タイトルがないンだよ
1
上条当麻は家で一人ポケーとしていた。
無事、高校二年生に進級できることになった上条はただ流れていくように春休みをノホホンと過ごしていた。子供はこういう温かい日には外に遊びに行くみたいが上条はもうそこそこいい大人だ。鬼ごっこでキャーキャー外を騒がせる役目は後の世代に引き継がせる事にする。
みたい、と言うのは上条が記憶喪失で子供のころの記憶を失っているためである。その辺の常識が上条には体験ではなく知識としてしかない。故に『みたい』。
しかし記憶喪失と言っても、新しい上条当麻として第二の人生をスタートしてからそこそこの月日が経っており、この生活にも完全に慣れた。
そしてポカポカ温かい今日は劇的な戦いの中に身を置く(それでも普通の高校生と自称する)上条には一時の休息になっていた。右手に紅茶、左手に本(漫画)を添え、優雅な休日を過ごしている。
「あーこういう時間を幸せと言うのかねぇ」
多分このあと何かあるんだろうなー、ともはや諦めの色が含まれる声はとりあえず今は優しい太陽の光に包まれる。手にある漫画は上条には似合わず恋愛系統のものだ。上条が好きな漫画はバトル物か推理物なのだが心情の変化から、なけなしのお金でこのシリーズを大人買いした。
今その漫画『昼ドラ!』はかなりいい所で、三人の男女がドロドロしてきたところだ。これがなかなか面白い。源氏物語よろしく朝起きてすぐ読み、夜遅くまで読み続け寝る。この生活リズムがここ一週間ほど続いていた。そのせいですごく眠い。
(ふわー……ねみぃ……。てかこの主人公マジへタれだなぁー。見ててたまにイラつくぞ)
そんな人のことを言えない上条が目を擦っているとピンポーン、とチャイムが鳴った。
誰かが来たらしい。
正直今は漫画が大詰めだし、このタイミングで自分を訪ねてくるなんてどう考えても不幸をプレゼントするタイプのサンタだろう、と上条は何となく予想する。まぁとりあえず、いきなりドアが吹っ飛ばされて気付いたら一万メートル上空でした~という感じの不幸ではなさそうなのでそこだけはホッとする。「ほいほい、今開けますよー」と上条は開いているページをそのまま床に置き玄関に向かった。
ドアを開けると、私服姿の御坂美琴が顔を赤らめ立っていた。
御坂美琴、と言えば学園都市に住んでいる者なら一度は耳にした事があるだろう。超能力が科学的に解明された学園都市の中で第三位の能力者、超電磁砲と呼ばれている少女の名だ。彼女は努力家として生徒の規範にされており、正体不明の第一位や第二位より有名人であり普通の授業などでもよく成功例として名前が挙げられる。
(……って、考えてみるとコイツってなかなかすごい奴なんだよなー。何の用だろ?てか様子が変だな……)
よく分からないがモジモジしている美琴はドアを開けたのに入ろうとも、それどころか挨拶しようともしない。
ドアを開けてから一分くらい経過しようとするのに何もしようとしない美琴を不思議に思い、痺れを切らした上条は頭を掻いた。
「ひ、久しぶりだなー御坂。な、なんか用?」
その問いに美琴はようやく口を開いた。
「………………う、うん……あ、あのね……?ちょっと大事な話があるの……お、落ち着いて聞いてね?」
何となく美琴の歯切れの悪いしゃべり方に上条は嫌な予感がした。ほらーっ!やっぱり不幸になるんだーっ!!と内心叫ぶ。
今回はなんだろう。シスターズ絡みだろうか。にしたって顔を赤らめるような事ではない。風でも引いたのだろうか。
確か美琴の同居人は変態さんだから寝込みを襲われるのを避けるため『し、仕方ないからアンタに看病させてあげるわよ!!』とか言ってきたりするのかもしれない。
(……うーん。こりゃもう今日は漫画読めそうにねーな。……だーっ!めちゃくちゃいいとこだったのにっ!)
