とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part7

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エピローグ


――あら、お姉様からのメール……年明け早々わたくしにラブラブメールですの?

『黒子、誰よりも先に、貴方に知らせるべきだと思ったので、メールにて。
私は今日、想い人に告白しました。彼は、それを受け入れてくれました。
もちろん彼とは、黒子も良く知る、あの人です。
今夜会えたら、話します。祝福してくれることを、願って。   美琴』

 メールを開いた白井黒子は、……自慢のツインテールが逆立った!
「あの猿がァァあああああああああああ!! こっ、殺す!」

 初詣の警備をしていた黒子は連絡を取り、体調不良を理由に仕事を早退した。
 今、いたいけな少女がたぶらかされ、足を踏み外そうとしている。黒子にしかできない仕事が、ここにある。
 足は、無人の支部に向かう。
――許可なしに書庫のデータを覗き、類人猿から猿に格上げされた上条当麻の住所を確認する。
……始末書など、何枚でも書いてやるですの!
 白井黒子の姿が、消えた。


 上条の住む部屋の前で、白井黒子は佇む。
 人の気配はない。
 激情にかられて来てみたものの、いつ帰ってくるか分からない。
 しかし、あのメールを見る限り、美琴は普通に寮へ戻ってくるつもりのようだ。
 門限を守ると信じれば……、上条もそう遠くない時間に戻ってくるはずだ。
……会ってどうするかは考えていない。
 まあ、ちょうど考える時間ができましたわね、と黒子はひとりごちる。

 その時、寮の前に一台の車が止まり、下を覗き込むと白い修道服の女の子が降りてきたのが見えた。
「じゃあシスターちゃんまたですよ~」
「こもえ、またいこうね~~」
 いつまでも手を振って見送っていたシスターは、寮の入り口に入ってきた。

(……まさかここに? 男子寮ですわよ?)
 しかし入ってきた以上、高確率で、ここに来るだろう。
 そして、エレベーターが、この階で止まった音が、聞こえ……上機嫌なシスターが、鼻歌を歌いながら姿を現した。

「ん~? あー、いつも短髪といっしょにいる!」
 インデックスが反応する。
「こんにちは、ですの。お出かけしてらしたの?」
「うん、初日の出みてきたんだよ。おせちもいっぱい食べて、楽しかったんだよっ」
 機嫌よくインデックスは返事する。どうやら過去の経緯から、黒子にはそれほど敵対心は持っていないようだ。
「それでは上条さんは? ああ、ちょっとお聞きしたいことがありまして」
「とうまはご両親とホテルで食事だよ。もうすぐ帰ってくるかも。カギあけるね」

 カギをあける? まさか!? 一緒に住んでいる?

「知らない人いれちゃダメってとうまに言われてるけどね。知ってる人だから入っていいかも」
(なんですの?この展開!?)


 部屋の中は綺麗に片付いていた。大掃除後ならではだ。
「うわー、とうま綺麗に片付けたんだー」
 黒子ももっとガサツな男と思っていただけにビックリである。
 インデックスは猫のスフィンクスを抱きしめて、撫でている。

「……一緒に暮らしてるんですの?」
 とにもかくにも、これだけは聞いておかねば、と黒子は問う。
「そうなんだよ。イソーロー? っていうのかな」
 何とも微妙な言い回しである。
 さすがに夜はどうしているのかとは聞けず、黒子は部屋の中を検分する。

「それで今日はどうしたの? とうまになにか用事?」
「ええまあ……先程も言いましたが、ちょっとお聞きしたいことがありますの」
「ふーん」
 この様子では、100%今日のことは知らないのだろう。
「ほんの少しだけ待たせて貰ってもよろしいですの? 戻られないようでしたら帰りますので」
「私はいいけど」

 上条当麻は両親とホテルで食事会。
 御坂美琴は前日から泊り込みでホテルで両親と過ごしている。
 上条と約束していたのなら、もう少し浮ついていても良さそうなものだが、それは無かった。
(偶然、鉢合わせ……?)
 何があったのか……

