とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part6

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 自分の視界に泡まみれの女の子がいる。
 10数メートル先の斜め後姿なので、色々と肝心な部分はもどかしいほどに見えないが。
 近づいていって、何してんのよコラ! と言われる予定調和もアリだろう。しかし……
 上条当麻は動けなかった。

 今まで、あらゆる女の子のあられもない姿を、ラッキーなイベントで見てきた上条である。
 その後高確率で起こっている袋叩きのせいで、必ずしも本人にとっては幸せな記憶とはなっていないが……
 しかし、今回は。
 惹かれつつある女の子の裸体は、格が違っていた。

 下手な動きは、冗談が冗談でなくなる。
(落ち着け……しっかりしろ俺! 相手は中学生! 一歩外には親もいるんだぞ!)
 湯面に写った自分の顔をにらみつつ、精神統一をはかる上条であった。……が。
 すぐに美琴の一糸まとわぬ後姿が思い浮かび……
(ぬああああ! 精神統一!)
 その繰り返しである。


(……なにやってんのかしら)
 身動きしない上条に、御坂美琴は体を洗いながら拍子抜けな気分になっていた。
 コメディマンガなら主人公があの手この手で裸を見ようと画策するタイミングである。
 またあの男は、自分からアクション起こさないと反応してくれないのか。
 もう恋人未満の微妙な関係でもないのに。

(いっつも勝手に駆けつけたりするクセに、こういう事はほんと何もしないんだから!)
 美琴は泡を洗い流しながら、ま、こんな色気の無い身体じゃね、と自嘲する。
 別に何かを期待しているわけではないが、このままお話して終りでは、さっきのソファーでの会話と何ら変わらない。
 今度は頭を洗いながら、思案する。……興味ないなら、どうしてくれようか。
 湯当たりしたフリをして、しなだれかかったらどうするかしら? 等と過激な事まで考え始めていた。

 頭を完全に洗い終えた美琴は、さすがに上条の動きの無さ、に気が付いた。
(まさか、まさかとは思うけど)
 何もイベントが起こらなかった意味でのため息をつき、美琴は立ち上がる。
 また前だけをタオルで隠しながら、そろそろと湯船に近づき。
(まさか、恋人と初めての混浴中に)
 後ろを向きながら、湯船に入り、タオルは縁に置き。
(寝てる、なんて、)
 水面を見つめている様子の、上条の横手から接近し。

 上条が目を閉じ、船を漕いでいるのを見て、美琴は本年初ブチギレた!
「ありえるかっ!!! こんの馬鹿ッ!!」
 剛腕一閃。

 美琴の怒りのラリアットは、居眠りしていた上条のツンツン頭を完璧に捉え、上条は仰向けにぶっ飛んだ!


「ぶぁふっっっ! どぶあばばばばあああああ!!」
 沈んで一瞬溺れかけたが、我に返った上条が顔を出した。
 ……パニック状態が収まり、睨みつけている可愛らしい女の子を認識し、……サーッと青ざめる。
「……俺、寝てた?」
「そ、そんなに私って女として魅力ないっての!? 寝てしまうほどにどうでもいいの!?」
「ち、違う違う!」
 上条はゾクッとした。……来る、不幸が来る! 長年付き合って来た不幸が、予兆を知らせる!


 美琴が。いわゆる大事な箇所を、右腕と左手でそれぞれ隠した姿で、立ち上がった!

 ◇ ◇ ◇

 しかし、それは一瞬だった。
 激昂と、これならどうだ! とばかりに思わず立ち上がってしまった美琴であったが。
 冷気にさらされて我に返り、ザバン! と勢いよく座り込み、口元まで湯に浸かってしまった。


 上条は、あまりの衝撃に固まっていた。
 頭のどこかで、早く何かフォローする言葉を吐け、と指令が出ているのに、動けない。
 しかし、顔を真っ赤にして、斜め下をみつめるように顔を背けている美琴に、ようやく言葉を絞り出す。
「す、すまん美琴。今回は、いや今回も、俺が悪い」
「……、」
「寝ちまったのは……今日は色々ありすぎたせいかな、フッと気が抜けちまった……」

 ある意味寝起きだった上条の頭が、ようやく回りだした。
「ただ、絶対に勘違いしないで欲しいのは、お前は女の子として、これ以上なく魅力的だから!」
 ガバッと頭を下げ、必死に言葉を搾り出す。
「ついさっきまで倫理観とか言ってた俺がさ、うかつに動けないっつーか。今も、お前の肩に手を置いて、って思ってもだな。
ほんと根性ナシで悪いけど、できねーんだよ! ……あー、何言っても言い訳になっちまうな、本当にゴメンナサイ!」

