでせうか?」
「――答えて!」
いきなりのことではあったが、これ以上彼女に心配をかけまいと上条は虚勢を張ろうとして、
「はぁ。そんなことないぞ? アイツは……ただの友達だからな」
そう言い繕ってはみたものの、ズキリと胸に走った痛みに思わず顔を顰めたことまでは隠せない。
苦しそうな上条の表情を見つめたまま、インデックスがぽつりと呟いた。
「私、とうまの恋人が、みことならいいなって思うんだよ」
「え……ええっ!?」
突然の言葉に、上条の頭がフリーズする。
「みことだったら、とうまの力になってくれるもん。みことだったら、とうまを助けてくれるもん。みことなら、とうまを幸せにしてくれるってわかってるんだもん」
「インデックス、お前……」
「でも私だって、とうまの力になりたいんだよ! 一緒に居てくれる大切な人が悩んでるから、助けたいんだよ!」
じっと彼を見つめてくるインデックスの翡翠色の瞳に涙が浮かんでいた。
上条は彼女の涙に胸が締め付けられる。あの「初めて」出会った病室で、泣かせたくないと思った彼女にまた、心配をかけてしまった。
そんな後悔が上条の気持ちを素直にさせる。ただ彼女の言った「大切な」という言葉の本当の意味まではわかっていなかったけれど。
「ごめんな、インデックス。また心配かけちまったようで。――ああ、俺は御坂が好きだ。記憶をなくす前からアイツとは知り合いだったらしいけど、この気持ちに気づいたのは、つい最近なんだ」
上条の言葉にインデックスの顔が一瞬だけ暗く沈んだように変わったが、すぐに元の明るい表情へと戻る。だが彼がその変化に気づくことはなかった。
「ならどうしてとうまはみことに告白しないの? なんでみことと会わないの?」
「アイツ、好きな人がいるんだってさ。だから俺みたいなのが邪魔しちゃ悪いかなって思ってさ」
「でもとうまはみことが好きなんでしょ? みことが誰を好きでも、とうまがみことに会っちゃいけないなんて神様だって決めちゃいないもん!」
インデックスがなぜかむきになって上条に詰め寄っていた。なぜそれほどまでに彼女がむきになるのか、上条にはその理由がわからなかった。
それでも彼女なりに、一生懸命自分の助けになろうとしていることだけはわかっている。
そんな直向さがありがたい、と上条は思う。こんな不幸のどん底で、それほどまでに自分のことを心配してくれる彼女の気持ちが唯一の救いだと感じられていた。
「――お互いに好きじゃなきゃいけないなんて、誰が決めたの? 好きだったらいいじゃない! 会いたいのなら……素直に会うのが一番……なんだよ……」
「わかったわかったから、インデックス落ち着けって。――俺だって会いたくないわけじゃないんだ。たださ……どうしていいかわかんなくてな」
感極まったのか、目に涙を浮かべているインデックス。
そんな彼女の顔をやれやれとばかりにハンカチで拭ってやる上条だったが、そんな彼の顔が辛そうに歪む。
そこには普段の彼からは想像もつかないような、思い詰めた顔があった。
「――御坂が幸せになるんだったら、それを喜んでやりたいってわかってるんだけどさ。どうしたってそう思えないんだ。くやしくてさ。なんで俺じゃダメなんだって思っちまうんだよ……」
上条の目から、ぽろりと一粒、滴がこぼれる。
「不幸まみれの俺じゃ、どうしたって御坂を幸せになんて出来ないし、そもそもこの俺に幸せが来ることなんてありえねえことぐらい最初からわかってたはずなんだ」
「とうま……」
「こうやって会わなければ、すぐに忘れられるって思ったんだ。――でもな、会わないと決めたはずなのに、会いたくて会いたくて仕方がないんだよ。忘れるなんて無理だったんだ」
――未練たらたらで情けねえよな、と言いつつ涙を拭いている上条を、インデックスはそっと抱きしめた。
「とうまにそれほどまで思われてるみことは幸せ者だと思うんだよ」
「そう、なのかな……」
「――大丈夫。とうまにだっていつか必ず幸せはやって来るんだよ。なんならこの私がとうまを幸せにしてあげてもいいかも」