「ただいま、っと。インデックス帰って来てたのか」
 突然、ドアがあいた。

「おかえりとうま~、……え?」
「へ? 白井?」
「く、黒子!?」
 ドアをあけた上条当麻の後ろから、御坂美琴の顔が覗いていた。


 本来、上条は一人でインデックスに説明するつもりだったが、しかし。
 美琴は真正面からインデックスと話さないと、今後絶対後悔すると主張し、同行した次第である。
 それにしても、白井黒子の存在は想定外である。
(メール打つの早すぎたかしら……この子のこういう時の行動力、ナメてたわね)
 上条に促されて、美琴は部屋に入る。
 インデックスは明らかに敵対モードだ。美琴と上条を交互に睨んでいる。
 黒子は……上条を睨んでいる。

 上条はそのまま手際よく、ヤカンに水を入れて沸かしはじめ、
「わりい、スーツだけは着替えさせてくれ……」と着替えを持ってバスルームに飛び込んだ。
(これは怖い。何が起こるやら……)
 上条は全く先の読めない女三人の修羅場の予感に、おののくばかり。


 インデックスは無言で、引き続きジト目で美琴を睨んでいる。
 美琴は初めての異性の部屋でキョロキョロしている。もちろん、他の2人の視線をかわす目的もある。
 黒子は俯いたまま、身動きしない。少なくとも美琴は今日、黒子の言葉を聞いていない。

 上条はスウェットの上下というラフな格好で、コタツの最後のスペースに潜り込んだ。
(湯のみが飛び交うこともあるかな…)
 と思いつつ、お茶を入れて配る。
 席としては、上条の左側に美琴、右側にインデックス、正面に黒子、といった形である。
「ま、黒子もいることだし、私から喋るわね」
 美琴はお茶で唇を湿らせる。


――上条宅に戻る途中でも考えていた。
 あの時――上条に同居のことを告げられた時、当然ながら衝撃はあった。
 反面、心のどこかで、やっぱり……という思いもあったせいか、冷静に受け答えはできたが。

 上条の本音は知る由もないが、今は自分に向いてくれている。それはそれで信じるしか無い。
 問題は、このシスターの心。異国の地で上条を頼っている女の子。
(いやになるくらい、この子に非はないのよね……)
 完全な悪役だ。

 でもどんな結果になろうとも、いつかは向かい合わねばならない問題。
 意を決して、美琴は口を開く。


「今日、私たちはハダカで愛を確かめ合う仲になりましたっ!」

 ◇ ◇ ◇

 一瞬の静寂の後。
「ちょっと待てお前!」
「どーいうこと!?」
「な、なんですっ……て!?」
 インデックスと黒子の視線は美琴から上条に移る!
「どーいうこと!」 インデックスの歯が光る。
「まさか、まさか…」 白井黒子が一瞬の動きで金属矢を指に装着する。
「い、いや、お前ら勘違いしてるから! 健全だから! 美琴テメエ、なんつー説明してんだっ!」


――美琴は普通に経緯から話すつもりだった。
 しかし白井黒子の様子から、最初は冗談ぽく――そしてシンプルに、簡潔に、結果だけを話す展開のほうが、
丸く収まりそうな気がしたのである。
 話を小出しにしていっても、相手の感情は高ぶっていく一方だ、と。

 美琴は俯きがちに、口を開いた。
「ま、それはさておき。……今日ですね、いろんな背景はあったけど、……想いを抑え切れなくて、告白、しちゃいました」
 顔を上げて、上条をちらりと見て、また俯く。
「彼は、恋人として愛すると。……守ると、言ってくれました。……話ってのは、実はこれだけ、なんだけどね」
 そう言って一礼した美琴を見て、インデックスの表情から怒りがすうっと消えた。
 怒って済む事態ではないと気づいたらしい。
「とうま……どういう、こと?」
 おびえたような表情になっている。
 その横では、白井黒子が、直接に聞いたショックで動けなくなっていた。

「……美琴の言った通りだよ。今後、美琴と俺は、付き合っていく。ただ、それだけの話だ」

「――とうま、私のこと、嫌いになっちゃったの?」
「違う」
「――とうま、私、ここに居ちゃいけなかったの?」
「変わんねえ、ここにいろ」
「――とうま、ずっと一緒にいられると思ってたんだよ?」
「お前が離れない限り、一緒だ」

「わけわかんないよ、とうま! それで短髪が恋人ってなに!?」
「でも、そうなんだ。美琴は、俺の側に、今まで通りお前が居ても問題ない、と。……お前ごと、俺と付き合って行く、ってな」
「えっ……」

