歌を歌ってみない? 3 ―その3―
仮に一日中没頭する事が出来ても人間の集中力には当然限りがあるのだ。その時間が長ければ長いほどミスも多い。それは美琴だって例外ではないし、上条に至っては誤字脱字果ては意味不明な言葉のオンパレードは必至だろう。
「いくらなんでもそれはないんじゃないのか?」
「行ける気がするんだけどなぁ」
「美琴は出来ても上条さんには無理です。今日はもう集中できません。疲れました」
「そりゃそうよね~。普段勉強にも集中できない奴が、初めてやることにあんだけ長く集中出来た方が驚きよ」
「そうそう。今日は飛ばし過ぎたので明日からはまったりやりましょう」
「え~!?」
「な、なんでそんなに残念そうなんだ?」
「だ、だって…」
「あ、そうだ」
「ん…?どうしたの?」
「歌詞作り終わったらさ、少しは歌うの練習した方がいいのか?」
「あ~、どうなんだろうね。来週からは私たちが作った歌詞で歌の練習するんじゃない?さすがにいきなり収録はないだろうし」
歌には少々自信がない上条さん。歌詞が作り終わってもそれを歌うという作業がある事をすっかり忘れていた。その点、美琴は歌が上手そうで羨ましい。ほんと、美琴には欠点らしい欠点は無い。強いてあげるならビリビリ癖か。
歌という事を思い出し少しテンションが下がった上条の携帯から着信音が流れた。番号も名前も見ず適当に電話に応じる。
「上条ですが?」
『相も変わらず辛気臭い声だな、君は』
「げっ、ステイル…」
『そのセリフは僕も言いたいんだけどね。優しい僕は言わないでおいてあげよう』
「…で、そのお優しいステイルさん。どうかしたのか?」
『何もなかったらわざわざ君なんかに電話しないさ。馬鹿かい?ああ、そう言えば馬鹿だったね。すまないね』
「さっさと要件言えってんだ!このニコ中の不良神父」
『ニコチンの素晴らしさが分からないというのは君は人生を損しているんじゃないか?それに怒りっぽいな。カルシウムは摂ってるかい?まぁ君の健康状態なんかどうでもいいんだが』
14歳のくせにニコ中になってるやつに健康を気にかけてほしくない。と言うかお前の健康は一体どうなんだと声を大にして問い詰めたい。それにニコチンの素晴らしさなんて一生わからなくて一向に構わない。
『ああ、それより要件だけど、旅行が長くなりそうなんだ』
「は?どういうことだ?2泊3日の予定だろ?」
『旅行先でちょっとした事件に巻き込まれてね。それを解決したお礼にってことで後4日くらいは宿泊出来そうなんだ。つまり、6泊7日になったってことだ』
「インデックスも一緒か?」
『むしろそれを一番望んでいるのが彼女でね。こんなことする必要はないとしか思えなかったんだけど、それでも一応、現保護者の君にも知らせておこうと思ったのさ』
「あーはいはい、そうですか。神裂も一緒なんだろ?なら俺は構わないぞ。お前らがいれば安全だしな」
『信頼されてるって、一応思っておくよ。君に信頼されているというのも不思議な感じもするけれど』
「実際してるんだよ。お前はいけ好かない奴だけどな。じゃ、インデックスと神裂にもよろしく言っといてくれ」
『気が向いたら伝えておくよ』
その言葉とともにステイルからの電話が切れる。電話を戻しながら、上条は定位置に戻る。
「ステイルって?」
「ん~、インデックスを通じて知り合ったいけ好かない不良神父。インデクッスの友達で、今一緒に神裂ってやつと一緒に3人で旅行してる」
「不良神父…?」
「神父みたいな服装なんだけど、赤毛でヘビースモーカーで目の下にバーコードがあるから俺はそう呼んでる」
「…不良とか以前に、神父?」
「実のところよくわからん」
「でさ、何の電話だったの?」
「インデックスたちの旅行が長引くんだとさ。帰ってくるのは来週かな」
「へえ~」
(ってことは来週までは正真正銘二人っきり!?)
