九月の狂想曲
常盤台中学の待機所に戻った御坂美琴は上条当麻と仲良く厳重注意を受けた。
美琴達に厳重注意をしたのは美琴の担当教諭で、厳重注意を受けた理由は『男性の腕に抱き上げられてその姿が世界中継されるなど常盤台の学生としてあるまじき行為』で、厳重注意の内容は『他の生徒の父兄が動揺するので以後こういった行動は慎むように』だった。
常盤台中学は世界有数のお嬢様学校として各地より優秀な子女を預かる立場であり、お嬢様学校であるが故に品性、品格にいたくこだわるのが校風なのだから美琴達が叱られても仕方のないことだった。
何一つ言い逃れのできない状況で上条が『大覇星祭ということで浮かれていた、美琴が「借り物」であったため調子に乗りすぎた』とひたすら頭を下げたため、お説教は『気をつけるように』との定型句で打ち切られた。
だが美琴としては、先ほどまでの甘い気分も上条からのサプライズも粉々に吹っ飛ばされてげんなり、という気分だ。
担当教諭の言い分は正しいし、美琴も肯定する部分はある。
それでも叱るなら自分一人にして欲しかったと美琴は思う。
調子に乗ったのは美琴で、上条は美琴のわがままを聞いただけなのだ。
そして何より気に食わなかったのは、上条の去り際に担当教諭がぽつりと『ふん、無能力者(レベル0)が』と呟いた事だ。
常盤台中学の入学条件は最低でも強能力者(レベル3)と決められている。
つまりそれ以下の能力者はどれだけ人格的に素晴らしかろうが相手にしない。
無能力者など、常盤台の教師からすれば超能力開発という時間割り(カリキュラム)から外れた落ちこぼれに過ぎないのだ。
美琴もかつては無能力者(というよりはスキルアウト)をそう見ていたところもあり、あまり強く言えた義理はないが、
それでも。
その小さな事が、頭にきた。
心の底から。
そのたった一言で上条を切り捨てる教師の態度が許せなかった。
教師も、常盤台中学も、あるいは統括理事会でさえも『知らない』妹達と美琴の問題を、ただ一人命をかけて救ってくれたのはほかならぬ上条なのだ。
無能力者だから切り捨てても良いのではない。無能力者は無能力なんかではない。
無能力者が蔑まされるようなスキルアウトに走るのは個々の事情であり、無能力者だからと十把一絡げに扱わないで欲しい。
相手が自分の学校の教師でなかったら、上条の何を知っているといるんだと美琴は即座に雷撃の槍を叩き込んでいたかもしれない。
そんな事をすればもっと大事になるし、何より必死に頭を下げてくれた上条の顔に泥を塗る。
常盤台中学の模範生としても、学園都市第三位の超電磁砲としても、それ以前に上条当麻の彼女として絶対に取ってはならない行動だった。
もしも自分が常盤台中学の生徒でなかったら、と美琴は思う。
これが例えば初春飾利や佐天涙子の通う柵川中学校だったらここまで騒ぎにはならなかったかもしれない。
あるいは、美琴がとある高校の一生徒だったなら。
こんなところで上条が日頃口にする『中学生と高校生』の歪んだ例を目の当たりにして、美琴はほんの少し唇を噛んだ。
とにかく、後で上条に謝ろう。
美琴はそう思って、そこで不意に視線の束を背中に感じた。
恐る恐る背後を振り返ると、
「……へ?」
常盤台中学の生徒達―――早い話が美琴のクラスメートや下級生が熱い視線で美琴を見つめ、ぐるりと取り囲んでいる。
彼女達は常盤台中学『学内』学生寮の生徒だった。
つまり、美琴を取り囲む少女達は正真正銘箱入り娘達であり、美琴とは違う方向性で筋金入りのお嬢様達だった。
「あ、あれ? みんな何か私に用? ああ、えっと見苦しいとこ見せちゃってごめんね? ……あれ? 違った?」
お嬢様集団が醸し出す異様な雰囲気にたじろいだ美琴がひとまずの謝罪を口にすると、
「御坂様!!」
「私、感動しました!」
「素敵ですわ御坂様!!」
少女達は一様に感動や興奮を口にする。
美琴は訳が分からず首を傾げて、
「……はい?」
「御坂様と殿方がお互いを想い合いかばい合うお姿に私達とても感激いたしました! これがアガペーなのですね!! 愛って素晴らしいですわ!!」
「あの。アガペーって……」
肉体的な愛を『エロス』と名付けるのに対し、精神的な愛は『アガペー』と呼ばれる。アガペーとは見返りを求めぬ無償の愛であり、もっとも尊ばれる愛の形とされる。
ようするに、美琴を取り囲む少女達にとって教師に叱られながらも互いをかばう美琴と上条の恋愛が『崇高(プラトニック)』なものと映り、そこがどうやら箱入りお嬢様のツボに入ったらしい。
「いや私達は別にエロスとかアガペーとかそう言った高尚なもんじゃなくて……」
包囲の輪を狭め詰め寄る少女達に両手をわたわたと振って否定する美琴。
「さすがは御坂様。恋愛一つを取っても私達の良きお手本ですわ!!」
おかしな方向に気炎を上げたお嬢様軍団は美琴の言葉に耳を貸さず闇雲に美琴を褒め称える。
暴走した少女達をを止める術などもはや存在しない。
心の中で『処置なし』のハンコを押すと、美琴は小さく口の中でため息をついてからつまんなさそうに、
「……くろこー?」
「はいはい、ごめんあそばせ。失礼いたしますの」
美琴の合図を待っていたらしい白井黒子が女の子達の間に割り込み、美琴の腕を掴んで空間移動(テレポート)を実行する。
美琴が輪の中心からブン!! という音と共に姿を消すと、
「……あ、あら? 御坂様はどちらに?」
「また白井さんですの? どうしてあの方はいつもいつも……」
「御坂様ったら謙遜されていらっしゃるのでしょう。その奥ゆかしさも素敵ですわ」
少女達は口々に感想や文句を述べて、三々五々に散っていく。
美琴達に厳重注意をしたのは美琴の担当教諭で、厳重注意を受けた理由は『男性の腕に抱き上げられてその姿が世界中継されるなど常盤台の学生としてあるまじき行為』で、厳重注意の内容は『他の生徒の父兄が動揺するので以後こういった行動は慎むように』だった。
常盤台中学は世界有数のお嬢様学校として各地より優秀な子女を預かる立場であり、お嬢様学校であるが故に品性、品格にいたくこだわるのが校風なのだから美琴達が叱られても仕方のないことだった。
何一つ言い逃れのできない状況で上条が『大覇星祭ということで浮かれていた、美琴が「借り物」であったため調子に乗りすぎた』とひたすら頭を下げたため、お説教は『気をつけるように』との定型句で打ち切られた。
だが美琴としては、先ほどまでの甘い気分も上条からのサプライズも粉々に吹っ飛ばされてげんなり、という気分だ。
担当教諭の言い分は正しいし、美琴も肯定する部分はある。
それでも叱るなら自分一人にして欲しかったと美琴は思う。
調子に乗ったのは美琴で、上条は美琴のわがままを聞いただけなのだ。
そして何より気に食わなかったのは、上条の去り際に担当教諭がぽつりと『ふん、無能力者(レベル0)が』と呟いた事だ。
常盤台中学の入学条件は最低でも強能力者(レベル3)と決められている。
つまりそれ以下の能力者はどれだけ人格的に素晴らしかろうが相手にしない。
無能力者など、常盤台の教師からすれば超能力開発という時間割り(カリキュラム)から外れた落ちこぼれに過ぎないのだ。
美琴もかつては無能力者(というよりはスキルアウト)をそう見ていたところもあり、あまり強く言えた義理はないが、
それでも。
その小さな事が、頭にきた。
心の底から。
そのたった一言で上条を切り捨てる教師の態度が許せなかった。
教師も、常盤台中学も、あるいは統括理事会でさえも『知らない』妹達と美琴の問題を、ただ一人命をかけて救ってくれたのはほかならぬ上条なのだ。
無能力者だから切り捨てても良いのではない。無能力者は無能力なんかではない。
無能力者が蔑まされるようなスキルアウトに走るのは個々の事情であり、無能力者だからと十把一絡げに扱わないで欲しい。
相手が自分の学校の教師でなかったら、上条の何を知っているといるんだと美琴は即座に雷撃の槍を叩き込んでいたかもしれない。
そんな事をすればもっと大事になるし、何より必死に頭を下げてくれた上条の顔に泥を塗る。
常盤台中学の模範生としても、学園都市第三位の超電磁砲としても、それ以前に上条当麻の彼女として絶対に取ってはならない行動だった。
もしも自分が常盤台中学の生徒でなかったら、と美琴は思う。
これが例えば初春飾利や佐天涙子の通う柵川中学校だったらここまで騒ぎにはならなかったかもしれない。
あるいは、美琴がとある高校の一生徒だったなら。
こんなところで上条が日頃口にする『中学生と高校生』の歪んだ例を目の当たりにして、美琴はほんの少し唇を噛んだ。
とにかく、後で上条に謝ろう。
美琴はそう思って、そこで不意に視線の束を背中に感じた。
恐る恐る背後を振り返ると、
「……へ?」
常盤台中学の生徒達―――早い話が美琴のクラスメートや下級生が熱い視線で美琴を見つめ、ぐるりと取り囲んでいる。
彼女達は常盤台中学『学内』学生寮の生徒だった。
つまり、美琴を取り囲む少女達は正真正銘箱入り娘達であり、美琴とは違う方向性で筋金入りのお嬢様達だった。
「あ、あれ? みんな何か私に用? ああ、えっと見苦しいとこ見せちゃってごめんね? ……あれ? 違った?」
お嬢様集団が醸し出す異様な雰囲気にたじろいだ美琴がひとまずの謝罪を口にすると、
「御坂様!!」
「私、感動しました!」
「素敵ですわ御坂様!!」
少女達は一様に感動や興奮を口にする。
