月日は流れて
※『 例えばこんな1月31日(記念日) 』を読んで頂いていると、更に楽しめるかもしれません。
とある家庭の週末の夜―――
19時過ぎ、当麻は娘の真琴を左腕に抱きつつ帰宅した。
玄関先で真琴をそっと下ろし、カギを開けて中へと入る。
「真琴、いつも迎えに行くのが遅くてゴメンな。 父さん、これから急いで夕飯作るけど、待ってられるかい?」
「だいじょ~ぶ~。 まこと、いいこだからまってられるもん!」
そう言って、ブイッ!とピースサインと笑顔を向けてきた。 当麻もそれに笑顔で答える。
(良い子に育ってくれてるもんだ。 アイツに似て、頭も良い所が救いだな…)
真琴は靴を脱ぐと、廊下を走り出した。
「急いで転ばないように気をつけるんだぞ~?」
自身の部屋へと消えて行く後姿を見守りながら、「真琴にもそろそろカギの使い方も覚えさせないとな」と考える。
来年はいよいよ、真琴も小学校へと入学するのだ。
靴を脱ぎ、まずは洗面所へと向かいうがいと手洗いを済ます。
それから当麻も自室(と言っても、夫婦の部屋だが)へと戻り、Tシャツにズボンとラフな格好に着替えた。
時間も遅い。 早く夕飯を作らねば、と早速台所へと向かい夕飯の支度を始める。
仕事で疲れてはいたが、「愛する家族の為ならば」と家事も全く苦痛とは思わなかった。
当麻と真琴の2人だけの夕飯。
真琴は夕飯のカレーを食べながら、今日あった出来事を楽しげに話してくれる。
「それでね、それでねー。 おにわのブランコであそんでたらね―――」
一生懸命話をしてくれる姿は、親と一緒にいる時間を少しでも取り戻そうとしている様に見えた。
(こんな時に美琴も居てくれればなぁ…)
真琴を出産後、手が掛かる間は美琴も家庭で育児に専念していた。
だが、預け先の保育園が決まるとすぐに研究者として研究者として第一線へと復帰した。
娘はもちろん可愛い。 しかし、娘を愛する気持ちにも負けない位、小さい頃に抱いた夢も捨てられなかったようだ。
夢―――
それはもちろん電撃使い(エレクトロマスター)としての能力を活かし、治療やリハビリ研究を進める事だった。
ここ最近は研究も忙しいようで、家事や育児は当麻が主に頑張っている。 といった状況だ。
研究成果を論文にまとめる際には帰宅が深夜、そして時には数日帰って来れない場合さえある。
復帰は2人でよく話し合って決めた事。 とはいえ、ゆっくりと触れ合う時間が少なくなってしまったのはやはり寂しい。
「ね~ぇ… おとうさん、ちゃんときいてる?」
「ん? あぁ、もちろん聞いてるよ。 お風呂だよな?」
ついつい考えに集中してしまったようだ。 真琴は上目使いで頬を少し膨らませ、抗議の意思を示している。
その仕草は美琴譲りで、「あぁ、この子も美琴の遺伝子を立派に継いでいるのだな。」と改めて関心させられた。
「うん! いっしょにはいって~♪」
「良いけど、真琴もそろそろ一人で入れるようにならないとな?」
「え~、やだ! だって、かみのけあらうの―――」
「こないだ、ゲコ太のシャンプーハットを買ってあげただろう?」
「ぶ~。 まことはおとうさんにあらってもらうのがすきなんだもん!」
「まったく、仕方無いな真琴は。 それじゃ一緒に入るか。」
「やった~♪」
「先に、準備をして入ってなさい。 お父さんもすぐに行くから。」
喜びながら準備をしに行った真琴を見送り、間に合うようにせっせと洗い物を始めた。
使用した食器は食器洗い機へ、調理道具などは自分で洗う。 学生時代の一人暮らしに比べれば随分と楽になったものだ。
(さて… っと、それじゃ急いで風呂に向かいますか。)
洗面所へと向かおうとした所で玄関から
「ただいま~。」
と声が聞こえてきた。 美琴がやっと帰って来たようだ。
今週末までには今の忙しさも一段落着く、そうすればまた真琴の相手もしてあげられる。 と言っていた。
それを実現させる為に美琴なりに頑張ったのだろう。 労う為にも玄関へ迎えに行った。
「お帰り~。 洗面所を使うのは少し待ってくれ、これから真琴と風呂に入ってくる。
食事は母さんの分も用意してあって、食べる前に少し暖め直せばOKにしてあるから。」
「ありがとう、助かるわ。 仕事も一段落着いたし、今日は久しぶりに少し飲まない? 準備でもしておくからさ。」
「おぅ、分かった。 今日は少し寒いから、お湯割り辺りで飲まないか? それじゃ準備頼むよ。」
そう伝えて、先に洗面所へと向かう。 真琴も中で待っているハズだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
風呂から上がると、美琴も食事を終えたようで酒の準備をして待っていてくれた。