イチャイチャし放題!?イヤッホー!!と、内心で狂喜乱舞な美琴さん。インデクッスが途中から入ってくる事を覚悟していた美琴には嬉しい知らせだ。来週までイチャイチャし放題。ということだ。
「今日はこの後何するかな~」
言いながら何気なく時計を見る。結構寝たらしい。今は5時半だった。5時半。何かとっても大切な事を忘れている気がする。上条の生命線とも言える大事なイベントを忘れているような。
「ん~、何か忘れている気が…」
「ほら、それより買い物行かない?今晩のおかず買いに行かなきゃ」
「買い物…?……ああ!特売!!」
「特売…?あ、昨日あるって言ってたわね、そういえば」
「この時間じゃもう終わってる…不幸だ……」
「元はと言えば熟睡してた自分のせいじゃない。自業自得よ」
「うう…」
「特売は終わっちゃったけど買い物には行かないと。冷蔵庫には何も入ってないしさ」
「うう…特売~…」
特売を寝過ごすという一生の不覚にショックを隠せない上条引っ張って、美琴は上条がいつも贔屓にしているスーパーへ向かった。
特売こそ逃したが、今日は比較的安い値段で材料が買い揃えられた。上条には珍しい幸運だった。それもこれもきっと美琴がいたからだ。
今日の晩御飯は美琴の愛情たっぷりのカレー。それを食べた後はぐだぐだイチャイチャまったりにゃふんのんびりイチャイチャと、要はかなりいちゃついていた。今日は二人とも歌詞には手をつけず、さっさと風呂に入ってさっさと寝た。
昨日の夜と同じく、美琴が上条に抱きつきながら。一つ違うのは、今晩は最初から上条に抱きつきながら寝ていた。
翌朝、美琴の顔は赤くなっていなかった。念のため。
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なんやかんやと1週間が過ぎ、上条と美琴は歌詞を完成させ指定されたビルの前にいた。この1週間本当にいろいろあった。
突然、土御門と青ピを筆頭としたクラスメイト数人が押し掛けてきたり、一方通行が打ち止めを預けに来たり、美琴の友人が押し掛けてきたり、学園都市にいる妹達が押し掛けてきたり、常盤台の寮監様がご降臨されたり、小萌先生が家庭訪問に来たりと、いろいろあった。ちなみに黒子は門限ギリギリまで毎日来ていた。
とにかく、あの状況でよく作れたなと今になって思う。上条の部屋は朱に染まりかけ美琴は質問攻めにあったし、部屋がとても騒がしくなったり、今度は上条が質問攻めにあったし、同じ顔がずらっと並ぶシュールな光景もあったし、黒子の首がおかしな方向に曲がったかと思えばとんでもない威圧感を感じたし、様子見かと思えば突然授業がはじまったし。
とにかく、本当によく歌詞が完成したと思う。心から自分を拍手したい。けれどそれらのせいで歌の練習は全く出来ずにいた。もっとも、誰も来ない日があっても歌えたかどうかは今になっても分からないが。
「大丈夫だと思うわよ。本格的な収録は来月とかじゃない?」
「そうだと本気でいいです…。また来週とかにされたらいくら美琴に見てもらっても成績がヤバい事になりそうだ…」
この大変な一週間、どれだけ大変であろうとも上条の場合勉強を疎かにできる成績ではないので、美琴に無理を言って、上条の気力が続く限り、隙間を見つけては勉強を見てもらっていた。
それでも現状維持が精いっぱいだった。進級には影響はないとはいえ、これ以上休む様な事になったら、成績のせいで進級が危うい事になりそうだ。しかし、だとしてこの超ハードスケジュールの中、現状維持できただけでも上条にとっては称賛に値する。本当に美琴さまさまだ。
「それよりさ、あの子はいいの?今日帰ってくるんでしょ?」
「ステイルたちがいるから大丈夫だ」
「ふぅん。信頼してるのね」
「というよりも、あいつらさ、複雑な事情でな。あいつらが少しでも長く一緒に入れたらいいなって」
「そっか」