 混乱するインデックスの目を見つめつつ、上条は静かに語りだした。
「インデックス……、俺は誰にも、お前にも話せない、秘密が、ある……。まさに墓場まで持っていく秘密、ってヤツがな。
俺だってさ、恋人は欲しいといつも思ってたけど……秘密を持ったままじゃ、そんな資格もねーよな、と思ってた」
 インデックスは目にわずかな涙を浮かべつつも、上条の言葉にじっと耳を傾けている。

「そんな俺の秘密を、美琴は知った。偶然と言ってしまえばそれまでだけど。
でもそれは、そこに至るまでの過程を考えると、何かの導きと思わざるを得ないほどの、偶然の重なりだった。」
 たった一週間前のペア携帯契約、繋がった電話、壊れても音声は生きていた携帯、そして拾われた会話――異常な偶然。

「そしてまた。……美琴も秘密を持っている。誰にも、親にも明かせないものが。白井にもな。
美琴には絶望に満ちた過去があり、それを俺が救った。でも、その傷は未だ癒えず、美琴に残っている。
その傷を知るのが俺だけなんだ。」

 美琴が口を開く。
「私は本来なら、もう去年の8月21日に、この世を去ってたの」
 美琴のつぶやきに、白井黒子の顔がこわばる。8月21日……結標淡希の言葉が蘇る。
「前に私が、当麻のことを命の恩人だって、言ったことあるよね。あの地下街で、私達4人が初めて顔を合わせた時。
『命の恩人』なんて言葉は軽いけど、私にとっては真の意味で、なの」

 ◇ ◇ ◇

「ああ、すまねえ。別に暗い話をするつもりはないし、今の話はそういう背景がある、程度に思ってくれ」
 そう言うと上条は、一旦お茶で喉を潤した。
「んじゃ本題な。俺が御坂美琴の告白を受け入れたのは……」

 美琴も乗り出した。
 唇へのキスをしてくれるまでに至った心の変節は、どうにも分からなかったから。

「美琴が、俺に『帰る』意味を与えてくれたからなんだ」

 全員の顔にハテナマークが浮かんでいる。
「俺さ、想いってのが、これほどの形を持ったものだとは、知らなかったよ。
ホントなっさけねえ事に、女の子を滅茶苦茶に泣かせて、追い詰めて。
そして、ありったけの想いをぶつけられてさ……、過去のどんな物理的ダメージよりも、強烈だった。
でも、それだけに、美琴にハンパな対応は止めようと思った。
更に泣かせようとも、一時しのぎの恋人のフリをするような事だけは、絶対にすまい、と」

「その後で、酔って寝てしまった美琴を膝枕してやる時間があってさ、そこで俺は考えたんだ。
美琴は俺を選ぶに十分な理由があった。でも、俺には? そもそも俺は、恋人に何を求めているんだ?
……何か恋にまで理屈っぽいなと自分でも思ってるんだけどな、まあ、それはさておき、だ」

「俺ってさ、何でもかんでも首突っ込んで、……まあそれなりに色んな人を救えたかな、とは思ってる。
これからも、この生き方を変えるつもりはねえ。
でもそれは……たとえ恋人がいても、俺は何でも突っ込んで行くつもりということだ」

「実際もうここで条件は絞られちまうんだ。俺が求める人、すなわち恋人としては、『一人で戦える人』だと。
一人で戦えない奴を残して、他の人救いになんて行けねえよな。でもさ、一人で戦えるんなら、俺いらねえよな?
なんだ、結局矛盾して、恋人できねーじゃんと思って、改めてすやすや眠っている美琴を見下ろした時……、
スーッと、答えがさ、降りてきたんだ」

 その浮かんだ答えってのはな、と上条は美琴に視線を走らせながら続ける。
「コイツは、俺が帰ってくることを糧にして、一人で戦える奴だ、と」

「美琴は誰もが知る、LV5エレクトロマスターだ。当然一人で戦える。でも……
さっきの過去の話にあるように、誰にも言わないまま死ぬ気だった時もあるくらい、美琴は実は危うい。
実際、俺がピンチだと分かったら手段を問わず戦時中でもロシアまで突っ込んできたヤツだ。
思い込んだら、何しでかすか分からない。
でも、きちんと、『俺は必ず帰る』と約束さえすれば、きっと俺の姿を見るまでひたすら我慢できる奴のはずなんだ」