 上条は、ビクビクしながら美琴の反応を待つ。……美琴がため息をついた気配がした。
「……分かったわよ。じゃあ、背中向けて」
「はい?」
「背中! 伸ばしてね!」
 よくわからないままに、湯船の中で上条は背中を向け、背筋を伸ばす。

 ぴたっ、と適度に柔らかく、温かいものが背中に張り付いてきた。
「…………!!」
 美琴が背中同士を――肩甲骨が当たらないようにややずらして、合わせてきたのである。

「こ、こそばゆいわね」
「……や、柔らかい……だ、だからお前なあ、俺の鉄の意志を砕きにかかるんじゃねぇえええ!」
「根性ナシの鉄の意志? 硬いんだか柔らかいんだか……」
 そのまま美琴は頭を上条の肩に乗せた。湿った髪が、上条の頬をくすぐる。
「はふー、しあわせ~……」
「……手を伸ばせば届くんだいい加減に始めようぜ上条当麻いやだめだ終わってねえ始まってねえ落ち着け俺……」
 満ち足りた美琴の裏で、上条はブツブツとつぶやきながら理性との戦いを続けていた。

「……いい方に解釈しとくわね」
「ん?」
「こーんなシチュエーションでも、手を出してこないとか、寝ちゃったりするってことは、さ」
 美琴は口に出しながら、改めて思った。
「他の女の子にも、手を出してない……出せなかったって、ね。女の子の知り合い多いみたいだからさ」
 もし、自分に何らかのアクションを上条が起こしていたら、『あのシスターとは何も無い』と言う言葉を信じられただろうか?
「出すかっつーの。それ以前にそんな恵まれたシチュエーションがねえよ。……くうぅ~」

 何やらまだ『何か』と戦ってるらしい背中を感じながら、美琴はまたひとつ、上条への想いを厚くしていた。
(この性格のおかげで、今まで誰とも深い仲にならず、かあ。私にとっては、とりあえず良かったと思うべきよね……)


「そろそろ戻るか。着替え考えたら1時間以上たっちまうし」
 しばし背中を合わせたまま、ゆったりと思い出話をしていたが、流石に時間が気になりだしていた。
「そうね~。どっち先出る?」
「……俺、先に出るとママさん攻撃怖いから、後でいい…」
 美琴は、不満を示すようにぐりぐりっと肩においた頭を上条におしつけた。
「私だって嫌よ! ……まあいいわ、じゃあ出るから。今度は絶対こっち見ちゃダメよ!」
「……善処します」

 背中が離れる。
(ふ~~。女の子の背中たあ貴重な経験だったけど、俺にはまだ早ぇ……え?)
「ぬああああああああああああああ!」

 美琴が上条の首に腕を巻き付け、抱きついてきた!
(あ、た、当たってる、当たってるぅーーーー)
「……ほんとこの根性ナシは! 罰とご褒美の合わせ技で、コレでもくらえっ!」
 美琴が上条をいわゆるチョークスリーパーの形でロックしたまま左右に振るが、背中の感触が、全てを凌駕する。
(こ、これが伝説の『当ててんのよ』? す、擦り寄せられたら、カミジョーさんは、カミジョーさんはーーっ!)

「じゃ、また後でね♪」
 ぱっ! と開放され……、ばしゃばしゃとかき分ける音が聞こえ、美琴は戻って行った。

 上条は色々と固まったまま、しばらく動けなかった。

 ◇ ◇ ◇

 美琴が常盤台中の制服を着て、手を振ってきたので、上条も更衣室に戻る。
 着替えながら、一糸纏わぬ後姿と、あの前を隠した姿、そして最後の強烈な感触を思い出し……
 もう美琴なしには生きられない、ダメ人間になってしまった気分の上条であった。

 トイレに寄ったあと、ホテルロビーまで降りて行く。
 両家はもう荷物をまとめて歓談中で、パパさんズも復活していた。
「おかえり~」 
 そう言う美琴の顔は引きつっている。……ママさんズ攻撃か。
「もう美琴ちゃんを、他の所へお嫁に出せなくなっちゃったわねえ……困ったものだわ」
「……俺ももうお婿にいけなくなりましたから、おあいこですよ……」
「な、何言ってんのよ!」
 最後はさすがにやりすぎたかな、と思っていた美琴は、真っ赤になってモジモジしていた。