インデックスが――あはははと陽気に笑う。
それまでしょぼくれていた上条も、その笑顔につられるように――はははっと笑いを返していた。彼には久しぶりの笑いだった。
その笑顔がインデックスを安心させる。少なくとも上条は、少しずつ前を向こうとするかのように思えた。
「辛かったんだよね、とうま。でももう我慢しなくてもいいのかも。このシスター・インデックスが、とうまの辛さも涙もぜんぶ聞いてあげるんだよ」
「ありがとうな、インデックス。お前が一緒にいてくれてほんとに助かったよ」
インデックスの前でぐすぐすと鼻を鳴らす上条の姿を前に、彼女はなんとかもっと彼の助けになれないかと考えていた。
だが恋愛関係の悩みはインデックスとてわからない。なにしろ自分自身のそれですら解決できないまま、いつのまにか終わってしまった感さえあるのだから。
(ごめんね、とうま。今の私にはとうまの話を聞いてあげることしか出来ないんだよ。――でもみことって、とうまのことが好きなはずなのにどうしたのかな)
ふとインデックスの脳裏に、ひとりの人物の顔が浮かんできた。
それは上条にとっても自分にとっても、大変頼りになる人物のはずだった。
(――相談してみればいいのかも?)
なんとなく彼女には、それが上条の運命の歯車を動かすようなことになりそうな感じがしていた。
自分を運命の歯車から救い出してくれた上条のように、今度は彼女が上条を救い出す役割を果たせそうな気がしているのだ。
「明日はちょっとお出かけしてくるんだよ、とうま」
}}}
#back(hr,left,text=Back)
*風に負けない言葉の強さ ~Mutual_Love
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光陰は百代の過客なりと古の詩人は詠ったが、普段気にも留めなかった日常が簡単にひっくり返ってしまう時が来ようとは、この時上条当麻には思いもよらなかった。
気づかなければよかったと悔やんでみても、過ぎ去った日々は戻らない。
一端覧祭も過ぎたある初冬の放課後。珍しく暖かい小春日和の日差しに誘われて、いつもの公園のベンチに腰を下ろしていた上条の前に現れたのは、
「おっす! 元気してた?」
「上条さん、ごきげんようですの」
美琴と白井の二人連れだった。
「よう。二人とも今日は学校帰りか?」
「うん。これからちょっとそこまで、買い物にね」
「そうですの。今日は久しぶりのお姉さまとのデートですのよ?」
そう言いながら、美琴の腕にスリスリと顔を寄せ付ける白井。
「くーろーこー! 離しなさいってば! アンタはいつもいつもそうなんだからっ!」
鬱陶しそうな口ぶりながらも、後輩への笑顔を崩さない美琴。相変わらずな彼女らの遣り取りを目にした上条も、思わず笑みを零した。
「大体お姉さまがいけませんのよ。いつもいつも上条さんに構ってばかりで、この黒子を寂しがらせるんですもの」
からかうような白井の言葉に、美琴は急にうろたえだしたかと思うと、向こうの自販機へと駆け出して行く。
――ジュース買ってくるから、と言った彼女の顔はなぜだか赤く染まっていた。
そんな彼女の後姿を眺めていた上条がぽつり呟く。
「アイツも最近、かなり変わったよな……」
「どうかいたしましたの?」
上条が何気なく漏らした言葉に、白井が聞き返す。
「なんだかさ、女の子っぽくなったっていうか、あまりツンツンしなくなったっていうか……」
「――それは当然ですの。だってお姉さまは恋をしてらっしゃいますから」
「えっ!?」
白井が言った言葉に、なぜか上条はその身体を電撃で打ち抜かれたような衝撃を感じていた。
「恋をしたらどんな女の子だって変わりますわよ? それがどうかいたしまして?」
「――み、御坂が恋、ねえ……」
「そうですの。上条さんは相変わらずお気づきなさらぬようですけれど」