とか何とか上条が憂鬱に考えていると、美琴の顔の赤みはそのまま毛穴から血でも噴出しそうな程になっていた。
そして美琴は俯きながらお腹を押さえ、言う。
「……………………………わ、私、妊娠しちゃった……………………………………………………」
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。
「はい?」
上条がポカンとしていると美琴は上条の胸に飛びつき、聞こえないくらいの声でこう呟いた。
赤ちゃんできちゃった、と。
2
少し前のこと。
「うげぇぇぇー……き”も”ち”わ”る”い”……」
御坂美琴がベッドの中で苦しんでいた。
同居人である白井黒子からすればそれは自分が死ぬことより大変な事なのだが今回は少々事情が違った。確かに心配はしているのだが心の中ではまた始まったよ勘弁してくれー、とちょっとうんざりしている。
……と、言う感情は態度に出さない。それが白井黒子の嗜みである。
「大丈夫ですか、お姉様?ワタクシに何か出来る事はありません?」
「……うぇぇぇぇ……じゃあ、いつもの飴とアイス買って来てー……」
美琴がベッドの上を這い蹲るように手を伸ばしてくる。今の美琴に少女らしさとか淑女らしさは全くない。
この二週間、美琴は朝目が覚めれば『き”も”ち”わ”る”い”ー』の第一声。夜寝る時も『き”も”ち”わ”る”い”ー』と呻き、気付いたら悪夢でも見るような顔で寝ている。
白井も最初は力の限り看病していたのだが美琴は『き”も”ち”わ”る”い”』の一点張りで全く進展なし。しかも人寂しく構って欲しいのか『私、このまま死んじゃうのかな……』とからしくもない弱音を吐き始め、それでいざ『大丈夫ですの?苦しくはないでしょうか?原因にここの辺りはありません?』と優しく聞くと『でも気持ち悪いだけなのよねうげー……』と自分の健気な言葉を一言で一掃するのだから余計にタチが悪かった。
加えて美琴は寮の食堂にも顔を出していない。と言うかこの二週間全く外に出ていない。好都合なことに常盤台は春休みが3月15日から4月15日までとかなり長めに休み(常盤台中学の一年は大学レベルの授業内容や厳しい校則など大変な学校生活なので、よく耐えましたハイこれご褒美と言う学校側からの配慮である)があるので、美琴は体を回復させることに専念できるのだが、『好都合』と言うのは周りから言った意見であって当の美琴は貴重な春休みを潰されそのせいあって余計に不機嫌そうだ。
学校側も1人しかいない(心理掌握は今年卒業した)レベル5が体調不良というのはよろしくないので何かと手を尽くしたが美琴の体は全く回復せず今に至る。
今の美琴は白井が買ってくるアイスとか飴とか不健康そうなオヤツで生きている身。そんな生活をしてたらお姉様の体がお菓子100%になってしまうのではっ!?と危惧して白井は食堂から美琴の分のご飯を持ってきたりもしたが全く興味なし。それどころか『変な匂いするから下げて!!』とか何故か切れられる始末。常盤台の最高級料理を変な匂いと切り捨てたら一体どこで食っていけばいいのだろう?と思ったりもしたが、本当に嫌がっていたみたいなのでそれ以降食堂から料理を持っていくのはやめた。
はぁー、と白井はわざとらしくため息をする。
「またですの?いい加減お辞めにならないとその美しいお顔にぷくーと腫れ物ができますよ?ご飯もあまり食べていませんし……」
「……だ、だって、うぇぇ、気持ちわ……うぇぇぇぇぇえ……」
「……………本当に辛そうですわね……。でも、気持ち悪いからこそ栄養があるものを食べないといけないんじゃありませんの。ほら、こんなに散らかして」
白井はそういうと美琴のベッドの上に散乱する飴のゴミを丁寧に片付けていく。40個近い飴のゴミを見て、白井は次からは個別に包まれているタイプじゃなくて、直接入っているタイプの飴を買ってこようと硬く決意する。
いくらなんでもこれは汚すぎる。綺麗好きな美琴がこんな状態なのだ。相当辛いのだろう。
「それにしてもなんなのでしょうね……。病院の先生も原因不明って言ってましたし……。レベル5特有の何かなのでしょうか。もう2、3日続くようでしたら精密検査をお受けに……ん?」
ふっと白井は『フルーツキャンディー』と書かれている、20個の飴が入っていた袋の中にまだ何個か飴が入っているのに気付いた。
その袋は白井が一番最初に買ってきた物のはずで、おかしなことにそれを放置して次の袋を開けているようだ。更に他の袋も調べると同じくらい手をつけていない飴が残っていた。
「???お姉様、嫌いな味ってありましたっけ?」
言いながら白井は中身を調べてみる。
――――中身は綺麗に一色、全て黄色でレモン味だった。
……ん?と白井は二学期後半に習ったことを思い出す。
強烈な吐き気。ちょっとした匂いでも癇に障る。酸っぱいの嫌い。
(………………………………………………………………………………………………………………………………………、あれ?)