美琴は訳が分からず首を傾げて、
「……はい?」
「御坂様と殿方がお互いを想い合いかばい合うお姿に私達とても感激いたしました! これがアガペーなのですね!! 愛って素晴らしいですわ!!」
「あの。アガペーって……」
肉体的な愛を『エロス』と名付けるのに対し、精神的な愛は『アガペー』と呼ばれる。アガペーとは見返りを求めぬ無償の愛であり、もっとも尊ばれる愛の形とされる。
ようするに、美琴を取り囲む少女達にとって教師に叱られながらも互いをかばう美琴と上条の恋愛が『崇高(プラトニック)』なものと映り、そこがどうやら箱入りお嬢様のツボに入ったらしい。
「いや私達は別にエロスとかアガペーとかそう言った高尚なもんじゃなくて……」
包囲の輪を狭め詰め寄る少女達に両手をわたわたと振って否定する美琴。
「さすがは御坂様。恋愛一つを取っても私達の良きお手本ですわ!!」
おかしな方向に気炎を上げたお嬢様軍団は美琴の言葉に耳を貸さず闇雲に美琴を褒め称える。
暴走した少女達をを止める術などもはや存在しない。
心の中で『処置なし』のハンコを押すと、美琴は小さく口の中でため息をついてからつまんなさそうに、
「……くろこー?」
「はいはい、ごめんあそばせ。失礼いたしますの」
美琴の合図を待っていたらしい白井黒子が女の子達の間に割り込み、美琴の腕を掴んで空間移動(テレポート)を実行する。
美琴が輪の中心からブン!! という音と共に姿を消すと、
「……あ、あら? 御坂様はどちらに?」
「また白井さんですの? どうしてあの方はいつもいつも……」
「御坂様ったら謙遜されていらっしゃるのでしょう。その奥ゆかしさも素敵ですわ」
少女達は口々に感想や文句を述べて、三々五々に散っていく。
美琴は白井に腕を掴まれて、少女の集団からほんの少しだけ離れた場所へ空間移動した。
少女達も慎重に辺りを見回せば美琴がそれほど遠くに移動した訳ではないことに気づけたのだが、常盤台中学にただ一人しかいない空間移動能力者(テレポーター)の判断力を高く見積もりすぎていたのだった。
美琴は隣に立つ白井に向かって、
「いつもいつも悪いわね。でも、私が困ってるって分かってるならもう少し早くに助けてくれても良かったんじゃない?」
「あれもたまには良い薬になるんじゃないかと思いましたの」
白井は後ろ手に何かを持ったまましれっと嘯く。
言葉の意味が理解できない美琴は首を傾げて、
「薬? それってどういう意味よ?」
「お姉様はご自身が超能力者である事を意に介さず、いえ、軽んじられていらっしゃるのは以前からですけれども、今回のはいささか度が過ぎていらっしゃいません? るいじ……もとい、公衆の面前で殿方に抱きついたままテレビ中継など破廉恥極まりないですわよ? 他の生徒ならいざ知らず、お姉様があのようなことをされたら先生方だってさすがに黙っていませんし、お姉様のファンを自称する生徒達があっという間に感化されることは火を見るより明らかですの」
そこで白井は一度言葉を切って涼しい顔で、
「と、わたくしがお姉様に一言申し上げる前にすでに囲まれていらっしゃいましたし、自身の行いがどれほど周囲に影響を及ぼすかは身をもって実感されたことでしょうから、これ以上についてはわたくしも口を噤みますの」
「はいはーい、毎度毎度のお説教ありがとうございます。ご心配をおかけしましたわねー」
美琴は再びげっそりした表情を作る。
さっきは先生で今度は白井か。
常盤台の模範生と呼ばれる少女は一日に二度もガミガミ言われて少々辟易していた。
超能力者の称号は美琴が目指したハードルの先でも、そのおまけでついてきた賛辞など美琴の知るところではない。
自分はただの女の子だ。恋だってするし、彼氏と一緒にはしゃぎたい。
美琴はそこで『うーん』と両手を挙げて大きく伸びをする。
ここでぶつぶつ言っても仕方がない。
美琴は気持ちを切り替えるべく自分の顔を両手でペチペチ、と軽くはたく。
白井は表情を和らげた美琴に向かって、
「お姉様。そろそろお召し替えをお願いいたしますの」
「ああ、もうそんな時間なのね。にしてもさ、これって本当に常盤台(うち)の伝統なの?」
「さぁ? わたくしは存じませんけれども」
手にした学ランを美琴にうやうやしく差し出す。
超能力開発の名門・常盤台中学では生徒の間で奇妙な伝統が存在する、らしい。
誰が言いだしたものなのかは全く見当がつかないが、曰く、
『大覇星祭では「彼氏持ち」の三年生が監督を務めるものとする』
とされている。
監督、と言ってもメガホン片手に常盤台中学が参加する全競技に張り付くわけではない。
監督が必要とされる競技にのみ、選手ではない立場で参加するだけの事だ。
「おそらくは『女子校育ちなのに彼氏がいるだなんて許せない』と僻んだどこかの誰かが始めた風習ではないかと思いますの。大方『彼氏から学ラン借りてこい』などと挑発して晒し者にするつもりだったのでしょう」
「その発想はさすがに考え過ぎってもんじゃない?」
白井の推測にいちおうツッコむ美琴。
白井は空間移動で美琴の背後に回り込むと美琴の肩に学ランをかけながら、
「お姉様もお姉様ですの。わかぞ……もとい、衣替え前の殿方さんに頼まなくても、黒子に一言言ってくださればお姉様を美しく彩る衣装をご用意しましたのに」
「試しにアンタに頼んだら、紫の生地にラメ入りでしかも背中に『愛裸舞優』とか変な刺繍が入った長ラン持ってきたじゃない。それに、アンタの学ラン受け取ったらアンタが私の彼氏って事になるじゃないのよ」
「ぐへへへ、それはそれで好都合ですの」
「……、」
美琴は妄想を滾らせる白井を無視して羽織った学ランに袖を通す。
借りてきた学ランを着てみて改めて美琴は思う。
上条は極端にがっちりとした体型ではないが、やっぱり男だ。
美琴より肩幅が広く、リーチも長い。
美琴は袖をまくって丈を調節しながら、
「うわー、分かっていたけどぶかぶかだわこれ」
背後では白井が白いたすきを美琴の肩から背中に向かって通し、交差させてちょうちょ結びに整え、
次に美琴の腰に軽く手を添えて、細かいプリーツの入った白いスコートを瞬時に履かせ、
そこから白井が前に回って美琴の胸元を軽く上から下になぞると学ランのボタンが次々と留められて、
最後に美琴の両手を取って、瞬きする間に白い手袋をはめさせる。
「お姉様、準備整いましたの」
「ん。ありがと黒子」
美琴はその場でくるりと一回転して全体を確認する。
スコートのプリーツが美琴の動きに追随して軽く舞い上がり、ふわりと落ちた。
まぁこんなものかな、と納得して、
「でさ、悪いんだけどちょっと連れてって欲しいとこがあんのよ。空間移動頼むわね」
「……嫌な予感が。いえ、むしろ嫌な予感しかしないのですけれども念のためにお聞きしますの。……どちらまで?」
「確か、うちらの競技が始まる少し前に二人三脚をやるでしょ? そこの競技場に行って欲しいの」
白井は軽くため息をついてからジャージのポケットから自分の携帯電話を取りだす。
細いスリットから飛び出した『本体』の液晶画面に競技案内のパンフレットを表示させて競技場の場所を確認し、
「……確かそれは『高校二年生』が出場する『二人三脚』であって、わたくし達常盤台中学は誰一人出場しませんけれども?」
一応の嫌味を言ってみるが美琴はそれを聞き流し、
「だから『悪いわね』って言ってるでしょ?」
「……短い時間ではありますけれどもお姉様とデートができると思うことにしておきますの」
白井は不平たらたらの表情で携帯電話をポケットに押し込み、美琴の手を握って空間移動で人混みをすり抜けてゆく。
とある高校の二年生が出場する、二人三脚の会場へ向かって。
少女達も慎重に辺りを見回せば美琴がそれほど遠くに移動した訳ではないことに気づけたのだが、常盤台中学にただ一人しかいない空間移動能力者(テレポーター)の判断力を高く見積もりすぎていたのだった。
美琴は隣に立つ白井に向かって、
「いつもいつも悪いわね。でも、私が困ってるって分かってるならもう少し早くに助けてくれても良かったんじゃない?」
「あれもたまには良い薬になるんじゃないかと思いましたの」
白井は後ろ手に何かを持ったまましれっと嘯く。
言葉の意味が理解できない美琴は首を傾げて、
「薬? それってどういう意味よ?」
「お姉様はご自身が超能力者である事を意に介さず、いえ、軽んじられていらっしゃるのは以前からですけれども、今回のはいささか度が過ぎていらっしゃいません? るいじ……もとい、公衆の面前で殿方に抱きついたままテレビ中継など破廉恥極まりないですわよ? 他の生徒ならいざ知らず、お姉様があのようなことをされたら先生方だってさすがに黙っていませんし、お姉様のファンを自称する生徒達があっという間に感化されることは火を見るより明らかですの」
そこで白井は一度言葉を切って涼しい顔で、
「と、わたくしがお姉様に一言申し上げる前にすでに囲まれていらっしゃいましたし、自身の行いがどれほど周囲に影響を及ぼすかは身をもって実感されたことでしょうから、これ以上についてはわたくしも口を噤みますの」
「はいはーい、毎度毎度のお説教ありがとうございます。ご心配をおかけしましたわねー」
美琴は再びげっそりした表情を作る。
さっきは先生で今度は白井か。
常盤台の模範生と呼ばれる少女は一日に二度もガミガミ言われて少々辟易していた。