「そして俺も。ほら、よくあるだろ。俺が死んでも、あの人が助かったのなら本望だ……、って奴。
俺にはもう、それが許されなくなった。美琴に帰るって約束してるんだから。
俺は助けを求める人を救いに向かい、待っている美琴を救うために、必ず帰る」

「……美琴は、俺の進みたい道の、ベストパートナーだと、心からそう、思った。その時だ。
眠っている美琴の顔も目も唇も、全てが愛しく見えたんだ。まるで、全てのフィルターが取り払われたのかのように」
 今にして思うと、と上条は目を細めてつぶやいた。
「心理的ブロックというのかな、中学生であるとか、変に命の恩人であることを押し付けたくないとか、何か分かんねーけどさ。
好きになっちゃまずい、意識しちゃいけないという心理が働いていたのかもしんねーな。
でも、それが取り払われ……こんな愛しい子が目の前にいて、俺を好いてくれている。答えなんて、言わずもがな、だよな」
 上条は3人を見渡した。
「だから、目覚めた美琴に心からの誓いを込めて、キスをした。……そういう、ことなんだ」


 ◇ ◇ ◇

 目にいっぱい涙を浮かべたインデックスは、無言で立ち上がるとドアに向かって走り出した!
「インデックス!」
 上条が叫ぶと同時に、白井黒子の姿が消えた。

「逃げては、いけませんの……」
 ドアの前で両手を広げ、立ちはだかった黒子を前に、インデックスは立ちすくむ。
 そのまま黒子はインデックスを抱きしめ、ゆっくりと戻るように促す。
 だがインデックスは、黒子にしがみついて、そのまま顔を埋めて……泣き出した。

 嗚咽だけが流れる静寂の中、黒子はインデックスの頭を撫でてやりながら、つぶやく。
「……優しさは罪と言ったところでしょうか、お姉様」
「え……」
「このシスターさんごと愛す、なんて。そんな意思で向かわれては、この方は反撃すらできませんの」
 美琴は黒子から視線を逸らした。
 敵対されたなら、刃向かえる。でも、包み込まれたなら……。
「そして、上条さんにそう切々と語られましては、もはや言葉で返すには厳しいでしょう」
 美琴がもし逆の立場だったなら。……立ち去るか、ここで突っ伏してしまうか、だろう。
 そして、インデックスは立ち去ることを止められた。

 黒子はインデックスをやや引き剥がし、片膝をついて話しかけた。
「でもやはり、逃げてはいけませんの。わたくしもお話を完全に把握したわけではございませんが、そうですわね……、
例えれば、今までソファーに貴方と上条さんが座られていたところに、お姉様がぎゅうっと隙間に入り込んで座ったかのような。
でも、狭くなっても、居場所は十分にあるんですの。逃げれば、もう戻ることは困難となりますわよ」
 そう言って黒子は、改めてインデックスを抱きしめる。

「――お姉様。黒子は帰ります。……寮監には少々遅くなるようだと伝えておきますので、きっちりお話なさって下さいな」
「え、あの黒子? な、なんでそんな普通、なのよ? 怒ってないの……?」
「……上条さんの語りを聞いているうちに、考え方を、少し変えることができまして。
お姉様を外面ではなく、内面にある脆さ・危うさにまで考えが及んでおられる、……ならば、完全否定する必要はない、と。
そう考えた時、黒子は気づきましたの」
 美琴は嫌な予感がした。このような口調の黒子は、とんでもなくネジの外れた事を語りだす……

「お姉様と上条さんとがどういう関係になろうとも、お姉様と黒子の関係性には全く関係ないことに、ですの」
「……黒子!?」
「独占欲で視野が狭くなっておりました。異性間の愛と、同性間の愛は別もの、共存すれば良い、と!
そして、わたくしも上条さんごとお姉様を愛すればいい、と! まだちょっと上条さんをお兄様と呼ぶには抵抗がございますが」