「もう帰るんだよ、ね?」
「ウン。詩菜さんが車で送ってくれるって。……何、美琴ちゃん今更寂しそうな顔して。さんざいつでも会える子と遊んどいて」
「まったくだ。俺、ほとんど美琴と話してないんだがなあ」
「アンタらがそそのかしたんでしょーがあ!」
「ま、いい顔になったな美琴。その顔で、俺はまた1年頑張れる……っと、刀夜氏が」
 え? と美琴が振り向くと、上条刀夜がちょうど美琴の後ろに歩いてきていた。

「美琴さん、今日はありがとう」
「あ……いえいえ! わ、私こそ、なんかもう一人で滅茶苦茶にしてしまって、その……」
「いやいや。……もうお別れの時間だし、一つだけ。当麻の事だが」
「は、はい」
「あの子の不幸体質。……一緒に居ればおそらく、美琴さんもそれに巻き込まれていくだろう。しかし……」
「……、」
「不幸から逃げなければ、必ず幸福が来る――私はそう信じている。ならば、当麻は幸福と接する機会もまた、多いと言える」

 美琴は思う。当麻がもし、幸運な男なら、私が困っている時に出会いすらしなかっただろう。
 不幸だからこそ、困っている私に出食わし、巻き込まれ……
「大丈夫です。不幸に耐えられないからといって、当麻さんから離れるなんて、ないですから。絶対に」
「ありがとう。……まあ実際のところ言いたいのは、私に似て女性トラブルが降りかかってく……」
「あらあら~、刀夜さん、自分は悪く無いと言ってるのかしら~? 何を美琴さんに刷り込もうとしてるのかしら?」
「い、いやいや! じゃ、じゃあ美琴さん当麻をよろしく頼むよ!」
 ずざざっ! と刀夜は下がっていった。

 上条詩菜はため息をつき、そっと美琴に近づいて、小さな紙切れを手渡した。
「? あ、携帯番号……ですか?」
「うふふふ。何かあったら連絡頂戴ね。これでもあの子の母親、聞きたいことがあれば、ね♪」
「あ、ありがとうございます! じゃ、じゃあ私の番号も……」
 素早く美琴は携帯を取り出し、詩菜に掛けて番号登録して貰った。
(そっか、詩菜さんから、昔の当麻の話を聞いたりして……失われた記憶を埋めていくのもアリなのかな……)


 一方、美琴と刀夜が話し出した所で、御坂夫妻は上条当麻に近づいて話しかけていた。
「まったく、寝てる間にまさか愛娘が混浴たあ、男親としちゃどうすりゃいいんだろな?」
 美鈴が苦笑いしている横で、旅掛の言葉で上条は強ばっていた。
「ひとつ言い当てようか? さっきの風呂、当麻くんは美琴に、一切手を出さなかったろ?」
「え!? 当麻くんホント? 美琴ちゃんの胸ひとつ揉んでないの!?」
「揉みませんって! いやその、……はい、何も……」

 旅掛はウンウンとうなずいている、
「元来の性格もあるだろうが、両親のいるこういう場で、後ろめたいことはできないタイプだとは分かっちゃいるんだがな」
 上条は愕然とした。
 根性ナシと言われようと、信用されての混浴という状況、裏切るような真似できるか! との思いがあったのは事実である。
(なんでこうあっさり、見抜かれる……?)
「ま、今回は貸しということで許してやろう。『あの件の情報』で返してくれりゃいいさ」

 美鈴が上条に近づき、笑いかけながら肩をポンと叩いた。
「というわけで、当麻くん最終テストもクリアね♪ 上出来上出来♪」

――そして、両家の両親は満足して帰っていった。
 数時間前のお屠蘇程度では、詩菜が飲酒運転で引っ掛かることもないだろう。

 4人の乗った車が視界から遠ざかると、上条は大きく伸びをし、ぶはーっと息を吐いた。
「……なんで俺、今日初対面の親父さんに、完全に見抜かれてたんだ……? 洞察力ってレベルじゃねー!」
「コ、コンサルタントってそういう技術が当たり前なんじゃ……ない?」
「勝てる気がしねえ……」
 というより、御坂家全員に勝てない気分の上条であった。


 上条は美琴を促して、駐車場とホテルロビーをつなぐ通路を戻り始めた。美琴も横に並んで歩く。
「あー、早く着替えてえ……そういや確認してなかったけど、家近いって事か? 送るってことは」
「そうみたい。聞いたら、大覇星祭の時に母親同士意気投合したんだってさ。
で、ジムの話したら、詩菜さんがそのジム知ってる、って所から、実は同じ区民だったって判明して。
それで、母さんがジムに勧誘して、それからはもう、しょっちゅうジムで私達のこと話してたらしいわよ……」
「今回の擬似お見合いも、そのノリか……」