それは白井なりの美琴への援護射撃のつもりだった。
かといってそのまま素直に、美琴が上条に恋をしているなどと伝えるようなことはしない。彼女にだって女の意地ってものがある。
しかしこの時のわずかな遣り取りで生まれた齟齬が原因となって、彼らを翻弄することになろうとは思ってもみなかった。
「そっか。御坂が恋を……ね」
普通の男なら少しは気づきそうなものなのに、鈍感人間上条当麻は普通じゃない。彼には美琴の恋の相手が自分だとは思わなかった。
美琴が恋をしているという事実にショックを受けた自分に気付いて、上条の心に暗雲が立ち込める。
それまで気づかなかった『感情』が、自分の心に生まれつつあることに彼は苛立ちを感じているのだ。
その『感情』の黒さの理由に思い至った瞬間に、彼は心にぽっかりと大きな穴が空いたように感じて、思わずベンチから立ち上がっていた。
「そっか……」
上条はそう小さな呟きを漏らすと、ふいっと身を翻すように公園を後にしていた。
「か、上条さん?」
後に残された白井が、戸惑いを隠せぬまま声を掛けるが、彼は何も言わず向こうを向いたままにその場から逃げるように立ち去っていく。
ジュースを買って戻ってきた美琴が見たものは、誰もいないベンチと、公園の向こうを見つめたままに立ち尽くす白井の姿だけだった。
――その日から上条当麻の様子が変わった。
何かに悩むような思いつめた顔をして、教室でも黙ったまま座っている。授業中もどことなく上の空で、時折り切なげにため息をつくだけだ。
そんな上条の悩ましげな姿に乙女心を刺激される女子生徒も少なくはない。が、彼の周囲に漂う雰囲気が、まるで結界のように張り巡らされて誰も声を掛けられない。
土御門や青髪ピアスらとのいつものバカ騒ぎにも参加せず、友人たちの誘いも断って、毎日学校から自分の寮へと帰るだけの生活を続けていた。
ムードメーカーの上条が暗く沈んでいるおかげで、普段の活気ある教室の空気さえも変わってしまった。
デルタフォースのふたりによる様々な煽りや、姫神の気遣うような言葉さえも彼の耳には届かない。苛立つ吹寄の頭突きを受けても、彼は黙ったまま辛そうに顔を背けるだけ。
心配した担任の小萌先生が声をかけても、生返事が返ってくるだけで彼の様子にはなんの変化も見られなかった。
そんなことが続いていたある週末の放課後のこと。
上条はふらふらと思い詰めたような暗い表情をして、いつものように真っ直ぐ自分の寮へと帰っていた。
その日は補習もなく、まだ日暮れにも程遠い放課後の早い時間だから、今日のタイムセールにもまだ余裕があった。
かといっていつもの公園で暇を潰すと、かなりの高確率で彼女と出くわすことになるだろう。
別に会いたくないと言うわけではない。むしろこちらから会いたいくらいなのに、会えば胸が苦しくなってしまうから。
彼は迷った末に、今日も早めに家に帰ることにしたのだが、それでも早く帰ったら帰ったで、同居人からお出かけをせがまれる羽目になるのは、いつものこと。
「とうま。ちょっと買い物に連れてって欲しいんだよ」
インデックスからのお願いに付き合うことを承知して、セールまでの時間までという約束でショッピングセンターまで出かけることにした。
上条の前をインデックスが、とてとてと先にたって歩いていく。時々彼を待つかのように振り返ってはにこりと笑いかけ、そうしてまた前を向いていく。
以前ならそんなインデックスの姿を見るだけで気持ちが穏やかになっていたはずなのに、この「感情」を自覚してからというもの、「そちら」の方にばかり気をとられてしまって心穏やかになんていられない。
(俺はいつから御坂にこんな感情を抱くようになったんだろうな)
上条当麻はそう独りごちながら、放課後の繁華街をインデックスの後からふらふらと歩いていく。
(インデックスにはこんな感情、ないんだよなあ)
上条にとって、インデックスは確かに大切な存在であり、何よりも守るべき対象だ。彼にとってインデックスは宝物のようなもの。