 あまりの話に上条と美琴が固まってる間に、黒子はインデックスに再度、語りかけた。
「今、貴方の心を縛ってますのは、独占欲ではないですの? わたくしもそうであったように。
……まずは、落ち着きなさいな。感情的にならず、お話されれば、きっと何かが見えてくる、そう黒子は思いますの」
 黒子はインデックスを元いた席までゆっくり肩を押しながら連れていき、座らせた。
 インデックスは泣き止みかけつつも、しゃくりあげながらうつむいている。

「では失礼いたします。お姉様、また後ほど……」
 次の瞬間、白井黒子の姿は消えた。

「あ、あー……、アイツは俺の想像以上に、ぶっ飛んでるな……」
「……テレポーターってね、感情がリミッターを超えそうになると、冷静になるよう訓練されてるらしいの」
「そうなのか」
「表向きは演算能力の維持って理由だけど、実際の所、理性を失ったテレポーターはあまりに危険だからね……」
 その気になれば、触れた物全て凶器と化すテレポーター。
 白井黒子がジャッジメントに属するのも、常に自分を律する……自己抑制を意識するためか。
「ま、まああの子が今、そういう状態かは分からないけど。……うん、後でフォローしとく。それより……」
 上条と美琴は、インデックスを改めて見やる。
 何の罪もない少女を、悲しみの底にたたき落としてしまった罪悪感が、2人を包んでいた。


 白井黒子は、しばらくドアの外に佇んでいた。
 もうあの話は、3人の問題であり、自分が居るべきではない。
(ふん……つくづくわたくしが、矮小な人間かと思い知らされましたわ。……何のことはない、逃げたのは、わたくし)
 もはや自分の入り込む隙間は無い、と思い知らされた。あんな空間に、居続けてなど、いられない。
 自分の言った言葉に嘘偽りはないが、言葉だけで心がその位置に届いていない。収まってなどいない。

「さて……お姉様が戻られるまでに……、」
 黒子は小さくつぶやいた。早く熱い風呂に入って、何もかも洗い流したくて、たまらない。
 気を抜くと涙が沸き上がってくる。歯を食いしばり、黒子は常盤台寮に向かって、連続テレポートを開始した。

 ◇ ◇ ◇

 上条は、インデックスに優しい口調で語りかけた。
「なあインデックス、……ひょっとしたら勘違いしてるかもしんねえから、言っておこうと思う。
俺は、お前と美琴を天秤に架けて、美琴を選んだ訳じゃねえぞ? お前と美琴との優劣なんざ、俺は一切見ちゃいねえ。」

「俺は、今までの経緯から、元々2人を――あまりに背負ってるものの過酷さから、何とかしてやりたいと、思ってた」
 ああ、白井がいねえから、コレは言っておくか……と上条はつぶやく。
「美琴の抱えてる問題ってのはな、ほれ、お前クールビューティーって呼んでる美琴の妹知ってるだろ?
実は、本当の意味での妹じゃねえんだ。学園都市の技術で作られた、美琴のクローンなんだよ、アイツ。
他にもラストオーダーという、チビ美琴みたいなのもいるんだけどな」

 何か思うことがあったのか、インデックスが顔を上げた。
「そういった美琴のクローン……通称シスターズがな、全世界に1万人ほど、いるんだよ。
10万3000冊の魔道書を抱えるインデックス、1万人のシスターズを抱える御坂美琴。な? お前達は状況は似ているんだ。
お互い、自分が望んだわけでもない運命を、背負わされてさ……運命の重さや悲劇性なんざ比較できねえが、お前達に差は」
 そこまで言い募って、上条は気が付いた。

 インデックスが、静かに首を横に振っている。

「インデックス……?」
「……とうま。うん、もういいよ。もう……」

 戸惑いを見せる上条に、インデックスは何か悟ったような柔らかい表情で、話しかける。声はしっかりしていた。
「とうま、覚えてる? 当麻が私を助けてくれた日の、病室で、私が言ったこと。それを聞いて、私を犬猫扱いした……」

 上条は頷いた。
――『インデックスは、とうまの事が大好きだったんだよ?』
――『インデックスって、何? 人の名前じゃないだろうから、俺、犬か猫でも飼ってるの?』
 覚えている。
 忘れようもなく、胸を絞めつけたあのやり取り。失われた自分へ、向けた言葉。
 そして、上条は……未だにきちんと返事をしていない。今の自分が代わりに答えるわけに、いかないから。