超能力者の称号は美琴が目指したハードルの先でも、そのおまけでついてきた賛辞など美琴の知るところではない。
自分はただの女の子だ。恋だってするし、彼氏と一緒にはしゃぎたい。
美琴はそこで『うーん』と両手を挙げて大きく伸びをする。
ここでぶつぶつ言っても仕方がない。
美琴は気持ちを切り替えるべく自分の顔を両手でペチペチ、と軽くはたく。
白井は表情を和らげた美琴に向かって、
「お姉様。そろそろお召し替えをお願いいたしますの」
「ああ、もうそんな時間なのね。にしてもさ、これって本当に常盤台(うち)の伝統なの?」
「さぁ? わたくしは存じませんけれども」
手にした学ランを美琴にうやうやしく差し出す。
超能力開発の名門・常盤台中学では生徒の間で奇妙な伝統が存在する、らしい。
誰が言いだしたものなのかは全く見当がつかないが、曰く、
『大覇星祭では「彼氏持ち」の三年生が監督を務めるものとする』
とされている。
監督、と言ってもメガホン片手に常盤台中学が参加する全競技に張り付くわけではない。
監督が必要とされる競技にのみ、選手ではない立場で参加するだけの事だ。
「おそらくは『女子校育ちなのに彼氏がいるだなんて許せない』と僻んだどこかの誰かが始めた風習ではないかと思いますの。大方『彼氏から学ラン借りてこい』などと挑発して晒し者にするつもりだったのでしょう」
「その発想はさすがに考え過ぎってもんじゃない?」
白井の推測にいちおうツッコむ美琴。
白井は空間移動で美琴の背後に回り込むと美琴の肩に学ランをかけながら、
「お姉様もお姉様ですの。わかぞ……もとい、衣替え前の殿方さんに頼まなくても、黒子に一言言ってくださればお姉様を美しく彩る衣装をご用意しましたのに」
「試しにアンタに頼んだら、紫の生地にラメ入りでしかも背中に『愛裸舞優』とか変な刺繍が入った長ラン持ってきたじゃない。それに、アンタの学ラン受け取ったらアンタが私の彼氏って事になるじゃないのよ」
「ぐへへへ、それはそれで好都合ですの」
「……、」
美琴は妄想を滾らせる白井を無視して羽織った学ランに袖を通す。
借りてきた学ランを着てみて改めて美琴は思う。
上条は極端にがっちりとした体型ではないが、やっぱり男だ。
美琴より肩幅が広く、リーチも長い。
美琴は袖をまくって丈を調節しながら、
「うわー、分かっていたけどぶかぶかだわこれ」
背後では白井が白いたすきを美琴の肩から背中に向かって通し、交差させてちょうちょ結びに整え、
次に美琴の腰に軽く手を添えて、細かいプリーツの入った白いスコートを瞬時に履かせ、
そこから白井が前に回って美琴の胸元を軽く上から下になぞると学ランのボタンが次々と留められて、
最後に美琴の両手を取って、瞬きする間に白い手袋をはめさせる。
「お姉様、準備整いましたの」
「ん。ありがと黒子」
美琴はその場でくるりと一回転して全体を確認する。
スコートのプリーツが美琴の動きに追随して軽く舞い上がり、ふわりと落ちた。
まぁこんなものかな、と納得して、
「でさ、悪いんだけどちょっと連れてって欲しいとこがあんのよ。空間移動頼むわね」
「……嫌な予感が。いえ、むしろ嫌な予感しかしないのですけれども念のためにお聞きしますの。……どちらまで?」
「確か、うちらの競技が始まる少し前に二人三脚をやるでしょ? そこの競技場に行って欲しいの」
白井は軽くため息をついてからジャージのポケットから自分の携帯電話を取りだす。
細いスリットから飛び出した『本体』の液晶画面に競技案内のパンフレットを表示させて競技場の場所を確認し、
「……確かそれは『高校二年生』が出場する『二人三脚』であって、わたくし達常盤台中学は誰一人出場しませんけれども?」
一応の嫌味を言ってみるが美琴はそれを聞き流し、
「だから『悪いわね』って言ってるでしょ?」
「……短い時間ではありますけれどもお姉様とデートができると思うことにしておきますの」
白井は不平たらたらの表情で携帯電話をポケットに押し込み、美琴の手を握って空間移動で人混みをすり抜けてゆく。
とある高校の二年生が出場する、二人三脚の会場へ向かって。
一方その頃、とある競技場にて。
もうすぐ『二人三脚』が始まるとあって、出場する生徒達は肩を組んで走り出す練習や足を出すタイミングを話し合ったりしている。
出番待ちの生徒達に囲まれて、上条はしゃがみ込むと二つの足首を縛り付ける紐を調節しながら、
「あのさ。何で俺と吹寄が組むことになってんの? 確か俺は土御門と組むはずじゃなかったっけ」
隣で両腕を組んだまま仏頂面の吹寄制理に向かって話しかける。
吹寄は足元の上条をジロリと睨み付け、
「仕方ないでしょう。土御門がいきなり捻挫したんだから」
「だったら俺は出場しなくても良かったのでは? 吹寄だって運営委員で忙しいのに何も嫌々俺と組まなくたって」
「あたしは楽しい大覇星祭を成功させたいだけよ。それに上条、貴様は自分が去年の大覇星祭における白組のA級戦犯だと言うことを忘れたの? 貴様が去年の分まで白組に貢献できるようこうして時間を割いてペアに名乗り出てあげたんだから、むしろあたしの優しさに感謝して欲しいわね」
「そんな優しさいらねーって……」
去年はとある事件の結果初日からボロボロになるわ不幸の連発で心身共にズタズタになるわで、両親が見に来ているにも関わらず上条には全く良いところがなかった。
それら一連の出来事は全て上条の予定を無視して始まったことであり、そこでA級戦犯と呼ばれることは甚だ心外なのだが、
「土御門は今日一日使い物にならないから、土御門が出るはずだった種目は全部貴様の名前で再エントリーしておいたわ。せいぜい頑張ることね」
想定外の宣告にうげっ!! と驚愕の呟きを漏らす上条。
もはや立ち上がる気になれず膝を抱えて、
「……不幸だ」
「何をもたもたしているの? そろそろ待機列に並ぶわよ」
「ちょ、ちょっと待て吹寄。二人三脚ってのは二人の息を合わせて同時に歩くから二人三脚なんであって痛い痛い痛いまだ立ち上がってない俺を引きずるなって!!」
吹寄は上条を顧みることなく、自らの左足に上条をくくりつけたままずんずんと歩きだす。
もうすぐ『二人三脚』が始まるとあって、出場する生徒達は肩を組んで走り出す練習や足を出すタイミングを話し合ったりしている。
出番待ちの生徒達に囲まれて、上条はしゃがみ込むと二つの足首を縛り付ける紐を調節しながら、
「あのさ。何で俺と吹寄が組むことになってんの? 確か俺は土御門と組むはずじゃなかったっけ」
隣で両腕を組んだまま仏頂面の吹寄制理に向かって話しかける。
吹寄は足元の上条をジロリと睨み付け、
「仕方ないでしょう。土御門がいきなり捻挫したんだから」
「だったら俺は出場しなくても良かったのでは? 吹寄だって運営委員で忙しいのに何も嫌々俺と組まなくたって」
「あたしは楽しい大覇星祭を成功させたいだけよ。それに上条、貴様は自分が去年の大覇星祭における白組のA級戦犯だと言うことを忘れたの? 貴様が去年の分まで白組に貢献できるようこうして時間を割いてペアに名乗り出てあげたんだから、むしろあたしの優しさに感謝して欲しいわね」
「そんな優しさいらねーって……」
去年はとある事件の結果初日からボロボロになるわ不幸の連発で心身共にズタズタになるわで、両親が見に来ているにも関わらず上条には全く良いところがなかった。
それら一連の出来事は全て上条の予定を無視して始まったことであり、そこでA級戦犯と呼ばれることは甚だ心外なのだが、
「土御門は今日一日使い物にならないから、土御門が出るはずだった種目は全部貴様の名前で再エントリーしておいたわ。せいぜい頑張ることね」
想定外の宣告にうげっ!! と驚愕の呟きを漏らす上条。
もはや立ち上がる気になれず膝を抱えて、
「……不幸だ」
「何をもたもたしているの? そろそろ待機列に並ぶわよ」
「ちょ、ちょっと待て吹寄。二人三脚ってのは二人の息を合わせて同時に歩くから二人三脚なんであって痛い痛い痛いまだ立ち上がってない俺を引きずるなって!!」
吹寄は上条を顧みることなく、自らの左足に上条をくくりつけたままずんずんと歩きだす。
美琴は白井と共にとある競技場に到着した。
目的はもちろん、二人三脚に出場する前の上条を一目見て、できれば激励するためだ。
白井は能力者達の二人三脚を見物しようと詰めかけた大勢の観光客達に混じって、
「『恋は盲目』と申しますけれども……」
人混みと美琴の態度、両方に対してうんざりめいた呟きを漏らす。
学生用応援席に向かうにはこの人混みを抜けなければならないので少々やっかいだ。
美琴は白井の嘆きも意に介さず、
「良いでしょ別に。あ、いたいた! ……って、何よあれ」
美琴の視線のはるか先で、上条は髪の長い巨乳の女生徒と肩を組んで出番を待っていた。
「アイツ……二人三脚の相手は男だって言ってたくせに……」
「あらあらまぁまぁ、わたくしのような恋愛初心者の目から見てもあの二人なかなかお似合いですわね。お姉様には劣りますけれどもスタイルもなかなか……って、ひぃ!? お、お姉様、群衆の只中でバッチンバッチン言わせないで欲しいですの! 漏れてます、電撃が漏れてますわよ!! どうか周囲の皆様避難を、避難を!!」
「ううう……あの馬鹿、私というものがありながら……またしても巨乳……」