記憶が鮮明になっていくにつれ、サー……と血の気が引いていった。
白井は裸足でガラス塗れの道を歩けと言われたような顔で、
「……こ、これ、どうしてレモン味だけ残しているのですか?」
袋から残っている飴を数個取り出し美琴に見せる。
「……食べたくないから、うぇ、酸っぱいの嫌……見ただけで吐き気してきた……」
そんな黄色いもの見せないでよ、プイッ、と顔を逸らす美琴に白井はますます嫌な予感がしてきた。
「………………お姉様。これは変な意味ではないのですのでちゃんと答えてくださいまし。最後にアレが来たのは何時です?」
白井がそういった瞬間、ギクッ!!と美琴は飛び上げるように白井を睨み付けた。
やがて、美琴は白井から逃げるような体勢になり、掛かっている毛布を壁のようにして身を隠す。
「………………………………………な、何が言いたいのよアンタ?」
美琴の顔の筋肉がピクピクッと引き攣っているが白井は構わず、
「………………………………………………………………………お姉様、それ、妊娠しているかもしれませんわよ………」
3
二月の半ばくらいに吐き気がするな、と保健室に行って早退した。けれどしばらくしても付き纏うようにして鈍痛は続き、調べてみた所自分は妊娠している事がわかった。
実を言えば前々から何か変だと思ってはいたのだ。ただどうしていいか分からなく時間だけが過ぎていった。
誰にも言えない秘密が出来て、心身共に苦しい日々が始まった。
具体的にはまず体育の授業。常盤台は三学期の最後にマラソンという傾向があった。これが相当辛かった。毎回見学すると不振がられる可能性があったので二回に一回は参加する。となると走らないといけない。走ると吐きそうになる。吐いたら悟られるかもしれない。気持ち悪くなる。けど頑張る。走る。吐きそうになる。吐いたら悟られるかもしれない。気持ち悪くなる。けど頑張る。走る。……と永久機関の出来上がり。走り終わったあとの達成感が半端なくて飛び上がるほど嬉しかったりした。
次に精神面。なんだか変に人恋しくなった。私はこんなに頑張ってんのよーっ!!と叫びたくなった事が何度もあった。やたらテンションが高くなったり逆にすごくネガティブになり部屋の隅で膝を抱えそうになった事もある。お腹の中にいるだろう命に話しかけたりしていると何故か自然と心が癒された。
美琴はこの事を上条に言うべきかと散々迷ったが、結局引き目のようなものを感じて言い出せずにいた。その気になれば自分の電撃で全てなかったことに出来たのかもしれない。しかしそれは命を軽視しているような罪悪感から、そして何より上条と自分の関係を否定しているようでどうしても出来なかった。
上条と美琴は喧嘩相手から一転、恋人になっていた。
きっかけは一端覧祭で自分がある男子生徒に告白されている所をあの馬鹿がたまたま見た事、だと思う。その告白を丁寧に断ったあと上条が『……アイツ誰?』とか言いながら凄く詰まらなそうな顔で尋ねてきた。後に上条はその男子に告白されている美琴の頬にご飯粒が付いているのが気がかりでそわそわしていたのだが、美琴はそれを知らず、上条が自分に嫉妬していると思い込み、その事実が凄く嬉しくて『あれ?もしかしたらコイツ、私の事好きかも?』と元々上条が気になっていた美琴は玉砕覚悟で告白。なんだかんだで上条のハートを射止めたと言うわけである。
それから不器用なりにも、上条と美琴は付き合い始めた。
付き合い始めた頃は右も左も分からなく初めての事ばかりで、何もかもが輝いて見えた。
水族館、遊園地、恋愛映画、普通に公園。上条と行けばどこでも楽しすぎる場所になり、早すぎる時間が愛しくなっていった。
一方の上条は『お前、俺のどこが好きなの?』となかなか美琴の行動に応えられずにいたが次第に心を開いていき、美琴も上条からの愛を感じれるようになっていった。
そして初めてのキス。
しかし、雪が舞う冬の中、自分たちは度が過ぎる愛し合う行為をしてしまった。
けれどそれを決して悪い事だとは思わなかった。むしろこういう風して人は人を愛していくのだろうと自分たちの愛を肯定していた。
だがそれは、今になって思えば早すぎる事だったのだ。間違いではない。早すぎたのだ。
美琴と上条は今、上条の家のリビングで正座して、出来なかった相談をしている。
「………あ、あん時か。悪い、無責任にあんな事しちまって……いや、お前がいいなら責任取るけど……。てか、と言う事はえーと……はつ、悪阻とか、大丈夫なのか?」