「何故、過去形だったか、分かる? とうま」

 上条はギクリとした。
 一瞬、インデックスが実は記憶喪失に気付いているのか、と思ったからだ。
 しかしそれなら、自分が『秘密』と言い張っている方に突っ込んでくるんでは、と思い直す。

 あの時、インデックスは上条が記憶喪失かもしれないと思いながら、話しかけていたはずだ。
 だから、過去形で話していたと、思っていたが。

 しかし、よく考えれば、『上条が記憶喪失でないと分かった』のなら。
 どうしてあの告白と取れる言葉を、インデックスは放置しっぱなしなのか?
 上条の返事を求めるでもなく。
 かといって告白を受け入れられたと思っていたならば、色恋を含んだ接触をしてきてもいいはずだ。

 様々な考えが浮かんだが、上条は分からず、首を横に振った。
「分かんねえ……」

「過去形ならね、言葉上は洗礼前だったとして矛盾はないから……」
「……何の事だ?」
「カトリックのシスターは清貧・貞潔・服従の誓願をたてているんだよ。主に身を捧げたからね。バチカンほど厳しくはないけど」

 上条は、インデックスにそう言われても、ピンとこなかった。
(んー……だから、何なんだ……?)
 そこに美琴が上条に噛み付いてきた。
「ちょっと当麻、分かんない。この子に何言われたのよ。教えて!」
「……前にな、『インデックスは、とうまの事が大好きだったんだよ?』って、言われてな。
いや、ちょっとその後もバタバタしてさ、その会話自体はそこで終わった形だけど」
 美琴が驚いて目を見張る。その驚きは、このシスターの方が先に告白していたという事実、それに尽きる。

 えーと、つまり……と美琴はブツブツと呟き、やにわにガバッとインデックスの方に身を乗り出した!
「じゃあアンタは、恋愛を禁じられたシスターだから、……こんな状況においても、無抵抗だっての?
現在形で告白しなかったのも、主の教えに背くからだっての!?」
「教えに、じゃなくて、カタチ上はもう主と結婚しているようなものなんだよ。禁じられたんじゃなくて、恋愛がありえないんだよ」
「そんな、何言って……!」
 上条は美琴の理解力の早さに驚くとともに、インデックスの複雑な想いに、今さらながら気付いた。
 今までで最も好意を表明した言葉さえ、所詮は過去形、自分に気を遣う必要はない、とでも言いたいのか――

「……うん、分かってたんだよ。とうまに、特別な人が出来たら終わる生活だってことは」
 上条が、誰かに恋すれば終わる生活。
 ――上条がインデックスに恋したケースは、インデックスは受け入れられず、去るしか無い。主に背くことになる。
 ――上条がインデックス以外に恋したケースは。他に恋人ができたのに、同居が許されるはずがない。
 どちらも、上条との同居生活の崩壊を意味する。

 だから、インデックスは、曖昧なままの生活を望んだのだ。それならば、上条と、共に居られると――。


 美琴は、黒子が座っていた側から回りこんで、インデックスの肩を掴む。インデックスは、抵抗しなかった。
「アンタも当麻のこと好きなクセに! 何やってんのよアンタ!?」
「好き……とうまのことは信頼してるという意味ではそうかも。でも、恋とは、違うかも。よくわからないし」
 インデックスは、目を合わせない。
「ウソをつくのはアリなの!? 本当に好きなら、シスターなんてやめちゃいなさいよ!」
「私には……10万3000冊の魔道書があるから。それは、できないんだよ。……だから!」
 インデックスが美琴を見上げた。背負わされた運命でも逃げない、という意思を持って。

「……だから、とうまと一緒に過ごす、今の生活が、ずっと、続いてくれたら、って思ってたんだよ……」
 またうつむいてしまったインデックスを、美琴は胸を締め付けられる思いで見つめていた。
 この少女は、今の生活が続くことを祈るしか、できなかった。
 白井黒子に指摘された独占欲もないと言えば嘘になるが、本当の意味ではそうではなく。
 幸せな、曖昧な生活の終わりが、来たことを悟ったから。……だから、泣くしかなかった。