複雑な事情。それを聞く気は美琴にはなかった。気にならないと言えば嘘になるが、この少年の事だ。厄介事に巻き込まないようにしているのだろう。だから、いつかこの少年から話してくれるようになるまで聞かないでいるつもりでいた。
「それにしても遅いな、桑島さん」
「迷ってるんじゃない?」
昨日の電話では桑島さんが来る事になっていた。彼は学園都市外部の人間なのでそれは大いにある事だった。こちらは顔も知らないが向こうは違うだろう。それらしい人は一向に現れない。
「学園都市は複雑だからなぁ」
「外部の人はまず迷うわね」
「インデクッスも時々迷うって言ってたぞ」
「当麻も時々迷いそうよね」
「失敬な。いくら上条さんでも迷いませんよ」
「やぁ、ごめんごめん。待ったよね。はい、お詫びのお茶。ごめんね」
会話の途中、ビルの陰から桑島さんと思われる人が現れいきなり話しかけてきた。スーツを身をまとった好青年。背は高く若く見える。25歳くらいだろうか。
実年齢は35歳の息子と娘が一人の家庭持ち。だが二人はたぶん、しばらく知らないままだろう。
「あの~、桑島さん、ですよね?」
「あ、ごめんね。僕は君たちの顔知ってたからついその気で。うん、僕が桑島だよ。今日はよろしくね」
『あ、よろしくお願いします』
「あはは、付き合っている人たちは似るってよく聞くけど、君たちはホントよく似てるねぇ。今のタイミング、完璧だったよ」
「そ、そうでせうか…?」
「うん、完璧」
「あんまり意識した事なかったわね、そういうのって…」
「知らぬは本人ばかりってね。周りのみんなは僕と同じ事思ってるんじゃないかな。っと、立ち話もなんだし、さっ、入って入って」
一人先にビルの中に入り、上条と美琴も中に続いていく。エレベータに乗って5階に着き一室に入ると機材ばかりの部屋に通された。機材の正面にはガラス、多分防音だろう。その向こうには、よくテレビで見る様なスタジオがあった。
(あそこで歌うのか…。うわ、ヤバい。緊張してきた…!)
(へえ~。歌ってこう言うとこで録るんだ~)
緊張する上条とは対照的に、美琴は興味津々に機材や隣の部屋を眺めていた。
人前に出る事や注目される事が多い美琴に比べ、上条はそういう経験がない。人に追いかけ回され結果奇異の視線にさらされる経験なら豊富だが、閑話休題。この限られた空間で、何人にも見られながら歌うというのはとても緊張する。
「あ、そうだ。歌詞は出来てるよね。見せてもらってもいいかな」
二人は桑島さんに完成した歌詞を渡す。二人のを受け取り桑島さんは先に上条の方の歌詞に目を通す。さらっと一通り見て上条を見て、もう一度今度は歌詞をじっくり見る。
「上条君のが『ゼロからの逆襲』ってタイトルか。…うん、いいんじゃないかな。見た限りだと、曲のイメージと歌詞のイメージ、そして何より君から感じる印象はすごく合ってると思うよ」
桑島さん。自慢ではないが人を見る目だけはずば抜けている。一目でその人から感じる印象が、その周りの人たちが抱いている印象と同じなほどだ。彼の周りにいる人も彼がいい人だと言えばそれに疑いを持たない。
上条の方を見終わった桑島さんの手で他の人たちにもその歌詞が回される。桑島さんは今度は美琴の方に目を通す。今度も一通り見て美琴を見てもう一度じっくり歌詞を見た。
「そして、美琴さんの方が『私らしくあるためのpledge』だね。こっちもいいね~。上条君のと同じくらい君らしさが出てると思う。初対面の僕言われるのはしゃくだと思うけど、本当にそう思うよ」
それも周りの人たちに回されていく。上条のともども好評のようで全員が頷いていた。
「それにしてもさ、君たち本当に作詞初めて?」
『はい』
「初めてであんなに書けるもんなんだねぇ。いやぁ、驚いた。さて、早速だけど今日の話、いいかな?」
桑島さんの声に二人は頷きを返す。周りの人たちはまだ歌詞を見ていた。何かおかしいところでもあっただろうか。
おかしいところは一切なく、これが本当に素人が書いたのかという懐疑にも似た念を抱きながらじっくりと歌詞を吟味しているだけだった。