戸惑いながら上条が申し訳なさそうにそう呟くと、美琴は心の中でごめんと呟いた。
「……うん……悪阻はもう大丈夫……ちょっとヤバかったけど……。それよりごめん……今まで言い出せなくて」
「し、仕方ねーだろ。と言うか俺の方が、本当にすまない。……辛い思いさせちまったな……。悪い、気付いてやれなくて。……それでお前はどうしたいんだ?」
「……ど、どうしたいって?」
「う、産むか、産まないか、だ……。俺はお前がどんな選択をしてもお前の意志を尊重する。やってしまった者として多少意見は言わせてもらうが……」
「……………………」
その問いに美琴はしばらく黙り込んだ。
常識的に考えて中学生で子供を産む事は『普通』からかなり外れている。それに仮に産んだとしても産んだ後が大変だ。
上条も美琴もまだ未成年。
金銭的にも社会的にも厳しい事が山のように待っているだろう。美琴はお嬢様だが、それは『超電磁砲』として能力開発に尽力しているニュアンスが大きい。お腹に赤ん坊がいる間は能力開発などできるはずもない。少なからず新たな命に何らかの影響を及ぼすはずだ。その間、御坂美琴は超電磁砲ではなくなる。となれば、資金援助などは期待できないだろう。
加えて美鈴たちを悲しませる結果になるかもしれない。
だけど、新たな命を殺すことだけは絶対にしたくない。
(きっと、この子を産めなかったら一生後悔する)
美琴は自分のお腹を優しく擦る。
「……産みたい……、のかもしれない。きっと……なかった事には出来ないんだと思う」
「……早速言わせてもらうがお前今年受験じゃねーか。その辺りはどうするんだ?もし行く所がなかったら俺がバイトなり何なりして何とかするけど……お前にも将来の夢とかあんだろ。それの障害になるかもしれねーぞ」
その問いに美琴はまた少し固まった。
やっぱり美鈴たちに申し訳ない気持ちになる。美琴は自分を愛してくれている彼らに少しでも楽な思いをさせてあげたいと思う。それには自分がきちんと立派に育って、正当な順序で結婚し、私はもう大丈夫だから安心して、と言ってあげるのが一番だとも分かっている。
―――――それでも、と美琴は力強く呟いた。
「……この子には罪はない。殺したくない。産まれさせてあげたい。だから私……産む」
決意したように美琴がそう言うと上条は「そっか」と言い、携帯を取り出した。
「ちょ、アンタ!?誰に掛けようとしてんのよ!?」
「……俺の父さんとその後美鈴さん。………恥ずかしいけど言わないとまずいだろ」
言っている間にも上条はピッピッピッと携帯をいじっていく。
「お、お父さん!?ま、ママ!?って、何て言う気なのよ!」
わーっ!と美琴が叫ぶと電子音がピタッと止まった。どうやら考えてなかったらしい。
上条は声は出さず今考えてます、と言うような姿勢で首を傾げた。
「………………孫が出来ましたよ?」
「だ、だめーっ!だって、その、あの、あれ、えーと、……うだーっ!」
美琴が頭を抱えると上条はキョロキョロと挙動不審になり、頬を赤らめた。心なしか美琴のお腹を見ているような気がする。
「……い、今妊娠何週目?」
顔を真っ赤にしながら上条はそう聞いてきた。
「…………う、うだーっ!!」
言いたくないぃぃ!と美琴は正直思う。だって恥ずかしい。その恥ずかしいことを具体的に言えと言われているような感じなので余計に言いたくない。しかしここまで来て言わないと言うのは上条も自分も困るだけだ。それにそろそろ病院にも行かないとまずい時期である。妊婦、と書かれた病院に一人で行くのはもっと恥ずかしいだろうと予想した美琴は俯きながら小さく呟く。
「……15週目……」
「……15週、か……じゃあそろそろ……お、大きくなるんだろ?産むなら早めに報告しねーと」
「せ、急かさないでよ!心の準備がまだ……っう……」
かーっ!と美琴は立ち上がろうとすると急に腹部が痛くなった。どうやらまだ悪阻からは抜け出せていなかったらしい。ジーンと言うよりデゥーンと言ったような鈍い腹痛で美琴は額に脂汗を浮かばせる。
「お、おい!大丈夫か!?」
「つぅぅ……」
(い、ったー……悪阻まだ続いてるわけ?ま、マジで勘弁してよ……コイツの前で吐いたら何か大切なものを失ってしまうような気がするのに……)
「あ、アンタ……ちょっとお腹擦って……軽く死にそう……」
ここ擦って、と美琴は痛みに耐えながら呻く。
「でぇっ!?………………………わ、分かった……やってみる」