「おおお、お姉様しっかりしてくださいまし!! よ、良く見れば女の方は大したことないですし嫌々組んでいるようですから大方パートナーの方にアクシデントでもあったのでしょう。ですからどうかお姉様、気をお鎮めになってくださいまし!!」
「うううう……」
美琴はガルルルと凶暴な唸りを上げんばかりに上条をひたと見据え、微動だにしない。
目的はもちろん、二人三脚に出場する前の上条を一目見て、できれば激励するためだ。
白井は能力者達の二人三脚を見物しようと詰めかけた大勢の観光客達に混じって、
「『恋は盲目』と申しますけれども……」
人混みと美琴の態度、両方に対してうんざりめいた呟きを漏らす。
学生用応援席に向かうにはこの人混みを抜けなければならないので少々やっかいだ。
美琴は白井の嘆きも意に介さず、
「良いでしょ別に。あ、いたいた! ……って、何よあれ」
美琴の視線のはるか先で、上条は髪の長い巨乳の女生徒と肩を組んで出番を待っていた。
「アイツ……二人三脚の相手は男だって言ってたくせに……」
「あらあらまぁまぁ、わたくしのような恋愛初心者の目から見てもあの二人なかなかお似合いですわね。お姉様には劣りますけれどもスタイルもなかなか……って、ひぃ!? お、お姉様、群衆の只中でバッチンバッチン言わせないで欲しいですの! 漏れてます、電撃が漏れてますわよ!! どうか周囲の皆様避難を、避難を!!」
「ううう……あの馬鹿、私というものがありながら……またしても巨乳……」
「おおお、お姉様しっかりしてくださいまし!! よ、良く見れば女の方は大したことないですし嫌々組んでいるようですから大方パートナーの方にアクシデントでもあったのでしょう。ですからどうかお姉様、気をお鎮めになってくださいまし!!」
「うううう……」
美琴はガルルルと凶暴な唸りを上げんばかりに上条をひたと見据え、微動だにしない。
その時、上条は首筋に冷ややかな視線を感じた。
何だかチリチリと焼け付くような痛みさえ覚える。
上条は右手で首をさすりながらキョロキョロと辺りを見回し、
「……ん? 何だ? 誰かが俺を睨んでるような……げえっ!? み、御坂?」
突き刺さるような視線の持ち主は美琴だった。
遠くにいてもはっきりと分かる、鬼気迫る形相。
しかも全身に青い火花をまとわりつかせている。
美琴の周囲の人々が美琴を遠巻きにしているのも見て取れる。
上条は嫌な脂汗をダラダラと背中にかきながら、
「な、何で? 何でアイツはあんなに怒ってんの???」
「ほら上条、列が動くわよ。貴様もとっとと歩きなさい」
吹寄は自分の左足で上条の右足を引きずり、上条の左肩に自分の左手を回す。
その瞬間。
ギィン!! と音が聞こえるくらい美琴の表情が険しくなる。
上条は血相を変えて、
「ぎぇ!! ま、まさかアイツ、二人三脚で俺が吹寄と組んだのが気に食わないのか?」
「さっきからゴチャゴチャうるさいわね。さっさと歩きなさい!!」
「ま、待って吹寄! お、俺は今二人三脚どころじゃなく命の危機が痛い痛い痛い二人三脚なんだから歩く足を合わせる努力を、努力を!!」
上条が何故慌てたり顔色を青くするのか理解できない吹寄は、屠殺場へ家畜を連れ出すように上条の肩に手を回し、
それに比例して美琴の体を包む火花が放電レベルへと変わっていく。
上条は吹寄の動作に合わせつつ後ろを振り返って、
「こ、これは浮気じゃない! 誤解だ!! 浮気じゃないからそんなバチバチ言わせるなお願い頼む怒らないでああもう不幸だ――――――――――――ッ!!」
上条の叫びは群衆のざわめきにかき消されて美琴の元には届かない。
何だかチリチリと焼け付くような痛みさえ覚える。
上条は右手で首をさすりながらキョロキョロと辺りを見回し、
「……ん? 何だ? 誰かが俺を睨んでるような……げえっ!? み、御坂?」
突き刺さるような視線の持ち主は美琴だった。
遠くにいてもはっきりと分かる、鬼気迫る形相。
しかも全身に青い火花をまとわりつかせている。
美琴の周囲の人々が美琴を遠巻きにしているのも見て取れる。
上条は嫌な脂汗をダラダラと背中にかきながら、
「な、何で? 何でアイツはあんなに怒ってんの???」
「ほら上条、列が動くわよ。貴様もとっとと歩きなさい」
吹寄は自分の左足で上条の右足を引きずり、上条の左肩に自分の左手を回す。
その瞬間。
ギィン!! と音が聞こえるくらい美琴の表情が険しくなる。
上条は血相を変えて、
「ぎぇ!! ま、まさかアイツ、二人三脚で俺が吹寄と組んだのが気に食わないのか?」
「さっきからゴチャゴチャうるさいわね。さっさと歩きなさい!!」
「ま、待って吹寄! お、俺は今二人三脚どころじゃなく命の危機が痛い痛い痛い二人三脚なんだから歩く足を合わせる努力を、努力を!!」
上条が何故慌てたり顔色を青くするのか理解できない吹寄は、屠殺場へ家畜を連れ出すように上条の肩に手を回し、
それに比例して美琴の体を包む火花が放電レベルへと変わっていく。
上条は吹寄の動作に合わせつつ後ろを振り返って、
「こ、これは浮気じゃない! 誤解だ!! 浮気じゃないからそんなバチバチ言わせるなお願い頼む怒らないでああもう不幸だ――――――――――――ッ!!」
上条の叫びは群衆のざわめきにかき消されて美琴の元には届かない。
御坂美琴は綱引きが行われるとある大学のグラウンドに移動した。
というより、感電を覚悟の上で白井が空間移動でここまで引っ張ってきたのだった。
「お、お姉様……殿方のことは脇に置いて気持ちを切り替えてくださいまし……わたくし達の綱引きも始まることですから」
美琴の足元でうずくまる白井の体操服はところどころがうっすらと焦げている。
「わ、わかってるわよ。こっちはこっちの競技に集中しないとね」
美琴は両腕を組んで肩を聳やかす。
そう言ってみたものの、上条が髪の長い(しかも巨乳の)女生徒と肩を組んで鼻の下を伸ばしていた(ように見える)のだから、美琴の心は落ち着かない。
(あの馬鹿、こっちの競技が終わったら絶対とっちめてやるんだから。さっきの件で謝るのもナシ!!)
鼻息も荒く、頭に巻いたハチマキを締め直す。
細い指先が刺繍の部分に触れて、
(私の名前が入ったハチマキ締めてんのに、何で他の女といちゃつけんのよ……)
唇を噛みもう一度ぎゅっ、とハチマキを固く締め、正面を見据える。
その視界の隅を見覚えのある人影が横切って行く。
(あれ? 土御門さん……と、もう一人は……)
海原光貴だった。
体操服の上から背中に『大覇星祭運営委員』のロゴが入った薄いパーカーを羽織っている。
海原は常盤台中学理事長の孫で、念動力(テレキネシス)の大能力者(レベル4)でもある。美琴はとある事情により海原が少々(というよりかなり)苦手なのだが、
(……めずらしい組み合わせよね。つか、あの二人に接点あったっけ?)
美琴は海原と何回か喋ったこともあるので、どこの学校に通っているかくらいは知っている。しかしその学校名は、上条や土御門と同じとある高校ではない。
土御門の妹、舞夏から聞いた話によると土御門は無能力者であり、そして上条の高校に大能力者はいない。
ほんの少し考え込んだくらいでは少年達の接点が思いつかない。
能力(レベル)の違う二人は親友、と言うよりも今から大仕事を控えた男の表情で何事か会話を交わし、肩を並べて人混みの中に消えてゆく。
(……ま、いっか。こっちもこれから大勝負だし)
美琴は遠くなる二人の後ろ姿を見送って、
「ほら黒子。いつまでそうしてるつもり? そろそろ行かないとホントに―――」
「げっへっへっへっ、ローアングルから見上げるお姉様の脚線美に黒子は夢中ですの。引き締まった足首、無駄な肉のついていないふくらはぎ、かわいらしい膝頭、そして白くとろけそうなほどに柔らかい太股。いっそこのまま頬擦りしてしまいたいくらい……。ああもう黒子のこの身は愛に焦がれ、そして心は千々に乱れてぇ―――ッ!」
「乱れてんのはアンタのトチ狂った脳波でしょ!!」
足元でトリップを始めた白井の脳天に力一杯グーをお見舞いする。
というより、感電を覚悟の上で白井が空間移動でここまで引っ張ってきたのだった。
「お、お姉様……殿方のことは脇に置いて気持ちを切り替えてくださいまし……わたくし達の綱引きも始まることですから」
美琴の足元でうずくまる白井の体操服はところどころがうっすらと焦げている。
「わ、わかってるわよ。こっちはこっちの競技に集中しないとね」
美琴は両腕を組んで肩を聳やかす。
そう言ってみたものの、上条が髪の長い(しかも巨乳の)女生徒と肩を組んで鼻の下を伸ばしていた(ように見える)のだから、美琴の心は落ち着かない。
(あの馬鹿、こっちの競技が終わったら絶対とっちめてやるんだから。さっきの件で謝るのもナシ!!)
鼻息も荒く、頭に巻いたハチマキを締め直す。
細い指先が刺繍の部分に触れて、
(私の名前が入ったハチマキ締めてんのに、何で他の女といちゃつけんのよ……)
唇を噛みもう一度ぎゅっ、とハチマキを固く締め、正面を見据える。
その視界の隅を見覚えのある人影が横切って行く。
(あれ? 土御門さん……と、もう一人は……)
海原光貴だった。
体操服の上から背中に『大覇星祭運営委員』のロゴが入った薄いパーカーを羽織っている。
海原は常盤台中学理事長の孫で、念動力(テレキネシス)の大能力者(レベル4)でもある。美琴はとある事情により海原が少々(というよりかなり)苦手なのだが、
(……めずらしい組み合わせよね。つか、あの二人に接点あったっけ?)