ただその宝物は大切な「預かり物」だ。自分の手でどうこうすべきではないし、しようとも思わない。
(だけど御坂は違う。同じように大切にしたいって思うし守ってもやりたい。御坂美琴とその周りの世界を守るって約束、ずっと大事にしたいと思うんだよな)
なによりと思いながら、前を行くインデックスの後姿に、いつの間にか美琴の姿を重ねていた上条。
(俺は御坂の全てを自分のものにしたい。いつも傍にいて欲しいし、御坂の心も、身体も、視線だって笑顔だって、その涙だって自分だけのものにしたい)
恋は甘酸っぱいもの、なんて嘘っぱちだと彼は思う。
どろどろして、ぐるぐるして、苦しくて切ない。
これが初恋なのかどうかはわからないが、記憶にある限り初めての恋は、上条には辛いものだった。
とにかく美琴の顔を見るのが辛い。なぜなら自分の目の前にありながら、決して自分の手には入らないもの、としか彼には思えなかったから。
(――御坂に会いたい。でも今は……会いたくないな)
複雑な心境を胸の内で反芻していた上条だったが、そういう時に限ってなぜだかその人物を見つけてしまう。
放課後の学生たちで混雑する大通り、反対側の歩道を同じ常盤台の制服を着たツインテールのお嬢様、白井黒子と肩を並べて歩く美琴の姿を。
慌ててインデックスの手を引っ張ると、すぐ脇の路地へと身を隠した上条。
いきなりのことに暴れる彼女の口を、シッと塞ぐようにして静かにさせると彼は通りの向こうの様子をそっと物陰から窺う。
この先のショッピングセンターへ向かうのか、柔らかな笑顔で隣の白井に語りかける美琴の姿を、上条は静かに見守っていた。
「常盤台のお嬢様、か……」
彼女らが通り過ぎるだけで、道を行く学生たちにはその制服から高位能力者にして、生粋のお嬢様だとわかってしまう。
まして二百三十万人の頂点たる『LEVEL5(超能力者)』第三位、『超電磁砲』という通り名を持つ彼女の容姿は、すれ違う人々を振り向かせるほどのもの。
上条はそんな美琴に恋をしたことに気づいてしまった。それはもう忘れようにも忘れられないほどの恋であることが、今の彼には最高の幸福にして最大の不幸なのだ。
(そもそも超能力者のお嬢様が、俺みたいな無能力者と恋をするなんて展開、どこの世界の小説だよ)
そんな誰もが憧れるお姫様が、友達としてのお付合いならともかく、自分のような冴えない男と恋をするなんてことはありえない、としか上条には思えなかった。
知り合った頃から一年ちょっとの月日が過ぎる頃には、子供っぽいと思っていた彼女もいつのまにか大人への階段を登っていた。
その遠目に見える魅力的な姿に、上条の心が大きく揺さぶられる。
気を許した人に向ける無邪気な笑顔。困っている人に向ける親切心溢れた優しげな笑み。
課題を手伝ってくれた時。中学生に勉強を教えてもらう高校生なんてそうはいないだろうけど、向こうはエリートで名高い常盤台中学生だ。
料理を振舞ってくれた時。一人暮らし歴云年の自分より料理が上手いなんて、ちょっとショックだけれど彼女の手料理はとても美味しかった。
もちろん時にはけんかだってするし、一方的に電撃を放たれることだって最近はかなり減ったものの、それだって退屈はしない。
何でもないようなことで機嫌を損ね、慌てて土下座したことも度々だし、急に顔を真っ赤にして漏電したり、時には気を失ったりすることだってある。
いつも美琴に振り回される上条には、何がなんだかわからないことだらけなのだが、それでもいつのまにか一緒に過ごしたいと思うようになっていた。
(そう言えば俺って御坂のこと、ちゃんと考えたこと無かったのかもしれないな)
何の気兼ねも要らず、別にお嬢様だからといって気取ったりもしない。
一生懸命な努力家で、大人びた部分もあれば、結構な可愛い物好きだという子供じみた部分もある。
情に篤くて思い遣りがあって、勝気で負けず嫌いなくせに実は泣き虫だったりとか、強さの陰にある弱さと儚ささえも知ってしまった。