「……変な事しないでよ、本当に死にそうなんだから……」
上条は美琴の後ろに座り直し、優しくお腹を擦った。美琴はくすぐったいようなムズムズするような感覚に「うーん……」と悶えたがしばらくすると心なしか楽になり、荒くなった呼吸も落ち着いていった。
「ふ、ふぃ、ふぃ、はぁー……も、もういいわよ……し、死ぬかと思った……」
美琴がそう言っても上条は、
「……本当ごめん。俺のせいでこんな辛い思いさせちまって……」
美琴のお腹を優しく擦り続ける。優しいなぁ、と美琴は顔を赤くして上条に寄りかかった。
「ほ、本当にこの中に俺とお前の子がいるのか……確かに少し大きくなってるような手触りがあるな……」
あまりにも真顔で上条がそう言うので美琴はまた恥ずかしくなった。
「……あんまり恥ずかしい事言わないでよ」
自分のお腹を擦っている上条の手を握り言う。
「わ、わりぃ……。じゃあ、電話掛けるけど……本当に産むんだな?」
最後の確認だ、と上条が真剣な顔で美琴の顔を見据えると、美琴はうん、と頷いた。
「もう決めた。きっと辛い事がたくさん待ってるだろうけどアンタとこの子と一緒に乗り越えていくわ。……私を取ったアンタは道連れよ」
ストンッと美琴は上条の体に寄りかかる。上条は優しく美琴の肩を引き寄せ、
「……あぁ、お前もお前のお腹の中の子も俺が守っていく。よろしくな。これからもずっと」
バカ、と美琴は上条にキスをした。
1年後。
先生、友達、そして旅掛たち(上条が旅掛にぶん殴られて、5メートルくらい吹っ飛んだときは死ぬほど父親が怖くなった。)からは強い反対をされた。しかし、後に皆、美琴と上条の決意を知り、あとは二人に任せる姿勢をとり、美琴と上条の赤ん坊は無事産まれることが出来た。産んだ時『本当にありがとう……!』と上条が泣きながら手を握ってくれて、頑張って産んで心からよかったと思う。赤ん坊は女の子で名前は、人と人を結んでいくと言う意味で美結(みゆう)。美琴と上条が悩みに悩んで付けた名前だ。自分は今幸せだと美琴は思う。
しかしその反面、本当に辛い一年だった。
結局学校は休学とは名ばかりの退学扱いにされてしまったし、高校にも行く事が出来なくなってしまった。友達とは妙な距離感を感じてしまうようになったし、会う事も少なくなった。ただ時より黒子、佐天、初春の三人(最初黒子は怒り狂っていたが。)が自分の病室に来て『頑張ってください!!』と励ましてくれたことは本当に心の支えになった。友達は数より親しさだ。
今は上条の家に婚約者として住み、花嫁修業中。上条がいない美琴の一日は料理の特訓と美結の世話が一日の大半を占めている。
一方の上条は美琴の負担を減らそうと何かと努力してくれている。料理は手伝ってくれるし、掃除も洗濯も、よく分からないがマッサージだってしてくれる。
そんな中、高校三年生となった上条は学園都市で最高峰の大学を目指しているそうだ。最近の上条の口癖は『俺が絶対お前等を幸せにしてやる』で、しかしとは言いつつも勉強を教えているのは美琴のため『……歯がゆい……』ともよく言う。
今日は日曜日で、上条と料理を一緒に作った。
「はぁー……やっと出来たー……。こんな豪華な料理、店に行ったってそうそう食えねーぞ……美琴先生?これは渾身の出来なのでは!?」
「うーん、そうかもしれないわね。……まぁとは言っても私はアンタがいない日は料理の練習と美結の世話しかする事ないから。こんくらいできて当然よ。その内もっとうまい物食べさせてあげるわ」
「いやー、上条さんはこんな美人で料理がうまい奥さんがいて幸せですー。……たまに不幸だけど」
「そ、それはアンタが他の女といちゃついてるからでしょーが!」
「い、いや、それは事故であってだな……」
「事故だろうと何だろうと私の目があるうちは他の女としゃべらないでよ。……いや、無い所ではもっとダメ。すごい嫌な気持ちになるんだから。アンタだって私が知らない男と親しげにしゃべってたら嫌でしょ?」
「う……そ、そうだな。これからは用事以外で女の人としゃべらないことにします……。考えただけでイライラしてきた」
「ありがと、分かってくれて。……ふふ」
「な、なんだよ?意味ありげに笑いやがって……」
「幸せだなーって」
「ば、バカやろー。俺がこれからもっと幸せにしてやる。この程度の幸せで満足してんじゃねーよ」
「……うん。期待してるね」
これは、上条美琴の幸せな1ページ目。