美琴は海原と何回か喋ったこともあるので、どこの学校に通っているかくらいは知っている。しかしその学校名は、上条や土御門と同じとある高校ではない。
土御門の妹、舞夏から聞いた話によると土御門は無能力者であり、そして上条の高校に大能力者はいない。
ほんの少し考え込んだくらいでは少年達の接点が思いつかない。
能力(レベル)の違う二人は親友、と言うよりも今から大仕事を控えた男の表情で何事か会話を交わし、肩を並べて人混みの中に消えてゆく。
(……ま、いっか。こっちもこれから大勝負だし)
美琴は遠くなる二人の後ろ姿を見送って、
「ほら黒子。いつまでそうしてるつもり? そろそろ行かないとホントに―――」
「げっへっへっへっ、ローアングルから見上げるお姉様の脚線美に黒子は夢中ですの。引き締まった足首、無駄な肉のついていないふくらはぎ、かわいらしい膝頭、そして白くとろけそうなほどに柔らかい太股。いっそこのまま頬擦りしてしまいたいくらい……。ああもう黒子のこの身は愛に焦がれ、そして心は千々に乱れてぇ―――ッ!」
「乱れてんのはアンタのトチ狂った脳波でしょ!!」
足元でトリップを始めた白井の脳天に力一杯グーをお見舞いする。
上条当麻は人混みをかき分けていた。
二人三脚が終わってからすぐ美琴の元に行こうと思っていたのだが、そうは問屋が卸さなかったのだ。
あの後何故か吹寄に用具の片付けを手伝うよう命令され、その次は転んでいる老婆を助けた。競技場へ向かう途中小さな女の子が泣いているのを見かけたので木の枝に引っかかっている風船を取りに行った。それを見ていたボーイズラブをたしなむらしいお兄さん方にナンパ(?)されたのだが、そちらは全力でお断りしておいた。
上条は近くの電光掲示板に表示された時間を見ながら、
「……この時間だとそろそろ三回戦に入ってる頃かな。綱引きって言っても常盤台中学は五本指の一角とか呼ばれてるらしいし、一回戦負けはさすがにありえねーだろ」
とあるグラウンドの入場門をくぐり、キョロキョロと辺りを見回す。
グラウンドでは無駄に広い面積を使い切ってコートが二〇面作られ、綱引きが行われている。
綱引きの正式なルールによると、一チームは八名構成でチームの総重量によって階級も決められるのだが、能力者達の運動会ではそんな階級制など用意されていない。
だが全くの無差別では能力差で勝敗が簡単に決してしまう。
ということで、学園都市の大覇星祭においては『一チーム最大二〇人構成』『センターラインを超えた一切の能力干渉を禁ずる』と言う特別ルールが用意されている。
つまり握ったロープ越しに相手をビリビリさせる、あるいは空間移動でロープを味方陣地に引き込んでしまうのは反則なのだ。
「しかし、アイツが出ないのに競技の応援って何すりゃいいんだ? 『頑張れ頑張れ常盤台』とか叫ぶのか? ……うわっ、想像しただけでも寒いぞ」
上条はほんの少しだけ身震いする。
「ともかく、常盤台中学がどこで対戦してるのか探しに行かねーとな。……あれ?」
少し離れた人混みの中で懐かしい人物を見つけた。
海原光貴。
美琴のことを臆面もなく『好き』と言ってのけたさわやか少年だった。
彼は馬鹿デカいレンズを取り付けた高価なデジタル一眼レフカメラを三脚に取り付け、競技場の方に向けている。
腕に『記録係』という腕章が巻かれているのが見えるので、卒業アルバムに載せるための写真を撮っているのかも知れない。
(でも待てよ。確か海原は二人いるんだったよな。アイツはどっちだ?)
美琴の事を『好き』と言った海原は『ニセモノ』の方で、本物は念動力の大能力者だ。
だが偽海原は少なくとも外見は本物海原にそっくりなので、アステカ魔術を使う少年が尻尾を掴ませない限り上条には見分けがつかないのだ。
(うーん……どっちでも良いか)
などと上条が考えていると、人混みをかき分けて褐色の肌の少女が海原に近づき、背後から海原の耳を思い切り引っ張った。
洒落にならない痛みで耳を押さえ悲鳴を上げている海原と怒り顔で今度は頬をつねり上げる少女の雰囲気から、彼女と海原がごく親しい間柄というのは離れた位置でも見て取れる。
少女がいつか見たことのある偽海原と同じ肌の色を隠そうともしないところから、おそらく少女は偽海原の知り合いで、つまり殴られた方は偽海原らしい。
(アイツ、御坂の事が好きとか言っておいてちゃっかり可愛い女の子をキープしてんのかよ。……うらやましいぞ)
上条が見当違いの感想を胸の中で綴っていると、コートに少女達の一群が現れた。
襟刳りと胸元のV字、そして袖口が臙脂に彩られた競技用ユニフォームに身を包んだ『五本指の一角』常盤台中学の生徒達だった。
少女達を率いるのは、白いハチマキをきりりと巻いて、サイズの合わない学ランに白たすきを掛け、ひらひらな白いスコート姿に白手袋で固めた、一言でまとめると『旧世紀の応援団コスチュームを纏った』御坂美琴だ。
『外』とは科学技術で二、三〇年は先を行くと言われる学園都市で『中』にいる学生が前時代的な服装をしているという事は、いわゆる対抗文化(カウンターカルチャー)の模索であり発露であり、見方を変えて露骨な表現をすれば一種の晒し者(きゃくよせぱんだ)である。
だがそんな事には関係なく、観客達は可愛い女の子がコスプレして出てきたという事実にのみ盛り上がり、もはや勝敗の行方など誰一人気に掛けていないように見える。
美琴の登場で口々に騒ぎ立て手元の携帯電話のカメラを使って美琴を撮影する学生達に混じって、
「うわぁ……。俺の学ラン貸せって言うから何すんのかと思ったらこういう事だったのか」
美琴(アイツ)なら何を着ても似合うけどそれって若干時代錯誤気味じゃねえか? と上条は正直かつ場違いな感想を胸の奥にしまい込む。
そこで目の前の人混みが動き、中から頭に花飾りを乗せた小柄な女の子がはじき出された。
(まずい、このままだと転ぶぞ!!)
上条は咄嗟に両掌を前に突き出し、仰向けにひっくり返りそうになった女の子を支える。
二人三脚が終わってからすぐ美琴の元に行こうと思っていたのだが、そうは問屋が卸さなかったのだ。
あの後何故か吹寄に用具の片付けを手伝うよう命令され、その次は転んでいる老婆を助けた。競技場へ向かう途中小さな女の子が泣いているのを見かけたので木の枝に引っかかっている風船を取りに行った。それを見ていたボーイズラブをたしなむらしいお兄さん方にナンパ(?)されたのだが、そちらは全力でお断りしておいた。
上条は近くの電光掲示板に表示された時間を見ながら、
「……この時間だとそろそろ三回戦に入ってる頃かな。綱引きって言っても常盤台中学は五本指の一角とか呼ばれてるらしいし、一回戦負けはさすがにありえねーだろ」
とあるグラウンドの入場門をくぐり、キョロキョロと辺りを見回す。
グラウンドでは無駄に広い面積を使い切ってコートが二〇面作られ、綱引きが行われている。
綱引きの正式なルールによると、一チームは八名構成でチームの総重量によって階級も決められるのだが、能力者達の運動会ではそんな階級制など用意されていない。
だが全くの無差別では能力差で勝敗が簡単に決してしまう。
ということで、学園都市の大覇星祭においては『一チーム最大二〇人構成』『センターラインを超えた一切の能力干渉を禁ずる』と言う特別ルールが用意されている。
つまり握ったロープ越しに相手をビリビリさせる、あるいは空間移動でロープを味方陣地に引き込んでしまうのは反則なのだ。
「しかし、アイツが出ないのに競技の応援って何すりゃいいんだ? 『頑張れ頑張れ常盤台』とか叫ぶのか? ……うわっ、想像しただけでも寒いぞ」
上条はほんの少しだけ身震いする。
「ともかく、常盤台中学がどこで対戦してるのか探しに行かねーとな。……あれ?」
少し離れた人混みの中で懐かしい人物を見つけた。
海原光貴。
美琴のことを臆面もなく『好き』と言ってのけたさわやか少年だった。
彼は馬鹿デカいレンズを取り付けた高価なデジタル一眼レフカメラを三脚に取り付け、競技場の方に向けている。
腕に『記録係』という腕章が巻かれているのが見えるので、卒業アルバムに載せるための写真を撮っているのかも知れない。
(でも待てよ。確か海原は二人いるんだったよな。アイツはどっちだ?)
美琴の事を『好き』と言った海原は『ニセモノ』の方で、本物は念動力の大能力者だ。
だが偽海原は少なくとも外見は本物海原にそっくりなので、アステカ魔術を使う少年が尻尾を掴ませない限り上条には見分けがつかないのだ。
(うーん……どっちでも良いか)
などと上条が考えていると、人混みをかき分けて褐色の肌の少女が海原に近づき、背後から海原の耳を思い切り引っ張った。
洒落にならない痛みで耳を押さえ悲鳴を上げている海原と怒り顔で今度は頬をつねり上げる少女の雰囲気から、彼女と海原がごく親しい間柄というのは離れた位置でも見て取れる。
少女がいつか見たことのある偽海原と同じ肌の色を隠そうともしないところから、おそらく少女は偽海原の知り合いで、つまり殴られた方は偽海原らしい。
(アイツ、御坂の事が好きとか言っておいてちゃっかり可愛い女の子をキープしてんのかよ。……うらやましいぞ)
上条が見当違いの感想を胸の中で綴っていると、コートに少女達の一群が現れた。
襟刳りと胸元のV字、そして袖口が臙脂に彩られた競技用ユニフォームに身を包んだ『五本指の一角』常盤台中学の生徒達だった。
少女達を率いるのは、白いハチマキをきりりと巻いて、サイズの合わない学ランに白たすきを掛け、ひらひらな白いスコート姿に白手袋で固めた、一言でまとめると『旧世紀の応援団コスチュームを纏った』御坂美琴だ。
『外』とは科学技術で二、三〇年は先を行くと言われる学園都市で『中』にいる学生が前時代的な服装をしているという事は、いわゆる対抗文化(カウンターカルチャー)の模索であり発露であり、見方を変えて露骨な表現をすれば一種の晒し者(きゃくよせぱんだ)である。
だがそんな事には関係なく、観客達は可愛い女の子がコスプレして出てきたという事実にのみ盛り上がり、もはや勝敗の行方など誰一人気に掛けていないように見える。
美琴の登場で口々に騒ぎ立て手元の携帯電話のカメラを使って美琴を撮影する学生達に混じって、
「うわぁ……。俺の学ラン貸せって言うから何すんのかと思ったらこういう事だったのか」
美琴(アイツ)なら何を着ても似合うけどそれって若干時代錯誤気味じゃねえか? と上条は正直かつ場違いな感想を胸の奥にしまい込む。
そこで目の前の人混みが動き、中から頭に花飾りを乗せた小柄な女の子がはじき出された。
(まずい、このままだと転ぶぞ!!)