「今日はさっそく自分たちの歌詞を歌ってもらうよ。でも安心して。本格に収録するのは早くても来月だから。君たちもさすがに勉強が大変だしね。それまでは毎週日曜はここで練習してほしい」
「げっ…」
美琴の言ったとおりになってくれたのでひとまずはよかったが、唯一とも言える休日が潰されるのは予想外だった。
「で、その日以外も可能な限り自分たちでも練習しておいてね。学園都市に指名されたとは言え、素人だしね。せめて基本は覚えてほしい。さて準備準備」
と、言うだけ言って二人が歌える状況を整えていく。
「歌か~…。人前で歌うのはあまり得意じゃないんだよなぁ」
「注目される事が苦手そうだもんね、当麻」
「苦手というか、馴れてないって言った方がいいかな」
「まっ、直に慣れるわよ」
「は~い、準備できたよ~。じゃあ、上条君から行ってみよっか」
「げ、俺からですか…」
隣の部屋に放り込まれ、マイクの前に立たされる。ヘッドホンも渡されたが、部屋の中にもスピーカーはあるので、好きな方を使えということらしい。付けるのも邪魔そうなんでヘッドホンは適当に置いといた。
「じゃあ、歌い始めるタイミングは任せるから、決まったら手あげてね」
『わかりました』
鏡の向こうに返事をする。目を閉じて緊張をやり過ごそうとするが、どうにもうまくいかない。歌うことに意識を向けようとするも、初めての環境にそれも中々出来ないでいた。
(せめていつものテンションに戻れたらな~…)
初めての環境で初めてやることにテンションも高いんだか低いんだかよくわからない、曖昧な位置に合った。それがいつものに戻ればどうにかなりそうなのだが。
どうしたものかと困っていると、鏡の向こうで美琴がこちらに笑顔を向けているのを見つけた。不思議と、その笑顔を見ただけで気持ちが落ち着いてきた。そして一つ思いつく。美琴を見て落ち着いたなら、美琴を思いながら歌えば歌にも集中できるかもしれない。
(ダメ元でそうやって歌ってみるかな)
覚悟を決め手を挙げる。すぐに曲が流れ、上条の歌がゼロからスタートする。
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歌うのは初めてという事もあり1回だけで済んだ。歌い終わり、美琴のいる部屋に戻ると、感心した顔をしている桑島さんと美琴がいた。他の人は上条の声と曲のバランスを見ているようだ。
「君、意外と上手いね。カラオケだと人気者なんじゃない?」
「苦手って何の冗談よ~。上手いじゃない!」
「いやぁ、自分で歌ってびっくり。俺ってこんな声も出るんだな」
「この分だと美琴さんも期待できそうだねぇ」
「あ、それは俺もです」
「プレッシャーかけないで!もうっ」
歌い終わって気持ちが楽になった上条は今度は桑島さんと一緒に美琴にプレッシャーを与えていた。二人とも無意識に。
機材に向かっていた人たちはいったん上条の方を置いといて、美琴の曲を準備した。それを察した桑島さんが美琴に隣への入室を促す。
「じゃ、よろしくね。上条君と同じで歌い始めは任せるから、決まったら手あげてね」
「はい、わかりました」
隣の部屋へ入りマイクの前に立つ。髪が少し乱れるが美琴はヘッドホンをつけることにした。じかに耳で聞いた方が音程を取りやすい。
(こういうのって、あんまり得意じゃないのよね)
表には出ないが内心は緊張しているかもしれない。かもしれない、そう思っているだけに自覚はない。ただ、気分が乗らないというか、いまいちやる気が起きないというか。
人に注目されるのはもう慣れている。初めての環境とはいえ、10人にも満たない人数の人に注目されてもどうということはない。
緊張もしているつもりもなければ、集中できていないわけでもない。けれど、なぜかいざ歌うという今になって気が乗らなかった。
(どうせこれは試しなのよね。だったら…)