食卓、ではなくリビングのテーブルを2人で囲うように座る。
座った所で、美琴が2人分のトワイスアップを用意し始めた。
「お、今日はウィスキーか。」
「ワインは今切らしちゃってるみたいだから… 今日は、ね。 それに、一段落着いた記念にと思って。」
「悪い、今度何か買っておくよ… ま、それはともかく飲みますか。 乾杯~♪」
「乾杯♪」
こうやって2人で落ち着いて飲むのは何時以来だろうか。
やはり、美琴が傍に居てくれるというのは心強く、そして安心も出来る。
さて、2杯目は… とホットウィスキーにしようとした所で気が付いた。
「あれ? お湯が無いみたいだけど…」
「あ、ごめんなさい。 忘れてたわ。 今から急いで用意するから。」
「ま、忘れたもんは仕方ないさ。 待ってる間、真琴の相手でもしてるよ。 真琴おいで~。」
「うん!」
時間がいつもより遅いからだろうか、真琴は少し眠そうにしていた。
だが、名前を呼ぶと嬉しそうにすぐに当麻の元へと駆け寄ってくる。
「真琴、眠そうだけど大丈夫か?」
「ん~、すこしねむいけどだいじょうぶー。 それに、ひさしぶりにおかあさんもいるもん♪」
「そっか。 偉いな真琴は。 でも、眠かったら無理しないでお父さんかお母さんに言うんだぞ?」
「わかった~。」
そうして美琴が戻ってくるまで、真琴と2人でじゃれ合う。
真琴はまだまだ甘えん坊な所があるが、嫌われているよりは良いだろう。
しばらくして美琴が戻ってきた。
「お待たせー。 って、ま~た甘やかしてるのね?」
「甘やかしてるんじゃないぞ? 一緒に遊んでただけだもんな~。」
「ね~♪」
「ったく… そこまで仲良いと、娘にまでフラグ立ててるんじゃないか?って疑いたくなるわよ。」
「実の娘に嫉妬するなって、そんな気がある訳ないだろ? で、お湯は?」
「ごめん、ごめん。 はい、お待ちどうさま。」
そう言って美琴はお湯の入った小さめなポットをそっと差し出して来た。
「待ってる間にさ… すっかり酔いが醒めちゃったよ。」
「ごめんなさい…」
「と言っても、酔いなんて醒めても構わないんだけどな。 …でもさ。」
そこで美琴の手をそっと取り、もう片方の手を優しく添えた。
何だろうとこちらを見つめて来た瞳を見つめ返す。
「何? どうしたの?」
「俺達2人は… 冷めて無いよな?」
それだけで理解してくれたのだろう。 パッと頬が赤くなった。
美琴の反応が嬉しくも有り、恥ずかしくもあったが更に続ける。
「研究が忙しいのも分かるし、頑張りたいのも分かるけど… あんまり無理はするなよ?」
「………、」
「何ていうか… やっぱり俺は、お母さん(みこと)が隣に居てくれるだけで安心出来るんだよな。
ここで『好きだよ』って言うのも変かもしれないけどさ… 俺は今でも、そしてこれからも愛してるよ。」
「………バカ」
「本当だぞ?」
「っもう! 照れちゃうじゃない。 それに、お父さん(とうま)が愛してくれてるのはちゃんと身にしみて知ってるわよ。
あの時に花束と一緒に贈ってくれたグリーティングカード… あれは私の宝物として今でも大切に取ってあるんだからね?」
「マジですか!?」
「お父さんが気持ちを形にしてくれたモノだもの。 捨てられる訳なんてないでしょ♪
私も、今でもお父さん(とうま)の事が大好きよ。 そしてこれからも、ずっと愛し続けます。」
別に美琴を疑っていた訳ではない。 が、やはり『言葉にして伝えてくれる』というのは嬉しい。
そして嬉しい反面、恥ずかしい事も分かった。
昔、学生の頃に書いたグリーティングカード(あれ)。 まさか未だに残してあったとは…
どうしたものか、と恥ずかしくなった所で左側から突然顔に何かが覆い被さって来た。
一瞬、何か分からず焦ったが、どうやら真琴が飛びついてきたようだ。
「まこともおとうさんのことだいすきだもん! おとうさんはまことのことすき?」
「あぁ、もちろん真琴の事も大好きだぞ♪」
「あ、ズル~い! お母さんもお父さんの事大好きなんだから♪」
「おぃ、母さん! 真琴に対抗するのはやめなさい!!」
酒の効果もあるのだろうか、今度は右側から美琴が抱きついて来る。
お母さんが抱きついてきたのを見て、真琴が左側から正面へと位置を変えて抱きつき直して来た。
「まことね… おとうさんもおかあさんもだぁ~いすきぃ~♪」
そんな愛らしい姿を見て、美琴と2人、自然と笑みがこぼれる。
「うん… お母さんも真琴とお父さんの事、大好きよ♪」
「好きだぞ、真琴もお母さんも。」
「ねぇ? やっぱり私、お父さんと結婚出来て良かったわ… 幸せいっぱいの家庭、ありがとうね。」
とある家庭の週末の夜。 ありふれた光景かもしれないが、笑顔に満ちた幸せな家族の形がそこにあった。