上条は咄嗟に両掌を前に突き出し、仰向けにひっくり返りそうになった女の子を支える。
初春飾利は今にも溺死しそうな思いで人混みをかき分けていた。
とあるグラウンドに用意された学生用応援席は何故か大賑わいで、試合が始まるのを今か今かと待ち構える人々でごった返していたからだ。
周りの人々の雰囲気で、試合がまだ始まってないというのは分かる。
しかし、悲しい事に初春の身長は一六〇センチに届かず、この押し合いへし合いの中では前の様子が全くもって見えない。体力もないので押しても押しても後ろへ押し返されてしまう。
右を見ても左を見ても人、人、人で埋め尽くされて、グラウンドの土さえ視界に入らない。
この時の初春は知らなかった。
たかが綱引きでこれだけ混雑する理由が御坂美琴のコスプレ紛いの衣装にあることを。
初春は友人である白井と、そして美琴の応援のため風紀委員の仕事を抜け出してここへやってきたのだが、
「こ……困りました……まさかこんなに混んでるなんて大誤算ですよ……。御坂さんに、白井さん……はあぁ……み……見えませぇん……」
後ろの方に向かってどんどん人波に押し流される。
人の流れに抵抗して前に進もうと努力するが、人数差はどうにもならない。
相撲の突っ張りを食らったみたいに体が仰向けに傾き、転びそうになったところで、
「よっ……と」
とん、と。誰かに押しとどめられた。
「大丈夫?」
「は、はい……すみま……えええええええ!?」
初春の両肩を掴んで支えてくれたのは、どこかで見た事のあるツンツン頭の少年だった。
少年は初春の悲鳴がかった奇声に慌てて、
「ちょ、ちょっとストップ! 叫ぶのストップ!! 俺は痴漢じゃねーから!! お願いだから風紀委員呼ばないで!!」
「あ、あわわわ、すみませんっ! そんなつもりじゃないんです!!」
風紀委員の仕事サボり真っ最中の初春は押しくらまんじゅう状態の真っ直中で頭をペコペコ下げる。
頭を上げて相手の顔を改めて確認すると、
(ど、どうしよう! この人、御坂さんのでこちゅー彼氏さんじゃないですか!!)
「? あの。俺の顔に何かついてます?」
「いいいいいいいえ! 目と鼻と口くらいしかついてません!!」
咄嗟に意味がよく分からない切り返しをしてしまう初春。
少年はポリポリと頭をかいて、
「君も綱引き見に来たの?」
「えーと、友達が出場してるんでその応援に」
「そっか。でもこれじゃ全然見えねーよな」
人でぎっしり埋まった学生用応援席を見回す。
「よし。前の方まで行くから俺についてきて」
ツンツン頭の少年は初春の手を掴み、
「はいごめんなさいよ、ちょっくらごめんなさいよ」
とか何とか言いながら人混みを無理矢理かき分け始めた。
初春は想定外の事態にやや呆然としながら、少年に手を引かれ先ほどよりはスムーズに前の方に向かって進んで行く。
(……彼氏さん、私達とプールで出会った事は覚えていないみたいですね)
初春からすれば少年は監視カメラに映っていたり美琴へのでこちゅー現場を生で見てしまったりの『知っている』状態だが、少年からすると『この子どこかで会ったっけ?』くらいの認識しかない。
初春はツンツン頭に巻かれた白いハチマキを何となしに見ながら、
(私が御坂さんの友達って言うのは知られない方が良いかも知れませんね……ぶほわっ!)
「ん? どうかしたのか?」
うっかり吹き出してしまった初春をツンツン頭の少年が振り返る。
「い、いえっ! 何でもありません!」
初春は空いてる手をわたわたと振って否定する。
初春飾利は見てしまった。
白い糸で施されているので良く見なければ気がつかないが、少年の頭に巻かれたハチマキには針裁きも鮮やかに『御坂美琴』と刺繍されている。
(こ、これって絶対御坂さんが刺繍して渡した奴ですよね! ぷぷぷ、御坂さんがこんなに独占欲の強い人だなんて初めて知りました!! こ、これは写真メール撮って佐天さんにも見せてあげないと!!)
初春はジャージのポケットから二つ折りの赤い携帯電話を取り出し、カメラモードに切り替える。
ハチマキの裾はゆらゆら揺れて焦点(フォーカス)がなかなか合わないが、ツンツン頭の少年が立ち止まった一瞬に初春はぐっとボタンを押し込んだ。
盗撮防止のシャッター音がやけに大きく感じられたが、少年は気づくことなく初春の手を掴んだまま前へ前へと進んでゆく。
初春は携帯の液晶画面をメール作成に切り替え、ポチポチと文字を打つと今撮ったばかりの証拠写真を添付し、友人である佐天涙子に送信した。
(こ、これは面白いものが撮れてしまいました!! あとで佐天さんと合流して、御坂さんを呼び出す算段を整えなくては!!)
初春の頭上で花飾りが揺れる。
溢れかえるほどの人混みの中で、花だけが初春の企みを見抜くようにゆらゆらと揺れる。
とあるグラウンドに用意された学生用応援席は何故か大賑わいで、試合が始まるのを今か今かと待ち構える人々でごった返していたからだ。
周りの人々の雰囲気で、試合がまだ始まってないというのは分かる。
しかし、悲しい事に初春の身長は一六〇センチに届かず、この押し合いへし合いの中では前の様子が全くもって見えない。体力もないので押しても押しても後ろへ押し返されてしまう。
右を見ても左を見ても人、人、人で埋め尽くされて、グラウンドの土さえ視界に入らない。
この時の初春は知らなかった。
たかが綱引きでこれだけ混雑する理由が御坂美琴のコスプレ紛いの衣装にあることを。
初春は友人である白井と、そして美琴の応援のため風紀委員の仕事を抜け出してここへやってきたのだが、
「こ……困りました……まさかこんなに混んでるなんて大誤算ですよ……。御坂さんに、白井さん……はあぁ……み……見えませぇん……」
後ろの方に向かってどんどん人波に押し流される。
人の流れに抵抗して前に進もうと努力するが、人数差はどうにもならない。
相撲の突っ張りを食らったみたいに体が仰向けに傾き、転びそうになったところで、
「よっ……と」
とん、と。誰かに押しとどめられた。
「大丈夫?」
「は、はい……すみま……えええええええ!?」
初春の両肩を掴んで支えてくれたのは、どこかで見た事のあるツンツン頭の少年だった。
少年は初春の悲鳴がかった奇声に慌てて、
「ちょ、ちょっとストップ! 叫ぶのストップ!! 俺は痴漢じゃねーから!! お願いだから風紀委員呼ばないで!!」
「あ、あわわわ、すみませんっ! そんなつもりじゃないんです!!」
風紀委員の仕事サボり真っ最中の初春は押しくらまんじゅう状態の真っ直中で頭をペコペコ下げる。
頭を上げて相手の顔を改めて確認すると、
(ど、どうしよう! この人、御坂さんのでこちゅー彼氏さんじゃないですか!!)
「? あの。俺の顔に何かついてます?」
「いいいいいいいえ! 目と鼻と口くらいしかついてません!!」
咄嗟に意味がよく分からない切り返しをしてしまう初春。
少年はポリポリと頭をかいて、
「君も綱引き見に来たの?」
「えーと、友達が出場してるんでその応援に」
「そっか。でもこれじゃ全然見えねーよな」
人でぎっしり埋まった学生用応援席を見回す。
「よし。前の方まで行くから俺についてきて」
ツンツン頭の少年は初春の手を掴み、
「はいごめんなさいよ、ちょっくらごめんなさいよ」
とか何とか言いながら人混みを無理矢理かき分け始めた。
初春は想定外の事態にやや呆然としながら、少年に手を引かれ先ほどよりはスムーズに前の方に向かって進んで行く。
(……彼氏さん、私達とプールで出会った事は覚えていないみたいですね)
初春からすれば少年は監視カメラに映っていたり美琴へのでこちゅー現場を生で見てしまったりの『知っている』状態だが、少年からすると『この子どこかで会ったっけ?』くらいの認識しかない。
初春はツンツン頭に巻かれた白いハチマキを何となしに見ながら、
(私が御坂さんの友達って言うのは知られない方が良いかも知れませんね……ぶほわっ!)
「ん? どうかしたのか?」
うっかり吹き出してしまった初春をツンツン頭の少年が振り返る。
「い、いえっ! 何でもありません!」
初春は空いてる手をわたわたと振って否定する。
初春飾利は見てしまった。
白い糸で施されているので良く見なければ気がつかないが、少年の頭に巻かれたハチマキには針裁きも鮮やかに『御坂美琴』と刺繍されている。
(こ、これって絶対御坂さんが刺繍して渡した奴ですよね! ぷぷぷ、御坂さんがこんなに独占欲の強い人だなんて初めて知りました!! こ、これは写真メール撮って佐天さんにも見せてあげないと!!)
初春はジャージのポケットから二つ折りの赤い携帯電話を取り出し、カメラモードに切り替える。
ハチマキの裾はゆらゆら揺れて焦点(フォーカス)がなかなか合わないが、ツンツン頭の少年が立ち止まった一瞬に初春はぐっとボタンを押し込んだ。
盗撮防止のシャッター音がやけに大きく感じられたが、少年は気づくことなく初春の手を掴んだまま前へ前へと進んでゆく。
初春は携帯の液晶画面をメール作成に切り替え、ポチポチと文字を打つと今撮ったばかりの証拠写真を添付し、友人である佐天涙子に送信した。
(こ、これは面白いものが撮れてしまいました!! あとで佐天さんと合流して、御坂さんを呼び出す算段を整えなくては!!)