上条を意識しながら歌ってみよう。どんな状況でもあの少年を意識すれば心が彼に満たされる。他のものが入り込む余地など無くなる。
右手を挙げて曲を流させる。
(後はなるようになれよ)
曲が流れ、上条を想い、それを含めて自分らしくあろうとしながら美琴は歌い始めた。
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歌い終わりやる事を終えた美琴。自然と上条の横に並ぶように立つ。その対面の桑島さんが渇いた音を出しながら手放しで称賛する。
「いや~、驚いた。いろんな人たちに喧嘩売りそうな言葉だけど、美琴さん、君、そこらへんの歌手より上手いんじゃない?」
「あ、それは俺も思った。そのまま歌手デビュー出来るんじゃないのか?」
「それなら僕がマネージャーになろうか?君だったら喜んで受けさせてもらうよ」
「え、あちょ、そんな褒めないでよ…。なんか、恥ずかしい…」
二人、とくに上条に手放しに褒められ美琴は照れて顔をほのかに赤くする。それを微笑ましく見守る桑島さん。彼らの周りは、上条の時と同じく曲と声のバランスを見ていた。
二人とも、予想よりも声が大きく曲が若干負けていた。そして上条の歌詞はセリフっぽい部分があるのでその辺りも調整していた。
「うん、予想以上に君たちが上手くてよかったよ。これなら本当に来月には収録出来そうだね」
「上条さん的にはもっとゆっくりでいいです」
「そう?どうせなら早く終わった方がいいじゃない」
「あ、そうだ。学園都市から僕が判断を任されてた事あるんだけど、言ってもいいかな」
ここでダメ、と言っていい物なんだろうか。学園都市から、という事は聞く以外に選択肢は元から用意されていないというのに。
「学園都市も君たちの歌唱能力は分からなかったんだろうね、さすがに。そこで、僕やここにいる人たちが君たちの歌を認めたら、君たちにはまた別の曲を歌って欲しいんだ。で、君たちの歌はここにいる全員が認めた。という事で、君たちに一曲追加~」
『はいっ!?』
「あ、自分たちで見る?そのメール」
言いながら桑島さんは自分の携帯を取り出し、学園都市から届いたメールを見せる。書かれていたのは今回の歌の事に加え、さっき桑島さんが言っていた事だった。それもご丁寧に、拒否権は無しと書かれていた。
「ってことは、あれですか…?また自分たちで歌詞を考えろと…?」
今回は奇跡とも言えるペースで何とか完成したが、それも今回だけという事と一緒に作る相手がいたからという理由が大半を占めている。それでも作り終わったときは心身ともに疲労困憊で、二人とももう二度とやりたくないと強く思っていた。
「あ、それは大丈夫だよ。追加の一曲はデュエット曲。しかも歌詞もちゃんとあるからこっちは歌うだけ」
『デュエット?』
「知らない?二人で一つの曲を歌うっていう、あれ」
『いや、それは知ってます』
「僕が見るにこっちが本命じゃないのか。君たちの歌ももちろんいい歌だけどね。あ、そうだ。曲のタイトルは僕が決めたんだけど、聞くかい?」
聞かないと言っても言いそうな雰囲気だ。新しい嬉しくない事実に二人とも答えようとすらしていないのに、桑島さんは口を回し続けた。よく回る口だ。
「学園都市の子が歌うんだから学園都市にちなんだ言葉の方がいいかと思ったんだ。ここの子たちって超能力使うでしょ?でさ、その子たちってそれぞれ『自分だけの現実』っていうのがあるんだってね。僕なりに話を聞いたりしてそれを知ろうとして、こう思ったんだよ。『その子達だけの妄想や想いこみ、はたまた幻想みたいなもの』って。そこで、安直なんだけど、タイトルはこうしてみた。『自分だけの幻想(パーソナルリアリティ)』」
『自分だけの幻想(パーソナルリアリティ)…』
「お、気に入ってくれたみたいだねぇ。よかったよかった。うんうん」
こうして二人は追加された曲、『自分だけの幻想』を歌うことになった。
二人が歌から解放されるのはまだまだ先のようだ。