「で、何で今の生活が終わりなのよ。当麻も私も、アンタがここに居ていいって言ってるじゃない?」
「……やむを得ず、だよね。私が他に行くところ、ないから。……大丈夫だよ、私はイギリスに帰るから」
「こんのバカシスター! 当麻はね、同居を告白すると同時に、同居生活は絶対に守るって言い切ったのよ!?」
「…………、」
「想像しなさいよ! アンタがイギリスに帰って、当麻と私が厄介者が消えたと、喜ぶとでも思ってんの?
逆でしょ逆! アンタがまた10万冊狙われてないかとか、不安な毎日過ごすに決まってるでしょ!
アンタはもう、当麻の一部なのよ! もうガッツリお互いの運命が噛み合っちゃってるのよ! 分かってるくせに!」
「もう、とうまは十分私を救ってくれたんだよ。とうまのおかげで、色んな事も明らかになったし」


「こっ、この……」
 更に言い募ろうとして美琴は、なんとか押しとどめた。
 インデックスの肩から手を離し、一旦その場に座り込む。
 相手はシスターだ。おそらく、自己より他者を重んじる傾向であるのは間違いないだろう。
 まさに『北風と太陽』であり、美琴が『北風』で攻め続ける限り、この心の扉は開くと思えない。

「お前、イギリスっても。ここしばらくの知り合いしかいねーじゃねえか。まさか、教会頼る気か?
お前の記憶を奪い、遠隔操作を仕込むようなとこだぞ!?」
「だから、とうまが色々明らかにしてくれたから。大丈夫だよきっと。教会に戻ろうと思ってる」
 口を挟んだ上条の言葉に、美琴は驚いた。

「記憶、って……? この子も、じゃなくてこの子、記憶失ってるの!?」
「……ああ。色々あってな、インデックスは約1年半程、の記憶しかない。それ以前は……消された」
「け、消された……って」
 それって当麻もそうなんじゃないの!? という言葉をかろうじて飲み込む。
「とある事情で一年周期で記憶を消されてたんだけど、とうまがその循環から救い出してくれたんだよ」

 ……身代わり。美琴の脳裏に、その言葉が浮かぶ。この子が受ける呪いのようなものを、代わりに受けたのか?
 しかし、ここで問いただすわけにはいかない。

 でも、これで確かなのは。この2人の関係を、自分の存在のせいで終わらせてはいけないと言う事。
 これほどの深い事情を共有する2人の物語もまた、エンディングには程遠い。

(考えるのよ、何かあるはず……、)
 だからといって、自分が身を引く道理もない。引いたところで、特に解決するものもないのだ。
 3人が3人とも、もう『同居』は可能ではあっても難しいと感じている。
 そしてこのシスターは、同居が無理とした場合、行くところが無いようだ。
 イギリスは出身というだけで、記憶の問題で特にアテがあるわけでもない……
 考えろ、……誰もが笑って誰もが望む、そんな幸せな世界がきっとあるはずだ、き……っと!

 美琴はそこで閃いた。
(……そうか! 無いなら作ればいいんだ!)
「よし、じゃあ」
 口を開いた美琴に、上条とインデックスの視線が注がれる。

「お願い。3ヶ月だけ時間を頂戴。それまでアンタ達は今まで通り、一緒に住んでて」
「えっ?」
「考える時間と色々動く時間を頂戴。……少なくとも、衝動的な判断はお互い避けよう」
「一旦保留ってことか? ……とりあえずはそれでいいと思うけど、3ヶ月って何かあるのか?」

 美琴は意を決した。
「今ちょっと考えてるのは……4月から私、寮を出てこの子と暮らす」
「「ええっ!?」」
 上条とインデックスは見事にハモった。
「どんな綺麗事言ったって、この生活自体は歪すぎるわよ。でも女の子同士で暮らす分には問題ないでしょ?」

「色んな所を説得して、許可貰って、と忙しいけど。全寮制って規則だしね。まあでも何とか。一番黒子が厄介そうだけど」
 美琴は苦笑いする。白井黒子にとっては、ふんだりけったりの展開だ。
「学園都市は一人暮らしの女子中学生なんてわんさかいるし。私にできないってことはないと思う」

「お、お前……」
「ただし、これは。アンタが私と住むのはゴメンだ、って言うならこの話はナシね。
さすがに、私の友達にアンタを住まわせてくれなんて頼めないし。……アンタ次第よ。それでもイギリス、ってんなら止めない」
 美琴はインデックスをじっと見据えた。