初春の頭上で花飾りが揺れる。
溢れかえるほどの人混みの中で、花だけが初春の企みを見抜くようにゆらゆらと揺れる。
常盤台中学と対戦するのはどこかの高校らしく、美琴達より二回り以上の体格差を誇る男子生徒の集団だった。
不敵な笑みを浮かべる少年達に少女達は余裕の表情で対峙する。
学生達が持つ能力にも相性の善し悪しというものがある。そこをついてしまえば五本指の一角だろうが二本目だろうが恐れる必要はない。
おそらく少年達は相手校の能力者を統計立てて計算し、最適の反撃(カウンター)を放って勝ち上がったのだろう。
超能力開発の名門・常盤台中学と言えど所詮中身はただの女子中学生だ。
おそらく彼らはそう値踏みしているが、才媛軍団常盤台中学は『エース』と呼ばれる美琴をあえて監督に据えている。
つまり、美琴がいなくても勝てる布陣を敷いたと暗にアピールしているのだ。
本当は美琴の能力がこの競技に限りあまり役に立たないからなのだが、何故か相手が勝手に誤解して、前二つの試合は不戦勝となった。
美琴は少女達を集めて円陣を組むと、
「一回戦、二回戦は相手が棄権したからここが事実上の『お披露目』ってことになるけど、気を抜かずに全員の呼吸を合わせて決めるわよ。いい?」
「おーっほっほっほ。御坂さん、そんなに心配しなくても大丈夫ですわ。この婚后光子が一瞬で片をつけて差し上げましてよ」
「相変わらず空気を読まない方ですの……」
婚后の隣で肩を組んだ白井が眉をひそめる。
美琴はあはは、と苦笑いして、
「こ、婚后さんは私達の秘密兵器だから今回は温存ね」
作戦を確認すると少女達は一〇人二列に分かれ、自分の持ち場につく。
美琴は並んだ少女達からやや離れた場所に位置取り、右手を空に向かって伸ばす。対戦校の監督も自軍の近くに陣取って開始の合図を待つ。
白いラインを挟んで左右に散った少女達と少年達が向かい合い、一本のロープに手を掛けた。
その瞬間競技場がしん、と静まりかえる。
『Pick up the Rope』の合図で互いにロープを強く握りしめ、
『Take the Strain』の掛け声で全員が綱引きの体勢に入り、
『Steady』の声で静止し、
『Pull』の合図と同時に美琴が右手を振り下ろすと、
不敵な笑みを浮かべる少年達に少女達は余裕の表情で対峙する。
学生達が持つ能力にも相性の善し悪しというものがある。そこをついてしまえば五本指の一角だろうが二本目だろうが恐れる必要はない。
おそらく少年達は相手校の能力者を統計立てて計算し、最適の反撃(カウンター)を放って勝ち上がったのだろう。
超能力開発の名門・常盤台中学と言えど所詮中身はただの女子中学生だ。
おそらく彼らはそう値踏みしているが、才媛軍団常盤台中学は『エース』と呼ばれる美琴をあえて監督に据えている。
つまり、美琴がいなくても勝てる布陣を敷いたと暗にアピールしているのだ。
本当は美琴の能力がこの競技に限りあまり役に立たないからなのだが、何故か相手が勝手に誤解して、前二つの試合は不戦勝となった。
美琴は少女達を集めて円陣を組むと、
「一回戦、二回戦は相手が棄権したからここが事実上の『お披露目』ってことになるけど、気を抜かずに全員の呼吸を合わせて決めるわよ。いい?」
「おーっほっほっほ。御坂さん、そんなに心配しなくても大丈夫ですわ。この婚后光子が一瞬で片をつけて差し上げましてよ」
「相変わらず空気を読まない方ですの……」
婚后の隣で肩を組んだ白井が眉をひそめる。
美琴はあはは、と苦笑いして、
「こ、婚后さんは私達の秘密兵器だから今回は温存ね」
作戦を確認すると少女達は一〇人二列に分かれ、自分の持ち場につく。
美琴は並んだ少女達からやや離れた場所に位置取り、右手を空に向かって伸ばす。対戦校の監督も自軍の近くに陣取って開始の合図を待つ。
白いラインを挟んで左右に散った少女達と少年達が向かい合い、一本のロープに手を掛けた。
その瞬間競技場がしん、と静まりかえる。
『Pick up the Rope』の合図で互いにロープを強く握りしめ、
『Take the Strain』の掛け声で全員が綱引きの体勢に入り、
『Steady』の声で静止し、
『Pull』の合図と同時に美琴が右手を振り下ろすと、
常盤台中学側の陣地がボゴン!! と何かを踏みつぶしたような音を立てて一〇センチほど陥没した。
砂煙がもうもうと舞い上がる中で、相手より『低い』位置に陣取った少女達は苦もなくロープを引っ張り、体格も体重もはるかに上の少年達は悲鳴を上げながら引かれるまま全員前方につんのめって倒れる。
大能力者でも集中力を乱されたら即座に対応できない。まさしく電撃作戦(ブリッツクリーク)だ。
判定係は二〇人の少年達が全員無残に地面に突っ伏したのを見届けて、
「勝者、常盤台中学!!」
判定の声に少女達は飛び上がって喜ぶわけでもなく、転んだ少年達に手を差し伸べて立たせ、淡々と能力で地面を元に戻す。
一撃必殺(ワンターン・キル)。
相手の出方も、能力の相性も一切関係なく、
それでいて能力を相手に直接使うことなく、
物理法則を逆手に取って常盤台中学は勝利した。
「身体能力強化を使うんじゃなく、重力操作系か念動力で足元えぐり取って人為的に高低差を作り出し、文字通り相手を『引きずり下ろした』のか。にしても複数の能力者がピタリと息を合わせて発動させるなんてさすが常盤台だな」
上条が感心していると、コートの中でキョロキョロと辺りを見回していた美琴と目が合う。観客達の中にいるであろう上条の姿を探していたらしい。
上条がおーい、と呼びかけながら手を振ると美琴の表情がぱっと明るくなり、それから何を思い出したのか不機嫌そうに目を細め、ぷいと横を向いた。
上条は振っていた手を引っ込めて、
「うげ……アイツまだ怒ってんのかよ」
何も悪い事はしていないのに、何でこうなるんだろう。
熱狂する観光客と応援の人々に混じってただ一人、
きっとこれから、
何も悪い事はしていないのに土下座しなくちゃいけないんだろうなぁ、と上条はぼんやり思うのだった。
大能力者でも集中力を乱されたら即座に対応できない。まさしく電撃作戦(ブリッツクリーク)だ。
判定係は二〇人の少年達が全員無残に地面に突っ伏したのを見届けて、
「勝者、常盤台中学!!」
判定の声に少女達は飛び上がって喜ぶわけでもなく、転んだ少年達に手を差し伸べて立たせ、淡々と能力で地面を元に戻す。
一撃必殺(ワンターン・キル)。
相手の出方も、能力の相性も一切関係なく、
それでいて能力を相手に直接使うことなく、
物理法則を逆手に取って常盤台中学は勝利した。
「身体能力強化を使うんじゃなく、重力操作系か念動力で足元えぐり取って人為的に高低差を作り出し、文字通り相手を『引きずり下ろした』のか。にしても複数の能力者がピタリと息を合わせて発動させるなんてさすが常盤台だな」
上条が感心していると、コートの中でキョロキョロと辺りを見回していた美琴と目が合う。観客達の中にいるであろう上条の姿を探していたらしい。
上条がおーい、と呼びかけながら手を振ると美琴の表情がぱっと明るくなり、それから何を思い出したのか不機嫌そうに目を細め、ぷいと横を向いた。
上条は振っていた手を引っ込めて、
「うげ……アイツまだ怒ってんのかよ」
何も悪い事はしていないのに、何でこうなるんだろう。
熱狂する観光客と応援の人々に混じってただ一人、
きっとこれから、
何も悪い事はしていないのに土下座しなくちゃいけないんだろうなぁ、と上条はぼんやり思うのだった。
綱引きの第四回戦以降は二日目に行われる。
と言う訳で、上条は手空きになった美琴をとある校庭の隅へ連れてきた。
人気のあまりない校庭にはフェンスに沿うように常緑樹が一定の間隔を開けて植えられている。
無造作に伸びた木の枝は盗撮対策の目隠し代わりだ。
そんな名目で手入れされたとある木の根元で上条は土下座の準備をしながら、
「……あの。これって冤罪だと思うんだけど」
「そうね。冤罪かも知れないけど、『彼女』の目の前でアンタが他の女の子にうつつを抜かしてたのは揺るがない事実でしょ」
学ランを着た美琴は腕組みをしたまま足元の上条を冷たく見つめる。
二人の姿はまるでどこかの女番長が気弱な男子高校生を揺すっている構図に見えなくもない。
上条は傲然と顔を上げて、
「どこをどう見ればそうなるんだよ!! 俺は二人三脚の準備をしてただけだろ!!」
「じゃあ何で二人三脚の相手が男だなんて嘘つく訳?」
「嘘なんかついてねーよ! 土御門が足を捻挫して今日一日動けないからって、運営委員やっててたまたま競技の割り当てがなかった吹寄がヘルプで入っただけだ!!」
「何言ってんのよ」
はぁ、と美琴はため息をつき、
「土御門さんなら元気よ? 綱引きの前に見かけたけど」
「はぁ?」
今度は上条が素っ頓狂な声を上げる番だった。
どういう事だ?
怪我したはずの土御門がピンピンして歩き回ってる?
つまり土御門は嘘をついてでも自由を確保しなければならないという事だったのか?
土御門は自分自身を『嘘つき村の村民』と称して憚らない男だ。
だがその嘘はいつだって『使う必要があるから』ついている。
上条は地面に向かって顔を伏せたまま、
「考えろ。考えろ上条当麻。土御門が嘘をつくのはどんな時だ? 去年の大覇星祭で何があった? 今年はあんな事が起きないだなんて誰も保証してくれねえんだぞ?」
「こら、何をぶつぶつ言ってんの?」
美琴は去年、大覇星祭の裏で起きたとある事件の顛末を知らない。
だけど上条は知っている。
土御門がどんな気持ちで世界の裏を駆け抜け、小さな思いが積み重なって築かれた社会同士の摩擦を防ぐために日夜暗躍している事を知っている。
(きっと土御門は何かを抱えている。それなのに俺はこんなところでこんな事をしていて良いのか? 俺にだって何かできる事があるんじゃねえのか?)