面倒見の良さや、やたら世話を焼きたがる所なぞ、どこにでもいる普通の優しく可愛い女の子と変わりない。
いやむしろ普通の女の子だと思っていたからこそ、彼はこれまで気楽に付き合っていられたのに。
いつも変わらずそこにあると思っていたものが、いつのまにか自分の手から、すり抜けるように零れ落ちていたことに気がつかなかった。
それに気がついたのは、全てが終わったその後のこと。覆水盆に帰らず。こぼれたミルクを見て泣くことしか出来ない自分が、無性に腹立たしかった
もっと早く彼女のことに気がついていたら、こんな辛い思いをせずに済んだのかも知れないと思うと、だんだんと視界が滲んでいくのがわかる。
ロシアから戻った夜、自分の左手をつかんで、じっと見つめてきた瞳の凛々しさ。
ベツレヘムの星の上で、必死になって自分の方へ手を伸ばしている時の思い詰めたような顔。
第二十二学区でのあの言葉。地下街で撮ったペア契約のツーショット。大覇星祭。残骸事件。夏休みの恋人ごっこ。
何より忘れるわけにいかないのはあの夏の出来事だ。アステカの魔術師との約束と、「妹達(シスターズ)」。
あの時はなんのてらいもなく素直に言葉が出た。思いが出た。身体が動いていた。
記憶破壊でも失われなかったこの気持ちだけは、ずっと心の中に残っていたのかもしれない。
(――御坂の笑顔を守りたいって思いだけは、残ってたんだ)
柔らかな表情の美琴を思いながら、上条はどこか寂しい気持ちを抱えたまま彼女らの後姿をじっと見つめたまま立ち尽くしていた。
最近は会うことも無くなった、と言うよりは、会うことが辛くなってからは、会わないように彼女を避けてきたから。
会わなければ辛い思いをすることもないと思っては見たものの、それ以上に切なさや苦しさが増えた。彼女の顔を見ない日は、普段以上に暗く寂しい気持ちで胸が塞がれてしまうのだ。
(そのうちアイツの隣には、俺の知らない男が寄り添うんだろうな)
そう考えただけで、心臓がぎゅっと何かにつかまれたように苦しくなった。身体の奥底からどす黒い感情が湧いて出て、上条の心を闇に染めていく。
知らない男とキスをする美琴。彼女はやがてその男と結ばれて……。
(アイツが幸せなら、喜んで応援してやるのが男ってヤツなんだろうけど……)
忘れようとも忘れられない彼女の姿を思うだけで、彼の心にはぽっかりと穴が空いたような虚しさしか残らなかった。
(俺はいったいどうすりゃ良いんだよ……)
友達で十分だと思いこもうとしてたのに、今もその先を求めてしまう自分のことが許せなかった。
何度も何度もあきらめようとしているのに、あきらめきれない自分の甘さが許せなかった。
「――俺にそんな幸せなんて来るわけ無いんだからさ……」
ぼそりと呟いた言葉がブーメランのように戻ってきて、上条の心をぐさりと抉る。その痛みに顔をしかめるかのように、彼の顔が苦痛に歪む。
はぁっと大きく息を吐き、辛そうな顔をする上条の顔を、インデックスはいつしか何も言わず、傍らでじっと見ていただけだった。
「――なんで会えないのよ……」
その夜、御坂美琴は自室のベッドで携帯電話を握り締めながら呟いた。
いつもの公園に行くと、毎日のように顔を会わせてたアイツが、なぜかあの時からぱったりと顔を見なくなってしまった。
ジュースを買って戻ってみれば、アイツは姿を消して、後に残った黒子も変な顔をしてた。聞けばアイツはふらりといきなり立ち去ってしまったそうだ。
それでこちらから遊ぼうとメールを送ってみれば、忙しいからとやんわり断られ、どこにいるの? と聞いても学校だとか、友人と遊んでるからとかではぐらかされる。
課題は? と聞くと必要ないと素っ気なくされ、ご飯作りに行こうか? と聞けば大丈夫という返事。電話をしてもまた後でかけ直すと言われそのまま放置状態だし、電話に出ない事だって度々だ。
完全下校時刻を過ぎても会えず、夜遅くまで寂しく公園のベンチで佇むことだってあった。