 上条の足がピタッと止まった。横にいる美琴をまじまじと見つめる。
「ど……どしたの?」
「親がいなくなって、何つーか、元旦イベントが終わったのに。……お前がまだいる、みたいな。変な風には取るなよ?」
「……分かる気がする」
 美琴にしても、『よし、芝居終了! おつかれ!』などと言われて、夢から覚めるんじゃないかと思うほどに、現実味がない。

「ここで抱きしめて現実を確かめる、っつーのが王道ってヤツなんだろうけど……」
 結構駐車場と行き交う人が多く、上条のチキンハートには荷が重い。
「……前に妹がやったみたいに、腕にしがみついて、いい?」
「妹? ……ああ、地下街の時のアレか。よし来い!」

 美琴はおずおずと手を伸ばし、上条の右腕にギュッと抱きついた。
「ではミコトは素直になってみます、……なんてね」
 御坂妹の時と同じく、薄い胸が肘の辺りで触れ合って上条は少しドギマギする。……あの生の感触も蘇ったのは押し殺し。
「ははっ、素直な美琴か……そういや美鈴さんにも車乗り込む前にその辺言われたな」
「そ、そーいえば、あの時何話してたの? ちょっと嫌な予感したんだけど」

 先程、後部座席に乗り込むため、車の後ろから回りこもうとしていた美鈴が、その途中で上条に耳打ちしていたのだ。
「うーん、言ってもいいけどさ」
「お、教えてよ。気になる」
「『美琴ちゃん、小さい頃はホント何かっちゃママ、ママって甘えてくれてね。いっつもヌイグルミ小脇に抱えてねえ。
ところが、早くから学園都市に入ったせいか、変に自立しちゃって。更に今反抗期のお年頃でしょ?
久々に甘えられる相手なのに素直に出せないと思うから、そのサインをちゃんと拾ってあげてね。それじゃまた』、って」
「あんのバカ親! な、何言っちゃってくれてんのよ……!」
 美琴は真っ赤になったが、これは完全に見抜かれていたためだ。実際、どういった形ででも、甘えたい。
 だが、素直云々というよりも、甘えるキッカケが掴めそうにない。上条がリードしてくれれば万々歳、なのだが……

「流石にそれを聞かされちゃ、ボンクラな俺でも、ちょっとは意識せざるをえないけど。
でもさ、人前で甘えていちゃいちゃすんのはどーも合わなくてな……美琴がそういうの好きなら考えるけどさ。
このホテルを歩くなら、手や腕を絡めるのが限界かもしれねー、俺の場合……」
「わ、私も! 今は、それで十分、幸せ……よ。ただ、」
 しがみついたまま美琴は、さっきの思いをそのままぶつけた。
「ふ、二人っきりの時さえ、もうちょっとそっちから踏み込んでくれれば、……甘えちゃおかな、なんて」
「……あー。そうだよな、俺から動けば、お前のサインなんて別に……」
 そこまで言って、上条は何かに気付いたような表情をした。

「あーくそ、よく考えたらこんな事さえ、親のお膳立てか。美鈴さんの情報通りにしようとしてる俺が居る! ダメだダメだ!」
 上条は首をブンブンと振った。
「せっかく恋人になったのに、まだ俺が何か変われてねえ! これじゃ釈迦の手のひらの上、だ!
……よし、両家の筋書き通りの元旦物語は終わりだ終わり! こっからは俺が、いや、2人で新たな物語を作ってやる!
美鈴さんの情報はともかく、美琴を一から知って、もっと俺が美琴をリードしねえと、だよな!」

 美琴は驚いたような表情をしていたが、上条の言葉が浸透すると、微笑んで彼を見つめた。
 一旦絡めていた手を離し、改めて左手で上条の右手を握る。
「……他の人なら笑っちゃう台詞だけど。当麻の言葉は、有言実行。そうやって色んな人を救ってきたんだもんね。
私も当麻の事もっと知りたいし、私もできるだけ……。ウン、いい物語、作ろうねっ!」
「ああ、時間はたっぷりある。よーし、じゃあ行くかあっ!」

 2人はにっこり笑いあい、お互いの手をしっかり握って、歩みだした。
 私にまでクサい台詞言わせないでよっ、俺と付き合うならあんなもんじゃ済まねえぞ? と笑いあう姿は。
 もうそれは、『一体何をやれば恋人っぽく見える訳?』などという疑問を差し挟む必要もない、恋人たちの姿であった。


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