「何を一人で考えこんでんのよ」
頭をコン、と小突かれた。
顔を上げると、その場にしゃがみ込んだ美琴が上条の顔をのぞき込んでいる。
美琴はやれやれ、と言いたげな表情を隠しもせずに、
「さっきから人がさんざんお説教してるって言うのに、アンタと来たら右から左に聞き流して、あまつさえ難しい顔して別の事考えてんだもの。怒鳴るだけ馬鹿みたいじゃない。ほら立って」
美琴は上条の手を引っ張って立たせると、
「その様子じゃあの巨乳女の事もきれいさっぱり頭の中から消えてるみたいだし、二人三脚の事はもう良いわ」
「え? 巨乳が何だって?」
「なっ、何でもないわよ!! つかそんなとこだけ反応すんなっ!! ……それより、さっき何を考えてたの?」
上条の前に立ち、小首を傾げてみせる。
ぐい、と顔を近づけて声をひそめ、
「……もしかして、何かまずい事態でも起きてるとか?」
「いや……そうじゃねえ」
上条は首を横に振る。
懸念を美琴の前で隠し通すのは得策ではない。
むしろ話しておけば少なくとも美琴は納得するし、そこから先は自分の意志で考えるだろう。
「単なる俺の思い過ごしかもしんねーし、本当に何かが起きてるなら否応なしに巻き込まれてると思うんだ」
俺って不幸体質だし、と上条が付け加えた言葉に重なってプツン、と言う奇妙な音が響き、続けてパサリ、と何かが滑り落ちる音がした。
どうも腰の辺りがスースーするような気がして上条は音のする方向、つまり自分の足元を見て、
美琴が上条の動きにつられて下を向く。
と言う訳で、上条は手空きになった美琴をとある校庭の隅へ連れてきた。
人気のあまりない校庭にはフェンスに沿うように常緑樹が一定の間隔を開けて植えられている。
無造作に伸びた木の枝は盗撮対策の目隠し代わりだ。
そんな名目で手入れされたとある木の根元で上条は土下座の準備をしながら、
「……あの。これって冤罪だと思うんだけど」
「そうね。冤罪かも知れないけど、『彼女』の目の前でアンタが他の女の子にうつつを抜かしてたのは揺るがない事実でしょ」
学ランを着た美琴は腕組みをしたまま足元の上条を冷たく見つめる。
二人の姿はまるでどこかの女番長が気弱な男子高校生を揺すっている構図に見えなくもない。
上条は傲然と顔を上げて、
「どこをどう見ればそうなるんだよ!! 俺は二人三脚の準備をしてただけだろ!!」
「じゃあ何で二人三脚の相手が男だなんて嘘つく訳?」
「嘘なんかついてねーよ! 土御門が足を捻挫して今日一日動けないからって、運営委員やっててたまたま競技の割り当てがなかった吹寄がヘルプで入っただけだ!!」
「何言ってんのよ」
はぁ、と美琴はため息をつき、
「土御門さんなら元気よ? 綱引きの前に見かけたけど」
「はぁ?」
今度は上条が素っ頓狂な声を上げる番だった。
どういう事だ?
怪我したはずの土御門がピンピンして歩き回ってる?
つまり土御門は嘘をついてでも自由を確保しなければならないという事だったのか?
土御門は自分自身を『嘘つき村の村民』と称して憚らない男だ。
だがその嘘はいつだって『使う必要があるから』ついている。
上条は地面に向かって顔を伏せたまま、
「考えろ。考えろ上条当麻。土御門が嘘をつくのはどんな時だ? 去年の大覇星祭で何があった? 今年はあんな事が起きないだなんて誰も保証してくれねえんだぞ?」
「こら、何をぶつぶつ言ってんの?」
美琴は去年、大覇星祭の裏で起きたとある事件の顛末を知らない。
だけど上条は知っている。
土御門がどんな気持ちで世界の裏を駆け抜け、小さな思いが積み重なって築かれた社会同士の摩擦を防ぐために日夜暗躍している事を知っている。
(きっと土御門は何かを抱えている。それなのに俺はこんなところでこんな事をしていて良いのか? 俺にだって何かできる事があるんじゃねえのか?)
「何を一人で考えこんでんのよ」
頭をコン、と小突かれた。
顔を上げると、その場にしゃがみ込んだ美琴が上条の顔をのぞき込んでいる。
美琴はやれやれ、と言いたげな表情を隠しもせずに、
「さっきから人がさんざんお説教してるって言うのに、アンタと来たら右から左に聞き流して、あまつさえ難しい顔して別の事考えてんだもの。怒鳴るだけ馬鹿みたいじゃない。ほら立って」
美琴は上条の手を引っ張って立たせると、
「その様子じゃあの巨乳女の事もきれいさっぱり頭の中から消えてるみたいだし、二人三脚の事はもう良いわ」
「え? 巨乳が何だって?」
「なっ、何でもないわよ!! つかそんなとこだけ反応すんなっ!! ……それより、さっき何を考えてたの?」
上条の前に立ち、小首を傾げてみせる。
ぐい、と顔を近づけて声をひそめ、
「……もしかして、何かまずい事態でも起きてるとか?」
「いや……そうじゃねえ」
上条は首を横に振る。
懸念を美琴の前で隠し通すのは得策ではない。
むしろ話しておけば少なくとも美琴は納得するし、そこから先は自分の意志で考えるだろう。
「単なる俺の思い過ごしかもしんねーし、本当に何かが起きてるなら否応なしに巻き込まれてると思うんだ」
俺って不幸体質だし、と上条が付け加えた言葉に重なってプツン、と言う奇妙な音が響き、続けてパサリ、と何かが滑り落ちる音がした。
どうも腰の辺りがスースーするような気がして上条は音のする方向、つまり自分の足元を見て、
美琴が上条の動きにつられて下を向く。
上条の足首付近に青色の短パンが引っかかっている。
「……ん? これ誰の……?」
「……、」
上条の足元に落ちた短パンから視線をやや上にずらした美琴の動きがビキン!! と凍り付く。
ガバッ、と自分の顔を両手で覆う美琴の視線の先を目で追った上条は、
「……げっ!? これ俺の……って事は御坂! 馬鹿こっち見んな!!」
咄嗟に両手を使って下着を美琴の視界から覆い隠す。
そこへ、
「今わたくしのお姉様レーダーは感度最大! 地球の裏側でもお姉様を捜し出せますの!! 感じる、感じますわ!! こちらにお姉様がいらっしゃるのですわね!! 待っててくださいお姉様今すぐ黒子がお迎えに―――ッ?」
空間移動を駆使して美琴を探していた白井が下着丸出しの少年と何とも説明しにくいポーズで固まっている少女を見つけ、
その場に着地すると羽織っていた常盤台中学指定ジャージから空間移動で金属矢を取り出し、
「風紀委員(ジャッジメント)ですの! そこの類人猿、婦女暴行並びに猥褻物陳列罪その他諸々の罪で即刻死刑ですの!! 粗末な物体ごとその体をぶつ切りにして差し上げますからそこから一歩も動くなァああああああああっ!!」
「ちょっと待て白井! お前風紀委員だろうが!! いきなり俺を殺しにかかるんじゃねえ!! そもそも粗末な物体って何の事だ!!」
理不尽な要求に向かって叫ぶ事で抵抗する上条。
しかし足元には脱げた短パン、両手は下着を隠しているのでカッコつかない事この上ない。
「問答無用ですの! お姉様の貞操を奪った罪は万死を持ってしても償いきれませんの!!」
「ちょ、黒子!! いくら人通りがないからって貞操とか大きな声で言うな!!」
美琴は顔を真っ赤にして怒鳴り返すが彼女も彼女で両手で顔を覆いながら指の隙間からチラチラ見ているので説得力は皆無である。
次の瞬間、白井黒子と言う少女を構成する顔のパーツが劇画っぽい表情に変わる。
「はっ!? まさかこの状況はお姉様自ら招いた事だとおっしゃいますの? ……よもやお姉様が殿方と屋外で致してしまうほど飢えていらっしゃっただなんて!! 一言黒子に相談してくださればお姉様の欲求不満などこのゴッドハンドでペギュ」
「それ以上喋るんじゃないわよ!!」
美琴が白井の脳天に向かって垂直にずびし、とチョップを浴びせる。
上条は両手で脱げた短パンを腰まで引き上げながらがっくりと肩を落とし、
「……不幸だ。夕べ洗濯した時にゴム紐が切れかけてたのかな」
シリアスな雰囲気が台無しである。
「……、」
上条の足元に落ちた短パンから視線をやや上にずらした美琴の動きがビキン!! と凍り付く。
ガバッ、と自分の顔を両手で覆う美琴の視線の先を目で追った上条は、
「……げっ!? これ俺の……って事は御坂! 馬鹿こっち見んな!!」
咄嗟に両手を使って下着を美琴の視界から覆い隠す。
そこへ、
「今わたくしのお姉様レーダーは感度最大! 地球の裏側でもお姉様を捜し出せますの!! 感じる、感じますわ!! こちらにお姉様がいらっしゃるのですわね!! 待っててくださいお姉様今すぐ黒子がお迎えに―――ッ?」
空間移動を駆使して美琴を探していた白井が下着丸出しの少年と何とも説明しにくいポーズで固まっている少女を見つけ、
その場に着地すると羽織っていた常盤台中学指定ジャージから空間移動で金属矢を取り出し、
「風紀委員(ジャッジメント)ですの! そこの類人猿、婦女暴行並びに猥褻物陳列罪その他諸々の罪で即刻死刑ですの!! 粗末な物体ごとその体をぶつ切りにして差し上げますからそこから一歩も動くなァああああああああっ!!」
「ちょっと待て白井! お前風紀委員だろうが!! いきなり俺を殺しにかかるんじゃねえ!! そもそも粗末な物体って何の事だ!!」
理不尽な要求に向かって叫ぶ事で抵抗する上条。
しかし足元には脱げた短パン、両手は下着を隠しているのでカッコつかない事この上ない。
「問答無用ですの! お姉様の貞操を奪った罪は万死を持ってしても償いきれませんの!!」
「ちょ、黒子!! いくら人通りがないからって貞操とか大きな声で言うな!!」
美琴は顔を真っ赤にして怒鳴り返すが彼女も彼女で両手で顔を覆いながら指の隙間からチラチラ見ているので説得力は皆無である。
次の瞬間、白井黒子と言う少女を構成する顔のパーツが劇画っぽい表情に変わる。
「はっ!? まさかこの状況はお姉様自ら招いた事だとおっしゃいますの? ……よもやお姉様が殿方と屋外で致してしまうほど飢えていらっしゃっただなんて!! 一言黒子に相談してくださればお姉様の欲求不満などこのゴッドハンドでペギュ」
「それ以上喋るんじゃないわよ!!」
美琴が白井の脳天に向かって垂直にずびし、とチョップを浴びせる。
上条は両手で脱げた短パンを腰まで引き上げながらがっくりと肩を落とし、
「……不幸だ。夕べ洗濯した時にゴム紐が切れかけてたのかな」
シリアスな雰囲気が台無しである。