「なんで、そこまでしてくれるの……? 私がいない方がいいはずなのに」
「私もよく分からないけど。でもほら、後で九三〇事件って言われた、アンタ達があのトモダチを救いに行った時、さ」
 インデックスは頷いた。
「アレさ、アンタは歌で救うとかワケ分かんないこといってたけど、結局うまくいったのよね? で、私は私で妙な部隊倒して。
……当麻を支えるってのはさ、私一人じゃできないなーって。えーと魔術っての? アンタが居ればなんとかなるんでしょ?
つまりは、当麻のため。私は当麻にとってプラスになるなら、全部受け止める!」
 美琴は言い切った。そして更に言い募る。
「申し訳ないけど恋人って席は絶対に譲らない。アンタの信仰は知らないけど、勝負するなら受けて立つ。
でも、アンタとの関係そのものは……対等に、当麻を支え合っていく仲間……ううん、友達、でありたい、かな」

 急に声のトーンが落ちた。自分から友達になろう、といった記憶が長らくない美琴は、気恥ずかしくなったのだ。

「トモダチ……」
「さあ、私はカード切ったわよ。一緒に住もう、友達になろう、ってね! 答えに3ヶ月必要だってんなら、それでもいいけど」
 今まで美琴は、交友関係においては、常に受身だった。輪に入ろうとして、輪を崩す原因になりたくなかったから。
 自分から動いたのは上条に対してだけだが、それすら元旦の今日、朝まで想いが伝わっていなかった。
 コミュニケーション下手なのは自覚している。 恋敵だ、受け入れられないと言われればそれもしょうがない……

「ねえ、とうま」
 ちょっと間を開けて、インデックスはつぶやいた。
「とうまの選んだ人は、やっぱりいい人なんだね」
「ああ。でもインデックス、お前がいい奴だから、みんなお前に惹かれるんだぞ? どうでもいー奴なら、帰れ、で終わりだ」
 インデックスは上条をじっと見つめる。
「お前を傷つけたくないと、心から思えるんだ。そういうことだよ」

 上条の言葉に、インデックスはゆっくり目を閉じた。
「うん、とうま、ありがとう。……恋人の短髪と仲良くやるんだよ。
私も自立できるよう頑張るけど、しばらく友達に……迷惑だと思うけど、お世話になることにする」

 上条と美琴は顔を見合わせた。
「み、認めるってか、いい、のか……?」
「私の言ったこと、受け入れてくれる、の?」
 インデックスはどこか吹っ切れたような表情をしている。

「さんかくかんけー、ってやつになるんだよね。むしろ、とうまが他の女の子にフラフラしなくなりそうでいいかも」
「他の子にフラフラ……?」
「ちょっとまってくださいインデックスサン!」
「あいさ・かおり・いつわ・こもえ・まいか・クールビューティーとかに知らせなくていいのかな、とうま」
「ま、待て待て! 知り合いの女の名前適当に並べんな!」

――受け入れてくれたんだ。
 他の女の子の名前を出して、ちょっと照れが入っているのが可愛らしい。
「ま、その辺の追及は後でじっくりさせてもらうとして……」
 美琴はスッとインデックスに手を差し出しかけて、思い止まった。

 それよりも先にやることがあった。
「そういや私達って、自己紹介まだだよね。そこから始めない? なんせ初対面が『品のない女』だの滅茶苦茶だったし」
「うん、そうだね!」
 コホン、と咳をして改まった美琴は、ちょっと頬を赤らめてインデックスに向かって居住まいを正した。

「私は御坂美琴。レールガン、って通り名持ってるわ。……今後は『美琴』って呼んで欲しいかな」
「みこと、ね。分かったよ、みこと」

「おいインデックス」
 そのまま挨拶しようとしたインデックスに、上条が口を挟む。
「なに、とうま?」
「自己紹介の後に、ちゃんと今後の要望言っておけよ? 一緒に住むことになる可能性が高いんだ」
 上条の言葉にインデックスは首をかしげていたが、うん! と頷く。

 インデックスは美琴ににっこり笑いかけた。


「私の名前はね、インデックスって言うんだよ? おなかいっぱいご飯を食べさせてくれると嬉しいな♪」


fin.


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