もしかしてまた「外」にと思い、出かけて行って道から見た上条の部屋には明々と電気が点いていた。
とはいえ中まで押しかける勇気なぞあるはずも無く、アイツが無事ならそれでいいやとばかり、会いたいと思う自分の気持ちを押し殺したままで、結局はすごすごと引き上げてきた。
美琴は落ち込んだ気持ちのまま悶々とした日々を過ごしていたが、それももう限界が近かった。
こんな思い詰めたような恋なんて、アイツにだって重いだろうな、と思う。もちろん彼の重荷にはなりたくない。
それでも上条のいない世界を思っただけで、美琴の胸は張り裂けそうになる。もしかして嫌われたんじゃないかと思う不安な気持ちが止められない。
時おり街中で見かけるふたりの姿を思い出してしまうと、美琴の気持ちは底なし沼のような闇の中へずぶずぶと沈んでいくのだ。
いつか見たインデックスに向ける上条の優しい微笑。見守るような慈愛に満ちた視線。その瞳の先には、いつだって彼にとって特別なはずのあの子がいて。
彼女を見つめる上条の瞳は、自分に向けられることは無いのだと思ってしまったから。自分が割り込む余地さえない絆がそこに見えたような気がしたから。
そうしていつか、彼はインデックスと共にこの街から、自分の世界から消えてしまうような気がしてしまったから。
(初恋が甘酸っぱいものなんて言ったのは誰よ)
最初はそうだとわからなかった。それでもいつしか彼女の心の中で、彼の存在感が大きくなっていくことに、不安と戸惑い、切なさと恥ずかしさのような感情を覚えていた。
そうしたある日、その「莫大な感情」が自分の中にあることを自覚して以来、美琴の心は全て上条当麻一色に塗りつぶされてしまっていた。
(こんなの不安で切なくて苦しいだけじゃない)
ただ純粋に好きな人に喜んで欲しい、助けになりたい、支えてあげたいという気持ちだけが、この少女を支える芯のようなもの。
なのにその彼と会えなくなったことで、美琴の心は今にも折れそうだった。
「――こんなに辛いんだったら、恋なんてしなきゃ良かった……」
そう呟くだけで、胸がぎゅっと締め付けられるように感じてしまうのに、それでも上条を愛しく思う気持ちだけは失いたくないと思う。
携帯電話の待ち受けには、彼と写ったぎこちない表情の自分。ペア契約のとき、あの地下街で撮ったツーショット。
隣に写る上条当麻の恥ずかしげな表情が初々しくて、いつ見てもついつい頬が緩んでしまう。
「当麻ぁ……会いたいよう」
そう小声で呟くたびに、涙が頬を伝って落ちる。
これまで幾度となくたくさんの壁を乗り越えてきたけれど、この壁だけは今の自分の手に余る。越える方法はおろか、取っ掛かりさえもわからない。もがいてももがいても、その先には悲しい未来しか見えなかった。
この壁をなんとか乗り越えようと努力はしてきたはずだったのに、何が足りなかったのだろう。
課題も手伝った。料理だって振舞った。おかげでインデックスからも慕われるようにはなったけれど、それだって元は彼のためにと思ってしたことだ。
上条に好かれるためではない。彼の助けになりたいと思ったから。笑った顔を見たかったから。美味しいと言わせたかったから。
それでもたまに素直になりきれなくて、こんな自分の気持ちをわかって欲しくて、ついついビリビリとしてしまう事もあったけれど、何より彼を幸せにしたかったから。
そんなささやかな願いさえも崩れていくような感覚が、美琴の心を恐怖と絶望に苛んでいく。
「――とうまぁ……」
同室の後輩に聞こえぬよう、そっと涙と一緒に零した呟きは部屋の空気に溶けて消えていった。
「――とうま。今日は何でみことから隠れたのかな?」
晩御飯を食べながらインデックスが上条に聞いた。
「最近、みことがご飯作りに来てくれないし。もしかしてけんかでもしちゃったの? とうま……」
食事中にもかかわらず、心配そうな顔をする彼女に、上条はなんでもない、と言うように笑みを作る。
「ん? アイツだって忙しいんだろ? 今年は受験だからアイツだって大変なんだし」
