盗み聞き
――とあるファミレスにて
現在御坂美琴は目の前の二人の少女、初春飾利と佐天涙子による激しい質問攻撃の前にノックアウト寸前であった。
と言うのもその内容が彼女にとって最大の弱点である上条当麻について。
初春のノートPCに映る大覇星祭での事やロシアでの事(どうせ御坂さんの事ですから~の一言で済んだ)を肴に「佐天さん見てくださいよ、御坂さんのこの乙女な顔!」やら「惚れた男のためには戦争もなんのその! くうーやけちゃうな私!」
などとキャーキャー騒いでるあたり質問というのは建前で美琴の反応を楽しんでいるようだ。バレバレなわけだし。
実際美琴は顔を真っ赤にして俯いて「あう」とか言うしか出来ないわけであり、そんな様子を見て「わかってます、全部分かってますから」と二人は妙にいい笑顔で美琴を見つめていた。
「それで最近どうなんですか?」
「……何が?」
「やだなー御坂さん今更とぼけないでくださいよ。上条さんの事ですよ」
「別に何も無いわよ」
そう、実際なにもなかった。
戦争終結後すぐに上条はイギリスに発ってしまったし、美琴もいつまでも学園都市に居ないのはまずいと思い二人は大した言葉もかわさずにそのまま別れた。
先日届いたメールによればもう学園都市に帰っているらしいのだが――
「電話で、その、今日会えないかなって聞いんだけどさ……」
「おお! ついに告白するんですか!」
「ほほほんとですか! 大丈夫です、御坂さんなら絶対うまく行きますから!」
ずずいっと身を乗り出す二人に引いた美琴だが一息置いて溜息をつく。
「そしたらアイツ、今日は黒子と約束があるからダメだって」
「白井さん、と?」
イラッシャイマセー ニメイサマデショウカー
ハイデスノ
ソレデハゴアンナイイタシマスー
その特徴的な声と喋り方に三人が声の方を見ると、噂の人物上条と白井の二人が店員に案内され三人が居る席の隣に案内された。
どうやら上条と白井の二人はこちらには気づいていないようだ。
上条と白井が二人で居ることに美琴は若干不機嫌になる。
白井が美琴一筋である事は美琴も(不本意ながら)分かってはいるが、それでも上条が相手では何があるか分からない。
実際美琴のことがなければ白井は上条に悪い印象がない、どころか命を救われたこともあるので良く思っている。
その事を美琴も知っているので今の状況を見ればヤキモキするのも仕方ないのだが、二人の会話を聞きそれが杞憂であることが分かった。
「白井、それで話ってなんだ?」
「せっかちな殿方は嫌われますわよ? ま、いいでしょう。お話と言うのは他でもありません、お姉様の事についてです」
その言葉に美琴は息を飲む。
上条が自分をどう思っているか分かるかもしれない。
悪いことだとは思いつつも聞こえちゃうものは仕方ないわよねと美琴は聞き耳を立て、初春は盗み聞きなんてダメですよーと小声でいいつつも佐天と一緒にニヤニヤと美琴を見ていた。
「御坂の事? そんな漠然と聞かれてもなぁ……」
「わたくし知ってますのよ。数日前お姉様とあなたがロシアで何をしていたのか」
「いや、別にロシアではなにも……」
そこまで言って上条はしまった、と思った。
白井は仮にも風紀委員であり、その正義感は上条も知るところである。
だからこそ自分はともかく彼女が敬愛する美琴が学園都市の外にいた事を知られるのは不味い。
「やはり、お二人とも『外』に出ておられたんですね」
お姉様、そこまでこの殿方の事を……と言う白井のつぶやきは幸いにも上条には聞こえなかった。
「い、いや出てたのは俺だけで……」
「しらばっくれなくても良いですの。それにわたくしはその事についてとやかく言うつもりはありませんの」
上条は拍子抜けした。あの時の事をお姉様一筋のこの少女がどこかから調べ上げ自分を問い詰めてくることはある程度覚悟していたからだ。
では、と思う。いったい何を聞くというのだろうか。
「お姉様の事をどう思っているか、ですの」
「御坂をどう思っているか? 前にも言ったと思うけど、俺は御坂とその周りの……」
「ええ、それは分かってますの。お姉様も無事帰ってこられましたのできっとその約束を守っていただけたのでしょう。
ですが今聞きたいのはそういった言葉ではなく、あなたが今お姉様に抱いてる感情、その全てを教えていただきたいんですの」
「は? なんでそんな事を」
「い・い・か・ら! あなたは黙って喋りやがればいいんですの!」
「は、はひ!」
白井の迫力に押されて了承してしまった上条はしぶしぶ語りだす。
「俺の思ってるの御坂ねぇ。そうだな、まずは」
「まずは?」
「がさつ」
「なるほど、がさ……は?」
「短パン履いてるとは言え男の前で回し蹴りするしな。それと俺に会うたびにビリビリしてくる乱暴者で」
「あ、あの、上条さん? わたくしはそう言うことではなく……」
「何にでもすぐに首を突っ込もうとするおせっかいだし、それと……」
「……」
ぽかーんと口を開けたままの白井を尻目に上条の美琴への不満がこれでもか!これでもか! と吐き出され続けた。
普段から不幸に見舞われていた彼だが、それでも美琴関連のストレスはかなりの物であるようだ。
「……とまあ色々とあるわけなんだけど」
バン!!! とテーブルを叩く音に何事かと上条と白井が音の方を見る、そこには全身をブルブルと震わせる美琴の姿があった。
どうやら先程上条が垂れ流した不平不満を全て聞いていたようだ。
「お、お姉様。なぜここに……」
美琴と同様に、違う意味で白井は体を震わせた。
そして上条はと言うと
(こ、殺される……!)