「でもこの前来たときは、受験なんて別にどうってことないって言ってたんだよ?」
「じゃ、友達と遊ぶのに忙しいのさ」
「みことはとうまと遊ぶほうが楽しいって言ってたんだよ?」
インデックスの発言に、思わずどきりとした上条。
(俺と遊ぶほうが楽しい? それは……気兼ねの要らない友達だからってことか? それとも……)
「――勘違いに決まってる。そんなことありえない……」
「とうま? 何のこと? どういうこと?」
ついポロリと漏らしてしまった呟きに、インデックスが食らいつく。
「あ、いや、気にすんなって。ちょっと他事考えてただけだから……」
そう言っただけで、すうっと上条の表情が沈んでいく。
美琴がこの部屋へ来なくなってから、それなりに日にちが過ぎている。
ちょっと前まで上条の課題を手伝ったり、料理を作りに来たりとこの部屋へ出入りしていた彼女が、ぱったりと顔を見せなくなった頃から上条から元気がなくなった。
だから美琴が来なくなったことや、上条が彼女を避けるようになったことが、彼の悩みに関係あることはインデックスにもわかるのだ。
「とうま。やっぱり変なんだよ。本当にみこととけんかしてないの?」
「ああ、してないぞ。ほんと会ってないだけだからな」
「じゃ、どうして会ってないの? 今日だって急に隠れたりするんだもん……」
「……」
黙りこんでしまった上条の隣に、インデックスが座り直す。そして彼の右手を優しく自分の手で包み込んだ。
「――!?」
不意をつくような彼女の振る舞いに、びっくりする上条。そんな彼の狼狽に構わず、インデックスはじっと上条の顔を見上げて言った。
「ずっと辛そうな顔をしてるんだもん。とうまがそんなだと、私だって辛いんだよ」
「――っ」
いつのまにかテーブルの上に視線を落としていた上条は、インデックスの言葉に唇をかみ締めていた。
不甲斐ない自分のために、インデックスにまで心配をかけてしまったということに、なんだか自分自身が情けなく思えてしまう。
そんな上条にインデックスが放った言葉は、彼の予想を上回っていた。
「――とうまは、みことのことが好きなんだよね?」
「ちょっ! イ、イイ、インデックスさん? いきなりなんでせうか?」
「――答えて!」
いきなりのことではあったが、これ以上彼女に心配をかけまいと上条は虚勢を張ろうとして、
「はぁ。そんなことないぞ? アイツは……ただの友達だからな」
そう言い繕ってはみたものの、ズキリと胸に走った痛みに思わず顔を顰めたことまでは隠せない。
苦しそうな上条の表情を見つめたまま、インデックスがぽつりと呟いた。
「私、とうまの恋人が、みことならいいなって思うんだよ」
「え……ええっ!?」
突然の言葉に、上条の頭がフリーズする。
「みことだったら、とうまの力になってくれるもん。みことだったら、とうまを助けてくれるもん。みことなら、とうまを幸せにしてくれるってわかってるんだもん」
「インデックス、お前……」
「でも私だって、とうまの力になりたいんだよ! 一緒に居てくれる大切な人が悩んでるから、助けたいんだよ!」
じっと彼を見つめてくるインデックスの翡翠色の瞳に涙が浮かんでいた。
上条は彼女の涙に胸が締め付けられる。あの「初めて」出会った病室で、泣かせたくないと思った彼女にまた、心配をかけてしまった。
そんな後悔が上条の気持ちを素直にさせる。ただ彼女の言った「大切な」という言葉の本当の意味まではわかっていなかったけれど。
「ごめんな、インデックス。また心配かけちまったようで。――ああ、俺は御坂が好きだ。記憶をなくす前からアイツとは知り合いだったらしいけど、この気持ちに気づいたのは、つい最近なんだ」
上条の言葉にインデックスの顔が一瞬だけ暗く沈んだように変わったが、すぐに元の明るい表情へと戻る。だが彼がその変化に気づくことはなかった。
「ならどうしてとうまはみことに告白しないの? なんでみことと会わないの?」