美琴が怒りで身を震わせていると思った上条は無駄だと思いつつも瞬時に土下座の体勢に移行しようとしたが
「……え?」
美琴の頬を流れる涙に気づいてしまった。
「佐天さん初春さん、私先に帰るね」
「み、御坂さん、あの……」
「お金ここに置いとくから、それじゃ」
搾り出すようにそれだけ告げると、周りの目も気にせずに美琴は走って店を出て行った。
上条は呆然とその様子を見ていたが、はっとして立ち上がる。
「白井、悪いけど俺あいつを追いかけるから!」
「え? ……あ」
それだけ言って上条は美琴を追いかけていった。
残された三人はただただ呆然と見送る事しか出来なかった。
―――――
今美琴の心は真っ黒に染まっていた。上条が自分をどう思っていたか、それを知ってしまった事で。
一つ一つの不満は可愛い物もあったが、あれだけの物を溜め込んでいたということはつまり――
「はは、私嫌われてたんだ」
無理もない、と美琴は思う。思い当たる節はあり過ぎるほどにある。
それを自覚してしまったことで美琴の心はさらに深く暗くなっていく。
上条に嫌われていたという事実は彼女にとっては重すぎるほどに重かった。
「誰が、嫌いだって言ったんだよ」
ビクッ、と美琴が驚いて声のした方を見るとそこには彼女が一番会いたくて、でも一番会いたくない少年が立っていた。
「な、なんで……」
「なんでって、お前が勘違いしてそうだったから追いかけてきたんだよ」
「か、勘違いって、あれだけ言われたら勘違いしようがないじゃない!」
そういった美琴を見て上条は不幸だと溜息をつく。
確かに美琴の言っていることは間違いではない。
あれだけ不平不満を言われたら誰だって嫌われていると思うのも無理はない。それが「思っていることの全て」ならばだが。
「確かに、お前には色々とまあ、あるけどさ。それ以上にお前には色々感謝してるんだぜ?」
「……え?」
「悪く言ったのは謝るよ。でもあれだけが俺の気持ちだって思わないでくれよ」
「あれだけじゃ無いって、じゃあ、私の事どう思ってるの……?」
「んーそうだな、困ってる奴を見るとほっとけない奴かな」
「……他には?」
「努力家だし、他人のために命をかけられる、ってこれはなるべく自重して欲しいけどな」
「アンタが言うな」
「はは、確かに俺が言えた義理じゃねーけどな。後はそうだな、意外と優しいところかな?
わざわざロシアまで来た時はさ、こんな危険な所に何しに来たんだって最初は思ったけど、助けに来てくれたのを知ったときはあれでも結構嬉しかったんだぜ?」
それはアンタだから、と喉まで出かかった声を美琴は何とか飲み込んだ。
「じゃ、じゃあ……アンタは私のことが嫌いじゃ、ないの?」
「だからさっきも言っただろうが、お前のことは嫌いじゃねーよ。嫌いなわけねーだろうが」
そう言うと少し照れくさそうな顔で上条は頭をガリガリとかき、美琴から目線を逸らす。
美琴の心は上条の言葉を聞いただけで先程まで暗く沈んでいたのが嘘のように明るくなった。
が、おかげで張り詰めていた緊張の糸が切れてしまい
「ふ、ふえええええぇぇぇん」
「え、ちょ! 御坂さん!?」
「わた、あんた、きらわれ、おもって、ふええええぇぇぇん」
目の前でいきなり女の子に泣き出されて上条は混乱してしまった。
さっきまでの重い雰囲気では無いことは上条にもわかるのだが、それが逆にどうしていいか分からないのだ。
混乱気味の頭でそういえばこの間土御門が弱った女の子は優しく抱きしめればイチコロぜよ☆とか言ってたなーとか思いながら
「……ふえ?」
気がついたら上条は美琴を抱きしめていた。
「ええええええとあのですね、これは変な意味は無くてですね? ただあなた様が泣き止まないようなのでそんな時は紳士としてこうするのが良いと各方面から聞き及んでいまして決して如何わしい理由ではなくてですね?」
「……」
「だから後で謝るから今は大人しくして欲しいといいますか……」
「……」
「あの、御坂さん?」
「ふにゃー」
「え? お、おい御坂、戻って来い! このまま気絶しないで! おーい御坂ー戻ってきてくれえええぇぇ!」
結局上条は心配して捜しに来た白井達に発見されるまで、往来で気絶した中学生を抱きしめるという暴挙を続けさせられた。
合掌