「アイツ、好きな人がいるんだってさ。だから俺みたいなのが邪魔しちゃ悪いかなって思ってさ」
「でもとうまはみことが好きなんでしょ? みことが誰を好きでも、とうまがみことに会っちゃいけないなんて神様だって決めちゃいないもん!」
インデックスがなぜかむきになって上条に詰め寄っていた。なぜそれほどまでに彼女がむきになるのか、上条にはその理由がわからなかった。
それでも彼女なりに、一生懸命自分の助けになろうとしていることだけはわかっている。
そんな直向さがありがたい、と上条は思う。こんな不幸のどん底で、それほどまでに自分のことを心配してくれる彼女の気持ちが唯一の救いだと感じられていた。
「――お互いに好きじゃなきゃいけないなんて、誰が決めたの? 好きだったらいいじゃない! 会いたいのなら……素直に会うのが一番……なんだよ……」
「わかったわかったから、インデックス落ち着けって。――俺だって会いたくないわけじゃないんだ。たださ……どうしていいかわかんなくてな」
感極まったのか、目に涙を浮かべているインデックス。
そんな彼女の顔をやれやれとばかりにハンカチで拭ってやる上条だったが、そんな彼の顔が辛そうに歪む。
そこには普段の彼からは想像もつかないような、思い詰めた顔があった。
「――御坂が幸せになるんだったら、それを喜んでやりたいってわかってるんだけどさ。どうしたってそう思えないんだ。くやしくてさ。なんで俺じゃダメなんだって思っちまうんだよ……」
上条の目から、ぽろりと一粒、滴がこぼれる。
「不幸まみれの俺じゃ、どうしたって御坂を幸せになんて出来ないし、そもそもこの俺に幸せが来ることなんてありえねえことぐらい最初からわかってたはずなんだ」
「とうま……」
「こうやって会わなければ、すぐに忘れられるって思ったんだ。――でもな、会わないと決めたはずなのに、会いたくて会いたくて仕方がないんだよ。忘れるなんて無理だったんだ」
――未練たらたらで情けねえよな、と言いつつ涙を拭いている上条を、インデックスはそっと抱きしめた。
「とうまにそれほどまで思われてるみことは幸せ者だと思うんだよ」
「そう、なのかな……」
「――大丈夫。とうまにだっていつか必ず幸せはやって来るんだよ。なんならこの私がとうまを幸せにしてあげてもいいかも」
インデックスが――あはははと陽気に笑う。
それまでしょぼくれていた上条も、その笑顔につられるように――はははっと笑いを返していた。彼には久しぶりの笑いだった。
その笑顔がインデックスを安心させる。少なくとも上条は、少しずつ前を向こうとするかのように思えた。
「辛かったんだよね、とうま。でももう我慢しなくてもいいのかも。このシスター・インデックスが、とうまの辛さも涙もぜんぶ聞いてあげるんだよ」
「ありがとうな、インデックス。お前が一緒にいてくれてほんとに助かったよ」
インデックスの前でぐすぐすと鼻を鳴らす上条の姿を前に、彼女はなんとかもっと彼の助けになれないかと考えていた。
だが恋愛関係の悩みはインデックスとてわからない。なにしろ自分自身のそれですら解決できないまま、いつのまにか終わってしまった感さえあるのだから。
(ごめんね、とうま。今の私にはとうまの話を聞いてあげることしか出来ないんだよ。――でもみことって、とうまのことが好きなはずなのにどうしたのかな)
ふとインデックスの脳裏に、ひとりの人物の顔が浮かんできた。
それは上条にとっても自分にとっても、大変頼りになる人物のはずだった。
(――相談してみればいいのかも?)
なんとなく彼女には、それが上条の運命の歯車を動かすようなことになりそうな感じがしていた。
自分を運命の歯車から救い出してくれた上条のように、今度は彼女が上条を救い出す役割を果たせそうな気がしているのだ。
「明日はちょっとお出かけしてくるんだよ、とうま」
}}}
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